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2013年9月

2013年9月30日 (月)

千住宿は日光街道と水戸街道の追分、名倉接骨院がその目印

 JR北千住駅西口を出て少し歩くと、旧日光街道(奥羽街道)千住宿に行き当たる。

 という話は以前にも書いたが、この日光街道と水戸街道の分岐点・追分があるのがここ千住宿だという話はその時には書かなかった。

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 北千住駅西口から国道4号線へ伸びる道を往くと、南側が「千住ほんちょう商店街」で「北側が「宿場通り 北千住サンロード商店街」というのがある。別に、北側だけが宿場町だったわけではないので、両方とも「宿場通り」と名付ければいいのに、何故か北側だけが「宿場通り」という呼び方をしているのは何故だろうか。

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 で、この宿場通りをどんどん北の方に行って、荒川放水路のそばまで来ると、国道4号線からくる道(これは昔はなかった)との十字路がある。

 で、このまま宿場通りをまっすぐ(写真では左)行くと日光街道、右へ曲がると水戸街道である。つまり、日光街道千住宿が水戸街道の起点だったわけである。

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 このまま宿場通りを少しだけまっすぐ行くと右手に見えるのが「名倉医院」が見える。

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 この名倉医院の紹介看板にある通り、ここが旧日光街道と水戸佐倉道の分岐点だったのである。

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 名倉医院は昔は「骨接ぎ名倉」と呼ばれる江戸時代の有名な整形外科の医者で、現在は御茶ノ水にあった整形外科専門の名倉病院の跡地に「お茶の水NKビル」というのを新築し、整形外科のクリニックを経営している。

 現在の日光街道(国道4号線・昭和通り)と水戸街道(国道6号線)の分岐点は、双方とも日本橋を起点にして、新日本橋と小伝馬町の間にある「日本橋本町」交差点ということになるのだろうか。国道6号線はそのまま浅草をすぎて隅田川を渡り、向島などを経て葛飾区新宿(にいじゅく)で昔の水戸街道とぶつかる。その後、金町、松戸へと至り、昔の水戸街道とほぼ同じ場所を通ることになる。

 なるほど「人に歴史あり」というけれども、「道にも歴史あり」なんだなあ。

2013年9月29日 (日)

『江戸の密通』というより刑の過酷さのほうが気になる

『江戸の性の不祥事』に繋がる本書なのであるが、まあ性にまつわる出来事なんて昔も今も変わりはない。まあ、現代なら恋愛の自由というのがあるので「事件」にはならなかったものが、当時は大変な事件になってしまったという違いがあるだけなのである。

 で、むしろ別のところに注目がいきそうだ。

20130923_135514 『江戸の性の密通』(永井義男著/学研新書/2012年3月22日刊)

 すごいのが江戸の刑罰である。

刑罰一覧

《正刑……一般に適用》
■死刑
 ●鋸挽
    死刑のなかの極刑。晒場に首だけ出して土に埋め、竹鋸で首をひいて殺すものだが、竹鋸は形式化し、事実上は晒のあと磔に処すのと同じ。
 ●磔
    引廻のあと、刑場の罪木に縛り、槍で突き殺す。
 ●獄門
    引廻のあと、労屋敷で斬首。首を刑場の獄門台にのせて晒す。遺体は試し斬り(様斬)に用いられる。
 ●火罪
    引廻のあと、刑場の火罪木に縛り、茅と薪で焼き殺す。
 ●死罪
    労屋敷で斬首し、遺体は試し斬りに用いられる。罪状により引廻が付加された。
 ●下手人
    労屋敷で斬首。遺体は試し斬りにしない。

■追放刑
 ●遠島(流罪)
    江戸から伊豆七島送り。西国からは五島列島、隠岐、壱岐などへ。
 ●重追放
    関八州、五畿内、肥前、甲斐、駿河、東海道筋、木曽路筋の居住禁止。
 ●中追放
    武蔵、山城、摂津、和泉、大和、肥前、下野、甲斐、駿河、東海道筋、木曽路筋、日光道中の居住禁止。
 ●軽追放
    江戸十里四方、京、大坂、日光、東海道筋、日光道中筋の居住禁止。
 ●江戸十里四方追放
    江戸日本橋より四方へ五里以内の居住禁止。
 ●江戸払
    品川、板橋、千住、本所、深川、四谷大木戸より以内の居住禁止。
 ●所払
    居住する町村から追放。

■その他
 ●奴
    女のみ科され、三年間、吉原で遊女奉公させる。
 ●非人手下
    晒し、家財取上げなどの上、非人の配下とする。
 ●入墨
    腕に入墨をする。
 ●敲
    庶民の男子のみに科され、労屋敷の門前で、箒尻と呼ばれる笞で背中などを五十回(敲)、あるいは百回(重敲)打つ。
 ●手鎖
    両手を手枷で拘束する。三十日、五十日、百日があり、世話は家族にさせた。
 ●戸〆
    門を釘付けにして、外出を許さない。庶民にだけ科す。
 ●押込
    二十~百日間、門を閉じ、外出を許さない。士分にも科された。
 ●過料
    罰金刑。
 ●叱
    奉行所の役人が白洲で叱責する。叱責の重いものを急度叱といった。

《閏刑……武士、僧侶にだけ適用》
■武士に適用
 ●斬罪
    死罪と同じ斬首の刑だが、遺体は試し斬りにしない。
 ●切腹
    三方にのせた木刀を科人が手にしようとするところを、背後から介錯人が斬首する。
 ●改易
    士籍からはずされ、お家断絶となる。領地、屋敷や家禄は没収。
 ●預
    大名家に預ける大名預や、親類に預ける親類預などがあり、禁固刑である。永預の場合、赦免はない。
 ●閉門
    門に竹棹を十文字に打ち付けて封印する。窓もふさいだ。
 ●逼塞
    門を閉ざすが、奉公人が裏門から出入りするのは許されていた。
 ●遠慮
    門を閉ざすが、夜間の出入りは認められていた。

■僧侶に適用
 ●構
    一派構は、同宗のなかのその派から追放される。一宗構は、その宗旨から追放。
 ●追院・退院
    寺から追放。
 ●晒
    晒場に晒したあと、寺に引き渡し、寺法にのっとり処罰。

 という具合。

 基本的には「死刑」があって、それが基本的な刑罰である。それに次ぐのが「追放刑」で、ごく一部に「禁固刑」があるという状態。

 つまり江戸時代には「刑務所」にあたるものはなく、小伝馬町の労屋敷というものも、現在で言えば拘置所みたいなもので、未決囚と死刑囚などがいたのみ。つまり、基本的にはまず死刑にするかどうかを決めてから、そうじゃない人をどうするか、ってなもんでしょうね。とりあえず、今の時代劇に出てくるような牢名主のような年季の入った囚人というものはいなかったのではないか。また、現在の懲役刑などがなかった理由は、懲役囚なんかを受け入れる施設を作り、維持するような資金が江戸幕府なんかにはなかったということなんだろう。

 ホリエモンの獄中記なんかを読むと、本当の悪人は刑務所にはいなくて、結局、運が悪かったひとが囚人になるのだという。だとしたら、ホンのちょっとした運の悪さで死刑になってしまった江戸時代の過酷さに遭わないで済む現代に生きる我々の運の良さというようなものを感じさせる本書なのでもあった。

『江戸の性の不祥事』(永井義男著/学研新書/2012年3月22日刊/Kindle版は2013年8月)Kindle Paperwhiteのニューモデルは11/30までに買えば1980円分のKindleクーポンがついてくる!

2013年9月28日 (土)

ホームラン1本じゃあ勝てないよ

 本当は昨日の続きで『江戸の密通』について書こうと思ったのだが、大事な中央大学vs.拓殖大学の東都大学野球第3戦が行われたのでそちらに。

 本当は、同じく9月19・20日には中大vs.拓大戦と同時に駒澤大学vs.青山学院大学もあって、こちらも1勝1敗なので昨日開催なのだったが、9月26日に駒澤大学vs.國學院大學第3戦があって、連戦になってしまい駒大不利になるということで、こちらは10月4日に延期となり、昨日は中大vs.拓大のみになった。

 中大は勿論、絶対的エースの島袋が登板である。島袋は好投で拓大を8回高橋まで2安打に抑える。

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 2回表、郡司のソロホームランで中大、昨日は先制。

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 なんか、今日は少しは安心して見られる試合かなと思わせたのだが、その後の中大は影山、小川、郡司の3安打のみという散発状態で、いつもの「打てない中大」に逆戻り。

 影山2塁打でノーアウト、ランナー2塁で、福田のバントを指示するなど、秋田監督の采配ミスとも言える問題もあって、なかなか追加点が入らない。

 そんなことをやっているうちに、8回裏、拓大、高橋のソロホームランで同点になり。

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 9回裏、拓大、吉池のヒットで出塁、代走・垣花、高橋フォアボール、北條の犠打でランナー2・3塁、鈴木の犠打で垣花ホームインとなって2対1サヨナラで拓殖大学の勝ちとなり、大事な勝ち点を献上。

 なんか、入れ替え戦が仄かに見え始めた中央大学であった。

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 可愛い! 應援團長も泣いているぞ……と思うのだがなあ。

Nikon D7000 SIGMA 150-500mm @Jingu Stadium, Shibuya (c)tsunoda

2013年9月27日 (金)

『江戸の性の不祥事』というよりビックリする小林一茶のセックス

 実はこの本、明日書くかもしれない『江戸の密通』と対になっている本であり。多分、2冊通じて紹介のネタにした方がいいのかも知れない。

 とは言うものの、「性」にまつわる問題は基本的に歴史なんてものは関係なく、古今東西すべて同じ問題に行き当たるのである。

20130923_141430 『江戸の性の不祥事』(永井義男著/学研新書/2012年3月22日刊)

 まずは目次から本書の構成を;

第一章 将軍の筆おろし、好色な大名

第二章 正室の嫉妬、大奥の淫行

第三章 武士の離婚、妻の不貞

第四章 不品行な文人、野放図な僧侶

第五章 娘を売る親、奔放な若者

第六章 遊里の男女、その悲喜劇

 という具合。つまり全6章のうち3章が武士に関する記事だということは、それだけ武士階級については家来の日記などが残されていて、資料豊富なのに対して、それ以外の農民・工業関係者・商人についての記載が少ないのも、同じくそれを記した資料が少ないということなんだろう。江戸の人口統計は諸説あってどれが正しいのかよくわからないが、町人70万人・武士50万人という説から、町人137万人・武士56万人という説まであって、いずれにせよ武士階級以上の町人がいた筈なんだから。武士の性の不祥事以上に町人の性の不祥事はいっぱいあった筈だ。

 なので、それぞれの内容については読んでいただくとして、面白かったのは『回数を日記につけた俳人・小林一茶の枯れない生活』という記事。

 なにしろ52歳の時に28歳(それでも当時は立派な年増だ)の嫁お菊を持った一茶は、ある時からセックスの回数を毎日日記に書いてあるのだが、その回数がすごい。

「8月8日5回、8月12日夜3回、8月15日夜3回、8月16日3回、8月17日夜3回、8月18日夜3回、8月19日3回、8月20日3回、8月21日4回」

 既にこのとき一茶は54歳になっている。54歳で一晩に5回ってすごいですねえ。

「8月14日3回、8月15日2回、8月21日4回」

「12月15日朝1回、12月21日朝1回、12月23日朝1回、12月24日朝1回、12月25日朝1回、12月29日5回」

「1月8日朝1回」

「1月3日寅刻菊始(姫始めのこと)、1月9日夜1回、1月12日夜1回、1月13日朝1回、1月17日朝1回、1月29日朝1回」

 この年は文政5年、小林一茶60歳である。さすがに50代の頃に比べれば回数は減っているが、それでも60歳でこの元気! 妻お菊は37歳で亡くなっているが、後妻を求めて2人ほど嫁をとっている。一茶は文政10年65歳で亡くなったが、一茶の死後、妻の「やを」は女児を出産したというのだから、まさしく死の直前まで一茶はセックスを楽しんでいたのである。

 この絶倫ぶりを見よ!

 永井氏は

『性に焦点をあてて日記を見ると、一茶が性に妄執したかのように思える。妄執は事実としても、たまたま一茶は正直に交合(セックスのこと:引用者注)の回数を日記に記したため、後世にいささか醜悪な印象を残してしまった』

 と書くが、しかしそれはまさしく俳人・小林一茶ならではの記録癖なのかもしれない。俳人として、小林一茶は自らの生活の一切を記録したのかもしれない。言ってみれば、朝起きた時刻、食事の内容、出かけた先、出先で起こったことども、返ってきた時刻、就寝の時刻などと同じようにセックスの回数も記しただけなのではないだろうか。

 まさしく自らの生活(性活)そのものまですべて世に晒して生きていく。そんな苛烈な作家魂がそこには見えるのである。露悪趣味かもしれないが、そんなものを超えて、自らの総ての生の証を世間に晒さないでは置けない作家の性(サガ)といったものがそこには見えないだろうか。江戸作家のライフログはスゴいのひと言。

 そんな目で一茶の俳句を見ていると;

『やせ蛙 負けるな一茶 ここにあり』

 なんて句にも、己の老体に鞭打ってセックスに励む自分自身に対する応援歌とでも言えるものが見えてくるのである。

 ……ってことはないか。

『江戸の性の不祥事』(永井義男著/学研新書/2012年3月22日刊/Kindle版は2013年8月)Kindle Paperwhiteのニューモデルは11/30までに買えば1980円分のKindleクーポンがついてくる!

2013年9月26日 (木)

麻布十番稲荷のかえるさん

 麻布十番稲荷神社には「かえるさん」と呼ばれ麻布十番の人たちから親しまれている石像がある。

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 江戸時代、文政4年、麻布古川あたりから始まった大火で麻布一帯は殆ど焼けてしまったのだが、備中成羽領主、山崎主税助の屋敷のみが類焼を免れたそうだ。

 なんでも、邸内に約五百坪もある池に住むかえるが水を吹きかけて猛火を避けたからであるという逸話があるそうで、それ以来、山崎家に御札を求める人が後を絶たなかったという。そこで山崎家では「上」という一字が書かれた御札を希望する人に授けるようになったそうだ。

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 その「上の字御守」を授けていたのが現在の麻布十番稲荷神社、当時は末広社と言っていたそうだ。

 で、戦後になってかえるの石像も奉納され、近年は防火・火傷の御守りとしてだけではなく、「かえる」の語音から旅行や入院の際に無事帰る、元気で帰る、遺失物が返る、若返る等の御守りとして使われているそうな。

 しかし、あの麻布に約五百坪(1650平米)もの大きな池があったとはねえ。

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 という話は最近になって知った話。昔は麻布と言えば、私にとってはアオイスタジオのある場所であった。「AKIRA」をはじめとして、数多くのアニメーション作品のポストプロダクションスタジオとして何度も通ったものである。

 で、アオイスタジオが何でアオイスタジオなのか。何か「葵の御紋」との関連は? と調べてみたのだが、何も出てこなかった。

 もし知っている方がいましたら、ご連絡ください。

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 今の人にしてみたら、麻布は六本木ヒルズのお膝元の街、ということなんだろうな。

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Fujifilm X10 @Azabu, Minato (c)tsunoken

2013年9月25日 (水)

モノクロ写真の愉しみ

 最近はコンパクトデジタルカメラでも「モノクロモード」で撮影できるカメラが出てきているので、「いつものカラー写真」じゃなくて「モノクロ写真」を撮ることをおススメする。

 いつもの色彩豊かな風景が「色」という要素をなくすことだけで、これほどに非日常的な風景になるという驚きがある。

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 勿論、カラーで撮影してPHOTOSHOPなどの画像ソフトでモノクロに変換してもいいが、できれば最初からモノクロモードで撮ると「今日はモノクロしか撮らないぞ」といった気合が入るのである。そうした気合でもって撮影すると、撮影する被写体の選び方や、撮影スタイル自体が変わってくる。なんか「今日は写真撮るぞ」っていう感じでね。

 で、あとは画像ソフトでもっていくらでもいじっていいです。というか、カラーだと基本的なカラーバランスはあまりいじれないし(まあ、写真をイラストみたいに考えれば別だけど)、多少のカラーバランスをとるだけくらいしかいじれる要素も少ないのだが、モノクロだとかなり画像をいじっても。基本的には「露出量」と「コントラスト」位なので、かなりいじくる要素が増えるのである。そう誰でも「森山大道風写真」が撮れちゃったりとかね。

 ということなので、上の5枚の写真もすべて画像をいじっています。露出量を変えたりコントラストをコントロールしたりしているのであるが、なかでどれが一番いじっているかはわかりますか? 

 一番上の写真の露出量と、一番下の露出量とコントラストです。まあ、言われてみればそんな気がする訳ですね。じゃあ、上から二番目はいじっていないのかと言えば、実はちゃんといじっているのである。

 どこをどういじっているのかは、残念ながらお教えできないが、まあ、皆さんもいろいろ写真をいじってみる楽しみを覚えると、だんだん分かってきます。

 まあ、それが「撮る楽しみ」と「現像・焼き付けする愉しみ」というものを備えた、「写真の愉しみ」でもあるんですけれどもね。

 そう写真は二度おいしい。

Fujifilm X10 @Igusa, Suginami& Kamishaikujii Minamimachi, Nerima, Tokyo MP (c)tsunoken

2013年9月24日 (火)

PVが突然増えたわけ

 9月22日・23日と続けてページビューが凄いことになっている。

9月17日 1,073
  18日  978
  19日 1,019
  20日 1,184
  21日  984
  22日 3,583
  23日 5,958

 という具合に突然増えているのである。

 何故だろうと、いろいろ調べてみたら、「検索フレーズランキング」というものに行き当たった。

検索フレーズランキング

1位:銀翼のイカロス あらすじ
2位:銀翼のイカロス
3位:銀翼のイカロス ネタバレ
4位:イカロスの銀翼 あらすじ
5位:池井戸潤 銀翼のイカロス あらすじ
6位:池井戸潤 銀翼のイカロス
7位:イカロスの銀翼
8位:ロストジェネレーションの逆襲
9位:銀翼のイカロス あらすじ ネタバレ
10位:ロストジェネレーションの逆襲 あらすじ

 そうか、9月22日放送の半沢直樹にその理由はあったのだ。つまり、テレビの半沢直樹シリーズは最初の2作が原作となっており、その後のシリーズの展開を見たくなった人たちが、「銀翼のイカロス」やら「ロスジェネ」やらの検索ワードを入れて調べていたわけなのですね。

 で、私の2012年9月7日のブログ「『ロスジェネの逆襲』はロスジェネの世代間闘争は描いていません。でも、それがいいんです。」に行き当たったわけなのだろう。

 凄いな半沢直樹。しかし、まあそれにしても私ごときのブログのページビューにまで反映されることになるとはビックリ。

 いずれにせよ、ご購読ありがとうございます。今後ともよろしくお引き立てのほど、お願い申し上げます。

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こんな具合に増えている。

『1万円起業』のリアル

 ここのところPVがかなり増えてきているのだが、一昨日は3,538とこれまでで最高のPVになった。いやはや、ご購読ありがとうございます。

 前に書いた、『『常識からはみ出す生き方』というより具体的な「ノマドの技術」である』のクリス・ギレボー氏の前著に続く出版だ。

 基本的にははクリス・ギレボー氏のブログ The Art of Non-Conformity のなかにある The 100 Start Up というコラムの書籍化なのであるので、実はそのままネットで読むことは可能なのだ。そんなに難しい英語じゃないから、一度お読みすることをおススメする。私の読み方は、ほぼ毎週1回クリス・グレボー氏からメールマガジンが来るので、そのタイミングで取り敢えず1回英語のままで読む、次に「Bing翻訳」ってやつでトンでもない翻訳文を読んで取り敢えず知らない単語の大体の意味を知る、でもう一度原文を読む、ってことで基本的には完璧に読めちゃう。教科書英語じゃないので、英語の勉強にもおススメです。

2013_09_15_43972 『1万円起業 片手間で始めてじゅうぶんな収入を稼ぐ方法』(クリス・ギレボー著/本田直之監訳/飛鳥新社/2013年9月20日刊)

 そのブログの最後にギレボー氏の著作を引きながら『誰もが自分の「生きた証」(レガシー)は欲しい。しかし、そのレガシープロジェクトを実現するためには、常に以下の5つのポイントを検証しなければならない』として『ビジョン』『恩恵を受ける人(ベネフィシャー)』『おもな方法。メディア』『成果』『評価基準(メトリクス)』を挙げた。言わばその実践編がこの『1万円起業(The 100 Start Up)』なのだ。

『小規模なビジネスは昔からあったが、今ほど多くの可能性が、ちょうどいい場所とタイミングで、そろって登場した時期はなかった。「機械オンチ」という言葉が死語になるほどにテクノロジーは使いやすくなり、かかる費用も劇的に減った。新しいアイデアはすぐにテスト販売できて、見込み客の反応を見るのに何か月も待たなくてもいい。オンライン決済サービスPayPalのアカウントはほんの数分もあれば開くことができ、180か国以上の買い手からたちまち送金を受けられる』

 で、本書で紹介する実例、その他の多くの実践例1500人以上が、以下の6つのうち、少なくとも4つの基準に合致しているという。

①情熱主導型モデル
 趣味や、夢中になっているものを基にしてビジネスを生み出した(ただし、あとで詳しく述べるように、情熱だけでは大きな利益に結びつくとは限らない)。

②超・低コスト
 起業資金が1000ドル(10万円)未満、特にごくわずかな費用で――100ドル(1万円)未満で――始めた例がほとんどだった。

③利益が少なくとも年間5万ドル(500万円)
 少なくとも北アメリカの平均収入が稼げるビジネスが望ましい。本書を読むとわかる通り、利益にはかなり幅がある。10万ドル(1000万円)以上の高利益を稼ぎ出しているビジネスも多いが、基準は年収5万ドル(500万円)とした。

④特別なスキル不要
 ごくふつうの人がビジネスを成功させた例を知るため、誰でもできるものばかり選択した。なかにはある種のスキルを必要としたものもあるが、それらは短期間の訓練か、自主的な学習で身につけられるものだ(たとえば歯科医になるのは簡単ではないが、コーヒー焙煎の技術は他の仕事をしながらでも覚えられる)。

⑤収支の完全公開
 回答者はその年の予測利益と、少なくとも過去2年間の実際の利益を公開することに同意した。さらに、収支について具体的に話してほしい、という要求にも応じてくれた。

⑥従業員5人未満
 ケーススタディの多くは完全に1人で経営しているビジネスだ。その他の場合も、ビジネスの規模を小さく、小人数に保っている例に注目した。

 というようなわけで、会社を突然クビになったビジネスマンが「押し売りをしないマットレス店」というコンセプトでECサイトを開いたり、大火事で焼けてしまった家具製造業を立て直すかわりに乗馬体験をさせる牧場を始めたり、企業内弁護士として高給取りの生活をしていたにもかかわらずヨガの個人レッスンを始めたり、世界中を回って結婚式の写真を撮るウェディングカメラマンや、格安航空券を手に入れる方法を伝授するサイトの運営者や、「エクセルの達人になる」トレーニングをビジネスにしている人や、音楽教師の管理業務を請け負ったりしている人たちを紹介する。

 なるほど、それらは対して起業資金はかからないし、決して大変なスキルを要するものでもなく、低リスクのビジネスではある。ある種の「情熱」は必要だが、ただし、問題は『自分の情熱とスキルを、他人にとって有益なものと一致』させなければならないということ。

『(情熱+スキル)×(問題+市場)=ビジネスの機会}

 『情熱は重要だが、この数式の一部でしかない』ということであり、情熱は「ときに役立つ」という程度に考えておくことが大事なのである。

『情熱主導型ビジネスの多くは、趣味や情熱そのものではなく、間接的に関係があるもので成り立っている。
 すべての情熱や趣味が必ずしもビジネスには向いているとは限らないし、趣味や情熱を基にしたビジネスを誰もが望んでいるわけでもない』

 というところが大事なんだよなあ。

「好きこそものの上手なれ」という諺はあるけれども、「好き」だけでは仕事にはならないんだなあ。つまりそこに需要があるかどうか……って、それってビジネスの基本なのであった。

 なあんだ、そうか。

 じゃあ、私も始めてみようかな、スモールビジネス。

 取り敢えず、この片っ端から読んでいる本を定価の半額で売ります。ご希望者はメールください。って、ああKindle版はダメですけれどもね。

『1万円起業 片手間で始めてじゅうぶんな収入を稼ぐ方法』(クリス・ギレボー著/本田直之監訳/飛鳥新社/2013年9月20日刊)Kindle版はない。本来こういう本こそ電子版を同時に出すべきだと思うんだがな。ねえ、飛鳥新社さん!

2013年9月23日 (月)

『定年後のリアル』は定年後の世界を変える気のない人の本

 人は皆、一様に歳をとる。しかし、その歳のとり方は、人が100人いれば100様に違うのである。なので、そんな人の歳をとったあとの生き方について何か「こうした方がいいですよ」なんてことがいえる訳はないのである。もしそんなことを言ったり、本に書いたりしているひとがいたとしたなら、そんな人は詐欺師か、あるいはトンでもない大馬鹿か、現状認識がまったくできないうつけである。

2013_09_15_43962 『定年後のリアル』(勢古浩爾/草思社文庫/2013年8月9日刊)

 なので勢古浩爾氏も本を:

『天気がよくて、とくに用事がなければ、ほぼ毎日、自転車で市内の公園に行く。日課だといってもいい。そこで過ごす一時が気持ちいいのだ。五十九歳と六カ月ですこし早めの退職をしたが(理由はいくつかある)、それ以来すでに二年半が経ってしまった。早いものだ。まだ一年ほどの感覚しかないのに。
 書斎代わりに使っていた駅前の喫茶店が閉店してから、行くところがなくなり、市内や近郊を自転車でぶらぶらしていたときに、その公園を見つけた』

 で書きはじめ:

『今日もまた大した成果なし。まあ、いいや。よくはないが、いいや。今日の日が暮れてゆく。昨日とおなじ単調な今日。が、二度と帰って来ず、どんなに昨日とおなじように見えてもちがう今日という日が終わる。今日一日に感謝。なんてことはない。また電車に乗って地元の駅に帰ってくる。会社員や学生で一杯だ。みんなご苦労さん。
 さて自転車に乗って帰路につくか。人間界の俗事を離れた束の間の時間も終わりだ。とりあえずまた、今日と同じ明日がやってくるだろう、とは思わない。暗くなったな、日が短くなったもんだ。自転車のライトをつけ、ペダルを踏んで漕ぎだす。いつかこの先、なにかいいことがあるんだろうか? もうないのか?』

 で、書き終わる訳なのだ。

 それで「定年後本一丁上がり」ってやってしまったら、しかし、そんな本は誰も買わないので、やむなく上の「書きはじめ」と「書きおわり」の間に、ほとんど意味のない三百代言を書き連ねる訳である。

  それでも多少は参考になりそうな内容は以下の部分くらいなものか。

『しかしですね、いまさら団塊の世代が身の不幸を嘆くことは許されないですな。まあ、それなりにがんばって働いてはきた。しかし、終身雇用の恩恵を最後に受けた世代であり、そうでありながら、口ではえらそうなことばかりをいい、態度は尊大で、そのくせあっさりと集団転向したのであって、ようするにけっこう無責任な世代だったのである。まあ、みんな自業自得であるといっていい。後続世代はもっときついのである。それなのに、「定年になったらきっぱり辞めてやるよ」と見栄を切っていたくせに、いざとなったら、役職にしがみついてはいないか?』

 と、これについで半沢直樹のこんな言葉を引用する。

『バブル時代、見境のないイケイケドンドンの経営戦略で銀行を迷走させた奴ら――いわゆる"団塊の世代"の奴らにそもそも原因がある。学生時代は、全共闘だ革命だとほざきながら、結局資本主義に屈して会社に入った途端、考えることをやめちまった腰抜けどもよ。奴らのアホな戦略のせいで銀行は不況の長いトンネルにすっぽりと入っちまったというのに、ろくに責任もとらないどころか、ぬけぬけと巨額の退職金なんてもらってやがる。オレたちはポストも出世も奪われていまだに汲々としたままだっていうのにな』(池井戸潤『オレたち花のバブル組』文春文庫)

 いいこと言うぞ、半沢直樹! しかし、これは小説の中のこと。半沢直樹どころじゃない「恨み節」が世の中には渦巻いている。中小零細企業に勤めた勢古浩爾氏だって、それは同じこと。だからこそ、勢古氏は偉そうに三百代言を言わないようにしている訳であるな。

 で、結局、勢古氏の言うことは以下の部分。

『いまさらこんなことをいうのもなんだが、定年後はどう生きればいいのか、などという問いは、自分の内部だけでしか成立しない。他人に訊くべきことではない。で、でてくる答えはひとつである。「好きに生きよう」である。「好きでなくても、今の生活しかないのなら、それで生きよう」である。せっかく、長年の会社勤めから自由になったのだ。流行りの言葉でいえば、今こそ思い切り「自分らしく」、好きに生きればいいのである。だが、そのためには金がいる。その金がないのだが……というのなら我慢するしかないのである。「わしはその好きなものがないんじゃが」なんか、わたしは知らない。わたしだってないのだ』

『昨今の少子高齢化や若年層の生き難さの問題などを見ていると、人間はいきづまっているように見えてしかたない。政治は民主主義、経済は資本主義と市場主義、社会は自由主義と権利主義(こんな言葉はないが)。いずれも現時点において人類の叡智が到達した理想的な地点といっていい。これらを超える思想はまだ現れていないが、そこでどんづまっているのもたしかである。山積する「問題」でどんづまり、予算でどんづまり、なによりも頭でっかちになった人間がどんづまっている。
 もっと幸福な顔をした人間がこの社会(世界)に溢れていてもよさそうなものなのに、ちっともそうは見えないのである。人間の力量を超えて、それらの主義が思想が風船みたいに極限まで息を吹き込まれてパンパンに膨れ上がり、ついには政治と経済と社会と人間のあちこちが破れ、そこから醜悪なものが外に噴きこぼれているような状態である』

 とまあ、こんな生きづらい世界に生きなければならないから、その生き方に何らかの指針が欲しいというのであろうが、甘ったれんじゃねえよ団塊の世代! そんな生きづらい世界にしたのは、他でもないお前ら団塊の世代がいろいろやった(やらなかった)結果じゃないか。そんなに生きづらいのなら自殺でも何でもすればいいのである。それが嫌なら、生きづらい世界を何とかして変える努力をしなければいけないんじゃないか?

 と、ギリギリ団塊になれなかった1951年生まれの私なんかは思うんだよなあ。

 とまあ、ある種反撥心を持ちながらも、妙に納得しながら読んだのであった。

『定年後のリアル』(勢古浩爾/草思社文庫/2013年8月9日刊)Kindle版は当然、ない。

2013年9月22日 (日)

「スポーツ振興の神 亀戸 香取神社」って?

 亀戸というと亀戸天神が有名だし大きいが、それよりもずっと古いのが「亀戸 香取神社」なのである。勿論、千葉県の香取市にある香取神宮の分社。

 しかし、それが「スポーツ振興の神」とは知らなかった。

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 亀戸香取神社は、その昔、平将門の乱に対し追討使として派遣された藤原秀郷(俵藤太)がこの神社に参詣し先勝を祈願、乱は平定され、俵藤太が戦勝の返礼として弓矢を奉納したという故事がある。その弓矢は「勝矢」と命名され、故事にちなみ毎年5月5日に「勝矢祭」というお祭りが開催されている。

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 境内には熊野神社、三峯神社、水神社、稲足神社、天祖神社、恵比寿神、大黒神も祀られていて、いかにも古くからある神社らしい佇まいを見せている。

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 恵比寿様と大黒様の水で痛いところを洗うと、痛みがなくなるそうである。

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 歴代の天皇、源頼朝、徳川家康などの武将、塚原卜伝、千葉周作などの剣豪たちの篤い崇啓を受け、武者修行の人々は香取大神を祖神として崇めていたそうだ。まあ、千葉周作は亀戸香取神社だろうけれども、塚原卜伝は香取大神宮だよね、多分。そっちの方が近いしね。

 そんな由来から亀戸香取神社は「スポーツ振興の神」として、スポーツ大会・試合の勝利を願う多くの参拝者を集めているということである。まあ、スポーツの必勝祈願をどこの神様にやったっていいけど、「戦(いくさ)」や「武道」と「スポーツ」をいっしょくたにするというのは間違いなのである。その辺に、例えば大相撲の迷走の原因にもなっているということに、何故皆は気がつかないんだろうか。

「武道」と「スポーツ」はその根本精神からして相容れないものなのだ。

「勝ち負けには拘らずに神事として正々堂々と勝負を行う武道」に対し「勝つか負けるかのみに拘るスポーツ」という違いに気がつかない限りは、大相撲改革なんてまず無理だろう。

 まあ、そんなことなので、多分、香取の神様は「勝ち負けには拘らずに正々堂々と戦いなさい」という託宣を、実は与えているのである。そう、だから「試合に勝ちたくて香取神社に詣でる人」が勝てるかどうかは分からないのだ。

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 昔、この一帯でとれた大根にちなんで「亀戸大根之碑」というものもある。近所には大根料理店もあるのだが、当然、今の亀戸には大根農家なんてものはない。

Fujifilm X10 @Kameido, Koutou (c)tsunoken

2013年9月21日 (土)

ミッチ・ドブロウナーという若い写真家を発見(っていうほど大袈裟じゃないけど)

 ミッチ・ドブロウナー(Mitch Dobrowner)という面白い写真家がアメリカにいる。

 とにかく「雲」「雲」「雲」「雲」…………なのである。自然を撮影した写真には「ランドスケープ・フォトグラフィー」というジャンルがあって、特に大きなスケールの大地と自然があるアメリカではアンセル・アダムスがその嚆矢とでもいえる存在なのであるが、このミッチ・ドブロウナーもそのジャンルに属する写真家である。

 取り敢えず、そのスケールと素晴らしさを堪能してください。

20130829mitchdobrowner_armofgod (c)Mitch Dobrowner

Mitchdobrowner1 (c)Mitch Dobrowner

Images (c)Mitch Dobrowner

Photo (c)Mitch Dobrowner

 どうだろうか。アメリカの大地のスケールの大きさよりもさらに大きなスケールの雲(あるいは嵐)の大きさを感じさせる写真である。これらの写真はすべて2005年から現在にかけての撮影であり、こうした自然写真の一群でもって、2012年にはソニー世界写真賞を受賞。現在は『ナショナル・ジオグラフィック』を中心に写真を発表している。

 ニューヨーク州ロングアイランド出身のドブロウナーは、iPhoneで嵐を追いかけながらキャノンのEOSデジタルで撮影を続けている。大判カメラと「ゾーン・システム」でもってヨセミテ渓谷などの自然を撮影していたアンセル・アダムスの時代に比べると、デジタルカメラの進歩のおかげで、こうした写真もアンセル・アダムスほどには苦労をしなくても撮れるようになったわけだ。相当絞り込んでいるようだが、シャッタースピードがどれくらいになっており、トータルの露出係数はわからない。多少暗めかな。

 私が好きなのは4番目の写真。こうして見ると、人間が作った街なんてものは、自然現象の前ではホンの小さなスケールでしかないと思えてくる。まるで、町全体を何のこともなく飲み込んでしまうそうな大きな雲がある。多分、あと少しでこの街も嵐に飲み込まれてしまうのだろう。

 ミッチ・ドブロウナー、その人である。まだ若い。

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 You Tubeでも「Mitch Dobrowner」でいろいろ載っています。

写真集はまだ未刊。予約受付中である。

2013年9月20日 (金)

東都大学野球開幕! 中央大先勝!

 その前日、東京六大学野球、立教大vs.慶應義塾大で、まさかまさかの「振り逃げ逆転サヨナラ」というとんでもない結末を見せた神宮球場で、やっと東都大学野球がスタートした。まあ、立教大学も立教大学らしい「詰めの甘さ」ということなんだけどね。

2013_09_18_46582 ショックのあまり泣き崩れる、立教大学の捕手・平本。

 ラクロス、アメリカンフットボールと順次開幕した秋の関東大学リーグ戦の掉尾を飾る東都大学野球開幕である。

 なにしろ、台風と六大学が第3戦までもつれこんで3日も開幕がズレ込んだ東都大学野球1部リーグ戦である。さぞかし、「可愛い! 應援團長」もシビレを切らして待ってただろう(って、勝手に思っている)。

 で、中央大学対拓殖大学戦である。実はもう既に東都も第2節に入っているんだけどね。中央大学は初試合ってなもんで、行ってきました。

2013_09_19_47122 中央大学の先発投手は当然、島袋。

 島袋は好投するもなかなか味方が打ってくれないといういつものパターンで試合が始まる。

 2回裏には拓殖大学に1点を先取され、中央大学は6回まで1安打に抑えられるという、なんかなあ、今季もそうなのかという貧打線。一方、拓殖大学は打線好調で、追加点には結びつかないものの、島袋毎回ピーンチ!

2013_09_19_48142 で、堪らず6回表の攻撃前、「可愛い! 應援團長」、本城亜利架さんが、いつもはやらない「学生注目!」に立つ。

「がくせい、ちゅーもーく。久々の学生注目に立ってみれば、何だ、中大負けてるじゃないか! どうした野球部!」と「喝」を入れると、やかんの水をアタマからザンブリ!

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2013_09_19_48692 この「喝」が功を奏したか、中大7回表の攻撃は福田三塁打、小川ヒットで同点。その後、二十八(「つちや」と読む)2点ホームラン! で逆転。3対1とする。

 そうなると、今度は逆に拓殖大学があたかも「蛇に睨まれた蛙」という状態になって、好投島袋の前に凡打、三振の山を築き始める。この辺が、春シーズン2部で優勝し1部に昇格してきたばかりの拓殖大学と、ずっと1部で戦ってきた中央大学との「格の差」というものなのだろうか、8回も得点には結びつかないが中央打線爆発という感じで、拓殖大学も投手をつぎ込むがイマイチ。

2013_09_19_49602 9回表には、羽山二塁打、東バントで羽山3進、松田凡退の後、この日あまり目立った活躍を見せていなかった影山がダメ押しの2点ホームラン! 勝ちを確実なものにする。

 とは言うものの、前日「振り逃げ逆転サヨナラ」というトンでもない結末を見ている神宮球場である。そうそう安心はできないでしょう。が、まあ5対1と4点差である。多少は安心しながら見ていると、拓殖大学のネバりもそこまで、アッサリと中央大学の勝ちが決まった。

 こんなに安心して見ていられる中央大学の試合は、私としては初めてであり、今季はこんな試合ばかりだといいのだがなあ。まあ、中央大学対拓殖大学だって、今日の試合も中央大学が勝たないと勝ち点はつかないんだけどね。

 取り敢えず、1勝目。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 55-300mm @Jingu Stadium (c)tsunoken

2013年9月19日 (木)

仲秋の名月

2002_01_13_51243 名月や 月をめぐりて 夜もすがら

                   芭蕉

 乱視の私には月が二つ見えるんだなあ。村上春樹ではないけれど……。

Nikon D100 Tamron 200-500mm (c)tsunoken

『鬱ごはん』って言いうほど変なモノを食っているわけではない。気分の問題なのね

 そうか、いまや「鬱」も商売(ビジネス)になる時代なんだな。

 しかし、「就職浪人生」って何だ?

 だって、最早大学にも通ってないんでしょ。

 でも、「鬱」になんてなってる暇はないんじゃないの?

2013_09_15_43982 『鬱ごはん(1)』(施川ユウキ著/ヤングチャンピオン烈コミックス/2013年5月5日刊)

 施川ユウキの『鬱ごはん』に収録されている「鬱ごはん」は『豚焼肉定食/宅配ピザ/餃子/ドーナツ/回転寿司/焼肉/ソフトクリーム/たい焼き/パスタ/年越しそば/鍋/懐かしくおいしいモノ(ホットケーキ)/高級ハンバーガー/ステーキ/食パン/扁桃腺(サトウのごはん)/高級アイスクリーム/ざるそば/ホットドッグ/プレミアムビール/ペペロンチーノ/フライドチキン/ジョギング(厚切りチャーシューまん)/カツサンド/シュガーマーガリン/ステーキ定食/Charge & Go!(レッドブル&ウィダーinゼリー/信玄餅/食後の一服(モズバーガー)/花火大会(カップやきそば)/飲みニケーション(居酒屋メニュー)/バナナ/ウィンナーコーヒー/おでん缶/肝油ドロップ(鏡餅)/鬱ごはん特別版(アーモンドチュロ)』の数々。殆ど外食。というか自分で調理した料理は皆無、ってどんな食生活してるんじゃい。これじゃあ鬱にもなるわな。

「就職浪人生・鬱野たけし」って言ったって、最早、就職浪人歴3年、現在は深夜のマンガ喫茶でアルバイトをしている立派なフリーター。『時折思い出したように履歴書を書こうとする。何もしていないワケではないと、自分自身に言い訳する為のアリバイ作りだ。それでも筆は重く、気合を入れなければ、一文字たりと書く気になれない』ということで、プレミアムビールを飲んで、酒の力で乗り切ろうとする、っていう時点で、既に負けてしまっているじゃないか。

 というよりも、考えてみれば「就職浪人歴3年」というのはアリなのか? 就職浪人ということは今でも鬱野たけしはモラトリアムということなのだろうけれども、しかし一方で「マンガ喫茶でのアルバイト」というのは、立派なフリーター(?)でしょ。それは単に「アルバイトをしながら正社員の道を狙っている人」というだけのことで、別に就職浪人なんていうほどのものではない。単なる「アルバイター鬱野たけし」っていうことだけで、それを就職浪人であると言っているのは、単に田舎の実家にいる両親に対する言い訳でしかないのではないか。

 でも、そんな実家にとどいたお中元やお歳暮をせっせせっせと母親が送ってくるのにもかかわらず、たけしは放置して賞味期限切れさせて、結局水洗トイレに流して捨ててしまうのである。

『贈答品をトイレに流す。人の道を外れた不道徳な行為であるコトを理解しつつも、僕は同時に不思議な使命感も感じていた。コレは最低な、自分に見合った、自分らしい、汚れた仕事だ。「I am "GEDO"(オレは外道だ)」 それでいい』

 ったって、そんなことするなら賞味期限内に消化しろよ、と言いたい。

 時々出てくる「妖精」というか心の中の声。

『オマエはきっと、人生の重要な決断も、追いつめられて、マヌケな選択をしてしまうやろな』

 スーパーのアイスクリーム売り場に行く。

『アイスクリームには賞味期限が無い。
 -18℃以下で保存している限りは腐らないからだ。
「うらやましい…」
 新卒で就職できなかった若者は、どんどん腐っていくだけだ。
「生きやすい世の中になるまで、-18℃のカプセルでコールドスリープしたい』

 そうか、だから若者がコンビニの冷蔵庫の中に入るのか……。

『子供の頃から知ってるアイスばっかだな…新商品が出ても、大抵ワンシーズンで消える。
 冷蔵庫はスペースが小さいから、新参アイスはチャンスが少ないんだ。
 既得権益を持ったメジャーアイスが、いつまでも老害のようにはびこるわけだ。
 こんなミニカップで250円もする高級アイスも、一度力を持てば、半永久的に売れ続ける。
 格差社会の象徴だな。
 どこの世界も血で血を洗うレッドオーシャン。ベリーハードで気が滅入る』

 なんてことを言っているから、いつまでたっても「就職浪人生活」から抜け出せないんだ。

 なあんてことを、マンガを読みながら考えている私って、やっぱり我が家にも就職浪人が出そうな状況になってしまっているからなのかなあ。

『鬱ごはん(1)』(施川ユウキ著/ヤングチャンピオン烈コミックス/2013年5月5日刊)

2013年9月18日 (水)

『幻年時代』は少年時代だけではなく、今でも続いている時代なのかも知れない

 昨日のブログで「坂口恭平は現代の鴨長明か」と少し持ち上げておいたが、その理由が本書である。

 モバイルハウス「方丈庵」に引き込み、『方丈記』というエッセイでデビューした鴨長明は、その後歌論書『無名抄』、説話『発心集』、歌集『鴨長明集』を発表。という人生は、まさに坂口恭平と同じ、というか坂口恭平が鴨長明と同じというか、まあそんな訳で坂口恭平の初めてのフィクションが『幻年時代』という訳なのだ。

2013_09_10_31722 『幻年時代』(坂口恭平著/幻冬舎/2013年7月20日刊)

 ただし、その後の「〇円建築家」に直接繋がるような内容はない。数少ない記述としては……。

『会社員としての親父の姿は、僕に、会社に行ってはいけないという短い伝言として、親父の適当な振る舞いからは予想もできないほど強く僕に突き刺さっている。僕はその姿を見ながら、言語化することはできていないが、確信を持った。僕は親父のような会社員にはならない。僕は自分の力でなにか独自の行動を起こして生きのびていく。荒ぶる餓鬼たちを追い払い力強く突進する銀色の光る獣のような出で立ちの人間を、僕は振動のような感覚としてからだに記憶した。のちに僕は小学六年生のとき、引っ越した先の熊本市立日吉小学校の卒業文集に「将来は建築家になり『坂口恭平追い越し建築事務所』をつくる」と断言する。どこからきたのかもよくわからないお金をもらうために、その波長が何を意味するのかわからない労働などしてはいけないと、親父は僕に自分自身の人生を見せることで伝えたのだ』

 という部分。

 まさに電電公社という長大企業に勤務していた坂口恭平の父親という存在が、その「どこからきたのかもよくわからないお金をもらうために、その波長が何を意味するのかわからない労働」というものを意味し、その後の坂口恭平の生き方、「早稲田大学理工学部建築学科」を卒業しながら、建築会社に勤務する建築家ではなく、フリーで「〇円ハウス」を模索するアーチストという訳のわからない仕事を業とする生活に入るきっかけなのであった。

 むしろ少年時代の思い出として一番強烈に残っているのは;

『「僕らの家から流れ出たこのドブ川は、もしかしたら海に繋がっているのではないか?」
 ある日、僕はこの仮説を確かめるべく、ただちに行動に移すことを提案した』

 という子どもながらの疑問と仮説を実証するための行動をとる部分。

『三人(恭平とタカちゃんとコバヤン:引用者注)はその後も頻繁に砂漠へと出かけ、一番曲線の激しい、真横に生えている大きな松を三階建ての探偵事務所とした。松の下の砂地に段ボールを敷いて一階の受付とし、松の幹の上に敷いてそこを二階の会議室にした。さらにはからだを丸めると座ることのできる二階の頭上にある太い枝を三階の隠し部屋と呼んだ』

 という、いかにもツリーハウスのような見え方だが、子どもが空き地に作る秘密基地である隠し部屋のようなものであるところが、いかにも冒険心のある男の子らしい遊びなのである。

 ただし、この種類の遊びは今の都会の子どもたちではまずやらない(やれない)のであろうが、昔の(私たちの子ども時代)子どもたちや、あるいは坂口恭平の育った(時代の)福岡県糟屋郡新宮町あたりでは、当たり前の男の子の遊びだったのだし、だったのだろう。Googleマップで見ると玄界灘に面した松林がある新宮町では、今でもそんな遊びをする男の子があるのだろうか。だとすると、ここから第二第三の坂口恭平が出てくる可能性はあるのではないかなんてことを考えさせてしまう。

 そんなことを考えていると、そういえば堀江貴文氏の福岡県八女市、孫正義氏も佐賀県鳥栖市という、両方とも北九州の田舎である。そうかやっぱり日本は西の方から革命家、起業家が出てくるんだな。やはり会津は反革命分子にしかなれないのかなあ。

 なんてことを考えながら本書を読み進める。

『僕の幼年時代。それは幻の時代である。なぜ生きているのか? その意味はもう考えなくてもいい。あの幻の時間のおかげで今の自分が存在している。
 親友とともに軽さを感じながら。目の前の現実を化石と感じながら。起きて見る夢として毎日を生きながら。そのような行為として、記憶の軌跡として、ただ幻の実像を書いてみたい』

 という「はじめに」のような生き方は、まさに今そのままの生き方でもある。

 今、我々が生きているという現実さえもが、しかしもしかしたら幻かもしれないのだ。我々がなんのために生まれてきて、いま生きていて、これからも生きていき、やがては死んでしまうという現実ですら、実は、「お前は生まれていない。生きてもいない。これからも生きてはいかない。ということは死ぬこともないのだ」と言われても仕方のない現実の中で、我々は生きていかざるを得ないのだ。

 それが現実。

 そんなわけで、実は「幻年時代」とは、別に少年時代だけではなく、いま我々が生きているこの時代ですら「幻年時代」だとも言えるのではないのではなかろうか。

 今、そんなに我々自身が自らが生きている実感、存在している実感もない世の中である。もしかしたら、今生きている筈の我々自身が「幻」かもしれないと考えたら……。

 それも面白い。

『幻年時代』(坂口恭平著/幻冬舎/2013年7月20日刊)

2013年9月17日 (火)

『モバイルハウス三万円で家をつくる』坂口恭平は現代の鴨長明になれるのか?

 ブエルタ・ア・エスパーニャ2013は第20ステージの争いに勝利したクリストファー・ホーナーがヴィンチェンツォ・ニーバリを完全に引き離し、総合優勝をモノにした。途中までマイヨ・オロを着ていたニーバリだったが、結局はステージ優勝の多いホーナーには勝てなかったなあ。

 で、話は全く変わって、『TOKYO 0円ハウス 0円生活』『隅田川のエジソン』『独立国家のつくり方』でお馴染み、早稲田大学建築学科卒業の「アーチスト」坂口恭平氏の新刊が出た。

2013_09_10_31732 『モバイルハウス 三万円で家をつくる』(坂口恭平著/集英社新書/2013年8月26日刊)

 で、考えてみれば『TOKYO 0円ハウス 0円生活』や『隅田川のエジソン』で、タダで家を作ったホームレス(って言語矛盾)の話を既に読んでいるので、なんか既視感のある本なのであった。が、しかし考えてみれば『0円ハウス』や『エジソン』は、言ってみればそんな「タダで家を作る」プロフェッショナルの話で、そんなプロフェッショナルにはなり切れないアマチュア向けに、ホームセンターで材料を買い入れて家を作れるよという本なのである。

「モバイルハウスかあ、ちょっと敷居が高いな」と考えていた私が、より自分の理想に近いものというイメージで捉えていたのが「方丈庵」であった。そう鴨長明の『方丈記』に書かれている方丈庵。ほぼ四畳半の小さなワンルームの家。地面に石を据えて土台とし、その上に柱を組んで杉板数枚を重ねて屋根を葺き、薄い板でつくられた軽量の壁や建具をはめ込んだつくりで、5m四方ぐらいの平坦な土地があれば、数人の大工さんが半日で完成してしまう、きわめて簡素な作りの方丈庵。

 が、しかしこの『モバイルハウス 三万円で家をつくる』を読みながら考えてみると、この方丈庵こそがもしかすると、およそ800年前に考えられていた「モバイルハウス」なのではないかと考えるようになった。つまり、そんなに簡単に作ることができてしまう方丈庵は。一方、壊すことも簡単で、さらにそれを大八車かなんかで持ち運んで、好きなところに移り住んで、自由に暮らす。

 実は鴨長明はそんな理想の生活を送りたくて方丈庵を考案したのではないだろうか。更に、この方丈庵って「三万円」もかかっていない、というか殆どタダでできているんじゃないか……なんて、貨幣価値の変化を無視した言い方をした訳なのだが、考えてみれば鴨長明の時代なんて貨幣経済なんてものはなかったわけで、まあ、貿易とか一部の取引には貨幣も使っていたが、大半の経済は「物々交換」で行われていた訳で、本当に鴨長明は方丈庵をタダで作ってもらったんだろうな。

 もうひとつ言えば、その時代には「土地の私有制度」なんてものもなくて、人は為政者によって土地に縛り付けられていた訳で、しかしそんな為政者から逃げ出してしまえば、どこに住もうが自由だった。下鴨神社の神主の家に生まれた鴨長明のような人ならもっと自由にいろいろなところを行き来できたはずである。で、現在の京都市伏見区日野町という、当時は京都の町はずれに適当な場所を見つけた鴨長明は、そこに大工さんを読んで方丈庵を作らせ、自ら隠遁して随筆家になったわけである。

 一方、鴨長明は琴や琵琶の奏者としても有名で、なんか段々坂口恭平に似てくるのであった……、って逆か。むしろ坂口恭平が鴨長明に似てくるのであるのが順番だよな。

 まず、最初に『0円ハウス』『TOKYO 0円ハウス 0円生活』『隅田川のロビンソン』などのノンフィクションを鴨長明の『方丈記』のような随筆に例えると、その後説話集や歌集を出した鴨長明のように『幻年時代』という小説を出したり、ギターを弾いたり、独立国家を目指して勝手に政権演説を始めたりという、今の時代のメディアを使った、現代の鴨長明と言えるのではないだろうか。

『脆い家を三十五年ローンで購入して、お金を持ってもいないのに無理して買ったマイホームに暮らすために働き続けるなんてやはりおかしい。
 家は高くても買えるが、安くても建てられる。
 僕がやりたいのは、家を建てる方法の「変化」ではなく、家というものの在り方の「幅を広げること」なのである。
 家は数千万円でも建つが、二万六千円でも建つ。しかも、実は〇円でも建つ。
 こうやって家というものの幅を広げていくと、どんな人でもその人に合った家でいいんだと理解できる。ローンを組まないと買えない家なんて買う必要はない。
 ローンは組まないほうがいい。銀行が喜ぶだけだ。
   <中略>
 これがお金もかけずに簡単にできる革命の方法論である』

 というのが本書の結論。

 更に進めて、坂口恭平は「モバイルハウスヴィレッジ計画」というのを進めているそうだ。

『全国各地に市民農園というのは存在している。現在、市民農園というのはほとんど趣味の世界になっているが、農地よりも住宅のほうが切実な問題なのだから、市民農園を、市民「農園付き住宅区」にしてはどうか。
 初期投資は、勿論二万六千円。使用料金が月に四百円。
 また、ここの共同で利用するためのキッチンもある水場を設置し、共有して使う。トイレはコンポストトイレを導入する。こうすれば、自分の糞尿を肥料に変えて、それで畑で野菜をつくることができる。
 月四百円の一戸建ての家。そんな冗談みたいな話も、法律を変えずに実現可能なのだ』

 という。

 そのための新しいプロジェクトが「ZERO PUBLIC」。

 私的所有の概念に奪われてしまった土地を共有物として取り戻すための実験である。

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『モバイルハウス 三万円で家をつくる』(坂口恭平著/集英社新書/2013年8月26日刊)この本の映像版とも言うべきドキュメンタリーもある(監督:本田孝義)。また『TOKYO 0円ハウス 0円生活』を原作にした堤幸彦の映画『MY HOUSE』という傑作映画もある。

 さて、私も京都に行って下鴨神社の方丈庵でも見に行こうかしら。

2013年9月16日 (月)

新吉原の遊女は何故浅草寺ではなくて浄閑寺に「投げ込まれた」のか

 どうも9月13日の荒木経惟の記事を書いてから、ずっと気になったことがあって、9月13日当日、再び三ノ輪の浄閑寺に行ってきた。

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 浄閑寺が「投げ込み寺」と呼ばれたのは、安政の大地震で亡くなった大量の遊女をこの寺に投げ込んで葬ったことによるという。しかし、本当なら新吉原の遊女なら浅草寺でしょう。距離的には浅草寺も浄閑寺も新吉原からの距離は変わらない。だったら遊女としては、なるべく賑やかな浅草寺の方に葬って欲しいと望むのではないだろうか。

 それが何で浄閑寺なの? という疑問がふと湧いてきた。

2013_09_13_33692多分、山谷堀を暗渠にしてできた道

 で、そこで思い浮かんだのが、昨日書いた「山谷堀」なのである。

 山谷堀は、実は石神井川の分流で、王子の音無親水公園のあたりから音無川として田端・日暮里・下谷(旧・金杉)を通り、三ノ輪橋に至り、浄閑寺の西側を通った後は山谷堀として隅田川に注いでいたわけである。それは昨日書いた通り。

 で、よく考えてみれば、今は暗渠になってしまっているが、上の写真の狭い通りあたりが昔の山谷堀だったと考えると、なるほどと理解できる。

 山谷堀公園も吉原大門(日本堤一丁目)あたりまでは、緑道が整備されているのだけれども、そこから先は無くなって、普通の道になってしまっているので気が付かなかった。

 つまり、安政の大地震で亡くなった沢山の遊女たちの亡骸は、その数のあまり、多分舟で運んだんだろう。で、浅草寺に葬るとすると、舟で山谷堀を下降するのはいいけれど、多分聖天橋あたりで亡骸を下して、あとは大八車かなんかで浅草寺まで運び込まなければいけない。

 一方、浄閑寺はそれこそ山谷堀のすぐそばにある。つまり、舟から降ろした遊女の亡骸は、そのまま寺の境内に放り投げていけばいい、という感じなのである。

 で、結局、「浄閑寺=投げ込み寺」ということになってしまったのだろう。

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 そんな遊女たちを祀った「新吉原総霊塔」。江戸時代は当然、関東大震災や東京大空襲で亡くなった遊女たちも祀られているそうである。だとするとその数、数万という大変な数の遊女たちである。

 で、考えてみると「新吉原遊郭」というものも、当時の徳川幕府公認の売春場だったわけで、為政者というものは必ずこのような「男の息抜き場」を作って政権安泰を狙っていたわけだ。

 ということは、従軍慰安婦だって当然存在したわけだし、当時は日本(の植民地)だった朝鮮半島の女性たちが、徴用されて従軍慰安婦をやらされていたということは十分考えられるわけなのである。

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 もうひとつ、浄閑寺にあるのがこの「ひまわりの地蔵尊」。

 山谷の日雇い労働者たちの孤独を慰めるために「山谷老友会」の発案によって作られた地蔵である。

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 三ノ輪からちょっと北へ行けば小塚原(こずかっぱら)の刑場である。刑場とともに回向院という受刑者を慰める寺も作られている。

 ともあれ、こうして江戸の北の端、というか既にここは「かねやすまでは江戸のうち」を離れてしまっているが、ここから大川(隅田川)ということで、この先の千住宿が日光街道・奥羽街道の出発地点である。

 こうした江戸と外界の境目に、こうした「不浄の場所」ができるというのは、東海道の品川宿の先にある鈴ヶ森刑場と同じで、為政者としては「こらしめの実態を見せたい」、しかし「自分の領地でそれはやりたくない」という微妙なバランスをとった結果の地点設定なのだろう。

 だとしたら、甲州街道あたりにもそんな「不浄の場所」がありそうだ。内藤新宿あたりの、今の新宿三丁目や二丁目あたりにありそうだな。

 次はそれを探そう。

EPSON RD1s Leica Elmarit 28mm/F2.8 @Minowa, Minami Senju, (c)tsunoken

2013年9月15日 (日)

山谷堀は猪牙舟で参りましょう

 隅田川は隅田公園、台東リバーサイドスポーツセンター脇の水門から山谷堀は始まっている。

 昔、新吉原に遊びに行くお大尽たちは、猪牙舟(ちょきぶね)という小さな舟を使って、お酒を呑みながら大川(隅田川)を上って、ここ今戸橋のところから山谷堀を通って新吉原まで行くのが「粋」なやり方だったそうだ。吉原通いを山谷通いとも言ったのはそんな理由があったそうである。

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 今は山谷堀も埋め立てられて暗渠になってしまい、その上を「山谷堀公園」という公園ができているのが、せめて昔の山谷堀を思い起こさせる。

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 今戸橋、と言っても今や橋はなく、欄干だけが残っている状態だが、その脇には山谷堀公園の、というか山谷堀の縁起が書かれている。

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 で、この山谷堀公園。緑の帯となって今戸橋から現在の馬道通りの吉原大門まで繋がっているのである。

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 う~ん、どうせ繋がっていて、その上を緑の帯にしているのなら、暗渠にしないで山谷堀を復活させてもいいんじゃないかと思うのだが、どうだろうか。別にそこに猪牙舟を走らせろ(走ってもいいけど)という訳ではないが、江戸の遺構を復活させようという動きがさまざまな場所で図られている、そんな動きのひとつとして考えてもいいのじゃないかと思うのだが。

東京オリンピックの観光客目当てでもいいし。

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 で、この山谷堀の入口になる今戸橋のすぐ北側に、池波正太郎の小説『剣客商売』第13巻『波紋』に収録されている『敵』の冒頭に出てくる、曹洞宗霊亀山慶養禅寺がある。実はこの慶養禅寺こそ、我が家の菩提寺なのであります。

『浅草・今戸の慶養寺の門前に、〔嶋屋〕という料理屋がある。
 表構えは大きくないが、奥行きが深く、裏手は大川(隅田川)にのぞんで船着き場もあるし、気のきいた料理を出すので秋山小兵衛も贔屓にしていた』

 というのが小説の冒頭のシーンなんだけれども、それだけ。

 って、それが自慢の種だったということだけなんですけれども……。

EPSON RD1s Leica Elmarit 28mm/F2.8 @Asakusa, Taito (c)tsunoken

 

2013年9月14日 (土)

『写真のフクシュウ』にフクシュウされたtsunokenなのであった

 森山大道、荒木経惟と言えば、末井昭である。

 元白夜書房(旧・セルフ出版)専務取締役の末井昭が創刊してきた雑誌は「NEW SELF」「ウィークエンドスーパー」「写真時代」「パチンコ必勝ガイド」などなど。最後の「パチンコ必勝ガイド」以外は、タテマエ上はノン・フクション誌、映画雑誌、写真雑誌の形をとっていたが、実際にはエロ雑誌であった。

 私が最初にセルフ出版の雑誌を知ったのは「ウィークエンドスーパー」からではないだろうか。荒木経惟の真正エロ写真と「荒木経惟の偽ルポルタージュ」は面白かった。というか、その頃荒木の『男と女の間には写真機がある』という、とんでもない本を買ってぶっ飛んでいた時期なので、荒木の写真を毎月見られるというのが、その購入の理由だった。

 そして「写真時代」になって荒木の連載は3本になり、森山大道が登場するのである。

2013_09_10_31712 『写真のフクシュウ 森山大道の言葉』『写真のフクシュウ 荒木経惟の言葉』(山内宏泰著/パイ インターンショナル/2013年7月19日刊)

 エロ雑誌とは言いながら、当時の「ウィークエンドスーパー」や「写真時代」を飾るライター、イラストレーター陣は、田中小実昌、嵐山光三郎、南伸坊、平岡正明、上杉清文、赤瀬川原平、秋山祐徳太子、三上寛、安西水丸、林静一、鈴木志郎康、佐伯俊男、巻上公一、奥成達などの、そうそうたる反体制というか半体制というか反耐性というか、過激だったりカゲキだったり、蔭木だったり、枯れ木だったりする人たちが多く誌面には登場していた、まあ、なんともアナーキー(無政府状態)な魅力あふれる雑誌だったわけなのだけれども、そんな「写真時代」に荒木経惟は「景色」「少女フレンド」「荒木経惟の写真生活」をいう3本の連載をもっており、森山大道は「光と影」「仲治への旅」などの連載や、いろいろなコラージュ作品なんかを掲載していた。

 まあ、それは言ってみれば末井昭の趣味雑誌みたいなもので、しかし、雑誌を編集長の趣味雑誌にするというのは、雑誌編集の一番理想的な姿として、大手出版社では絶対にできない雑誌編集のスタイルではあった。そんな「写真時代」も、先行する「NEW SELF」「ウィークエンドスーパー」と同じく「猥褻図書」の指摘・摘発を数度受けてしまい、あえなく沈没。

 そんな末井雑誌と荒木経惟は以前からの知り合いで、ずっと末井雑誌に連載を持っていたわけなのであるが、そんな荒木経惟が「写真時代」創刊にあたり、当時スランプの淵にあった森山大道を引きずり込んだというのが、森山大道末井雑誌への登場のきっかけでもあった。

 以降の森山大道の旺盛な写真活動は皆の知るところとなった。

 しかし、同じくモノクロの写真が多い、荒木経惟と森山大道だが、実はその写真スタイルは正反対なのである。「写真は表面だけである」と考える森山大道に対し、「カメラは内面だ」とする荒木経惟。

Moriyama『安全地帯から撮る。スリみたいなもの、中に入ったらおしまいだと思うし、つねに表面しか見たくないというか、そのひとの人生がみえてくるような撮り方はしたくない』

Araki『カメラをこう、持ったときに、感情・愛情・人情、つまり「情」、それがなくて客観的なんて、人間のやることじゃないじゃないか。だから「私写真」がいい、私情の入っていない写真はだめだ』

 というまったく異なる方向からの写真へのアプローチをする二人の実は共通する考え方が;

森山大道『写真は時間を<定着>する行為である。
       決して世界を<表現>する行為ではない』

荒木経惟『空間じゃなくて、
       時間をフレーミングするんだよ』

 という、結局写真というのは「空間をアートする」ものではなく、「時間を記録するためのモノ」であるという、一種の開き直りなのである。

 そう、写真は写し取った瞬間から「過去」になる時間の記録であるにすぎないのである。そこには、アートとか、表現するものとか、絵とかはない。単なる時間の記録。

 そう考えると、かなり気楽に、誰でも「写真家」になれる……、ような気がする。

『写真のフクシュウ 森山大道の言葉』『写真のフクシュウ 荒木経惟の言葉』(山内宏泰著/パイ インターンショナル/2013年7月19日刊)飯沢耕太郎の『『写真時代』の時代』も、当時の雰囲気を伝えて面白い。

2013_09_06_23392 Fujifilm X10 @Azabu, Minato (c)tsunoken

2013年9月13日 (金)

写真のフクシュウ 荒木経惟の言葉

『この本の使い方
How to use this book

荒木経惟とは何者か!?
彼が何気なく発してきた言葉は、
写真が上達するヒントにあふれている!?
強烈な言葉と作品を、
年代別、キーワード別に読み解いていきます。
その行為は本書のタイトル通り、
写真を「復習」すること。
同時に、これを機に
写真をより深く知るようになれば、
写真に「復讐」されることだって
ありそうですからご注意を。』

 そうか、だから『写真のフクシュウ 荒木経惟の言葉』なのか。

2013_09_10_31712_2『写真のフクシュウ 荒木経惟の言葉』(山内宏泰著/パイ インターナショナル/2013年7月19日刊)

『写真って撮ったらすぐにどんどん過去になっていくけど、あんがいこの日付がないと現在になっちゃうんだよね。結局、アタシにとっての写真行為っていうのは、日付を入れて撮っていくことだね。写真がアタシの人生だし生活だし、日記はそれこそその日のことを記録することだから。日付入ってたほうが、アタシにはぴったりみたいな感じがする。だからこれは絶対やめないんだよ。死ぬまで続ける』

 って言ったって、その日付は本当の日付ではないのだ。縦横無尽にいじくった嘘の日付。まさしく「偽ルポルタージュ」それが荒木経惟の本来の姿である。

 荒川区三ノ輪の吉原芸者の投げ込み寺として知られる浄閑寺。その浄閑寺の門前にある下駄屋の息子が荒木経惟だ。そんな浄閑寺における死生観が、多分荒木の写真にはある。

『頼まれた仕事も「日常」ってことでは、自分の日常と同じなんだよ。ラブホテルで撮ったAV(女優)も、タクシーの窓から撮った「クルマド」も、スタジオで撮ったポートレートも全部一緒』

『「撮らせて」って言ったときから、
 写真はやらせなんですよ』

『写真なんていうのは、絵とか宗教と違って直接的だろ。そういう表現のものなのに、エロスがなくなったらどうしようもない』

『たとえば冬の夕方、駅で妊婦が夫を待っている。夫の姿がホームに見えた。その時の妻の顔。団地に帰っていく二人。部屋にはいる。きょうは寒いから水たきでもしようということになる。こいつだよなあ。この日常の事実には何もかなわないわけだよ』

 この日常の裏側にあるのはエロスである。荒木にはこの二人が水たきを食べた後に性行為をするところまでも見えているというのだろうか。そう日常の裏側には性行為がある。

『空間じゃなくて、
 時間をフレーミングするんだよ』

 結局、荒木経惟も、森山大道と同じことを言うに至る。

『もう少したつとプロと素人の差は明確になってくるよ。便利なものが出れば出るほど逆に。事実は銀塩写真のほうが技術とかなんとかあるからごまかしがきくじゃない。デジタルにはそれがないから逆に、本当の本人の人間性がわかるようになるよね』

 ますます写真から「復讐」されそうだ。

『写真のフクシュウ 荒木経惟の言葉』(山内宏泰著/パイ インターナショナル/2013年7月19日刊)

2013_09_12_31862 浄閑寺

2013_09_12_31952 浄閑寺門前の荒木経惟の実家の下駄屋があった場所。今は駐車場になっている。

EPSON RD1s Leica Elmarit 28mm/F2.8 @Jokanji Temple, Minowa, Arakawa (c)tsunoken

2013年9月12日 (木)

写真のフクシュウ 森山大道の言葉

『この本の使い方
How to use this book

森山大道とは何者か!?
彼が何気なく発してきた言葉は、
写真が上達するヒントにあふれている!?
強烈な言葉と作品を、
年代別、キーワード別に読み解いていきます。
その行為は本書のタイトル通り、
写真を「復習」すること。
同時に、これを機に
写真をより深く知るようになれば、
写真に「復讐」されることだって
ありそうですからご注意を。』

 そうか、だから『写真のフクシュウ 森山大道の言葉』なのか。

2013_09_10_31712『写真のフクシュウ 森山大道の言葉』(山内宏泰著/パイ インターナショナル/2013年7月19日刊)

 森山大道は大阪出身の写真家だ。しかし、彼ほど東京・新宿を撮影してきた写真家もいないだろう。

『本当なら、僕の写真集からも(c)を外したいぐらい。だって所詮、コピーなんだから。鼻の穴膨らまして、オリジナリティだ、アートだって言っているのを聞くと「なぁに言ってるんだか……」と思うよ』

 まさしく森山にとって写真とは現実世界のコピーにすぎない。そしてその現実世界というものが、実はまさしく新宿のコピーにすぎないのだ。ブエノスアイレス、ハワイ、パリ、サンパウロ、ニューヨークどこに行っても、そこに写っているのは新宿なのである。

 森山が上京して最初にいた場所、そこが新宿だからなのだろうか。

『対象は、つねに自分自身なんですよ。新宿を撮る場合は新宿での自分、誰かを撮るときはその誰かとの自分、その時その時の対象との出会いによって生ずる自意識にこだわっている。他者への興味から始まる自身への興味、何か、そういうものがあるんですよね』

『写真は、他ならぬ「光と時間の化石」である。現在ぼくにとって写真とは、それ以上のものでも以下でもない』

『どうして「意味」って嫌なんでしょうね。ぼくも写真における意味って嫌だし、意味を感じるものってどうもおもしろくない』

『写真とは時間を<定着>する行為である。
 決して世界を<表現>する行為ではない』

『僕もやっぱりカッコいものに惹かれた。ウィリアム・クラインの「ニューヨーク」のカッコよさとか、東松照明の「NAGASAKI」の不思議なインパクトに、「すごい、何だろう、これカッコいいな」と思った。それだけで、ここまで写真を撮ってきちゃってるわけだからね』

 などと語る森山大道自身も「カッコいい」のである。

 いい写真家は皆「カッコいい」。

 何故だろう。

 多分、それは写真を撮るという行為そのものからくるものなのだろう。一瞬の時間を切り取り、それを定着させる行為が写真撮影だ。その一瞬一瞬の刹那を見る目が輝いている。

 写真もいまやデジタル化して、だれでもが撮影できるようになった。

 そうなると益々自称写真家が増えてくる。私もその一人。

 写真を撮影することが容易になればなるほど、写真という表現にとっては、表現が難しくなる。

 そんな写真から「復讐」されそうだ。

『写真のフクシュウ 森山大道の言葉』(山内宏泰著/パイ インターナショナル/2013年7月19日刊)

2013_05_22_49292 Fujifilm X10 @Nishi Shinjuku (c)tsunoken

2013年9月11日 (水)

『[新版]あなたもいままでの10倍速く本が読める』が、私にはあまり役にはたたないようで

 腰巻の惹句『「フォトリーディングをマスターしたことが、現在の私につながっています」経済評論家 勝間和代』につられて思わず買ってしまった。

2013_06_27_78322 『[新版]あなたもいままでの10倍速く本が読める』(ポール・R・シーリィ著/神田正典監修/井上久美訳/フォレスト出版/2009年11月18日刊)

 まあ、ちょっと訳があってそんな本を買ったのであるが……。

 さすがにこのテの本らしく『25分で、この本を読んでみましょう』という「まえがき」みたいなのがあって、『25分コース(レベル1)25分で本書の要点をつかむことができます。まず本全体のページをめくってさっと目を通しながら、目次、各章の見出し、小見出しを読みます。次にもう一度、初めから目を通して、今度は自転車に乗っているアインシュタインのアイコンを探し、その下にある段落を読んでいきます』、とあって次に『プラス30分コース(レベル2)さらに30分あれば、本書の大筋を話し合えるくらいまで、内容を把握することができます。もう一度、初めから目を通します。今回は、ジョギングしているアインシュタインを探し、その下にある段落を読んでいきます』、となり最後に『プラス45分~90分コース(レベル3)さらにあと90分もあれば「フォトリーディング・ホール・マインド・システム」を完全に理解することができます。また初めから目を通して、ここでは頭の上で電球が光っているアインシュタインを探し、その下の段落を読んでください。アインシュタインを探す際は、各章の見出し、小見出しを再度チェックしながら、レベル1と2で読んできた内容を思い出すようにしましょう』という、三段階の「この本をきちんと一字一句読みたい」という人にはそれでも結構だが、しかし、こういう本の読み方があるんだという、それこそフォトリーディングに繋がる読み方を「オススメ」しているのである。

 で、私はその通りの方法で、なおかつレベル2ではレベル1も一緒に読んで、レベル3ではレベル1、レベル2も一緒に読んだのであった。

 今回のこの読書方法はどういうことかと言うと、普段の私の読書方法の逆をやったわけですね。つまり、私の読書方法というのは、「まず書店でまえがきと目次、あとがきを読んで」面白そう、ブログに書けるネタがありそうなら購入。次に、購入後、見出し、小見出しを読んで大体の本の構成をアタマに入れてから、付箋を持って本を読み始めるわけです。で、読みながら気になったところに付箋を貼りながら、大体1時間から2時間位で1冊の本を読み終える。読み終えた後は、取り敢えず付箋をした部分だけをもう一度読み、どんな方向でブログを書こうかと考えてから、一度本のことは忘れて一晩寝ちゃう。で、翌朝やおらブログを書き始めるのであります。

 つまり、この本に関しては、普通の私の本の読み方とは逆、まずアインシュタインに付箋を貼りながら、その付箋の場所を増やしながら読み進めていくという方法をとったわけだ。で、レベル3の読み方をした後の私は、なんかもうこの本を読んでしまった気になって、もはやそれ以上この本を読む気にはならなかった。

 じゃあ、それで「フォトリーディング・ホール・マインド・システム」なるものを理解したのかといえば、実はまったく理解していない。フォトリーディングって言えば、何となく本を見ながら、文章を言葉として読むのではなく、まさに「写真に撮るように見る」という読み方であるという風に理解していたのだが、実はそう単純なものでもないらしい。

 つまり「トリガーワードを見つける」という部分は、当然フォトリーディングの中でも一番大事な部分(と私が思っているだけかもしれないが)であり、要はその本のキーワードを探すと言いうことなのだ。私が付箋を貼るという作業をしながら本を読むというのも、実はそんな「この本のキーワード」を探すための作業であるのだ。つまり、本を読みながら気になった場所に貼る付箋は、その付箋を貼った場所だけを読み返すことによって、その本からキーワードを浮かび上がらせる作業に他ならないのだ。

 ただし、本を「(ひとつひとつの言葉は意味を持たない)映像のかたまり」として読むフォトリーディングの手法と、私のように「(ひとつひとつの言葉が意味を持つ)基本的には文章のかたまり」として読む方法の間には、かなり隔たりがあるような気がする。

 絵本のように文章の本を読めればかなり嬉しい。しかし、私たちは「言葉という意味を持ったモノ」を知ってしまっている以上、それを再び意味を持たない映像として読むことはちょっと難しいのではないだろうか。勿論、子どもの時に「ひとつひとつの言葉を音読」したような読み方はもはやしていない。なんとなく、ページ全体を見ながら、そこから意味のありそうなところを探しながら読んで行くという読み方がせいぜいだ。

 それがフォトリーディングなのだと言われてしまえば、そんなものかもしれないとも思えるのだが、だったらそんな読み方は別に新しい読み方でも何でもなくて、前からある普通の読み方じゃないか、ということになってしまう。まあ、そんな読み方は読書家の読み方であり、一般の人たちがそんな読み方はしていないことは知っていますがね。

 多分、一般のひとたちは書かれた文字をひとつひとつ意味を考えながら読んでいくんでしょう。だから読むのが遅いということになるのだろうけれども、私だって決して速いわけではない。普通の新書に1時間から2時間というのは標準的な時間のかけ方だと思うのだがどうでしょうか。

 で、2時間かけて読んだ新書の付箋を貼った部分を10分くらいで読んで、なるほどこの本のキーワードはこれかと見つけて、その日はそのまま寝ちゃう。まあ、ところが寝ながらでも人間ってモノを考えられるのですね。翌朝起きたときには、結構考え方がまとまっていて、なんか「ボク書けちゃいそう」ってなもんで、朝食後(朝食前のときもある)やおらブログを書き始めるわけなのです。

 う~ん、だったら別にフォトリーディングなんて覚えなくてもいいかな、あまり速読術ばかり身に付けちゃうと、せっかくのいい本もなんか速読で終わらしちゃあもったいないよなんて気分になるじゃないですか。

 ということで、私が速読術を身に付けたいのは、ある理由があるから、と最初にかいた。しかし、その理由はまた後日のお楽しみということにして。

 まあ、自分の本の読み方の遅いことを気にしている方には、意味のある『10倍速く本が読める』かもしれない。

 でも、意外とその程度。

 そんなに早く本を読んでなんか意味があるの? と思った貴方。その判断は多分正しいと思います。特にフィクションが好きな人にとってはね。ただし、沢山の本を読まなければいけない立場の人、例えば勝間和代さんみたいな人にとっては有効な方法かもしれない。基本的に勝間さんが読むのは経済書だろうから、「トリガーワード」を見つけるのは簡単だ。

 基本的に、ビジネス書やノンフィクションを読んでいるような私にとっては「うまい本読みの方法」ではあります。しかし、既に一部自分でも採用している方法だとなるとなあ。今更……。

『[新版]あなたもいままでの10倍速く本が読める』(ポール・R・シーリィ著/神田正典監修/井上久美訳/フォレスト出版/2009年11月18日刊)

2013_09_10_31692 まあ、少額ではありますが株投資なんかとやっていると「東京オリンピック」は基本的に前向き材料ではありますが、ここまではしゃがなくってもいいでしょ。なんか、ここまで来るとちょっとシラける。

2013年9月10日 (火)

『保守の本分』を言うなら、それは右翼も左翼もない

 問題は「保守」か「革新」か、「右翼」か「左翼」かなんていうレッテル貼りの問題じゃなくて、基本的なイシューごとに「何を発言すべきか・行動すべきか」なんだよなあ。

2013_09_04_23062 『保守の本分』(noiehoie著/扶桑社新書/2013年9月1日刊)

 本書の腰巻に『「ネトウヨ」といわれる連中は本当に「右翼」で「保守」なのか? 断じて違う!』と書かれている訳なのであり、本書の中にも『ネット上の意見を見ても、「今、脱原発を主張する人間は左翼だ」と信じている人たちが相当数います。例えば在特会などはまさにそうで、彼らは自分たちが保守、右翼だと言いますが、主張は単に反左翼、反韓国、反中国、反北朝鮮でしかない。実際は原発に対する明確なかんがえなんてないのにアンチ脱原発を主張し、それが警察に利用されて白色テロ化しているんです。にもかかわらず、3.11の反原発デモ以降、悲しいかなその声が説得力をもちつつある』というnoiehoie氏自身の発言がある。

 また、『 第四章 「右翼」だからこそ反原発』の中でnoiehoie氏は「保守主義者である私が反原発である理由」について5つあげている。

一、保守主義者は、「理性への妄信」を忌み嫌う
二、保守主義者は、諦観とともに生きる
三、保守主義者は、郷土を愛する
四、保守主義者は、尊王家である
五、保守主義者は、現実主義者である

 という5つの理由は、まあ「右翼」あるいは「保守主義者」ならではの理由での反原発の理由としては良く理解できる。

 特に、『一、保守主義者は、「理性への妄信」を忌み嫌う』というのは、まさしく原子力というものが、人間の理性力が自然をコントロールできると考える一神教の考え方であり、その結果「人間が太陽を作りだそう」と考えた結果生み出した失敗作である、という考え方は別に右翼や保守主義者の専売特許ではなく、「右翼・左翼・保守・革新」を乗り越えた発想なのである。

 それは片山さつきなどが発した「生活保護バッシング」についても同じことが言えるであろう。

『「誰かの不幸を指さし・誰かを不幸にすることで初めて自分の幸せを感じさせるようなやり方がまかり通るような社会でいいのだろうか?」、そして「このようなやり方で、本当に必要な議論ができるのだろうか?」さらに、「このような議論の進み方が、本当の民主主義なのでしょうか?」』

 という言い方も、別に右翼・保守主義者の専売特許ではない。

 じゃあ、何が「右翼・保守主義差者」と「左翼・革新(革命)主義者」を分かつのであろうか。

 つまりそれは「過去の歴史を否定的に見るのか・肯定的に見るのか」という歴史認識の差である。

『日本は15年戦争において、破滅の淵まで追い込まれるほどに徹底的に負けました。ボクシングで言えばマットの上に倒れ込んでテンカウントが鳴っているのに、まだマウントされて殴られ続けたような状態だったわけです。その後、勝者の側に思惑があったから、傷の手当てをしてくれて、カネまでくれて、なおかつ友だちだと言ってくれたりもしました。しかし、普通なら我々は全員虐殺されていたか、徹底的に植民地化されていてもおかしくなかったのです。
 それぐらい負けたという認識の中で、圧倒的な強者に無謀な戦いを挑んで、徹底的に叩きのめされたのは、自分たちが「間違った戦争」を始めたからだという反省をしなくてはいけないと思います』

 という歴史認識は本来左翼の持っていた歴史認識である。

 ただ、まあその後の考え方について

『仮に(靖国神社への:引用者注)分祀という土俵が出揃えば、昔のように靖国神社への勅使下向もあり得るだろうし、あるいは陛下の御親拝も仰げ、そこで初めて英霊も栄に浴することができるはずです』

 という考え方をするところが右翼なんだろうな。

 まあ、そんな風に右翼を見ると、要は「尊皇的な発想がある」のが右翼で、そうじゃない「共和制的な発想」でモノをみるのが左翼なのかということに行き当たる。で、その歴史認識・社会認識はほぼ重なるという訳か。しかし、そんな発想をする「右翼・保守主義者」は今のところごく少ない。多分、一水会の鈴木邦男氏くらいのものじゃないか。だからこそ鈴木氏は左翼とも連帯できるのであるけれどもね。

 多分、noiehoie氏も目指すところは鈴木氏なんかと同じような地点なのだろうけれども、ひとつだけ違う部分がある。

 問題はnoiehoie氏が「一部上場企業のサラリーマン」というところから発するのだろうけれども、「なんで本名じゃなくてハンドルネームなんだ」というところである。

 noiehoie氏が自分の発言に責任を持つのであれば、それは本名によって発言したときである。ハンドルネームで発言している以上、その発言には責任感を感じられないし、結局は自らの発言に一切の責任を持たない「ネトウヨ」諸君と立場は変わらないのじゃないだろうか。

 本名がバレてサラリーマンとしての立場が危うくなることを恐れているのならば、発言すべきじゃないし、恐れていないのならば堂々と名乗って、そのような立場を危うくするような企業とはハッキリと対峙すべきなのである。

 そうじゃないと「言論人」と言っちゃまずいだろう。

『保守の本分』(noiehoie著/扶桑社新書/2013年9月1日刊)

2013年9月 9日 (月)

『銀行員のキミョーな世界』というが、キミョーな世界はいたるとこにある。「倍返しだっ!」はあ?

 2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定おめでとう、というか取り敢えずこれで株価が上がってくれればOK、ってなもんで、今日もブログ始めます。

 半沢直樹シリーズ「倍返しだ!」のおかげで新刊出荷から1年ちょっと過ぎて重版出荷したのだろうか、おめでとう……、と思ったらまだ初版のままだった。残念!

2013_09_04_23032 『銀行員のキミョーな世界 なぜ行内事情を押しつけるのか?』(津田倫男著/中公新書ラクレ/2012年3月10日刊)

 で、著者の津田倫男氏なのだが、一橋大学卒業後、スタンフォード大学ビジネススクールをでてMBAを獲得し、都銀、外資系投資銀行などを経て後独立した経験をお持ちなのに、何故か銀行について批判的である。もともとあった日本の都銀の在り方に対して批判的なのは分からないでもないが、近年、為替ディーリング、債券ディーリング、M&A、金融デリバティブズなどの分野に乗り出している現在の銀行の姿にも批判的だ。

 つまり、銀行は銀行本来のリテール・ベースの、要は「お客さんのお金を預かって、それを人に貸して、利ザヤを稼ぐ」という姿に戻れと言っているようである。

 今や、そんな銀行は一部地銀以外にはないのであるが、しかし、そんな本来の形の銀行業務であっても、世間からは隔離された特殊な社会だというのだろうか。

 例えば、『ある大手銀行の人事採用者に聞いたところでは、大量採用している今日、全員が定年まで銀行に残ると、大変困るということだ。入行三年間をメドに採用者の三割が辞めることを見込んでいるという。1000人を新規採用する場合、300人は三年間でいなくなることを想定しているということだ。これは大変な事態である。辞める人がそれだけ多いということもそうだし、辞めてもらわなければ困るという銀行のスタンスもだ』というけれども、でもそれは今や一般的な企業の姿そのものなのである。

 現在、普通の企業の新入社員の離職率というものは、大体3年間で3割といわれている。1000人近くの新卒を採用する銀行が、そんなに全員を同じように出世させるわけにはいかなくて、段々に辞めさせていく、例えば40代くらいになると片道切符の出向なんかで辞めさせていく中で、当然、3年で辞めていく新卒社員も計算済みなわけである。

 例えば、これが出版社なんかの場合、一生平編集者というものがごく普通にいる訳で、部長、局長、役員になるのは、まあ、別の仕事をするという感覚なのだ。あるいはメーカーなんかでも、一生平研究員なんてのもいたりして、これまた「自分の仕事と出世は別」という考え方なんだな。

 ところが、皆一緒に出世街道を目指す銀行員の世界というものが、逆に特殊なんじゃないかと思えてきてしまう。多分、それはそれぞれの人のやっている仕事が、それぞれに特別なものなのではなくて、誰でも置き換え可能な仕事しかしていない、創造性のない世界なのだということなのだろう。

『銀行という職場は自分の存在意義を疑わせる度合いが他の職場よりも大きいと正直思う。「高給だが退屈」「創意工夫よりも人間関係(つまりゴマスリ)」という批評は大変、的を射ている。創造性がない分、派閥抗争とか、仕事ではなく「人」に向かうベクトルが働くのだと思う。他所でも書いたが、銀行員ほど互いの氏素性に関心がある人種は少ない。一般企業であれば、だれそれが何年のどこ大学の卒業といったことはあまり知られていないだろう。しかし、銀行では下の名前よりもこうした情報のほうが共有されている。××は平成何年のyy大学卒、しかも一浪。とかの情報は、総合職の人間に聞いてみれば誰もが知っている』

 って、ちょっと異常じゃないでしょうか。お前らそんなことを気にする暇があるのなら、もっと仕事をせいよ。と言いたくなるが、その仕事で他のライバルとの差がつかないのであれば、結局、それは派閥抗争やらの人間関係の方が自分にとっては大事ということになるのであるのか。

 なので、銀行を背景としたストーリーでは「人事抗争」「派閥抗争」がストーリーの中心線になるのだな。

 半沢直樹と浅野支店長、そして半沢直樹と大和田常務という対立軸のような具合にだ。

 で、当然お話は半沢直樹が主人公だから、半沢の言う「やられたらやり返す、倍返しだ!」という具合に、言ってみれば下剋上が行われるわけで、それをみた一般視聴者は気分がスッキリし、銀行関係者は「まあ、そんなこともあるよな。でも、上司に向かってあんな口はきけないよ」と考えながら、多少は溜飲を下げたりしているし、逆に銀行に内定している現在大学4年生は「じぇじぇじぇ、銀行ってこんな世界だったの? ボク、どうしよう」なんてことを考えたりしている訳なのですね。

 まあ、でも学生諸君。気にしなくてもいよ。

 所詮そんなのは、まさに「コップの中の嵐」。周りの世界では、そんなことがあることは全く関係なく動いているのです。そんな「コップの中の嵐」が嫌になったら、君も三割になってしまえばいい。実は、君が飛び出してみると、以外と周囲の世界は「こんなにだったのか!」とびっくりするくらいに生きやすい世界なわけです。

 別に銀行だけが「その世界だけで通じる言葉を喋っている」訳じゃなくて、日本のいろいろな業界自身がそんなもんですよ。「延勘」とか「常備」とかっていう出版業界の言葉も普通は知っている人はいない訳で……。

「やられたらやり返す。倍返しだ!」という言葉を直接上司には言えないかもしれないが(っていうか半沢直樹も直接は言ってない、画面に向かって言っているだけ)、実態としてそんな状況に置かれることもある訳で、まあ、やってみれば大丈夫かもしれないし、あえて自爆するのも手かも知れない。まあ、人生やってみなければ分からない。ということなので、銀行も意外と住みやすい世界かもしれないのである。

 ある人たちにとってはね。

『銀行員のキミョーな世界 なぜ行内事情を押しつけるのか?』(津田倫男著/中公新書ラクレ/2012年3月10日刊)

2013年9月 8日 (日)

カレッジ・フットボール2013開幕!

 関東学生アメリカンフットボール2013年秋季リーグ戦が昨日開幕になった。

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 今年の関東学生アメリカンフットボール・リーグは昨年までと違い、かなり緊張感に溢れるリーグとなりそうである。つまり、これまで1部リーグはA、Bブロック各8校づつの並行ブロックだったのだが、来年からは1部リーグが上位リーグ8校、下部リーグ8校という垂直編成になり、今年の最終順位がA、B各ブロックの上位4校に入らないと、来年は上位ブロックに行けない、つまり、来年「甲子園ボウルを目指します」というためには、今年はいやでも上位4校に残らなければならないのだ。

 ラクロスの際にも言った通り、今年は東京都で国体を開催する関係で、アミノバイタルフィールドが10月半ばまで使えず、川崎球場や大井第二球技場、駒沢第二球技場、夢の島競技場などでの開催が多い。

 ここ川崎球場では昨年1部ブロック4位の立教大学と昨年ブロック5位の東京大学の試合が開幕試合として選ばれた。そう、まさしく来年上位ブロック進出をかけた一戦となったのである。

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 東京大学のクォーターバック(QB)は正QBの山田を怪我で欠き、春のオープン戦からずっと中心的なQBとして成長してきた開成高校出身の2年生#12大槻新。

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 一方、立教大学のQBは立教新座高校時代からのアメリカンフットボール経験者で、大学に入っても2年生から正QBを張っていた#18山本貴大。

 ベテランともいうべき山本に対して、新人QB大槻も負けじと活躍してなかなかの見どころのあるQB戦ではあった。

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 東大はQB大槻とランニングバック(RB)#32藤田大輝のコンビネーションが良く、ラン攻撃でヤードを稼ぐ戦法。

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 ところが、立教大もQB山本とRB#30茂住雄太のコンビネーションの高さと同時に、茂住の踏破力の高さ、更にQB山本からワイドレシーバー(WR)#17中山勲への確実なパス攻撃と攻撃の幅が広く、前半はちょっと東大苦戦かなという感じもあった。

 しかし、フタを開けてみれば立教・東大ともに2TD同士という接近戦。問題はポイント・アフター・タッチダウンを2回とも決めた立教に対して、2回とも外してしまった東大という差になって、 結局、14対12という僅差での立教の勝利。試合終了前14秒からの東大フィールドゴールが決まっていれば逆転という、立教も薄氷の勝利というちょっとショッパイ試合ではあった。

 とは言うものの、これで立教大は勝ち点3。ブロック4位以上進出に幸先の良いスタートを切れたわけだ。

 一方、負けた東大は残りの試合で4勝するためには、日体、一橋、神大、上智のどこにも負けられないという、出来れば法政と早稲田にも勝って欲しいけれどそれは無理? ということで最早剣ヶ峰に立たされた感がある。

 ガンバレ東大!

Nikon D100 Tamron 200-500mm @Kawasaki Stadium (c)tsunoken

2013年9月 7日 (土)

『液体燃料ロケットをDIYしてみた』は夢を見させてくれる

 8月15日のブログで3331 ARTS CHIYODAの展示を紹介した「なつのロケット団」のドキュメントが、「なつのロケット団」のメンバーでもあるあさりよしとお氏の文で刊行された。

2013_09_03_22732宇宙へ行きたくて 液体燃料ロケットをDIYしてみた 実録なつのロケット団』(あさりよしとお著/学研科学選書/2013年9月11日刊)

 本書を読んで一番感心したのは、北海道大学と協働してCAMUIという民間ロケットを開発した植松電機の植松専務の言葉だった。

『だれもやったことがないから無理というのは、やらない言い訳』『世界初のことは教えてもらえないので自分で試すしかない』

 というのは、言われてみれば至極もっともである。まさに、これまた「なつのロケット団」のメンバーである堀江貴文氏が一番気に入りそうな言葉であるし、私たちにもグッサリ刺さることばでもある。

 あさり氏は高校卒業後、税務署に勤務した後、漫画家としてデビューしたわけなのであるが、元々理系の人だったようで、これまた元々理系の漫画家、藤島康介氏の『逮捕しちゃうぞ』だったか『ああっ 女神さまっ』だったかのアニメ・イベントの取材をお願いした関係で、一度、大阪へ同行したことがあるが、その行き帰りの新幹線の中でずっと理系に興味を持つ子供をどうやって養成するのか、といった話を延々としていた覚えがある。

 そんな理系のあさり氏や志を同じくする人たちの『ずーっと文化祭前夜のヒャッハーな高揚感』の有り様が、本書の基底にある雰囲気である。

 今、アメリカでは宇宙開発が政府主導から民間主導に移りつつある。日本もタテマエ上ではそんな方向に進んでいるように見えるのであるが、実際にはほとんど宇宙開発の民間主導というのは進んでいない。まあ、官僚の利権囲い込みやら、結局、安い民間ロケットなんかが実現してしまうと「お前ら高い予算を使って何をやっていたんだ」なんて批判を浴びてしまうJAXA何かの思惑が働いているのだろう。

 で、『だれも連れていてくれないのなら、自分たちでロケットを作って行くしかないね』と考えて立ち上がったのが「なつのロケット団」である。

『なつのロケット団』というのは、あさり氏が描いた漫画のタイトルで、小学校5年生の仲間たちが「本物のロケット」を打ち上げてしまうお話で、川端裕人氏の小説『夏のロケット』がベースになっている。

 つまり、そんな漫画の夢をそのまま実現してしまおうというのが「なつのロケット団」であり、そんな「なつのロケット団」の活動を支えているSNS株式会社は堀江貴文氏が作った会社であり、いずれは民間のロケット打ち上げを事業化しようというのが目的なのである。まあ、その会社がいつ黒字になるのかは、現在、まったく見えてないけれどもね。

 で、そのロケット開発コンセプトが面白い。

○国を頼らず完全民間主導で開発を進める
○ホームセンターやネットショップで入手できる材料を使う
○10年以内を目処に地球周回軌道に到達できるロケットを開発する
○そのロケットで安価な人工衛星打ち上げサービスをビジネス展開する
○そこで得た資金と技術で有人宇宙船を作る

 というもの。

 とは言うものの、数秒で失ってしまう液体酸素や液体窒素、エタノールなんかを燃料にして莫大な推力を得るのがロケットであるから、一度の打ち上げに際してもかなりの大金がかかるものになるだろう。それを支えるのが堀江氏が作ったSNS株式会社であるわけであるが、まあ、ライブドアよりは夢を見られる会社であることは確かだよな。取り敢えず、まだ宇宙飛行は成功していないってことはね。まあ、成功しちゃうと、これまたライブドアの時と同様に横槍を入れる連中なんてのが出てきそうだ。

 取り敢えず、「なつのロケット団」のロケット開発顛末記は本を読んで楽しんでください。子どもの時に、模型屋さんで買った固形燃料ロケット・エンジンなんかでロケットを作った人。模型エンジンでラジコンやUコンを楽しんだことのある人にとっては、少年時代の夢を今でも追いかけている「大人」がいることに、大いに楽しめるのではないだろうか。

 なお、「なつのロケット団」のこれまでの打ち上げ実績は以下の通り。

○はるいちばん 2011年3月26日 打ち上げ成功
○なつまつり    2011年7月23日 打ち上げ成功
○ゆきあかり   2011年12月17日 打ち上げ成功
○いちご     2012年7月28日 打ち上げ成功
○ひなまつり   2013年3月29日 打ち上げ失敗
○すずかぜ   2013年8月10日 打ち上げ成功 最高到達高度:6535m 最大速度:マッハ1.12

 立派なもんです。

 私も固形燃料ロケット・エンジンでもまた買って、ロケットを打ち上げてみようかな。固形燃料のロケット・エンジンならAmazonでも買えるし、キットもある。液体燃料のエンジンは売ってないけどね。そこが凄いよな。

宇宙へ行きたくて 液体燃料ロケットをDIYしてみた 実録なつのロケット団』(あさりよしとお著/学研科学選書/2013年9月11日刊)

2013年9月 6日 (金)

『ノンフィクションはこれを読め!』は逆も真なり

 羽田空港から北上する国内線の空路の下に我が家があるようで、毎晩夜8時過ぎにはナイトフライトの飛行機が5分おき位に飛んでいてなかなか賑やかである。

 なんてこととは何の関係もなく……。

『ノンフィクションはこれを読め!』って、まんま書評サイト「HONZ」(←ココです)のサブタイトルなんだが、なんだかまったくヒネリのないタイトルだなあ。

 しかし、『ノンフィクションはこれを読め!』というタイトルは、まんま逆にして『ノンフィクションはこれを読むな!』とも読めるわけで、それもまた面白い。

20130904_110652 『ノンフィクションはこれを読め!』(成毛眞編著/中央公論社/2012年10月25日)

 基本的にノンフィクションをベースに(たまにはフィクションも書いてるけれども)書いている本ブログと同じ立場なんだけれども、基本的に「書評じゃなくて、本について勝手なことを書く」というのがその立場なのが本ブログであり、書評を目指しているのではないところが違っている。

 が、基本的には本屋さんに行って、面白そうなノンフィクションを探し、それを読んで、何か文章を書くという点では同じである。では、どこが違うんだろうか。

 つまり「HONZ」の場合は、基本的にノンフィクションのキュレーションを目指しているのに比較して、本ブログはそのノンフィクションに事寄せて、私の書きたいことを書く、「HONZ」の読者は「HONZ」を読んで自分がどんなノンフィクションを読めばいいのか判断するわけだが、本ブログの読者は「何かまた勝手なことを書いているなあ」と感じながら、あきれて読んでいる。つまり、「HONZ」はそれが書評というもの目指している以上、読者の行動は「HONZ」を読んで、本屋さんで「HONZ」に書かれた本を購入することで完成されるのに比べて、本ブログの読者は本ブログを読むことで完結してしまうのである。

 書評というものの存在価値は、読者をしてその批評書籍の購入を即すものであるのだ。それでなければ書評というものの意味はない。

 フィクションの書評は沢山あるし、そこには書評家というものも存在するのに比べて、ノンフィクションには書評というものもないし、書評家というものも存在しないのは、まずそんなメディアが存在しないという以前に、そもそもノンフィクションには書評はいらないということが前提となっていた。

 つまり、基本的にノンフィクションの読者というものは、書評によって、あるいはキュレーターの薦めによって読む本を選ぶという行動はとらずに、自らの必要に応じて本を選ぶという行動をとっていたからなのである。

 では、本当にノンフィクションには書評はいらないのだろうか?

 世の中(といっても日本だけだが)には「新書」というジャンルのノンフィクションが溢れている。まあ、これは雑誌が売れなくなってしまったために、本来なら雑誌の特集記事なんかでカバーしてきたジャンルの内容を書籍の形で出さなければならなくなったのだが、一方、書籍も売れずにだんだんと低価格化し、低価格にしてしまったために大量の本を出さなければならなくなった、というもっぱら出版社側の理由によるものなのだが、じゃあ、読者は何を基準にして自分が読むべきノンフィクションを選ぶべきなのか、というとその参考にする判断基準や判断するためのメディアがないという問題があった。

 その辺をカバーするためのメディアとして「HONZ」というものが存在するわけなのであるが、じゃあ、私は「HONZ」を参考にしてノンフィクションを選んでいるのかというと、実はそうじゃない。

 勿論、「HONZ」は読んでいる。週に一度位は「HONZ」を読んで、「ああ、こんな本がでているんだなあ」という程度の読み方はしているが、実はあまり参考にはしていない。見ているのは「本のタイトル」である。書店店頭でも見ているのは「本のタイトル」である。面白そうな本は目次とまえがきくらいは読むが、基本的には「本のタイトル」が気を惹くかどうかである。

 最近は、書店店頭で気になったタイトルの本は、一度書店を離れてKindle版が出ていないかどうかを調べることもあるが、基本的には面白そうなタイトルの本は、そこで買う。

 勿論、タイトルだけ面白そうで、読んでみたらスカだったということも、たまにある。まあ、その場合は編集者に騙されたということで、諦めるわけである。

 ただし、基本的に面白そうなタイトルの本は、実際読んでみても面白いものが多い。やはりそこは編集者のセンスの問題なのだろう。本のテーマを決めて、ライターを決めて、内容を推敲して、最終的に本のタイトルを決める、という新書のつくり方に関して、一番決め手になるのは編集者のセンスである。そんな意味では、新書の選び方で一番決め手になるのが「タイトル」ということはよく分かっていただけると思うが、まさにそんな選び方ができるのも新書の面白さなんだろうなあ。

 最後に、『HONZ活動記 その2 遅れてきたHONZ』というタイトルの内藤順の文章から。

『結局メンバーのエントリーを一番楽しみにしているのも、一番被害者となっているのも、ほかならぬメンバー達自身なのである。そして、これらを愚直にパブリックに晒していたら、同志たちがネット上で可視化されてきた。現在の状況というのは、そんな感じではないかと思う』

 まさに、一番楽しんでいるのが「HONZ」同人なのであるということがよくわかる。

 まあ、メディアなんてそんなもんですよ。

『ノンフィクションはこれを読め!』(成毛眞編著/中央公論社/2012年10月25日)当然Kindle版も出ている。365円安い! Kindle Paperwhiteも10月22日には2013年版も出る。11月30日までは1980円分の電子書籍が無料で読める!

2013年9月 5日 (木)

『美しいヌードを撮る!』じゃなくても撮る理由はいくらでもある

「ヌード」は写真における永遠のテーマだ。という以前に芸術にとっても永遠のテーマである。

 ところが、そんな「ヌード」を「淫らな目的や理由で撮ってはならない」という論がある。

2013_09_02_2265_edited2 『美しいヌードを撮る!』(ハナブサ・リュウ著/平凡社新書/2013年8月13日刊)

 たとえば、本書の著者ハナブサ・リュウ氏も書く;

『ただ、「ヌードフォト」と呼ばれるもののなかには「ヌード」ではなく「ネイキッド」もふくまれています。その区別すらも、ましてや「ポルノ」との区別すらも、きちんとされていないのが実情です。女性の「はだか」への興味だけで撮って見せる写真と、撮影者が「からだ」と対峙し、それを表現しようとしている「ヌード」は、本来、はっきり区別されるべきものだと思います』

 と。

 しかし、そのような「ヌード」と「ネイキッド」と「ポルノ」の間には、そんなちゃんとした線引きがあるのだろうか。あるいは必要なのだろうか。

 人間にとって「性欲」は「食欲」と同じように、人間が生き物である以上先天的に持っている欲望である。権力欲や金銭欲なんかとは違って、人間にとってそれらの「欲」はなくてはならないものなのである。

 だったらその欲望に忠実に従って「ヌード」を撮影することに何か問題があるのだろうか。ハナブサ氏自身で書いているではないか。

『私の異性への憧れは、思い起こせば思春期の性の目覚めからはじまりました。同級生の女子たちの白いブラウスのわずかな胸のふくらみ、長く美しい髪、なめらかな白い肌、スカートから覗く脚などに、異性への憧れをつのらせていました。
「ヌードフォト」が撮りたい気持ちのなかに、こういった思春期から脈々と続いているさまざまな憧れや想いがいっぱいふくまれているのです』

 と。

 ヌードフォトの撮影過程自体が、実は性行為そのものなのである。

 まず、「ひととのコミュニケーション」をとり、撮影場所を選びポートレイトを撮影する。そして『撮影者は光を探りながら撮る意識を高めるわけです。撮られる側も、自分を表現しようと意識を高めているのですから、そんなお互いの高まりがシンクロしたとき、はじめていい写真が撮れるのだと私は確信しています』という言い方は、まさに女性とコミュニケーションをとり、何気ない話から入って、お互いを意識しながら高めあい、愛撫をしあい、最後には性器の挿入に持っていく、まさに性行為そのものなのである。

 だとしたら、そんな自らの性に対する姿勢に忠実になって、女性に撮影を申込み、女性とキチンと対峙し、性行為に持ち込むことこそ、良い性行為なのだし、ヌードフォトの撮影なのである。

『「ヌードフォト」の撮影では、撮影者が相手(モデル)としっかり対峙することがもっとも大切だと思いますが、それは、自分の内面と向き合える貴重な機会でもあります。わかりやすくいうと、作者がたんなるエッチな気持ちで「ヌードフォト」を撮ると、たんなるエッチな写真にしかならないということです。写真はカガミにように自分の内面を映し出すものなのです』というとおりなのであるが、しかし、だからこそ『ヌードの歴史を振り返ってみても、常に「アート」と「ポルノ」のせめぎ合いのなかで、葛藤が繰り広げられてきました。スキャンダルを巻き起こした作品が、立派に残っていることもあれば、一時的で消え去ることもあります。そこには、決して法則があるわけではなく、曖昧なものなのです。逆にそういうものだからこそ「アート」は、面白いのです。「ヌードフォト」にも同じことがいえると思います』というとおり、まさしく「アート」と「ポルノ」を分ける境目なんかはあり得ない。

「アート」と「ポルノ」を分ける境目なんかがあり得ないからこそ、しかし、「アート」はこれまで育ってきたのである。

「おわりに」でハナブサ氏が書くように、フランスの画家、マネが書いたヌード『草の上の昼食』が公開当時(19世紀半ば)大スキャンダルを起こしたことは有名な話である。当時、女性のヌードは宗教にからんだ「女神」か、裸が当然の浴室や寝室にいるという形で描かれるのが当然だった。ところが「正装した男性二人と屋外でのピクニックにこうじる裸の女性」というシチュエーションが当時ではスキャンダルになったのである。本来、女性が裸でいてはいけない場所に裸でいる、ということがスキャンダルの元となったわけである。

 しかし、今やそんなことを指摘する人はいない。「アート」と「ポルノ」の境目とか、「アート」や「ポルノ」の定義なんてものは、時代によって変わるものだという典型例である。

 だとしたら、なにが「良いヌードフォト」であるのか、なにが「悪いヌードフォト」であるのか。なにが「アートとしてのヌードフォト」であるのか、なにが「エッチなだけのヌードフォト」であるのか。なにが、なにが、なにが……。

 つまり、人間は何を描いてもいい。何をヌードフォトとして撮ってもいいのである。

 撮る理由なんてものも、なくてもいいし、あってもいい。

 エッチな理由でとってもいいし、性行為の前戯として撮ってもいいのである。

 写真なんて、所詮そんなものでしょう。

『美しいヌードを撮る!』(ハナブサ・リュウ著/平凡社新書/2013年8月13日刊)

2013年9月 4日 (水)

サステナブル・コミュニティって何だ

 昨日(9月3日)は秋葉原ダイビル2階にある秋葉原コンベンションホールで『サステナブル・コミュニティ研究会セミナー「コミュニティ力が創る新しい暮らし」~集合住宅から暮らしが変わる~』というものを受講してきた。

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 問題は「サステナブル・コミュニティ」って何だということなのだろうけれども、「sustainable community」つまり「(環境を破壊せずに、現状を維持したまま)継続可能なコミュニティ」ということ。

 つまり、江戸時代までの農村のコミュニティというのは、基本的に同じ家には同じ家族が何代にもわたって住んでいて、そこをベースにコミュニティができていた。つまり、それがサステナブル・コミュニティの基本。その農家の次男・三男が江戸に出てきて大工修業なんかをして大工、園芸なんかを生業にしていたわけなのだが、しかし、みんな「宵越しの金」も持てないほどの貧乏暮らしで、そこは長屋でお互い支えあわなければ生活ができなかった。そんな生活は明治・大正期まで続いてきたわけなのであるが、それが一変するのが戦後の高度成長であった。

 高度成長初期はまだみんな貧乏で、下水なんかの生活インフラも整っていなかった時代であるから、たとえば町のドブさらいなんてものを共同で行ってきた時代もあったわけなのだが、高度成長中期になると「団地族」なんてものが出始めてきて、なおかつ生活インフラも整い、人々がみんな中産階級化してくる。そうなると、人は段々とコミュニティに気を使わなくなる。というか気を使わなくても生活ができるようになるのである。

  東京への一極集中はますます進んで、そうなると戸建ての購入は難しくなり、マンション建設が進んでくる。マンションはいいことに、同じ建物に住んでいても玄関の鍵をしめてしまえば、もう「隣は何をする人ぞ」という生活が可能である。

 まだマンション第一世代の時代はまだコミュニティという部分では良いのだが、それが第二世代になってしまうと、例えばマンション・オーナーじゃない人が住み始める。所謂、オーナー賃貸という住まいの方法である。オーナー賃貸のマンションに住んでいると、別にマンション住民のコミュニティなんてものはどうでもよくなる。別にそのマンションでのコミュニティに参加したくてそのマンションに住んでいる訳ではなくて、たまたま空き物件があったからそこに住んでいるだけ。別に仕事がある訳なので、他のマンション住人とは付き合わなくても生活ができる。何で、そんな私がマンションのコミュニティ形成に参加しなければいけないの? というのが最近のマンション事情でもある。

 オーナー賃貸といっても、たまたまそのマンションに住んでいたけれども、何かの理由で出なければならなくなり、空き家にしておくのがもったいないから人に貸す、というオーナーもいれば、元々、賃貸に出すことを目的にマンションを購入する人もいる。それぞれのオーナーのマンション購入の理由は、それぞれで異なり、それぞれの事情はそれぞれの数だけある訳である。勿論、借りている人にもそれぞれの借りている理由がある訳で、こちらもそれぞれの事情はそれぞれの数だけある。

 そんな「それぞれの事情のある人たち」が一緒の建物に住んでいるのがマンションという存在なのだが、いまや東京都23区の総世帯の47%がマンション居住世帯が占めている状態である。つまり「マンション住まいは常態」というのが東京での暮らしのデフォルトになっている状況では、デベロッパーの使命は「マンションというハード」だけを計画・生産するのではなく、「集合住宅において持続可能なコミュニティを形成するためのスキーム(枠組み、方法論)を開発すること」「集合住宅から新たな都市コミュニティの在り方を提案する」という、ソフト面での提案しなければならない、というのが三井不動産が「サステナブル・コミュニティ研究会」を立ち上げた理由だろうし、三井不動産がこれからの自社のマンション建設及び販売において、他社にはない有利さとして「ソフト面の充実」を謳い上げることは明白な事実である。

 つまり、それは「住民コミュニティ」ということ。

 そして、それを後押ししたのが2011年3月11日の東日本大震災だったというのも、何故か良いタイミングだったのかもしれない。

 つまり、東日本大震災の後、マンション住民同士のコミュニティと同時に、マンション周辺住民とのコミュニティなんかも重要視され始めたのである。

 マンション住民同士のコミュニテティということであれば、それは単なるオーナーの管理組合ではなく、マンションの住民による自治会を作ろう、住民同士で助け合って生き延びていく方法を考えようという動きが多くみられる。それと同時に、周辺住民とのコミュニティということであれば、普段からの周辺住民との付き合い方をどうすればいいのか、という問題があって、結局、東日本大震災の際にも、マンションは頑丈にできているので、そこを周辺住民の避難場所、被災物資の集積地にしたというようなこともあったようだ。

 そういったことも含めての、マンション・サステナブル・コミュニティなのである。

 単にマンション内部でのコミュニティではなく、勿論基本はマンション内部のコミュニティなのであるが、それを周辺住民まで巻き込んだコミュニティまで含めるというのは三井不動産も予測はしていなかったようだ。

 取り敢えずマンション内部のコミュニティをどうやって形成するかということが一番のテーマだったのだが、じゃあマンション内部だけで結束していればいいのかという問題が出て、結局マンション周辺まで含めたコミュニティ形成をどうするのか、というテーマとなったわけなのであるが、それについての結論はまだ出てはいない。まだまだ解決しなければならない問題は多いようだ。

 ただし、『【パネルディスカッション】サステナブル・コミュニティはどのようにしてつくられるべきか』での三井不動産のマンション管理会社三井不動産サービスの木村貴一氏の発言を聞くと、『外と繋がっているマンションは、内部のコミュニティがうまくいっている』ということだそうだ。

 マンションの基本には管理組合というものがあり、それには「コミュニティの形成」なんて目的も語られるけれども、基本的に管理組合の目的はマンションの財産管理と資産の向上という経済面である。むしろコミュニティ形成は管理組合が関わったとしても、管理組合とは別のところでやらなければならないということだし、そのためにマンション住民による自治会がいいのか、あるいはもうちょっと緩やかな親睦会のようなものがいいのかは分からないが、いずれにせよ、同じ建物に住んでいる人たちがなんらかのコミュニティを形成しなければならないのは、昔からの日本の「住まいの在り方」なのだろう。

 実は、今現在私もマンション建替えの現実に向き合っており、当然「旧住民(旧オーナー)」と「新住民(新オーナー)」とのコミュニティ形成をどうすればいいのかを模索しているところである。

 そんな意味では、おおいに参考になったセミナーではあるけれども、同時に、コミュニティ形成って難しい問題なのだなあ、と感じさせるセミナーでもあった。

2013年9月 3日 (火)

横浜中華街・散歩カメラ by Leica M6

 先月8月は28日に横浜中華街まで行ってきた。

 西武池袋線、石神井公園から横浜中華街まで乗り換えなしで行けるようになったので、久々の横浜中華街である。

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 ウィークデイだというのに横浜中華街の人出は多い。まあ、夏休みっていうこともあるのだろうけれども、決して涼しくない横浜の街である。それでも、人は外出するのである。暑いなあ!

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 で、中華街と言えば基本的には食事でしょ。という訳なのだが、私はあまりの暑さに食欲がわかないので、取り敢えず町の写真を撮って帰ろうかな、というところ。

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 関帝廟隣にある横浜中華学院脇にある自動販売機。「汽水售売機」なんかを撮っていたりしている。

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 と、6月に香港に行った時に「どんなに高いビルでも、建設の足場は『竹』を組んで作っている」という発見をしたのに絡んで、下のような現場を見てしまった。

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 おお、さすがに中華街だなあ。ここも竹を組んで足場を作っているんだ……、と思って近づいてみれば、なんだ普通に金属ポールを組んで作った足場だった。ただし、日本風の(というか欧米風の)二重に足場を組んでその間に人が歩けるような板を渡した足場ではなくて、ポールだけで作った足場だったので、なんか「竹の足場」かと思ってしまったのであった。まあ、ビルじゃないしな。

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 ということで、別に珍しくもない横浜中華街から「飯能行き」の西武線で帰ってきたのであった。

 要は、練馬から(本当のことを言うと飯能から)横浜まで乗り換えなしで行けるということだけが、横浜中華街へ行った理由なのであった。

Leica M6 Elmarit 28mm/F2.8 @Chinatown, Yokohama (c)tsunoken

 

2013年9月 2日 (月)

ホンダに対する愛のない『本田宗一郎は何故マン島TTレースに挑戦したのか?』という本

 こうした「単独書籍としては中途半端だが、雑誌の特集記事としては少し長い」本がもしかするとKundle版スタートの電子書籍の本命になっていくのかもしれない。値段も200円という「内容が分からなくても、まあ損はしない」という価格付けになっているし、取り敢えずどんなもんかな、という感覚で読める。 

20130831_204756 『ホンダ最大の決断 史上最高の経営者 本田宗一郎は何故マン島TTレースに兆戦したのか?』(浜本哲治著/ゴマブックス/2013年8月21日刊)

 で、まあそんな気持ちで読んでみたのだが、やはり内容は「単独書籍としては物足りない」内容だし、「雑誌の特集記事としてもなんともなあ」という書籍ではあった。

 だいたい浜本哲治氏という人がよくわからない。

 高校・大学とラグビーをやっていたそうで、その後、東京海上火災のサラリーマン生活を経て、「パーソナルトレーナー」「自然農法家」というこれまあたよくわからないことで生活しているようだ。どうも、ホンダとかモーターサイクルとの接点は見当たらない。

 著書も松下幸之助に関するものや、ダイエット本、マーフィーの法則に関するものだとか、名言集、PL法だとか、で今度出たのが本田宗一郎である。

 経済、経営に関する専門家なのか、ダイエットなんかの専門家なのか、自然食か何かに関する専門家なのか。いやいや、何かの専門家じゃないと本を書いちゃいけないなんてことは言いません。別に何かの素人が書いたっていいのである。問題は、自分が書いたものに関する「愛」があるのかということである。書いたものに対する自らの信頼があるのか、ということである。

 残念ながら、どうもそうした心意気が感じられない本なのであった。

 基本的には浜本氏がこれまで読んできた本田宗一郎の本の読書ノートみたいな感じで、そこに浜本氏自身の独自の観点やら、独自の発想というものはない。

 唯一最後の方に浜本氏らしい言い方がある。

『自然界で起こる全ての出来事は、エネルギーの共鳴現象として起こります。
     <中略>
 その人が、どういう人であるかは、そこに集まっている人を見ればわかるとも言われるように、人と人との結びつきも、このエネルギーの共鳴で実現しているものです。
     <中略>
 全てはあなたの放っているエネルギー次第です。
 どうぞ、素晴らしいエネルギーを磨き込んで、たくさん放って、最高の出会いをしてください』

 って、なんか宗教っぽくありません?

 で、私が一番ガッカリしたのは、実は本の内容ではなく、表紙なのである。

 だって「マン島TTレース」って言ったら、ロードレーサーでしょ。それが何故か表紙に載っているのはオフロードバイクのシルエットなのである。

 ロードレーサー、それもRC142という谷口尚己が乗った125ccレーサーが最初にホンダがマン島TTレースで完走、6位に入ったマシンなのである。普通はそれを表紙として採用するのは当然でしょう。始めて日本人が乗った日本製モーターサイクルなんだから。

 この人、マン島TTレースってオフロードレースだと思っているのだろうか? あるいは表紙は誰か別の人に任せているので、私は知らないよということなのだろうか?

 いずれにせよ、そうした執筆態度の著者の書くものなんて、結局たいして読む意味はない、ということなのだろう。

 そこには「ホンダに対する愛」がないのだ。問題はそこだよなあ。

『ホンダ最大の決断 史上最高の経営者 本田宗一郎は何故マン島TTレースに兆戦したのか?』(浜本哲治著/ゴマブックス/2013年8月21日刊)電子版だけの刊行だ。

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2013_09_01_21802_2 昨日、灼熱の太陽の下行われた関東大学ラクロス、立教大vs.東海大は残念ながら17対9で東海大学の勝ちとなり、立教大は入れ替え戦を控えて後がない状況になってしまった。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 70-300mm @Komazawa (c)tsunotomo

2013年9月 1日 (日)

『40才を過ぎたら三日坊主でいい。』って、40過ぎなくてもいいんじゃね?

 まあ、ビジネスマンで役員や経営者になっていない40代というのは、基本的には会社員としては「上がり」の人たちだ。だとしたら、『いかに会社で息を潜め、”外の世界を切り拓くか”である。ストレスがかからない仕事を選び、健康な身体を保ちながら、趣味やサイドビジネスに全力を注ぐ』『これからのミドルエイジに必要なのは「仕事論」ではなく、外の世界をいかに切り拓いていくかという「脱力論」なのだ』というのもよくわかる。

 もう40代になったら、仕事で何かを実現することは不可能なんだから、まあ、ゆっくりといろいろなことを試したら……ということなのだ。

20130829_102318 『40歳を過ぎたら三日坊主でいい。 新・ミドルエイジ論』(成毛眞著/PHP研究所/2013年6月13日刊)

『会社の将来など考える必要はないし、アフターファイブにつき合いで飲みに行く必要もない。あらかじめ決められた就業時間内に、与えられた仕事を最低限こなす。責任が重い仕事は断る。これがミドルエイジ的”脱・社畜”なのだ』

『そもそも資本主義社会においては、資本家になるのが最終目標であり、社内で出世してもあまり意味がない。そもそも、サラリーマンはすべて”負け組”なのだ』

 などなど言ってしまえば、元々そんなものではあるが、あまりにもリアルで面白くない。が、しかし事実であることはその通りである。

 で、成毛氏の言うミドルエイジの武器は以下のとおりである。

ミドルエイジの武器①未来がない
ミドルエイジの武器②ハングリーではない
ミドルエイジの武器③冒険心がない
ミドルエイジの武器④体力がない
ミドルエイジの武器⑤記憶力が弱い
ミドルエイジの武器⑥感性が鈍い
ミドルエイジの武器⑦ずるい

 って、何かネガティブなことばかり書いているようだが、実はそうではなくてそのネガティブさをむしろ武器にして生きていこうということなのだ。つまり、もう中年なんだから、トシなんだからそれに抵抗しても無理。むしろそのネガティブな部分を愛しながら生きていくしかないんだよ、ということなのだ。

 成毛氏は現在書評サイト「HONZ」を主宰しているが、その成立については『そして私は「HONZ」を始めた』に書いてあるが、そんな「HONZ」について『私が書評サイト「HONZ」を立ち上げたのは、暇つぶしである』なんて書いちゃうと、一体、「HONZ」で一生懸命書評を書いている人たちはどんな面の皮なんだということになってしまう。彼らはプロの書評家ではない。そんな『サラリーマンと夫とキュレーターの三足のわらじを履いている』人たちを前に『暇つぶし』なんて言っちゃったら、ねえ。

 と一瞬思ったのだが、考えてみれば実は「プロの書評家」なんてものはいないわけで、結局、小説家やライターが片手間に書くのが書評。つまり彼らは一生懸命暇を作っては本を読み、一生懸命暇を作っては書評を書き、という具合に「一生懸命暇を作っては暇つぶしをしている」人たちが「書評家」なわけである。

 だったら成毛氏が『私が書評サイト「HONZ」を立ち上げたのは、暇つぶしである』なんて書くのも意味があるということなのか。

 1955年生まれの成毛氏ももう60近いわけで、そんな意味では「老境」のことをそろそろ考えているのかもしれない。

 そんな意味では「暇つぶし」のための書評サイトを運営するというのも意味があるのだなあ。

成毛氏が主宰する書評サイト「HONZ」はコチラ

『40歳を過ぎたら三日坊主でいい。 新・ミドルエイジ論』(成毛眞著/PHP研究所/2013年6月13日刊)元マイクロソフトの成毛氏の本だもの、当然Kindle版も出ている。403円安い!

 更に本書の中で紹介している、自らの過去に出した著作『本は10冊同時に読め!』『実践! 多読術』もちゃんとKindle版になっている。『電子書籍は、ミドルエイジにこそ向いている』ということを実践しているのはエラい!

2013_08_31_1614_edited1 Fujifilm X10 @Kamishakujii, Nerima (c)tsunoken

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