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2013年8月 5日 (月)

『さよなら渓谷』の夫婦関係って……ありかな?

 なんとも「重い」映画である。

201308031011142 映画の公式サイトはコチラ

『さよなら渓谷』(監督:大森立嗣/脚本:大森立嗣、高田亮/原作:吉田修一/製作:ファントム・フィルム、キングレコード、スターダストピクチャーズ)

 夫婦というものは基本的に「幸せになるため」に夫婦になる筈である。しかし、このように「不幸せになるため」に夫婦になる男女というものがあるのだろうか。

 15年前に自分をレイプした男と夫婦になることを決めた真木よう子演ずる尾崎かなこ(実名:水谷夏美)が何を考えて尾崎俊介(大西信満)と内縁関係を続けているのか。それは復讐なのか、あるのは憎しみだけなのか、あるいは憐憫なのか。自らレイプした女と内縁関係を続ける男は、何故、彼女との夫婦関係を続けているのか。それは償いなのか、悔恨なのか、あるいは「愛」なのか。

 なんともはや「救い」のない映画ではあるように見える。

 映画の最後は、かなこが突然疾走して終わる。しかし、俊介はそれをまた追いかけるという。再び「不幸せになるため」の夫婦生活を続けるために。

 ラストシーンで雑誌記者の渡辺一彦(大森南朋)が俊介に問う。「もし15年前に戻れるというのなら、貴方は、かなこさんを知らなかった人生と、知ってしまった人生とどちらを選びますか?」と。しかし、そんな問いには答えはない。当然である。人生に「もしも」はないし、仮にあったとしても、人生に正解はないのである。しかし、渡辺も自分の人生に迷いを生じている人間だ。元ラグビー選手だった渡辺は、実業団に行ってもラグビーを続け、怪我が原因でラグビーを辞め、今は雑誌記者をしている。ラグビーを続けたことによって、そして怪我でラグビーを諦めたことによって、妻との関係がギクシャクしている。その救いを求めて一彦は俊介に問うたのだろう。

 それはたとえ「幸せになるため」に夫婦になっても、それは永遠ではないということ。

 もともと、夫婦なんて言うものは、赤の他人がなんらかの原因で知り合って、結局人生を共にする関係である。いつかその関係は終わるだろう。いや、終わりを迎えなければならないのである。お互い別れ別れになる終わり方もあるし、一方が死亡して強制的に終わりを迎えなければならないこともある。どんな終わり方だろうが、それは「別れ」である。

 どんな別れ方がお互いにとっていい別れなのだろうか。

 それもやはり正解はないのだろう。

 だとするならば、男と女がどんな出会い方をするのが一番いいのか、ということにも正解はないのではないだろうか。

 それが誰かからの紹介だとか、ネットでの出会いだとか、街中でのナンパだとか、……だとか、……だとか。そんな「……」の中に、「レイプだとか」というものもあるのだろうか。

 なんかこの映画を見てからは、そんなこともあるのかも知れない、と考えるようになった。レイプ事件の被害者と加害者という出会い方。普通の男女の出会い方であっても、セックスのきっかけなんてレイプみたいなものだ、という考え方もあるのだろうが、しかし、それはお互い納得ずくのセックスである以上、レイプではない。犯罪ではない。

 しかし、犯罪によるセックスと普通のセックスを分けるものってなんだろうか。

 セックスをするという行為自体には何の違いもないのではないだろうか。

 女性が望まないセックスがレイプだというのなら、例えば女が正常位でのセックスを望んでいたのに、男が後背位でセックスをしたらレイプなのか。

 狒々爺が少女を手籠めにしたらそれはレイプなんだろうか。その結果、二人が結婚して、その元少女=今妻が一生かけて狒々爺を呪ってやるなんていう話はありそうだが、それもまた「不幸せになるため」の夫婦関係なのだろうか。

 世の中にはいろいろな夫婦関係があっていいはずだ。

 勿論、愛し愛され合う関係が一番いいのだろうが、そうでない夫婦関係はいくらでもあるし、そんな関係がいつまでも続くとは限らない。

 そうであるならば、15年前自分をレイプした男と夫婦になって、一生その男が不幸せになることを望んで末永く夫婦関係を結ぶ女、なんてこともあるのかもしれない。

 人間60年もやってくると、いろいろな夫婦関係があることが分かってくる。

 なかには憎しみ合いから、その結果として信じ合いになる夫婦もあるだろうし、あれだけ愛し合っていたのに、今や憎しみだけがお互いの存在理由になっている夫婦もある。

 表面上は平穏無事な我が家の夫婦関係も、実はどうなんだろうか。

 妻の心の中だけは見えない以上、ちょっと不安になったりして。

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