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2013年11月12日 (火)

堀江貴文『ゼロ』は「どろなわ式」の成功方式なのである

「チャンスの神様は前髪しかない」という例えの通り、自分がチャンスだと思ったときにはすぐに行動を起こさないと負けるよ、という話なのだ。

 単純な話。

Dscf0514_edited1『ゼロ――なにもない自分に小さなイチを足していく』(堀江貴文著/ダイヤモンド社/2013年10月31日刊)

 例えば、中学2年生の時に塾講師から相談を受けた。

『「うちのスクールに入っている日立のパソコン、今度全部NECの新しいパソコンに入れ換えるんだけど、教材システムを移植する必要があるらしんだよ。それって、お前できる?」
「できます!」
 即答だった。それなりに大掛かりな、本来なら業者に委託するほどのシステム移植だ。やったこともなく、できるかどうかはわからないけれど、大きなチャンスだと直感的に察知した。ここで断るなんてありえない。
 そこからおよそ1カ月、試行錯誤を繰り返しつつも無我夢中でプログラミングしていった。ご飯のときも、お風呂に入っているときも、ずっとシステムのことばかり考えていた』

 大学生の頃。

『コンピュータ系ネットベンチャーで働きはじめて間もなく、僕は「アップルリンク」というアップル社の開発者向けパソコン通信サービスの運営を任されるようになった。それで94年の暮れごろ、定例ミーティングのためアップル・ジャパンを訪れると、担当者からこう切り出された。
「うちの会社のホームページをつくってくれないか?」
 ホームページをつくる? なんの話をしているのか、よくわからない。
 もちろん、インターネットやホームページの存在は知っていた。でも、パソコン通信からインターネットへの移行期だった当時、僕はインターネットが持つほんとうの可能性を理解しきれていなかった。
「わかりました、ちょっとつくってみますよ」
 会社に戻った僕は、大急ぎでホームページについて調べまくった。先輩にレクチャーを受け、書店でインターネット関連の書籍を買い漁り、むさぼるように読んでいった』

 つまり、人から相談を受けて何かピン! ときた時に、取り敢えずそれをやってみる。自分にそれができるかどうか、ではなくて自分はそれをやるんだと決めて、取り敢えずどんな方法でできるかをいろいろ調べて、訳が分からなくてもいいから、やってみる。

「どろなわ」という言葉がある。つまり「泥棒を見てから縄をなっていては間に合わないから、常に何かあった時に備えて準備しておけ」ということなんだけれども、そんな考えでは一生泥棒を捕まえることはできないだろう。つまり、どんな「泥棒=チャンスの神様」が、いつくるかなんてことは誰にも分からないのであるから、そんな時のために事前に準備なんかはしておけない。問題は、「泥棒=チャンスの神様」を見たときに、如何にそれにたいして果敢にチャレンジするか、如何に早くそれへの対応策を作るかということではないのだろうか。

 中2の時の塾講師は、堀江少年がかなりパソコンを使えるということは知っていた。1980年のころはまだ世の中に「パソコン」というものが出始めた時期である。つまりその頃のパソコン・フリークは自分でプログラミングができないとパソコンを動かすことができなかった。じゃあ、堀江少年も多少はプログラミングができるだろう。もしダメだったら業者に頼めばいいだろうと、気楽に堀江少年を試す意味でも聞いてきたわけだ。そこで、堀江少年が自分自身で自信がなかったら断っていたわけで、そうなればオン・ザ・ウェッジもライブドアもなかったわけだ。ところが、堀江少年は自信はなかったが、やってみようということで仕事を受けてしまったわけだ。

 大学生の頃の話も同じである。結構パソコン通信に詳しい堀江を見てアップル社の人間は当然そんなことは先刻ご承知だと考えて、堀江にホームページ制作の企画を示したわけだ。しかし、この段階で堀江はホームページの作り方なんて知らない。ホームページビルダーなんて便利なソフトウエアなんかなかった時期である。しかし、HTMLなんて別に全然難しいプログラムではない(私でも使える)、書店に行ってインターネットの世界を理解した堀江にとっては、ホームページなんて作るのはお茶の子さいさいだったのである。で、アップル社の提案を引き受ける。

 つまり、事前に準備をしておいて、何かの提案を受けるということは実は世の中では殆どない、というか二度目の提案であればそういうこともあるが、最初の提案ではまずそんなことはあにのである。で、初めてその提案を受けたときにあなたならどうするだろうか。

 それは自分には経験のないことだからといって断ってしまうだろうか。いやいや、やったことはないけれども、面白そうだからやってみるかと考えて、あとは「どろなわ式」で勉強すればいいや、と考えるだろうか。

「チャンスの神様は前髪しかない」というのは、そういうことなのである。

 取り敢えず、自分にとってそれがチャンスであると感じたら、それはやってみる価値があるということ。結果として、自分がそれをやったおかげで一段ステージがあがった存在になることも可能なのである。

 多分、堀江貴文にとっては、そんなインターネットの世界も、近鉄バッファローズの買収も、ニッポン放送・フジテレビの買収も、同じでなにかチャンスがあれば、取り敢えずそれに喰らいついてしまおうという姿勢だっただけなのであろう。それらの会社を買収して何をやろうとは買収段階では何も考えていなかったのであると、私なんかは思う。フジテレビの買収の際に「ネットと放送の融合」なんて目標を掲げていたけれども、それだって人に聞かれたから言っているだけで、じゃあ「ネットと放送の融合」の内実は何かと聞かれても答えられなかっただろう。今なら別だけどね。

 でも、そういう訳のわからないことを言う「若者」、既成の大人たちには理解できないことを言う「若者」は排除される。これは規制勢力の排除の論理というものがある以上は仕方がない。

 排除の論理の前では参入の論理は極めて小さな力しか持てないのである。何故か。参入の論理を言う側は、新しい価値観を古い価値観しか持てない人たちを説得する必要があるからだ。つまりそれって基本的に「多勢に無勢」でしょ。何年か待って、既成勢力がいなくなれば別ですけれどもね。

 要するに、人生はどろなわ式で行かなければ、自分が成長することはできないし、「出来る自分」に出会うことはならないのだ。

 問題は、それをやろうとするお茶目な心なのである。別に勇気はいらない。

『ゼロ――なにもない自分に小さなイチを足していく』(堀江貴文著/ダイヤモンド社/2013年10月31日刊)当然、Kindle版も出ている。

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