フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« ライカギャラリー東京で『ロバート・キャパ展』開催中 | トップページ | 関東カレッジフットボール閉幕・タッチダウンしなきゃ勝てないでしょ »

2013年11月10日 (日)

甲州街道高井戸宿本陣の看板発見!

 2011年12月6日のブログ『甲州街道、高井戸宿へ行ってみたのだが』で『甲州街道と環八の交差点のすぐ西が国道20号線と、甲州街道の分かれ道があるのだ。このあたりが上高井戸宿で「武蔵屋」という本陣があったそうなのだが、その碑もないし、まったく当時を思い起こさせるものはない』と書いたら、11月7日にコメントがつき『今、杉並郷土博物館で、高井戸宿武蔵屋の看板が特別展示されていますよ』とのこと。で、早速行ってきました、杉並区立郷土博物館。

Dscf05302

 京王井の頭線西永福駅から歩くこと約15分。大宮八幡宮を過ぎて、和田堀公園を過ぎた善福寺川のそばに目指す杉並区立郷土博物館はあった。

 武家屋敷や庄屋様の家のような長屋門をくぐると本館がある。

Dscf05482

 で、現在開催中なのが『特別展 甲州道中へのいざない 行き交う人・モノ』である。

Dscf05442

Dscf05342甲州街道高井戸宿の解説とジオラマ。

 やはりこうして見ると、東海道の一の宿場、品川宿、日光街道奥羽街道水戸街道の一の宿場、千住宿、甲州街道青梅街道の宿、内藤新宿などのジオラマと比べるとやはり"農村の宿場町"という印象が深い。でも、内藤新宿が出来るまでは高井戸宿は甲州街道の一の宿場だったのである。

 ただし、その宿場町は品川、千住、板橋、内藤新宿などのような岡場所兼用の宿場専門の町ではなく、半農半宿といったような、農家と兼業の宿場町だったようだ。まあ、確かに参勤交代で甲州街道を使うのは信州の三藩だけだったというように、街道としてはあまり栄えていなく、むしろ西からの江戸への侵入を防ぐ目的の方が重要だったようだ。

 岡場所としての宿場の役割も、品川、千住、板橋、内藤新宿などのように都市の中にないと、やはりそこに足を向ける人も少なかったんだろうな。

Dscf05472

 ということで、これが上高井戸宿の本陣、「武蔵屋」の看板である。

 武蔵屋は代々並木伊兵衛を名乗っていたそうで、多分、その子孫の並木さんが保管していたんだろうか、取り敢えず初公開資料だそうである。結構、立派な看板でビックリする。

 結構、貴重な歴史資料なのだなあ。

杉並区立郷土博物館特別展『甲州道中へのいざない』は12月8日まで

杉並区郷土博物館のサイトはコチラ

« ライカギャラリー東京で『ロバート・キャパ展』開催中 | トップページ | 関東カレッジフットボール閉幕・タッチダウンしなきゃ勝てないでしょ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

この看板は、私の実家に有った物です。多分、長男が
この博物館に寄贈したのですね。
 久々に見てびっくり致しました。なお、代々の墓は
高井戸の長泉寺に有り、元禄時代からの年代が散見されます。 お知らせ感謝致します。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/58532131

この記事へのトラックバック一覧です: 甲州街道高井戸宿本陣の看板発見!:

« ライカギャラリー東京で『ロバート・キャパ展』開催中 | トップページ | 関東カレッジフットボール閉幕・タッチダウンしなきゃ勝てないでしょ »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?