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2014年1月25日 (土)

『アラフォー男子の憂鬱』ってもねえ。世代論ってものは、まあこんなもんだろうなあ

 常見陽平:人材コンサルタント、作家、大学講師、1974年宮城県生まれ(40歳)。おおたとしまさ:育児・教育ジャーナリスト、1973年東京都生まれ(41歳)。速水健朗:ライター・編集者、1973年石川県生まれ(41歳)。赤城智弘:フリーライター、1975年栃木県生まれ(39歳)。

 以上が本書の制作に携わった面々。なるほど、皆「アラフォー」ってわけね。

Photo_2『アラフォー男子の憂鬱』(常見陽平・おおたとしまさ編著/日経プレミアシリーズ/2013年12月9日刊)

 で、そのアラフォー世代(団塊ジュニア世代)の四人が繰り広げる「世代論」な訳だが、しかし、こうした世代論というのは、他の世代が読んでもなんの参考にもならないし、面白くもないわけなのだなあ。そんなところから「世代論無用論」というのもあるのだが、しかし、同じ世代からは「うーん、そんなこと、あるある」ってな感じで読まれて、それなりのマーケットはある。特に、団塊ジュニア世代であればそれなりのボリュームゾーンなわけで、日経が企画を通した状況はなんとも目に見えるようだ。要は、団塊ジュニア世代の社員が「おおっ、これ面白そうジャン」って通した訳だ。

 ということなので、団塊の世代の後の「谷間の世代(「しらけ世代」とも呼ばれている)」に属して、高校生運動(断じて「学生運動」なんて腑抜けたものではない)にも参加していた私がこの本を読んで、「なるほど団塊ジュニアってこういう考え方をするのか」と納得してみようか。って、する訳ないじゃん。

 結局、団塊ジュニア世代ってのは今に繋がる新興メディアとともに育ってきた世代なんだなということは確認できた。

 つまり、ガンプラ、キン消し、チョロQ、ファミコン、夕やけニャンニャン、MSX、NEC PC-9801、合コン、シングルCD、月9ドラマ、カラオケなんかに囲まれていた世代である。更に言ってしまうと学生時代にWindows 95がリリースされて、アップル・コンピュータもスティーブ・ジョブズが戻ってきてiMacなんかを発表した。その頃から「パソコンはスタンドアローンで使うものじゃなくて、通信とか、ワールド・ワイド・ウェブにつないで何ぼのもんじゃ」という時代になったのである。

 私が携帯電話を使用したのは1992年頃からじゃないかと思うんだけれども、当時は新宿中央公園あたりでも繋がらなくて困った思いがした。その後、その会社支給の携帯電話は返して、自分用の携帯電話を持ったのだが、電話は買取じゃなくて電話会社からのレンタルの形でしか持てなくて、その毎月の使用料が16,000円位して結構持っているのすら辛かったという思い出がある。

 でも、団塊ジュニア世代がケータイを持つようになってからは、当然、機械は買取だし、競争で契約者を増やしたいauとBodafon(後のソフトバンク)、NTTは競って「新規契約0円」競争をしていたわけなのであるな。

 そんな意味では、団塊ジュニア世代って、我々「谷間の世代」に比べると結構恵まれてるんじゃん、とも思えないこともないのだが、それに対して団塊ジュニア世代は言うんだなあ。

『思えば、僕たちは常に先端であり続けた。それは楽しいことであった。ないものが生まれ、成長していく時点に僕らは立ち会った。家庭にテレビゲームがやってきて遊びが変化し、趣味のものだったパソコンは、世界中の人たちをつなげるコミュニケーションツールに大きく進化した。その進化の中で、僕たちは自分が変われる可能性を信じていた。
 しかし、その果実を程よく受け取るのは、ある程度その文化が浸透した後に入ってくる人たちだ。だいたい、ゲームもパソコンも僕たちはある種の「オタク」としてそれを扱うのだけれど、その時点ではとても怪訝な顔で見られる。しかし、文化としてそれが浸透して当たり前になると、それが「流行の最先端」に変化してくる。「流行の最先端」というのは、決してその技術や分野自体の最先端ではなく、世間に認知されて受け容れられた時点での最先端なわけだ。はやりの言葉で言えば「キャズム(溝)を超えた」という常態』

 なるほど、やはり常に「α版」とか「β版」とかで「お試しされていた世代」ということを言いたいのね。

 それは確かに、「完成版」を提供された世代の方が生きるのには楽なのかもしれないが、しかし、「お試し版」の方が、そのプログラムの「荒野」的な状況が見られて面白いということもあるんじゃないだろうか。つまり、完成版だけを見せられて結局はその開発者やメーカーの思惑に乗せられているだけの人生よりも、「開発途上版」を見せられて、それに対していろいろな意見を言ったりして、まあ多少なりとも開発に寄与するという楽しさを体験できるかもしれない。

 ということでは、完成版ばかり見せられるようになってしまう団塊ジュニアの後の「団塊ジュニアの後の谷間の世代」に比べれば、それはそれで幸せなんじゃないのだろうか。

 そんな訳なので、今のアラフォー世代が何を言ようがかまわないが、そこで「自分たちは不幸な世代」だとか「自分たちは恵まれていない世代」だとかは言わないでほしい。

 結局、「世代論」で物語ってしまうと、自分の世代の「不幸」ということにばかり話が集中してしまうのである。「僕らの世代ではこうだったけれども、次の時代にはもっとこんな感じで良くなったんだよね」っていう具合に。だって、世間は次第に住みよくなってきているということを「信じる」なら、そりゃあ絶対に前の世代より後の世代の方が良くなってきているわけで……。

 まあ、そんなことを繰り返してきた人間の歴史ではあるんだけれども、ぼちぼちそんな言い方はやめませんか? って言っても多分ダメでしょうね。だって、それが人間の歴史なんだもん。

 ということなので、こうした「世代論」というのは永遠のテーマ(売れ筋)ではあるんだろうな。

 なあんてこと書くと、また速水健朗氏あたりから「読んでもいないのにw」なんて難癖がつくんだろうか?

『アラフォー男子の憂鬱』(常見陽平・おおたとしまさ編著/日経プレミアシリーズ/2013年12月9日刊)

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» この世代が政治力を持つようになるのだろうか……。:アラフォー男子の憂鬱 [本読みの記録]
アラフォー男子の憂鬱 (日経プレミアシリーズ)作者: 常見 陽平出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社発売日: 2013/12/10メディア: 新書 速水健朗('73年生まれ)、常見陽平('74年生まれ)、赤木智弘('75年生まれ)、おおたとしまさ('73年生まれ)の筆者4人による世代論。 このエントリで書いた「ロスジェネはこう生きてきた」で感じたのは同世代でありながら同じ経験を共有していない違和感。 その理由は本書を読んでなんとなく理解できた。 この世代は、最後の商業的マスなので、コマーシ... [続きを読む]

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