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2014年4月14日 (月)

ヤンキー化する日本

「ヤンキー」とは何か。

『彼から体現しているエートス。すなわちそのバッドセンスな装いや美学と、「気合い」や「絆」といった理念のもと、家族や仲間を大切にするという一種の倫理観とがアマルガム的に融合したひとつの“文化”、を指すことが多い』

 ということなんだけれども、それは実生活では勝手にやっててもいいんだけれども、でもそれを政治の世界でやっちゃあいけないんじゃないかなとは思うんだが。

Photo_3『ヤンキー化する日本』(斎藤環著/角川ONEテーマ21/2014年3月10日刊)

 結局、政治というのは「理想」とか「主義」とかというのがベースにあって、それに向けて活動していくというのが「政治活動」だろう。ところが、今はそうじゃないところで政治が動いているというのである。

与那覇 気っ風のいいヤンキーの親分みたいに見える小泉純一郎さんがパフォーマーで、理詰めで計算するタイプの竹中平蔵さんが政策を作りましたから。
斎藤 小泉さんというのは不思議な人で、ヤンキーテイストの発言があったかと思えば、まったくヤンキー的でない行動を取ったりもする腹芸文化を駆逐したのも小泉さんです。大勲位。中曽根康弘に「もうアンタ定年だから」と引導を渡したのも彼ならでは。僕は今でも自民党の伝統破壊者という部分は評価していて、二〇〇九年の民主党の大勝を準備したのも小泉政権だと思っています(笑)』

 なるほどなあ、小泉政権が日本の政治のヤンキー化が始まった時なのかと思ったら

斎藤 もともと田中角栄が首相になった瞬間にヤンキーカルチャーのマジョリティ化は決定したも同然といえます。彼の言動を「ムラ社会的」と批判するのは簡単ですが、実は的外れでしょう。「列島改造論」の主張は「維新」と同じで、保守のベクトルをより徹底化するための変革ですね。構造を温存すべく、表層をどんどん取り替えていく。まさにそこがヤンキー的です。こういう反知性主義的な首相が、庶民の圧倒的人気を得てしまったわけ』

 おやおや、田中角栄の頃から日本の政治はヤンキーが司っていたのか

与那覇 この政治改革の二十年間は、おたく系知識人がなんとかインテリ的な方向へ日本をひっぱろうとした期間でもあったと思うんですが、最後にベタな自民党が帰ってきたときに、ちょうど社会評論も“おたくに注目すれば日本がわかる”から“ヤンキーに注目すれば日本がわかる”に変わっていたというのが示唆的です』

 なんてなあ、結局、日本の政治ってのはずっと昔からヤンキーだった、というか日本人自体がヤンキー的な気質を持っているってことなんだなあ。

与那覇 小泉改革にはいろいろ問題があったと思いますが、ネオリベだから問題だというのは違っていて、「ネオリベラリズムですらない何かのほうが、本当は問題なんじゃないか?」という気持ちがすごくありました。実際、その安倍政権もネオリベ的な規制緩和は引っ込めて、経済的には不合理な靖国参拝のほうを受け継いでいますよね。
斎藤 「ですら」ないんですよね。さすがは「瑞穂の国の資本主義」という迷言を吐いただけのことはある。やはりヤンキー的としか言いようのない体質があって、思想的な一貫性はあまり重視していない。ロジックがなくてポエムだけがあるんでしょう』

 という自民党政治だけならまだ見えるところもあるんだけれども

与那覇 こういうペースで原発を減らしていけば何年後にゼロにできますというようなビジョンが欲しかったのに、それは出さずに、みんながとにかく止めちゃえとなった。電力が足りなかったらどうするのかといえば、「そこは気合いだ!」みたいな。インテリまでヤンキー化した脱原発論をさけんでいたら、山本太郎だけを残してブームは消えてしまって、かつてはインテリ政治家のホープだった細川護熙さんまでが、後追いの「即時ゼロ」論で都知事選に出て負けるという……』

 ってなっちゃうと、自民・反自民関係なくみんなヤンキーってことになるのかなあ。

与那覇 五五年体制は、ヤンキーがプレイしても大失敗しないようにチュートリアルされたゲームだったんですね。いわば初心者でも操縦できる「補助輪付きの民主主義」だったのを、左のインテリたちがやっぱり補助輪を外さないと本当の民主主義じゃない、と考えて試してみたのが。九三年以降の二十年間でした。そこでいう補助輪とは自民党の一党支配のことだったのですが、それは失敗して、今度は安倍さんたち右のヤンキーが、軍事的な米国依存という別の補助輪を外そうとしている。要するにアメリカの防衛システムに組み込まれて、頭を抑えられているのが気に食わんから、それを外して靖国くらい自由に行ける、戦争も任意にできる国にしようぜと』

 というのは今の自民党政治なんだけれども、だとしたら解釈改憲から憲法改正ってところまで進んでしまうのだろうか。

斎藤 わずかな救いは、やはりヤンキーは国益など顧みないし、良くも悪くも関心領域が親密圏止まりなので、意外に好戦的ではない点でしょうか。<中略>私はヤンキーの反知性主義も、思想や言葉が感覚可能な身体性を超えることを許さないため、革命も起こせない代わりにファシズムや極右のような過激化にも歯止めになるとは考えています』

 という部分は多少安心してもいいのかも知れないけれども、結局はこの国には本当の民主主義は根付かないってことになるのだろうか。

 この国の民主主義ってどこまでいっても「多数決の手続き民主主義」でしかなく、民主主義にとって重要なベースである「個人主義」が間然に欠落したままの状態がずっと続いているのだ。それに加えて「空気嫁」でしょ。そうなってしまったら、永遠にこの国には民主主義は根付かないってことなのだろうか。

「周りの空気を読まない」「個人主義」というものが前提にあって、初めて「民主主義」が成立するんだがなあ。

『ヤンキー化する日本』(斎藤環著/角川ONEテーマ21/2014年3月10日刊)

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