フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『あんな「お客(クソヤロー)」も神様なんすか?』って、この程度のクレーマーじゃ当たり前じゃないですか | トップページ | 暑さを避けて山中湖に行ったわけなのだが »

2013年8月19日 (月)

『アメリカンポップアート展』って、そんな権威のある美術館で開催されるものではないと思っていたのだが

 アメリカン・ポップ・アートというと、アンディ・ウォホールやロイ・リキテンスタインなんかの、写真をベースとして、それに色を付けて大量に複製するという形のアートで、それまでのパトロンによって保護されてきたアートの世界とは一線を画した「大量生産時代」の美術の流れか、と思っていたのだが、実は結局ここにもパトロンという存在があったのだった。

2013_08_16_07622

 それがジョン・アンド・キミコ・パワーズ夫妻という、日本美術およびアメリカ現代美術のコレクターという存在だったのだ。

2013_08_16_07672

2013_08_16_07742

2013_08_16_07702

 基本的に第二次世界大戦後のアメリカは、テレビなどのマスメディアの普及によって商品や広告のイメージが氾濫し、ハンバーガーやコーラ、レディメードの商品が街に溢れ、まさしくその後の日本のお手本となった大量生産、大量消費の社会が既に存在し、それらを主題とした作家たちは、それまでの美術などを特権化したものと見なすそれまでの既成作家群とは異なり、そうした大量生産によって生み出された「モノゴト」を素材として、それらを「複製」することによって美術作品の特権性を否定し、作家名を匿名化し、芸術を卑俗で普通の生活の中にあるものとして作品作りを行ってきた。それが「アメリカン・ポップ・アート」であり、日本では「VANジャケット」や「平凡パンチ」「ポパイ」なんかの、 卑俗メディアと共にあるものであった。

 つまりポップ・アートというものは美術界の権威主義に泥を塗るものであり、結局、イメージの大量生産と共にあり、それこそ美術館なんてところとは関係ないところで見られるものなのだと、考えていた。

 そんなポップ・アートにパトロンがいたなんてことは信じられなかった、というかそんなパトロン主義とは隔てられたところにアメリカン・ポップ・アートというものが存在していたと、昔は考えていたのだが、結局、美術の世界ではやはりパトロンの存在というものは切り離せないのだな、ということが理解できた。

 結局、美術の世界って、そういう世界だったのだな。

 アメリカン・ポップ・アート展は10月21日まで、六本木の国立新美術館で開催中。公式サイトはコチラ

« 『あんな「お客(クソヤロー)」も神様なんすか?』って、この程度のクレーマーじゃ当たり前じゃないですか | トップページ | 暑さを避けて山中湖に行ったわけなのだが »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/58002247

この記事へのトラックバック一覧です: 『アメリカンポップアート展』って、そんな権威のある美術館で開催されるものではないと思っていたのだが:

« 『あんな「お客(クソヤロー)」も神様なんすか?』って、この程度のクレーマーじゃ当たり前じゃないですか | トップページ | 暑さを避けて山中湖に行ったわけなのだが »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?