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2014年1月 8日 (水)

ユーミンの罪

「負け犬」の酒井順子さんは1966年生まれなので、1954年生まれの荒井由実が『あの日にかえりたい』をヒットさせた1975年時点ではまだ9歳。その頃からユーミンの歌を聞いていたのだろうか?

 まあ、小学生3年生なら充分そんな歌を聞いていてもおかしくない年齢でもあるなあ。

Photo_2『ユーミンの罪』(酒井順子著/講談社現代新書/2013年11月20日刊)

 荒井由実の歌では1976年に『中央フリーウェイ』という歌があって、その歌詞に「中央フリーウェイ、調布基地を追い越して」という部分があり、もはや1976年段階では米軍から返還されて調布飛行場という一般に開放された飛行場になっていたにも関わらず「調布基地」という呼び方をした荒井由実に対し、どこかに戦後の響きを感じていたということを、以前のブログにも書いた。更にバンバンに提供した『「いちご白書」をもう一度』という曲もあって、どこか荒井由実も私よりも3歳年下なんだけれども、どこか戦後派、どこか学生運動経験者に近い感性を持っているんだな、ということを感じていた。

 本書で取り上げられている荒井(松任谷)由実のアルバムは20枚。デビューアルバム『ひこうき雲』(1973年)から始まって、『MISSLIM』(1974年)、『COBALT HOUR』(1975年)、『14番目の月』(1976年)、『流線形'80』(1978年)、『OLIVE』(1979年)、『悲しいほどお天気』(1979年)、『SURF & SNOW』(1980年)、『昨晩お会いしましょう』(1981年)、『PEARL PIERCE』(1982年)、『REINCARNATION』(1983年)、『VOYAGER』(1983年)、『NO SIDE』(1984年)、『DA・DI・DA』(1985年)、『ALARM a la mode』(1986年)、『ダイアモンドダストが消えぬまに』(1987年)、『Delight Slight Light KISS』(1988年)、『LOVE WARS』(1989年)、『天国のドア』(1990年)、『DAWN PURPLE』(1991年)という具合。

 1976年の『14番目の月』と、1978年の『流線形'80』の間の1977年のアルバムがないが、それは荒井由実が松任谷由実になった年(1976年)の次の年だから。ユーミンとしては結婚を期に芸能界からフェイドアウトしてしまおうと考えていたそうだ。しかし、翌年春『紅雀』で「1年5ヶ月の沈黙を破り第5弾ついに登場!! ユーミンの新しい世界がここに!!」と「松任谷由実」として再デビュー。しかし、酒井さんの本ではこのアルバムについてはたった見開き2ページで触れられているだけ。それほど地味なアルバムだったのだろうけれども、そこは荒井由実から松任谷由実になった最初のアルバムとして、やはり一章割くべきアルバムなのではなかったのか? しかし、当時12歳の酒井さんにとっては、あまり聞くべき対象のアルバムではなかったのだろうか。まあ、確かに12歳の女の子にとっては「結婚」という言葉はまだまだ実感を伴わない言葉だろうし、結婚後最初のアルバムと言っても、それほど興味を持たなかったのかも知れない。

 でも、本書を読んでみると、別に酒井さん、リアルタイムでそれらのアルバムを聞いていたようでもないし、当然リアルタイムで聴いていたアルバムもあるだろうけれども、むしろ視点は2012年から2013年の40代後半に差し掛かった時点での酒井さんの感想なのである。

 だとすると、この本自体が「負け犬」決定してからの酒井さんのユーミンに対する視線なんだということが分かる。

 つまり、「あとがき」に書く

『ユーミンが我々にしてくれたことは、すなわち「肯定」です。「落語とは人間の業の肯定である」と、故・立川談志さんはおっしゃいましたが、置き換えるならば「ユーミンの歌とは女の業の肯定である」と言うことができましょう。もっとモテたい、もっとお洒落したい、もっと幸せになりたい……という「もっともっと」の渇望も、そして嫉妬や怨恨、復讐に嘘といった黒い感情をも、ユーミンは肯定してくれました。それも、「感情の黒さだって、時にはシックよね」と思えるように加工してくれたので、私達は女の業を解放することに罪悪感を持たずにすんだのです』

『晩婚化、少子化、社会進出に性的解放と、ユーミンの歌は、女性をとりまく様々な変化とわかちがたく絡み合っています。日本が経済成長し、ライフスタイルが欧米化するとともに女性達が生き方を変えていく、その伴奏曲となったのがユーミンの歌だったのです』

 という通り、まさしく酒井さんをして「負け犬になっても、それでもいいんだ」という気にさせてしまったのがユーミンの歌だったとしたら、それはそれで罪は大きい。

 勿論、人の生き方はそれぞれ自由であるというのが、現代の考え方であるから、別に酒井さんが「負け犬」という呼称を使う必要はまったくないんだけれども、そこはマーケティング手法でもって「負け犬」という言葉を発明した酒井さんである、だとしたらそんな自分に対するフォローもして欲しかったのである。

 それが

『ユーミンは、私が初めて会った「大人になってもおばさんにならない女性」でした。何歳になっても恰好いいユーミンという女性が実在するということは、もしかすると自分もそうなることができるかも、という可能性を、ユーミンは示してしまったのです』

 という風に、自分の今の自分の人生を人に押し付けている酒井さんなんだけれども、しかし、それが大きな間違いだったのかも知れない。

 だって「大人になってもおばさんにならない女性」なんていっぱいいるじゃないか。国連高等弁務官の緒方貞子さんなんてその典型だし、津田塾大学を作った津田梅子さんみたいな明治の女性もいる。『八重の桜』の新島八重や、鹿鳴館の大山捨松だってそうだよね。

 その辺に、立教女学院出という酒井さんの限界というか、ユーミンも同じ学校を出ているので、まあ、自分の学校の先輩という見方もあるのだろうけれども、だからといってそんな狭い目で見ることもないんじゃないかと思うのだ。

 まあ、結婚だけが女の幸せだとは思わないけれども、しかし、ユーミンは幸せな結婚をしちゃってるんですぜ。

 そんな人が「女の業を肯定してます」ったって、それは単なるマーケティングの結果でしかないわけで、ユーミンなりの「時代を読み取る眼」という名前のマーケティング。

 そんなマーケティング手法に乗せられた、博報堂出身の酒井順子さんの存在を見せられてしまうと、ちょっと残念。

『ユーミンの罪』(酒井順子著/講談社現代新書/2013年11月20日刊)

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