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2014年4月 2日 (水)

『ライカの帰還』に再び感動!

 そろそろ引っ越しに向けていろいろ本の整理をしなければいけなくなってしまって、ということで久々に発見した本を紹介。

 戦前にライカⅢaを親からもらった主人公が、戦後になって朝日新聞のカメラマンになって、その後、元海軍の同僚から主人公の持っていたライカを返されたまでの話なのだ。

 これだけ言っちゃうと、別に「フツーの話じゃん」ということになるのだけれども、そうじゃなくて結構感動話になるんだなあ、これが。

Photo『ライカの帰還』(吉原昌弘著/新潮社/1995年8月10日刊)

 主人公の楠勝平は実在の人物だった。そのモデルは昭和20年から52年まで朝日新聞東京本社写真出版部に在籍していた船山克さんという人。

 船山さんは昭和15年、慶應義塾大学に入学すると、入学祝に父親からライカⅢaを貰ったそうだ。当時はライカ1台家一軒と言われた時代だったから、そのプレゼントは相当なものだったに違いない。現在の10万円内外で中古ライカが、80万円で新品のデジタル・ライカが買える状況とは全く異なる、別の価値感でライカあるいはカメラというものを考えていた時代ではあった。

『本格的に写真をやろうと志した人なら誰でもライカを目指したというから驚くには当たらない、と船山さんは語る』

 というから、初めから船山さんはフォトグラファーを目指していた訳だ。

 船山さんは学徒出陣で海軍に入隊し、航空母艦・瑞鳳に乗り組む。海軍航空隊に所属していた船山さんは当然パイロットの資格を持っていたが、最早後退期に入っていた日本海軍航空隊では船山さんの乗り組む飛行機はなく、航空隊員として空母に乗っていても、自らの乗る航空機はなく、ただただひたすら空戦・海戦の写真を撮りまくっていたそうだ。

 で、レイテ湾海戦で海の藻屑となって撃沈された瑞鳳に乗り組んだ船山さんも、ライカⅢaを胸に海に飛び込み、仲間の駆逐艦に助けられた。

 戦後、朝日新聞にカメラマンとして入社した船山さんは、昭和23年「アサヒグラフ」に川口市にあった312メートルのNHKラジオ放送塔のてっぺんから周囲を撮影した写真を掲載し、「高いところの写真は船山」という評価を周囲から与えられることとなった。

 昭和36年、昔は海軍工廠にいて、船山さんの海に浸かったライカを預かり修理を約束し、今は防衛庁の技本に勤務する人からライカを返還される。

 船山さんの手に戻ったライカⅢaは、ライツ社で「第二次世界大戦で太平洋を泳いだライカ」としてヨーロッパで展示され、現在でも日本で余生を送っているそうだ。

 この、第二次世界大戦のころから昭和50年代というのは、グラフジャーナリズムが最も盛んだったころで、ロバート・キャパ、デビッド・ダグラス・ダンカン、ユージン・スミス、デビッド・(シム)・シーモアなどのその後も名カメラマンと呼ばれた人々たちは、その殆どが第二次世界大戦から生まれている。

 また、小型のフィルムカメラもその頃までが最高に進化した時代であったのではないだろうか。ライカはその後、昭和29年にライカM3となってレンジファインダーカメラとしては最高に進化して、それ以上に進化したレンジファインダーカメラはなく、日本のライカ追随メーカーもライカ・コピーを諦め一眼レフの方向に移行し、ニコンは昭和34年にニコンFを、キャノンは昭和46年のキャノンF1を発表して、一斉に日本は一眼レフ大国になっていくのであった。

 そんなわけで、このコミックで扱うカメラはライカの他にもニコンの歴代レンジファインダーカメラであり、それ以外ではスピード・グラフィックとゼンザブロニカである。このゼンザブロニカというところ、ハッセルブラッドじゃないというとこが潔いとも思えるのだが、むしろ当時の日本の新聞社事情では、実際にその通りだったのかも知れない。

 今や「シャッターチャンス」なんて言葉は死語になってしまっているが、主人公・楠勝平が言う『これが俺の手に入れたシャッターチャンスだ! この光景は…いま…俺のためだけにある!!』という台詞は、当時にも、と同時に今でもシビレる台詞だ。

『戦場から帰還したライカは何も語らない。動かないライカはすでに写真を記録しないけど、動かないことによってあの時間を記録している』

 という巻末の田中長徳氏の文章にも感動させられる。

『ライカの帰還』(吉原昌弘著/新潮社/1995年8月10日刊)新潮社版はもう廃刊になっているようだ、2007年には幻冬舎コミックスから発刊されているが、こっちももうないの?

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アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

「ライカの帰還」を紹介していただき、恐縮です。
父は3年に他界しましたが、コミックというカタチですが父の生涯のエピソードを綴れたことは、私にとって幸いだったと思います。現在、この作品が世に出るまでのすったもんだを、記憶を確かめながら書いていますが、月に1回の連載で、この6月1日の更新分で「その8」を迎えました。すべてを書き終えるには、あと2~3回か、もう少しかかりそうですが、ご興味がおありになれば、目を通していただければと思います。URLを以下に記します。
http://www.suigyu.com/

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