フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『江戸の密通』というより刑の過酷さのほうが気になる | トップページ | 『脱社畜の働き方』というか、今の時代の働き方の提言だな »

2013年9月30日 (月)

千住宿は日光街道と水戸街道の追分、名倉接骨院がその目印

 JR北千住駅西口を出て少し歩くと、旧日光街道(奥羽街道)千住宿に行き当たる。

 という話は以前にも書いたが、この日光街道と水戸街道の分岐点・追分があるのがここ千住宿だという話はその時には書かなかった。

2013_09_26_56982

 北千住駅西口から国道4号線へ伸びる道を往くと、南側が「千住ほんちょう商店街」で「北側が「宿場通り 北千住サンロード商店街」というのがある。別に、北側だけが宿場町だったわけではないので、両方とも「宿場通り」と名付ければいいのに、何故か北側だけが「宿場通り」という呼び方をしているのは何故だろうか。

2013_09_26_57012

 で、この宿場通りをどんどん北の方に行って、荒川放水路のそばまで来ると、国道4号線からくる道(これは昔はなかった)との十字路がある。

 で、このまま宿場通りをまっすぐ(写真では左)行くと日光街道、右へ曲がると水戸街道である。つまり、日光街道千住宿が水戸街道の起点だったわけである。

2013_09_26_57442

 このまま宿場通りを少しだけまっすぐ行くと右手に見えるのが「名倉医院」が見える。

2013_09_26_57372

 この名倉医院の紹介看板にある通り、ここが旧日光街道と水戸佐倉道の分岐点だったのである。

2013_09_26_57412

 名倉医院は昔は「骨接ぎ名倉」と呼ばれる江戸時代の有名な整形外科の医者で、現在は御茶ノ水にあった整形外科専門の名倉病院の跡地に「お茶の水NKビル」というのを新築し、整形外科のクリニックを経営している。

 現在の日光街道(国道4号線・昭和通り)と水戸街道(国道6号線)の分岐点は、双方とも日本橋を起点にして、新日本橋と小伝馬町の間にある「日本橋本町」交差点ということになるのだろうか。国道6号線はそのまま浅草をすぎて隅田川を渡り、向島などを経て葛飾区新宿(にいじゅく)で昔の水戸街道とぶつかる。その後、金町、松戸へと至り、昔の水戸街道とほぼ同じ場所を通ることになる。

 なるほど「人に歴史あり」というけれども、「道にも歴史あり」なんだなあ。

« 『江戸の密通』というより刑の過酷さのほうが気になる | トップページ | 『脱社畜の働き方』というか、今の時代の働き方の提言だな »

カメラ・写真」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/58277137

この記事へのトラックバック一覧です: 千住宿は日光街道と水戸街道の追分、名倉接骨院がその目印:

« 『江戸の密通』というより刑の過酷さのほうが気になる | トップページ | 『脱社畜の働き方』というか、今の時代の働き方の提言だな »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?