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2014年2月 8日 (土)

『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』の読み方もあるのかな

 TPRG(テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム)というのは、ちょっと前に流行ったゲームジャンルではあったのであるが、それは基本的に「自分を主人公にして、いろいろな条件を設定しながら進む、ストーリー」である訳なので、まあ、言ってみればどんな小説でもRPG的に読めるということでもあるし、どんな小説もRPGとして読むことも可能、ということなのだ。

Photo『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」 おくのほそ道はRPGだった!』(安田登著/じっぴコンパクト新書/2014年1月24日刊)

『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらへて老を迎ふる者は、日々旅にして旅と栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれかの年よりか、片雲の風にさそはれて漂泊の思やまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひてやゝ年も暮、春立てる霞の空に、白川の関超えんと、そゝろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取る物手につかず、股引の破れをつづり笠の緒つけかへて、三里に灸すうるより、松島の月まづ心にかゝりて、住める方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、

 草の戸も住かはる代ぞ雛の家

 表八句を庵の柱にかけておく。弥生も末の七日、あけぼのの空朧々として、月は有明にて光をさまれるものから、不二の峯幽にみえて、上野谷中の花の梢又いつかはと心細し。睦まじきかぎりは宵よりつどひて、舟にのりて送る。千住といふところにて舟をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻の巷に離別の涙をそゝぐ。

 行く春や鳥啼き魚の目は泪

 これを矢立の初めとして、行く道なほ進まず。人々は途中に立ち並びて、後影の見ゆるまではと見送るなるべし』

 というのが、松尾芭蕉の『おくのほそ道』で出だしの記述だ。

 その『おくのほそ道』を安田氏は「江戸を出立して平泉に至るRPG」、つまりこれは源義経の霊を鎮魂するための旅だというのだ。

 で、この旅を4つのステージに分けて考える。

 まず第1のステージが「深川から日光」に至るファースト・ステージ「死出の旅」。

『出発前の芭蕉は「ただの人」である。荷物の重さにぶつぶつ文句をいい、別れのつらさに涙する。そんなふつうの人である。そんなふつうの人間がRPGの旅に出るような英雄(ヒーロー)になるには、一度「死」を体験しなければならない。それをするのがこのステージである。死ぬのであるから、むろん何もゲットしない。すっぴん芭蕉だ』

 そして次の第2ステージが「日光から白河」に至るセカンド・ステージ「中有の旅」。

『「中有」というのは、死んで再び生まれ変わるまでの宙ぶらりんな状態をいう。「ふつうの人」ではなくなったが、まだまだ鎮魂の旅に出るには早い。「死」の傷も癒さなければならない。そんなステージだ。ここでゲットするのは、これからの旅の糧となる生活エネルギー「ライフ」である。おいしいものを食べ、酒を呑み、旅銀もゲットして、衣食足りてはじめて「こころの旅」に出るのである。ここでの芭蕉のジョブは商人である。句会を開き、句の添削をしながら、生活エネルギーをゲットしていく』

 続く第3ステージは「白河~飯塚」に至るサード・ステージ「再生の旅」。

『このステージで芭蕉はさまざまな「歌枕」に寄る。歌枕こそ、今回もっともゲットしなけばならないアイテム、「詩魂」を入手できるところだ。詩心のある詩人が歌枕に寄る。そこで昔のことに思いを寄せ、あるいは句や歌を詠む。それによって「詩魂」のパワーが手に入る。この「詩魂パワー」こそ、鎮魂にもっとも必要なアイテムであり、「詩魂」のパワーによって、芭蕉たちは怨霊や亡霊の魂を慰めることができるのだ。

 最後の第4ステージは、勿論「飯塚~平泉」への「鎮魂の旅」である。

『ふつうのRPGでは、最後にすごいボスキャラが出てきて、ゲーマーたちはそれまでにゲットしたさまざまなアイテムを使って、このボスキャラを倒してエンディングを迎える。が、『おくのほそ道』RPGでは戦いはしない。
 最大のボスキャラである義経の霊に対して、最大の号泣をし、渾身の句を読み、その魂を慰めるのだ』

 というのだが、まず西行が当時の後鳥羽院だろうかわからないが、その命を受け崇徳院の鎮魂を行なったというのが分からないし、それと松尾芭蕉が徳川幕府からの命で、同じように源義経の鎮魂を行うという理由がよくわからない。

 が、まあこれは一種の「見立て」であるから、原典をどのように読もうが、それは読み手の勝手である。まあ、もともと松尾芭蕉という人物自体が、伊賀の土豪一族出身の父・松尾与左衛門と百地氏出身の母・梅の三男として生まれたということからしても、松尾芭蕉=忍者(スパイ)説というのが昔から言われており、『おくのほそ道』自体も幕府の命による、奥州・伊達家の内情視察だったという話もまことしやかに伝えられているのである。

 ということなので、まあ読後感としては「まあ、そんな読み方もあるのね」というレベルでしかないのであるが、やはり問題は『おくのほそ道』の後半部分をなんで捨象してしまうんだろうか、ということなのである。

『ここから先の旅は、今まで読んできたような深刻な旅とは違い、さまざまな俳人や、遊女、商人、僧などとも会っていく。華やかな旅となる。飯塚の宿で苦しんだ「ノミ」も、あるいは馬の尿なども、後半の旅では風流の一興として句にしてしまったりする。つらい現実はありながらも、それを深刻に受け止めずに笑い飛ばしてしまう、そんな旅となるのだ』

 と「あとがき」に書いているけれども、私としてはそんなに前半(平泉まで)と後半(大垣まで)とで書き方が違うとは思えないのである。まあ、確かに前半では「平泉に行きたい」という目的があって、しかし、それは「幕府の命」ではなくて、「西行への思い・憧れ」だったのではないか、そして歳をとるとある種の人に出てくる「漂泊」への思い、というのが普通の読み方だ。

 なので、後半はその思いを遂げたので、どちらかというと、蕉門の弟子を増やすことが旅のメインの目的になったのかも知れないが、やはり基本的には西行への憧れ(出家して勝手に各地を彷徨う)が芭蕉をして種々の旅に誘うことになったのではないだろうか。

『おくのほそ道』であっても最後に引用したのは西行の歌であったのである。

 終宵嵐に波をはこばせて
  月を垂れたる汐越の松

『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」 おくのほそ道はRPGだった!』(安田登著/じっぴコンパクト新書/2014年1月24日刊) 原典はコチラのKindle版で。そんなに難しいものではないので、現代語訳になっていなくても読めます。

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