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« 『はじめてのマルクス』で見えてきた、「日本型民主主義ファシズム」 | トップページ | 横浜、黄金町散歩カメラ by NIKON F4 »

2013年12月26日 (木)

おススメの斎藤コーヒー店 今昔

 私が愛飲しているコーヒーは神田の斎藤コーヒー店のコーヒーであります。

 行き方はJR山手線・中央線の神田駅西口を出て……

Dscf12142

 そのまま東京駅方面へガード沿いに歩いていくと……右側にあるのが

Dscf12102

 斎藤第二ビル(ってことは自社ビルなのね)の一階にあるのが「斎藤コーヒー本店」

Dscf12122

 なんで斎藤コーヒー店なのかといえば、昔、神田駿河台に中央大学があった頃には、大学のすぐそばの小川町に斎藤コーヒー小川町店というのがあって(昔は「小川町店」なんてのは知らなくて、単に「斎藤コーヒー」と呼んでいた)、そこに入り浸っていたということがあって、それが懐かしくなり、いまだに斎藤コーヒー店のコーヒーが好きということなのだ。

 斎藤コーヒー(小川町店)には面白い展示があって、その一つがプロイセンのフリードリッヒ二世(大王)が出した、コーヒー禁止令。

 つまり、1777年にフリードリッヒ大王は「コーヒー・ビール条例」を発して国内のコーヒーに重税を課す布告をおこなったというもの。

 当時、海外に植民地を持っていなかったプロイセンにとって、コーヒー消費量の増加は一方的な通貨の海外流出となり、国際収支のバランスは悪化するばかり。しかも、そのおかげで国内のビールの生産量が減り、国は打撃を受けていた。

 そこでフリードリッヒ大王は「コーヒーは国民の勇猛さや勇敢さを損ない、国家の弱体化に繋がる」として、国民にコーヒーを飲むことを抑え、皆ビールを飲むように勧めたということなのだ。

 そこでフリードリッヒ大王は1781年には「王室以外のコーヒーの焙煎を禁止、貴族・司祭・将官といった上流階級のみ」がコーヒーを独占することになり、王室は莫大な利益を得たということなのだけれども、結局、庶民は「コーヒー・ビール条例」の後も「代用コーヒー」なんかを飲んだりして、相変わらず(疑似)コーヒーを飲んでいたのである。だったら、それを官許にして国庫の増収につなげた方がいいという発想。

 まあ、カジノ特区なんてのも同じ発想だからして……。

 とまあ、それほどまでにコーヒーはプロイセン国民にも浸透していたということなのだろう。
Dscf12212

 今、昔の斎藤コーヒー店があったところがどうなっているのかと行ってみれば……。

 確か、この小川町薬局ってのは昔からあったので、隣のスノーボード屋さんがあったところに斎藤コーヒー小川町店があった筈なのだ。

 閉店は昭和53年(1978年)であると斎藤コーヒー店のサイトに書いてあった。
Dscf12272私のおススメはこのフレンチロースト。ウィンナコーヒーにすると美味しいです。

 現在、斎藤コーヒー店は、本店(ここは豆売りだけ)の他、内神田店と日本橋室町店があります(こちらは店でも飲めるし、豆売りもしています)。

斎藤コーヒー店のサイトはコチラ

Fujifilm X10 @Kanda & Ogawamachi, Chiyoda (c)tsunoken

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