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2013年6月

2013年6月30日 (日)

香港版「振り込め詐欺」警戒広告

 昔は「オレオレ詐欺」、つい最近までは「振り込め詐欺」と言われ、最近は「お婆ちゃん助けて詐欺」というらしい、電話を使った詐欺事件だが、どうも香港でもそんな事件が多いようだ。

2013_06_18_71632 尖沙咀警察署前のポスター

2013_06_20_73242 九龍塞城公園前のバナー

 やはりいくつかの場所で見たこんな感じのポスター類からは、香港(中国)でもお婆ちゃんを狙った詐欺事件が多いのかな、ということを思わせる。

 早速「香港 振り込め詐欺」でググってみると19,100件の記事がある。多分、その中で一番新しいと思える「サーチナ」という中国関係のニュースを載せているサイトの記事を紹介。

『香港と重慶の警察は27日までに、中国本土と香港とをまたにかけた振り込め詐欺グループを摘発した。計約2300万元(約2億7600万円)をだまし取っていたとみられている。人民網などが伝えた。  
  調べによると、重慶市に住む55歳の女性が「公安職員」を名乗る人物の電話を受け、「あなたの口座が不正使用されているので、こちらで指定した口座に預金を振り込んでください」と指示され、7万元を振り込んだ後、だまされたことに気付いた。
  警察が調べたところ、数件の口座を経由して、最後は香港の自動預払機(ATM)で現金が引き出されとたことから、重慶と香港が合同捜査に着手。23日、香港油麻地地区にあるビルの1室でパソコン3台、携帯電話機11台、ATMカード157枚、偽造した香港IDカードや回郷証などを押収、男性1人を連行した。(編集担当:中岡秀雄)』

 なるほど、日本で流行っているものは即中国でも流行るだろうし、同時にそれは香港でも同じ事情なのだろう。一国二制度とは言っても犯罪はそんなことはお構いもなく実行されるわけで、特に富裕層の多い香港ではかなり深刻な状況なのかも知れない。

 幸い、私のところにはまだそんな電話はかかってこないけれども、いつかかってくるかは分からない。

 まあ、用心するにしかずというところでしょう。中国でも日本でも。

2013_06_20_73252 これは振り込め詐欺とは関係ない。夜道の一人歩きにはは注意しましょう、というよくあるバナー。

Fujifilm X10 @Kowloon (c)tsunoken

2013年6月29日 (土)

千葉市若葉区千城台団地

 千葉市には「団地」という名前がついている場所が多いんだけれども、いわゆる「アパート」形式の集合住宅ではなくて、一戸建て中心の団地が結構多いのである。

 こてはし台団地、都賀の台団地、横戸台団地、越智団地、大宮台団地、小倉台団地さらには今回行った千城台団地などが「戸建て団地」の代表的なものである。

 都市計画法第11条によれば「都市計画区域については、都市計画に、次に掲げる施設を定めることができる」となっており、その8に「一団地の住宅施設(一団地における五十戸以上の集団住宅及びこれらに附帯する通路その他の施設をいう)」と定めている。つまり、集合住宅なのか一戸建ての集合なのかは問わないのだ。

2013_06_25_77622

 で行ってみたのが、千葉駅から千葉都市モノレールに乗って終点の「千城台団地」である。

 ところが千城台駅の周辺には集合住宅形式の団地が建っている。ちょうど5月30日のブログ「浦安と新浦安、こんなに街が違う」で書いたように、駅の周辺にスーパーなどの買い物施設があって、その周辺に集合住宅、でそのまた周辺に一戸建てというような形に近い街作りというものがあるようだ。

 ただし、新浦安ほどは町が新しいわけではないので、町の規模としてはかなり小さい。

Img008ue2

Img027shita2

 ちょっと歩くと一戸建ての住宅が見えてきた。区画整理されたこれら一戸建て群もやはり団地というものなのであろう。

Img024ue2

Img027ue2

 しかし、ユージン・スミスの本の表紙を見て「カッコイイ」と感じて購入してしまい、はじめて使ってみたハーフサイズのカメラ。オリンパス・ペンFT。なかなか沢山撮れて思わずデジカメ感覚で撮れてしまうのにはびっくり。さらに、ペンタプリズムのない一眼レフというのもスタイリッシュでなかなか良い。

 しばらくはフィルムカメラはオリンパス・ペンかな。まあ、問題はワイドレンズが手に入らないということなんだけど。これは時間を使って探すしかないんだろうな。

RICHO GRDⅢ, OLYMPUS PEN FT F.Zuiko Auto-S 38mm/F1.8 Solaris FG Plus 400 @Wakaba, Chiba (c)tsunoken

2013年6月28日 (金)

『脱グローバル論』というよりは「脱貨幣論」として読みたい

 これって、昨年10月20日のブログ「ポストグローバル社会は、脱市場、脱貨幣経済?」で書いた、講談社で行われた公共政策ラボのシンポジウムなどが元になっている本なのだった。

 そりゃあ、講談社が応援しているシンポジムなんだものな、当然講談社が本にして売りたいよな。

2013_06_14_6970_edited1 『脱グローバル論 日本の未来のつくりかた』(内田樹・中島岳志・平松邦夫・イケダハヤト・小田嶋隆・高木新平・平川克美著/講談社/2013年6月10日刊)

 で、4回のシンポジウムの中で展開された論議は、基本的には現在ある「グローバリズム企業が国民国家を破壊していく」という現状の中で、いかにその先の時代を生き抜いていくのか、というテーマなのだ。

 すべての価値が「お金」によってはかられている社会である現在の社会で、しかし、そんなすべての価値がお金ではかられている(というかお金ではかるしかない)グローバリズム経済の時代に、それに対する対抗軸は「お金を通じない経済」ということなのである。

 つまりそれは、シンポジムの第二回でイケダハヤト氏が言った、

『税金を再分配するやり方を否定するつもりはないですが、税金がないと社会が作れないんじゃないか、という強迫観念はおかしいんじゃないかと思うんですね。僕は、ツィッターに2万9000人ぐらいフォロワーがいて、年間で100団体ぐらいNPOのサポートをしてるんですが、そのぐらいやってると、たとえば僕が餓死しそうになっても「お米ください、なう!」なんてつぶやいて銀行口座を書いとけば、誰かが絶対助けてくれると思うんですよね。マジで、絶対助かると思うんです。それって、お金を介在しない、税金みたいな再分配に頼らずに僕が直接、パーソナルのセーフティネットを持つことじゃないですか』

 とか、同じ回で内田樹氏が言った、

『さっきイケダさんが、お米をもらえるって話をちょっとされましたけど、実は僕も、お米って全然買ってないんですよ。(主宰する合気道道場の)門人に農業やっている人がいて、どんどんくれるから』

 といったような、

『僕は今、”オタキング”岡田斗司夫さんと本を作ってまして、かれは「評価経済」、僕は「贈与経済」と、ちょっと言葉は違うんだけれども、2人とも似たようなことを考えていて』

 という、要は貨幣を通じない経済というものがある、ということを我々に気づかせてくれたのである。

 そう、貨幣を通じない経済というものがあるのだ。

 そういえば、私の家にも新潟の(妻の)菩提寺から毎年新米の季節になるとお米が送られてくる。

 そうなんだよな。昔の農村経済というか、大昔は農村経済しかなかったから、そこでは貨幣よりもむしろ「米」の方が貨幣のように流通していた訳だ。基本的には「自分の家では消費できないほどの収穫があった場合に、他所に持って行って別のモノと交換する」というのが経済の始まりだった訳だ。その場所として設定されたのが「市場」というわけだ。

 さらに、江戸時代までは大名の経済の基本は石高だったわけで、いかにもその時代までも貨幣経済はまだ完全には流通していなかった訳なのである。まあ、その「石高主義」が江戸時代に商業の繁栄を招いて実際には武士階級よりは商人階級の方が上になってしまった結果を招いたんだけれども。

 で、その結果、明治からは貨幣経済の道に進んだ日本は、その後、経済力をつけてきて、いい気になって第一次世界大戦までは良かったんだけれども、その後、日中戦争の時代からはまっしぐらに(瞬間的にはそういう感じではなかったのだろうが、現在から見てみると)世界経済の場からは落ちていったわけである。

 そして、日本経済が壊滅的な状態になった昭和20年(1945年)から45年経って、世界経済の中心に躍り出た日本は、そのとたんバブルが弾け飛んで、落ち込む一方になったわけだ。

 21世紀に入って、貨幣経済と国民国家思想の結果ともいえる(そして国民国家を崩壊させようとしている)グローバリズム経済の時代になって、世界中に経済格差と「失業の時代」が訪れている。

 しかし、考えてみれば「失業の時代」ってそんなに悪いことなんだろうか?

 別に大企業に勤めなければ生きていけないわけでもなく、アルバイトでもなんでもやっていれば生きていけるのだし、貨幣を介在させない経済もまだ日本には残されているようだし、SNSを通じたセーフティネットというのもありそうだし、基本的には我々は日本政府に頼らなくても生きていけるんじゃないだろうか。

 そう、ここが大事なんだよな。

 つまり、我々は日本政府(じゃ大きすぎれば、東京都庁でもいいし、区役所でもいい)に頼らなくても生きていける方法があるんだ、ということに気づけば、グローバル経済の時代でも、別に普通に生きていけるのである。

 我々、日本人は「一人で生きていく」ってことに真面目に向かい合いすぎているんじゃないだろうか。日本よりもずっと若年失業率の高いスペインやイタリアの若者は、ちゃんと親世代や祖父世代に寄生して、気楽に生きているのである。つまり、これも貨幣を介在させない経済のひとつなのである。

 まあ、あんまり簡単に寄生されても困っちゃうけど、でも生活できないんだったら、取り敢えず自分だけで悩まないで、親とか、周辺の友達に相談してみれば、っていうことなのだ。

 それが「ポストグローバル時代」の生き方なのである。

 かな?

『脱グローバル論 日本の未来のつくりかた』(内田樹・中島岳志・平松邦夫・イケダハヤト・小田嶋隆・高木新平・平川克美著/講談社/2013年6月10日刊)

2013年6月27日 (木)

『臆病者のための株入門』は臆病者だけが株で儲けられるということなのだ。シメシメ

 結局のところ『株式投資はギャンブルである』ということを認めるか認めないかという問題なのだ。

20130624_1740092 『臆病者のための株入門』(橘玲著/文春新書/2006年4月20日刊)

 で;

『ギャンブルはうさんくさくない。
 株式投資はギャンブルである。
 だから、株式投資はうさんくさくない』

 という三段論法にしてしまえばいいのである。

 勿論、株式投資のためには自分が投資する会社への知識というものが必要だ。資本金がいくらで、どんな業務内容を行っていて、最近の業務成績はどうなんだ、とか借金の量はどんなもんなのだ、とか云々云々。これ自体は経済学の基本である。しかし、株の売り買いをする際のタイミングを計るために株を眺めていると、結局それは株式投資をする人の「気分」によるものでしかない。で、人の気分を予想することは不可能なので、「株式投資はギャンブルだ」ということになるのである。

 毎日の日経平均の値動きを見ていると、大量の「下げ」に入った次の日はかならず寄り付きで「上げ」に入るし、「上げ」で寄り付いた日の午後の相場の最初は必ず「下げ」でスタートする。で、これって実体経済とは何の関係もない、人々の「気分」で皆売買をしているという証拠なのである。

 じゃあ人々の気分は読めるのかと言えば、それは「上げ」基調になると皆「あっ、上がった。これからも上がるだろう」と考えて「買い」に走るんだけれども、結局、その時期には(特に外国の)機関投資家は「売り」に転じていて、素人が「買い」に走った時がほぼ「天井」。逆に、「下げ」相場になって素人が「もう手放すしかないな」と考えたときは、実は機関投資家は既に「売り」を手じまいして、もう「底値」という状態。いずれにしても素人の「臆病者の投資家」は、「最高値で買って、最安値で売る」という、一番バカな方法論でしか株式投資はできないのであります。

 まあ、これが一般的な「普通の投資家」の姿。ただし、そうでないデイトレーダーという存在がある。

 一日に数百回もトレードする投資家たちだが、彼らはコンピュータに株式市場の値動きを観察させて特定のパターンになったら自動的に売買を実行させているだけ。それは「プログラム売買」と呼ばれ、それこそ実体経済の知識なんかは全く必要がない。単に単純に「株価の上下」に反応しているだけなのだ。で、そんなデイトレーダーになるためには『ニートの若者や主婦、リタイヤしたサラリーマン』であることが必要だということ。つまり、彼らは『はたらく機会を奪われているか、そもそも就職する気がない』人たちなのである。単純に日々9時から15時までコンピュータの前に座っていることが好きな人たちなのだな。まあ、今は時間外取引ってのもあるから、そうなると24時間コンピュータの前に貼りついていないとならない。

 で、結局私なんかはウォーレン・バフェット流の長期投資が一番だと考えるのだ。ひふみ投信の藤野英人氏(『日経平均を捨てて、この日本株を買いなさい。』の著者)もそうだが、基本的に『企業の本質的な価値を見極め、割安な銘柄に投資し、長期保存によって大きな富を生生み出』すという考え方だ。

 つまり、一番基本的な考え方。

『①株式投資は確率のゲームである。
②株式市場はおおむね効率的であるが、わずかな歪みが生じている。
③資本主義は自己増殖のシステムなので、長期的には市場は拡大し、株価は上昇する』

 ということでしかない。

 基本的にはこの③なんだろうな。この『長期的には』というところを、1年と見るか、数年と見るか、数十年と見るかという違いでしかない。基本的には資本主義という自己増殖するシステムにいる限りは、長期的には企業の経済規模は(倒産しない限りは)増大するわけで、それを考えれば株の基本は長期所有であるし、長期所有すればその会社が「自分の会社」であるという気分にもなって、もっとその会社を応援しようという気分にもなる。

 基本的にはそこなんだろうな。株主になるということは、その会社のパーシャルオーナーになるというわけなので、やはり「自分の会社」は応援したくなるだろう。応援して、株価が上がって、自己資産が増えればそんないいことはない。

 やはり、そこだな。

『臆病者のための株入門』(橘玲著/文春新書/2006年4月20日刊・Kindle版は2013年5月20日刊)

2013年6月26日 (水)

『中高年正社員が危ない』という時代になってしまったのだ

 中高年正社員というのは一番安心していていい立場かと思ったのだが、実はそうでもないらしい。若手派遣切りはほぼ方式が出来上がったので、次は中高年正社員ということなのかも知れない。

2013_06_13_6968_edited1「解雇ルール見送り」に騙されるな 中高年正社員が危ない』(鈴木剛著/小学館101新書/2013年6月8日刊)

 朝日新聞でレポートされていた「追い出し部屋」をはじめとする中高年正社員の、それも中間管理職(名ばかり管理職もある)をターゲットとした退職勧奨のことなのである。

 要は、「追い出し部屋」とかに追いやって、いろいろな嫌がらせ(何をしてもいけないというのも一種の嫌がらせだ)をして自分の方から辞職を申し出るように仕向けるというわけなんだけれども、結局それは日本の雇用慣行から会社都合で勝手に従業員をクビにできないことからやむを得ずとった手段だということなのだ。

 ということなので、現在「解雇ルール緩和=解雇の金銭解決制度」が国会で審議されているわけなのだ。取り敢えず7月に行われる参議院選挙をにらんで、2013年6月にとりまとめられる予定の産業競争力会議の報告には入れないことになったようだが、そんなものは選挙で昨年12月の衆議院選挙に引き続き自民党が圧勝してしまえば、再び浮上してくることは見え見えではある。

 というくらい、私は竹中平蔵氏が言う『日本の正社員は世界で最も守られている』という発言もその通りだと思っていたのだが、実はそうでもないらしい。

『実は経済協力開発機構(OECD)の調査でも、日本はとくに解雇しにくい国ではありません。雇用保護規制の強さを表す指標では上の図表にあるように日本は30ヵ国中23位で米国や英国以外のほとんどの先進国より規制は弱いのです』

 と書いてある「上の図表」を見ると、「正社員の解雇規制」では米国、英国、オーストラリア、イタリアの次くらいに規制がない状態だし、「非正規労働者の保護」でも米国、英国、オーストラリア、スウェーデン、オランダの次くらいに保護が出来ていないし、「整理解雇で求められる条件」では日本が一番条件がない状態になっている。

 なんだ、全然日本の正社員も守られていないじゃないか。それをもっとクビにしやすくしろ、というのが産業競争力会議の主旨らしい。

『経済界は、さらに解雇しやすくすべきだと声高に主張していました。産業競争力会議に長谷川閑史・武田薬品工業社長が出した「人材力強化・雇用制度改革について」と題するペーパー(テーマ別会合の主査として提出)では、雇用に関する重点施策が次のようにまとめられています。

《【重点施策】
●雇用維持型の解雇ルールを世界標準の労働移動型ルールに転換するため、再就職支援金、最終的な金銭解決を含め、解雇の手続きを労働契約法で明確に規定する。
●雇用維持を目的とした現行の雇用調整助成金を基本的に廃止し、その財源をもって、職業訓練バウチャー、民間アウトプレースメント会社等の活用助成など、人材移動を支援する制度に切り替える。
●ハローワークの持つ求人情報や各種助成金を民間開放して、紹介・訓練・カウンセリング、アウトプレースメントなどを一体的・効果的に提供できる仕組みを作る》』

 としているが、実は労働契約法第16条というのがあって;

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」

 という規定がある。「人材力強化・雇用制度改革について」の言い方は、この規定をなくし、「合理的理由がなかろうが」「社会通念上相当であると認められなくても」解雇できるようにしろ、ということなのだ。つまり、「お前の顔をみたくないから」なんてとんでもない理由でも金さえ払えば解雇できるようにしろ、ということ。

 中高年の高賃金が若者の低賃金に繋がっているという論があり、だから働かない中高年のクビを切りやすくしろという発想になるのであるが、そうやって中高年のクビを切っても、決して若者の賃金が上がるということはなくなって、結局、中高年の穴埋めは派遣などの非正規労働者がやるということになるだろうというのは、いまや明確である。

 もし、「雇用維持型の解雇ルールを世界標準の労働移動型ルールに転換」するというのであれば、「同一価値労働同一賃金」という世界標準のルールも同時に行わなければならないだろう。

 労働者が「会社に就職」して一生をその会社で過ごすという社会通念を変えるというのであれば、労働者が「会社に就職」するのではなく、その「職業に就職」する。「新人一括採用」ルールという日本だけのガラパゴス・ルールをやめて「通念採用」をする。賃金も年功序列、「若い時には低賃金で我慢せよ」というルールをやめて「若くても高賃金」で就職希望者を募る。という具合に、日本のすべての「仕事の仕方のルール」を変えなければならないだろう。

 そうやってすべてのルールを世界標準にして始めて、解雇ルールについても論議できるようになるはずだ。

 それを解雇ルールだけについて論議するというのは、いかにも従業員のことを考えていない、自分も従業員のなれの果てでしかないのにもかかわらず、従業員のことを何も考えていない日本の経営者らしい、と言えばその通りではあるなあ。

「解雇ルール見送り」に騙されるな 中高年正社員が危ない』(鈴木剛著/小学館101新書/2013年6月8日刊)

2013年6月25日 (火)

『レイヤー化する世界』で生き延びる方法を考えよう

 佐々木俊尚氏の久々の新刊は、書いてあることはこれまでいろいろなところで目にしてきた別に目新しいことではないが、その結論はなかなかに刺激的だ。

 そうか「超国籍企業」が国民国家を終了させるのだな。「多国籍企業」に代わる「超国籍企業」か。こりゃあ、革命どころの話じゃないなあ。

2013_06_14_6969_edited1 『レイヤー化する世界 テクノロジーとの共犯関係が始まる』(佐々木俊尚著/NHK出版新書/2013年6月10日刊)

 考えてみれば「国民国家」というものそのものが単なる「共同幻想」に過ぎないわけで、別に国民国家という概念は、中世の帝国が滅んだ後にヨーロッパ、特にフランスで市民革命の後に考え出された概念であるに過ぎない。とするならば、18世紀からこの21世紀初頭までよくもった考え方ではあるのだろう。一時期、マルクス主義による革命で国民国家が壊された時期があったものの、結局それは一国社会主義というイビツな形でしか決着せず、そのために揺り返しがあった、結局、国民国家が復活してしまう。

 ところが、今度は新自由主義という、高度に発達した結果元に戻って資本主義の初期の考え方「レッセ・フェール」による、超国籍企業によって国民国家は終了させられてしまうというのだから、皮肉なものである。

 その一つは「超国籍企業は国の経済力を奪う」ということ。つまり、アップルなんかの「メーカー」は世界中のメーカーが作っている部品を、中国で組み立てて、アメリカをはじめとする世界中の市場に出荷しているのである。アップルはアメリカのメーカーであるがアメリカでメイキングはしていない。しかし、その売上はアップルに集中する。結局、アップルはアメリカの経済にはまったく貢献していないのだ。

 最近アップルの米国への税金の過少支払いが問題となったが、アップル(アイルランド~オランダ~ルクセンブルグ~英領ヴァージニア諸島)、マイクロソフト(ルクセンブルグ~アイルランド~バミューダ諸島)、グーグル(アイルランド~オランダ~バミューダ諸島)、アマゾン(ルクセンブルグ)、フェイスブック(アイルランド~ケイマン諸島)という「アメリカの超国籍企業」はみな後ろの括弧に書かれているタックスヘイブンを使っている。

 確かにそれは脱税ではないし、単なる節税策としてそれらの企業の本社が属する国家から許されているわけである。ところがそうした税金逃れの方法はアメリカの税収を著しく低下させ、潤沢な予算を使う軍事力を削ぐことになる。つまり「超国籍企業は国の軍事力を奪う」ということ。

 最後は「超国籍企業は国民の力を奪う」ということ。結局、超国籍企業が世界中でものを作っている理由は「人件費」。つまり、安い人件費を求めて世界中の、その時に一番人件費が低くてなおかつ生産性の高い国に製造場所をシフトしている。だから、本国の仕事は減り、給料も下がっていく。

『そうやって積み重ねていくと、最後はアメリカもヨーロッパも日本も、インドも中国もブラジルも、ベトナムもインドネシアも、そしてアフリカの国ぐにも、同じ仕事は同じ給料になっていくということになるのです』

 で、その次にやってくるのが「ロボットの世界」である。機械にでも出来るような仕事しか出来ない人間はどんどん淘汰されて、ロボットに仕事を奪われてしまうのだ。無人自動車はタクシドライバーやトラックドライバーの仕事を奪うだろうし、無人地上攻撃機はパイロットの仕事を奪う。

 そしてロボットにできない知的な仕事をするごく少数の人だけが仕事をするようになる。

 アメリカの国家情報会議のレポートでは『ひとつの大きな国家が世界を支配するような時代は終わり、さまざまな国や世界企業、さらには非政府組織(NGO)のような団体まで含めて、ばらばらに権力が分散される時代が来る』という報告を提出しているようだがまさしく;

『それは形のはっきりしない大きなネットワークのようなものです。だれも覇権を奪えないけれど、誰もが覇権に参加している、そういうアメーバみたいな姿が、世界の未来なのです』

 という実に実体のない、見えない形の「組織」の時代がやってくるんだな。

 最後に佐々木氏はこう結論づける;

『未来はこのような姿になるでしょう――超国籍企業がつくる〈場〉の上で、無数の小さなビジネス、無数の仕事、無数の文化が立ち上がり、そこで無数の人びとがレイヤーごとにつながりながらひとりひとりのよき生を送っていく』

 と。

 ロボットにはできない知的な仕事ってなんだろうと考えながら生きていくしかないのか。

『レイヤー化する世界 テクノロジーとの共犯関係が始まる』(佐々木俊尚著/NHK出版新書/2013年6月10日刊)

2013年6月24日 (月)

『ヤンキー消費をつかまえろ』って言う前に、こいつらの「バカ」さ加減を何とかしないと

「ヤンキー」といっても「=不良」ということじゃなくて、「ヤンキー的志向」を持った人たちが増えているし、その人たちを消費のターゲットにしろ、ということなのね。

Photo_3 『ヤンキー消費をつかまえろ』(週刊東洋経済<倉沢美佐・島大輔・二階堂遼馬・高橋由里・長谷川隆>/週刊東洋経済eビジネス新書/2013年5月3日刊)

 本書によれば「ヤンキー的志向を持った消費者」とは以下の三つに分けられるようだ。

【地元族】
 地元と絆を愛する新保守層
年齢層
 10代後半~30代前半
キーワード
 地元の仲間とつるむのが好き
 車も必要なら買う
 VIP願望も成り上がり願望もゼロ。現状維持志向強い
芸能人でいえば
 益若つばさ、ファンキーモンキーベイビーズ、鈴木奈々

【丸の内隠れヤンキー】
 丸の内にも生息する根はヤンキー族
年齢層
 30~40代
キーワード
 不良ではなかったが「ワル」にはあこがれていた
 上下関係に厳しく仲間が多い
 ファッション小物が好き
 サッカー、ギターと多趣味
芸能人でいえば
 三浦知良、哀川翔、清原和博、長淵剛

【Mart族】
 暮らしを愛する奥様にもヤンキーの芽
年齢層
 20代後半~40代前半
キーワード
 郊外住まいの主婦、世帯年収は700万円以上
 価値観の基準はママ友
 雑貨やインテリア用品が大好きで、何でもデコる
芸能人でいえば
 滝沢眞規子、花田美恵子、生田智子、小畑友里恵

 ウ~ム、しかし、私なんかはこんな一覧見せられても、全然「ヤンキー」の部分が見えてこないのだ。

 だって、「丸の内隠れヤンキー」や「Mart族」の年齢の上の方は団塊ジュニアでしょ。団塊ジュニアが消費力旺盛なのはよくわかる。親の団塊の世代の消費支援もある。まあ、直接団塊ジュニアに対してではなく、孫に対する消費という形ではあるけれども、それでも親からの消費支援というのは経済をラクにするということはあるのだろう。更に、「Mart族」の「世帯年収700万円以上」というのは、今の時代ではほとんど「勝ち組」であろう。そんな団塊ジュニア世代に対する対応はメーカーとしてはおさおさ怠りなく実行している訳なのである。

 問題は「地元族」だな。

 だって、この「基本的には弱者」である人たちの集団が、実は「構造改革・規制緩和・弱者切り捨て・99%の貧困層と1%の富裕層・新自由主義」を追認し推し進めている中心的な存在なのだ。

『地元や絆を愛する新保守層が元気だ。合言葉は家族、誇り、光り物』

 ということなのだそうであるが。

 精神科医の斉藤環氏に言わせれば、それは;

『反知性主義』

 であり、結局;

『安倍さんの親学への親和性、子育てに対する考え方や家族の絆を大切にするという発想がヤンキー的です。福祉や弱者保護は国民の絆任せにし、政府はおカネをじゃんじゃん刷って経済をもり立てればいいという発想も、ヤンキー的なアゲアゲのノリをうまくとらえている』

 というんだけれども、それじゃあ結局バカを見るのは「地元族」そのものだということが分かっていないのかなあ。

 別に「保守主義」がいけないというのではない、しかし、現状追認というのは保守主義でもなんでもない。もし、保守主義で政治を実行するならば、それなりの改革案があるはずなのである。

 結局、「地元族」の「新保守主義」って、「現状追認」というだけの、要は「何も考えていない」結果に過ぎないのでは、と思うのだ。

 いいのか、それで。

 本書は『週刊 東洋経済』2013年3月2日号より抜粋して収録されている。

『ヤンキー消費をつかまえろ』(週刊東洋経済<倉沢美佐・島大輔・二階堂遼馬・高橋由里・長谷川隆>/週刊東洋経済eビジネス新書/2013年5月3日刊)

2013年6月23日 (日)

「一国二制度」というのも国家の選択としては「あり」かな、と

 結局、中国っていう国は茫洋として捉えどころのない国なんだなあ、というのが感想である。

 共産党の一党独裁という政治体制をとっていながら、経済的には資本主義であり、その社会経済的格差は資本主義社会である日本の比ではない大きさを持っている。

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 台湾とはかたや中華民国と中華人民共和国という国共内戦の対立関係を持ち込んだまま、しかし、経済的には最早一緒になっていると言ってもいいくらいの関係になっている。まあ、現状は台湾の製造工場が中国という関係なんだけれどもね。

2013_06_18_71362

 勿論、ここ香港も、元々は中華人民共和国の対台湾政策であった「一国二制度」という政策のおかげで、中国の共産党の指示下にはない「特別行政区」として存在しているわけだ。勿論、マカオ(澳門)も同じであるし、澳門なんかはギャンブル公認ですからね。もう、どこが共産主義なんだか分からないという状態であります。

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 香港はそんないわば「経済特区」としての扱いのおかげで、今やアジア経済の金融的中心になっている訳で、「金融」という考え方は共産主義とは一番距離を置いている考え方なんだけれども、中国経済自体が香港の経済的立場を無視してはあり得ない状況になっている。

2013_06_19_71832

 結局、それは共産主義政体であろうとも、資本主義(民主主義)政体であろうとも、経済的な最適値を求めると同じ結果になるということなのだろう。つまり、適度な競争状態がないと人間はバカになる、ということなのだ。

 ロシアが「ソ連」という壮大な実験場でやってみて大失敗した経済政策なのだ。

 その結果としての政治的には「共産主義」、経済的には「資本主義」、社会的には「統制主義」ってことなんだろうか。

2013_06_18_71722

 まあ、ちょっと統制主義にはあまり馴染みたくはないが、政治的には共産主義、経済的には資本主義っていうのは、日本でもできるかもしれない。問題は「社会経済的格差」を如何になくすかということだろうな。

 日本でも沖縄を経済特区にするという議論が出ているが、いっそのこと政治的にも沖縄に勝手に「沖縄憲法」を作ってもいいよ、というくらい自由勝手にやってもらって、沖縄経済・政治を日本の突破口にするという考え方があってもいいのじゃないだろうか。その延長線上に各県ごとに勝手に法律を作ってしまってもいい。基本的な「日本国」に対する「基本憲法」だけを守っていればいいという具合に。

 勿論、その場合は「沖縄には米軍基地はいらない」という沖縄憲法ができればそれに対応して、日本本土の各地に米軍基地を散らばせればいいという「だけ」のことである。

 日本もアジアの一部である。である以上はそんな国自体がアジアのカオス的な状況になってみるというのも面白いんじゃないか。

 一度、そんな状況を想像してみると面白い。つまり、日本も中国みたいな「茫洋として捉えどころのない国」になってしまえばいいんじゃね? ということである。

 結構、これは真面目に考えてもいい理屈かもしれないぞ。まあ、政治家には絶対に受け入れられないだろうけれども。

 取り敢えず、香港報告は以上まで。明日からは今まで通りの「書評じゃない書評」と「映画評じゃない映画評」、「写真報告」の、いままでのブログにもどります。

Fujifilm X10 @Hong Kong & Kowloon (c)tsunoken

2013年6月22日 (土)

もはや遺構はない九龍塞城公園を歩く

 我々が宿泊したホテルRegal Oriental Hotelから歩いて5分位のところにあるのが「九龍塞城公園」である。なので、午前中しか使えない香港滞在最終日に行った。

 勿論、大昔は香港を海賊から守るための砦があった場所であったために九龍塞城と名付けられたわけなのである。19世紀になってアヘン戦争やアロー戦争の結果、香港島とともに九龍半島が99年間のイギリス領(租界)となって、その後、国共内戦やプロレタリア革命のためにそれを嫌った人たちが流れ込んで、巨大なスラム街となったのが九龍城であり、1990年代の香港政庁による九龍城取り壊しの結果できたのが、九龍塞城公園やお隣の賈炳達道公園、九龍塞城廣場などである。

2013062115330322 九龍城。下の矢印が啓徳空港跡地。上の矢印が九龍塞城公園。 (c)Google

 つまり昔の啓徳空港は現在各種の都市計画建築なんかが建設中であり、滑走路すぐ脇にまで建てられた無秩序の塊(カオス)とも言える九龍城は取り敢えず公園になったというわけである。

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 いくつかの当時を偲ばせる展示や昔の建物の一部、砦時代のジオラマなどもあるのだが、やはり我々部外者が一番見ていて飽きないのは、昔の九龍城のジオラマである。

 勿論、これは展示のごく一部であり、その他にも昔の九龍塞城(砦だったころの)遺跡や大砲なども残されている。香港政庁としてはこうした昔の九龍塞城のものは残したいだろうが、スラム街となってしまった九龍城は残したくなかったのかもしれない。しかし、まあそれも歴史上の文化だからなあ。

 なので、上の門の中の九龍塞城公園の由来を書いた壁の後ろに隠されているように、ひっそりとこのジオラマがあるのだ。

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 まあ、こうしたスラム街の展示はごく一部であり、それ以外の公園は普通の公園で、普通の散歩道や休憩所なんかがあり、体操をしたりする香港(九龍)市民の憩いの場である。面白いのはこんな十二支の置物なんかがあるのはいかにも中国。普通に子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の順番で並んでいるのだが、最後の亥だけは「豚」なんですね。そうか、中国では猪も豚も「亥」なんだ。

Fujifilm X10 @Kowloon  (c)tsunoken

2013年6月21日 (金)

九龍と香港では歩く人が違う

 一昨日までの九龍から昨日は香港島へ渡った。

 と言っても、九龍と香港なんて地下鉄でものの数分で着いてしまう。昔のようにフェリーに乗らなくても普通に通勤できてしまうのである。ホテルからタクシーで行き、地下鉄に乗る九龍塘(カオルントン)駅からも20分もあれば香港島である。トータル40分位なものである。

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 香港島に行って港島線の終着駅、上環(シェンワン)駅辺りは、まあいかにも中国というか、九龍島とあまり変わらない昔の香港の雰囲気もあるのだ。上から2枚目の写真はいかにも中国という感じのキャット・ストリート(Upper Lascar Row)の姿である。まあ、パチモンしかないので有名なところだが、毛沢東の置物とか腕時計とか結構面白いものがあるのだが、しまり屋の妻からは「こんなムダなもの買うのは止めなさい」という言葉にちょっと残念なところではあった。

 女はなぜ、「無意味なもの」を買うことに鷹揚でないのだろうか。これは結構哲学的な問題になるのではないだろうか。この問題についてはいずれ書きます。

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 そうじゃなくて、今日書きたかったのは、九龍と香港島ではどうも住んでいる人とか、観光で訪れる人が違うんじゃないかということである。

 多分、九龍は、一昨日に行った元朗(イェン・ロン)とかもそうだけれども、どうも地元の人たちが集まる場所。ジモティが買い物や何かを期待して集まる場所。香港島は金融ビジネスなんかで仕事をする(自称:カッコイイ)人や、観光で訪れる白人(イギリス人やその関連の国々)が多く訪れる場所なのかなということである。

 九龍の街を歩いていると、まあ私は見るからに日本人なのだろうな、日本語で「ロレックスの偽物あるよ」みたいな言葉をかけてくる人が多いんだけれども、さすがに香港ではなかった。

 まあ、もしかするともうちょっと違うところで声をかけてくるかもしれないけれどもね。

 要は、どうも見ていると、香港島の方が「白人」の数が絶対的に多い、ということなのだ。

 基本的には、西洋から見ると香港というのは「香港島」なのだろう。九龍はそこにくっついてしまった場所であり、中国であるシンセンは、昔は何にもない場所だったのだしね。 

 ということで、「九龍=地元民=浅草」みたいな場所、「香港=外来人=銀座と六本木」みたいな場所ということを、勝手な東京人(自称:江戸っ子)は想像してしまうのだった。

 で、地下鉄の駅で見かけた広告。

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 地下鉄の駅のコンコースにあったCMボードなんだけれども、AKBの小嶋陽菜ちゃんが出演しているのだが、こんな会社「東海堂・AROME」なんて会社があるのかな、と思ってネットで調べてみたんだけれども、日本にはないようで、とりあえず香港オリジンの会社のようではある。

 まあ、小嶋陽菜のファンなら先刻ご承知なのかも知れないけれども、こんな形でも日本の「クール」が輸出されているのかな、という確認のために。

 知らなかった人は、CMはコチラ。CMソングは広東語で歌っているが、最後の「おいしそう」という台詞だけは日本語で喋っているという不思議なCMではあります。

Fujifilm X10 @Hong Kong (c)tsunoken

2013年6月20日 (木)

「どこの国も女の子は元気だ」という話

 屏山(ピンサン)を訪ねた後は、もともと屏山もそこに属する香港の郊外「新界(ニューテリトリー)」の中心である元朗(ユンロウ)へ行く。というか、屏山文物徑(ピンサン・ヘリテイジ・ロード)を抜けると元朗行きの軽鉄(トラム)の駅があるので、ちょっと乗ると元朗の街へ着くのだ。

2013_06_18_0113_edited1元朗の駅前。手前のトラムの路線と左のMTR西鉄線元朗駅。

 元朗駅前は、ここがあの山の中なのかというくらい、整然として高層マンションが立ち並ぶ様相なのだ ……………が。

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 ところが、駅前からトラムで2駅程進むともうそこはいつもの香港、いつもの九龍かと思えるほどのカオティックな街が展開している。

 これが、あの山に囲まれた緑の街なのか? 完全に下町の雰囲気ではないか、と。

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 香港の人ってすごいですね。どんなところに街を作っても、そこを「リトル・ホンコン」「リトル・カオルーン」にしちゃうんですね。そうじゃないと街に生活感が出ないと考えているのじゃないか。やはりこれは香港市民特有のDNAなんだろうな。

 街形の正解は香港にあり、ってことなのかもしれない。私もそんなカオスな街のほうが好きだな。まあ、これはアジア人特有なのかな。

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 で、びっくりしたのがこの風景。なんか制服を着た(夏だから皆白っぽいワンピースね、可愛い)女子高生が沢山並んでいる。えっ、今日はウィークデイですよ。それも朝の11時頃。そんな時刻に高校生がこんなところにいていいのかよ、と考えてみたのだけれども、まあ今は期末試験の時期なのかもね。えっ、だったら家に帰って勉強しろよというのは、勝手な親の言い草であって……。 取り敢えず先頭を見つけなきゃってことで、ということでその列の先頭を見れば何のための行列なのかはわかる筈(って、皆気になりますよね)、ということでどんどん列を追い上げていったら、実はぐるっと回って1ブロックを一回りして結局表通りまで戻ってしまった。ひとブロックを占領する女子、女子、女子。まあ、アイスクリームを食べながら並んでいる子もいるから、周りの店も文句言わないのかな。

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 で、見たらその先にあったのは「通利琴行 TOM LEE Music」という楽器屋さん。う~ん、たぶん楽器屋さんでこんなに女の子が並ぶはずがないんで、なにかイベントのチケットか、CDの発売日かと考えたのである。

 でアホなブログ氏としては当然「通利琴行 TOM LEE Music」を打ち込んでサイトを調べるわけです。でも、2013年6月18のイベントは「何も書いていない」。まあ、それはそうなんでしょうな。そんな「オヤジ」にわかるようなネタはないっていうもんじゃ。というのが女の子たちの共通項なのだろう。

 はたして、この「目的がわからないイベント」の理由は何だったのでしょうか? 皆様ももしわかるようだったらお教えください。

 しかし、香港の女の子たちも元気だねえ。

 MTRに乗ってると試験問題を説いている子もいるから、やはり香港も期末試験期間なのかなとも思うんだけど、それでも(多分)アイドルやそんな関係の歌手やタレントに憧れる女子はいっぱいいるんだろう。

 まあ、結局は世界中の女の子はみんな元気だということを知るべしということなのだろう。

 ここ香港でも街を歩いているのは女の子が目立つ。男どもはどこにいるんだ、ってのは東京も同じ風景である。

Fujifilm X10 @Yuen Long, Kawloon (c)tsunoken

2013年6月19日 (水)

屏山文物徑(ピンサン・ヘリテイジ・トレイル)を巡る

 昨日は、イギリスの植民地になる前の香港の姿を残す、屏山(ピンサン)へ行ってきた。普通の旅行者は香港島や九龍の中心部の方に観光に行くことが多いのだろうけれども、私が行った屏山は、九龍の北、新界というところにあって、もうシンセンにもほど近い場所にある。と言っても、香港自体がそんなに大きい都市ではないので、九龍塘(カオルントン)というところから地下鉄に乗って2回乗り換え、30分くらいでついてしまう。雰囲気は完全の香港の郊外という感じで、山も緑も沢山ある中に高層マンションが立ち並んでいる。ちょっと我々東京人からするとちょっと不思議な町ではある。

 で、屏山文物徑(ピンサン・ヘリテイジ・トレイル)は地下鉄西鉄線天水園(ティン・スイ・ウェイ)駅のすぐそばにあって、駅からは便利な所にある。

2013_06_18_0022_edited2 屏山文物徑のスタート地点にある案内図。黄色い線が屏山文物徑(ピンサン・ヘリテイジ・トレイル)である。

2013_06_18_0020_edited1 スタート地点に建っている古塔。線香が立ててあるということは、何らかの宗教的な塔なのだろう。

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 で、順番に屏山文物徑を巡って行くのであるが、1993年に香港政府によって整備されたという屏山文物徑も、結局はその後の数百年の時を経て、一般住民が多く住んでいて、低層の一般住宅の狭い生活道路がそのまま「屏山文物徑」として指定され、案内塔などが建てられているだけである。

 別に、昔の住居や遺跡を保存し、住民を排除して町全体を保存しているわけではない。まあ、そんなに住民を追い出すわけにはいかないから、それも無理がないのだが、それでも昔の住居や遺跡が保護されていると考えるのは不思議なものである。

 まあ、住んでいる人たちも古い住居跡や遺跡を残そうという意識はあるのだろう。日本だと、どこか別の人里離れたところに住居跡や遺跡を移して、町全体を復元して残すというやり方をとりそうである。

 しかし、昔の場所そのままに置いておくというのも手であるが、それなりに住民の意識も高くないと難しいことだ。

 以上、屏山報告であります。

 明日はピンサンそばにある元朗(ユンロン)というかなり賑やかな街があるのだが、そんな街で見た「女子高校生は日本も香港も元気だ」というお話をします。

Fujifilm X10 @Ping Shan, Kowloon (c)tsunoken

2013年6月18日 (火)

『スーパーフリーエージェントスタイル』ってフリーエージェントとは何の関係もないんだなあ

 なんか、不良高校生が更生して早稲田大学に猛勉強して入学し、起業して、一度会社を倒産させ、再び甦ってスーパーフリーエージェントスタイルというビジネスモデルを考えて大成功、良かったね、と言いたいが、このビジネスって「ネズミ講」じゃね?

20130611_2333 『スーパーフリーエージェントスタイル 21世紀型ビジネスの成功条件』(与沢翼著/ゴマブックス/2012年10月15日刊)

 基本的にビジネスなんかで成功した人の著書ってものは、一般的に「自慢話」である。そして、そんな自慢話を本に書く人のスタイルとして、自分のビジネスノウハウは明かさないという偏狭さがある。

 まさにこの与沢翼氏の本もそんな本のひとつである。

 与沢氏によれば20世紀型ビジネスの成功条件と21世紀型ビジネス成功条件があるそうだ。

 20世紀型ビジネスの成功条件は
①的確な設備投資能力
②計数管理能力
③人脈政治力
④人的労働力

 とまあ、ごく当たり前のことなあのであるが。で、21世紀型ビジネスの成功条件は
①国民扇動力(国民の力をどれだけ借りられるか)
②在庫不保持
③社内労働力の極小化
④経営者と社員が自由であること
⑤ビジネスの仕組みにレバレッジが効いていること

 なのだそうだが、「国民扇動力」ってなんてふざけた言い方なんだ。『焼肉屋の牛角が、自分のお店の悪口を言ってくれた顧客に飲食代の割引をしていたことは有名な話である。またGREEをあそこまで広めたのは、ユーザーがユーザーを連れてきたからだ』と書くわけなのだが、そんなことは別に新しい概念じゃなくて、前からある「口コミ」を利用した集客方法であり、別に与沢氏が考え出したことじゃない。

 在庫不保持って言ったって、それはビジネスの内容次第ではないか。在庫を持たなければならないビジネスだってあるのだ。社内労働力の極小化といったって、それもビジネスの種類によっては難しい。勿論、そうしたビジネスの必要性も世の中にはあるにもかかわらず、それを一切無視するという考え方はどうなんだろう。

 で結局与沢氏がやっているビジネス、つまりネットワークビジネスって何だということになる訳なのだが。

『ネットワークビジネスでは、顧客がある会社の商品を自分で買うと同時に、他人にセールスをかけていくようになっており、この会社のセールスマンと顧客とは完全に一致している。会社のセールスマン自身が顧客の一人であるから、数千万の顧客を持つネットワーク会社であれば、世界中に数千万人の社員を持っていることになる』

『ネットワークビジネスはこのネットワークを無限に、1万系統だろうと100万系統だろうと、日本中に散らばったとしてもすべて報酬の対象にしている。だから報酬が権利化するし、自分とは遠く離れた因果の先でもお金が生まれるのである』

『Aさんが連れてきてくれたBさん、そして、Bさんが連れてきてくれたCさんがいるのならば、次のような言葉を常識にしたい。AさんがいたおかげでCさんがお客様になってくれました。だからAさんには公正なる報酬をお支払いします』

 って、これってマルチ商法? 連鎖販売取引ってやつの手口なんじゃない? ネズミ講とマルチ商法の違いは、「モノ」の販売を伴うのかどうかということ。モノの販売をしなくても上位の者がお金を得てしまうのがネズミ講。取り敢えず安物の「モノ」を販売してアフィリエイトなどの「紹介料」を払うことで報酬を支払い、しかし、結局その報酬は上位のものがどんどん沢山もらえるような仕組みがマルチ商法なのである。

 で、与沢氏は今や億万長者である。

 与沢氏の周りにも、早い段階でそのマルチ商法に気が付いた人が集まって会社を作っている訳だ。売る商品はどうでもよい「こうすりゃ儲かる」という内容のDVDなどであるようだ。DVDだから値段も安い。何となく安いからいいか、と思って買うわけだが、それが上位者への上納金になっているなんてことに気が付かない一般庶民は、結局無駄な出費をそのDVDにさせられてしまうのである。

 ああ、バカバカしい。

 まあ、Kindle版500円で買ったからいいか、ってなもんですね。

『スーパーフリーエージェントスタイル 21世紀型ビジネスの成功条件』(与沢翼著/ゴマブックス/2012年10月15日刊)

2013年6月17日 (月)

香港到着

2時間ほど前に香港に到着しました。

とにかくトバすタクシーで肝を冷やしながら空港からホテルに到着。

香港は日本との時差が1時間なので、今は午後10時25分です。

取り敢えず、まだネタはないので、明日は前から仕込んでいたネタをUPします。

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Fujifilm X10 @Haneda Air Port (c)tsunoken

今日から香港に行ってきます

 今、羽田空港にいます。

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  これから4日間の予定で香港に行ってきます。CX0549。

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 香港のネット状況がわからないので、香港からブログをお届けするか、日本に帰ってきてからの香港報告になるのかはわかりません。

 ただし、私が日本にいなくても、自動的にブログは更新するようになっているのでご安心して、毎日お読みください。

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 では、行ってきます。

2013_06_15_69772_2 これは乗る飛行機とは何の関係もない。ただ可愛いから撮っただけ。

RICHO GRDⅢ @Haneda Air Port (c)tsunoken

『世界へはみ出す』のも今のうち

「日本で成功しないやつが、海外に出て事業で成功するはずがない」という「常識」はもう通じないんだな。

 それだけ日本の日本人の「生き方」が固定化していたということなのだろう。でも、最早そんな時代じゃないのだ。

2013_06_10_6929_edited1 『世界へはみ出す』(金城拓真著/ディズカバー・トゥエンティワン/2013年5月30日刊)

 そう、なにも「いい大学」を卒業して、「いい(大きな)会社」に入ることが成功者への道ではなくて、というかそんな方法で企業人になっても、その企業が倒産してしまったら、何も残らない。

 勿論、金城氏みたいに、韓国の大学を出てアフリカで中古車販売で成功して、8か国で40社以上の会社を経営するという方法もある。

 また、京都大学(!)農学部を卒業して、しばらくフリーターをしたのち、2011年の統一地方選で新宮市議に立候補し、立候補者20人のうち17名当選した中で第8位(獲得投票数1061票)で見事当選した並河次郎氏26歳という例もある。ちなみに17位で当選した人の獲得投票数は700票位だそうだ。

 つまり、人の生き方なんてものは「これがお手本」なんていうものはなくて、各自勝手に考えて、勝手に決めればいいっていう話。

 金城氏の生き方及びビジネスに関する考え方は;

EPISODE 1 日本をはみ出す
積極的な消去法で、目標達成の別ルートを見つける/無理せず与えられた環境の中で友達をつくる/海外で自炊生活を経験する/ビジネスだからと肩肘張らない

EPISODE 2 地球をビジネスで遊ぶ
世の中、大体のことはなんとかなる/たまたま引き起った波にはちゃんと乗る/一つのビジネスをどんどん発展させていく/その分野のことを知らなくても飛び込んでみる/正しいことなんてあやふやだと認識する/ビジネスはゲームだと思って、自分で設計する/本業を手段にし、違う目的(キャッシュポイント)をつくる/言葉に惑わされず、是非得失を判断する/その国の法律や制度に従いながら、別の道を探る/大金が絡むことには、特に注意を払う/ビジネスをゲーム感覚で楽しむ

EPISODE 3 サバイバル力をつける
トラブルはあって当たり前だと思っておく/トラブルを経験することで、対処法を学ぶ/正しい知識を持って、ムダな不安は抱かない/スラム街の近くでも住めば都/トラブルはネタとして面白がる

EPISODE 4 アフリカに家族をつくる
スタッフと強くつながるビジネススタイルにする/お金はあげずに、仕事に結びつける/まずは自分が信頼される人になる/スタッフが安心して将来設計ができる居場所をつくる/損得勘定だけでつながっている相手とビジネスをしない/ビジネスパートナーと家族と同様の絆を築く

EPISODE 5 海外から日本を思う
世の中は不安定だと思っておく/競争が少ない場所で、早めに勝負する/日本の先人が勝ち得た信頼を利用する/既成概念をひっくり返す何かを持つ/一つのフィールドで続けるビジネスの高さに身の丈を合わせる

 つまり、ブルーオーシャンを目指して(つまりアフリカに目をつけて)、本業の次のビジネスチャンスを狙い(価格競争にならないようにして)、トラブルを気にせず、スタッフが安心して働ける場所を作る、ということ。という部分だけを読むと別に特別なことをしている訳ではない。が、とにかく最初にアフリカに目を付けた理由が、韓国の大学に通っている時のアフリカからの留学生友達だったというのは、実は幸運だったのだろうし、その幸運をちゃんと見逃さなかったというところに、既にビジネスの才覚が見られるのである。

 多分、日本の大学に通っていたら、そんなにアフリカからの留学生なんて多くはなかっただろうから、こんなビジネスチャンスを掴むことはできなかったかもしれない。

 更に金城氏が海外でビジネスを成功させた考え方の基本には;

『決められたルールに沿って上手くプレーしたり、その抜け道を探すよりも、自分がルールの設計者になるほうが面白いと僕は思っています』

 という考え方がある。日本人は与えられたルールがあると、その中で競争することに一生懸命になってしまう。ところが、そんな日本人が世界で活躍するのを見ると、それに負けた国の人が勝手にルールを変えて、日本人を不利な状況に追い込んだりするわけだ。だったら、自分がルールを作る側になってしまい、自分のやり易いようにルールを変えてしまえばいいのだ、という考え方は正当だ。

 こういう、肉食動物的な発想を持っているということも、アフリカというか遠く外国でビジネスを成功させることができた理由なんだろうな。

 こんな唯我独尊的な性格が、沖縄特有の「なんくるないさ」的性格の上に乗っている、というのが金城氏がアフリカで成功した原因であろう。

 勿論、そんな訳であるから、誰でもできることではない。

 しかし、アフリカという土地にはなにか「それ」を期待させてくれる「もの」「こと」がありそうだ。まさに「日本でだめなら、海外(アフリカ)へ行く」である。

 金城氏によれば『2020年までがアフリカ進出のチャンスだ!』そうである。

 日本で閉塞感を感じている貴方。就活がうまくいかなくて内定がとれない大学生諸君。どうせならアフリカ行っちゃえば? 若い今の内がチャンスですよ。

 別に「なんくるないさ」。

『世界へはみ出す』(金城拓真著/ディズカバー・トゥエンティワン/2013年5月30日刊)

2013年6月16日 (日)

横須賀中央大通り

 横須賀市の一番の繁華街は、京浜急行横須賀中央駅と国道16号線を結ぶ「横須賀中央大通り」である。

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 まっすぐ行って国道16号線を越えるとアメリカ海軍横須賀基地がある。という基地前なのでドブ板通りも横須賀中央大通りから京浜急行の汐入駅までを繋ぐ道になっている。ウィークデイでもかなりの人出で賑わっている。まさに横須賀の中心地。

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 一方、そこから20分ほど離れた場所にあるJR横須賀線横須賀駅は海上自衛隊横須賀基地の前にあるが、もともと海軍施設への物資輸送が目的でできたえきなので、町はずれといった場所にあり、人の姿もあまりなくて実に寂しい駅である。しかし、京浜急行バスはすべてJR横須賀駅発~京浜急行横須賀中央駅経由。

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 同じ横須賀駅でもこんなに違うのかという感じでちょっとびっくりするが、まあ、やはり元国鉄だけあってあまり地域開発なんかにも熱心ではないのだろう。

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 で、ジャズの街、横須賀であります。

OLYMPUS PEN FT F.Zuiko Auto-S 38mm/F1.8 @Yokosuka (c)tsunoken

2013年6月15日 (土)

横須賀ドブ板通り散歩カメラby OLYMPUS PEN FT

 6月7日のブログ「『ユージン・スミス』というよりはアイリーン・スミスへの問いかけなのだ」で書いた通り、ユージン・スミスの表紙に思わずオリンパスペンFTを買ってしまったので、早速、6月6日の横須賀行に持参した。

 その画像が以下の通りなのだが、オリンパスペンはハーフサイズのカメラなので、当然35mmフルサイズでのスキャンは以下の通りになる。

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 で、これは実は35mm映画のスタンダードサイズなのである。35mm映画用フィルムを使って、その2コマ分の大きさをスタンダードサイズにしたのがオスカー・バルナックのライカカメラだったわけだ。映画の方はいまはスタンダードなんてなくなってしまい、ビスタサイズなんかになると画面の上下に黒い部分が入ったワイドサイズになっている。まあ、それだけフィルムの粒状性が良くなったということなのだろう。

 が、映画の方はいまや多くの映画がデジタル化してしまい、フィルムなんて使わない。ま、これはスチールカメラも同じであるけれどもね。

 でも、たまにフィルムカメラで撮影するのもいいもんだ。

 ということで、横須賀はドブ板通りを撮影行。

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 6月8日の「横須賀市の『街の記憶』とはなんだろう」で書いた通り、今やまったく剣呑な場所でなくなってしまったドブ板通りである。バーもほとんどないし、女子供が歩いていても何の危険もない街になってしまっている。

 もはや、森山大道氏が撮影したビルとビルの間を向こう側に逃げていく女の子なんて、どこを探してもいないのだ。

 勿論、それはいいことなんだけれども、何か物足りなさも感じているのは、やはり私が昭和26年生まれだからだろうか。

 OLYMPUS PEN FおよびFTに関して言うと、デジタル版のOLYMPUS PENが出てから、昔のフィルムカメラのOLYMPUS PENの人気が急上昇。とくに女性に人気が出てきているようで、品薄になってしまっているそうである。確かに、ペンタプリズム付きの一眼レフよりはなんかお洒落な感じのするOLYMPUS PEN Fである。

 なかなか女性の感性って凄いものだなあ。いやいや、良いことです。

OLYMPUS PEN FT F.Zuiko Auto-S 38mm/f1.8 700TX @Yokosuka (c)tsunoken

2013年6月14日 (金)

『あなたも本を書いてみよう』はますますマーケティングツール化しているのだ

 5月13日のブログ「『お金は銀行に預けるな 2013年度版』は勝間和代版マーケティング」で紹介した、勝間和代さんの1コインキンドル文庫で最新刊が出たので購入。

20130607_1052『あなたも本を書いてみよう』(勝間和代著/デジタル・ブック・ストレージ・1コインキンドル文庫/2013年5月7日刊)

 勝間和代さんの1コインキンドル文庫は第1巻『健康になるロジカルクッキング』、第2巻『やせる! 運動編』、第3巻『わかりやすく話す力』、第4巻『アベノミクスで学ぼう、上手に生きるための経済学』、第5巻『お金は銀行に預けるな』に引き続き今回の『あなたも本を書いてみよう』が第6巻目。

 今回も1週間で「本を出すことについて考えよう」というわけで;

【月曜日】その1 本を出すことはどのくらい難しいのか
【火曜日】その2 何を書けばいいのか
【水曜日】その3 どこに企画を持ち込めばいいのか
【木曜日】その4 タイトルはどうやって決めればいいのか
【金曜日】その5 どのようにして、いつ書けばいいのか
【土曜日】その6 どうしたら、書いた本が売れるのか
【日曜日】その7 次のチャレンジの機会をどう得るのか

 という7つのテーマに即して書いている訳なのだけれども、結局それだけでは問題は解決しないので、結局、本書だけでは飽き足らなかった人は;

○無料メールサービス
http://www.katsumaweb.com/magazine

○サポートメールサービス(月額980円)
http://www.katsumaweb.com/kindle

○勝間塾(月額4,800円)
http://www.katsumaweb.com/onecoinkindletokatsunajuku

 というところに導入するためのマーケティング・ツールである訳なのであるなあ。

 まあ、それでもかまわないけれども。

 しかし、問題は本を書き、それをどこに売り込み、タイトルをどう決め、どうやって自分が書いた本を売るのか、という本書のテーマなわけだが。それがあまりにも漠然とした概念的表記に終わっているってのは、残念ながら、ますますマーティングツールと化した「1コインキンドル文庫」なのであった。

 だって、「その2」では『本人にとって当たり前だけれども、他の人にとっては新鮮なもの』を書けばよいよいということだし、「その3」は『飛び込み』だし、「その4」は『「単純であること」「期待を上回っていること」「確実で思い出しやすいこと」「信頼性があること」「感情に訴えること」「物語になっていること」』、「その6」は『あなたの本は何冊、何十冊の一冊ですが、あなただけは、その本の最も重要な販売担当だからです』って言ってもねえ。

 そりゃあ、確かに本書は「どんな本を」書いて売るのかという具体性をもった内容ではないから、当然、漠然とした概念的な表記になってしまうのはやむを得ない。

 で、結局私も取り敢えず「無料メールサービス」を申し込んでしまった。

 しかし、当然無料メールにはたいしたことは書いていないのですね。ゴルフのこととか、Kindle読書のこととか……。で、それでは物足りないので「サポートメールサービス」の方を申し込んでみようかな、なんてね。

 つまり、私も勝間和代さんのマーケティング手法にノッてしまったわけですね。

 ま、それも仕方ない。取り敢えず、そのメールサービスにどんなことが書かれているのか。当然「無料」だから大したことは書いていないだろうから、その結果「サポートメールサービス」を申し込んじゃうか、あるいは「勝間塾」まで行ってしまうかわからないが、取り敢えず面白そうなので、受けてみましょう。

『あなたも本を書いてみよう』(勝間和代著/デジタル・ブック・ストレージ・1コインキンドル文庫/2013年5月7日刊)

2013年6月13日 (木)

「白山神社あじさいまつり」には雨が似合う

 かなり南下した梅雨前線のおかげで「空梅雨」か? と思われた東京だが、台風のおかげでやっと雨らしい雨が降った。

 となれば、ということで開催中の文京区白山にある「白山神社あじさいまつり」に出かけた。やはり「あじさい」と言えば「雨」が似合う。カラカラ天気の下であじさいを見ても花の色が全然映えていなくて面白くない。雨のあじさいとカタツムリというのが一番似合うのである。

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 神社のいたることろにあじさいが咲いており、見事なものだ。ただし、この「あじさいの花」、実は花弁(はなびら)ではなく蕚(がく)の部分だそうである。まあ、見てる分には花弁だろうが蕚だろうがどちらでもよいけれどもね。

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 で、この時期に白山神社に行くのは、実は別の目的があるのだ。

 この白山神社には「富士塚」があって、江戸庶民の富士山信仰のおかげで、いわゆる「お手軽富士登山」ができるようになっているのだ。

2013_06_12_69542 こちらが登山口。

 ところが普段は「近隣住宅のプライバシーを守る」ために登山禁止という措置がとられていて、残念ながら登山口は閉じられたままなのだ。なんかなあ、元々白山神社の方が先にあって、近隣住民はあとからこの地にやってきたというのになあ。富士山だって元々あったわけで、そんなところに後から来た住民が「プライバシーを守れ」って文句をつけたっていう(へ)理屈。

 白山神社側が近隣住民のクレームを受けて、登山を諦めてしまったというのは、至極残念なことであるが、それも今の時代の流れなのかなあ。

 それが、このあじさいまつりの期間中だけは登山が許されているのである。となれば、これはイカネバの娘(古!)である。

R1196427_edited1富士山頂からの眺め①見事なあじさいの花々である。まさに絶景、絶景。

R1196429_edited1富士山頂からの眺め②あじさいは見事だが、ふ~ん、なるほどなあ。と、ちょっと複雑な気分。

 ま、ともあれ普段は登山できない富士山に登ってきたので気分は満足、満足。

 カタツムリを見られなかったのは、ちょっと残念。

RICHO GRDⅢ @Hakusan, Bunkyo (c)tsunoken

2013年6月12日 (水)

『写楽 閉じた国の幻』よりはラドリオでしょう

 神田神保町の「ラドリオ」が出てくる小説があるよ、と言われて買ったのが、この『写楽 閉じた国の幻 上・下』である。

2013_06_03_61892『写楽 閉じた国の幻』(上・下)(島田荘司著/新潮文庫/2013年2月1日刊)

 神田神保町「ラドリオ」というのは喫茶店(夜はバー)の名前なんだけれども、実は日本で一番最初にウィンナコーヒーを出した店ということでも有名なのだ。

 実は私が学生の頃からよく行っていた店で、私が学生の頃は「コーヒー」と注文すると、デフォルトでウィンナコーヒーが出てきて、始めてラドリオに来た客がビックリするのを脇で見ていて「やーい、田舎者め」なんて心の中で叫んでいたりしていたわけなのである。実は私も最初はビックリしたんだけれどもね。昔は今の「アートスポット ラド」の部分もラドリオで、今の倍くらいの面積があった。同時に、ラドリオは当時の私の書斎でもあったわけで、基本的に映画評論の原稿はここで書いていた。そんな、長逗留を認めてくれるシャンソン喫茶(夜はバー)「ラドリオ」は私の学友たちの溜まり場でもあったわけで、今でも当時から付き合いのあった私たちが集まる(今や)バーなのである。

 ラドリオは近所にあるタンゴ喫茶(いろいろな国のビールもある)「ミロンガ」や、カレーで有名な「チャボ」と同じ経営者がやっている店で、なんでも芝居をやっている人だそうだが、詳しいことはよくわからない。

 いずれにせよ、土地柄か物書きには優しい店で、長逗留して原稿を書いていてもまったく気にしてくれていなかったというのが、私の最大の思い出だ。

 そんなラドリオが小説に出てるよと教えてくれたのは、6月1日に一緒に映画『インポッシブル』の試写会に行ったY川氏である。

 で、早速買って読んだわけなのであるけれども、残念ながらそんなに重要な場所として書かれているわけではないのですね。

 ラドリオが出てくるのは;

文庫版(上)41ページ『私の勤務が終わるのを待ち。神田界隈の気にいったレストランを食べ歩き、好きな喫茶店、たとえばラドリオでコーヒーを飲み、山の上ホテルのバーでワインを飲んで、千恵子のマンションに帰って一緒に眠った』

文庫版(上)75ページ『ただコーヒーだけは飲みたくなるので、神保町のラドリオやさぼうるまで、ふらふらと出かけた』

文庫版(上)157ページ『帰りもこのバスに乗ってこの街に戻ろう、そして神保町のラドリオか、さぼうるに行こう、そしてあの本を読もう、などと考えたら、それだけで気持ちが浮き浮きした』

文庫版(上)275ページ『私たちは、すっかり世の更けた神田の街を歩いて路地に分け入り、ラドリオに行った。学生時代から、もう二十年近くもかよっている店だ』

 ついでに「さぼうる」も入れると;

文庫版(下)150ページ『学生時代には毎日のように通っていたさぼうるだが、久しぶりだった』

 という5か所だけ。それも実際のシーンとしてラドリオが出てきたのは1か所だけである。もっと積極的にストーリーに絡んだ登場を予想していたので、ちょっと残念。

2013_06_10_6931_edited1 手前が見た通りラドリオでちょっと奥がミロンガ、そのまた奥がチャボである。

2013_06_10_6934_edited1 ここがさぼうるとさぼうる2。

2013_06_10_6932_edited1 あ、主人公の塾講師・佐藤貞三と片桐教授がデートしたイタリアンレストラン「リベルテ」もちゃんとあります。ここは行ったことはないや。

 広島県福山市出身で東京都小平市にある武蔵野美術大学に通っていた島田荘司がどれほど神田や神保町に詳しいのかは知らない。ま、美大出とはいえ小説書きになった島田だから、さすがに神田神保町の街にはそこそこ詳しいのかも知れないが、いやいや、我々の方がずっと詳しいぞ、というのが神田駿河台に大学があった中央大出身の我々なのだ。

 というか、当時のラドリオは、基本的には日中は(まだ神田駿河台にあった頃の)中央大学生と明治大学生の溜まり場で、夜は周辺の小学館系や岩波系の出版社員やそれの周辺のライターなどの溜まり場であった。まあ、そんなところから出版社の人間なんてたいしたことないな、ってことが分かってきて、じゃあそんな出版社を選び倒してやろうじゃないか、なんて考えたのが私なのであるが、小学館は何故か選ばなかった。

 まあ、出版社の映画作りという意味では、スマートな方法であまり出版社の社員が映画作りの現場までは入らず、権利関係ビジネスだけに集中した小学館の方が正解なのであるが、しかし、現場にまで入りたかった私が選んだのが講談社だったし、その会社はあまりスマートではなく、現場までグイグイ入ってしまう会社で、そこにハマり込んでしまった社員が何人もいる会社だったので、まあ、私の指向には合っていたんでしょうね。

 で、ラドリオとかさぼうるについては語ってしまったのであるが、肝心の『写楽 閉じた国の幻』については全く語っていないブログになってしまった。

 実は、なんか微妙な小説なのである。ポイントが「写楽」なのか、「六本木超高層ビル回転ドア事件」なのか、はたまた主人公の「離婚問題」なのかがよくわからない話なのである。まあ、書き始めたモチーフは「写楽」であることはそうなのだが、その周辺に起きた出来事が、すべて中途半端なままなのであるなあ。

 うーむ、それはまた日を改めて。

『写楽 閉じた国の幻』(上・下)(島田荘司著/新潮文庫/2013年2月1日刊)

2013年6月11日 (火)

『世界ICTサミット』を受講してきた

 日経新聞と総務省が主催する『世界ICTサミット2013』に行ってきた。

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 開催は6月10日と11日だけの2日間だけなので、このブログを読んで行こうと思ってももう遅い。もし見たいと思った人はUstreamで中継しているので、クリックしてみてください。ただし、仕事をしてるフリをしながらね。

 私が聴講したのは6月10日午後のセッション、「ICTが実現するビジネス革新と豊かな社会」富士通代表取締役社長山本正巳氏、「人と地球にやさしい情報社会へ~ビッグデータから価値を」NEC代表取締役執行役員社長遠藤信博氏、「3M戦略の進化~新しい社会に向けて:スマートリレーションズ構想」I代表取締役社長田中孝司の3講演と、ショッション2「コンシューマーがリードするICTビジネス」と題した、日経新聞産業部次長兼編集委員村山恵一氏をモデレーターとして、グリー代表取締役田中良和氏、LINE代表取締役森川亮氏、アングリーバードでお馴染みロヴィオ・エンターテインメント日本代表アンティ・ソンニネン氏、ヤフー副社長兼COO川邊健太郎氏によるシンポジウムであった。

 まず、富士通とNECのメーカー対決では、まあ富士通の勝ちかな。富士通山本社長の講演では、まず最初に「わんダント」という犬の健康状態をデータ化してスマートフォンなどで見られる、とうことは当然それはビッグデータとしてクラウドに上げられているということなんだけれども、そんなデバイスを見せて、講演の最後には「魔法の杖」というGPS位置センサーや心拍センサーがついた「杖」デバイスを、もう一つ見せるという素人相手の講演ではこれがいいんだよというような見せ方をしていた。

 対するNEC遠藤社長のプレゼンは、ICTとビッグデータを利用したいろいろな社会図を描いて見せるのだが、まあそれは普通の未来図であって特別ではない。更にいけないのは遠藤社長、「紙の原稿を読みながら」の講演なのである。今更、ICTの講演で「紙」はないでしょ「紙」は。せめてPDFにでも落とし込んだ原稿でも読めばいいのに、「紙」ですよ。勿論、富士通山本社長だってPDFの原稿を読んでいたんだろうけれども、まだPDFだからいい。NEC遠藤社長も同じPDF原稿なんだろうけれども、それを紙にプリントアウトしたものを読んでいるというだけでも、なんか「この社長遅れているな」という印象を、与えてしまうのだ。う~ん、残念!

 まあ、後のシンポジウムはまあ、年齢的にも完全なデジタル世代だし、彼らが何を考えているのかということが分かっただけでも面白かった。

 要は、1995年から始まったインターネット革命というか、ネット化社会と言われたんだけれども、結局そのころから数年前までの時代は、パーソナルコンピュータといいながら、コンピュータはパーナライズされていなかったということなんだな。つまりパーソナルコンピュータといいながら、パソコンはあっても「一家に一台」という普及状況だったし、会社ではパソコンを使っているけれども、家ではパソコンを使っていなかった家が沢山あったということなんだ。

 つまり「パーソナルコンピュータ」はアメリカのようにはパーソナライズされずに、オフィスのためのコンピュータだったり、ファミリーの為のコンピュータだったりしたわけなのだ。

 それがスマートフォンの登場によって、はじめてパーソナルコンピュータは完全にパーソナライズされたというわけなのであった。

 いまやスマホは人々の「隙間時間」に使われるデバイスになっている。何か、これから何かをするためのマシンではないのだ。そんな隙間時間に使われる時代になってはじめてパーソナルコンピュータはパーソナライズされるのだろう。で、本当にパーソナライズされたときに、はじめてコンピュータは人々の実生活に役立つツールになるのだ。

 これまでコンピュータは普通のツールではなかった。何か特別な仕事をするためのツールだったり、何か特別なことが出来るデバイスだったわけだ。

 それが、スマートフォン、iPad、アンドロイドなどでデータをクラウドに上げてしまえば、どんなデバイスでもパーソナルコンピュータ化してしまうんだ、ということが証明されたのである。

 まあ、確かにiPadを使った時のイメージからすれば、その通りである。

 じゃあ、いまこのブログを書いているパーソナルコンピュータは遅れているのか?

 いやいや、結局はそんなスマホ関係のアプリを開発している会社だって、結局はパーソナルコンピュータとかスーパーコンピュータを使って開発しているのだ。つまり、今後はパソコンも、スマホも、アンドロイドも関係なくみな「パソコン」と認識される時代が来るのだろう。問題は、その時の「データを如何にストレージするのか」という問題だけである。

 パソコン型なのかスマホ型なのか。

 パソコン型の方がセキュリティはいいようだが、クラウドに上げた場合にもセキュリティの問題はないんだろうか、という問題はある。

 まあ、どうするんでしょうね。多分、これからはセキュリティに関する概念も変わってくるんだろう。

 世界ICTサミットの公式サイトはコチラ

2013年6月10日 (月)

厚木基地を往く

 神奈川県綾瀬市大上1丁目というのが、厚木基地正門の住所である。

 基地そのものは綾瀬市と大和市に展開しており、隣の厚木市にはないのだが、何故か「厚木基地」。理由は諸説あるようだが分かってはいない。

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 正式名称は「厚木海軍飛行場」である。何故「海軍」なのか? 安倍首相がまだ自衛隊を軍隊と改称していない以上、日本には「海軍」はない筈だし、米海軍が使っているからという理由は、例えば東京の横田基地が本来はYOKOTA AIR BASE(横田空軍基地)であるにも関わらず「横田空軍飛行場」ではなく「横田飛行場」と呼んでいるのとは矛盾する。

 やはり戦前(というか戦中)、日本海軍が首都防衛のために作った基地なので、こうした名前がついたんだろうな。それが戦後まで続いて使われたというわけだろう。海軍はないし、海上自衛隊が厚木基地に配属されたのは1971年からというからあまり前のことではない。でも「海軍」。

 まあ、「横田」という地名はないのに勝手にアメリカが「YOKOTA」という名前をつけたよりはまだいいのか? 

 で、我々にとって厚木基地と言えばジェネラル・ダグラス・マッカーサーである。勿論、マッカーサーが日本に来た時はまだ私は生まれていなかったし、東京裁判も知らないし、私が生まれたのは日本が連合国から独立した年なので、知らなくて当然なのであるが……、何故かいろいろ知ってしまっているのであるな。それだけ当時の日本人にとっては、あのコーンパイプというのは強烈な体験だったのだろう。

 この辺が、最近の「自分が直接見た・直接聞いた・直接触った」ことしか信じない若者と違うところで、我々の世代では「間接的にであっても知った」ということが結構大事なこととして確認されているところとは違うのである。なんてね。

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 海上自衛隊は空母を持っていないので戦闘機はない。哨戒機とか輸送機、ヘリコプターが停まっている。

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 一方、米軍側は横須賀を母港とする原子力空母ジョージ・ワシントンの陸上基地という位置づけの厚木基地であるので、ジョージ・ワシントンの艦載機F/A-18E/スーパーホーネットの二機編隊のご帰還シーンを見られた。

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 で、これらの写真をどこで撮ったのかと言えば、厚木基地の滑走路延長線上にある県道45号線にある「福本橋第一側道橋」というところ。別に、ここの橋が上に上がる必要はないんだけれでも、ちょっと上がると基地のフェンスを越えて滑走路が観測できるんですね。

 前に沖縄に行ったときに「米軍基地『観光』である」で書いたような、恒常的な米軍基地観測場所が「ここにもあったのか!」という驚きがここにもあった!

 なるほどなあ、皆同じことを考えているんだなあ。

 日本人の反権威・反権力精神ここにあり、というところである。

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Fujifilm X10 @Ayase, Yamato Kanagawa (c)tsunoken

2013年6月 9日 (日)

金町を歩いて、結局は帝釈天かい……いやいや、そこから先も

 京成金町線は京成高砂駅と柴又駅、京成金町駅という三つの駅をつなぐローカル単線電車である。

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 とは言うものの、京成本線・JR常磐線と柴又帝釈天をつなぐ路線として、なかなかに乗客の多い路線なのである。

 いつもは京成高砂駅で乗り換えて帝釈天に行くのであるが、今回はJR常磐線金町駅で降車し、京成金町線沿いに帝釈天を過ぎて、京成小岩駅まで歩く。

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 京成金町駅から踏切を渡った先は小さな商店街というか飲み屋街になっていて、居酒屋やバーなどがあり夜は結構楽しいところのようだ。が、まあ南口商店街ほどの賑やかさはない。まあ、そこがいいんだけれどもね。今度、夜に来てみよう。

 ここから柴又帝釈天までは柴又街道と京成金町線が並行して走っていて、その昔「日本一まずい水」と言われた(今はそんなことはない)金町浄水場脇を通って、帝釈天に至るわけですな。

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 帝釈天まで至ればそこはそれ、お約束の「ウナギかば焼きで一杯」になってしまうのではあるが、今日は(っていつだ?)もうちょっと歩くのである。ということで、ここから先は酩酊通りになってしまう。

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 京成小岩駅まで歩いてみれば、「上小岩遺跡通り」なんてのもあって、そこか先への興味もわいてくるが、まあちょっとヘロヘロみたいな感じもあり、これにて今日の徒歩終了。

 う~ん、柴又街道を歩いてどうなのよ、と問われてみれば、「別に」としか答えられない浅薄さは否めない。もうちょっと勉強してから出直そう。

Fujifilm X10 @Kanamachi, Katsushika (c)tsunoken

 

2013年6月 8日 (土)

横須賀市の『街の記憶』とはなんだろう

 横須賀市は観音崎にある横須賀美術館まで企画展『街の記憶』を見に行く。

 JR横須賀線横須賀駅あるいは京浜急行横須賀中央駅から京浜急行バスで「観音崎京急ホテル・横須賀美術館前」で行く。結構遠い。というか横須賀駅前に広がる海上自衛隊横須賀基地や米海軍横須賀基地、イージス艦、米軍関係者やその家族なんてものを目の前にしてしまうと、なんか異国感が強まるのであった。

 そう、問題は海軍基地なんだよなあ。

2013_06_06_63032『街の記憶』展は6月30日まで開催中。横須賀美術館のサイトはコチラ

 薗部澄、1921年生まれ。東松照明、1930年生まれ。浜口タカシ、1931年生まれ。森山大道、1938年生まれ。北井一夫、1944年生まれ。田村彰英、1947年生まれ。石内都、1947年生まれ。

 高橋亜彌子、1943年生まれ。若江漢字、1944年生まれ。藤田修、1953年生まれ。ホンマタカシ、1962年生まれ。市川美幸、1963年生まれ。高橋和海、1963年生まれ。

 鈴木昭男、1941年生まれ。秋山さやか、1971年生まれ。

 本展への作品提供者だちであるが、第一のグループは古い横須賀、というよりはヨコスカ、あるいはYOKOSUKAという表記をした方が良いような横須賀の写真を撮ってきた人たちだ。背景には米軍基地があり、ベトナム戦争があった時代。ある意味では横須賀が一番政治的な時代と言えるかも知れない。ごく一部、田村彰英みたいに基地・横須賀じゃなくて、「横浜横須賀道路」建設の定点観測映像なんかを作っていたりするが、しかし、それもある意味で「政治」なのであった。

 第二のグループはあまりそういう感じの横須賀ではなく、むしろ一般的な街、どこにでもある街としての横須賀、という捉え方をした人たち。特にホンマタカシなんかは完全にフラットな街としての横須賀、というかそこが横須賀ではなくてもいいような横須賀の「絵」である。もはや街の名は関係のない、単なる東京の郊外としても街がそこにあるだけである。

 第三のグループは写真じゃないのでちょっと別におく。

 やはり我々部外者から見ると横須賀とは第一のグループの写真に代表されるような街として意識されているのであるが。

 しかし、原潜や原子力空母なんてものはもはや当たり前の存在になってしまっているし、ドブ板通りも森山大道が写し取っていたり、石内都が潜入したりしていた時代に比べればまったく剣呑なところでもなくなってしまっている。

 そこにあるのはホンマタカシが写し取っているような、どこにでもあるような東京の郊外の街ということなのかも知れない。

 あるいは1960年代末から70年代にかけて、松田政男や足立正生が提唱した風景論の完成形をそこに見るのかもしれない。

 もはや、日常性の中に基地があってもおかしくないほどに、我々の生活の中の風景になってしまったのだろうか。

 しかし、東松照明や北井一夫、森山大道なんかの写真が、おとなしく美術館に展示されているってのもねえ……。と、多少の違和感を感じながら美術館を出る。

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2013_06_06_63124展覧会図録の表紙は森山大道『にっぽん劇場写真帖 ヨコスカ』からである

RICHO GRDⅢ @Yokosuka (c)tsunoken

2013年6月 7日 (金)

『ユージン・スミス』というよりはアイリーン・スミスへの問いかけなのだ

 別にこの本のタイトルが気になって買ったわけではない。表紙の写真が気に入ったので買ったわけなのであるが、あれっ? ユージン・スミスって言ったら、『MINAMATA』以前はライカだったし、水俣取材はミノルタじゃなかったかな? オリンパスペンFTなんてカメラを使っていたなんて知らなかった。

 しかし、さすがにサマになっているなあ。カッコイイ……。

 ということで、思わずオリンパスペンFTの中古を買っちまった。ユージン・スミスみたいな写真が撮れるわけでもないのにね。というところが小人成すべくして成す「不善」なんだなあ。ライカなんてその極みだしね。

 勿論、写真はカメラが撮るんじゃなくて、写真家が撮るってことは分かってはいるんですがね。

2013_05_31_54302『ユージン・スミス ―水俣に捧げた写真家の1100日―』(山口由美著/小学館/2013年4月27日刊)

 ユージン・スミスというと我々には「水俣の人」というイメージが強いが、しかし、むしろ第二次世界大戦でアジアや特に日本戦での写真が多い。有名なのは沖縄戦であるが、その沖縄戦で重傷を負ってしまい、その療養中に撮影した「楽園へのあゆみ(The Walk to Paradise Garden)」が有名だ。小さな女の子と男の子のふたりがどこかの庭を歩いている象徴的な写真である。

 この写真を見ている以上、ユージン・スミスはどちらかというとジャーナリスティックというよりは、アーティスティックなフォトグラファーであると言える。

 そんなウィリアム・ユージン・スミスと妻のアイリーン・水緒子・スミスが水俣で活動したのは1971年9月から1974年10月までのおよそ3年である。殆どそれは、ユージン・スミスにとっての生涯最後の撮影行と言ってもよいだろう。

 その3年の間に撮影したネガは560本ほどになるそうだ。およそ20,000カット。

 その20,000カットの中から選ばれて写真集『MINAMATA』になった写真の一つが、上村好男・良子夫妻自らの手によって封印された写真「入浴する智子と母」である。本来なら、別に上村夫妻が進んで協力して撮影されたそのカットの著作権者はユージン・スミスであるし、ユージンの著作権継承者であるアイリーンに、その写真を公開するかどうかの判断は委ねられている筈である。

 しかし、上村夫妻にその写真の使用に関する決定権を渡してしまったのは何故か? 実はそれが本書において山口由美が一番に取り上げたテーマなのである。

 山口は当時ユージン夫妻のアシスタントを務めた写真家・石川武志とともに、水俣へ行き当時の被写体である水俣病の患者たちと会い、アリゾナ大学のCCP(センター・フォー・クリエイティブ・フォトグラフィー)に行き大量のベタ焼きと格闘する、がしかし、当然そんなことでは問題は解決しなかった。

『写真が封印された理由が、そもそも「智子を休ませてあげた」という両親の意向である。智子は、一九七七(昭和五二)年十二月、二一歳で亡くなったが、その後もユージンの「水俣」を代表する写真として、また水俣病の悲劇を象徴する写真として、注目され続けてきた。そうした状況に嫌気がさして、そっとしておいて欲しいから、という感情が封印の背景にはある』

 という以上、そこから更に突っ込んだ理由は聞けなかったのだろう。

『写真の封印は決して必然の運命ではなかったと、私は思う』

 と山口は書く。

『あまりに人の心を動かす写真であったゆえにポスターやチラシにする発想が生まれたのかもしれないが、そうではなくて、人の心を動かす唯一無二の写真だからこそ、ことさらに撮影者と被写体に対する敬意をもって、「るみえちゃん」の写真と同じように大切に大切に守ってきたのなら、封印には至らなかったはずだ。
「休ませてあげたい」の言葉は、写真それ自体に対する否定ではなく、水俣の広告塔として使われた状況にあげた声だと解釈すべきではないか』

 と。

 しかし、実際にはネット上などで既に数多くの「入浴する智子と母」写真が存在するわけで、実質的にはその写真を封印している訳ではない。とは言うものの、上村夫妻としては写真を新たな媒体には載せないということで、その決意を表したのだろうか。

 残念ながら、ユージン・スミス、アイリーン・スミス共著『MINAMATA 水俣』は再版されてはいない。

 本書は2012年第19回小学館ノンフィクション大賞受賞作『R130-#34 封印された写真――ユージン・スミスの「水俣」』の書籍化である。

『ユージン・スミス ―水俣に捧げた写真家の1100日―』(山口由美著/小学館/2013年4月27日刊)(Kindle版は出てないので旧写真集『水俣』を紹介。ただし、こちらも絶版なので中古本を探すしかない)

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 ユージン・スミスに倣ってオリンパスペンFTを買うバカ。カメラ本体18,800円+F ZUIKO Auto-S 38mm/F1.8 7,800円。併せて26,600円。まあ、そんなものか。問題は左ののトライXにどんな写真が写っているかだよな。現像が怖い。

2013年6月 6日 (木)

『なぜ? どうして? 算数のお話』を読んで自分のアタマで考えよう

 なぜこんな小学生向けの算数の本なんかを買ったのか? いや別に大した理由はなくて、表紙と中のイラストを、サラリーマン時代にお世話になっていたイラストレーターでデザイナーの佐川かすみさんが描いているから、というだけなんだけれども。

2013_06_02_5442_edited1『なぜ? どうして? 算数のお話』(田中博史監修・算数のお話編集委員会編著/学研教育出版/2013年6月9日刊)

 しかし、小学生向けとはいえ、大人が読んでも面白い本なのであった。

 なにしろ、もう算数や数学なんてほとんど忘れている状態だもんなあ。

 で、内容を目次から細かく紹介。

算数のはじまりのお話
数字がなかった時代どうやって数を数えたの?/数字はなぜできたの?/算用数字と「0」はいつできたの?/どうして0よりも小さな数字があるの?/円周率には終わりがないって本当?/算数の計算に使う記号はなぜできたの?

算数の知識①大きな数の単位、小さな数の単位

数と計算のお話
十進法ってどんな数え方なの?/引き算でものを数えることはできるの?/紙をおっていけば月に届くって本当?/人の一生の時間は長いの? 短いの?/たし算をすばやく計算する方法はないの?/何万人もの人出をどうして数えられるの?

算数の知識②かけ算ピラミッド

量と測定のお話
なぜ一年の長さは三百六十五日なの?/どうして一日は二十四時間なの?/長さを測るときなぜメートルを使うの?/マラソンの距離はどうやって測るの?/体重計のない時代ゾウの重さをなぜ測れたの?

算数の知識③たった四つの分銅で何gまで量れるの?

算数の面白い話
なぜアキレスはカメに追いつけないの?/ミロのビーナスはどうして美しいの?/テスト用紙はなぜ半分に切っても同じ形になるの?/不思議な数の並びがあるって本当?/なぜマンホールのふたは円いの?/なぜ一筆書きではできるものとできないものがあるの?

算数の知識④昔の計算機そろばんのはじまり

数学者のお話
お風呂で大発見をした偉大な数学者 アルキメデス/新分野を開いた最大の数学者の一人 ガウス/数学、物理、思想の分野に才能を発揮した パスカル/現在のコンピュータの生みの親 ノイマン/日本の数学「和算」を発展させた 関孝和

算数の知識⑤解けるまで三百五十年! フェルマーの最終定理

 という内容。

 なかなか、「あれっ? これはどうだったかな?」というようなことがあるでしょ。

 ただし、「長さを測るときなぜメートルを使うの?」でフランスの「ピエ」、古代エジプトの「キュービット」、イギリスやアメリカで使っている「ヤード」「フィート」などの紹介はあるが、フランスで1889年に行われた国際度量衡総会で「メートル法」が世界共通の単位となったことは触れているものの、いまだに「ヤード・ポンド法」を使っていながら「グローバル・スタンダード」をもう一方で主張しているアメリカ、イギリスという国の傲慢さを示さないのは、まあ、小学生向けの内容だからしょうがないのだろう。私なんかだったら、まず最初に嫌味でそのことを言うんだろうけどね。

 しかし、円周率の話とか、アキレスとカメのパラドックスとか、ケーニヒスベルグの橋なんかの話を小学生がどうやって理解するのか。あるいは意外と概念だけは理解できるのかな。フェルマーの最終定理はさすがに内容までは書いていないが、それは当然だよな。ただし、最後の「監修のことば」に少しだけ書いてあるけど。

 問題はこの「監修のことば」にも書いてあるが『本書を手にした読者の皆さんにも、それぞれのお話のタイトルを読んだら、まず一度自分で考えてみて、それから読んでみるとお話の面白さが二倍になると思います』という言葉。なんかこんなところにまで「自分で考えよう」ということを言わなければならないほど、我々は自分のアタマで考えない人間になってしまったのか。

 そりゃあ日本の経済もダメになるわけだなあ。そんな自分のアタマで考えない人ばっかりになってしまってはねえ。

 ということで、『なぜ? どうして? 算数のお話』を読んで自分のアタマで考えよう! ということで、本日の「オチ」としたいのだが、オチているのだろうか。

『なぜ? どうして? 算数のお話』(田中博史監修・算数のお話編集委員会編著/学研教育出版/2013年6月9日刊)

2013年6月 5日 (水)

『コンビニの戦士たち』の予定調和について

 1月27日のブログ「『コンビニの戦士達』はここで終わっちゃダメなんだ」で「絶対後がある話なんだけれどもなあ。どうしちゃうんだろう?」と書いたら、著者の幻夜軌跡氏から「『コンビニの戦士達 本編』が今日から発売になりました」という知らせが来たのが5月20日のこと。早速Amazonで購入したのだが、それ以前から手に付けていた本やらなんやらあって、ブログのUPが遅れてしまった。

20130601_1611『コンビニの戦士達 本編』(幻夜軌跡著/のぎのぎ出版/2013年5月19日刊)

 ということで「序章」となった1月に出た版では「俺」と言っていた主人公は、実は「善人面」という名前だったことが分かる。

 まあ、確かに善人面だよな。おまけに、コンビニ・ヘルマートの親会社に就職が内定し、そちらの方でアルバイト、つまり有給のインターンシップを勧められる立場なんだもんな。だとしたら、初めから「若き店長」よりは二段も三段も上の立場から、それこそ「上から目線」でもって話ができるっていうもんだ。元々、体育会系体質でもって上の人間にはヘイコラするのが「若き店長」の体質なんだから、初めから「俺=善人面」にはヘイコラするのが見えている。

 初めからエリートとしてコンビニ・ヘルマートに君臨するのが分かっている「俺=善人面」なのだが、何故か途中から話が変わってくる。

 あとは「マネージャー/普通/アニメオタク/パチプロ/孤独/パートリーダー/静寂/サポーター/アイドル/巨乳/天下取り/人間嫌い/お坊ちゃん/男喰い/バイトリーダー/守護神/不死鳥/留年/ドスケベ」などなど、「バックレ」以外は序章に出てきたメンバーは勢ぞろい。そして、「俺=善人面」がATMをレンチで殴りつけているガテン系の男に、ATM代わりに殴りつけられて頭に怪我をしてヘルマートを辞めた後に入ってきた「新入り」と、新入りの体を狙う本部のSVが新登場(SVは序章でも出てたかな?)。

 これで登場人物は全部揃った。

 で、さすがに「女はセックスの対象としてしか見ない」ヘルマートの親会社である。「俺=善人面」と一緒にインターンシップをやることになった女の子を、お持ち帰りしようとする「先輩」の姿を見たあたりからストーリーが動き出す。

 久しぶりに会った彼女と話をする「俺=善人面」

『それでも俺の事を一番に喜んでくれる彼女が愛しいと思った。これまでお互いにアルバイトをしているのもあったし、ヘルマートのランダムで増える勤務日数で一般的なカップルよりずっと一緒に過ごす時間は少なかった。彼女はいつも俺の状況を理解してくれて不平不満を言う事がなく、こんな俺のどこがよかったのか変わらず好きでいてくれた。
 本当に、男にとって都合のいい女だ。
 え?
 とっさに浮かんだフレーズに驚いた。
 俺は今なんて言った?』

『女は俺の心にさざ波を立てることなく、隣でただ笑っていてくれればいい。
 しょせんそんなもんだろ。
 まただ……
 ちょくちょく思考にノイズが混じってしまう。なんだこれは?』

 つまり

『何の心配もなく、負担もないのがつまらない』

 という自分の心境の変化に気づくと、ヘルマートという『戦場にいることを楽しんでいた自分』に気がつくのであった。

『ヘルマートはあんなに狭く思える箱の中だというのに、一度だって退屈だと思ったことがない。店長やスタッフもお客さんも俺をフリーにはしなかった。
 ヘルマートを離れた今はこんなにも広い世界なのに、こんなに窮屈に感じている。
 ヘルマートは刺激的だった』

 と。『そもそもヘルマートは、今の会社に入りたいから、始めたアルバイトだった』にもかかわらず、そのヘルマートにいた時期の刺激的で、アクティブな毎日の方が、ヘルマートの親会社への就職が決まって、エリートの道を歩むことが決まった現在よりも魅力的な日々だったように思えてきてしまうのだった。

 と。こうなればもはやストーリーは決まった方向にしか動かない。つまり、ヘルマートに帰還し、ヘルマートを変える方向へと「俺=善人面」は動き出すのだ。

 そこでヘルマートの社員総会へ潜り込んだ「俺=善人面」は……、とここから先を語ってしまうとネタバレになってしまうので、やめるが、まあ話はそういう方向に進んでいくのである。

 つまりこれって「予定調和」?

 う~む、かなり濃いキャラ立ちした登場人物に期待して、「お話はこれからだ」的なことを以前のブログで書いたし、著者も「あとがき」で『すると、不思議なことにキャラクター達が一人歩きして行くのです』と書くように、まさにそんなキャラクターが立っているお話ではあるのだが、今回はまさにそんなキャラクターたちに勝手に歩かしてしまったために、ちょっと予定調和的なストーリーになってしまっているのが惜しい。

 多分、このキャラクターたちはまだまだお話を作りだしそうな人たちだ。今後、さらに予定調和を外したストーリーを期待しようじゃないか。

 なんて囃し立てたりして。

『コンビニの戦士達 本編』(幻夜軌跡著/のぎのぎ出版/2013年5月19日刊)

2013年6月 4日 (火)

六根清浄「千駄ヶ谷富士の開山式」

 てなことで、本家の富士山が7月1日が開山式なんだけれども、それに先立って、ここ千駄ヶ谷富士は6月3日が開山式なのだ。もう、だいぶ前にブログで書いたな。

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 基本的には開山式というものは同じようなもので、本家の富士山でも、ここ千駄ヶ谷富士でも同じ。神主さんが祝詞をあげて、その後、氏子たちが浅間神社に詣でる訳ですね。

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 で、当然その氏子代表は、取り敢えず氏子の理事から、各町会の代表者となって、その後は、まあよくある区長とか都議会議員、区会議員という、なんかなまめかしい理由で出てくる連中がいるわけですね。でも、こいつらは4合目あたりにある浅間神社までしか詣でないのであります。まあ、選挙対策でしかないからね。

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 で、最後に参列者が「六根清浄」のBGMに合わせて誰でも登拝できるのが、儀式が終了してから。

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 もう、そこでは浅間神社だけでなく、山頂の祠にもお参りできるのだが、そこに参加する都議とか、区議とかはもういないわけですね。帰っちゃうから。で、皆は山頂の祠まで行くわけだ。
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 で、千駄ヶ谷富士登山の記念として、「富士浅間神社ご朱印」というのをもらえるそうだ。

 皆さまもこの「ご朱印」をいただくために登ったら?

 ちなみに、私は二度ほど山頂まで登ったけれども、別に「ご朱印」は戴いてないです。

 本家の富士山も、別に開山式の前だろうが後だろうが、関係なく登山はできるが、要は「登山は自己責任」ということだけなのだ。

 それは、日本中どこの山でも同じ

 勿論、それはここ千駄ヶ谷富士(標高7m)でも同じ。

 まあ、千駄ヶ谷富士で遭難する人はいないと思うけどね。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @Sendagaya (c)tsunoken

2013年6月 3日 (月)

映画『インポッシブル』で感心したこと、残念なこと

 つまり、家族で津波に飲み込まれてしまい、母親と長男、父親と次男、三男で別れ別れになってしまった一家が、奇跡的に再び巡り会うことが出来て良かったね、というのが『インポッシブル(不可能、あり得ないこと)』なわけなのだが。

2013_06_01_54352映画の公式サイトはコチラ

 まあ、映画はそれだけのこと、チャンチャン。っていうことなんだけれども、それだけでは何の感動もないし、それだけの映画でどうやってストーリーを作るのさ、って訳なんだけれども、まさに「それだけの映画」なんだな、これが。

 本当は試写会で観た映画は「基本的に褒める」はずだったんだけどもなあ。

「これは2004年、スマトラ島沖地震に遭遇し、離ればなれになりながらも再会を信じて生き抜いた家族と、その周囲の人々を描いた感動の実話」というのがパンフレットに書かれた惹句なのであり、映画のエンディングにも実際の家族がでてくる訳なんだけれども、そう真実は映画ほど劇的ではないということなんだろう。むしろ、途中に出てくる長男ルーカスが逃げる途中で助けたよその子どもが、父親と再会しているのを見て感動した話はいいとして、でもその父子以外の母親や他の子どももいただろうし、とか。父親ヘンリーと一緒にバラバラになった家族を探す他の父親の一家はどうなったんだろう、とか。なんか、この一家以外の人たちの「劇的な話」の方が気になってしまったりするんだな、これが。

 少し気になったのが、それほどの津波が来る以上はその前に大きな揺れを伴った地震があったはず。スマトラ島でも震度5強から6の地震が6~7分も続いたというのだから、まずそこで大きな恐怖に見舞われたはずなんだけれども、そこはまったく触れずに突然津波が襲ってくるっていうのは、ちょっと不思議な解釈である。「津波が来る」っていうのは想定外ではあったのかもしれないが、その前の地震でかなりの恐怖でしょう。特に、日本から来たとはいえ、元々はアメリカ人一家である。我々日本人程には「地震慣れ」はしていない筈なんだけれどもなあ。

 その辺は、まさに地震のことなんか何も知らないスペイン人のファン・アントニオ・バヨナ監督だけはある。だから、地震のことなんか何も知らないスペインでは大ヒットしたんだろうな。日本じゃ無理だろうけれども。

 まあ、それは良いとして、その突然襲ってきた津波に飲み込まれたシーンだけは一見に値する。何しろ、津波っていうのは上空からとか地上の安全なところから見るのが普通であり、津波に飲み込まれた立場から見る映像というのは、我々は普通目にしないものだからである。当たり前だ。だって、そんな映像を捉えたカメラが仮にあったとしても、その場合はフィルムやテープが水に浸かってしまい、映像はダメになってしまうじゃないか。

 ということで、その部分は特殊撮影とVFXなわけなんだけれども、そういう意味では特撮+VFXチームの頑張りだけにはエールを送るとしよう。で、その頑張った映像だけは映画の前の方で実際のストーリーの流れの中で、ともう一つ記憶の映像として終わりの方での二回出てくるわけだ。まあ、頑張ったもんな。

 じゃあ、それ以外の部分。つまり肝心のストーリーは頑張れなかったのか……、と言えば。まあ、そうなんですね。

「津波で別れ別れになってしまった家族」というのは、沢山いただろう。その中にはこの一家のように奇跡的に再会できた一家もあっただろう。しかし、それを元にストーリーを作るためには、映画を見た人たちに感動を与えるための一般化したストーリー作りが必要なんじゃないか?

 たまたま偶然あった奇跡的なストーリーだけでお話を作るのはかなり安易な方法である。それだけで映画を見た人たちに感動を与えようというのは、かなり無理があって、それは「特殊なケースでしょ」と言われてしまっても仕方のないことなのだ。

 そこは心を鬼にして、離散したまま再会ならなかった人々をもうちょっと描くなり、家族を亡くした人たちの悲しみを描くなりして、話を膨らませて、そんな中での再会劇であるということで、話に説得性を持たせるのだ、普通は。

 どうもこの監督や脚本家のセルヒオ・G・サンチェスにはそんな力量がなかったのだろうか。プロデューサーは『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳の別れの手紙』を作った人なんだから、もうちょっとプロデューサー・レベルで何とかならなかったのか。というのが残念なところ。

 すごいところは特撮とVFXかな。

 ただし、これも実際に津波に飲み込まれて九死に一生を得た人たちが見ればなんと言うかは分からない。もっとも、そういう人たちは、この映画を見たがらないだろうけれどもね。

2013_06_01_54402一緒に映画をみたY氏を映画の後で一杯なんて言っていたんだけれども、土曜日の神保町は飲み屋さんが本当にやってない。ということで三省堂地下の放心亭へ。

2013_06_01_54322試写会場の日本教育会館隣の神田一橋中学の不思議なオブジェ

RICHO GRDⅢ @Jinbocho (c)tsunoken

2013年6月 2日 (日)

『やりたいことは二度寝だけ』は羊頭豚肉のエッセイ集だ

「羊頭狗肉」というのはこういうことなんだろうけれども、まあ入っていたのが「犬の肉」じゃなくて、「豚肉」くらいなので、許しておこう(イベリコ豚まではいってないけれどもね)。

 中国では「羊頭狗肉」つまり羊の肉だと言って、キツネ(つまり犬)やネズミの肉が入っているのは当たり前だそうだから、それに比べれば上等じゃないですか。

2013_05_29_54022『やりたいことは二度寝だけ』(津村記久子著/講談社/2012年6月18日刊)

 津村氏は「あとがき」でこんな言い訳をしている。

『ちなみに、いったんこのあとがきは二度寝について書いてみたのだが、あまりにも「悲劇」という感じで、自分で読み返してひいたので没とした。「二度寝について読みたかったのに!」という方がいらっしゃったらすみません。平日は、仮眠・本眠(?)・昼寝と一日に三回に分けて寝るわたしは、単純に計算して年に約八百回二度寝をしたくなる、という胸苦しい話なのです。
 二度寝ができる日にも、できない日にも、みなさんのそれぞれの事情が、それぞれの自責へと導かれないことを切に願う。また、みんさんを幸福か不幸か勝手にジャッジして、口出しをしてくる不埒な人が現れたら、でも世の中にはこんなにどっちでもないことばかりを考えている人がいる、とこの本を見せてあげてください』

 だとさ。

『やりたいことは二度寝だけ』というタイトルを見てしまえば、それはこの本には「二度寝」についての薀蓄がそこここに書かれており、私みたいにもはやサラリーマンをリタイヤし、もう二度寝三昧の毎日を送っている身としては、果たしてそんなに二度寝ばっかりをしていると○○になっちゃうよ的な「お言葉」をいただけるものとばっかり思って買ったら、実は「没とした」ってねえ。たしかに、「あとがき」は全体のゲラチェックが終わってから書くものであるから、その時点ではもはやタイトルは決まっており、でもそのタイトルに即しない内容の本になってしまえば、そりゃあ作家としては言い訳をしたくなるわけなのである。けれども、『あまりにも「悲劇」という感じで、自分で読み返してひいたので没とした』って言ったって、なぜ『あまりにも「悲劇」』なのかが分からなければ、それは読者としては納得できない。

 できれば、その「悲劇」ってやつを読者に開陳して、読者の前で素っ裸になって「受け」を狙うのが物書きとしての正しいあり方なのではないか!

 ということなので、単純に「羊頭狗肉だっ! 1575円返せっ!」って言ってもいいんだけど、考えてみれば津村氏は現在も(堅気の)OLをやりながら作家もやっているという二足の草鞋を履いている状態。そんな人が「二度寝」なんてできるわけないじゃん、出版社みたいないい加減な出勤時間でできる仕事(って私がそうだっただけ?)にでも勤務しているんなら別だけど、ということに思い至るのである。

 なので『やりたいことは二度寝だけ』という願望だけで、実際にご自分が二度寝を実践している訳ではないのであります。でも、たまにはやっているみたいだな。

 なんだそうか。じゃあ私の方が二度寝に関してはオーソリティーだなあ、ということであったのである。何しろサラリーマン時代にもしばしば、今では毎朝、家族で朝食を摂ったあとには二度寝をするというのがほとんど生活習慣になってしまっているのである。いいだろう。羨ましいだろう。

 で、二度寝の効用なのであるが、実は二度寝によって<ストレス耐性ホルモン「コルチゾール」>が大量に生産されて、うつ病に罹りにくくなるそうである。日本人に多いと言われる「真面目同調圧力」からくる「会社に遅れちゃいけない病」によるうつや、自殺なんかも「二度寝をすることによって解決」するのであります。

 私がこんなのんびりした性格になって、周囲の皆が幸せに暮らせるというのも、結局はこの「二度寝の効用」によるものであって、自分も幸せ周囲も幸せになる一番の秘訣は二度寝なのであります。な~んてね。

 なになに? そんなことをしていたら会社は成り立たなくなっちゃうし、その結果日本経済はグジャグジャ、ダメダメになっちゃうだろうって? 何を言ってるんですか。皆が二度寝もせずに真面目に働いて、大量のうつ病患者と自殺者を出した結果が今のグジャグジャ、ダメダメの日本経済じゃないですか。

 もうこうなったら、日本中の人が皆で二度寝をして、もっといい加減に仕事をして、不真面目な生き方を追求するようになれば、所得格差のない、皆が幸せになる国になるのではないでしょうか。勿論、その結果として日本の対外経済力は多少は落ちるかもしれないが、でも国民幸福度指数なんてものは逆に上がるかもしれない。

 もはや国民総生産(GNP)や国内総生産(GDP)の時代じゃなくて、国民総幸福量(GNH)の時代ですよ。国民が皆で日本の経済力を上げようと努力するんじゃなくて、皆で幸せになるように「一生懸命働かない」ということが必要なのである。

 で、GNH世界一と言われるブータンの人たちって、皆「二度寝」をしてるのかな。

 って、結局『やりたいことは二度寝だけ』というタイトルがついていながら、まったく「二度寝」について書いていないエッセイ集について書くはずが、まったくエッセイについては書かずに「二度寝についてだけ書くブログ」になってしまった。

 こりゃあ、やっぱり書評じゃないな。まあ、もともと「書評ブログ」じゃないことを宣言しているから、全然困らないが。

『やりたいことは二度寝だけ』(津村記久子著/講談社/2012年6月18日刊)

2013年6月 1日 (土)

超デジタルから超アナログへの旅

 さながら秋葉原から渋谷へ、超デジタルから超アナログへの旅であった(大袈裟)。

2013_05_31_54112

 まずは秋葉原、富士ソフト アキバプラザへ「After NAB Show Tokyo 2013」へ。

 アメリカでNAB(全米放送事業者協会)の総会が4月に開催されて、それと同時にNAB Showという放送機器展が行われたわけだが、そこに出品した業者が同じようなものを日本でも開催しようということで、今年初めて開催されたのが「After NAB Show Tokyo 2013」。

 プロフェッショナルのみが対象のため、開催は5月31日の1日だけ。開催場所もかなり狭い会場であった。出品しているのもアドビシステムズとかキャノンマーケティング、フォトロン、ブラックマジックなどのプロ向けの機材を開発・販売している会社が多い。

 なかでも面白かったのはブラックマジックで、ほとんど高級コンパクトデジタルカメラなみのサイズで1080のハイビジョン映像を撮影できるPocket Cinema Cameraだった。普通のBlackmagic Cinema Cameraも展示されていてあまり目立たなかったのだが、係の女性が持っていたデジカメかなと思ったらシネカメラだったというのが、本当に衝撃的な感じで、それが10万円程度の値段で売りに出されるというのだから、こうなったらドキュメンタリー映画作家なんかがどんどん使い始めるだろう。レンズもフォーサーズでOKなので、大分映画作りのハードルが下がった。

 勿論、「アナログ→デジタル」という変化の中で映画作りの(金銭的な)ハードルはかなり下がって、いまやデジタルシネマが当たり前という状況になっているのだが、ますます誰でも映画を作れるようになってきたわけだ。しかし、問題はコンテンツであることは間違いなく。これからはますます映画もコンテンツ次第ということになっていくんだろうなあ。

2013_05_31_54062キャノンはEOS C100というシステムを売り込んでいた。こちらも50万円程度で販売されるようだ。

2013_05_31_54092アドビは当然、編集システムであります。

2013_05_31_54312映像新聞のAfter NAB Show特集記事。

 で、末広町から銀座線で渋谷へ行くと、今度は東急東横店 西館で超アナログな「世界の中古カメラフェア」を開催中だ。こちらはアマチュアも相手なので6月4日までの開催。

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 勿論、ライカウィルスの患者も沢山来ていて、自らのライカウィルスやら、金属製カメラウィルスやらにひと時の安静を促すのであった。

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 私は相変わらず「セコニック・スタジオマスターの皮ケース」を探しに行ったわけですが、今回も収穫はなく、肩を落として帰ってきたのでありました。

Fujifilm X10 @Akihabara, Shibuya (c)tunoken

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