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2013年5月 1日 (水)

『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか』って、当たり前でしょ。ルールは自分に有利なために作るのだ。

 まず基本的なことを言ってしまうと、それは民族の形成過程の問題なのだろう。

2013_04_30_24222『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか ルールメイキング論入門』(青木高夫著/ディスカバー携書/2013年3月15日刊)

 内田樹氏ではないが、アフリカで生まれた人類も、北のヨーロッパに行った人たちや、アジアでも大陸にとどまった人たちは、常に他の民族との摩擦を経験しながら民族を作ってきた。しかし、他民族との摩擦を避け、摩擦を避け、結局、辺境の島国にまで逃げ延びてきた我が大和民族は、他民族との摩擦がない分、多民族の中でのルール作りといったものを経験しないまま今日まで来てしまったために、積極的にルール作りができない民族になってしまったのだ。

 ところが、そんな日本人が国際柔道で勝ちまくったり、スキージャンプで勝ちまくったり、更には1988年のホンダF1みたいに全16戦で15勝もしてしまったりすると、欧州勢からは「じゃあルールを変えよう」という提案が出てくるわけである。

『スポーツで特定のチームばかりが勝っていると、ゲームの面白さが消えていきます』

 ということ。そりゃ柔道で日本が勝ちすぎるというのは、元々日本で生まれたスポーツなんだから日本が強いことは欧州勢も認めてはいるのだが、しかし、世界スポーツとしての国際柔道の世界ではそれは通用しない。で、日本ばかりが強いルールを変えようということになるわけだ。そんな時に日本人が「ずるい!」と感じるのは何故だろうか。

 青木氏は三つの理由を上げる。

理由1 日本文化の中に存在する行動や闘いに関する美学
理由2 欧米とのルールに関する考え方の違い
理由3 ルールとプリンシプルの混同

「理由1」は、多分日本人は試合の勝ち負けという結果よりも、如何に戦うかというプロセスを重んじる考え方があるというもの。確かに、我々の多くはビジネスでも「成果主義」的というよりも、プロセスの方を重んじているようなところはあるな。まあ、結果として成果が伴わない時にであるが。

「理由2」がこの場合一番重要。つまり我々日本人は「ルールはお上だったり官だったりの誰かが作るもので」大事なのはそのルールに則って最善の努力をするものである、と考えるのに比較して、「欧米人にとってルールはあくまでも”決め事”である」にすぎなく、それが現状に合わなければ、あるいは自分にとって都合が悪ければ「変えればいい」と考えているものなのだ、ということ。結局、これも成果主義かプロセス主義かという違いだとも言えるかもしれない。

「理由3」は「ルール=お互いの決め事」と「プリンシプル=個々人の行動の原則、個人の信条・哲学」の混同である。まあ『プリンシプルのない日本』(白洲次郎)である以上、それはあ仕方のないことなのかも知れないが。

 ただし、青木氏はホンダに勤務する人なので、あまりこの辺は声高に言わずに、スポーツのルール変更と同じような捉え方をしているが、スポーツのルール変更とビジネス上の「ジャパン・バッシング」とは全く違うのではないだろうか。

 なぜならスポーツにおけるルール変更は、そのスポーツに参加する選手全体、日本人も欧米人も同様に当てはめるルール変更であるのに対して、ビジネス上の「ルール変更」は、例えば本書に書かれているアメリカによる『特別措置として4.4%だった大型二輪車の輸入関税を45%引き上げて49.4%とし』というのは日米双方に関わるルール変更ではなくて、日本だけが片務的に負わなければならないルールなのである。非関税障壁に対する批判などもまさに一方的な批判であり、そうしたことに係わるルール変更も片務的なものであり、スポーツのような双務的なルール変更とは異なるはずだ。

 勿論、経済的に負けていると感じる国(企業)が、ルール変更を申し出てそれを認めさせることはありうることであり、別にそれを言い出したからと言ってそれは「ずるい!」と言われる筋合いのものではない。だからこそ;

『ルールはお上の作るものではなく、私たちは守るだけの下々ではありません、。ルール作りには、ゲームに参加するプレーヤーが参画しなければならない』

 と、積極的に日本人も国際ルール作りに参加することを勧めるわけなのである。

 欧米列強がなぜ自らルールを作りたがるのか? 当然、それはそのルールを自らの有利なものにしたいからなのである。自らの国、自らの企業など自分に属するものに有利なように世界のルールを作る。実はそれが国際摩擦なのであり、国際紛争なのだ。欧州の歴史はまさしく国際紛争の歴史なのであり、そうした国際紛争慣れしている欧州であるからこそ、そしてその欧州から認められたアメリカであるからこそ、世界に君臨することを許されるのである。

 日本もそこに参加することによって、始めて世界の仲間入りすることができる。ルール作りする仲間に入ることによって世界に認められるのである。これまで日本はそんなルール作りする方に入らないで、せっせせっせと輸出し、世界から富を国内に導いてきた。それが更なる欧米によるルール変更となって、ジャパン・バッシングをも導いてきたのであろう。であるならば、日本も世界の中心プレイヤーになるべくルール作りをする側に積極的に回るべきだ。

 勿論、そのための責任も果たさなければならない、というお約束付きでね。

『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか ルールメイキング論入門』(青木高夫著/ディスカバー携書/2013年3月15日刊)Kindle版もあったのか。本屋さんの店頭で見つけて脊髄反射的に買ってしまって250円損した。

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