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2014年2月26日 (水)

『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』

 ポイントは三つ。一つ目は、ネットの普及によって「書きことば」が急速に衰退していき「ネットことば」に置き換わっている、ということ。二つ目は、それによって国民国家というものも衰退し、経済のグローバル化によって日本語自身も衰退していく、ということ。三つ目は、しかしそんなネットによって「つながる」ということが、実はつながっていないで、個々の人間は逆に個々に閉ざされてしまう、ということ。

Photo『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』(藤原智美著/文藝春秋社/2014年1月30日刊)

『ネットことばは紙の書きことばに近いようでありながら、話しことばのようなスピードで文章がつくられていいきます。典型はメータイメールです。そこに推敲や熟慮など入りこむ余地はないようにも感じます。またネットことばでは相手の顔も見えなければ、電話のように声も聞こえてきません。これは書きことばと同じなのですが、ことばを書きこむスピードは会話と同じです。会話のようでありながら相手の顔も声も分からないというネットことばの特性を、ぼくたちはまだほうとうに体得してはいないのです』

『国民意識はその国のことばによってもたらされるといっても過言ではありません。そしていうまでもないことですが、その共通の書きことばが、国のさまざまな決まり事を内外に明示して、国家を言語的にたばねています。まず憲法と法律があります。それらを網羅した六法全書は六〇〇〇〇頁をこえます。さらに判例や条例があり、膨大な数の行政文書、国会や地方議会の議事録など、近代以前の領主や王などによる統治にくらべると、国民国家の仕組みははるかに複雑でこみいっていて、組織として体系化するためには、膨大な書きことばが欠かせません』

『英語による他言語の駆逐という数百年つづいた言語運動が、ここにきて加速化し、いよいよ世界語としての覇権を確立しようとしています。近代以降の世界を言語という尺度で見ると、さまざまな言語が入り乱れた言語闘争の歴史だったことが分かります』

『このような社会の英語化は新しい格差を生むでしょう。英語がうまくなれなかった人と、うまくなった人との格差です。英語をある程度使いこなす一部の人と、日本語しか使えない多くの人のあいだには新しい明確な壁ができます。いままでエリートといわれたきた層でも、かならずしも英語力は問われなかった。しかし、それもなくなるでしょう』

『ネット上のことばはモノ化(たとえば紙に書く)させる必要もない。デジタル化、すなわち情報化させればいいのです。情報化でネットにアップされたひとつの文書は無数にコピーされます。しかも瞬間的に全地球規模で伝えることもできる。この記録性、伝達性はモノ化した書記言語とは次元の異なる便利さを発揮します。
 さらにネットは一方通行ではなく、たがいに瞬時にことばをやりとりできる。まるで会話するようにネットことばを交換できます』

『楽天的なものとしては、二一世紀のネット社会がマクルーハンが構想した中枢神経が身体の外に拡張し、それらがつながった地球村のような共同性を獲得するもので、悲観的な見方としては、ジョージ・オーウェルがSF小説『一九八四年』で描いたような人の心理までコントロールされた高度な管理社会になっていくというものです』

『ネットというと全地球的に開かれたオープンで自由に使える道具というイメージがありますが、じつはパーソナライゼーションによってきわめて限定された狭い世界を行き来しているだけで、なおかつネットからはあなた自身のすべてを推測され、読みとられているということもありうるわけです』

『書きことばが衰退するということは、読む力も衰退するということです。よって読者の力も同時に衰えていきます。現在、紙に書かれる文章も歎文化が進んでいますが、短文しか読まない読み手がふえているからにほかなりません。長文を読めない人がふえているのです。
 ネット上では「長々と書いて説明しなければならないのは、そもそもダメなアイデア」と見なされています』

 という具合に読み進めていくと、なんかネット(及びネットことば)によって、我々の社会は衰退していき、英語による言語格差(それは経済格差でもある)が進行し、それこそ国民国家が滅亡していきそうな勢いである。「グローバリズム」というのは国家の発想ではなく、企業の発想であるし、英語化というのも国家の発想ではなく、企業の発想だ。となると当然、ネットによって出来上がるこれからの世界は、国民国家という発想はなくなってしまって、全地球国家のようなものになってしまうのだろう。

 しかし、その全地球国家はマクルーハンが楽天的に予想したような地球村ではなく、やはりオーウェル的な全体主義国家になっていくのではないだろうか。グーグル、アマゾン、アップル、マイクロソフトなどのアメリカ企業がビッグブラザー群となって、ビッグデータで国民全体を把握し、洗脳するような全体主義国家だ。

 そんな国家に対抗するために、「長々と書いて説明しなければならないのは、そもそもダメなアイデア」と言われようとも、私のブログは2,000字以上を書き続けるのである。

『書くことは思考であり、その思考を深めること、継続することで、生きのびる力を得ることができる』のであり、『結局は社会を形成することばの軸が、書きことばからネットことばへと移行しつつあるだけなのです。書きことば中心の近代社会であっても、人々の日常は話しことばなくしては成り立ちません。ネットことばの時代となっても、日常から紙とインクの書きことばがすっかり消えてなくなるのは、もっと先のことでしょう』いやいや、『すっかり消えてなくなる』ということはあり得ないのだ。

 ネットであっても、そこにはネットことばだけではなく、書きことばの世界はずっと残るだろう。

 大体、140字で何が書けるというのだ。

『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』(藤原智美著/文藝春秋社/2014年1月30日刊)

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