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2013年7月29日 (月)

「お不動様と八幡様」について考察する

 私が子どもの頃を過ごした足立区関原には「お不動様」と「八幡様」がすぐそばに存在している。で、調べてみたら「関原八幡神社は大聖寺の守護神」と書いてある。大聖寺とはつまり「関原山不動院大聖寺(真言宗豊山派)」お不動様のことだったのだ。う~む、神様が仏様の守り神ってどうよ、とは思ったのだが、元々、明治になる前までは神様と仏様は一緒にいたんだよなと、考えてみればそれも当たり前か。

 なるほど「お不動様と八幡様」というのはいろいろ関係のあった存在なのだった。

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 ということで、門前仲町に行ってみれば、こちらもお不動様(成田山東京別院深川不動堂)と八幡様(富岡八幡宮)が並んで鎮座しているのだ。ということは知っていてわざわざ行ったわけのだが。そこはそれ何か関連はあるのでしょう。

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 で、調べてみると「江戸時代のはじめ、歌舞伎役者の市川團十郎が不動明王が登場する芝居を打ったことなどにより、成田山の不動明王を拝観したいという機運が江戸っ子たちの間で高まった。これを受けて、元禄16年、一回目の成田不動の「出開帳」が富岡八幡宮の別当・永代寺で開かれた」とある。この頃は神様も仏様も一緒に祀られていた訳なのでね。

 別に富岡八幡宮が深川不動の守り神であるという訳ではないが、やはり深いつながりがあったようだ。で、明治維新後、神仏分離令が出たために永代寺は廃寺となり境内は「深川公園」となった。

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 で、その深川公園の一部に成田不動の分霊を祀り、明治14年に深川不動堂が作られたのである。八幡様がお不動様の守り神というよりは、お不動様は殆ど八幡様の一部といってもよく、お寺と神様といっても仲が良いのである。

Img0352

 富岡八幡宮はその境内で江戸時代に勧進相撲が行われていた関係で、横綱力士碑やら大堰巨人碑など相撲関連のいろいろな碑が建てられている。

 まあ、やはりこの辺は下町ならではですね。

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 で、シメはやはり深川丼で一杯、か。

 そうか、じゃあ今度は成田山だな。あそこは鰻が美味しいし……。

LEICA M6 SUMMICRON 35mm/F2 KODAK SUPER GOLD 400 @Monzen-nakachou, Koto (c)tsunoken

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