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« 九龍と香港では歩く人が違う | トップページ | 「一国二制度」というのも国家の選択としては「あり」かな、と »

2013年6月22日 (土)

もはや遺構はない九龍塞城公園を歩く

 我々が宿泊したホテルRegal Oriental Hotelから歩いて5分位のところにあるのが「九龍塞城公園」である。なので、午前中しか使えない香港滞在最終日に行った。

 勿論、大昔は香港を海賊から守るための砦があった場所であったために九龍塞城と名付けられたわけなのである。19世紀になってアヘン戦争やアロー戦争の結果、香港島とともに九龍半島が99年間のイギリス領(租界)となって、その後、国共内戦やプロレタリア革命のためにそれを嫌った人たちが流れ込んで、巨大なスラム街となったのが九龍城であり、1990年代の香港政庁による九龍城取り壊しの結果できたのが、九龍塞城公園やお隣の賈炳達道公園、九龍塞城廣場などである。

2013062115330322 九龍城。下の矢印が啓徳空港跡地。上の矢印が九龍塞城公園。 (c)Google

 つまり昔の啓徳空港は現在各種の都市計画建築なんかが建設中であり、滑走路すぐ脇にまで建てられた無秩序の塊(カオス)とも言える九龍城は取り敢えず公園になったというわけである。

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 いくつかの当時を偲ばせる展示や昔の建物の一部、砦時代のジオラマなどもあるのだが、やはり我々部外者が一番見ていて飽きないのは、昔の九龍城のジオラマである。

 勿論、これは展示のごく一部であり、その他にも昔の九龍塞城(砦だったころの)遺跡や大砲なども残されている。香港政庁としてはこうした昔の九龍塞城のものは残したいだろうが、スラム街となってしまった九龍城は残したくなかったのかもしれない。しかし、まあそれも歴史上の文化だからなあ。

 なので、上の門の中の九龍塞城公園の由来を書いた壁の後ろに隠されているように、ひっそりとこのジオラマがあるのだ。

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 まあ、こうしたスラム街の展示はごく一部であり、それ以外の公園は普通の公園で、普通の散歩道や休憩所なんかがあり、体操をしたりする香港(九龍)市民の憩いの場である。面白いのはこんな十二支の置物なんかがあるのはいかにも中国。普通に子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の順番で並んでいるのだが、最後の亥だけは「豚」なんですね。そうか、中国では猪も豚も「亥」なんだ。

Fujifilm X10 @Kowloon  (c)tsunoken

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