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2013年8月 4日 (日)

『終戦のエンペラー』は「どっちがエンペラー」っていう映画だよね

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『終戦のエンペラー(EMPEROR)』(監督:ピーター・ウェーバー/脚本:デビッド・クラス、ヴェラ・ブラシ/プロデューサー:奈良橋陽子、野村祐人、ゲイリー・フォスター/原作:岡本嗣郎「陛下をお救いなさいまし 河合道とボナー・フェラーズ」集英社)

 基本的にはダグラス・マッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)の副官として来日し、昭和天皇の戦犯不訴追に重要な働きをしめしたボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)が主演の映画である。なんか宣伝を見ているとBOSSコーヒーのおじさんが主演なのかと思ったのだが、それは鮮やかに裏切られた。

 で、ボナー・フェラーズ准将なのだが、加藤哲郎一橋大学名誉教授(政治学)の論文『ハーン・マニアの情報将校ボナー・フェラーズ』に詳しい。

 当論文によると、フェラーズは1896年イリノイ州の敬虔なクェーカー教徒の農家に生まれ、1914年にインディアナ州リッチモンドのアーラム大学に入学し、そこで津田梅子が創設した女子英学塾の教授で、日本YMCAの創設者の一人で、後に恵泉女学園を創立する河合道の尽力によって、同大学に留学していた渡辺ゆり(後の一色ゆり)と親しくなったという。その後も、来日する度にフェラーズとゆりはあっていたようなのだ。つまり、この映画でフェラーズと恋仲になるアヤ(初音映莉子)という女性のモデルはこの一色ゆりのことなのだなということが分かる。一色ゆりが米軍の空爆で死んだのかどうなのかはよくわからないが、どうも戦後まで生き抜いたようなので……、まあ、これはどうでもよいことなのだが。要は、映画にラブ・ロマンスの味をちょっと付け加えたいがためのキャスティングであるにすぎないからね。

 まあ、いくらでも突っ込みどころのある映画ではある。例えば、アヤの叔父である鹿島大将(西田敏行)だが、サイパンと沖縄で司令官を務めたとのことだが、ええ? それって玉砕したんじゃないの? 玉砕した島で司令官を務めた大将が、戦後静岡でのうのうと暮らしているなんて……、とか。マッカーサーが降りてきた厚木海軍航空隊基地で警備の日本兵がマッカーサーが乗った車が通り過ぎるたびに後ろ向きになったり、天皇が皇居をでてマッカーサー邸に向かう通りで人々が天皇の車にいちいち後ろ向きになったり、というのが日本人のビヘイビュアーとしてはあり得ない、普通はお辞儀をするか、跪くんじゃねの? とか。天皇の玉音放送用のレコード盤を巡ってのクーデターまがいはあったのは確かだが、あんなに戦闘状態にはなっていないとか。まあ、いろいろと考証部分などで突っ込みたければいくらでも突っ込める場所は多い映画である。日本人がプロデューサーを務めていても、結局は撮影現場はディレクターの世界であるから、あまり文句は言えない、というかそこで文句を言って撮り直しになってしまっては、結局製作費に跳ね返ってきてしまう問題なので、まあ、シナリオ段階では相当突っ込んだ話をしているだろうけれども、撮影現場になってしまえば、そこは監督にまかせてしまうしかないのだろう。

 なので、ここではあまりそうした突っ込みはしない(って、してんじゃないかよ)。

 問題をフェラーズ准将がどれほど日本のことを知っていて、「天皇不訴追」を上申し、その後の戦後憲法のもとになった「象徴天皇制」を考え出したのか、というところに持っていきたい。

 ポイントはフェラーズとアヤとして一人の女性として描かれた一色ゆりと河合道のふたりにあるのだ。来日したフェラーズの世話をした一色ゆりはフェラーズの「日本を知るにはどうすればいいのか」という問いに、「いちばんいい資料はラフカディオ・ハーンだ」と答えたというのだ。「ハーンは、日本人を理解した、初めての、そして唯一の西洋人であったろう」というのが、フェラーズのハーン像である。

『ラフカディオ・ハーン=小泉八雲の日本についての著作を原点として、小泉の思想が渡辺(一色)ゆり、河合道を介して米国陸軍きっての日本通フェラーズに伝わり、「ハーン・マニア」のフェラーズが敗戦時にマッカーサーに働きかけて「天皇不訴追」と「象徴天皇制」成立の有力なルートになったとるす研究が現れた』(『ハーン・マニアの情報将校ボナー・フェラーズ』加藤哲郎一橋大学名誉教授)

 とは言うものの、それは戦争が終結してから始まったテーマではない筈である。アメリカは日米戦争開幕以前から、日米戦の戦後処理方法を考えていたわけで、それはルース・ベネディクトの『菊と刀』であっても書かれたのは戦後ではあるけれども、執筆は既に戦争中に始められていたわけである。

 というか、アメリカの日本研究はそれ以前から盛んであって、例えばペリー提督が江戸に来る前に沖縄でかなり日本についての研究を既にやっていたという事実に行き当たる。

 まあ、戦争をするのに相手国の研究をあまりしない昔の日本陸軍みたいなバンカラ野郎みたいなのは世界でも珍しい位であって、戦争前には相当程度には敵国研究というのは普通はやるのである。基本的には自国が勝った時の戦敗国の統治の仕方を考える、という感じでね。

 その結果が、フェラーズ准将による「天皇不訴追」と「象徴天皇制」ということなのだろう。多分、それがその当時の現状の中で一番日本国民の気持ちの落としどころとしてはいい場所にある、というところなのである。つまり、天皇の戦争責任は追及しないことによって、日本国民の精神を逆なでしないことを目標に置き、象徴天皇制という「なんだかよくわからない」制度を憲法の基本におくことでもって、天皇を政治から」引き離すことを明確にする、という方法で。

 う~む、見事な日本民族解釈である。

 大日本帝国憲法に定められた「統帥権は天皇にある」ということは、日本国民すべてが受け入れた考え方であるにも関わらず、じゃあ「当然、天皇には戦争責任があるわけね」となってしまえば、ちょっと怖い状況になるということを、アメリカ人に感じさせてしまうという、「日本人の建前と本音の世界」なのである。

 とは言うものの、ダグラス・マッカーサー元帥の考え方はただ一つ、要は日本に共産革命が起きて、ソ連と国土分離をさせてはならないという、多分、単純な問題だったんだろうな。だって、共産主義革命が起こってしまったら、自分のアメリカ大統領出馬なんてことは吹っ飛んでしまうからね。

 ということで、マッカーサーの「共和制にはしない」という考え方と、フェラーズ准将の「日本人の建前と本音の世界」という考え方が、「天皇不訴追」「象徴天皇制」ということに結実したのであれば、それはそれ、すごい二人だったんだね。

20130802_203558映画のシーン

Photo 本当の写真

 やっぱり「本当の写真」の方が「らしい」よね。

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