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2014年1月18日 (土)

『BRUTUS特別編集「合本 大友克洋 2012年再始動、そして。』どこへ行くんだ?

 大友克洋と『ブルータス』って言えば、以前『ブルータス』に連載していたクラブ・パンターニ(大友克洋氏と寺田克也氏、北久保弘之氏が作った自転車チーム)によるイラストとエッセイの記事を思い出す。

 大友克洋氏と寺田克也氏によるその連載は単行本にもなったのだが、今でもクラブ・パンターニは健在なんだろうか。

2014_01_15_01242『BRUTUS特別編集 合本 大友克洋 2012年 再起動、そして。』(マガジンハウス/2013年2月15日発行)

 本誌はブルータス2012年4月15日号「大友克洋、再起動」特集と2007年1月1・15日合併号「クールジャパン」特集を再編集し、増補改訂したもの。なので、基本的には2012年4月9日の『大友克洋GENGA展』について書いた通りであります。まあ、基本的にはね。

 今回は大友さん(と呼ばせてもらいます。この位なら紫綬褒章作家にも失礼にはあたらないよね)とアニメーション映画『AKIRA』でもって監督と制作担当として苦労したというか、苦労されられた思い出を語ってしまおうか。

 当時(と言っても今でもそうなんだけれども)アニメーション製作は基本的に、映像に声優が声を合わせるアフレコ(アフター・レコーディングの略なんだけれども、英語ではポスト・レコーディングというのが正しい)方式で音声収録をするのが普通だったんだけれども、大友さんは映像に先行して音声を収録するプレスコ(プレ・スコアリング)で製作することを希望した。

 それは昔のディズニー・アニメなんかがそういう方式で作っていたからなのであるが、その当時のディズニー・アニメは音声だけでなくて、映像もロト・スコーピングなんかで事前に役者が演じてそれを撮影して、その撮影画像から絵を描いたというようなスタイルでアニメーションを作っていた名残なんだなあ。今でもアメリカでは基本的にプレ・スコ方式でアニメーション製作をしているらしい。

 当然、声優陣はアフレコでしか製作に参加した経験はないから、プレスコで音録りをすることには慣れていない。まあ、声優も元々は俳優志望だったり、声優学校でも演技の指導はしているので、まあ、それは慣れればなんとかなるだろう、という思いで製作陣も考えていた。

 ただ、問題は遅れに遅れている大友監督の絵コンテ作りである。本来ならば、プレスコのひと月前位には絵コンテが上がっていて、それから音響台本を作って声優に渡し、練習して来いよ、リハーサルもあるし、というのが普通である。

 ところが、結局、大友さんの絵コンテが上がってくるのは、収録に予定されていた日の前日深夜なのであった。

 これでどうやってプレスコに間に合わせるの?

 と言ったって、それは間に合わせなければならない。で、大友さんのプレスコ希望を受け入れた講談社(つまり私)がその責任を負わなければならない。

 で、どうするのか?

 取り敢えず、描き終えた分の絵コンテを受け取ってコピー。それを持って会社に帰って、あとは時間が許す限りの勝負でワープロを打ち込む作業をしなければならない。当時(1987年頃)はまだオフィス・ワープロですら珍しい時代で、パソコンどころかパーソナル・ワープロもまだまだ仕事で使えるような段階ではなかったのである。

 で、とにかく夜っぴてワープロ打ちこみ作業を行って、翌早朝に何とか打ち上げ、それから声優の数+スタッフの数だけコピーを取って、スタジオに持ち込むというのが、ごく普通のプレスコ前夜の状況ではあった。

 なにしろ、声優にしても音響スタッフにしても、収録当日になって初めて台本を手にするという状況。多分、おおいに戸惑った収録だったと思う。事前に大友監督からシチュエーションや配役の心理に対する説明はあったのだけれども、収録がOKかNGかは大友監督しか判断できない。普通はOK、NGを出すのは音響監督なんだけれども、それも絵コンテだけでは出せないので、そういうことになる。

 更に、普通のアフレコ台本は「わら半紙」に印刷してあって、それは柔らかい紙を使って、ページをめくる音がしないようにという心遣いなんだけれども、ワープロ印刷の紙はいわゆる上質紙、なのでページをめくると音がしてしまう。ということなので、そんなことでも声優陣にはいろいろ気を遣わせてしまった。

 それでも何とか収録に漕ぎつけてくれた声優陣には感謝。

 しかし、当然アニメーター陣にもそれは同様の、それまで経験しなかった原画作りがあったわけで、それまではアニメーターが自分で計算していたキャラクターの演技が、今度は事前に音声があってのキャラクターの演技になる訳で、それはまた難しい未経験の分野なのであった。アニメ・スタジオには「A、E、I、O、U」のそれぞれの母音の発音に合わせた「口の形状」に関する張り出しがあったりして、普通のアニメ・スタジオにはない雰囲気があった。尤も、ベースにしたテレコム・アニメーション・スタジオは元々ディズニーの作画をやっていたりしていて、プレスコには慣れていたということも一部はある。ただし、当時テレコムで仕事をしていたアニメーターはアキラ・スタジオにはあまりいなかったということも、ちょっと問題だったりしたりするんだけれども……。

 まあ、そんな薄氷を踏むような仕事をしていたのが、アキラ・スタジオの日常ではあった。制作の連中の喧嘩なんてのもあったしね。

 私も、完璧にアキラ・スタジオに出向状態で一スタッフとして仕事をしていたわけで、それこそたまに講談社に出社すると、アルバイトの女の子からは来客扱いされていたことがある。

 まあ、それもいまでは懐かしい思い出。

 大友さんにとっても、アニメーション『AKIRA』は大きな思い出だと思うけれども、それは大友さんだけではなく、『BRUTUS』にも出てくる元講談社の由利さんにも大きな思い出だろうし、制作に関係した東京ムービーのスタッフにとってもそうだろうし、参加したアニメーターにとってもそうだろう。

そして小山茉美さん、岩田光央くん、石田太郎さん、鈴木瑞穂さん、その他の声優さんたちにもご苦労をかけたと思う。心から「ご苦労さま」と言いたい。

『BRUTUS特別編集 合本 大友克洋 2012年 再起動、そして。』(マガジンハウス/2013年2月15日発行)

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