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2013年10月16日 (水)

旧水戸街道を往く 千住宿~新宿

 以前、旧日光街道を歩いて栃木県小山市まで行ったことがある。

 勿論、まだサラリーマンをやっていた頃なので、一気に歩くなんてことは無理で、すこし行ってはその近辺の駅から家に帰って来て、次の週末にまたその駅から下りてまた歩く、という具合に千住から小山まで歩いたのだった。

 日光街道は江戸の五街道と呼ばれ、整備された大きな街道だったので、その途中の宿場もその宿場なりの遺構や碑、記念物なども多く残されて面白い。草加、越ヶ谷、粕壁(春日部)、栗橋、古河などは大きな宿場町だったので、いろいろ記念物なんかも作られているし、町自体位が旧宿場町だったことを示すような仕掛けをしている。

 それに比べると水戸街道はちょっと格が落ちるのであろうか、あまり旧宿場町というものの話は聞かない。元々、徳川御三家のひとつの水戸藩なのであるが、やはり紀州、尾張に比べると一段格落ちになるからなのであろうか。

 しかし、9月30日のブログで千住宿名倉医院のことを書き、日光街道と水戸街道の追分が千住宿にあることを書いた時から気になっていたので、旧水戸街道を歩いてみたのだった。

2013_10_11_00922 勿論、スタートは千住宿名倉医院である。

2013_10_11_00902千住5丁目あたりには、「東へ 旧水戸佐倉道 北へ 旧日光道中」という碑が立っている。当然、これは後年作られたもので、昔はなかったのだろう。名倉医院の前には、「北西 旧日光道中 北 旧下妻道」という追分もある。

2013_10_11_01012 しかし、東へ旧水戸佐倉道を往くと、すぐに荒川放水路の土手にぶつかってしまって道が途絶える。これは、荒川放水路ができたのが明治以降なので仕方がない・正面に見える東京拘置所のあたりに、荒川対岸の道がある筈、とやむなく京成線に乗って、京成関屋から堀切菖蒲園まで電車に乗る。

2013_10_11_01232で、対岸の旧水戸街道の入口がここ。左が東京拘置所だ。 京成線堀切菖蒲園だとちょっと行き過ぎ。千住新橋か堀切橋を歩いて渡った方が近かった。

2013_10_11_01332小さな商店街を往くと、綾瀬川にぶつかる。水戸橋という名前がいかにも水戸街道だなと思わせる橋を渡って対岸へ。

2013_10_11_01362水戸橋を渡った先は狭い道がずっと続いている。 多少広がってもせいぜい歩道ができているだけで、道そのものは片側一車線の狭い道だ。

2013_10_14_12082で、JR亀有駅の近辺まで来ると、こんな碑が。ここから中川を渡ると新宿(にいじゅく)であり、千住宿の次の宿場町になる。

Fujifilm X10 @Ex-Mito Road from Senju to Kameari (c)tsunoken

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