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2013年9月10日 (火)

『保守の本分』を言うなら、それは右翼も左翼もない

 問題は「保守」か「革新」か、「右翼」か「左翼」かなんていうレッテル貼りの問題じゃなくて、基本的なイシューごとに「何を発言すべきか・行動すべきか」なんだよなあ。

2013_09_04_23062 『保守の本分』(noiehoie著/扶桑社新書/2013年9月1日刊)

 本書の腰巻に『「ネトウヨ」といわれる連中は本当に「右翼」で「保守」なのか? 断じて違う!』と書かれている訳なのであり、本書の中にも『ネット上の意見を見ても、「今、脱原発を主張する人間は左翼だ」と信じている人たちが相当数います。例えば在特会などはまさにそうで、彼らは自分たちが保守、右翼だと言いますが、主張は単に反左翼、反韓国、反中国、反北朝鮮でしかない。実際は原発に対する明確なかんがえなんてないのにアンチ脱原発を主張し、それが警察に利用されて白色テロ化しているんです。にもかかわらず、3.11の反原発デモ以降、悲しいかなその声が説得力をもちつつある』というnoiehoie氏自身の発言がある。

 また、『 第四章 「右翼」だからこそ反原発』の中でnoiehoie氏は「保守主義者である私が反原発である理由」について5つあげている。

一、保守主義者は、「理性への妄信」を忌み嫌う
二、保守主義者は、諦観とともに生きる
三、保守主義者は、郷土を愛する
四、保守主義者は、尊王家である
五、保守主義者は、現実主義者である

 という5つの理由は、まあ「右翼」あるいは「保守主義者」ならではの理由での反原発の理由としては良く理解できる。

 特に、『一、保守主義者は、「理性への妄信」を忌み嫌う』というのは、まさしく原子力というものが、人間の理性力が自然をコントロールできると考える一神教の考え方であり、その結果「人間が太陽を作りだそう」と考えた結果生み出した失敗作である、という考え方は別に右翼や保守主義者の専売特許ではなく、「右翼・左翼・保守・革新」を乗り越えた発想なのである。

 それは片山さつきなどが発した「生活保護バッシング」についても同じことが言えるであろう。

『「誰かの不幸を指さし・誰かを不幸にすることで初めて自分の幸せを感じさせるようなやり方がまかり通るような社会でいいのだろうか?」、そして「このようなやり方で、本当に必要な議論ができるのだろうか?」さらに、「このような議論の進み方が、本当の民主主義なのでしょうか?」』

 という言い方も、別に右翼・保守主義者の専売特許ではない。

 じゃあ、何が「右翼・保守主義差者」と「左翼・革新(革命)主義者」を分かつのであろうか。

 つまりそれは「過去の歴史を否定的に見るのか・肯定的に見るのか」という歴史認識の差である。

『日本は15年戦争において、破滅の淵まで追い込まれるほどに徹底的に負けました。ボクシングで言えばマットの上に倒れ込んでテンカウントが鳴っているのに、まだマウントされて殴られ続けたような状態だったわけです。その後、勝者の側に思惑があったから、傷の手当てをしてくれて、カネまでくれて、なおかつ友だちだと言ってくれたりもしました。しかし、普通なら我々は全員虐殺されていたか、徹底的に植民地化されていてもおかしくなかったのです。
 それぐらい負けたという認識の中で、圧倒的な強者に無謀な戦いを挑んで、徹底的に叩きのめされたのは、自分たちが「間違った戦争」を始めたからだという反省をしなくてはいけないと思います』

 という歴史認識は本来左翼の持っていた歴史認識である。

 ただ、まあその後の考え方について

『仮に(靖国神社への:引用者注)分祀という土俵が出揃えば、昔のように靖国神社への勅使下向もあり得るだろうし、あるいは陛下の御親拝も仰げ、そこで初めて英霊も栄に浴することができるはずです』

 という考え方をするところが右翼なんだろうな。

 まあ、そんな風に右翼を見ると、要は「尊皇的な発想がある」のが右翼で、そうじゃない「共和制的な発想」でモノをみるのが左翼なのかということに行き当たる。で、その歴史認識・社会認識はほぼ重なるという訳か。しかし、そんな発想をする「右翼・保守主義者」は今のところごく少ない。多分、一水会の鈴木邦男氏くらいのものじゃないか。だからこそ鈴木氏は左翼とも連帯できるのであるけれどもね。

 多分、noiehoie氏も目指すところは鈴木氏なんかと同じような地点なのだろうけれども、ひとつだけ違う部分がある。

 問題はnoiehoie氏が「一部上場企業のサラリーマン」というところから発するのだろうけれども、「なんで本名じゃなくてハンドルネームなんだ」というところである。

 noiehoie氏が自分の発言に責任を持つのであれば、それは本名によって発言したときである。ハンドルネームで発言している以上、その発言には責任感を感じられないし、結局は自らの発言に一切の責任を持たない「ネトウヨ」諸君と立場は変わらないのじゃないだろうか。

 本名がバレてサラリーマンとしての立場が危うくなることを恐れているのならば、発言すべきじゃないし、恐れていないのならば堂々と名乗って、そのような立場を危うくするような企業とはハッキリと対峙すべきなのである。

 そうじゃないと「言論人」と言っちゃまずいだろう。

『保守の本分』(noiehoie著/扶桑社新書/2013年9月1日刊)

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