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2013年6月 3日 (月)

映画『インポッシブル』で感心したこと、残念なこと

 つまり、家族で津波に飲み込まれてしまい、母親と長男、父親と次男、三男で別れ別れになってしまった一家が、奇跡的に再び巡り会うことが出来て良かったね、というのが『インポッシブル(不可能、あり得ないこと)』なわけなのだが。

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 まあ、映画はそれだけのこと、チャンチャン。っていうことなんだけれども、それだけでは何の感動もないし、それだけの映画でどうやってストーリーを作るのさ、って訳なんだけれども、まさに「それだけの映画」なんだな、これが。

 本当は試写会で観た映画は「基本的に褒める」はずだったんだけどもなあ。

「これは2004年、スマトラ島沖地震に遭遇し、離ればなれになりながらも再会を信じて生き抜いた家族と、その周囲の人々を描いた感動の実話」というのがパンフレットに書かれた惹句なのであり、映画のエンディングにも実際の家族がでてくる訳なんだけれども、そう真実は映画ほど劇的ではないということなんだろう。むしろ、途中に出てくる長男ルーカスが逃げる途中で助けたよその子どもが、父親と再会しているのを見て感動した話はいいとして、でもその父子以外の母親や他の子どももいただろうし、とか。父親ヘンリーと一緒にバラバラになった家族を探す他の父親の一家はどうなったんだろう、とか。なんか、この一家以外の人たちの「劇的な話」の方が気になってしまったりするんだな、これが。

 少し気になったのが、それほどの津波が来る以上はその前に大きな揺れを伴った地震があったはず。スマトラ島でも震度5強から6の地震が6~7分も続いたというのだから、まずそこで大きな恐怖に見舞われたはずなんだけれども、そこはまったく触れずに突然津波が襲ってくるっていうのは、ちょっと不思議な解釈である。「津波が来る」っていうのは想定外ではあったのかもしれないが、その前の地震でかなりの恐怖でしょう。特に、日本から来たとはいえ、元々はアメリカ人一家である。我々日本人程には「地震慣れ」はしていない筈なんだけれどもなあ。

 その辺は、まさに地震のことなんか何も知らないスペイン人のファン・アントニオ・バヨナ監督だけはある。だから、地震のことなんか何も知らないスペインでは大ヒットしたんだろうな。日本じゃ無理だろうけれども。

 まあ、それは良いとして、その突然襲ってきた津波に飲み込まれたシーンだけは一見に値する。何しろ、津波っていうのは上空からとか地上の安全なところから見るのが普通であり、津波に飲み込まれた立場から見る映像というのは、我々は普通目にしないものだからである。当たり前だ。だって、そんな映像を捉えたカメラが仮にあったとしても、その場合はフィルムやテープが水に浸かってしまい、映像はダメになってしまうじゃないか。

 ということで、その部分は特殊撮影とVFXなわけなんだけれども、そういう意味では特撮+VFXチームの頑張りだけにはエールを送るとしよう。で、その頑張った映像だけは映画の前の方で実際のストーリーの流れの中で、ともう一つ記憶の映像として終わりの方での二回出てくるわけだ。まあ、頑張ったもんな。

 じゃあ、それ以外の部分。つまり肝心のストーリーは頑張れなかったのか……、と言えば。まあ、そうなんですね。

「津波で別れ別れになってしまった家族」というのは、沢山いただろう。その中にはこの一家のように奇跡的に再会できた一家もあっただろう。しかし、それを元にストーリーを作るためには、映画を見た人たちに感動を与えるための一般化したストーリー作りが必要なんじゃないか?

 たまたま偶然あった奇跡的なストーリーだけでお話を作るのはかなり安易な方法である。それだけで映画を見た人たちに感動を与えようというのは、かなり無理があって、それは「特殊なケースでしょ」と言われてしまっても仕方のないことなのだ。

 そこは心を鬼にして、離散したまま再会ならなかった人々をもうちょっと描くなり、家族を亡くした人たちの悲しみを描くなりして、話を膨らませて、そんな中での再会劇であるということで、話に説得性を持たせるのだ、普通は。

 どうもこの監督や脚本家のセルヒオ・G・サンチェスにはそんな力量がなかったのだろうか。プロデューサーは『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳の別れの手紙』を作った人なんだから、もうちょっとプロデューサー・レベルで何とかならなかったのか。というのが残念なところ。

 すごいところは特撮とVFXかな。

 ただし、これも実際に津波に飲み込まれて九死に一生を得た人たちが見ればなんと言うかは分からない。もっとも、そういう人たちは、この映画を見たがらないだろうけれどもね。

2013_06_01_54402一緒に映画をみたY氏を映画の後で一杯なんて言っていたんだけれども、土曜日の神保町は飲み屋さんが本当にやってない。ということで三省堂地下の放心亭へ。

2013_06_01_54322試写会場の日本教育会館隣の神田一橋中学の不思議なオブジェ

RICHO GRDⅢ @Jinbocho (c)tsunoken

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