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2014年4月12日 (土)

ITビジネスの論理

『私はパーソナル・コンピュータが登場してからの30数年間、日本と世界のコンピュータ・テクノロジーやITを身近で見続けてきました』

『20年前、インターネットが一般に開放されて、私たちは好むと好まざるとにかかわらず、ネット社会という、それまで経験したことのない世界に放り込まれました』

 ということで、この20年前に私たちはひとつの曲がり角を曲がって、そしていま私たちは第二の曲がり角を曲がることを求められている。

 で、その第二のカーブが日本が果たさなければならないカーブだというのだが……。

It『ITビジネスの原理』(尾原和啓著/NHK出版/2014年1月30日刊)

『インターネットというのは、ハイコンテクストなものとハイコンテクストなものをダイレクトに結びつけることができるものだと考えています。本来そういう性格を持っていたものなのだけれど、それは不幸なことに、ローコンテクストの国、アメリカで生まれてしまった。
 ハイコンテクストな文化というのは、同じ共通基盤、コミュニケーションの共通基盤があって成立するものです。共通の基盤があるから、その共通部分はあえて言葉にする必要がない。つまり阿吽の呼吸で説明できるし、またそれを楽しむことができるのです。
 ところがアメリカという移民国家、多民族、多宗教国家の中では、共通基盤が作りにくい。だから阿吽の呼吸が成立せずに、「阿」はこういう意味です、「吽」はこういうことです、といちいち説明しなければいけない。つまりローコンテクストにならざるを得ないのです』

『英語を母国語とする(そしてほかの国の人間も英語を使うのが当然と考えている節のある)アメリカで生まれたインターネットは、英語が世界共通語であるとする雰囲気の中で、英語という原語に縛られてしまった。そのため、ほぼ強制的にローコンテクストにならざるを得なかったと言えるのです』

 しかし、英語が世界で最大の人口を持っている訳ではない。世界で最も使う人の多い言語は中国語、二番目が英語で、以下ヒンディー語、スペイン語、ロシア語、アラビア語と続くそうだ。

 とすると、

『インターネットの主要ユーザーが、英語に縛られたローコンテクストな人たちから土着の言葉、土着の文化を持つ、ハイコンテクストな人たちに変わるのです。
 そのとき、共通語であったはずの英語は、急速にマイノリティになってしまうでしょう』

 そして、

『グローバル社会は英語だ、これからは英語が需要だということを言う人が多いけれども、本当にいけてるグローバル企業は英語よりも非言語化を重要視しているのではないか、というのです。その証拠にナイキやスタバのロゴからは英語が消えた。英語という言語ではなく、アイコンだけで、非言語のコミュニケーションを指向しているのではないか』

 というのだが。

 問題は、コンピュータのプログラミング言語が問題になるのではないだろうか。

 確かに、コンピュータを使ったコミュニケーションは「英語第一主義」から離れて、各国でそれぞれ行われていく、というかこのブログにしても、日本語のコミュニケーションなんだけれども、その裏側でこのブログを書いているHTMLは基本的に英語の世界だ。

『<p> で、久々に日暮里に降りたって、駅前のステーション・ガーデン・タワーのお店の案内板を見てみると。<br /><br /><a href="http://tsunoken.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2014/04/10/2014_04_10_35822.jpg"><img title="2014_04_10_35822" class="image-full" alt="2014_04_10_35822" src="http://tsunoken.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2014/04/10/2014_04_10_35822.jpg" border="0" /></a></p>』

 という具合にね。

『これから起きるインターネットの革命、それはギガビット・インターネットとウェアラブルである』

 というのはよくわかる。

 コンピュータの目的が人間の脳に代わって何かの作業を行ったり、計算をしたりということである以上、最高にその目的が果たされるのはウェアラブル・コンピューテイングである、というかもっと進んで、身体にコンピュータを植え込んでしまうというような発想もあるかもしれない。まあ、人間のアンドロイド化っていうか、「攻殻機動隊」化ですね。

 しかし、問題はそんな「使い方」の世界では各言語ごとにいろいろな使い方はできるだろうし、それこそ非言語化した使い方もできるだろう。「LINE」なんかはその「はしり」みたいなものだし、そのLINEが今や日本だけでなく、アメリカやヨーロッパでも使われ始めているということは、世界中の人たちがそんな非言語的なコミュニケーションを求めているという証拠なのかもしれない。

 ただし、それらのコンピュータを動かしている言語はあくまでも英語であることは忘れてはいけない。我々がパソコンやスマートフォンを使うときには別に「英語」なんてことは意識しなくても使いこなすことができる。それは「英語でプログラミングされて、その結果ちゃんと動くようになったコンピュータを、英語を意識しなくても使うことができるようにしたプログラマーが偉い」のであって、別に貴方たちが使っているパソコンやスマホが「日本語でプログラムされている」わけではないのだ。

 結局、コンピュータというのは、ある意味で世界で一番単純な言語である「英語」があったおかげでできたテクノロジーであるのかもしれない。男性名詞や女性名詞、現在形・過去形・過去分詞などで複雑な変化を見せるヨーロッパ語でも難しかっただろう。つまり、結局は世界で一番単純な言語である(アメリカ)英語がそこにあった、というのがコンピュータにとって幸せなことなったのではないか。

 ということなので、そんなプログラミングのことは知らないよ、という単純ユーザーにとっては、このインターネットのハイコンテクスト化はありがたいことだけれども、そうじゃなくてもう少し突っ込んでコンピュータと向き合いたいという人にとっては、別に今までとはなにも変わらないじゃん、ということなのでありました。

 まあ、『プラットフォーム屋が見たITビジネスの姿』だからね。

 プログラミングのことは関係ないってことですか。

『ITビジネスの原理』(尾原和啓著/NHK出版/2014年1月30日刊)

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