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2013年12月13日 (金)

『世界でも珍しい「謝罪会見」という光景』って、何だ?

 昨日の『反省させると、犯罪者になります』でも書いたんだけれども、完璧な反省文というのを書くってことは、いかにも自分は反省していますっていう態度をとっているだけで、実は反省なんてまったくしていないんだよな。

 企業の「不祥事」への対応なんてまったくその通りなのだ。

 で、それを見てパロディスト・マッド・アマノ氏としては面白がっちゃうんだよな。

20131209_231655『世界でも珍しい「謝罪会見」という光景』(マッド・アマノ著/アドレナライズ/2013年2月1日刊)

『実は私は「頭下げ会見」の写真入り新聞記事を約一二年前からコレクションしてきた。現在、A4判ファイルが六冊に及び、その件数はざっと数えただけでも三〇〇件を上回る。どれを見ても大の大人たちが深々と頭を下げた写真が添えられている。その写真自体、ユーモラスでさえある』

 と書きつつも

『これを見せられた私たち多くの日本人は「これほど真剣に謝っているのだから許そうじゃないか」という気分になる。これこそが日本特有の「謝罪文化」なのだ。こんな文化は少しも褒められたものではない』

 というあたり、あれっ? ここにいるのはパロディスト・マッド・アマノじゃないのか? という気分になる。なんか妙に真面目だなあ。もうちょっと笑い飛ばして欲しいんだがなあ。

1996年3月、薬害エイズ事件を起こしたミドリ十字の経営者5人が雁首揃えて土下座して謝罪した。

『土下座のシーンは瞬く間にテレビや新聞で全国に報じられた。これほど派手な土下座を私は見たことがない。一体この男たちは誰に謝罪しているのか。もしかすると取材するカメラの背後にいる数千万の視聴者・読者に対してかもしれない。これは単なる「懺悔パフォーマンス」ではないのか? こんな目くらまし的謝罪が許されていいはずがない。そう思った人は少なくなかっただろう』

 と言いながらも、じゃあミドリ十字の経営陣が被害者には謝っても、メディアの前では「何であなた方に謝る必要があるんだ」と真っ当なことを言ったりすると、それこそ袋叩きのメディアスラムにあったりするんだろう。実はここがおかしいのである。

 本来は被害者などには真面目に謝罪・反省の弁をするのはいいとして、メディアなどへは謝る必要はない。メディアに対しては、問題の根本は何なのか、解決策はなんなんだ、といった冷静な対応をすればいいはずだ。ところがこの国のメディアはファナティックに謝罪・カメラの前で頭を下げろということを要求するんだなあ。何でだろう。

 で、結局

『謝罪する側でも、頭は下げても、腹の中は裏腹ということもあります』

『日本人は淡泊だから、正直に謝れば許してくれます。だから、クライアントには、こう言っているのです。「下げている頭は叩けない」「正直は武器だ」と』

 とは本書に収録されている「危機管理のプロ」の言葉である。

『「謝罪」はする側とされる側の騙し合いという面もなくはない。とはいえ、謝罪される私たちが賢くなることによって彼らの演出術も、私たちがより納得できるものに変わっていくのではないか』

 とまあ、まさしく「謝罪」は「演出」なんですね。

『スイスのシンドラー社のエレベーター事故の時も、「とにかく謝れ、ひと言謝ればいいんだ」の大コールだった。しかし、同社はすぐには謝罪はしなかった。欧米ならそれは当たり前のこと。原因不明の段階での謝罪は現実的ではないし、科学的ではない。たとえば飛行機事故などの場合、操縦ミスとか機械の故障ならいざ知らず、人知を超えた気候のせいということもあり得る。事故原因が不明の段階での「とりあえず謝罪」はナンセンスだ』

 というデーブ・スペクター氏の発言がなんか当たり前のように聞こえてしまうのは何故だろう。

 つまり、「とりあえず謝ってしまう」ことによって、実は却って人々を真実から遠ざけてしまう可能性があるのだ。むしろ、必要なのは真実の究明であり、根本の解決なのだ。謝るのはそれからでも全然遅くはない。

 むしろ、日本人の「とりあえず謝る」というやり方が、「とりあえず謝ってしまえば、マスコミからの真実の究明から逃れることができる」、マスコミの側も「とりあえず謝らせれば、真実の究明はしなくてもいいよ」というご都合主義なのではないのか?

 結局、それでは真実の究明、根本の解決からはるかに遠い解決策でしかない。

 もういい加減にそんなやり方からは離れて欲しいもんだ。

『反省させると、犯罪者になります』の岡本先生も「反省文を書かせることよりも大事なことは、なぜそのような犯罪を起こすことになったのか、それまでの自分の環境(親、教師、上司など)を考えることの方が大事だ」という風なことを書いていたんだがなあ。

『世界でも珍しい「謝罪会見」という光景』(マッド・アマノ著/アドレナライズ/2013年2月1日刊)2008年11月に平凡社から紙版『謝罪の品格』が出版されたが、現在は電子版のみ。

Img0602これまた写真と上の記事とは何の関係もありません

LEICA M3 SUMMILUX 50mm/F1.4 @Yokohama (c)tsunoken

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