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2013年11月30日 (土)

万世橋駅、なう…再び鉄オタの聖地になるか

 旧万世橋駅が‟mAAch ecute KANDA MANSEIBASHI”として新たにオープンしたのは9月14日のことである。

Dscf08662神田川方面の万世橋からの眺め

 えっ? 万世橋駅って何? という人のために解説をすると…。

 当時、私鉄の甲武鉄道は1889年(明治22年)に立川~新宿間を開通させ、都心への延伸を進めていた。甲武鉄道は1908年(明治33年)に国有化され中央本線となっていたが、それまで御茶ノ水~昌平橋へと延伸していた中央本線の起終点駅として1912年(明治45年)に万世橋駅を開業したのである。

 当時は、万世橋付近は東京で一番繁栄した街だったそうで、万世橋駅開業のおかげで益々繁栄の度を増し、飲食店、寄席、映画館などが次々と開業したそうである。

Dscf08792神田川と反対側にはショップなどが入っている

 しかし、万世橋駅開業後に東京駅が完成。1919年(大正8年)には万世橋~東京間が開通し、万世橋駅は中央線の起終点としての役割は終わった。

Dscf08722万世橋駅下のコリドー

 神田駅が開業し、上野~神田間が高架化し、秋葉原駅が旅客営業を開始。こうして神田駅、秋葉原駅の開業と共に次第に万世橋駅の乗降客は減少し、1943年(昭和18年)に万世橋駅は廃止となった。

Dscf08812万世橋駅のジオラマが展示されている

 万世橋駅の駅舎は東京駅と同じ辰野金吾の設計による赤煉瓦造りの立派な駅舎で、一等・二等待合室、食堂、バー、会議室などを備えており、東京駅完成までは最も立派な駅舎であったそうだ。

 駅前には東京市電が走り、(当時としては)大きなビルが建ち、活況であった様子がうかがえる。
Dscf09052ホームに上がっていく階段は昔のまま

 1936年(昭和11年)に東京駅から鉄道博物館が移転され、戦後は交通博物館となって、2007年(平成19年)に大宮市に鉄道博物館が移転するまでは鉄道オタクの聖地であったのである。

Dscf08962

 階段を上がると、そこはプラットホーム上にオープンカフェがあって、お茶を呑みながら中央線を行く電車(ちょっと遠景には総武線も)見られるようになっている。

 なんか、ここも鉄オタの聖地になりそうな予感がするなあ。

Fujifilm X10 @Manseibashi St. (c)tsunoken

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