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2014年4月

2014年4月30日 (水)

中野の魔都に潜入

 中野の魔都に潜入ったって別にどうということはない、中野ブロードウェイに行ってきただけなのだ。

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 いまや「オタクの巣窟」と言われている中野ブロードウェイであるが、1966年の開業当時はそんな雰囲気ではなかったらしい。

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 この四国は愛媛・松山市に本店を置く明屋書店あたりが、やはり「本」というだけあって、多少オタクっぽい雰囲気はあったが、まあ普通の商店街ビルだった。

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 ところが1980年頃になって区分所有者兼経営者の高齢化などもあって、閉店する店が多く出てきた。そこに登場したのが「古漫画専門店・まんだらけ」であった。

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 中央線沿線のオタク・サブカルチャー文化に乗って「まんだらけ」は発展。

 アニメ・セル画やフィギュア、ミニカーなどへと扱い商材を増やしていった。

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「まんだらけ」は今や中野ブロードウェイの2階~4階の半分くらいを占めているのではないだろうか。

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 そうなると、そんな「まんだらけ」に通うオタクやマニアを狙って、単一のオタク向け商材を取扱うお店が続々出店。

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 ということで、中野ブロードウェイはいまや「サブカルチャーの聖地」となって、国内のみならず、海外からもお客さんがくる魔都となったのである。

 街というものは思いがけない発展をするという見本みたいな話なのであります。

Fujifilm X10 @Nakano Broadway (c)tsunoken





2014年4月29日 (火)

Fitbit weekly progress report from Apr.21 to Apr.27

 Fitbitから先週のレポートが届いた。

 トータルで99,090歩、69.36km歩いた。カロリー消費は合計18,930cal。一週間で0.9kg減量。平均睡眠時間は6時間31分。

 最も活動的だったのは4月25日で、西武新宿線の野方から中井まで歩いて、写真取材をした日。18,457歩、12.92km歩いた。

 最も非活動的だったのは4月24日。岩波ホールで「ワレサ」を観た日。それでも律儀に10,904歩、7.63km歩いている。

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47都道府県別 日本の地方財閥

 昨日のブログ、「ですます」調で書いてみたんだけれども、なんかしっくりいかないなあ。ということで今回は「である」調に戻して描きます。でもいずれかは「ですます」調にしたいなあ。だって、その方が「上から目線」で見た感じがないからね(本当は一緒なんですけれどもね)。

 なんでこの本を買ったのか。

 特に気を引くタイトルではなかったんだけれども、「[参考]東京府」のところに「野間清治」が出ていたり、長崎県の第一位に「松浦厚」が出ていたりっていう具合に私が知っている家が載っていたり、更にこの本の元ネタが『一九三四年(昭和九)年に大日本雄弁会講談社(現在の講談社)が発行した『帝国興信所調査 五十万円以上 全国金満家大番附 附全国多額納税者一覧』だったから、というのがある。

 まあ、それ以上の興味があった訳ではないのだが……。

Photo『47都道府県別 日本の地方財閥』(菊地浩之著/平凡社新書/2014年2月14日刊)

 ただ、面白いのは地域によって財閥企業の傾向があるということなのである。

『地方財閥、地方資産家は、およそ四つのパターンに大別できる。江戸時代以来の、①地主系、②老舗系、そして明治維新前後に勃興した③工業系、④商業・金融系』、更に「大名華族」というのがあるそうだ。

 北海道は基本的に明治維新以降なので工業系、商業・金融系が多い。というか「商業・金融系」というのは、商業で財を成した人が銀行を始めたというのが普通で、海運業から損害保険業務を始めた人が多いというのも、やはり本業との関連からということなのだろう。

 その典型が青森県で、質、呉服、酒造、農業、味噌醸造、商業などで成功した人が、みんな銀行業を始めている。その辺は秋田県、山形県、宮城県、岩手県などでも見られる傾向だ。福島県ではあまりその傾向は見られないのも不思議だ。

 関東に来ると私たちも今知っている企業の名前が見えてくる。

 神奈川県では味の素本舗鈴木商店の鈴木家とか、三渓園の原家、群馬県の中島知久平(中島飛行機→富士重工)、正田家(日清製粉)。また千葉県はなにしろ醤油メーカーが多い。ヤマサ醤油やヒゲタ醤油の浜口家、野田醤油→キッコーマンの茂木家など。

 参考資料で東京府が出ているが、当然そこは「地方財閥」ではなく日本の財閥と言ってよい三井財閥の三井家、三菱財閥の岩崎家、服部時計店の服部家に加えて、大日本雄弁会講談社の野間家なんてのも載っているのが夜郎自大で面白い。

 甲信越では石油業の人や農業(つまり大地主)から銀行業に転じた家が多い新潟県、片倉シルクなど製糸業が多い長野県など、その地方らしい業態が見られる。山梨県はいわゆる甲州商人と言われ商売がうまい家が多かったようだが、中でも「甲州財閥」の東電乗っ取り騒動が有名だ。

 更に、東武鉄道グループの根津嘉一郎も山梨出身だ。

 北陸になるとやはり北前舟の家が多く、そこから損害保険に転業し、現在の日本興亜損害保険につながる石川県の広海家、福井県の右近家などがあり、富山県もほぼ同じ状況である。富山でひとつ面白いのは北陸銀行の中田家で、みんな優秀な一家なのだが、中田家の業態のひとつに中田書店(現・中田図書販売)と言うのがあるのだが、多分、一番頭の悪いのが中田図書販売の社長なのかな。

 静岡では何と言っても「鈴木さん」の存在が大きいが、中でも大きいのが「鈴木与平」つまり現在の「鈴与グループ」である。元々、清水の廻船問屋だった訳だが、運送業からエネルギー業、清水エスパルスやフジドリームエアラインズまで進出している。

 愛知県では、今やトヨタ自動車の豊田家だが、実は豊田家というのは新興財閥で、伊藤家・岡谷家・瀧家・神野家・富田家という名古屋の五摂家というのがあって、松坂屋、中部電力、東邦ガス、名古屋鉄道、東海銀行の元を作ったわけだが、今やそれもかすんでますね。

 三重県では何と言っても「ミキモト・パール」の御木本幸吉が有名。

 滋賀県は「近江商人」で有名だが、中でも「ふとんの西川」の西川甚五郎が有名で、ふとんの行商で財を成した。

 京都では西陣織の矢村家なんかがあるそうだが、大谷光暢(真宗大谷派管長)なんかは如いかにも京都府というところだし、奈良県の中山正善(天理教管長)なんかも、いかにも「らしい」。

 参考資料の兵庫県、住友吉左衛門(男爵・住友合資社長)というのは地方財閥ではなく三井、岩崎と同じく「日本の財閥」だし、大阪府の野村徳七(野村合名社長)というのは現在の野村ホールディングスの創業者だ。

 中国地方では岡山県の伊原木藻平(天満屋代表)や、山口県の中部幾次郎(マルハニチロ創業者)は別として、鳥取県や島根県では「地主」というのが目立っている。これは第二次世界大戦後、GHQが農地改革を行って大地主は没落したのだが、山林がその対象外だったため、山林地主は残ったというもの。

 九州では圧倒的に福岡県に集中している。

 ブリジストンの石橋家、出光興産の出光家、安川電機の安川家などが有名であるけれども、もう一つ忘れてはならないのが炭鉱業をメインに置きつつ、電力、銀行、セメントなど多角化を進めていき、その後、セメント会社を吸収合併し、麻生産業→麻生セメントとした麻生家だ。

 ちょっと変わったところでは長崎県の1位が松浦厚(伯爵・元平戸藩主)というのが変わったところ。他の県では1位はだいたい企業人だが長崎県だけは華族が1位になっているというのは、それだけ長崎県の経済が遅れているということなのか。

 この平戸松浦家というのは、元々海賊の出身なのだけれども、まあ長門の毛利家だって海賊出身だし、だいたい武士階級というものが大元はその地の山賊だったり野武士だったりという出自がある。元々は蔑まれた人たちだった訳だ。

 という具合に読んでくると、日本を代表する大財閥はどんな業種にも手を付けてどんどん業態を変化させてきた訳だけれども、地方財閥はそれほど手を広げられる訳ではなく、その地方地方での特色ある業種でもって財を成した人たちなんだなあ。

 ということで、まあその人たちはまだまだ「財閥」という程のものではないのかも知れない。

『47都道府県別 日本の地方財閥』(菊地浩之著/平凡社新書/2014年2月14日刊)

2014年4月28日 (月)

千駄木ブックストリート・一箱古本市

「千駄木ブックストリート」というのが4月19日(土)から5月6日(火・祝)まで開催中です。

 その中の企画として「一箱古本市」が昨日4月27日と5月3日(土・祝)が行われています。

2014_04_27_39982一箱古本市というと3月16日に書いた西荻窪の『ドンと行こうぜ ホンダラケ大作戦!』の元ネタがこの『千駄木ブックストリート・一箱古本市』なのであります。

2014_04_27_40082元々、古書評論家の南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)氏が意外と沢山ある谷根千の古書店に感激し、千駄木ブックストリートを企画。その一連の企画として「一箱古本市」を提案したのであり、それにこの往来堂の笈入店長が同調して始まったのです。

2014_04_27_40092とは言うものの、物凄い人出の週末の谷根千・不忍通りであるので、不忍通りで一箱古本市をやっているのは、比較的広い場所を取れるこの往来堂と、
2014_04_27_40232千駄木のはずれにあってあまり人通りが多くない古書ほうろうの前くらい。

2014_04_27_39962あとは団子坂上の住宅地の中にある旧安田楠雄邸とか、

2014_04_27_39972千駄木の郷の庭とかで展開しています。

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 それにしても、谷根千って結構裏道に小さな古本屋さんが多いところなのであるなあ。神田神保町みたいな大きな古本屋さんじゃなくて、もっと小さな店主の好みで集めた本だけを置いてあるような古本屋さんなのです。

 次の「一箱古本市」は5月3日の開催。ただし、開催場所は昨日と異なるので、まず往来堂に行って、MAPを貰ってください。

 千駄木ブックストリートのサイトはコチラ

NIKON D7000 +AF-S NIKKOR 18-105mm/F3.5-5.6 @Senndagi, Nezu Bunkyo (c)tsunoken

2014年4月27日 (日)

西武新宿線地下化工事始まる

 昨年の4月1日に書いた『西武新宿線に朗報』という記事は、エイプリルフールの大ウソ記事だったが、今度は本当に西武新宿線の沼袋・新井薬師前両駅の地下化工事が始まっている。

Photo西武鉄道ホームページから

2014_04_25_39412それによると、環状7号線と立体交差している野方駅を出た電車は、駅を出ると地下トンネルに入っていって

2014_04_25_39472区道1000号線と交差する沼袋第3号踏切

2014_04_25_39482区道730号線と交差する沼袋第2号踏切

2014_04_25_39542沼袋駅前の沼袋第1号踏切

2014_04_25_39592区道320号線と交差する新井薬師前第3号踏切

2014_04_25_39602都道鮫洲大山線(中野通り)と交差する新井薬師前第2号踏切

2014_04_25_39682新井薬師前駅駅前の新井薬師前第1号踏切

2014_04_25_39722新井薬師前駅裏の中井第7号踏切までが地下化され

2014_04_25_39792妙正寺川の手前の中井第5号踏切の手前で地上に出てくる。

 大きなのは中野通りと交差する新井薬師駅第2号踏切で、この幹線道路が朝のラッシュ時には殆ど「開かずの踏切」になってしまい、道路渋滞の原因となっている。これを解消しようということで、東京都・中野区・西武鉄道の三者で共同出資しして、この工事を行うことになった。

 ただ、それで中野通りの渋滞は解消するとして、相変わらず西武新宿線は複線のままなので、緩行と急行(準急)が同じ線路の上を走っていることには変わりない。ということは、相変わらず朝のラッシュ時の緩行電車の後ろを走っている急行(準急)電車が赤信号で停止する状態が続くという訳なのだ。

 どうせ地下化するのなら、その間を複々線化して緩行と急行(準急)を別の線路を走らせるということを何故しなかったんだろう、という疑問が残る。同じ西武鉄道でも池袋線では石神井公園駅から池袋までは複々線になって、こうした朝のラッシュ時の「電車の渋滞」は解消している。

 何故なんだろうなあ。

NIKON D7000 AF-S NIKKOR 18-105mm/F3.5-5.6 @Nakano (c)tsunoken

2014年4月26日 (土)

『モノが少ないと快適に働ける』と言うけれど

「書類の山から解放されるミニマリズム的整理術」って言われちゃうと、ミニマリズムの哲学者と言われたモーリス=メルロ・ポンティを愛読していた私としては無視できないな。

2『モノが少ないと快適に働ける 書類の山から解放されるミニマリズム的整理術』(土橋正著/東洋経済新報社/2014年3月6日刊)

 確かに、『モノが少ない状態によって快適さを手に入れることができました』というのは事実だろう。しかし、実際には『モノを入れる場所を用意すると、いつの間にかモノがあふれかえってしまう』というのが実情だ。それは『ひょっとしたら、後で使うかもしれないという考えが頭をよぎり、あれもこれもと、とっておきたくなる』という心理のためだ。更に悪いことには、そんなモノを置いておく場所が「ある」ということだろう。

 例えば、今私は一戸建てのかなり大きな家に住んでいる。なんでそんなに大きいのかというのは、今の家に引っ越してきた理由とも関係あり、それはやむを得ないことだったのだ。ところがこの夏には以前いたマンションが建替えなり、再びマンション暮らしをすることになっている。そうなると、今の大きな家に溢れかえったモノを如何に処分するか。如何に「断捨離」するかというのが、実は我が家の喫緊の課題なのである。

 で、土橋氏がどうやって断捨離生活を送っているのかを見る。

 まずビジネスには欠かせない「書類」というもの。

 土橋氏は自分のところにやってきた書類を、大きく4つに分けているという。

【1】アクティブ書類
【2】スキャン用書類
【3】保存用書類
【4】ゴミ箱行き書類

 という4つである。

「アクテイブ書類」とは、現在とりかかり中の書類である。これは出来るだけ選別して、本当に必要なものだけ、ポスタルコの「リーガルエンベロープ」という書類入れに入れて、持ち歩いている。ただし、取りかかり書類に中にも、常に見る必要がないものは「マニラフォルダー」という紙ばさみ式のフォルダーに入れて、「PANTA」という書類立てに立てておく。

「スキャン用書類」は既に終了したプロジェクトの資料や、メーカーからいただいたカタログやニュースリリースなどをスキャンしてパソコン(i Mac)に入れておく。このスキャンは毎月1日に行う。形式はPDF。

「保存用書類」は「Xフレーム」に入れて保存するのだが、それでも永久に保存するのではなく、3カ月に一度、季節ごとに「Xフレーム」の全フォルダーを見直して、「スキャン用書類」にするかゴミとして仕分けしていく。

「ゴミ箱行き書類」は読んで字の如しだが、ちょっと違うのは、ゴミ箱もパソコンのデスクトップにある「ゴミ箱」と同じで、すぐに「ゴミ箱を空にする」というアクションは行わずに、少し待つ。

 次に「ノート」に関して。土橋氏の言う「ノート」とはアイデア・ノートのようなもので、文字だけを書くノートではない。

 土橋氏が使っているノートは月光荘の「スケッチブック ウス点 2F」という、横長タイプでリング綴じになっているもの。紙面には1cm単位で薄いドットが付いていて、縦書きでも横書きでも、文字だけじゃなくてイラストなんかも書けるタイプ。

 で、当然このノートもプロジェクトが終わればスキャン! ただしデータの保存はJPEG形式なのだ。それは何故? つまり、JPEG形式であればiPodに標準搭載されている「写真アプリ」に同期するためだ。こうすれば、いつでもどこでもiPodでノートを見ることができる訳だ。

 もうひとつ、ビジネスに欠かせない「名刺」。

 名刺は「Xフレーム」のスキャン用フォルダーに一時保存し、書類と一緒に毎月1日にスキャン!

 勿論、「名刺」もJPEG形式で保存する。やはり、iPodやiPhoneで見られるようにするためだ。

 本に関してはどうか?

 本を読んでいて突き刺さったフレーズが出てきたら、該当部分に爪でゴリゴリを跡をつけ、そのページの右上をドッグイヤー。で、そのフレーズ部分を手書きで読書手帳に書き写し、それが終わったら本は手放してしまう。

 うーん、この部分は私と同じだ。

 つまり、私のやり方は本を読んでいて突き刺さったフレーズがある部分に「付箋」を付けて、後でその付箋部分だけを読み返し、それをもとにブログを書く。で、ブログを書いたら本は書架行きになる訳だ。

 ただし、問題は先ほど述べた「大きな家」。なので、本が溜まりに溜まってしまい、今や引っ越しに備えて、泣き泣き作業をしている毎日という訳なのである。

 先日、やっと箱詰め作業を終えて見たら、処分すべき文庫・新書が600数十冊、四六判以上の本がやはり600数十冊、合わせて1,300冊ほどあった。これで、残った本が写真集や写真関係の本、未知谷の自転車関連本など250冊余りになったが、まだまだ減らさなくてはいけない。

 基本的には、私もブログを書いてしまったら、その後はその本はなくてもブログを読み返せばどんなことが書いてあったのかは分かるので、今後はどんどん本は処分していくので、あまり増えないでくれるだろう……、か?

 とまあ、やはり私も「モノが少ないことの快適さ」は理解するので、問題は「スキャン!」だな、ということを理解したのである。

 果たして、だからと言ってそれを実行できるであろうか?

 期待だな。

『モノが少ないと快適に働ける 書類の山から解放されるミニマリズム的整理術』(土橋正著/東洋経済新報社/2014年3月6日刊)Kindle版があったんだ!

2014年4月25日 (金)

Recommendation from Fitbit, as 3000km walking.

 Fitbitから3,000km歩いたので、お褒めの言葉が来た。

 万里の長城の半分くらいの距離を歩いたことになる。まあ、Fitbit Ultraを使い始めたのが2012年9月13日で、一回それをなくしてしまい、半年後位に今使っているFitbit Flexを使い始めたのが2013年10月9日であり、その間半年くらいFitbitじゃなくて普通の万歩計を使っていた期間があるので、多分、この間歩いた距離はまだまだある筈なんだけど、まあ、いいか。

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 取り敢えず、3,000km歩いたご報告。

ワレサ 連帯の男

「ワレサきに 自由が欲しい ポラニスキー」なんて駄洒落を言っている場合じゃない。というか「ポラニスキー」なんて人はいないからね。

 って言うか、あの「地下水道」「灰とダイヤモンド」のアンジェイ・ワイダですよ、アンジェイ・ワイダ。まだ生きていたんだ! もう88歳!

 しかし、この邦題「ワレサ 連帯の男」ってどうよ。英題の"Walesa. Man of Hope"(希望の人、ワレサ)のままで良かったんではないかいな、とも思うんだが。っていうか、イマドキ「ポーランドの連帯」なんて知っている人が、この日本に何人いるのかね。

201404241949412『ワレサ 連帯の男』(監督:アンジェイ・ワイダ/脚本:ヤヌシュ・グウォヴァッキ/製作:ミハウ・クフィェチンスキ)

「地下水道」は第二次世界大戦中の対独(対ナチ)レジスタンスでもって地下水道(下水道)に潜って戦っていた主人公が、明るいところでは眼が見えなくなってしまう悲劇。

「灰とダイヤモンド」は、第二次世界大戦後ポーランドを支配したポーランド統一労働者党(後のポーランド共産党)への、対コミュニスト・レジスタンスでもって命を落とすマチェクを主人公とした、やはり悲劇。

 ではこの「ワレサ」はどうかと言えば、グダニスクのレーニン造船所で電気技師として働くレフ・ワレサが1970年に、その当時の社会的な貧しさから起こったストライキ委員会に参加して当局から目を付けられるというところから始まって、1980年に独立自主管理労働組合「連帯」の創設メンバーとして働きはじめ、工場でのストライキに始まって、ポーランド全土を巻き込むゼネラル・ストライキにまで発展させて、最後にはポーランド共産党の一党独裁体制を「円卓会議」でもって打ちこわし、1990年には自ら大統領選に打って出て、当選し、最後はアメリカの議会で演説するシーンで終わるのだ。

 つまり、それは「ハッピーエンディング」。

 アンジェイ・ワイダ作品としては珍しいハッピー・エンディングなわけではあるけれども、それを単にハッピー・エンディングの映画にしていないのは、さすがにアンジェイ・ワイダである。

 映画は、レフ・ワレサの妻ダヌタ・ワレアにフォーカスする。

 彼女は6人の子どもを育てながら、夫で連帯の中心人物であるレフを支えるのである。いわば「糟糠の妻」ってやつ。そう、映画はワレサの政治的な部分の表現よりは、彼の家庭人としてのあり方を問う映画になっているのだ。

 
 例えば、ワレサが一労働者として自主管理労働組合(それは共産党政府からは禁止されている)の組合運動に参加する時は、当然それはポーランド共産党(と言ったって、それは単なるソビエト連邦共産党の傀儡にすぎないんだけれども)の弾圧に遭う訳である。

 そんな時、普通の妻だったら、なおかつ、子どもを沢山抱えている普通の妻だったら、やはり夫の活動には反対するだろう。「子どものことを考えて」ってな具合にね。

 でもこの妻は反対しないのだ。ツラい気持ちは出すけどね。

 勿論、妻として、母として、夫の行為には抵抗はする。とは言っても、基本的には「この人、私がこれだけ言っても、絶対言うことは聞かないんでしょうね」という諦念がある。そうした「諦念」があるからこそ、妻は強くなれる。なので、妻は夫を送り出す。送りだした後は、夫が家に帰ってこないこともあるだろうし、下手をすれば殺されてしまうかもしれない。なにしろ、相手はソビエト共産党を後ろ盾にしたポーランド共産党である。KGBの影もある。人を殺すことなんかはなんてこともない連中だ。

 毎回、夫が置いていくのは結婚指輪と腕時計だ。「いざというときはこれを売れ」というのが夫の覚悟である。

 それでも、男は一旦前に進んだら辞める訳には行かない。妻はそれを理解して(理解しなくても)、彼についていくしかないのか? まあ、そこで離婚するなり、別居するなりの選択肢はあるのだろうけれども、ワレサの妻、ダヌタ・ワレサはその道を選ばなかった。

 結果として、ダヌタはノーベル賞授賞式に出席し、授賞式史に残る演説を行った。まあ、その後ポーランドに帰国してからの入国審査では、ちょっと屈辱的な入国審査を行われたが、それも夫がそんな立場にいる以上、しょうがないのだろう。そこはまた、妻の覚悟なのかも知れない。

 それほどに、当時のポーランドの置かれていた状況は厳しかったんだろう、というか東西冷戦とは言うのも、我が日本にいるとソビエト連邦や北朝鮮を国境を接しているにも関わらず、なんかそんなに冷戦状況が見えなかったりしていた。まあ、我々が鈍感だったといえばそうなのかもしれない。しかし、東ヨーロッパのソビエト連邦支配下の国々では、一部の共産党官僚を除いて大半の大衆は、やはりワレサと同じ感慨を持っていたのだろう。

 その結果が「連帯」という訳なんだよな。つまり「連帯」は別に共産主義体制自体を批判している訳ではない。共産主義の一党独裁体制なおかつバックにソビエト連邦共産党があることを批判していたのだ。

 ポーランドの人たちも、別に共産主義から資本主義に変えるために革命を起こしたわけではなく、もっと労働者が自分の主張を言えるような社会ににしたいから革命を起こしたのだ。

 でも、結局、ポーランドの共産主義から解放する方向としては資本主義への回帰(というか、農奴制から資本主義への革命というか)という形を取らなければならなかった。

 というところは映画と関係ないところ。

 結局、映画としては、レフ・ワレサとダヌタ・ワレサのファミリー・ドラマである、ということなのだ。

「アンジェイ・ワイダ、初の家庭劇」なんちゃってね。

「ワレサ 連帯の男」と言ったって、結局は妻がいなければロクなことも出来ずに、普通の男で終わったかもしれない。

 ということなので、この映画は「レフ&ダヌタ・ワレサの夫婦物語」というのが、本来正しいタイトル付けであり、映画の内容にも即したタイトルだと思うんだがなあ。

『ワレサ 連帯の男』の公式サイトはコチラ

2014年4月24日 (木)

福田和也写真展

 右翼なんだか左翼なんだか、保守なんだか革新なんだか分からない文芸評論家、福田和也氏が写真が好きで、写真家・田中長徳氏なんかとツルんでいろいろなことをやっていることは知っていたが、写真展ねえ……

 というか、私も田中長徳氏のブログで知ったんだが。

 九段下アートギャラリー corsoで開催中。

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 それも1点60,000円で売るっていうんだから、それはちょっと怪挙(?)

 写真展のタイトルは「Rothko of Downtown」というもの。

 ロスコっていうのはマーク・ロスコというアメリカの抽象表現主義の画家の名前で、福田氏が自分の写真にそのロスコのイメージを見たから付けたタイトルのようだ。で、撮影した場所が東京の下町なので「下町のロスコ」という訳。

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 しかし、その写真はいわゆる「第三信号系」の写真で、つまり「写真に意味はない」というもの。だとすると、そうした写真はモノクロの方が相応しいと思うのだが、今回の写真展はすべてカラー。

 う~ん、良く分からない。

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 福田和也写真展「Rothko of downtown」は4月27日まで

 九段下アートギャラリー corsoのサイトはコチラ  ご興味のある方は……

なんでいまさらつつじ祭り?

 なんでいまさら根津神社つつじ祭りなんだ? って言われてもねえ……。

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 以前、駒込という「下町」に住んでいた頃は、神社や町のお祭りというと結構敏感に反応して必ず見に行っていた。六義園の枝垂れ桜が終わると根津神社つつじ祭りで、それが終わると白山神社のあじさい祭り、ってな感じで頭に入っていたのだがなあ。

 なんか練馬の里(郷?)に引っこんでしまうとあまり敏感に反応しなくなってしまった。ので、いまさらながらに「根津神社つつじ祭り」に行ってきたのだった。

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 まあ、取り敢えずつつじの画像を楽しんでください。

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 まあ、お祭りなんでこんな屋台も。

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 根津神社つつじ祭りは5月6日まで、ギリギリセーフ。前なら、もっとお祭りの最初の日に行っていたんだがなあ。

 根津神社のご案内はコチラ

EPSON RD1s+LEICA ELMARIT 28mm/F2.8 @Nedu Jinja Shrine, Bunkyo (c)tsunoken

2014年4月23日 (水)

Introducing Site Renewal from Mr.Chris Guillebeau, titling "Introducing Get Rich Slowly : A 52-Week Guide to Building Wealth"

 クリス・ギレボー氏からサイト更新の案内が来た。

 題して"Introducing Get Rich Slowly: A 52-Week Guide to Building Wealth"(ゆっくりお金持ちになる方法のご案内: 富を作るための52週のガイド)。

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 クリス・ギレボー氏のサイト"The Art of Non-Conformitey"はコチラ

ぼくらの新・国富論

 著者の並木裕太氏はフィールドマネージメントという経営コンサルタントの代表であり、同社のクライアントには、日本プロサッカーリーグや楽天球団、ヴィッセル神戸、JAL、ソニー、日本交通なんてのがある。えっ? 楽天球団やヴィッセル神戸っていったら、三木谷氏との付き合いが深いのか?

 というよりも、結局この本の言いたいことは、若者に起業を薦めるということなのだ。

Photo『ぼくらの新・国富論』(並木裕太+ワイアード編集部/ディスカヴァー・トゥエンティワン/2014年1月30日)

 まあ、その辺はおよそ理解するが、その起業論とは何だろう。

『ビジネスの世界においては、ヴェンチャービジネスを積極的に育成し新陳代謝を活発化させ、常にイノヴェイションが生まれやすい環境をつくることが重要だと考える。特に若い世代の起業マインドを刺激することで、彼らが本来もっているであろう好奇心や野心をくすぐり「何かを始めてみよう」という行動力へと導ければ、それはそのまま国の活力につながるはずだ』

『ヴェンチャーや新規起業が活発化することは経済の新陳代謝を即すことになるし、新しい企業の成長には新しい製品やサーヴィスという、少なからずイノヴェイションが必要になってくる。雇用という面でも新たな需要を生み出し、何より社会に挑戦や失敗を恐れない活力を与える。さらにいうなら、挑戦に失敗した人が再チャレンジすることを許容する社会の度量が生まれることに期待したいからだ』

 とは言うものの、日本の社会はなかなかそういう方向には行かない。本来、日本は意欲ある町工場がイノベーションを持って立ち上げた大企業が多かった筈なのに、今や大企業は社内ベンチャーも持たずに、ただただ失敗を恐れるカルチャーが支配している。

 なので並木氏はこう主張する。

『最近、日本のヴェンチャー経営者が、「お金の使い方がわからない」と話すのをよく聞く。わたしは思う。彼らこそがこうした若者に投資し、育成を支援する。そしてそこから育った起業家がさらにそれを引き継いでいく。そんなスパイラルを描き起業のエコシステムを構築していくことが、この国を覆う閉塞感を脱ぎ捨てる大きな力になるはずだ、と』

 更に、サムスンやナイキなどの先進的な企業の例を挙げて、大企業がベンチャーに投資することも提案する。

『皆さんは大企業がヴェンチャーに投資する意味をどのようにみたでしょうか?
 もちろん投資ですからキャピタルゲインを期待するのは当然ですが、それ以外にわたしは大きく次の3点の効果があると考えます。

「優秀な人材や新たなアイデアや技術にアクセスできる」
「潜在的な未来の脅威やチャンスを見出すための情報収集として有効」
「大企業とは異なる考え方や仕事のプロセスを導入することで、企業文化の変革につながる」』

『例えば産業革命のとき、いろいろなことが自動化されることによって生産性が上がりました。そこが第1段階。でも、あの産業革命の本質って、機械化によって生まれた余剰労働力が、食っていくために必死に模索した結果、例えば運輸産業といった、付加価値の高い仕事を新たに生み出したことにあると思うんです。それと同じフェーズに、いまはあると思います』

 つまり、起業によって大きな付加価値を得た新しい産業のあり方が、次の新たな産業を用意して次々に新しい産業のあり方を生み出していく。そんな「産業革命」の連関が今の時代の象徴だというのであろう。その為にも新たなベンチャーが必要だし、既存の大企業こそ、実は一番ベンチャーへの投資をしなければ、それこそその企業の存亡にも関わってくる大きなテーマとなるであろう。

 そしてもうひとつ大きな問題は

『業界の外側にいる人が破壊的イノヴェイションをもたらしている』

 ということだし、それは、つまり

『ガレージで生まれた小さなパソコン、Apple。スタンフォード大の学生が趣味のように始めたウェブディレクトリー、Yahoo!。ハーヴァード大のハッカーが始めたネット上での友達との交流、Facebook。ほんの小さな萌芽、最初は遊び心やいたずら程度の思いつきがわずかな時間を経て大きなビジネスに化ける』

 といった例にみられる。

『起業の失敗はむしろ勲章であり武器となる』

『日本にはまだ起業家がリスクをとれる環境が整備されていない』

 といった日本ならではの問題が未だありながらも、今少しずつ日本も変化しつつあるのではないだろうか。

『失業率が高いとか、財政赤字がどうしたといいながらも、あの国に活力を感じるのはヴェンチャーがあるからだ』

 というとおり、特に外国からの人々を受け入れ、なおかつその人たちにチャンスを与え、そして失敗を恐れない、という三つの要素がアメリカであるならば、その良いところは私たちも学ばなければならないところだろう。

 そこに「国富論」がある。

『ぼくらの新・国富論』(並木裕太+ワイアード編集部/ディスカヴァー・トゥエンティワン/2014年1月30日)今回からKindle版で読んだ場合は、そちらを先に紹介する。

2014年4月22日 (火)

Fitbit weekly progress report from Apr.14 to Apr.20

 Fitbitから先週のレポート。

 トータルで81,997歩、57.40km歩いた。体重は一週間で0.1kg落ちた。

 最も活動的だった日は4月17日(木)で15,386歩、10.77km歩いた。

 最も非活動的だったのは4月18日(金)。

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『1950年代生まれの逆襲』はあまり逆襲してないじゃないか

『逆襲』なんて勇ましいタイトルだが、実は『逆襲されてしまいそう』な内容である。

1950『1950年代生まれの逆襲 「ベルエポック」世代の栄光と悲惨そして復活』(福井次郎著/言視舎/2014年2月28日刊)

 しかし、「ベルエポック世代」って何なんでしょうね。要は、福井氏は、団塊の世代みたいな貧乏を経験してないし、団塊の世代みたいに上の世代に対する反抗もしていなくて、その内日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代になってしまって、という具合に「日本の良き時代(ベルエポック)」を生きてきた世代だと言いたいのである。

 しかし、なんかなあ。やっぱりマスコミに「しらけ世代」と呼ばれたり、1951年生まれの私は1975年に就職したわけなのだけれども、その時は、その前年に五木寛之氏が翻訳出版してヒットをした「かもめのジョナサン」にちなんで「ジョナサン社員」なんて呼ばれたりした際に感じる「居心地の悪さ」が「ベルエポック世代」にも感じるのだ。

 まあ、それは「世代論」自体が持っている座りの悪さなんだけれどもね。でもまあ、その世代論の本なんだから仕方がないか。

 で、1947年から1949年生まれのいわゆる「団塊の世代」があって、そのあと1950年生まれから1959年生まれまでの「ベルエポック世代」、1960年から1970年生まれまでの「新人類世代」、1971年から1974年生まれの「団塊ジュニア世代」、1975年から1979年生まれまでの「真性団塊ジュニア世代」と続く訳なのだ。

 で、この「ベルエポック世代」というのは、『生まれた直後に高度成長が始まり、成人前後に高度成長が終わった世代』だというのはそれは仕方がない。

 ベルエポック世代が少年時代に夢中になったものは

『鉄腕アトム、おそ松くん、ディズニーアニメ、ひょっこりひょうたん島、シャボン玉ホリデー(クレージー・キャッツ、坂本九、ザ・ピーナッツ)、若大将、ゴジラ、グループサウンズ、007、ビートルズ、等だ。
 いずれも夢を感じさせる明るいカルチャーばかりで、この世代は、子供の頃、未来に対して楽観的な感情を抱いて育ったと言える』

 というのは事実だろう。もうひとつ加えると「1964年の東京オリンピック」というのがあるのだが、それに触れていないのは、福井氏が青森県生まれということも関係しているのだろうか。

 しかし、この世代でも前半と後半では大分異なっていて、例えば1951年生まれの私なんかは小中学校時代は一クラス50人定員でそれが9クラスもあったという具合に、まだまだ団塊の世代並みの人工集中ぶりだったのは東京だからなのだろうか。更に言ってしまうと、高校3年生の時には「高校生運動」というのがあって、それこ全共闘で学生運動に参加していた大学生以上に真面目に社会問題に取り組んでいたのである。それが後半の生まれになってしまうと、そんなことは全然知らないよ、という世代になってしまう。

 というのも、10年単位で輪切りにした世代論というものの成立しがたいことを証明している。

 で、ベルエポック世代の特質ということなんだけれども。

『第一に、ベルエポック世代が、団塊の世代同様、高度成長の前の貧しき時代を記憶しているという点が重要だ』

『第二に、この世代は、本土空襲などの戦災体験が全くない世代だが、親はすべて戦中派だったことも重要だ』
 とはいえ
『ベルエポック世代の頃には、親のほうも少しずつ戦後文化に慣れ親しんで子に対して甘い接し方をするようになった』
 ので
『団塊の世代のキーワードは反抗であったが、ベルエポック世代は、かならずしも反抗の世代とは言えないところがあった』

 というのであるが、前にも述べた通り、ベルエポック世代の前半はしっかり「反抗の世代」をやっていたのだ。

 ベルエポック世代が抱いた幻想があるという。

『第一の幻想は、人類はどこまでも豊かになってゆくというスローガン』
『第二は、科学の進歩によって人類はどのような夢も実現できるという幻想』
『第三の幻想は人間平等の思想』
『第四の男女平等の思想』
『第五として、個性の追求という幻想がある』
『第六のヒューマニズムという幻想』

 ということで、ベルエポック世代が子供の頃に見た夢はすべて「大いなる幻想」であったことが判明し、その結果、ベルエポック世代は抑うつ状態に囚われることになる、という。

 で、ベルエポック世代が陥りやすい抑うつ状態として

 男性は「リア王症候群、グレゴール・ザムザ症候群、ドン・キホーテ症候群、浦島太郎症候群」があり、女性は「ジャンヌ症候群、ノラ症候群、ヘッダ・ガーブラー症候群、舌切り雀婆さん症候群」というものがあるそうだ。しかし、これもベルエポック世代ばかりではなく、「リア王症候群」なんかは団塊の世代にこそ見られる症候群ではないのかとも思うのだが。

 で、最大にガッカリなのがこの「ベルエポック世代が陥る内なる危機」に対して如何に処するかという点なのだ。

 だって、健康に留意してお金をかけずに普通の生活を送れとか、モノを処分しろとか、生涯現役を押し通すとか、趣味を持てとか。ボランティアをしてみたらとか、夫婦で旅をしたらとか、恋をしようとか、なんか新鮮味のない提言だなあ。

 例えば、もうちょっと具体的に「バンドをやろう」とか、「映画を作ろう」とか、「ブログをやろう」とかという提案が欲しいね。

 まあ、その辺が「「世代論」の限界だな。

『1950年代生まれの逆襲 「ベルエポック」世代の栄光と悲惨そして復活』(福井次郎著/言視舎/2014年2月28日刊)

2014年4月21日 (月)

天才は机が汚い?あの偉人のオフィス机を17人一挙公開

 これ面白いので、まるまるコピペ

スティーブ・ジョブズもザッカーバーグも尾田栄一郎も宮崎駿も。才能ある者の机は、みな散らかっていた。(程度の差はあるけれど)

 

天才は机が汚い?あの偉人のオフィス机を17人一挙公開

①アインシュタイン・・・物理学者

②スティーブ・ジョブズ・・・アップル創業者

③マーク・ザッカーバーグ・・・Facebook創業者

ウォーレン=バフェット・・・投資家/実業家

トニー・シェイ・・・ザッポス創業者

⑥尾田栄一郎・・・漫画家

⑦スティーブ・ウォズニアック・・・アップル共同設立者

⑧アル・ゴア・・・政治家/環境アクティビスト

マックス・レヴチン・・・PayPalの共同創業者

⑩芥川龍之介・・・小説家

⑪松本清張・・・小説家

⑫宮崎駿・・・映画監督/アニメーション作家/漫画家

⑬ビル・ゲイツ・・・マイクロソフト創業者

⑭坂口安吾・・・小説家

⑮エドワード・ウェッティン・・・理論物理学者

⑯マーク・トウェイン・・・作家/「トムソーヤの冒険」著者

⑰ジョン・F・ケネディ・・・第35代アメリカ大統領
机の下に子供まで散らかしていた?

これが載っていた「ワッツ」のサイトはコチラ

2014年4月20日 (日)

新城幸也がアムステルゴールドレースで10位!

 新城幸也(チーム・ユーロップカーが今日行われたアムステル・ゴールド・レースで10位に入る快挙。

 これまでジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランスなどでも入賞してきた新城選手だが、この「北のクラシック」での入賞はまた別の意味でも重要だ。当然、UCIポイントの獲得にもつながるし、ということはジロやツールの出場にも関わることになる。

 ともあれ、新城選手、おめでとう!

ヨコスカ・ジャズ・ストリート

 またまた、ヤンキーな街の銅像話ではあります(ただし、「ヤンキー」の意味は違うけれどもね)。

 横須賀市の中心はJR横須賀駅じゃなくて、京浜急行の横須賀中央駅。

 で、その横須賀中央駅を降りると、まず目に入るのがこの3体のデブのオッサンのアルトサックス風景。

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 なんでこの「デブのオッサンのアルトサックス」が横須賀のモニュメントなのかは知らないが、少なくともアルトサックスだからと言って、チャーリー・パーカーじゃないことだけは確かだ。チャーリー・パーカーはここまでデブじゃなかった。

 で、ここから横須賀中央大通りに下りてみると、広い歩道があってそのそこここにベンチがあり、そのベンチにこんなジャズ・ミュージシャンが座っているんだなあ。

 あ、ジャズ・ミュージシャンじゃなくて、ジャズ・ミュージシャンの銅像ね。

2014_04_17_38522こんなトランペッターとか

2014_04_17_38272テナーサキソフォニストとか

2014_04_17_38362あれ、もう一人テナーサキソフォニストがいるぞ

 基本的なことを言ってしまえば、テナーサックスはB♭ベースで、アルトサックスはE♭ベースで演奏するので、テナーとアルトでは違う譜面が渡されるのが普通である。じゃあ、なんで駅前はアルトで街はテナーなのかというのは……、わからない。

 駅の前はアルトサックス、道路がテナーサックスというのも、これで「何でかなあ?」という感じでいい。

2014_04_17_38342こいつは楽器を何も持っていない、ってことはボーカリストなんだろうか? 単なる観客なんだろうか? 観客っぽい座り方だけどね。

2014_04_17_38282勿論、ベンチだから普通の人が座っても問題はありません。さっきのトランペッターの隣に座ったおじさんだ。なんか、仲好さそうだなあ。えっ? 関係ない?

 このおじさんがどれだけジャズに造詣があるかどうかは知りませんがね。見た目、「演歌」みたいな感じだけどね。

 まあ「横須賀→(本物の)ヤンキー→ジャズ(ただし、1950年代まで、60年代以降はR&Bとロック)」ということで、横須賀中央大通りジャス・ストリートなんだろうけれども。今や、横須賀の街からジャズは消えているのでありました。

 というか、戦後日本の最初のスター・ジャズ・ミュージシャン(って、結構狭い社会の中でのスターですが)守安祥太郎も、彼の名を売ったのは横浜伊勢佐木町のジャズ・クラブ「モカンボ」であり、その前にどんなミュージシャンが横須賀で演奏していたのかは、今や記録には残っていない。

 とは言うものの、1950年代は、まだまだジャズの時代であり、横須賀に上陸したUS NAVYのヤンキーたちがジャズを求めたのは分からない話じゃないから、それを聞きつけた日本のジャズ・ミュージシャンが横須賀に駆けつけて仕事を捜したってのはある話だろう。

2014_04_17_38652最後は横須賀名物というか、横須賀を語ったら外しちゃいけない「軍艦 三笠」であります。

 これがなければ、日本はその後の間違った歴史を歩まなかったんだけれどもなあ、という意味でのモニュメントとして、私たちは記憶していなければならなかったんだよな。

 だって、バルチック艦隊を破ったっていうのは、単にバルチック艦隊が北海から日本海まで回遊するまでに疲れちゃったというだけのことでしょう。それを、「神風が吹いた」なんて大間違いをしてしまったのが、その後の第二次世界大戦にまで進んでしまった日本陸軍・海軍の大失敗の「おおもと」なんだよなあ。

EPSON RD1s+LEICA ELMARIT 28mm/F2.8 @Yokosuka (c)tsunoken

2014年4月19日 (土)

『試験に出ない英単語』はチョーくだらない本でありました。おしまい

 なんかくだらない本だなあ、と思いながら思わず「ポチッ」してしまった本だ。

 何しろ「笑えてまったく使えない新時代の参考書 TOEICを受験する気のないビジネスマン必携! センター試験を控えていない学生必読! じゃあ、いつ使う? ……今じゃないでしょう!!!」という腰巻なのだ。

Photo_4『出ない順 試験に出ない英単語』(中山著・イラスト:千野エー/飛鳥新社/2012年11月4日刊)

 なので批評には値しないのだが、だからと言って何も書かないのも癪なので、取り敢えず写真で紹介。

 CHAPTER 1 「絶対に出題されない英単語」

Chapter_1

"During the operation, new nurse Kristi was caught touching the patient's anus without reason."「新米看護婦のクリスティは、手術の最中に患者の肛門をむやみにいじるので取り押さえられた」

"Stefanie ran around the office naked and asked for a pay rise, but the request was denied."「ステファニーは素っ裸でオフィスを走り回り昇給を要求しましたが、却下されました」

CAPTER 2 「高確率で出ない英単語」

Chapter_2

"May I speak to Stefanie?" "I'm afraid she's gone to a gangbang."「ステファニーさんはいらっしゃいますか?」「彼女はあいにくスワッピングパーティで出ております」

"Please inform the station manager immediately if you notice any clearly fake boobs in the station"「駅構内で明らかな偽乳を見かけたら直ちに駅長にお知らせください」

CHAPTER 3 「普通に出る英単語」

Chapter_3

"Uncooked barley, uncooked rice, uncooked egg! Yeah"「生麦生米生卵! イエッ!」

"When I can't focus, I just leave work early and walk around in the nude singing morbidly"「何も集中できない時は会社を早退し、全裸で病的な声で歌いながら通りを練り歩きます」

"Please refrain form boarding the train with a half smile, because it is very creepy"「半笑い乗車は、大変気持ちが悪いのでおやめください」

 って、そんなの出る訳ないじゃん。

『出ない順 試験に出ない英単語』(中山著・イラスト:千野エー/飛鳥新社/2012年11月4日刊)

2014年4月18日 (金)

『裏のハローワーク』にもいろいろございまして

 まあ、いろいろな仕事があるんだなあ、ということなんだけれども。

Photo『裏のハローワーク』(草下シンヤ著/彩図社/2008年2月25日刊)

 取り敢えず、仕事一覧から

マグロ漁船乗組員 リスク★★★★、収入★★★、労力★★★★、犯罪性★
『借金を背負って船に乗るやつなんて、ほとんどいないよ』

治験バイト リスク★★、収入★★★★、労力★、犯罪性★
『一度ではなにも異常がなくても、何十回も参加していれば、どのような副作用があるか分からない』

出版ブローカー リスク★★★、収入★★★、労力★★★★、犯罪性★
『私が主に顧客にしているのは宗教団体とマルチビジネスをやっている団体です』

原発作業員 リスク★★★、収入★★★、犯罪性★
「この業界だと、原発は3年やったら辞められないという言葉もあるぐらいですから』

鍵師 リスク★★、収入★★、労力★★★、犯罪性★★
『もっと悪質になると。合鍵屋っていうのもありますね。スペアキーを作ってほしいと依頼にきた女性客の鍵を、黙ってもう1本スペアを作ってしまうんです。携帯のカメラで女性の写真を隠し撮りして、その写真と一緒にスペアキーを売り出す。これが結構、高く売れらしんですよね』

新聞拡張員 リスク★★、収入★★★、労力★★★、犯罪性★★
『金を使い込んで逃げたやつとか、ギャンブルで借金背負ったやつとか、そんなやすばっかりだよ』
『ドアを開けさせて、上手ことを言ってナンパして、その1時間後にベッドインなんてこともあるよ』

新興宗教団体信者 リスク★★★、収入★、労力★★★★、犯罪性★★★
『街頭で声をかける際には「アパ勤女を狙え」というキャッチフレースがあった』

示談屋 リスク★★★、収入★★★、労力★★★、犯罪性★★★
『そもそも示談屋が存在する背景には、保険会社の手抜きがあるんです』

産廃処理業者 リスク★★★、収入★★、労力★★★★、犯罪性★★★
『俺が10年間で捨ててきたゴミなんて、そりゃ、すごいもんだよ。それが地下に埋まってることを考えると、エコとか地球のためになんてこと考えてるやつにこの仕事はできないね』

運び屋 リスク★★★、収入★★★、労力★★★、犯罪性★★★★★
『カナダ人にはかなわないというのが、今井と私の共通の感想だった』

総会屋 リスク★★★、収入★★★★、労力★★★、犯罪性★★★★
『今から考えると、商法改正ってのは、箸にも棒にも引っかからない総会屋だけを始末して、頭のいいやつを地下に潜らせたっれだけのものじゃないかね』

飛田で働くということ リスク★★★、収入★★★、労力★★★★、犯罪性★★★
『お客さんがつかなくても私はその場所に座っているだけで、遊女になったみたいで楽しかったから、それがよかったのかもしれませんね』

麻雀裏プロ リスク★★★★、収入★★★、労力★★★★、犯罪性★★★★
『今のプロはカモがいたら一晩で殺すことを考えてるよ』

裏ビデオ販売店 リスク★★★★、収入★★★、労力★★、犯罪性★★★★
『金が欲しくてこの業界に入ったんだけど、仕事もキツくないし、自由出勤だし、だいたい満足してるよ。これで捕まらなければ言うことないんだけどね』

詐欺師 リスク★★★、収入★★★、労力★★★、犯罪性★★★★
『最初はただの冗談のつもりだったんだよ。だけど、たまたまうまくいったから、こんなのも面白いんじゃねえかと思ったんだ』

夜逃げ屋 リスク★★★★、収入★★★★、労力★★★★、犯罪性★★★★
『とにかく逃げるんだったら完璧に別の人生を生きる気持ちでやらなくちゃならない。過去の自分と関わりながらやっていくなんてやり方してるから、捕まっちまうんだよ』

マリファナ栽培 リスク★★★★★、収入★★★★、労力★★★★、犯罪性★★★★★
『結局、興味本位なんでしょうね。なんとなく面白そうだからやってみた。なんとなく作り始めたらほしがられてそのまま育て続けた』

偽造クリエイター リスク★★★★、収入★★★★、労力★★★★、犯罪性★★★★★
『今の時代は、他人になりたがっている人が多いんじゃないですかね』

ヤミ金業者 リスク★★★★★、収入★★★★★、労力★★★★、犯罪性★★★★★
『女だったら風俗でいいけど、男はツラいよな。体を使って返すしかない。そこでマグロにするかトンネル工事にするか、どっちかを選べって聞くんだ』

臓器ブローカー リスク★★★★★、収入★★★★★、労力★★★★★、犯罪性★★★★★
『臓器の種類によって大幅に変わってきます。腎臓や角膜など比較的入手しやすいものは安くできますが、心臓になると価格は跳ね上がります。おおざっぱな相場としては、フィリピンで腎臓移植をしたとして、2000万から4000万、心臓で1億といったところでしょうか』

 う~ん。

 インタビュー後、草下氏は「仕事を手伝わないか」と誘われることが多かったという。

『20種の仕事のシステムは、それほど複雑なものではない。実践することだけを考えるならば、私でもできるものばかりである。私と彼らの間に異なっている点があるとすれば、それはやはり「度胸」と言われるものなのだろう』

 というけれども、問題は「度胸」じゃなくて、公徳心とか正義感とか言うものじゃないか?

『裏のハローワーク』(草下シンヤ著/彩図社/2008年2月25日刊)現在はKindle版だけが生きているようだ。

2014年4月17日 (木)

「ムーミン展」開かれる

「ムーミン」の作者、1914年8月9日に生まれたトーベ・ヤンソンの生誕100周年を記念して、「ムーミン展」が昨日から松屋銀座で開始された。

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 例によって小保方さんに倣ってサイトからコピペ

『世代を超えて多くの人々に愛され続けるムーミン。今年、ムーミンの原作者と知られるトーべ・ヤンソン(1914~2001年)の生誕100年を迎えます。ムーミンはトーべが書いた9冊の童話に“ムーミントロール”として登場し、その後コミックや絵本、アニメーションなどを通して世界中に広がっていきました。ちびのミイやスナフキン、ムーミンママなど、そこに登場する人物たちは自由で個性にあふれ、その言動には思わず共感を覚えずにはいられません。作者トーベ・ヤンソンが暮らした北欧・フィンランドの厳しくも豊かな自然、そしてトーベ自身の体験や身近な人々の存在が、この愛すべきファンタジーに色濃く反映され、作品に奥行と説得力を添えています。本展では、ムーミン童話の挿絵原画を中心にスケッチや習作など日本初公開作品約150点を含む約200点のオリジナル原画、ムーミン立像、ムーミン谷のジオラマや映像など、ムーミンとその仲間たちの魅力に満ちた世界をご紹介します。』

 そのコミックが連載されたのが1954年から英イブニング・ニュースだった。

 当時、丸善に勤務していた元編集者S氏は既にイブニング・ニュース紙上で「ムーミン・トロール」の存在は知っていて、講談社に来てムーミンを担当することになった。

 しかし、当時はフィンランド語の翻訳者は日本にはおらず、結局スウェーデン語翻訳者がムーミンの翻訳を行い、日本で出版したそうだ。

 その後、日本ではテレビアニメになって多くの子供たちの人気者になったことはご存じの通り。大塚康生がデザインしたアニメのムーミン・キャラはふっくらと可愛く、トーベ・ヤンソンにとってはちょっと「アレ」だったが、まあ、結果オーライということで、そのまま制作が進められた。

 会場には約200点の原画、表紙絵、習作などの他に、トーベ・ヤンソンが編集者S氏に送った絵や、鳥羽観光ホテルのナプキンに描かれたイタズラ描きなども展示されている。

 松屋銀座のムーミン展は5月6日まで。その後は以下の開催日程。

  • 2014年5月10日~6月8日:岩手県盛岡市/Nanak
  • 2014年6月14日~7月13日:鳥取県米子市/米子市美術館
  • 2014年7月23日~8月4日:北海道札幌市/丸井今井 札幌本店
  • 2014年8月8日~9月6日:広島県広島市/広島県立美術館
  • 2014年9月13日~10月26日:山形県米沢市/米沢市上杉博物館
  • 2014年12月11日~12月25日:大阪府大阪市/あべのハルカス近鉄本店
  • 2015年1月2日~2月15日:宮崎県宮崎市/みやざきアートセンター
  • 2015年3月20日~4月19日:岡山県岡山市/岡山県立美術館
  • 2015年4月25日~5月17日:愛知県名古屋市/松坂屋美術館

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ムーミン展松屋銀座のサイトはコチラ

2014年4月16日 (水)

『赤松陽構造展』とは何か?

 京橋にある東京国立近代美術館フィルムセンターで『赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界』展が昨日から地味~に開催されている。

 東京国立近代美術館フィルムセンターって言うのは、今までフィルム・アーカイブ上映や、外国のフィルム・アーカイブとの交換上映などで、普通日本の劇場で見られない映画を見られるということで、学生の頃からよく通っていたのであるが、展示会には行ったことがなかった。ので、今回は初めての「展示会」ではあった。

 しかしまあ、映画の本筋とは違う、タイトルデザインの世界だからな。皆、知らないでしょ。

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 赤松陽構造(「あかまつ・ひこぞう」と読みます)とは何者か? 

『1948年、東京都中野区生まれ。1969年に急逝した父親のあとを継いで映画タイトルデザインの仕事を始めてから、現在までに400以上の作品を担当、現代日本の映画タイトルを代表するデザイナーとなる。日本タイポグラフィ協会会員。第66回毎日映画コンクール特別賞。文化庁映画賞「映画功労部門」を受賞(いずれも2012年)』

 という人物。

 多分、日本で映画製作にかかわる仕事をしている人なら、最低一度はお世話になっている人なのだ。私も赤松氏には何度かお世話になった。

 で、本展の概要を小保方さんの真似をしてチラシからコピペ

『題名のない映画はありません。どんな映画も、題名とともに観客の記憶に刻まれてゆきます。そして、上映が始まる時、題名の文字がどのようにスクリーンに現われるかも映画の楽しみの一つでしょう。字体や大きさや色、動き方によって題字やクレジットタイトルが映画に与える効果は大きく異なりますが、それを具体的な形にし、映画の魅力を高めるのがタイトルデザインという仕事です。そのためにはデザイン力の高さだけではなく、作品世界の的確な把握、“文字を描く”ための技術的熟練、そして鋭敏なインスピレーションが求められます。

 この展覧会「赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界」では、現代の映画タイトルデザイン界の第一人者である赤松陽構造氏の業績を紹介するとともに、無声映画時代から華やかな字体で映画を彩ってきた日本のタイトルデザインの歴史についても解説します。『東京裁判』(1983年)のタイトルで大きく注目された赤松氏は、これまで黒木和雄・北野武・黒沢清・阪本順治・周防正行監督作など400以上の作品にタイトルを提供し、現代日本映画を支えてきました。つい忘れられがちながら、常に映画の本質を担ってきた“映画文字の芸術”をお楽しみください』

 クロージング・タイトルは、今は殆どがローリング・タイトルになってしまい、まあ味気のない普通のタイトル・ロールになってしまったけれども、オープニング・タイトルは今でもいろいろな意匠を施して見るものを楽しませてくれる。

 映画のタイトルデザインと言えば、オットー・プレミンジャーやアルフレッド・ヒチコックの作品で良く使われていたソール・バスの手描き風のタイトルとか、フリック・フレリングとデヴィッド・デパティーによる「ピンクパンサー」のオープニングアニメが有名だが、この日本にも彼らに負けない凄い人がいたんだなあ、というのが今回の展示の目玉である。

 現代ではほとんどのオープニングタイトルはCGなどで作られているため、あまり他との差異は感じられないが、ちょっと前までのオープニングは基本的に手書きタイトルをカメラで撮影して、それをプリンターで合成して作っていた。赤松氏のタイトルデザインもそんな物が多く、最近のものでも「ウォーターボーイズ」「アントキノイノチ」「横道世之介」「Dools」なんてのもその口である。

 当然、赤松氏はまだ存命中なので、それらのタイトルもどうやって作ったのかは4月26日、6月28日のイベントではで明らかにされるだろう。

 確かに、それ以前のタイトル・ロールをどうやって作っていたのかという展示では、タイトルロールを日中光の中で撮影している様子を写真で捉えられているのだが、なんか自然光の中で撮影しているタイトル・ロールっていうだけでほのぼのとしてしまう。

 その他、赤松陽構造氏に関する展示では、「赤松陽構造タイトル映像集」ということで、赤松氏が作ったタイトルの内、「東京裁判」(1983年)から「人間失格」(2010年)まで19作を抜き出してオープニング・タイトルだけを上映している展示もある。

 取り敢えず、映画タイトルデザインという仕事があるんだということだけでも知っていただきたい、ということで紹介をしたい。

『赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界』展は8月10日までの開催。

東京近代美術館フィルムセンターのサイトはコチラ

2014年4月15日 (火)

Fitbit weekly progress report from Apr.7 to Apr.13

 Fitbitからの一週間レポート。4月7日から4月13日。

 トータルで95,411歩、66.79km歩いて、体重は0.4kg減った

 最も活動的だったのは4月8日、17,307歩、12.11km歩いて、カロリー消費は2,946cal.。

 最も非活動的だったのは4月10日だった。

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『アクト・オブ・キリング』は胸糞が悪くなる映画だが、その胸糞が悪くなるのが大事なんだよな

"The Act of Killing"「殺人演技」である。

 デヴィ夫人が試写会で「とにかくこれは(その虐殺を証明する)大変貴重な映画で、(映画を通して)初めて真実が世界に伝わるのではないかなと思います」と言っていた映画が、4月12日からシアター・イメージフォーラムで公開されている。

 公開初日と日曜日は満員札どめだったそうで、昨日私は観に行った。

2『アクト・オブ・キリング』(製作総指揮:エロール・モリス/ヴェルナー・ヘルツォーク/監督:ジョシュア・オッペンハイマー)

「アクト・オブ・キリング」の公式サイトはコチラ

 アカデミー賞ドキュメンタリー部門賞は逃したが、それ以外の多くの映画祭で賞を取っている作品である。

 内容は、スカルノ体制がスハルトのクーデターで覆された1965年の9月30日事件を捉えた作品で、最初ジョシュア・オッペンハイマーは人権団体の依頼で虐殺の被害者を取材していたが、現在もスハルトの基本方針を守るインドネシア政府から被害者への接触を禁止されたオッペンハイマーは逆に、対象を加害者に変更し、彼らが嬉々として過去の行為を再現したのをきっかけに、「では、あなた方自身で、カメラの前で「殺人を演じてみませんか」(The Act of Killing)と持ちかけたところ、彼らはそれを受け入れるどころか、まるでスター俳優気取りでそれを演技し、映画を作るろうとしている様を、まるで映画のメイキング・ドキュメンタリーのようにして作ってしまった、まさに「ドキュメンタリー・フィルム」なのである。

 主役というか主人公はアンワル・コンゴという、昔は映画館の前でダフ屋をやっていたチンピラ。それにコンゴより少し若いヘルマン・コトという西田敏行みたいな奴が絡む。

 スカルノ体制当時、インドネシア共産党は合法政党であったから、インドネシア国軍としても国軍が前面に出て共産党員に対する弾圧を加えることが出来ない。なので、イスラム勢力やコンゴのようなならず者を使って、彼らをにわか仕立ての義勇軍として殺害させたわけである。

 で、1973年、スハルト体制が確立した時に、これら一連の虐殺の中で共産主義者を殺した人間に対しては法的制裁が課せられないことが検事総長によって正式に決定されたわけである。

 しかし、私たちにはコンゴやコトが、本当に1965年からインドネシア共産党員や華僑の人たちに拷問や、殺害をしていた本物の人間なのかは分からない。もしかしたら彼らは役者なのかもしれないという疑いをもって見ている訳である。

 だって、そんな昔に虐殺を行っていた人間が、その昔の行為を自ら認めて、それを嬉々として演じているということ自体が、私たちには信じられないのだ。普通、人を殺した人間は、仮にその結果を政府から認められたとしても、「人を殺した」という事実に関して、良心を苛まれる筈である。ナチの高官だって、自分が直接人を危めていないということでもって、断罪を免れようとしたり、自分は職務に忠実だったという言い訳で、ユダヤ人殺害の咎から逃れようとする。

 ところが、こいつらは人を殺害したり拷問に賭けたりしたことに対する後ろめたさが全くないのだ。

 しかし、「こいつは共産党員かもしれない」という情報を彼らに与えていた新聞発行人のイブラヒム・シンクや、コンゴと一緒になって共産党員への拷問や殺害を行っていたアディ・ズルカドリが出てくると、だんだんコンゴのやっていたことに対するリアリティが増してくる。

 もしかしたら、これは役者が演じているのではなく、本当にこいつらが共産党員に対して拷問を行っていたり、殺害を行っていたのかも知れない、と。

 しかし、問題はコンゴが拷問を受けたり、殺されてしまう共産党員を演じた部分なのだ。多分、彼はその時代のことをよく知らないコトに対して、自分たちはこうして拷問をおこなったり殺したりしたんだということを教えるために、自ら拷問と受けたり殺されたりした共産党員を演じたのだろう。

 しかし、その後、コンゴが「こうして拷問を受けた役柄を演じると、拷問を受けたり殺されたりした人の気持ちがわかる」という。それに対してオッペンハイマーが「いや、これは映画だ。本当に拷問を受けたり、殺された人の気持ちは分からない」を反駁すると、不思議な顔をする。そして、自分たちが本当に拷問をしたり殺害をした場所に最後に行くと、反吐を吐いたりするのである。

 ここにきて、やっと日本人の観客は「もしかしたら、彼らは本当に共産党員を拷問したり、殺したりしてきた人なのかもしれない」と確信する。

 そうなると、本当にこの映画に対して「胸糞の悪さ」を感じるのである。

 出演しているコンゴやコト、シンクやズルカドリたちの行ってきたことに対する「胸糞の悪さ」である。そして、その映画を作ることに対する姿勢に対する「胸糞の悪さ」である。

 こいつら自分たちがやって来たことに対する反省も悔悟の気持ちもまったくないのだ。それが人を殺した人間がやることか?

 結局、この映画の出演者たちは、自分たちがヒーローだと思っているのだが、しかし、それを見るものたちからは、「お前ら胸糞悪い連中だ」という風に見られていることには気づかないだろう。

 まあ、そんな感性を持っていたら初めから虐殺には加わらなかったろうけれども、それでも「人を殺した」という事実に対してこれほど「前向き」な連中も少ないだろう。

「ブッシュはイラクに大量殺りく兵器がある」といって攻撃した、アメリカは先住民を大量殺戮した、キリスト教徒はイスラムを大量殺戮した、と言っているけれども、それは言い訳に過ぎない。

 まあ、そんな言い訳をするだけには彼らも進歩したのかも知れないが、その進歩なんていくらの進歩でもない。問題は、100~150万と言われている1965年からのインドネシア共産党員及び華僑に対する大量殺戮なのであり、それがまったく問題とされていないということなのだ。

 勿論、デヴィ夫人が言うように、それを認めたのか、無視したの分からないが、そんなスハルト派を支持したアメリカや日本などの姿勢も問題にしなければならないだろう。

 まったく、政治家は自分の都合だけしか考えていない、という典型である。

 あと、錆びた金属製の大きな魚のオブジェの前でラインダンスを躍っている少女たちの映像が繰り返し出てくるのだが、これだけは意味が分からなかった。

 なんでかなあ?

 しかし、2時間の立ち見はツラかった。ヘトヘト……。

 
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2014年4月14日 (月)

ヤンキー化する日本

「ヤンキー」とは何か。

『彼から体現しているエートス。すなわちそのバッドセンスな装いや美学と、「気合い」や「絆」といった理念のもと、家族や仲間を大切にするという一種の倫理観とがアマルガム的に融合したひとつの“文化”、を指すことが多い』

 ということなんだけれども、それは実生活では勝手にやっててもいいんだけれども、でもそれを政治の世界でやっちゃあいけないんじゃないかなとは思うんだが。

Photo_3『ヤンキー化する日本』(斎藤環著/角川ONEテーマ21/2014年3月10日刊)

 結局、政治というのは「理想」とか「主義」とかというのがベースにあって、それに向けて活動していくというのが「政治活動」だろう。ところが、今はそうじゃないところで政治が動いているというのである。

与那覇 気っ風のいいヤンキーの親分みたいに見える小泉純一郎さんがパフォーマーで、理詰めで計算するタイプの竹中平蔵さんが政策を作りましたから。
斎藤 小泉さんというのは不思議な人で、ヤンキーテイストの発言があったかと思えば、まったくヤンキー的でない行動を取ったりもする腹芸文化を駆逐したのも小泉さんです。大勲位。中曽根康弘に「もうアンタ定年だから」と引導を渡したのも彼ならでは。僕は今でも自民党の伝統破壊者という部分は評価していて、二〇〇九年の民主党の大勝を準備したのも小泉政権だと思っています(笑)』

 なるほどなあ、小泉政権が日本の政治のヤンキー化が始まった時なのかと思ったら

斎藤 もともと田中角栄が首相になった瞬間にヤンキーカルチャーのマジョリティ化は決定したも同然といえます。彼の言動を「ムラ社会的」と批判するのは簡単ですが、実は的外れでしょう。「列島改造論」の主張は「維新」と同じで、保守のベクトルをより徹底化するための変革ですね。構造を温存すべく、表層をどんどん取り替えていく。まさにそこがヤンキー的です。こういう反知性主義的な首相が、庶民の圧倒的人気を得てしまったわけ』

 おやおや、田中角栄の頃から日本の政治はヤンキーが司っていたのか

与那覇 この政治改革の二十年間は、おたく系知識人がなんとかインテリ的な方向へ日本をひっぱろうとした期間でもあったと思うんですが、最後にベタな自民党が帰ってきたときに、ちょうど社会評論も“おたくに注目すれば日本がわかる”から“ヤンキーに注目すれば日本がわかる”に変わっていたというのが示唆的です』

 なんてなあ、結局、日本の政治ってのはずっと昔からヤンキーだった、というか日本人自体がヤンキー的な気質を持っているってことなんだなあ。

与那覇 小泉改革にはいろいろ問題があったと思いますが、ネオリベだから問題だというのは違っていて、「ネオリベラリズムですらない何かのほうが、本当は問題なんじゃないか?」という気持ちがすごくありました。実際、その安倍政権もネオリベ的な規制緩和は引っ込めて、経済的には不合理な靖国参拝のほうを受け継いでいますよね。
斎藤 「ですら」ないんですよね。さすがは「瑞穂の国の資本主義」という迷言を吐いただけのことはある。やはりヤンキー的としか言いようのない体質があって、思想的な一貫性はあまり重視していない。ロジックがなくてポエムだけがあるんでしょう』

 という自民党政治だけならまだ見えるところもあるんだけれども

与那覇 こういうペースで原発を減らしていけば何年後にゼロにできますというようなビジョンが欲しかったのに、それは出さずに、みんながとにかく止めちゃえとなった。電力が足りなかったらどうするのかといえば、「そこは気合いだ!」みたいな。インテリまでヤンキー化した脱原発論をさけんでいたら、山本太郎だけを残してブームは消えてしまって、かつてはインテリ政治家のホープだった細川護熙さんまでが、後追いの「即時ゼロ」論で都知事選に出て負けるという……』

 ってなっちゃうと、自民・反自民関係なくみんなヤンキーってことになるのかなあ。

与那覇 五五年体制は、ヤンキーがプレイしても大失敗しないようにチュートリアルされたゲームだったんですね。いわば初心者でも操縦できる「補助輪付きの民主主義」だったのを、左のインテリたちがやっぱり補助輪を外さないと本当の民主主義じゃない、と考えて試してみたのが。九三年以降の二十年間でした。そこでいう補助輪とは自民党の一党支配のことだったのですが、それは失敗して、今度は安倍さんたち右のヤンキーが、軍事的な米国依存という別の補助輪を外そうとしている。要するにアメリカの防衛システムに組み込まれて、頭を抑えられているのが気に食わんから、それを外して靖国くらい自由に行ける、戦争も任意にできる国にしようぜと』

 というのは今の自民党政治なんだけれども、だとしたら解釈改憲から憲法改正ってところまで進んでしまうのだろうか。

斎藤 わずかな救いは、やはりヤンキーは国益など顧みないし、良くも悪くも関心領域が親密圏止まりなので、意外に好戦的ではない点でしょうか。<中略>私はヤンキーの反知性主義も、思想や言葉が感覚可能な身体性を超えることを許さないため、革命も起こせない代わりにファシズムや極右のような過激化にも歯止めになるとは考えています』

 という部分は多少安心してもいいのかも知れないけれども、結局はこの国には本当の民主主義は根付かないってことになるのだろうか。

 この国の民主主義ってどこまでいっても「多数決の手続き民主主義」でしかなく、民主主義にとって重要なベースである「個人主義」が間然に欠落したままの状態がずっと続いているのだ。それに加えて「空気嫁」でしょ。そうなってしまったら、永遠にこの国には民主主義は根付かないってことなのだろうか。

「周りの空気を読まない」「個人主義」というものが前提にあって、初めて「民主主義」が成立するんだがなあ。

『ヤンキー化する日本』(斎藤環著/角川ONEテーマ21/2014年3月10日刊)

2014年4月13日 (日)

The New Mailmagazine from Mr.Chris Guilebeau Titling "A Quiet Dinner on the Beach By Yourself"

 Chris Guillebeau氏からサイト更新のご案内。題して"A Quiet Dinner on the Beach By Youself"「海岸であなた一人の静かなディナーを」

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 以下、翻訳

『昨年、私は200人の身近な友だちと誕生日を祝いにノルウェイに行きました。実に楽しかった。

 今年はバリへ……一人で。それは実に異なった経験でしたが、それも良い経験でしあ。たった一人で過ごすということも、少なくとも貴方にとって良いことです。同時に私にとっても。私には反省と充電の時間が必要だったのです。

 私は36の振り返りのために36のレッスンを持っている訳ではありません。(これらの記事はあなたが25歳の時に書いた25の記事より簡単です―しかし、2年ほど前に一つをトライしたのだが)

 しかし、36のレッスンがなくても、私は将来に対してエキサイトしています。Pioneer Nationは素晴らしい。それはビッグ・イベントにするに相応しく数多くの仕事が待っているし、私は何故それをするのかを常に気にしています―そして、勿論答えはコミュニティに返ってくるのです。

 数か月後私たちは数千人の人をポートランドの第4回World Domionation Summitにお招きします、この決して小さなプトジェクトではありません。たとえイベントが90日向こうに控えていても、少なくとも1ヵ月は殆どフルタイムの努力でプロジェクトに臨みます。

 沢山の人がWDSチケットを求めても手に入るのが遅いと言っています。そんなことはない! 私たちは4月の終わりにまでにはチケット・セールスの最終ラウンドを行います。早い時期のウェイティング・リストに参加を。

 バリの後、私は東京に行き、いくつかのイベントで多くの人と会い、インタビューを受けました。最後には私の友人mehoriのアレンジで多くの日本人と一緒になりました。

 Japan Meetup!

 そしてすぐに私は家に帰り、より多くのプロジェクトにかかっています。その中には、私が5年以上にわたって書いている、オリジナルの"The Art of Non-Conforpmity"ブログの大きな変更もあります。

 この秋には新しい本のために旅行に出て、世界中の友人や読者に会います。

 更に、私は多分別のこともやるでしょう、何故ならそれこそが私がやることなのです。しかし、私がなにをするのであれ、私はブログを読む皆の興味やその他の私たちの小さな世界の参加者の興味が上がるようにしたいのです。』

日暮里駄菓子屋横丁

 以前はJR日暮里駅前に「駄菓子屋横丁」という一角があって、何軒かの駄菓子やおもちゃの問屋さんがあった。

 勿論、小売りもしてくれるので、昔、子供たちを連れて行ったことがよくあった。

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 ところが、日暮里舎人ライナーが開通し、日暮里駅前も再開発されてこんな大きなタワーマンションが二つも出来てしまい。駄菓子屋横丁も取り壊されてしまった。

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 で、久々に日暮里に降りたって、駅前のステーション・ガーデン・タワーのお店の案内板を見てみると。

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 なんと駄菓子屋が2軒あるではないか。

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 ひとつはビルの1階。昔、駄菓子屋横丁があった場所にある「村山商店 菓子小物玩具卸と小売」

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 2階にあるのが「おかし、おもちゃ問屋 大屋商店」である。

 う~ん、なんか頑張って商売しているのを見ると、嬉しくなってくる。

EPSON RD1s+LEICA ELMARIT 28mm/F2.8 @Nippori, Arakawa (c)tsunoken

2014年4月12日 (土)

ITビジネスの論理

『私はパーソナル・コンピュータが登場してからの30数年間、日本と世界のコンピュータ・テクノロジーやITを身近で見続けてきました』

『20年前、インターネットが一般に開放されて、私たちは好むと好まざるとにかかわらず、ネット社会という、それまで経験したことのない世界に放り込まれました』

 ということで、この20年前に私たちはひとつの曲がり角を曲がって、そしていま私たちは第二の曲がり角を曲がることを求められている。

 で、その第二のカーブが日本が果たさなければならないカーブだというのだが……。

It『ITビジネスの原理』(尾原和啓著/NHK出版/2014年1月30日刊)

『インターネットというのは、ハイコンテクストなものとハイコンテクストなものをダイレクトに結びつけることができるものだと考えています。本来そういう性格を持っていたものなのだけれど、それは不幸なことに、ローコンテクストの国、アメリカで生まれてしまった。
 ハイコンテクストな文化というのは、同じ共通基盤、コミュニケーションの共通基盤があって成立するものです。共通の基盤があるから、その共通部分はあえて言葉にする必要がない。つまり阿吽の呼吸で説明できるし、またそれを楽しむことができるのです。
 ところがアメリカという移民国家、多民族、多宗教国家の中では、共通基盤が作りにくい。だから阿吽の呼吸が成立せずに、「阿」はこういう意味です、「吽」はこういうことです、といちいち説明しなければいけない。つまりローコンテクストにならざるを得ないのです』

『英語を母国語とする(そしてほかの国の人間も英語を使うのが当然と考えている節のある)アメリカで生まれたインターネットは、英語が世界共通語であるとする雰囲気の中で、英語という原語に縛られてしまった。そのため、ほぼ強制的にローコンテクストにならざるを得なかったと言えるのです』

 しかし、英語が世界で最大の人口を持っている訳ではない。世界で最も使う人の多い言語は中国語、二番目が英語で、以下ヒンディー語、スペイン語、ロシア語、アラビア語と続くそうだ。

 とすると、

『インターネットの主要ユーザーが、英語に縛られたローコンテクストな人たちから土着の言葉、土着の文化を持つ、ハイコンテクストな人たちに変わるのです。
 そのとき、共通語であったはずの英語は、急速にマイノリティになってしまうでしょう』

 そして、

『グローバル社会は英語だ、これからは英語が需要だということを言う人が多いけれども、本当にいけてるグローバル企業は英語よりも非言語化を重要視しているのではないか、というのです。その証拠にナイキやスタバのロゴからは英語が消えた。英語という言語ではなく、アイコンだけで、非言語のコミュニケーションを指向しているのではないか』

 というのだが。

 問題は、コンピュータのプログラミング言語が問題になるのではないだろうか。

 確かに、コンピュータを使ったコミュニケーションは「英語第一主義」から離れて、各国でそれぞれ行われていく、というかこのブログにしても、日本語のコミュニケーションなんだけれども、その裏側でこのブログを書いているHTMLは基本的に英語の世界だ。

『<p> で、久々に日暮里に降りたって、駅前のステーション・ガーデン・タワーのお店の案内板を見てみると。<br /><br /><a href="http://tsunoken.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2014/04/10/2014_04_10_35822.jpg"><img title="2014_04_10_35822" class="image-full" alt="2014_04_10_35822" src="http://tsunoken.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2014/04/10/2014_04_10_35822.jpg" border="0" /></a></p>』

 という具合にね。

『これから起きるインターネットの革命、それはギガビット・インターネットとウェアラブルである』

 というのはよくわかる。

 コンピュータの目的が人間の脳に代わって何かの作業を行ったり、計算をしたりということである以上、最高にその目的が果たされるのはウェアラブル・コンピューテイングである、というかもっと進んで、身体にコンピュータを植え込んでしまうというような発想もあるかもしれない。まあ、人間のアンドロイド化っていうか、「攻殻機動隊」化ですね。

 しかし、問題はそんな「使い方」の世界では各言語ごとにいろいろな使い方はできるだろうし、それこそ非言語化した使い方もできるだろう。「LINE」なんかはその「はしり」みたいなものだし、そのLINEが今や日本だけでなく、アメリカやヨーロッパでも使われ始めているということは、世界中の人たちがそんな非言語的なコミュニケーションを求めているという証拠なのかもしれない。

 ただし、それらのコンピュータを動かしている言語はあくまでも英語であることは忘れてはいけない。我々がパソコンやスマートフォンを使うときには別に「英語」なんてことは意識しなくても使いこなすことができる。それは「英語でプログラミングされて、その結果ちゃんと動くようになったコンピュータを、英語を意識しなくても使うことができるようにしたプログラマーが偉い」のであって、別に貴方たちが使っているパソコンやスマホが「日本語でプログラムされている」わけではないのだ。

 結局、コンピュータというのは、ある意味で世界で一番単純な言語である「英語」があったおかげでできたテクノロジーであるのかもしれない。男性名詞や女性名詞、現在形・過去形・過去分詞などで複雑な変化を見せるヨーロッパ語でも難しかっただろう。つまり、結局は世界で一番単純な言語である(アメリカ)英語がそこにあった、というのがコンピュータにとって幸せなことなったのではないか。

 ということなので、そんなプログラミングのことは知らないよ、という単純ユーザーにとっては、このインターネットのハイコンテクスト化はありがたいことだけれども、そうじゃなくてもう少し突っ込んでコンピュータと向き合いたいという人にとっては、別に今までとはなにも変わらないじゃん、ということなのでありました。

 まあ、『プラットフォーム屋が見たITビジネスの姿』だからね。

 プログラミングのことは関係ないってことですか。

『ITビジネスの原理』(尾原和啓著/NHK出版/2014年1月30日刊)

2014年4月11日 (金)

東京大学・健康と医学の博物館で『糖尿病の真実』展

 東京大学・健康と医学の博物館で第6回企画展『糖尿病の真実』が開催されている。

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『「糖尿病」とは、血糖値(血中のブドウ糖の濃度)が正常よりも高い状態になる病気で、血糖値を下げる働きをするインスリンというホルモンが少なかったり、何らかの原因でインスリンの作用が不十分になったりするためにおこります。国内には1000万人以上の糖尿病患者がおり、年間8万人近くが糖尿病に関連した原因で亡くなっています。
 当初は無症状ですが、症状が進むと、強いのどの渇き、大量の尿の排泄、痩せ、細い血管や太い血管の合併症、さらには意識障害、昏睡に至るまで、様々な症状がでてきます。このような状況に陥る前に、予防・治療を行う必要があります。糖尿病は生活習慣病の代表格です。
 今回の企画展では「糖尿病」を取り上げ、その原因や合併症をできるだけわかりやすく解説すると共に、診断や治療への取り組み、東京大学で行われている最新の研究を紹介します』(チラシより)

 というもの。

 私もメタボなんで気になる。今度見に行こう。

『糖尿病の真実』展は8月10日まで。

東京大学・健康と医学の博物館のサイトはコチラ

EPSON RD1s+VOIGTLANDER COLOR-SKOPAR 21mm/F4 @University of Tokyo (c)tsunoken

他人を攻撃せずにはいられない人

『他人を攻撃せずにはいられない人が世の中には随分いるんだなあと、つくづく思う。そのターゲットにされて痛い目に遭っている方の話を精神科医としてうかがう機会がとても多いからである』

 ふ~ん、そんなに多いのか。

Photo_2『他人を攻撃せずにはいられない人』(片田珠美著/PHP新書/2014年3月7日刊)

 私はいわゆる「いじめ」というものに遭ったことがないので、この辺の感覚はよくわからないのだが、確かに他の人から攻撃されたり、「いじめ」にあったり、DVなどの被害や、その結果「うつ」になる人が最近は多いようだ。

 で、どんな人が「いじめ」に遭いやすいのかというと

『特に、おとなしい人ほどターゲットにされやすい。おとなしい人は、自己主張も自己防衛も苦手で、されるがままになっていることが多いからである。それどころか、利己主義者と思われたくなくて寛大な態度を示したり、自分が悪いことをしたわけでもないのに謝罪して償おうとしたりすることだってある』

 ええっ? そんなことまでする人がいるのか? と考えてしまうのであるが

『これは、主として2つの理由による。まず、他人からどう見られるのかを気にするからである。また、不破や葛藤をできるだけ避けたいという気持ちが強いためである。波風を立てるくらいだったら、断らずに相手の要求に従っておこうということになるわけである』

 とは言うものの

『幼い頃から愛情を充分に受け、自主性を尊重してもらって、伸び伸びと育ってきたような人は、断ることもきちんとできる。当然、ターゲットになることも少ない。自分に自信があるからである。
 逆に、子どもの頃から、ほめられることがほとんどなく、けなされてばかりで育ってきたような人は、自信を持ちにくいので、断ったら嫌われるのではないかという不安にさいなまれやすい。そのため、なかなか断わることができず、ターゲットにされやすい。その結果、傷つけられ、痛めつけられて、ますます自信をなくすという悪循環に陥ってしまうのである』

 ということは、ほとんど「いじめ」に関してはいじめる方ではなく、いじめられる方に原因があるということなんだろうか。

 では、いじめる方の問題はどうなんだろう

『攻撃欲の強い人は、ターゲットの領域を尊重しないくせに、逆に自分の領域が侵害されるのには耐えられない。もし、自分の領域に少しでも入り込まれるようなことがあれば、激怒して、相手を激しく非難するだろう。同じことを自分ではやっていても、決して許さず、非常に攻撃的になるはずである』

『攻撃欲の強い人は、他人の幸福が我慢できない怒り、つまり羨望に突き動かされていることが非常に多い。しかも、ラ・ロシュフコーが言っているように、「ねたみは、憎しみよりも、やわらぎにくい」。
 いさかいの種をまくのも、この羨望ゆえである。自分以外の人が仲良くすることに耐えられないので、ちょっとした悪口や中傷をあちこちで振りまいて、あとは成り行きに任せておく。その結果、周囲がお互いに孤立して、仲たがいするようになれば、「分裂させて支配する」という権力者の金言を見事に実行したことになる』

 ということは、攻撃欲の強い人は、多分に自己抑制のできない幼い人ということになるのだろうか。

 なので

『こちらが、やられるままですまされない、場合によってはやり返すぞという断固たる姿勢を示すと、引くことが多い。内心びくびくしているので、自分より強い者を避けようとするためである。いじめっ子が弱い者いじめしかしないのと同じである』

 ただし、そのやり方は真正面から攻撃的にやってしまうと、仕返しされてしまう恐れもあるかもしれない。

 なので

『他人を無価値化したり侮辱するのが大好きだが、自分が少しでも嘲笑されることには耐えられないという攻撃欲の強い人の特質をりようするしかない。ユーモアのセンスを発揮して、黙らせるのである。できれば、観衆のいる前で』

『「あなたのせいで不幸になった」とか「あなたのせいで仕事がうまくいかなかった」と責められたら「私にそんなすごい力があるとは思えませんけど」と答えるのがいいかもしれない。あるいは、「何でも他人のせいにするのは簡単ですよね」とぼそっとつぶやけば、向こうは口をつぐむのではないか』

 ということだそうなのだけれども、私がもし「いじめ」にあったら、多分、真正面から相手を攻撃するだろう。その結果、相手と無縁になってしまうのであれば、それはちょうど良いではないだろうか。

「やられたら、やり返す。倍返しだ!」

 というほうが良いと思うんだけれども、まあ、そんなことが出来る人だったら、はじめから「いじめ」には遭わないだろうから、言っても無理か。

『攻撃欲の強い人を哀れみの目で眺めながら、「自分はあんなふうにはなりたくない。あんなふうにならないように気をつけよう」という気持ちで、日々生きていっていただきたいと思います』

 という「おわりに」書かれたような結論になってしまうんだなあ。

『他人を攻撃せずにはいられない人』(片田珠美著/PHP新書/2014年3月7日刊)

2014年4月10日 (木)

校長という仕事

 杉並区立和田中学校って言えば、二代続けてリクルート出身の民間人校長を採用した中学である。

 しかし、中学の校長って結構忙しいんだなあ。

Photo『校長という仕事』(代田昭久著/講談社現代新書/2014年1月20日刊)

 朝7時40分には出勤する校長なんだが、既に副校長や生活指導主任は7時には出勤していて校内の巡回をしているそうだ。で、19時30分に退勤をする訳だが、その時にも7~8人の先生が残業をしている。で、多分そんなに働いても残業代なんてものは出ない訳だから、まあほとんどブラック企業みたいなもんだ。

 で、この杉並区立和田中学では先代の藤原和博校長や代田校長たちが教員の忙しさを解消するために三つのことを行った、というかやめた。その三つとは「校内研修をやめた」「休日の活動は手伝わない」「地域住民の力を借りる」ということ。

 これらのために、和田中学では「地域本部」という組織があるそうだ。

 地域本部とは、藤原校長の時に『学校では手が回らない、芝生の管理、図書館の運営などを地域住民の方々にサポートしてもらうためで、設立にあたっては、元PTAの会長や、自治会のメンバー、同窓会の役員など、ひとりひとりを口説いて回ったそうです。学校には「地域本部」専用の部屋が新しく用意されました』というもの。

『生徒の宿題や自習を大学生が中心となってサポートする、土曜日寺子屋(通称ドテラ)の参加生徒が100名を超えていました。先生役を務める大学生ボランティアのネットワークも、30~50名と大きなものになってきました。さらに、英語に特化した講座(英語Sコース)や、夜スペ(夜間特別補習授業)がスタートしました。ここにきて、地域本部の活動は、発足当初の芝生管理、図書館管理といったような学校のサポート的な活動から、生徒の学習を直接支援する活動へとシフトしていきました。
 そして、地域本部の部屋は、いつも誰かが打ち合わている、活気の満ちた活動拠点になっていきました。
 活動を始めた当初は、区から支援される50万円程度の補助金で、経費やボランティアの交通費等をまかなっていましたが、スタッフの数も回数も多くなり、それだけでは運用できないので、参加者から最低限の受講料をとるようになりました。たとえば、ドテラの参加者は、1回(3コマ)500円、英語Sコースは、1回(3コマ)1000円といったように、それぞれの講座の料金を決めていきました。
 こうして、全校生徒の4割近くにおよぶ200名近くが地域本部の活動に参加し、そこで学ぶようになりました』

 その地域本部が上手くいくための3つのポイントがある。まず「教員が一生懸命に関わりすぎないこと」、しかし「教員が関わらないとはいえ、無関心ではいけないこと」であり、「校長が、教員と地域本部との間をとりもつ蝶番になること」だそうだ。

『無給のボランティアである地域住民と、有給のプロである教員とが、一緒になって同じ子供たちを育んでいるのです。お互いに信頼しあっているか、それぞれが同じ目線の高さで、同じじ方向にむいているかは、とっても重要なことです。
 私は、毎週土曜日の地域本部の活動には必ず顔を出し、2つの組織のバランスに気を遣っていました』

 さらに代田校長は「50分授業で1週間で28コマ行っていたところを、45分授業で1週間32コマとし」、「20分の朝学習で脳トレを実施」したなどの、学校改革を行った。

 代田氏は『就任前から「5年の任期が終わったときには、次の校長は民間人校長でなくてもできるように」、という極秘ミッションを教育長から与えられていました。教育長の言葉を借りると、「和田中を上場させよ」ということ。会社を創業するのは、ひとりのワンマン社長でもできるが、上場させるには、事業内容を透明化し、持続可能なものにする必要がある。和田中を、校長の能力だけで浮沈しないような学校にしなさい、ということでした』

 また、「部活イノベーション」として、外部からプロのコーチを招いて、サッカー、野球、剣道、バスケットボール、バドミントン、テニスの6つの部活動の休日練習を行うようにしたそうだ。

『私は、これからの休日の部活動の在り方として、学校の部活動と切り離し、地域スポーツ活動として育んでいくべきだと考えます。現状、教員の情熱とボランティア精神によって支えられている部活動は、いずれ破綻してしまいます。また、このまま、多くの子供たちの才能を開花させることはでいないという現実に目を背けてはいられません。
 すでに、和田中では、休日の学習活動は、学校と切り離し、地域住民が行うスタイルが確立しています。「休日は、子供達を地域に返す」をコンセプトに、子供達の学習やスポーツ活動を、地域住民と保護者がサポートすることは十分可能だと思うのです。
 ただし、その際には、行政からの暖かい支援が必要ですが』

 まあ、基本的には公立の小学校、中学校は地域の住民と共になって支えていくシステムが出来上がっていないと、教員・職員だけに学校運営を任せてしまうことになり、それは学校を地域から切り離して存在させることになるのである。

 そんな意味では、この和田中のいろいろな改革はこれからの学校改革のモデルになっていくのだろうけれども、基本的には『教員には、「新しいことをして、混乱したり、失敗するよりも、そのままやっていればいい」という前例踏襲主義、事なかれ主義的な考え方』を持っている人が多い。勿論、その理由は何か学校に起これば結局、教員や校長の責任を追及する社会の姿勢というものがあるのだろう。

 だからこその民間校長の任用なんだろうけれども、これだけの学校改革を行った中学校ってあるんだろうか。

 今は佐賀県武雄市の教育監として武雄市にICT教育を導入して、武雄市を日本で一番教育レベルの高い町にするという目標に向かって邁進している代田氏である。ICT教育については批判的なことを言う人が多いが、私はこの流れは必然だと考えている。

 おおいに期待したい。

『校長という仕事』(代田昭久著/講談社現代新書/2014年1月20日刊)

2014年4月 9日 (水)

Fitbit weekly progress report from Mar.31 to Apr.6

 Fitbitからいつもの週間スタッツのレポートが来た。

 一週間トータルで84,292歩、59.00km。あまり多くはない。

 最も活動的だったのは4月1日、16,487歩、11.64km歩いた。まあ、そんなもの? という感じ。

 最も非活動的だったのが4月6日、6,861歩、4.80km。天気が良くなかったのであまり外には出なかった。

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『日本に殺されずに幸せに生きる方法』なんて問題は、あと数年で解決するはずだ

『ノマドと社畜』『日本が世界一「貧しい」国である件について』『キャリアポルノは人生の無駄だ』などで、ちょっと「上から目線」で、日本人および日本を、イギリス人およびイギリスと比較して避難していたMay_ROMAさんが、この本では意外と真面目に日本のこれからを考えているというのが可笑しい。

Photo『日本に殺されずに幸せに生きる方法』(谷本真由美 May_ROMA著/あさ出版/2013年5月22日刊)

 May_ROMAさんにも「愛国心」なるものがあったのかどうかは知らないが、確かに言われていることはすべて事実であるから仕方がない。

『日本の大学性に就職先として人気がある企業225社のうち、実に60.89%に当たる137社が「国の過労死基準を超える時間外労働を命じることができる労使協定を締結していることが、労働局に対する文書開示請求によって判明した」というのです』

『1年間で見た場合の時間外労働が最も多いのは印刷大手の大日本印刷(1920時間)、2位がゲーム大手の任天堂(1600時間)、3位が消費者向け家電大手のソニーと光学機器大手のニコン(1500時間)です』

 と言って心配するのであるが、じゃあそれらの会社で「過労死」する人がいるのかどうかを見れば、実はいないのである。

 富士通で過労死した人が労災として認定されたケースでは、『(東日本大)震災直後、外国人の上司2人が突然帰国したり、部下が病気で休職したため』その人が亡くなるまでの2ヵ月の残業が月平均で80時間を超えていたことや、自宅でも長時間仕事をしていたことで過労死認定をされたというのだが、こんなのは異例のケース。確かに、こんな状況じゃあ過労死しても不思議じゃないのだが……。

 翻って、例えば出版社なんかは編集者になると月100時間以上の残業なんて「当たり前」のようにある。でも、出版社で過労死した人はいない。何でか? つまり、100時間以上残業している訳であるが、その間の仕事の仕方がてんでユルいからであります。

 出版編集者の場合の残業って、結局は原稿の上がり待ちが大半なので、その間は何にもしていないっていうか、ヘタすると酒を飲みに行ってしまったり、仮眠をしながら待つみたいな、とんでもなく「それって仕事?」ってな感じの残業なのだ。なので、会社の方も編集者には残業代が出ない「裁量労働制」ってことでで青天井になる残業代を払わない方法を考え出している。

 ところが、このユルい残業って、裁量労働制をとっている企業だけじゃなくて、そうじゃない一般企業でも結局は「残業時間にフルに仕事をする残業」をやっている訳ではなくて、「別に仕事をしてるんじゃなくて、要は会社にいるだけ」残業をやっている訳なので、「いくら残業をしても過労死しない」ということなんだなあ。

 まあ、そういう意味では

『イタリアやスペインでは、職場の人となんとなく友達関係っぽくなりながら、ダラダラとなんとなく仕事をする、という感じなのです』

『サービス残業など日本のブラック企業だけかと思いきや、スペインの職場でもサービス残業をするところがあります』

 というところなので、日本もイタリア、スペイン、ギリシャみたいなEUの経済破綻(あるいは破綻寸前)国みたいな状態になっているのかもしれない。

 じゃあそんな日本に対する処方箋としては

『日本は景気が悪い、未来はないと大騒ぎしている人がいても、実は、世界有数の豊かな国なのです』

 と取り敢えずは持ち上げておいて

『日本にはまだまだ余力があり、経済も思ったほど悪くはないが、人口の高齢化と、官僚制度、高齢者が多く保守的な有権者が改革の足を引っ張っているということなのです』

『日本は科学技術力や民間の創意工夫、人材の質、教育レベルや労働倫理は世界のトップクラスにも関わらず、労働規制や政府の規制、金融政策など「お上がやること」に足を引っ張られているがために、潜在的な力を十分発揮できていないということなのです』

 という具合に、問題点を指摘するんですな。

 じゃあ、どうすれば日本は立ち直れるのか?

『日本に必要なのは、違うもの、違う考え方、ユニークなやり方をうみ出すような人達を支援して成果に結びつける働き方なのです』

 そして「イギリス病」から立ち直ったイギリスのサッチャー政策を見ながら

『自由主義市場政策を取ったサッチャー改革でイギリスは大きく変わりました。稼げる人、イノベーションのある人は生き残ることができるようになり、やる気のある人が活躍できる国に大きく変わったのです。
 また、国際競争に生き残れる企業が活躍できる仕組みになり、イギリスの産業は国際志向になりました』

『このような変化で恩恵を受けたのは、造船や製造業などの伝統的な産業ではなく、知識やノウハウを売る金融業、商社のような会社、デザインなどのクリエリティブ産業、多国籍企業などでした』

 などの提言をするのだが、ポイントはイギリス企業が多国籍化し、社員も多国籍になって、会社の事業を変容させていく際に重要なのは、イギリスが元宗主国として相手にしている元英国植民地があるということなんだなあ。

 元英国領植民地の人たちは、大学をイギリスに留学したり、元々植民地でも英語を話せる人が多い。なので、彼らがイギリスに来て就職するというのは、元々日本の植民地だった韓国は今では高齢者しか日本語を話せないし、イギリスみたいに世界中植民地があったわけではない日本で、外国人が就職するのとはまったく事情が異なるだろう。

 とは言うものの、日本企業だって手をこまねいているわけではない。これからはどんどん海外からの優秀な人材を集める方法を考え出すだろうし、日本独特の新入社員一括採用なんてのもなくなっていくだろう。

 そうなれば、同調圧力で金太郎飴社員であれば会社の中で生き残れるなんてこともなくなる筈だ。というか、そんな金太郎飴社員っていうもの自体が、戦後の高度成長時代の名残でしかない訳で、戦前の日本のサラリーマンはもっと流動性の高い存在としてあった。

 まあ、そんな時代にまた戻ればいいというだけのことである。

 そんな時代が来るのは、前例踏襲ばかりしている団塊の世代の経営者がいなくなる、あと数年という感じなのだろうか。

 日本再生は、そこからのかじ取りだな。

『日本に殺されずに幸せに生きる方法』(谷本真由美 May_ROMA著/あさ出版/2013年5月22日刊)Kindle版は2014年1月17日刊

2014年4月 8日 (火)

中大先負!

 土日に本試合を行い月曜日が予備日の東京六大学野球がまだ始まっていないので、月曜日が東都大学野球1部の開幕戦であります。

 昨日は中央大学と亜細亜大学の第1戦。ところが中央大学絶対的エースでキャプテンの島袋が先発出場しない。第2戦のために温存したのか、あるいは調子が悪いのか……。

2014_04_07_33332で、先発は3年生の山手。

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2014_04_07_33562中央大は2回、5番神里がレフトオーバーの三塁打。

2014_04_07_336026番金子が四球で出塁し、ノーアウト1・3塁とする。

2014_04_07_33632そこで、7番小河のタイムリーヒット。

2014_04_07_33642中央大1点先取!

 でもいいところはここまでで、4回に亜細亜大のタイムリーで同点にされる。

2014_04_07_34732二番手、在原はワンポイント・リリーフ。

2014_04_07_34812三番手、上田がソロホームランを浴びて逆転された後、四球、野選、犠打、四球でワンアウト満塁になり、犠打で1点献上。ノックアウト、負け投手となる。

2014_04_07_35082上田から引き継いだ川口が何とか火消しをした。

 が、中央大の反撃も9回裏、四球で出塁したのみでゼロ点。3対1で初戦は敗退。

 基本的なことを言ってしまうと、バントの殆どを失敗した中央大の負け。亜細亜大、ピッチャー山崎もそんなに調子が良い訳でなく、変化球は殆どワンバウンド状態。ところが、中央大のバッターがそんな変化球に手を出してしまうんだななあ。結構、出塁はしていたのだが、その後が上手く繋げない。昨年に比べれば出塁率はいい筈だから、それを如何に得点に結びつけることが出来るか、がポイントだな。

 さて、二回戦では島袋先発なるかというところが気になる。今日の試合は第二試合だ。

NIKON D7000 AF-S NIKKOR 55-300mm/F4.5-5.6GED @Jingu Studium (c)tsunoken

2014年4月 7日 (月)

ふたつの「氷川丸」

「氷川丸」と言えば、横浜山下公園に係留されて展示されているこの船が有名だが。

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 実はもうひとつ氷川丸はあるのだ。

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 それが、この日本郵船歴史博物館にある。

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 そう、氷川丸の模型なのだが、模型と言っても3メートル以上あるかなり大きな模型だ。

 実はこの模型版氷川丸は「籾山艦船模型製作所」というところで作られた、造船所が完成前に船主に引き渡すビルダーズモデル(造船所が船主との新造船契約条項に基づき、専門模型メーカーに製作させた唯一のモデル)というもので、第二次世界大戦前、カナダのバンクーバーにあった日本郵船の代理店で保管されていた。

 しかし、第二次世界大戦ではカナダと日本は「戦争状態」にあったため、カナダの対日資産凍結によって、カナダ政府に没収されてしまった。戦後、競売で落札したアメリカ人の遺族がウィスコンシン州マニトワック市にあるウィスコンシン海洋博物館に寄贈し、同博物館に展示されていた。

 度重なるウィスコンシン海洋博物館との交渉により、今年、日本郵船に返還されることになり、今年の2月18日からここ日本郵船歴史博物館で公開されているのだ。

 この日本郵船歴史博物館に展示されている模型の中でも一番大きく、最も存在感があるのは確かだ。

 山下公園から日本郵船歴史博物館はすぐそばなので、一度足を運んでみては?

日本郵船歴史博物館のサイトはコチラ

 本当は館内撮影禁止なんだけどね。テヘッ。

 
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 昔の日本郵船で出されていた最高級の食事。

EPSON RD1s+LEICA ELMARIT 28mm/F2.8 @Yokohama (c)tsunoken

2014年4月 6日 (日)

ヤンキー度の高い街の銅像(石像もある)

 都内でも有数のヤンキー度を誇る赤羽だが、実は駅周辺には銅像(石像も)が沢山ある。

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 赤羽駅西口の「股間若衆」はあまりにも有名だが……、その他にも……

2014_04_04_32032La La ガーデン(赤羽スズラン通り商店街)①

2014_04_04_32082La La ガーデン(赤羽スズラン通り商店街)②

2014_04_04_32132La La ガーデン(赤羽スズラン通り商店街)③

2014_04_05_32742赤羽公園

2014_04_04_32582東北・上越・長野新幹線赤羽台トンネル北口①

2014_04_04_32612東北・上越・長野新幹線赤羽台トンネル北口②

 ざっと見ただけで7点。この他にも赤羽公園には噴水があって、その噴水自体とその周辺にも沢山ある。

 何故なんだろう? 赤羽は芸術の街ってなイメージを売り込もうというのだろうか。「赤羽 銅像」でググッても画像が出てくるだけで、何も分からない。

 どなたかご存知の方いらっしゃいましたら、教えてください。

EPSON RD1s+LEICA ELMARIT 28mm/F2.8 @Akabane, Kita (c)tsunoken





2014年4月 5日 (土)

『団塊世代の罪と罰』は大きいぞ

『週刊ポスト』って、金曜日の発売だっけ? 月曜日じゃなかったの?

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 で、その『週刊ポスト』4月18日号の第一特集が『団塊世代の罪と罰』であります。

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 元ネタは『文藝春秋』4月号の特集『第二の敗戦 団塊こそ戦犯だ』である。それを基に『週刊ポスト』なりの解釈を加えたのが、この特集、ってちょっと安直?

 まあ、それはいいとして、今年は団塊の世代である1947~1949年生まれの約664万人の最後尾、49年生まれが今年で65歳になり、取締役になった人を除いて、日本のすべての企業から退場する年なのである。つまり今年はこれまで日本の政治・経済・社会を支えてきた団塊の世代が、完全に周囲から支えられる世代になって、若い世代に重い負担を強いることになるため、「日本社会の不良債権」化する年なのである。

 政治家では、菅直人・元首相(46年生まれ)、仙谷由人・元官房長官(46年生まれ)、舛添要一・東京都知事(48年生まれ)、猪瀬直樹・前東京都知事(46年生まれ)、自民党では大島理森・前副総裁(46年生まれ)、菅義偉・官房長官(48年生まれ)というところが、団塊の世代だ。う~ん、やっぱり「罪と罰」だなあ。

 経営者では、中西宏明・日立製作所社長(46年生まれ)、長谷川閑史・武田薬品社長(46年生まれ)、中鉢良治・ソニー元社長(47年生まれ)、佐々木則夫・東芝前社長(49年生まれ)といったところ。全然、めだたないどころか、失敗した経営者って感じ?

 プロ野球では、星野仙一、山本浩二、田淵幸一、鈴木啓示、藤田平、大矢明彦、若松勉、堀内恒夫、山田久志、有藤道世といった錚々たる名選手が並ぶのだが、実は彼らは「失敗監督」世代なのである。

 そんな団塊の世代の一大特徴は何かと言えば「自分のアタマで考えない」ということに尽きる。

 つまり『彼らが生まれてすぐは食糧不足の時代。食い扶持を稼ぐため一致団結して働き、高度成長を支えたといえる。しかし、常に国から自分たちに必要な政策をあてがわれてきたから、目の前にある制度の矛盾に疑問を持たず、既存の制度の中で物事を判断する傾向が強い。お上がなんとかしてくれると官僚支配を強め、必要な改革を遅らせてきた』と焼け跡世代の評論家・屋山太郎氏(32年生まれ)が指摘する通り、バブルの崩壊に際しても、それへの対応が出来ずに、せっかくあった、高度成長期に作られた制度、社会を変えるチャンスを逃してしまい、いたずらに不況を長引かせ、年金制度などにも手を付けずに、後の世代にツケを押し付けて自分たちは逃げてしまったのである。

『戦後の日本社会の仕組みは、団塊の「衣職住」の欲求を満足させるためにつくられてきたといってもいい。そのために巨額の財政資金が投じられてきた。
 団塊世代より少し上の戦中生まれは「焼け跡世代」と呼ばれる。その一人、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(40年生まれ)が語る。
「彼らが小学生になるときは小学校を、中学に上がるときは中学校を増やさなければならなかった。大学進学の頃は、進学率をもっと高めようとし、企業も雇用の受け皿を用意しなければならなかった。日本の政策は彼らを中心に動き、ある意味恵まれていたともいえる」』

『後輩世代の作家・高村薫氏(53年)は、そんな団塊の世代の学生運動を冷やかに見ていた1人だ。毎日新聞(2010年3月29日)のコラム「時代を駆ける」でこう指摘している。
〈団塊世代の人たちはマルクス主義が正しいのか、自分で考えた気配がない。そして70年代のすーっと学生運動をやめて、バブルの担い手になっていく〉〈彼ら自身は自分の人生だから、好きにすればいいんですけど、親となり、教師となり社会をリードする立場になったとき、下の世代の子供たちに何を教えたのか。腹が立ちます〉』

 この辺が、私などのように高校生運動をやって、高校生のアタマで無理やりマルクスの著書などを読み、自分のアタマでマルクスを理解した(と思っていた)世代では、大学に入ってからオルグされて、マルクスも対して読んでないまま学生運動に入っていった先輩学生がとてつもなく「頭が悪い奴」にしか見えずに、イマイチ学生運動には馴染めなかったのである。

 結局、何も考えずに前例踏襲主義でも高度成長の時代はうまく行ったのだが、バブルの崩壊で、その考え方は180°変えなければならなかった時に、何も自分のアタマで考えていなかった団塊の世代のおかげで、その後の世代はすべての時代のツケを受け入れなければならなかったというのが問題なのだ。

 まさに「万死に値する罪と罰」だなあ。

元ネタ『文藝春秋』4月号はコチラ

2014年4月 4日 (金)

『いますぐ妻を社長にしなさい』と言わなくてもいい、不労所得の作り方

 株式投資で失敗し妻の持参金にまで手をつけてしまったメガバンクの銀行員が、そこから起死回生の思いで始めたのは、妻を社長にした賃貸不動産業だった。

Photo『いますぐ妻を社長にしなさい サラリーマンでもできる魔法の資産形成術』(破産しかけた現役銀行員 坂下仁著/サンマーク出版/2014年2月25日刊)

 坂下氏はメガバンクの銀行員として、企業や個人を相手にコンサルティングや資産運用のアドバイスをするのが仕事だ。ところが、そんな「資産運用のプロ」と思われる人も、自分のことになると周囲を冷静に見られなくなり、下げ基調になったときの「損切り」ができなくなる。で、結局、その損を取り戻そうとして借金地獄に陥ってしまい、破産寸前まで追い込まれることになってしまう。

 とは言っても破産したわけでもない坂下氏は、爪に火を点すような生活を送りながら、サラリーマンは続けていたので、そこで収入の2割を財形貯蓄に回し、支出を少なくして、取り敢えず数百万円を貯めた。で、そこで始めたのが「妻を社長にした不動産賃貸業」。貯めた数百万円を元手に、単棟アパートを購入、といっても当然そこではお金が足りないから、足りない分は銀行ローンになる。基本的に銀行は担保として一番評価するのが不動産であるからして、基本的には不動産ローンが一番銀行としては安心できるローンではあるのだ。

 坂下氏は『銀行から見て、一番信頼できる資産は「人物の信用力」、そして「不動産」だからです』と書くが、それは逆ではないかと考える。基本的に銀行は「逃げも隠れもしない不動産」こそが今も昔も一番信頼できる物的担保である、と考えているだろう。

 で、『夫がサラリーマン、妻が大家という組み合わせは、じつは向かうところ敵なしの最強の組み合わせ』ということになる訳だ。つまり、「定期収入がある夫がいて、不動産を持っている妻がいる」という組み合わせだから、銀行としては絶対取りっぱぐれのない貸付だということになるわけですね。

 多くの企業では「副業禁止」というルールがあるために、主業の他に収入を得ることはできない。

 そこで「妻を社長にした賃貸不動産業」というプライベート・カンパニーを立ち上げる訳ですね。

 妻(というか女性)を社長にするメリットというのもあるようだ。

 それが……

『女性は生まれたときからコミュニケーションの達人』
『男性にはない、対立する相手と気持ちよく付き合う姿勢』
『コンサルタントも脱帽の仕事と家事を両立する能力』
『ピンチのときほど発揮される妻の天才的な機転』
『節約意識も立派なビジネススキルである』
『ラッキーを強引に引き寄せる「ちゃっかり力」』

 という女性ならではのいろいろな能力というか、言ってみれば「女性力」のようなものが、結構起業には役立つってこと。

 更に、妻でも可能な賃貸不動産業というのはどういうものか、と言えば……

①小さな金額から始められること
 *初めて賃貸物件を取得するような個人に対しても銀行がお金を貸してくれるので、少ない資金でも始めることが可能

②利他的なビジネスであること
 *大家業は他人のために住居を提供するという利他的な事業

③簡単に学べて再現性があり、片手間で手軽にできること
 *大家業はビジネスモデルが単純なので、素人にも簡単に学べて、再現性もある

④家事の合間にできて、ムリなく続けられること
 *大家業は主婦の延長線上で家事の合間にできる

⑤他人まかせにしないで、妻がコントロールできること
 *大家業は妻自らがコントロールすることが可能

 ということは、別に妻に任せるかどうかは別として『事業化に適した趣味や特技、あるいはやりたいことがこれといって見当たらない方は、大家業を選ぶのが一番無難ではないかと思います』ということなんだなあ。

 まあ、以前にも書いたが、私も前にサラリーマンをやりながら不動産収入を得ていた時期があって、別に妻を社長にして「業」を営んでいたわけではないが、その時の経験から、「賃貸不動産業は、こちらが何をしなくても、不動産が勝手に富を生み出してくれる」ということは良くわかっている。

 ということなので、この本で坂下氏が書いていることには大賛成。特に、これから年金なんかも切り下げられてしまうという時代になったら、やはり「自分年金」という発想法で不動産の賃貸収入を得るというのは大正解なんだよなあ。ただし、その賃貸不動産の「立地」ってのが大事だということは、よくよく理解するように。

 最後に、この本に書かれている……

『通貨とは「感謝の気持ちやお詫びの気持ち」をわかりやすく「見える化」したものにすぎません』
『1万円という名の紙切れの上には、1万円という数字で表現された「感謝の気持ち」が乗っかっているというわけです』
『すなわち、お金の本質が見え始めると、「感謝の気持ちをたくさん産みだした人ほどお金持ちになれる」ということがわかるようになります』
『「自分のため」よりも「他人のため」の働きのほうが、他人から感謝されるので、感謝の気持ちとしてお金がより多く流れ込んできます』

 といった、なんか「自己啓発本」みたいな部分は読まないでよろしい。

 要は「不動産収入という不労所得を自分のメインの収入の他に準備しておくと、いいことがありますよ」ということだけ読みとれば、いい。

『いますぐ妻を社長にしなさい サラリーマンでもできる魔法の資産形成術』(破産しかけた現役銀行員 坂下仁著/サンマーク出版/2014年2月25日刊)Kindle版もある。

2014年4月 3日 (木)

新宿とともに50年 紀伊國屋ビルあの日あの時

 新宿・紀伊國屋ビル竣工50年を記念して、紀伊國屋新宿本店4階の紀伊國屋フォーラムで特別展示「新宿とともに50年 紀伊國屋ビルあの日あの時」が開催されている。

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 田辺茂一元社長の肖像や、竣工直後天皇が紀伊國屋ビルを訪問した時の映像や、紀伊國屋ホールで上演された演劇などのポスターなどが展示されているが、一番分量が多いのが、1969年の大島渚監督の映画『新宿泥棒日記』のスチールやポスターなど。

 なにしろ『新宿泥棒日記』は紀伊國屋書店が舞台の映画で、田辺茂一社長も田辺茂一社長の役で出演しているのだ、ということで特別扱い。

 同展示は5月6日まで開催中。

 案内サイトはコチラ

『なぜ僕は「炎上」を恐れないのか』というのはイケダハヤト氏が前から言っていたことなのだ

 1986年生まれのイケダハヤト氏は1999年に中学の入学祝にパソコンを買ってもらったそうだ。

『父に買ってもらったのは、NEC製のデスクトップパソコン。価格は20万近かったはずですが、父の会社の景気がよかったためか、特段の説得の必要もなく、「よし! 買ってやる!」とインターネット回線とセットでプレゼントしてくれたのです。念願のパソコンが家に届いた時、「これで世界中の人とつながることができるんだ」と感慨にふけりました。
 パソコンを手に入れて、ぼくは真っ先に無料でホームページを作成できる「ジオシティーズ」を利用し、自分のサイトをつくりました』

 という、まさに今の「プロブロガー=イケダハヤト」の出発点がここにあるんだなあ。

 というか、1986年生まれということに嫉妬してしまいそうになる。1951年生まれの私には、少なくとも学生時代にも「パソコン」なるものはなく、40代になって初めてパソコンを手に入れたのだ。

 とまあ、年齢に嫉妬しても意味はないので、ブログを書こう。

Photo『なぜ僕は「炎上」を恐れないのか 年収500万円稼ぐプロブロガーの仕事術』(イケダハヤト著/光文社新書/2014年2月20日刊)

 取り敢えず、読書ノートから。

『本書は、数多くの誹謗中傷や「炎上」を経験し、おびえ、傷つき、それでも怯まず発言しつづけたぼくの試行錯誤にもとづく作品です。
 本書では、まず、容姿や能力に自信が持てず、人一倍シャイで臆病だったぼくが、「炎上」や「他人との軋轢」を、覚悟を持って恐れなくなった過程を書きました。
 そして、多くの「炎上」を乗り越えてきた経験から、「他人の目を気にすることなく、自信をもってふるまう」「集団の中で、いいたいことをいう」方法――強い心の身につけ方――を説明しています。
 空気なんて読まなくていい。人に嫌われてもいい。友だちなんていらない。そんな「覚悟」が人生を変えてくれました。「炎上」が、ぼくを育ててくれたんです』

『想像するに、「一流」の人たちというのは、ネットリアルかを問わず、自分自身も過去に大きな「炎上」を経験してきたのでしょう。他者との軋轢を恐れず、出る杭となるはずの意見も恐れず口にして社会の殻を突き抜き破り続けてきたからこそ、いま、一流の人間として存在しているのだと思います』

『今は誰もが内向きで、空気を読みあっている状態です。ここを打破するためには、内向きのエネルギーを、摩擦覚悟で外向きに変えようとする人たちが必要です。「空気を読んで黙りこむのが当たり前」である現実を、「空気を読まずに発言するのが当たり前」に変えていくのです』

『ぼくは「好きなことを仕事にする」ことが大切だと考えています。好きなことを仕事にすれば、自然と費やす時間も、試行錯誤の回数も増えます。好きでもないことに時間を割いたり、試行錯誤するのは苦痛でしかありませんから』

『「批判を恐れず自分の考えを語れるようになる、強い心をつくるため」には、まず「自分の意見を好き勝手にいえるような地位を確立する」ことが手っ取り早い』

『あなたの存在、あなたの意見が周囲の人から理解されないとしたら、あなたは彼らにとって「理解できないほど新しい」のです。これは傲慢な響きを持ちますが、歴史が証明している心理です。本当の意味で新しいものは、同時代の人に理解される可能性は、極めて低い』

『「こんなことを書いたら(いったら)非常識なやつだと思われるんじゃないか」と思っている時点で、あなたは全然、非常識じゃありません。ほんとうに非常識な人間というのは、「非常識な人間だと思われているんじゃないか?」ということをまったく思わない人間ですから、ビビッている時点で、まだまだ非常識のレベルが低いといわざるをえません。(笑)』

『罵詈雑言を投げつけてくる人たちは、基本的に「弱い人間」です。弱い人間であるからこそ、匿名空間であるネットという自分の身が安全なところから、あなたを攻撃するのです』

『「どうせ死ぬんだから、何をやっても無駄だ」と考えてはいけません。「どうせ死ぬんだから、何かこの世に爪痕を残してみるか」と考えるほうが、人生は有意義になるでしょう』

 ウーム、なるほどなあ、それぞれ至言ではあるけれども、結局は「自分の本音を言うことを恐れるな」「空気なんか読むな」「自分の好きなことをしろ」ということなのである。

 まあ、サラリーマンとかやっていると、会社の雰囲気、社風、同僚との空気、上司の雰囲気なんかに関する「同調圧力」なんかを感じて、自由な発言ができなくなったりするものなのだが、でも、そんなこと気にしないでいろいろ発言してきた私からすると、別にサラリーマンが本音を喋っても、実はそんなに問題はないのである。当然、出世とか昇進とかに関しては影響は出るかもしれない(というか、私はやっぱり影響は出ました)けれども、じゃあだからいって会社に勤めることが出来なくなるほどの問題には、絶対になりはしない。まあ、私もそんな感じで定年まで勤めてしまったわけだけれども……。

 基本的にあるのは、この同調圧力に満ちた日本という国をなんとかしなければ、これから世界の中での日本の地位の後退は避けられないだろうということ。世界のトップを行くイノベーション企業は、そんな同調圧力のない企業だ。「問題発言」のない企業にはもはや未来はないといっていいし、伸びる企業はどんなことでも自由に発言できる企業だけだろう。

 ポイントはそこだな。

『なぜ僕は「炎上」を恐れないのか 年収500万円稼ぐプロブロガーの仕事術』(イケダハヤト著/光文社新書/2014年2月20日刊)

 本書の発売はイケダハヤト氏のブログで知ったんだが、それによると電子書籍化も予定されているとのこと。で、電子書籍になるのを待って買おうとしたんだが、そのアナウンスがなかったのでリアル書店で紙の本を買ってしまった。できれば、紙の本と電子書籍を同時発売してくれれば、こんなことはしなくても済んだんだながあ。検討してください、光文社様。

2014年4月 2日 (水)

『ライカの帰還』に再び感動!

 そろそろ引っ越しに向けていろいろ本の整理をしなければいけなくなってしまって、ということで久々に発見した本を紹介。

 戦前にライカⅢaを親からもらった主人公が、戦後になって朝日新聞のカメラマンになって、その後、元海軍の同僚から主人公の持っていたライカを返されたまでの話なのだ。

 これだけ言っちゃうと、別に「フツーの話じゃん」ということになるのだけれども、そうじゃなくて結構感動話になるんだなあ、これが。

Photo『ライカの帰還』(吉原昌弘著/新潮社/1995年8月10日刊)

 主人公の楠勝平は実在の人物だった。そのモデルは昭和20年から52年まで朝日新聞東京本社写真出版部に在籍していた船山克さんという人。

 船山さんは昭和15年、慶應義塾大学に入学すると、入学祝に父親からライカⅢaを貰ったそうだ。当時はライカ1台家一軒と言われた時代だったから、そのプレゼントは相当なものだったに違いない。現在の10万円内外で中古ライカが、80万円で新品のデジタル・ライカが買える状況とは全く異なる、別の価値感でライカあるいはカメラというものを考えていた時代ではあった。

『本格的に写真をやろうと志した人なら誰でもライカを目指したというから驚くには当たらない、と船山さんは語る』

 というから、初めから船山さんはフォトグラファーを目指していた訳だ。

 船山さんは学徒出陣で海軍に入隊し、航空母艦・瑞鳳に乗り組む。海軍航空隊に所属していた船山さんは当然パイロットの資格を持っていたが、最早後退期に入っていた日本海軍航空隊では船山さんの乗り組む飛行機はなく、航空隊員として空母に乗っていても、自らの乗る航空機はなく、ただただひたすら空戦・海戦の写真を撮りまくっていたそうだ。

 で、レイテ湾海戦で海の藻屑となって撃沈された瑞鳳に乗り組んだ船山さんも、ライカⅢaを胸に海に飛び込み、仲間の駆逐艦に助けられた。

 戦後、朝日新聞にカメラマンとして入社した船山さんは、昭和23年「アサヒグラフ」に川口市にあった312メートルのNHKラジオ放送塔のてっぺんから周囲を撮影した写真を掲載し、「高いところの写真は船山」という評価を周囲から与えられることとなった。

 昭和36年、昔は海軍工廠にいて、船山さんの海に浸かったライカを預かり修理を約束し、今は防衛庁の技本に勤務する人からライカを返還される。

 船山さんの手に戻ったライカⅢaは、ライツ社で「第二次世界大戦で太平洋を泳いだライカ」としてヨーロッパで展示され、現在でも日本で余生を送っているそうだ。

 この、第二次世界大戦のころから昭和50年代というのは、グラフジャーナリズムが最も盛んだったころで、ロバート・キャパ、デビッド・ダグラス・ダンカン、ユージン・スミス、デビッド・(シム)・シーモアなどのその後も名カメラマンと呼ばれた人々たちは、その殆どが第二次世界大戦から生まれている。

 また、小型のフィルムカメラもその頃までが最高に進化した時代であったのではないだろうか。ライカはその後、昭和29年にライカM3となってレンジファインダーカメラとしては最高に進化して、それ以上に進化したレンジファインダーカメラはなく、日本のライカ追随メーカーもライカ・コピーを諦め一眼レフの方向に移行し、ニコンは昭和34年にニコンFを、キャノンは昭和46年のキャノンF1を発表して、一斉に日本は一眼レフ大国になっていくのであった。

 そんなわけで、このコミックで扱うカメラはライカの他にもニコンの歴代レンジファインダーカメラであり、それ以外ではスピード・グラフィックとゼンザブロニカである。このゼンザブロニカというところ、ハッセルブラッドじゃないというとこが潔いとも思えるのだが、むしろ当時の日本の新聞社事情では、実際にその通りだったのかも知れない。

 今や「シャッターチャンス」なんて言葉は死語になってしまっているが、主人公・楠勝平が言う『これが俺の手に入れたシャッターチャンスだ! この光景は…いま…俺のためだけにある!!』という台詞は、当時にも、と同時に今でもシビレる台詞だ。

『戦場から帰還したライカは何も語らない。動かないライカはすでに写真を記録しないけど、動かないことによってあの時間を記録している』

 という巻末の田中長徳氏の文章にも感動させられる。

『ライカの帰還』(吉原昌弘著/新潮社/1995年8月10日刊)新潮社版はもう廃刊になっているようだ、2007年には幻冬舎コミックスから発刊されているが、こっちももうないの?

2014年4月 1日 (火)

Fitbit weekly progress report from Mar.24 to Mar.30

 Fitbitから毎週のレポート。

 週トータルで82,968歩、58.08km歩いた。

 最も活動的だった日は3月24日、18,720歩、13.10km歩いた日。鎌倉から江の島まで歩いて撮影した日だ。

 最も非活動的だったのは3月30日、5,473歩、3.83kmしか歩いていない。雨で終日在宅の日。6~7月の引っ越しに備えて本の整理をしていた。

20140401_84155

給料のことより業界展望が気になる

『プレジデント』2014年4月14日号のカバーストーリーは『「給料」大展望 2014  ▶2020 〈年代別〉〈職種別〉〈業界別〉〈男女別〉』というもの。

President_2『プレジデント』(2014年4月14日号/プレジデント社)

 アベノミクスのおかげ? でこの春は賃上げ、ベースアップ、夏のボーナスなどについても、明るい見通しが立っているようだ。しかし、問題は今年の賃上げではなく、むしろ5年後、10年後、20年後、30年後の見通しだろう。ということで、『プレジデント』の特集は5年後の給料予測だ。

 予測①は『キーワードは「グローバル」「新事業」「規制産業か否か」』として「現在給料が高くて今後も続く企業」の業界ランキングでは「1位 総合商社 グローバル展開、新事業で◎ 三菱商事、伊藤忠商事、三井物産、住友商事、丸紅」と上位総合商社が並び、「2位 テレビ・放送 日本テレビHD、フジ・メディアHD、朝日放送、テレビ朝日、九州朝日放送、テレビ東京HD、RKB毎日放送、札幌テレビ放送、テレビ西日本」、「3位 損害保険 規制緩和により低下のリスクも 東京海上HD、NSKJ HD、MS&ADインシュアランスHD」、「4位 ビール 海外M&Aによりグローバルでのプレゼンス上昇 キリンHD、アサヒグループHD、サントリーHD」、「5位 携帯電話 脱・日本の大企業、世界の大企業へ ソフトバンク」、「6位 石油 インフラ系は安泰 JXHD、昭和シェル石油、東燃ゼネラル」、「7位 電力 インフラ系は安泰 中部電力、中国電力、J-POWER」、『その他個別の高級企業として「各社の成長戦略(グローバル展開が進むか、新事業をスピンアウトさせられるか)により2020年も続くかが決まる」として アクセル(電気機器)、日本経済新聞社(出版)、三井住友トラストHD(銀行)、三井住友フィナンシャルG(銀行)、電通(広告)、三井不動産(不動産)、富士フィルムHD(家電・電機)、三菱地所(不動産)、日本政策投資銀行(銀行)、野村総合研究所(IT・情報処理)、エーザイ(製薬・医薬品)、ファナック(電気機器)、三菱UFJフィナンシャルG(銀行)、三菱ケミカルHD(化学)、博報堂DYHD(広告)、アステラス製薬(製薬・医薬品)』などが上がっている。

 商社はその時代時代で業態を変えて新しいことを手掛けてきているので、その姿勢を失わなければ今後もうまく行く業種の一つと言ってよいだろう。しかし、問題は2位のテレビ・放送だろう。つまりこうした規制に守られ、グローバル展開というのと縁が遠い業界では、新たに参入障壁が下がり、低コストで良質の番組を提供できる企業が出てくれば、給料だってどうなるかは分からない。むしろ、最近はネットの方で面白い番組が増えてきており、今後はテレビもそういった媒体での展開を十分にこなさなければ難しいだろう。

 予測②は『キーワードは「軽薄短小」サービス、観光、医療、農業』として「現在低めでも今後上がる企業」では「一休(旅行)、オリエンタルランド(レジャー施設)、ユーエスジェイ(レジャー施設)、アメイズ(観光・ホテル)、クリエイト・レストランツ(飲食業)、ソフトマックス(医療サービス)」が上げられている。

 問題は低賃金業界の代表と呼ばれているサービス業・飲食業だろう。例えばオリエンタルランドなどは会社自体は儲かっており従業員の給料は772万円と高いのだが、現場で働いているスタッフは殆どがアルバイトで、従業員との給料の差は大きい。法律でもって最低賃金をもっと上げなければならないだろう。

 予測③は『キーワードはイノベーション、事業モデル、経営者の質』として「ベンチャーで伸び幅大の企業」を上げている。「USS(中古車オークション運営)、イーブックイニシアティブジャパン(電子書籍配信)、森下仁丹(シームレスカプセル技術、健康食品)、ペプチドリーム(創業ベンチャー)、オプト(ネット広告代理店)、エニグモ(ソーシャルショッピングサイト運営)、ITbook(ITコンサルティング)、地盤ネット(地盤解析サービス)、ジャパンベストレスキューシステム(総合生活トラブル解決サービス)、ユーグレナ(ミドリムシの機能性食品販売、バイオ燃料開発)、エー・ピーカンパニー(居酒屋展開)、オークファン(オークションサイト運営)」などが上がっている。

 まあ、ベンチャーの場合は当たり外れが大きいから、最初はあまり給料は期待しないで、うまく行けば大幅に給料アップ、でなければ会社を辞めて起業、くらいの挑戦的な姿勢で勤めていなければならないだろう。シリコンバレーには成功した企業の裏側に、無数の倒産企業があると言われている。つまり、自分で起業してしまうくらいの勢いでベンチャーには入社しましょう、ということ。

 一方、年収300万円以下の「平均年収ワースト50社」というリストも出ている。ただし、そうした「薄給企業」でもいろいろあって、給料の低い企業の理由は「①もともと給与水準の低い業種、②通常は非正規社員として雇うところを正社員扱いにしている、③物価水準の低い地方に本社や営業拠点がある、④従業員の大半が若い女性である」などであるが、その代わり労務環境に力を入れていたりなどの理由があったりして、別に給与が低くてもその地で暮らすのには何ら問題がないケースなどもあったりする。

 確かに、給料だけが職種選びの条件ではないだろう。

 むしろ、自分のやりたい仕事なのかどうかが一番の条件だろうし、もしやりたい仕事であれば薄給であっても何ら問題はないという考え方のほうが健全かもしれない。というか、良い給料さえ頂けるのであれば、どんな職種でもいいと考え、自分のやりたくもない仕事を40年も続けるなんて、決して幸せな人生ではないだろう。

 勿論、隣の人の給料袋の中身が気になるのはよくわかるが、だからといってそれを気にしてもしょうがないような気がする。

 じゃあ何でこの雑誌を買ったのか?

 まあ、業界展望としてはどうなんだろうか、というのが気になったのでね。

『プレジデント』(2014年4月14日号/プレジデント社)

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