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2014年1月 6日 (月)

既に『やさしさをまとった殲滅の時代』の次の時代が始まっているのだ

 って言うか、そろそろマトモなブログを書かなきゃなあ、もう6日だぜ、普通の会社は御用始めだよ、ということで今年最初の書評(じゃない書評)はこの本だ。

 実は昨年大晦日に書いていたんだけどね。

Photo『やさしさをまとった殲滅の時代』(堀井憲一郎著/講談社現代新書/2013年10月20日刊)

『講談社現代新書のメールマガジン(「現代新書カフェ」)に連載していたものをもとに新書にした。
 連載時のタイトルは「失われたモノたちの00年代」だった。
 新書にする際に「やさしさをまとった殲滅の時代」となった。
「やさしさをまとった殲滅」とは、いま、若者がなんとなく抱いている願望を言い表した言葉である。実際に殲滅活動をしているわけではない。インターネットを介して、そういう気分になっていることが多いように感じた』

 ということである。

『いろんな便利なものが出てきたのが00年代である。
 いいね、おもしろいね、と気軽に対応しているうちに、そういうものばかりになっていた。ふと気がつくと、それまでの古いものはすべて片付けられていた。ちょ、ちょ、待てよ、と言ったところでもう遅かったのだ。
 しかたなく新しいもので生きているが、あまり身にフィットしてくれない。
 何か余計なものまで捨ててしまったんじゃないか、と考えるようになっていた。すでに2010年代を迎えていた。
 少し戻って、捨て去ったところから、ひとつ、ふたつ、大事なものを拾ってきたほうがいいんじゃないか、とおもうようになった。この10年をざっくりと振り返りつつ、僕はそうおもう』

 というのがその前の文脈。

 で、『2000年はどんな世界だったのか』と振りつつ、ドコモとJフォンの携帯二台持ち、『パーソナルコンピュータは買ってあったが、まだうまく使いこなせなかった』、『ディジタルカメラはまだ持っていなかった』、『ディズニシーには行ったことはなかった。できていなかった』し、『取材のときに音声を録音するのは、マイクロカセットテープレコーダーを使っていた』、『iPodはまだ発売されておらず』、『Suicaもまだ発売されておらず』、『パーソナルコンピュータを使いこなしていないのだから、エレクトリックメールはほとんど使っていない』、だいたそういう時代である。

『そういう世界があきらかに変わってきたのは、2005年からである』

『2003年には『涼宮ハルヒの憂鬱』が発売され、2004年からライトノベルの注目度が異様にあがっている』『2004年の夏にコミックマーケット入場者数が50万人を初めて超え』『2005年を境に、インターネットを通して世界がつながっている、とうのがみんなの前提になった』『2006年以降、すこし息苦しくなってきた』『世界のラーメン店は、インターネット上でほぼすべて網羅され、意味のわからないランキングによって並べられていた』『2007年が、ロストジェネレーションという若者世代への哀しいネーミングから始まったのも、あのころの空気を反映していたとおもう。「ブラック企業」という言葉が頻繁に使われだした。何かが失われた、としきりに喧伝された。何を失ったのかは、ついによくわからなかったけれど、とにかくいまの状況がいやなのだ、という気分だけはみんなに伝わった』『2008年に入り、秋葉原での無差別殺傷事件があり、9月にはリーマンブラザーズが破綻した』『2009年の夏には、どう考えても大人の対応が得意でなさそうな民主党を政党第一党に選び、より困難な社会状況を作ろうとしていた』『フェイスブックの日本語版が始まったのも2008年』『ツイッターの日本語版が始まったのも2008年であった』『2011年にラインが始まった。みんな、ラインがいい、と言い出した』

 といいう具合に、本書の内容をすべて「あとがき」でバラしまっている。

 う~む、そういう「あとがき」っていうのも、ありなのか。

 ポイントはインターネットであり、さらにそのためのガジェットとしてのスマートフォンなのだろう。

『インターネットに世界では匿名性が高い。
 一義的には自分が誰なのかを明らかにせず、いくつかの場所へ参加できる。
 仮想空間が作られ、現実世界ではまず言葉を交わす機会のない者たちが同じ空間で会話できる。
 善意を前提にしていれば、とても善き世界である。
 ただ、暴力は、破壊を意図せずとも、ただの一言で世界を変える力がある。
 悪意を持って、会話だけの世界を切り裂けば、ほとばしるように暴力をみんなが浴びるようになる。
 インターネット世界での言葉だけのやりとりが、暴力を潜行させる場所となった』

 インターネットは、人と人をつなげる武器であると考えられていたのだが、実はそのつながりは仮想空間だけでのつながりであり、現実世界では若者たちは孤立させられており、その孤立した個人はさらに分解されその電話型コンピュータ(スマートフォン)は、『各個人のデータが向こう側に蓄積され、何が好きか、何に興味を持ってっていて何に金を払う可能性があるのか』がビッグデータという名の、ビッグ・ブラザーに集積されて、「世界に一人だけのあなた」に向けて「recommend」という形で消費を強制してくる時代なのだ。

 勿論、人々は『消費を続け、きれいに孤立していくことになる』。

『いろんなものを放り出してきた10年であった。
 辞書を捨て、地図を捨て、自分の家に新聞を配達してもらうこともやめた。みんなインターネットで代用している。
 小さい本屋がなくなり、街のレコード店もなくなった。ぼんやりした八百屋や、のんびりした豆腐屋もなくなっていく。
 都市情報に金を払うのもやめ、ラーメンムックも買わなくなった。
 何かしらに後押しされてきたとはいえ、でも、僕たちが選んできた道である。
 洗練され、欲望が管理されだした。欲望の管理は頼んでなかったんだけど、と言っても、手遅れである。もう少し余裕が欲しい。留保と言ってもいい。でも、何かに興味を持つと、訓練された店員が音もなく近づいてきて「こちらの商品はですね」と説明してくれるようになった。無視してもまとわりついてくる。
 管理された欲望から逃げるには、壊すしかない』

 しかし、そんな「壊す方法」をだれが見いだすのだろう。

 どこかからエマニュエル・ゴールドスタインが現れてくるなんてことがあるんだろうか?

 それとも、今年ネットを炎上させてくれた「バイトテロ」写真の僕たちが、革命に先立つナロードニキだとでも言うのだろうか。

『やさしさをまとった殲滅の時代』(堀井憲一郎著/講談社現代新書/2013年10月20日刊)Kindle版も出ている。さすが講談社!

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