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2013年7月10日 (水)

『希望をくれる人に僕は会いたい』人の「会いたい」感って?

 浜松市出身者らしい「なんとなく」感がする文章がいい。

2013_06_27_77882 『希望をくれる人に僕は会いたい』(若木信吾著/日本経済新聞出版社/2013年6月21日刊)

 静岡県浜松市の出身の人って何人も知っているのだが、なんとなく「なんとなく」感やら、「のんびり」感を感じるのは何故だろう。若木信吾氏は生地浜松市で書店「BOOKS AND PRINTS」「BOOKS AND PRINTS BLUE EAST」というお店も経営しているようだ。勿論、写真家という仕事をしながらなので、お店には毎日いるわけではないだろうが、一度覗いてみたくなるのだった。

 で、若木信吾氏のフェイバリット・マシンは「ライカに35mmレンズ」なのだそうだ。本の表紙を見ると若木氏自身の手になる自身のイラストが載っているが、まさしくデジタル一眼を首から下げて、ボイス・レコーダーをバックポケットあたりにブラ下げて、そこからの音声をヘッドホンで聞きながら、ライカをタテ位置に構えている姿が載っている。35mmカメラのタテ位置というのは、人物写真を撮るときの定番だ。

 ズミルックスかズミクロンかは知らないが35mmレンズ。普段、28mm使いの私にとっては35mmというのは広角というよりは標準レンズに近い感覚だ。6日前に仕入れたオリンパス・ペンFT用の25mmレンズを付けてみて、やはり35mmフルサイズでの換算焦点距離が35mm位の(今では)準広角レンズということになり「なんとなく広角」感のある、なかなかちょうど良いレンズ感覚である。つまり、この35mmレンズというのが、まさしく「なんとなく」感のある焦点距離なのである。

 と、そこでまたまた本に触発(影響)されやすい私は「よし、明日はライカM6に35mmズミクロンで撮影してみようかな」なんて気持ちになったりする。まあ、あまりこういうことは良いことではないのだが、でも、影響されちゃったりするのはしょうがないよな。

 で、若木氏がインタビューしたのは、やはり若木氏がフォトグラファーという仕事をしている関係で、グラフィックデザイナー、ミューシャン、音楽家(リトアニア初代国家元首)、写真家、アーティスト、沖縄民謡伝承者、詩人、映画監督、作家、編集者、舞踏家、キュレーターなどのクリエイターたちである。唯一、職人と言っていいだろうウメハラカメラサービスの梅原晃氏もそんな人たちに中に入ってしまうと、やはり何かをクリエイトしている人なのかもしれないな、という気分になってしまうのだ。

 インタビュー文のスタイルは、決して話した内容をそのまま文章にしているわけではない。当然、インタビュー内容はそのボイスレコーダーやデジタル一眼の中には入っているんだろうけれども、そのまま文章にはせずに、若木氏のアタマを通して、若木氏の感覚になって文章化されている。

 勿論、一見話したことをそのまま文章化しているように見えるインタビュー文が、実は話したままではなくて、やはりインタビュアーによってある種抽象化された文章であることは、元出版社の人間としては百も承知二百も合点なのであるが、それ以上に抽象化されて、若木氏の「インタビューの結果としての、インタビュイーへの感想」的な文章を読むと、実はそこに読み取れるのは、むしろインタビュイーのことではなく、むしろ若木信吾自身が見えてくるのである。

 つまり、若木信吾氏自身は他人をインタビューしているつもりかもしれないが、書かれている文章は実は自分について語っているのである。

 結局、若木氏は他のクリエイターたちを取材しながら、そこから抽象化される自分というものを本にしているということなのだろう。

 これは、実はフィクション作家の大半がやっていることで、彼らもいろいろ取材はするのである。しかし、取材したことをそのまま文章にするのではなく、取材した材料からいかにして自分が書こうとしているテーマに近いものを抽象化しつつ、自分が書こうとしていたストーリーに取材した内容を肉付けしていくのである。それが「小説を書く」という作業であり、小説家といえども、別に何もないところから物事を発想しているわけではない。

 多分、そのようなフィクション作家のような方法をとる写真家、という立ち位置から若木氏は映画『星影のワルツ』や『トーテム Song for home』を作ったのかもしれない。

 映画ジャンルとしては、本来の写真家の立ち位置はドキュメンタリー作家のそれ近い。しかし、ドキュメンタリーを下敷きにはしながらフィクション映画を作る若木氏の製作スタイルはまさにこの本にも通底している方法論なのである。

 そんなことを想像しながら、この本『希望をくれる人に僕は会いたい』を読むと面白い。

『希望をくれる人に僕は会いたい』(若木信吾著/日本経済新聞出版社/2013年6月21日刊)

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