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2013年5月

2013年5月31日 (金)

『巻き込み型リーダーの改革』がなるかどうかは市民次第だ

「独裁制」って、誰のことを言ってるのかな……、な~んてね決まってるじゃん。

2013_05_29_54042『巻き込み型リーダーの改革 独裁制では変わらない!』(山中光茂著/日経BP社/2012年12月25日刊)

 で、この山中光茂三重県松阪市長なわけであるが、慶應大学法学部在学中は児童養護施設でボランティアをしたり、外交官を目指す専門学校に通いながら、新宿歌舞伎町でキャバクラのスカウトやホストクラブでアルバイトをし、卒業後は今度は群馬大学医学部に編入して医師となるが、その後、松下政経塾に通いながらもケニアでエイズプロジェクトを立ち上げるなどしてきた。

 なんかすごいスーパーな人生なのだが、民主党から三重県議になるあたりから、方向が変わってきて、2009年に松阪市長選挙に「3回連続の無投票は許されない」と建議を辞職して、自民党・民主党相乗りの下村前市長を破り33歳で全国最年少の市長となったわけだ。

 議員というのは、まあ付和雷同でも構わないのだが、首長となってしまうと、そこは行政官であるから「自ら体を動かさない」といけない立場になってしまう。で、そこで山中氏は自ら市民の中に飛び込んでいき、市民とともに歩む姿勢を明らかにしていく。

 2010年には民主党政権が成立させた「子ども手当」法に対して批判的立場から活動を行っており、山中氏を中心に全国11人の地方自治体首長による政策提言グループ「現場から国を変える首長の会」を発足させる。

 2011年3月1日現在でこの「現場から国を変える首長の会」のメンバーは37名になっており、その構成は「栃木県足利市長大豆生田実/三重県松阪市長山中光茂/神奈川県大和市長大木哲/鎌倉市長松尾崇/群馬県太田市長清水聖義/みどり市長石原条/藤岡市長新井利明/中之条町長入内島道隆/みなかみ町長岸良昌/片品村長千明金造/千葉県我孫子市長星野順一郎/成田市長小泉一成/浦安市長松崎秀樹/柏市長秋山裕保/香取市長宇井成一/長野県佐久市長柳田清二/長野市長鷲澤正一/須坂市長三木正夫/中野市長小田切治世/茅野市長柳平千代一/埼玉県川越市長川合善明/さいたま市長清水勇人/和光市長松本武洋/富士見市長星野信吾/ふじみ野市長高畑博/鶴ヶ島市長藤縄善朗/北本市長石津賢治/本庄市長吉田信解/深谷市長小島進/美里町長原田信次/富山県南砺市長田中幹夫/福島県飯舘村長菅野典雄/岡山県玉野市長黒田晋/愛知県知立市長林郁夫/京都府京丹後市長中山泰」の各氏。これからはこれらの地方自治体の行政や活動をウォッチしていこう。

 そこには地方分権に繋がる何らかの方向性が見えてくるかもしれない。

『近年、古い体制を維持し続ける「悪玉」の役割に行政職員を仕立てあげ、それを打破する姿勢で自らのリーダーシップを強調し続ける「改革派首長」が目立ってきています。市民にとっても「公務員」とは、自分たちが支払った税金から必要以上に高い給料をもらいながら、市民目線ではない、いわゆる「お役所仕事」をしている人たちというイメージが根付いていることは否めません。市民にとってプラスのイメージが乏しい公務員を一つの対立軸に捉え、「改革派首長」のリーダーシップでその古い体質を打ち破っていくイメージは、一見、爽快に見えるかもしれません』

 という「改革派首長」の代表は、最近「従軍慰安婦は必要」発言で物議を巻き起こしたあの人や、「中京都構想」のあの人たちを指しているんだろうけれども、それらは実体を伴わないパフォーマンスに過ぎず、単なるポピュリズムでしかない。

 そんな山中市長が仕掛けたのが「借金時計」というアイデアや、「シンポジウム・システム」や「住民協議会」という考え方である。確かに、こうした方法論を導入することは非常に手間がかかることではある。しかし、市や町、村レベルの地方公共団体であれば不可能ではないこともある場合もあるのだろう。同時に、それは市長や役人だけが一方的に市民から要請を受けるという関係論ではなく、市民も一緒に働きましょうというメッセージでもある。松坂市レベル、大阪だったら市というよりは特別区というレベルであれば可能かもしれない。しかし、その為には首長や行政官たちの苦労も厭わない努力が必要になる。

 多分、行政官の多くはそうした努力を厭わない人たちであるはずである。少なくとも公務員になった当初は。

 しかし、そんな姿勢を無にしてしまっているのが、公務員の「前例主義」という古くて大きな問題。これは大企業でも官僚組織がしっかりしている企業でも同じ問題だ。

 そして、もう一つは地方公共団体ならではの、地方交付税という名のバラマキであろうか。

『賢く財政のマネジメントをしている地方自治体は増え続けてきています。半面、無計画な「バラマキ」をし続けてきた国の財政は大きく悪化し続けています。にもかかわらず、政府はいつまでも「甘えの体質」がある全国市長会の節操のない要望を受け、交付税の規模を変えないことを、いとも簡単に約束してしまっているのである』

 ところが、この交付税は2001年度から国の財政状況の厳しさを理由にして、自治体に対して満額払えなくなってしまっているというのだ。それは当然だよな。だって、国の財政がひどい状態になっているからこその消費増税なわけだろう。

 で、国が払えなくなった差額は、地方が「臨時財政対策債」という借金をするようになったというのだ。これは、国が払えなくなったお金を地方が変わって借金するというもので、結局どこかが借金をするという形のもの。で、その借金を国が返しますというのは単なる「口約束」だから、守られるかどうかは分からない。というより、今の国の財政状況からしたら、まず守られることのない約束だろう。

 ところが何故こんな当たり前の状況を首長は理解しないのだろう。つまり、それは自分が首長をやっている間は、結果の出ないゲームみたいなもので、結果に対する責任を取るつもりはないからだろう。で、この意味のない仕掛けに橋下大阪市長も引っ掛かってしまっているそうなのだ。

 そんな「改革派首長」なんてものにいつまでダマされているんですかねえ、大阪の人たちは。「面白ろきゃあいい」って言う問題じゃないと思うんですけどねえ。

『巻き込み型リーダーの改革 独裁制では変わらない!』(山中光茂著/日経BP社/2012年12月25日刊)

2013年5月30日 (木)

新浦安と浦安、こんなにも街が違う

 東京メトロ東西線浦安駅とJR京葉線新浦安駅とは全く違う駅なのだというのを始めて知った。

 山本周五郎氏『青べか物語』で知られる浦安は、東京メトロ浦安駅周辺の町で、現在では大きな道路ができているが、一歩その大通りから横道に入ってみると、昔の人々が生息していた町の息吹が感じられる、無節操に作られた人々が住む町なのだ。

2013_05_28_53712

 ところが、JR京葉線の新浦安駅を降りてみると、そんな無秩序とは一切関係ない、計画された町並みが作られている。

 要は、駅前にショッピングセンターやホテルなどが作られ、その後ろには巨大なマンションや賃貸マンションができて、それがある道路を境に平屋の住宅団地がある、という具合。

 なんかなあ、あまりにも整然としたその町並みには、例えば酔っぱらいの私なんかが駅を降りても、ちゃんと自分の家に帰れるのかが不安になってしまう感じなのだ。

 当然、それは元々の海辺の町であった「旧浦安」と、新たに海を埋め立てて作った「新浦安」なんだから、違って当然。新浦安住民は旧浦安住民に対して多分にエリート意識を持って、新しい浦安市民として胸を張っていたはずなのである。

 ところが、そんな新浦安市民が恐怖のどん底に陥れられてしまったのが2011.3.11の地震なのであった。

 地震から2年ちょっと過ぎた今日でも、今でも例えば駅前の大きなショッピングセンターや線路は当然地盤工事をきちんと行っているので、沈下はしていないが、それ以外の部分では地盤沈下が起こっており、そうなるとその差分をアスファルトで補うという補修をすることになるのである。

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2013_05_28_53432

 なんかみっともないね。しょうがないんだけれども。でも、基本的にこの新浦安駅周辺が一番震災の被害が大きいところのようだ。

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 これが浦安市の液状化マップである。元々の地上だった部分は問題なし、明海大学があるあたりからは1970年以降の埋め立てなので問題はないようだ。ディズニーランドのあるところもあまり問題はないようだ。

 つまり、JR京葉線の新浦安駅周辺の浦安市美浜という地区が一番震災の被害にあったようである。何かその時代(1960年代のイケイケドンドンの)の開発の考え方が出ているようですね。

 で……、上に書いたようなことも含めて、やっぱり、こういう街には私は住めないな。

 で、最後にバスで浦安駅前に着いた時には、なんか雑然とした街のあり方にホッとした気になったのであった。

 やっぱり町は計画的に作るべきではなく、人が勝手に住み着いて無秩序に出来上がるべきなのだ。

2013_05_28_53842

Fujifilm X10 @Urayasu (c)tsnunoken

2013年5月29日 (水)

『出版・新聞 絶望未来』って言うほどのものではない

「The Print Media Are Doomed」(もうプリント・メディアはオシマイ)というサブタイトルがついているが、ちょっと待ってほしい。メディア産業はオシマイだが、メディアそのものはオシマイにはならないのだ。

2013_05_26_52923『出版・新聞 絶望未来』(山田順著/東洋経済新報社/2012年11月15日刊)

 たしかに、「デジタル革命」によって、出版「業」や新聞「業」は終わりが見えてきている。

 第4章の終わりに「ある出版社の重役の本音」を書いているが、その中に『そもそも、IT企業やウェブ企業と出版では、事業モデルが違いすぎる。出版社というのは、社員一人を雇用するのに最低でも1000万円かかる。そのうえに、社会保険、管理費用、取材費などを乗せていくと、年間一人に平均3000万円のコストが必要だ。だから、社員一人が1億円の売上を確保しないと会社はやっていけない。ところが、IT企業では、社員の年俸は400~500万円。これが相場で、たとえばページビューが年間1億を超えるサイトでも、4~5人で回している。それで、年間売上は1億円程度。ギリギリ黒字かイーブンという話だから、これをいまの出版社がやったら、社員の給料を維持できなくなるね』という発言がある。いみじくも、この発言が、まさしく出版の「業」としてやっていけなくなるということを示している。

 まあ、社員一人の年俸が1000万円という出版社は数少ない大出版社だけだから、大体この発言をした重役の名前は予想はつきそうだが、そうじゃなくて、それは出版というものを「出版業」として行おうとしているから問題があるんであって、そんなものは放り出して、「業」ではなく「志」としての出版であるならば、何の問題もないことなのである。

 もともと、出版も新聞も最初は「志」だった。それが多少は商売になるというところに気がついたところから「出版業」や「新聞業」が生まれたわけで、デジタル革命によってこうした「業」としての出版や新聞がなくなるというだけのこと。

 そもそもこの重役が言っているように『出版なんていうのは、年間計画通りには行かないんだ。いつ、ベストセラーが出るかわからない』ヤクザな仕事なのである。そんな出版で、たまたま出たベストセラーのおかげで「出版業」が成り立っていた時代が、たまたま良かったんであって、そんな時代はいつまで続くとは限らないんだから、それはそれで仕方がないんじゃないか、と考えれば腹も立たない。あとは「志」でメシを食っていく方法を考えることなのである。

「情報はタダ」「著作権なんて関係ない」というのがデジタルの世界の基本である以上、デジタル革命の進展にともない、「情報の価値」をお金に換えたり、「著作権」をお金に換えたりする今までのビジネスモデルが成り立たなくなることは、既に数年前から見えていた。

 本書ではあまり触れていないが、「ハフィントン・ポスト」のような成功例もある。勿論、「ハフィントン・ポスト」がこれまでの「ワシントン・ポスト」や「ニューヨークタイムズ」のようには記者に報酬を払っていないことはよく知られているが、それでも何とか食っていけることはできる。

 またイケダハヤト氏のように「年収150万円」で生きていけるというブロガーなんかもいるのである。

 つまり、これまでの出版や新聞の「企業としての」ビジネスモデルが成り立たなくなっただけのことであり、別のビジネスモデルを探っていけば、基本的にメディアで生活していくことはできるってこと。

 もうひとつ言ってしまうと、デジタル化でもってもはやメディア産業は「メディア産業という特殊な場所」にいるということが出来なくなったということなのだろう。メディア産業という特殊な場所にいることが出来なくなったメディア産業は、結局家電と同じく世の中の進化から取り残されてしまう。『電子書籍革命でアマゾンがやったこと、音楽配信革命でアップルがやったことは、まさにこれであり、「Kindle」も「iPhone」も単なるデバイスではなく、その上にサービスが載っている垂直統合モデルだった』のにも関わらず、日本の家電産業はそれが理解できずに、「よりハイスペックなデバイス」だけを作っていって、崩れてしまった。

 それと同じことがメディア産業にも訪れているのではないだろうか。

 更に重要なことは、こうしたデジタル化は経済のグローバル化を呼んで、更に加速していって、世界的な失業を作りだしてくる。

『IT革命とグローバリゼーションの恩恵を受けるのは、新興国、発展途上国だけで、先進国ではまず日本が、そしてアメリカ、いまや欧州まで、大量の失業者と生産過剰に悩まされるようになった。先進国ではかつてのような成長は夢物語となり、経済が回復しても雇用は増えない「雇用なき回復」しか起こらなくなってしまったのだ。
 労働集約的な労働(工場労働)が新興国にアウトソースされた後、オフィスではIT化が進んだからだ。最初は単純労働(マニュアルレイバー)がなくなったが、いまではホワイトカラーも必要ではなくなった』

 その結果、「1対99」の格差社会になったわけだ。

 と言うことで、山田氏の最後の言葉はなかなかに示唆に富む。スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチ「Stay hungry, Stay foolish」であるが。

『問題は、彼がこの言葉を誰に対して言ったかである。もちろん、卒業するスタンフォードの学生たちだが、彼らは全米、いや世界から集まった超エリートたちであることを忘れてはいけない。やがて、ウォール街に行く人間もいれば、ITビジネスに行く人間、自らスタートアップ(起業)する人間、留学生なら国に帰って外交官や政治家になる人間たちの集団である。
 つまり、エリートのインテリ集団に向かって、「常にハングリーであれ、常に愚かであれ」と言ったのである。誰が、いつもお腹をすかしている落ちこぼれに向かって、こんなことを言うだろうか?
 それなのに、ウェブが作り出した新しいメディアに熱中する貧しい若者たちは、この言葉が自分たちに向けられた言葉だと信じ込むのである』

 う~む、まさしくウェブも「インテリがつくってバカに売る」なんだなあ。

『出版・新聞 絶望未来』(山田順著/東洋経済新報社/2012年11月15日刊・Kindle版は2013年5月3日刊・300円おトク)

2013年5月28日 (火)

『クリエィティブ喧嘩術』というよりもドキュメンタリー的ドラマ作りが気に入った

 NHKには2年間の海外派遣制度があるそうだ。で、その制度を利用してハリウッドで映像制作を学んだ人たちは、大体帰国すると数年でその会社をやめちゃうんだなあ。

2013_05_22_49392『クリエイティブ喧嘩術』(大友啓史著/NHK出版新書/2013年5月10日刊)

 大友氏もその一人で、ハリウッドから帰国後、『ハゲタカ』『白洲次郎』『龍馬伝』を撮ってNHKを辞めてしまう。

 実はフジテレビにも同じような制度があって、やはりハリウッドあたりで学校に行ったり、プロダクションでインターンをしたりするわけなのであるが、やはり帰国後、みんなフジテレビを辞めてしまったために、今はその制度はなくなってしまったということである。

 会社としては、ハリウッド流の映像(映画)の作り方を学んで、自分の会社の映像作りに生かしてほしい、またハリウッドでの人脈から自分の会社の番組の輸出にも役立てててほしい、という気持ちからの海外派遣制度なのだ。ところが、派遣された本人にしてみれば、そこで学んだハリウッド流の映像(映画)作りは、実は皆独立した個人の才能が集まって一つの映像(映画)を独立したビジネスとして作り出す世界がそこにあることを発見し、そこから帰ってきた自分の会社の映像作りに何の未来的な可能性が見いだせなくなってしまい、じゃあ、独立して映像(映画)作りをした方がより刺激的に面白いビジネスができるんじゃないかと考えてしまうのである。

 つまりハリウッドにはそんな独立した個人の才能が切磋琢磨しあって、より面白い映像(映画)をどうやって作るのかということを、常に追求する姿勢があるのに対して、日本の「わが社」にはそんな方法を厳しく制御する「官僚制」しかないことに、実は帰国して初めて知ることになるのである。

 なんでそんなことを知っているのかといえば、実はフジテレビ『スター千一夜』のディレクターであったK氏が、やはりこの制度を使ってハリウッドで2年間修業をしたわけなのであるが、そこで初めの頃の「コンピュータ・グラフィック(CG)」というものと出会い、その可能性を夢見たK氏は帰国後、フジテレビを辞めて、当時はまだまだ未開発状態だったCGの世界にのめり込んでいくのであった。

 しかし当時はまだ巨大なVAX11なんてコンピュータを使って画像生成を行っていた時代で、それでも数秒のCG画像を作り出すのに一晩かかっていたような時代の1980年代だった。今では同じような仕事をデスクトップ・パソコンでできてしまう時代になって、K氏はそんな時代背景の下で、いまや東京工科大学の教授をやっているという現状。

 で再び、なんでそんなことを私が知っているのかといえば、じつはK氏が運営していたCGラボと講談社が協働して映像制作をやっていた時代があったからであり、その当事者として私も参加していたからなのだ。つまりそれが『SF新世紀レンズマン』『Galactic Patrol レンズマン』の時代だったわけですね。

 それからするとまさに隔世の感ではありますねえ……、と遠い目。

 まあ、それはよいとして、つまりそれだけ映画作りをビジネス、それもワールドワイドなビジネスとして展開しているハリウッドと、日本の中だけで完結しようとしている日本の映像(映画)ビジネスの世界の違いがあるということだ。まあ、最近はアニメを中心として多少は違う展開もあるようだが、基本的にターゲットとしているマーケットの大きさの違いは嫌でも感じさせる。あの宮崎アニメだって、ハリウッド発のアニメ程には世界を席巻はしていないのだ。

 とまあ、ちょっと本書の内容とは違うことを書いてきたけれども、だって、本書に書いてあることは、いわば当たり前のことだと私なんかは思ってしまい、そんな当たり前のことについてなんで書く必要があるんだよ、ともなってしまう。

 つまり、『『龍馬伝』は「坂本龍馬を一生懸命演じようとしている福山雅治のドキュメントですよ」という言い方もできる。いや、「福本龍馬」だけではなく、すべての役柄に対してもそのように向き合ったのが、『龍馬伝』の現場であったと言うことができるかもしれません』という言い方は、実は映像作りの基本なのかもしれない、と私が考えていることでもあるのだ。

 映像作りにテレビも映画もない。勿論「台詞で総てを語れ」というテレビドラマの世界と、「如何にして説明的な台詞を省くのか」という映画の世界の発想法の違いはある。しかし、映像作りという原点で言ってしまうと、そこにはドキュメンタリーもドラマもアニメーションもないのである。というよりも、すべての映像はドキュメンタリーに帰結してしまうのである。

 特にドラマの世界では、役者という生身の人間が自分以外の「役柄」を演じるのであるが、しかしそこには「役者本人」という個性と、「役柄」という「個性の乖離」があるわけである。問題は、そこで如何に「役者という個性」を「役柄という個性」に合わせるかということではなく、その「個性の乖離」をもって如何に「役者の個性」を「役柄の個性」に持っていくのかという状況を「ドキュメント」するのがドラマなのである。

 同じように、アニメーションというあらかじめ「作られた世界観」の中で、あらかじめ「作られたキャラクター」を、「アニメーターが描く」という、もっともドキュメンタリーからは遠い世界にあるような映像であっても、実はそんな虚構の世界に至るアニメーターの考え方はどうなんだろうとか、アニメーターの描くキャラクターや世界は、実は現実世界とどのような関係を示しているのか、という点で考えてみると、まさにこれはドキュメンタリーなのであるなあ。

 つまりそういうこと。

 映像作りにおけるドキュメンタリー性ということを感じていてくれさえすれば、その演出家は一人前である。

 そんな演出家が『一生のうち、自分が好きなように撮れる作品が一本あれば十分』と考えていればそれで充分。多分私はそんな演出家の作品を見続けるだろう。

 というのが、会社からある映画のプロデュースを終えたのちに「お前もハリウッドに行かないか」と言われて、実は行けなかった私の悲しい思いなんだがなあ。

 当時、バブルも弾けちゃったしね。

『クリエイティブ喧嘩術』(大友啓史著/NHK出版新書/2013年5月10日刊)Kindle版はない。残念!

2013年5月27日 (月)

ツアー・オブ・ジャパン最終東京ステージは西谷のステージ2勝の快挙

 ジロ・デ・イタリアでは前々日の山岳タイムトライアルに引き続き、第20ステージの雪の山岳コースでもヴィンチェンツィオ・ニヴァリが優勝して、ジロの総合優勝を確実なものにしており、今ヴァレンシアに向かって進んでいるが、ここ日本ではジロよりも数時間早く国際自転車ステージレースの結果が出た。

 ツアー・オブ・ジャパン最終第6東京ステージは、桜田通り日比谷シティ前をスタートし、東京のサイクリストの聖地である大井埠頭に至り、そこの7kmサーキットコースを14周する112.7kmの超平坦レースだ。上りと言ったら、大井埠頭北部陸橋の超短い上りだけである。

 第4富士山ステージで大きな上りはなくなってしまい、伊豆、東京と基本的にはスプリンター・ステージなので、ここで大きな差がつくことはなく、富士山ステージまでの順位が最終順位となり、東京ステージの楽しみは誰が集団スプリントを制するのかというところ。

2013_05_26_50592日比谷シティ前のスタートシーン。左端の方に見える緑のジャージが、昨日までの総合第1位のフォルトゥナート・バリアーニ、ランプレ選手の陰に見える白ジャージが新人賞のジュリアン・デヴィッド・アレドンド・モレノ(両方ともNIPPO)。

2013_05_26_51632総合1位(緑)のバリアーニと、新人賞ジャージ(白)のジュリアン・デヴィッド・アレドンド・モレノを引いてNIPPOトレインを形成するのは、ベテラン福島晋一。この日、特に福島は積極的にNIPPOトレインの先頭を引いて、チームやフォルトゥナート・バリアーニの優勝に貢献した。2004年のツアー・オブ・ジャパン第8回大会では総合優勝した福島だが、今はとにかくアシストに専念するのであった。もうトシだしね。

2013_05_26_50902この日の最大の注目は宇都宮ブリッツエンの中村誠。大井埠頭の周回コースに入るとすぐにアタック。70km以上の単独の逃げを演出し、残り2周になるところまで逃げる逃げる。

2013_05_26_51802とは言うものの、単独の逃げもそれまで。残り2周になって集団に吸収され、同じく宇都宮ブリッツエンの堀孝明のカウンターアタックの後すぐに、フロリス・ゴジネン(ドラパック)、エリック・シェパード(OCBC)、クレイグ・ルイス(チャンピオン・システム・プロサイクリングチーム)の3人のアタックが決まる。

 しかし、結局残り1kmでその3人も集団に吸収。いよいよツアー・オブ・ジャパン東京ステージお得意の集団スプリントが始まった。

2013_05_26_52382で、この集団スプリントを制したのが、第1ステージのタイムトライアルでも優勝した西谷泰治(愛三工業)であった。昨年の東京ステージに引き続き2連覇。殊勲の2ステージ制覇である。

2013_05_26_52872で、表彰式の4名。左から新人賞のジュリアン・デヴィッド・アレドンド・モレノ、ポイント賞のピエルパオロ・デ・ネグリ(ヴィーニファンティーニ・セッレイタリア)、総合優勝のフォルトゥナート・バリアーニ、山岳賞のデヴィッド・ヴィガノ(ランプレ・メリダ)。総合優勝のバリアーニは昨年に続く2度目のツアー・オブ・ジャパン、総合制覇である。

 西薗良太も6位をキープし、日本人最上位。って、日本人最上位ってのは国際ロードレースでは別に評価されないんだけどね。

2013_05_26_52672勿論、チーム賞は総合優勝と新人賞を獲得したチームNIPPO・デローザである。真ん中にいるのがチーム最年長の福島晋一。今年で41歳である! 最早ピークを越えた選手としては「アシストという重要な仕事を成し遂げた」喜びにうれしさもひとしおといったところだろう。

 以上でツアー・オブ・ジャパン2013のレポートは終了である。

 ただし、私なりにツアー・オブ・ジャパンを総括すれば、富士山ステージで殆ど雌雄を決してしまう今のステージ編成をちょっと変えてほしいのだ。勿論、最終ステージが平坦ステージになるのは、ツール・ド・フランスでもジロ・デ・イタリアでも同じで、これは大きな街を最終ステージに持ってくる以上は仕方がない。従って、グラン・ツールでも最終日は順位に対する興味はなく、誰が集団スプリントを制するのかというツアー・オブ・ジャパンと同じである。

 ただし、グラン・ツールの場合、その前日に雌雄を決するステージを配置したりして、できるだけ人々の興味を引いておくような仕掛けをしている。

 ツアー・オブ・ジャパンも、できれば頂上ゴールの厳しいステージを最終日前日あたりに持ってきてほしいのだ。

 例えば、松本市からスタートした草津志賀高原ルートあたりの頂上ゴールなんてどうでしょうか。あるいは富士山ステージを最終日前日に持ってくるなら、せめてスタート位置を八王子市か大月市あたりに持ってきて、最後はアザミラインの頂上ゴールとかね。

 勿論、一般道路をつなぐルートになるので、コース設定が大変になるといのは理解できるが。UCI2.1というレースの格がついたのだから、いつまでもサーキットコースばかりじゃなくて、ワンウェイレースもやってほしいのだなあ。

 無理かなあ。問題は警察の協力だけなんだよなあ。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 55-300mm @Nishi-Shinbashi, Minato, Ooi Wharf, Ota (c)tsunoken

2013年5月26日 (日)

政治的ではなく経済的理由から賃金格差解消を求める『日本の景気は賃金が決める』

 アベノミクスで取り敢えずは期待感だけで「円安・株高」状況になり、インフレ目標は達成できたようだが、肝心の経済の実態は今までとは変わっていない。本当の好景気はこれから如何にして達成していくかという提言なのである。

20130523_1154『日本の景気は賃金が決める』(吉本佳生著/講談社現代新書/2013年4月20日刊)

 アベノミクスの「三本の矢」とは、①大胆な金融緩和策、②機動的な財政政策(公共事業拡大)、③産業の成長戦略、なわけだが現実はまず①の金融緩和策が実施されただけである。取り敢えず、市中の通貨流通量が増えればそれだけでインフレになるわけで、安倍首相の言うインフレターゲット2%は実現(というか実は3.5%だったという説も)したわけだし、その結果としての株価なんて所詮投資家の気分で動く相場なので、大幅な株高にはなったわけだ。円安のおかげで輸入物価は上がるわけだし、問題のひとつの「インフレ」だけは実現した。

 しかし、インフレになったのは「物価」だけであり、肝心の「賃金は」いまのところ上がりそうもない。まあ、まず物価が先に上昇するのはやむを得ないとして、肝心の賃金が上がる可能性はいまのところ低い。ということはこのまま不況下のインフレーション=スタグフレーションになる可能性は高いわけなので、問題はますます深刻化するということなのである。

 安倍首相は経団連などに賃金のアップを求めているが、しかしいまや日本の経済価値の24%を占めるだけの製造業などの第二次産業を中心とした経団連に協力を求めても意味はない。おまけに今や製造業の大半は現場をアジアなどの海外においている訳で、そんな第二次産業に賃金アップを求めても、それはもともと高収入である製造業の正規雇用者の賃金なので、日本の景気アップには結びつかないのである。

 問題は、今や日本の生産の75%を占める第三次産業に働きかけなければ、日本の景気アップは望めないはずなのである。

 そこで「スタバではグランデを買う」吉本氏の登場となる訳なのである。

 つまり「男性で」「大企業に勤める」「正規雇用者で」「長年働いてきた中高年」という高収入の層ではなく、「女性で」「中小企業の」「非正規雇用者で」「短い勤続年数(若者)」の賃金を上げることで、景気を回復させようというのだ。

 上記の「男・大・正・長」の従業員は基本的には製造業などの第二次産業に多く、他方「女・小・非・短」の従業員は基本的には第三次産業に多い雇用形態である。一方で「男・大・正・長」の年収1千万を超える雇用者に対して、彼らの年収を多少あげたところで、その結果は預金に回るだけで日本の経済成長には結びつかない。他方「女・小・非・短」の年収300万円以下の人たちにとっては、彼らの年収を上げることは、直接的に消費に回り、結果としては日本経済を押し上げる要素になる。「平均消費性向=景気回復への貢献能力」で考えると、年収1千万以上の高所得グループは可処分所得の7割弱しか消費に使わないのに比べて、低所得グループは可処分所得の8割強を消費に回すという総務省の調査結果もあるようだ。

 つまり;

『①賃金デフレを脱して、賃金が上がることと、②賃金格差が縮小して、消費に使う比率が高い人たちにおカネが回ることが、最重要ポイントだといえます』

 ということ。特にこの②の方が重要度が高いということなのだろう。つまり;

『主要先進国でいちばんひどい「属性による賃金格差」を前提に、少しでも賃金格差を縮めて景気回復につなげるためには、"女・小・非・短"の属性をもつ労働者の賃金が上がるような政策を考えるべきです。ぴったり当てはまる産業が「宿泊業、飲食サービス業」として分類されるサービス業です』

 となるのだ。更に;

『日本銀行の大胆な金融緩和で膨張したおカネが、他のバブルに流れるぐらいなら、日本の都市部の不動産バブルが受け皿になるほうがまだマシだという覚悟で、都市部の地価上昇を演出するのに利用すべきです』『いまの日本銀行は不動産投資信託(REIT)だって買っているのですから、①都市部の不動産価格を安定的に上昇させるように誘導して、民間銀行の日銀預け金口座にジャブジャブに積んだマネタリーベースの受け皿とするほうが、②消費者物価を年二%ずつ上げるとか、③国際的な資源市場のバブルもふくめて、どこでもバブルが起きないように注意するとかの、難易度が高そうなことをめざすより、よっぽど現実的な政策運営です』

 となると「おいおい」とも言いたくなるが、しかし、都市部への『人口集積がサービス業の需要を効率的に増やす』ということを考えると、「土地バブル=都市部への人口集積」というものも使いようなのかもしれない。

 結局;

『アベノミクスは、①インフレ目標政策を設定しての金融緩和、②公共事業拡大を中心とした財政政策、③産業の成長戦略を、三本の矢としています。これに対して本書は、①金融緩和を日本の都市部の不動産価格上昇につなげる(バブルになってもかまわない)、②公共事業はできるだけ都市部に集める、これら二つの効果で、③人口を都市部に集めてサービス業を自然に成長・発展させる、の三つを提案しています』

 ということが、簡単な本書のまとめなのだが、結局アベノミクスといったって、それは選挙政策と表裏一体の政策にすぎない。だとすると、「金融緩和や公共事業を都市部に集中させる」という政策はでてこないだろう。

 なにしろ、日本経済に1%しか貢献していない第一次産業を如何に保護しようかということを基本政策においている自民党である。

 それを押し切って、都市集中策を実行するなら、まだアベノミクスにも望みはあるけれどもね。

『日本の景気は賃金が決める』(吉本佳生著/講談社現代新書/2013年4月20日刊/Kindle版は4月1日刊・157円安い)

2013年5月25日 (土)

ツアー・オブ・ジャパン第5ステージ 波乱なく終わる

 ツアー・オブ・ジャパン第5ステージは伊豆修善寺の日本サイクルスポーツセンター内の特設コースで行われ、やはり大きなアップダウンのないコースなのでスプリント勝負に持ち込まれ、ステージ優勝のナザーン・アール(ヒューモンサーモン・ジェネシスウェルス・アドヴァイザーズ)から5位の西薗良太までタイム差なしのゴールとなった。

 総合1位のフォルトゥナート・バリアーニ(チームNIPPO)はタイム差2秒の9位。総合2位のジュリアン・デヴィッド・アレドンド・モレノ(チームNIPPO)もタイム差5秒の12位と大きな順位変化はなく、チームNIPPOのワン・ツー体制は変化なく、最終東京ステージに臨むことになった。

 東京ステージはド平坦なコースレイアウトなので、ここで大きな順位変化はなく、多分チームNIPPOのワン・ツーという総合順位になるだろう。西薗良太も3分46秒差の6位は変わらず。多分これも最終リザルトに大きな変化はないだろう。

 問題は、ステージ優勝を誰が取るのかということ。毎年、日本人ライダーがしのぎを削ってステージ優勝を狙いにくるので、それが楽しみな東京ステージではある。

 東京ステージは写真付きでレポートを送る予定です。

『 なぜフランスでは子供が増えるのか』ってねえ。そりゃセックスの回数が多いからねえ、っていう問題じゃないそうだ

 まあ、きっかけは「少子化危機突破タスクフォース」とかいうふざけた名前の安倍政権の組織が出してきた「女性手帳」(仮称)という名の、これまたおふざけプランを新聞で目にしたからなんだけれどもね。だって女だけが子どもを産むことを考えればいいのじゃないでしょう。ねえ、女だけじゃ子どもはできないんだからね。いまのところ……。

 ただし、これが先々、男の染色体はいらなくなってしまうという研究もあるんだよね。そうなると……。

20130517_1911『なぜフランスでは子どもが増えるのか フランス女性のライフスタイル』(中島さおり著/講談社現代新書/2010年5月19日刊)

 つまりなんで「子供を産む」ことを女だけの問題にするのかということ。確かに「産む」のは女だけど、でもそこには男が介在しないと女が子どもを産むことはできないわけだし、「産んだ後の子どもの養育」という問題は、それこそ男も女もなく同等に分担しないといけない問題なのだけれども、そこを捨象して女だけの問題にしようとする「女性手帳」って何なんでしょうね? 

 もしかして、安倍晋三氏は「日本の少子化問題は女性の方の一方的な問題意識の欠如によって起こっている」と考えているのではないだろうか。

 あるいは「3年間の育児休暇」という案にしても、それは「生まれてから3年間は母親が育てろよな」というような、それはほとんど脅しのような言い草にしかすぎないのである。

 確かに、安倍晋三氏は「山口県の」いい家庭に育ち、安倍昭恵さんという森永製菓のお嬢さんで聖心女子大を「下から」ずっと出た美しい人と結婚した、典型的なお坊ちゃんであり、なおかつ自身には子どもがいない(つくらない? できない?)というところなので、基本的には「少子化」に関しては実は「実感を感じていない政治的目標」に過ぎないのでしょうね。

 つまり、安倍政権の出す少子化政策では、日本は絶対に「人口再生産率(特殊人口再生産率)2.0以上」にはならないってこと。このまま、日本は人口縮小を続けるのである。そのために、日本の場合は外国人の流入を増やさなければいけないということになるんだが。でもそれは嫌なんでしょう、安倍さんは。

 では翻ってフランスではどうなのか、というのが本書の基本テーマなのであるが、しかし、それは簡単に裏切られる。つまり、第二次大戦後とかいう「短い」タームで作られた人口政策ではなくて、それはやはりフランスなんだなあ、18世紀のフランス革命まで遡る問題なのであった。

 勿論、フランス革命の直後からそんな制度ができたわけではないけれども、やはりブルジョワジー(今でいう「中産階級」という程度のもの)の力というものは大きかったわけで、そうしたブルジョワ革命の遺産があって1968年の学生叛乱の際にもそれが決め手になったわけなのだ。明治維新という名の名目的には市民革命だが、実質的には「侍」か「朝廷」かという支配者同士の政権移譲でしかなかった我が国と同じレベルでは、やはり語ってはいけないのだろう。

 でもまあ語っちゃうと凄いんだな、これが。

『まず子ども関連の手当て
 第二子から一律に支給される児童手当(ひょっとして日本で始まった「子ども手当」のモデル?)のほか、子供を保育ママやベビーシッターに預ける場合に出る公認保育ママ支援制度、低所得者の家庭に出る出産特別手当、三歳以上の子どもが三人以上いる家庭に出る家族関係補足手当、新学期の用意をするために毎年出る新学期手当。
 次に住宅関連の援助。
 住宅賃貸援助、住宅所得援助、三人目の誕生に伴う引っ越しのために出る一時金、家のリフォームや改築などのための援助。
 それから片親あるいは両親のない子どもへの援助。
 離婚や死別直後に子どもを抱えて残された親に出る単身手当、孤児または片親の子どもを養育する場合に出る家族支援手当、離婚したのに養育費の支払いがない場合に家族手当金庫が肩代わりする養育費補助手当。
 障碍者に関する援助。
 障碍者教育手当、障碍者手当、子どもが重病、または事故にあったり障害があったりする場合に親が仕事を停止したときに出る手当、障害児、障害者の世話をするために仕事を辞めた場合に、老齢年金積立金を家族手当金庫が肩代わりしてくれる制度。
 三歳以下の子どもがあるか、子どもが三人以上ある場合に、老齢年金の積立金を家族手当金庫が負担してくれる制度など、ホームケアをする人のための援助。
 RMI(社会参入最低保障)、職業復帰一時金、一六歳から二五歳の働き始めたばかりの収入の低い若者に対する援助など、失業対策ともいえるセイフティネット。
 これらすべてを家族手当金庫が出しているのだ』

 ということ。これはフランスの法律。

 つまりこれは、アメリカ共和党の人たちから言わせればまさしく「社会主義」どころか、中国だって成し遂げていない「共産主義」的な施策なのであり、それが「国からも若干は補助があるが、基本的には企業の経営者が(オーナー)が拠出する「家族手当金庫」が提供している制度なのである。

 よく言われる「フランスは社会主義国である」という諸外国からの言われ方のひとつがこれなんだろう。基本的にはフランスは資本主義の国だし、物凄く個人主義な国である。しかし、人々が平等に暮らさなければいけないという考え方が一方で徹底している国でもある。

 この辺が、フランスを世界でも一等国に上げている理由でもあるのだろう。この辺の微妙な関係ではやはりアメリカは野蛮な国になってしまうのであるなあ。

 基本的には、経済は資本主義であっても、その経営者がキチンと社会性を持っていて、社会に如何に貢献するか(というところが社会主義ですね)、如何に自らの会社の富を社会に還元するか(こうなると共産主義に近いかも)ということを考えているのが正しい資本主義だとすると、やはりフランスやドイツの国のあり方に注目するということになってしまうんだろうな、この極東の島国の住民としては。

 ヨーロッパの先進性ってこういうことだったのか。

 そう、我々の見本として見なければいけないのは「アメリカ式野蛮資本主義(グローバルスタンダード)」じゃなくて「フランス式優雅な資本主義(でもこれも「グローバルスタンダード)&相関する社会主義」なのではないのか。

 なんだよ、我々は今でも「和魂洋才」の遅れた人民なのですよ。未だに世界のグローバルスタンダードを作れないんだからね。

 ま、そうかも知れん、未だにね。あるいは永久にね。
 

『なぜフランスでは子どもが増えるのか フランス女性のライフスタイル』(中島さおり著/講談社現代新書/2010年5月19日刊・Kindle版は2012年9月28日刊・147円オトク、ってまあこの辺が講談社とAmazonの契約点なのかもね)

2013年5月24日 (金)

ツアー・オブ・ジャパン第4ステージ 総合順位はNIPPO内で順位変動 西薗は6位に残る

 ツアー・オブ・ジャパンはお休みを1日挟み、今日は富士山ステージ。ふじあざみライン11.4kmのヒルクライム・レースだ。

 元々は一人一人別々に走る山岳タイムトライアルだったのだが、昨年から第1ステージがタイムトライアルになったので、この富士山ステージはマスド・スタート(集団スタート)の、日本でもよく行われているヒルクライム・レースになった。平均勾配10%、最大勾配22%というかなり急勾配のレースである。

 ステージ優勝はヒューモンサーモン・ジェネシスウェルス・アドヴァイザーズ(オーストラリアUCIプロコンチネンタル)に所属するオーストラリア人、ディバル・ベンジャミン。日本人選手は8位に宇都宮ブリッツエンの飯野智行、更に11位には西薗良太が食い込んでいる。

 総合1位は前ステージまでのトップチームNIPPOのジュリアン・デヴィッド・アレドンド・モレノに代わって、同じNIPPOのフォルトゥナート・バリアーニとなり、モレノが1分08秒遅れで2位につけている。6位には3分48秒遅れで西薗良太が相変わらず上位に付けている。残りの伊豆ステージ、東京ステージの展開が楽しみだ。

 その他、ポイント賞はヴィーニファンターニ・セッレイタリアのピエルパオロ・デ・ネグリと、KSPOのパク・サンペグが25ポイントでトップ。山岳賞はランプレのデヴィッド・ヴィガノが19ポイント。新人賞はジュリアン・デヴィッド・アレドンド・モレノ。

 明日は伊豆ステージ。大きな上りはないが、細かくアップダウンを繰り返すハードなコースだ。ここでほとんど総合優勝は決してしまう。こうなるとチームNIPPOが断然有利だ。

 

西巣鴨・大正大学に新パワースポット、オープン

 都電荒川線庚申塚駅を下りると、荒川線と交差して走っているのが庚申塚商栄会という商店街がある昔の中山道(庚申塚通り)だ。

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 この旧中山道はもっと南下すると正式名称・曹洞宗萬頂山高岩寺、通称とげぬき地蔵と呼ばれるお寺があって、その参道は「おばあちゃんの原宿」という異名を名乗るとげぬき地蔵商店街として、4日14日24日の縁日ばかりでなく普段でも多くの人出を数える都内有数の商店街がある。

 しかし、そこを北上して大塚駅北口から西ヶ原へ走る折戸通りとの交差点を過ぎ、庚申塚通りに入ると、途端に人通りが少なくなってしまう。

 そんな地元の「もっと人出を」という悩みに立ち上がったのが、ここ西巣鴨に本拠地をおく大正大学である。

 大正大学は大正15年、それまでの天台宗大学、真言宗新義派大学林(真言宗智山派・豊山派)、宗教大学(浄土宗)を統合して設立された大学で、いかにもそんな宗教をベースにした大学らしく落ち着いた雰囲気の学校である。

 その大正大学が「新力所(ニュー・パワースポット)」として「すがも鴨台観音堂(すがもおうだいかんのんどう/通称:さざえ堂)」という仏教施設を学内に作り、同時に庚申塚通りから大学に入りさざえ堂を拝めるように、明治通り側の正門だけでなく、西門をオープンしたのだ。

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 正面と裏側の入口から入り、二重螺旋になった階段に合わせて屋根を作り、外からは五重塔のように見えるが、その螺旋状の佇まいから「さざえ堂」と名付けられたのだろう。

 両方の階段から上にあがると観音様が祀られているので、皆、観音様にお賽銭を置いていくのである。賽銭箱はないけれども……。

 大正大学としては大学と地域の架け橋になればという思いで、一方地域の商店街としては、この鴨台観音堂が観光名所にでもなって、町に人が来てくれて、それこそ庚申塚通りが「おばあちゃんの裏原宿」にでもなってくれれば、という思いで5月18日のオープニング・セレモニーを迎えたのであった。

 果たしてその願いは通じるのであろうか。

 で、もうひとつ東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の仮設商店街「南三陸さんさん商店街すがも店」も同じ日、大正大学のすぐそばの庚申塚通りにオープンした。

 被災地支援でつながりのできた大正大学に運営を委託し、特産品や復興祈念グッズなどを販売する。お店は毎週、金土日と祝祭日のみのオープンということで、「さざえ堂」を見学に訪れた後には「南三陸さんさん商店街すがも店」へどうぞ。

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Nikon D7000 AF-S Nikkor 10-24mm @Nishi-Sugamo, Toshima (c)tsunoken

2013年5月23日 (木)

『仁淀川遡行』

 新宿ニコンサロンで『第19回酒田市土門拳文化賞受賞作品展『仁淀川遡行』小林勝利写真展」が開かれている(5月27日まで)

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「仁淀川」とは、四国にある西日本最高峰の石槌山に水源を持ち、高知県の中央部を貫いて、土佐湾に流れ込む「水質日本一」の川だそうである。

 宮尾登美子の自伝的小説『仁淀川』も有名である。

「日曜カメラマン」小林勝利氏は今から33年前の1980年に、仁淀川の上流にある仁淀川町(旧呉川村)を訪ね、そこにいる元気な子どもたちの姿を写真に収めた。しかし、それから30年の後、同じ村は見事に寂れ、最早限界集落となってしまった。

 小林氏の写真はそんな限界集落の有り様、荒廃し、人影も少なく消滅の寸前にある山村の姿を映し出す。山鍛冶の姿、蚕を飼って絹糸を作る人の姿、山間の村に自ら積み上げた石垣と棚田を残す仁淀川町の姿、正月に繰り上げになって開催される成人式に出席した数少ない成人たちの姿、村に残された休憩所で通る人にお茶を接待する人の姿、夏祭りの時に帰村して地域に残された伝統の踊りを披露する少女(上下の写真)等々、そこに写し出されているのは、なんとも物悲しく儚い姿のように見える。

 元々、仁淀川の人たちは平家の落人だったそうである。こうした平家の落人伝説というのは実は全国至るところにあり、それだけ一時期は平家の力が強かったともいえるわけなのである。

 ところがこの平家の落人の人たちは、基本的に山間のそれも奥の方に隠れるように住んでおり、外部との接触も少なかった。つまり、初めから外部との通行がごく少ない場所を選んでいたわけで、その意味ではこうして時代を経てくると、その村が限界集落化するのもやむを得ないことなのかも知れない。

 そういう意味では、その集落に住むお年寄りたちもそんな荒廃した姿を、実は静かに受け入れているのかも知れない。初めからそうして村とともに消滅していくことを、先祖からの運命として受け入れていたとも言えるのではないだろうか。

 自らの村が消滅してしまうかもしれない寂しさはあるのだろうが、しかし決して暗くはない、写真に写し出されたお年寄りたちの姿を見ると、そんな気がしてくるのである。

 こうして日本の村は次第にその姿を消してきて、やがて人々はそんな村があったことすら忘れ去ってしまう。

 これは悲しいことなのだろうか。

 マスコミはこうした限界集落を取り上げる際には「悲しい話題」として取り上げがちだ。しかし、だからといってそのマスコミが積極的に「限界から抜け出す手助け」はしないのだ。つまり、単なるセンセーショナリズムでしかない。「限界集落の問題」といっても、それは所詮「他人事」なのである。

 むしろ、問題はこうして無くなってしまう村を、いかにそのまま、住んでいる人たちの気持ちを汲んで、静かに無くなってしまうことを見守るのか、村が死んでしまう寸前まで、村人の生活の水準を保つのかということだ。

 取り敢えず、村の消滅することは避けられない以上は。

 小林氏は『今日の閉塞感の極まった社会にあって、効率が悪く切り捨てられてきた山村社会の復活に、人間本来の幸せのありようを取り戻す術があると考えている』と書くが、マチに住んで、たまにムラの写真を撮りに行くような写真家が、そんな簡単に「人間本来の幸せのありようを取り戻す」なんてことを言ってもいいのだろうか。

 小林氏の写真を見ていて、確かにこうした「亡くなってしまうかもしれない村」を記録しておくことの大事さは分かるのだが、その一方で上記のマスコミと同じような姿勢を感じられないこともなく、どこか違和感を感じるのである。

 小林氏が仁淀川町に自ら住み続け、そして写真を撮っているのなら分からないではないが……。

 都会に生まれて都会に暮らし続ける私のような人間には、とてもじゃないが想像ができない世界なのではあり、偉そうなことを言える立場ではないが。

2013_05_22_49372今回の写真展の30点収録した写真集『仁淀川遡行』は和田書房という高知県の出版社から出ている。Amazonでは注文できないようなので、興味を持たれた方は直接和田書房へお尋ねください。電話088-8725-4859

2013年5月22日 (水)

ツアー・オブ・ジャパン第3ステージ 西薗が総合4位キープ

 本日行われたツアー・オブ・ジャパン第3ステージは南信州(飯田)が舞台。標高651mの山岳ポイントを持つ全走行距離148kmのステージだ。

 ステージ優勝はイタリアのUCIプロコンチネンタルチーム、ヴィーニファンターニ・セッレイタリアに所属するピエルパオロ・デ・ネグリと、いよいよプロコンチネンタル・チームが動き出した。日本の選手では西薗良太が20秒差の7位に入っている。

 結果、個人総合では日本のチームNIPPOに所属するコロンビア人、ジュリアン・デヴィッド・アレドンド・モレノが1位。西薗良太は24秒差の4位と好位置に付けている。

 まあ、西薗は日本チームじゃなくて、中国チームなんだけれどもね。

「紙と電子は補完しあうメディア」って、そんなこと当たり前じゃない

 出版界唯一の専門紙『新文化』5月16日号のカバーストーリーは『「紙と電子は補完しあうメディア」いま米電子市場で起きていること』という、朝日新聞デジタル事業本部の林智彦氏のレポートなのであるが。

 なんか「今更」感がただようのであるなあ。

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 記事の主体は今年1月5日付けの『ウォール・ストリート・ジャーナル』の「本を焼くのはまだ待って、紙本はまだまだ生き残っている」と題された記事の紹介だ。いわく「印刷本の死、という報道は誇張されたものだった」「電子書籍の成長は急速に低下しており、今後の成長は難しい」「電子書籍の読者のうち約90%が、紙の本も買い続けると回答した」「タブレットの普及で、電子書籍端末の出荷台数は前年比36%減」「電子書籍のベストセラーは、スリラーやロマンスなど、ライトフィクションばかり」「電子書籍はペーパーバックよりも軽量な、もっと扱いやすい(新種の)ペーパーバックという位置付け」「伝書書籍は紙本の代替物ではなく、オーディオブックのような、伝統的な読書の補完物のひとつ」というもの。

 しかし、そういったことごとは既に電子書籍の登場時に既に分かっていたことなのではなかったのだろうか。電子書籍のアメリカでのあまりにも急激な伸長ぶりに、まるで「電子書籍が紙の書籍にとって代わる」というような論調がなされていたのである。それが間違っていた予想であるという風に指摘がされているのである。ところがそれもまた間違った論調なのである。

 つまり、新しいメディアやテクノロジーがスタートした時点では、当然そのメディアやテクノロジーは急速な発展をするものであり、それがある普及の段階になると、当然「踊り場」状態になるというのもごく普通に起こることなのである。つまり2007年に第一世代のKindleが発表されたアメリカでは、その後物凄い勢いで伸長したわけであるが、それが5年経ってみて普及がひと段落したところで「踊り場」状態になっているというだけのことなのである。

 もともとアメリカの紙の書籍はハードカバーで25ドル位、ペーパーバックでも12~13ドルと結構高い価格が設定されており、それをKindleストアでは9.99ドルという破格の設定をしたものだから、当初はその普及スピードは物凄いことになったというだけのこと。問題はそれまで本を読まなかった人が、電子書籍が発表されたからと言って新たに読者になったのかということなのであるが、実はそんなことはなく、それまで紙の書籍を高いお金を出して買っていた人が、お手頃価格になって提供されたKindleストアで電子書籍を買っていた、ということ。今回の「踊り場」状況はそんな読書人に対するKindleの普及がひと回りしたというだけのこと。

 もし、電子書籍によって新たな読者が獲得できたのであるならば、そんな新規読者にとって、それはまさに新しいメディアの発見であるから、「踊り場」状況にはならなかった筈である。読書人の数ではもともとアメリカという国は日本ほどじゃなかった。問題は本の価格の高さの問題や、また自動車での移動が多い国では日本のような通勤電車での読書というような生活習慣がなかったことなどもあるだろう。オーディオブックなどのように日本では全く普及していなかった読書形態がありうるというのも、アメリカならではのことであったのである。

 したがって、電子書籍を積極的に購入したのがもともと紙の書籍の読者だったからこそ、「電子書籍の読者のうち約90%が、紙の本も買い続けると回答した」という調査結果になったのだろうし、」「電子書籍のベストセラーは、スリラーやロマンスなど、ライトフィクションばかり」「電子書籍はペーパーバックよりも軽量な、もっと扱いやすい(新種の)ペーパーバックという位置付け」という調査結果だって、日本の電子書籍の最大シェアを誇っているジャンルがガラケーによるBL物だというのとよく似た結果である。

 結局、電子書籍は紙の書籍の一番相応しいプロモーション・ツールであるというのが一番の電子書籍らしさと言えるのではないか。

 と、ここにきて講談社が週刊モーニングの電子版を月額500円で配信を始めたというニュースが飛び込んできた。つまり「そういう時代」になったということだろうが、問題はなぜモーニングだけなんだろうということ。

 もう講談社は日本の電子書籍をリードする立場なんだから、モーニングだけじゃなくてすべての雑誌を配信した方がいいんじゃないか。もはや雑誌が単独でペイする時代ではなくなっている。そんな時代にいつまでも紙の雑誌に拘っていないで、すべての雑誌を電子化してしまい、電子書籍の普及に務めるべきじゃないか。そして、日本の出版業界の業態変化を推し進めるべきである。

 ただし、その際に問題となる「著作隣接権」の問題を片づけなければならないのかもしれない。つまりそんな著作隣接権なんかに拘っていないで、「財産権である著作権」をキチンと著者から譲り受けるような契約を交わすことを実施すればよい筈なのだ。それをちゃんと出来るのは、今のところ講談社をはじめとする「著者との出版契約をちゃんと結んでいる」大出版社だけなのだから、「まず隗より始めよ」ではないが、講談社自ら著者から「出版権」だけを受け取る「出版契約」ではなくて、著者から著作権を買い取る「著作権契約」を取り交わすべきなのだ。

 役人の力を借りて「著作隣接権」なんて中途半端な権利を受け取るよりは、堂々と「著作権契約」を取り交わしてしまえば、出版社自身が海賊版退治をできるし、自炊排除だってやりたければできるのである。

 もはや紙の書籍を出す過程でなあなあでやってきた「出版契約」をやめて、初めから著者から「著作権を何年間に限って出版社が買い取る著作権契約」を取り交わす時代なのである。

 時代はそこまで来ているのだ。

 

 

2013年5月21日 (火)

ツアー・オブ・ジャパン第2ステージ 西谷は総合3位に

 ツアー・オブ・ジャパン第2ステージは美濃に舞台を移し、今日戦われた。

 ステージ優勝は以前エキップアサダに所属していた、韓国KSPOのパク・ソンペク。第1ステージ優勝の西谷泰治(愛三工業)は2秒遅れとなり、総合では4秒遅れの3位。

 ランプレ・メリダの元チームNIPPOマキシミリアーノ・リケーゼが総合2位に入ってきて、いよいよランプレ本気か、というところ。

 明日は第3ステージ、南信州(飯田市)が行われる。いよいよ山岳ステージが入ってきて、競技は本格化。

 どんな展開になるのか。

十三にて「ねぎ焼き」を食す 大阪こぼれ話

 大阪には何度も行っている、とは言ってもこれまではテレビ番組の製作打ち合わせや映画やビデオの宣伝イベントばっかりだったので、基本的に新大阪駅や大阪空港に着くとそこからタクシー移動。宿泊は梅田周辺で道頓堀に食事に行くくらいの、点と点の移動だったので、じっくり大阪を見てきたわけではないことに気が付いた。

 なので、今回のツアー・オブ・ジャパン取材にかこつけてもうちょっとディープな大阪を見てこようと考えた。

①十三にて「ねぎ焼き」を食す

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2013_05_18_48272RICHO GRDⅢ @Juso, Yodogawa, Osaka (c)tsunoken

 今回宿泊したのは十三という大阪の下町。

 これまで大阪の下町っていうと鶴橋に行ったことがある。ある女性漫画家集団とイベントで大阪に行った際に、鶴橋にて焼肉を食べに行って、その女性漫画家集団から大変な顰蹙を買わさせていただいた覚えがあるが、それだけ。

 十三は阪急電車で梅田から三つめの駅で、大阪の中心からは淀川を渡った「川向う」にある街。東京で言ってみれば北千住みたいな感じの街だろうか。もうとにかく駅前からホルモン焼き屋さんやらお好み焼き屋さん、飲み屋から沢山あって、お洒落なイメージのある阪急電車から下りると、もうとたんに「下町っ」感たっぷりなのであった。

 で、十三に宿泊した目的は、実は「ねぎ焼き」であった。大阪といえば「ホルモン焼き」と「ねぎ焼き」でしょうというわけで、「十三 ねぎ焼き」でググッてみると「やまもと」というお店が発祥の地らしい。ホテルからも1分で行ける場所にあって、ここでしょうということで行ってみると、残念! 既にお店の前には入店待ちのお客さんが……。

 行列に並んでこういうB級グルメを食するのは大嫌いな私は速攻で別の名もない居酒屋に走ったのでありました。

 で、その居酒屋(「鉄板居酒屋」という名前)でメニューを見るとありました「ねぎ焼き」が。で、早速注文。「やまもと」の「ねぎ焼き」はネギと牛すじとこんにゃくだそうだが、ここの「ねぎ焼き」は豚バラが乗っている。

 まあ、店によって少しずつ違うんだろうな、ということで取り敢えず満足。

 うん、今度は「やまもと」へ行こう。ちょっと並ぶのもしょうがないかな。

②パスモが使えて、感激!

2013_05_18_47802RICHO GRDⅢ @Mozu, Sakai (c)tsunoken

 今年の3月23日から全国の交通系ICカードの相互利用が始まって、これまで関西ではJR西日本の「イコカ」か、私鉄・地下鉄の「ピタパ」じゃないとダメだったのだが、今はJR東日本の「スイカ」や私鉄系の「パスモ」が使えるようになった。

 これでこれまで関西に出張に行った際には切符を買うか、上記の関西系のICカードを買わなければならなかったのが、東京で使っているカードがそのまま使えて、結構感動!

③その気持ちは理解できるが、その前にやらなきゃならないことがあるでしょう

2013_05_18_47502RICHO GRDⅢ @The mousoleum of Emperor Nintoku, Sakai (c)tsunoken
2013_05_19_45562Nikon D7000 AF-S Nikkor 70-300mm @Daisen Park, Sakai (c)tsunoken

 そりゃあ「百舌鳥・古市古墳群を世界遺産に」っていう気持ちはよくわかる。まあエジプトのギザの三大ピラミッド以上に大きな「百舌鳥・古市古墳群」は現存するものだけでも、前方後円墳21基、円墳20基、方墳5基、形態不明1基の合わせて47基にもなる大古墳群である。

 仁徳天皇陵の前で解説してくれるおじさんも、そんな古墳群を守りつつ、世界遺産にする運動を行っているのであった。

 がしかし、その前に仁徳天皇陵の調査を許さない宮内庁の方針はいかがなものか。

「古墳は、日本史上において重要であるだけでなく、人類の歴史や社会を考える上でも極めて高い意義を持つ歴史的遺産であり、その代表例である百舌鳥・古市古墳群は、世界共通の普遍的な価値を持つ可能性が非常に高いと考えられます」というのが大阪府のホームページにも載っているが、そんなに歴史的に重要な遺産であるのならば、その発掘・調査尾をしなければならないというのが、多分ユネスコなんかの考え方だろう。

 だとしたら、まず宮内庁が発掘・調査を認め、学術的にも重要な遺跡であるということを積極的に海外に向けて喧伝しなければならない。

 そえとも、発掘・調査をすると、例えばそこは仁徳天皇の墓じゃないということが分かったりして、それはマズいということでも考えているのでしょうか。

 まずそこから始めないとな。

2013年5月20日 (月)

ツアー・オブ・ジャパン開幕、第1ステージは西谷が優勝!

 自転車界では昨日、第15ステージを戦ったジロ・デ・イタリアの話題で持ち切りで、ヴンチェンツィオ・ニーバリ(アスタナ)がどこまでマリア・ローザを持ち続けることが出来るかが話題の的だが、いえいえ、この日本でもステージ・レースがスタートしたのです。

 そう、今年からUCIによるレースのクラス認定が「2.1」にアップし、UCIプロチームが参加できるようになった<日本的ステージ・レース>「ツアー・オブ・ジャパン」が大阪府堺市から開幕になったのである。

2013_05_19_44972実際のレースは、取り敢えず「国際クリテリウム」という、宇都宮のジャパン・カップでもお馴染みの短いレースで顔見世的に始まり。

2013_05_19_45642「お約束」市民レースが二つほどあって、いよいよツアー・オブ・ジャパンの開始である。

 場所は仁徳天皇陵の前にある堺市大仙の大仙公園を周回するコース。っていうか、仁徳天皇陵っていうのが物凄く広くて、おまけにその周辺にたくさんの墳墓を抱えていて、その中にあるのが大仙公園という訳で、そんな意味で日本を代表する自転車レース(にしたい日本自転車連盟としては)のスタート場所として、この地を選定したのかも知れない。

 勿論、世界を代表する自転車パーツのメーカーであるシマノの本拠地であるというのも、考慮の一つには入っているんだろうけれども。一方、自転車パーツの雄カンパニョーロはヴィチェンツァという田舎町でスタートしたもんだから、あまり自転車レースの場所としては有名じゃない。まあ、さすがに堺の刀鍛冶であり鉄砲鍛冶だったわけであるな。

 
 今回のツアー・オブ・ジャパンの第1ステージはタイムトライアル。ツール・ド・フランスなんかでお馴染みの、出場選手を一人一人紹介するためのプロローグ(顔見世興行)である。今年はしっかりスタート台も用意して、なんか気分だけはグランツールのよう。スターターがデブのオッサンじゃないってところがグランツールとはちょっと違う。まあ、いずれは日本自転車連盟あたりのオッサンがスターターを務めるようになるんだろうけれども、取り敢えずは女の子のスターターってのもいいじゃないか。

 で、今回特筆すべきはこの第1ステージ・タイムトライアルを制したのが、愛三工業レーシングチームの西谷泰治選手だったってこと。

2013_05_19_46202西谷選手のスタート。

 96人中の24番目のスタート(&ゴール)だったので、73人分(約2時間)位は暫定1位の椅子に座って待っていたわけだな。でも2位とは4秒差だから、すぐになくなっちゃうんだろうけど。

2013_05_19_46572日本のタイムトライアル・チャンピオンである東大卒の西薗良太選手は、一昨年はシマノ、昨年はブリジストン・アンカーだったのだが、今年からは中国のチャンピオン・システム・プロサイクリングチームというところに所属している。ただし、昨年の日本のタイムトライアル・チャンピオンであるから、他のチームメイトとは異なる日本のチャンピオン・ジャージーを着ている。

 結果は、それでも13位の、トップの西谷からは9秒遅れだから、まだまだトップを狙える状況にある。

 それでもやはり雨の堺市である。

 日本の舗装状況はイタリアとは違ってあまり滑らない(雨のジロではどんどんツルッと落車している)というが、しかしやはり雨が降れば道は滑る。特にロードレーサーの細いスリックタイヤでは結構簡単にコーナーでコケチャうのでありまして、そんな選手もままいたということであります。

2013_05_19_47202こけてジャージーやパンツもボロボロだね。

 ということで、昨日開幕したツアー・オブ・ジャパン。5/21美濃、5/22南信州(飯田)、5/24富士山(富士アザミライン・ヒルクライム)、5/25伊豆(日本サイクルスポーツセンター)ときて最終ステージ、5/26東京(日比谷~大井)まで戦いは続くのである。

 多分、今回クラス「2.1」になった関係で招待されたランプレというUCIプロチームがだまっている訳にはいかないだろう。なにせ、ジロ・デ・イタリアで優勝したチームですよ(まあ、1軍は今ジロに出ているので、日本に来ているチームは2軍か3軍だろうけれども)。ダミアーノ・クネゴがいたチームですよ。個人的にはこのランプレ・メリダかオーストラリアのドラパックが優勝するような気がするのだが。大勢を決するのは平均勾配10%、最大勾配22%という、5/24富士山ステージになる。

 次回は多分、東京ステージの模様をお送りします。

 来年は全ステージ、追っかけをしちゃおうかな。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 70-300mm @Daisen Park, Sakai (c)tsunoken

2013年5月19日 (日)

『不要家族』に「扶養」される家族って?

『不要家族』とうのは、当然「扶養家族」のダジャレなわけだが、要は2010年にお茶の水女子大学を定年退職した土屋名誉教授が、結局は家でも「不要」な家族となってしまっている姿を面白おかしく描いたエッセイ集である、なわけないじゃん。

20130516_1159『不要家族』(土屋賢二著/文春文庫/2013年3月8日刊)

 だいたい「内の章」「憂の章」「外の章」「患の章」と言っても、別に「内憂外患」とは何の関係もない。

 今回の単行本も『週刊文春』の連載していたコラムをまとめた本なので、そんな大きなテーマ的なくくりにはなっていないのである。とは言うものの、今回はいままでとはちょっと違って、大学を定年退官するいうことが一種通奏低音のようにずっと鳴り響いているためか、話はいつものバカ話といよりは、あまり笑えない哲学者のオフザケが続くのであった。

「なぜ人間は八本足か?」という哲学的命題に対し、本来は哲学的オフザケで解決すべきなのであるが『たとえば「なぜ人間は八本足か?」という問題は、明らかに問題として無意味である。「なぜ」という疑問詞の後には事実を表す文が来なくてはならないという言語規則を破っているからだ。この問題と同じく、哲学の問題とされるものにはすべて言語的誤解が含まれている。というのがこの本の主張なのだ。もしこの主張が本当なら、これほど意外なことあがるだろうか。ミステリの結末よりも意外だろう。長い年月をかけて問題の解決に取り組んで頭をしぼった挙げ句、問題が無意味だというのだから』なんて、哲学的に当たり前の結論を出してはいけない。それじゃあ土屋センセイの哲学の授業になってしまうじゃないか。

『週刊文春』読者は、こんな哲学の授業のようなものを期待してはいないのだ。もっと「哲学的オフザケ」しか期待していないのに、本当の哲学をやっちゃあいけない。

 で、この「なぜ人間は八本足か?」の次の連続エッセイ「夢の中の高級腕時計」ではついに『夢の中の時計は、夢を見た本人が高級腕時計だと「決めた」のであって、高級腕時計だと「分かった」わけではない。それなのに「どうして高級腕時計だと<分かった>のか?」と問うのは、歩いている人に「どうして走っているのか」と聞くようなものだ。事実に反した問題を立てているのだから、「なぜ人間は八本足か?」「ツチヤはどうやってノーベル賞をとったのか」という問題と同じく無意味である。哲学の問題にはこの種の誤解が含まれている。説得力を補強するために付け加えるが、天才哲学者ウィトゲンシュタインも同じ考えである』なんて言い訳をしているが、これじゃあ完全に普通の答えじゃないか。

 そうじゃなくて、読者が期待しているのはもっと衒学的言い回しでもって、なんか読者には「なんかこの哲学者は、哲学的に正しいことを言っているのではないか」と思わせて、実は哲学的でもなんでもない、どちらかといえば落語的落としどころにもっていくのが、文章芸人の正しいありかたではないのか?

 土屋賢二氏の愛弟子(というか、かなり生意気な学生だったというのをどこか土屋氏のエッセイで読んだ記憶があるのだが)である漫画家・柴門ふみは、もともと弘兼兼二のアシスタントだったのだが、あまりにも何にもできないアシスタントだったので、やむなく結婚することで柴門ふみの将来問題を解決したそうである。本当かどうかは分からないが。まあ、これは本題とは関係ないが……。

 今回も表紙を描いているいしいひさいち氏は土屋センセイの小学校の後輩だそうで、そんな縁でいしい氏が描く土屋センセイは『ののちゃん』の「ツチコノ教頭」なんだが、実はこれが似てないんだなあ。実際の土屋センセイは、あんな夏目漱石のような苦虫をかみ砕いたような気難しい顔をしていなくて、実にサラリーマン顔なんだなあこれが。で、そんなサラリーマン顔の人が哲学を語ってもなあというのが、実は土屋賢二氏にとっての最大の問題だったのだ。

 本来、哲学者はもっと「ブ男」でなければならない。

 でなければ人生の不条理や、人の生きることの意味だとか無意味だとかという、普通の人が考えようともしないことを一生懸命に考えるなんて非生産的なことをやれるはずがない。そう、哲学ってものはそれだけ非生産的で、多少なりとも生産的な仕事につけるような人が携わってはいけない学問分野なのだ。で、哲学をやってもいいのは、普通の仕事には絶対つけないような、まず「ブ男」であることが必要なのだ。

 いしいひさいし氏が描くような「ツチノコ教頭」位なブ男だったらまだよかったんだが、残念ながら土屋センセイはごく普通のサラリーマン顔。ということは、この先生の哲学ってのは、結局その程度のもの。つまりサラリーマン程度の哲学ってことね。

 まあ、土屋センセイお疲れ様でした。

 哲学者としては対した実績はありませんでしたが、まあ、エッセイストとしてはそこそこ楽しませてくれました。

 ま、そんなところ?

『不要家族』(土屋賢二著/文春文庫/2013年3月8日刊・Kindle版は5月2日刊)

2013年5月18日 (土)

『衝動買い日記』は普通の「買い物日記」じゃん

 深謀熟慮検討の上買ったものだって、結局後悔するものはある。なので、それが衝動買いなのか熟慮の結果なのかは、実は何の関係もないということなのである。

20130511_2249『衝動買い日記』(鹿島茂著/中公文庫/2004年8月17日刊)

 で、鹿島先生が「衝動買い」したものリストは以下の通り。

「腹筋マシーン/ふくらはぎ暖房機/通勤鞄/挿絵本/財布/猫の家/男性用香水/サングラス/体脂肪計/ごろねスコープ/パラオの切手/時計/封書用ペーパーナイフ/ヴィンテージ・ワイン/本棚/中華健康棒/格安パックツアー/ミュージアム・グッズ/パソコン/しちりん/ブリーフvs.トランクス/シュレッダー/毛沢東・スターリン握手像/チーズ」

 といったところ。

 さしずめこの中で一番衝動買いに似合う「無意味なもの」の代表は、最後から2番目の「毛沢東・スターリン握手像」だろう。香港のキャットストリート(摩羅上街/Upper Lascar Row)という骨董品街で買ったもののようだ。

 問題はその毛沢東・スターリン握手像の前に購入を検討したのが「毛沢東を真ん中に挟んで、左に林彪、右に江青女史」という、文化大革命時代の大事な宝物、ということは文革を否定する現在の中国政権では基本的に認められないものであり、多分大陸中国では存在しないものだろう。さすがに大陸中国とは一線を画する香港ならではの「表現の自由」なのだろう。一国二制度のよい部分であると考えるべきだ。勿論、鹿島先生。妻のそしりにもめげず、「毛沢東・スターリン握手像」と「毛沢東・林彪・江青三人像」の双方を手に入れようとするのだが、結局「三人像」は入手できず、骨董品の「衝動買い」のすべてを成功させるには至らなかったようだ。つまり「衝動買い」は「欲しい」と思った瞬間に即買う。でないと後から「やっぱり買っておこう」なんて思って買いに走っても、その時は既に遅し、ということになってしまうのだ。やっぱり後悔は先にはたたないのであった。

 なるほど、香港キャットストリートね。私も香港に行ったらまずここだな。

 で、この香港買い出し紀行の元になったのが、台湾周遊パックツアーだそうである。

『数年前から、飛行機代、ホテル代、ガイド代すべてコミコミで五万円前後という海外格安パックツアーが大好きになり、ひまを見つけてはあちこち出掛けている。大当たりもあれば大はずれもあって、「賭け」の醍醐味も味わえるから、一度懲りてもなかなかやめられない』

 ということなのだが、このツアー『台湾五都市(高雄、台南、日月潭、台中、台北)周遊、七福神巡り、四日間、高夫圓山大飯店に宿泊、名物料理を含む全食事付き、便利な羽田発着で五万九八〇〇円ポッキリ』という何やら怪しげなツアー。つまり『実際に台湾の高雄に到着して、三鳳宮の毘沙門天から旅程が開始されてみると、「五都市周遊、七福神巡り、四日間」の旅とは、観光バスで台湾に散在する七福神を次々に訪れ、与えられた掛け軸にスタンプを押してもらうだけの「スタンプラリー」であることが判明した』ということなのである。

 当然、パックツアーであるから、お土産はバスで連れていかれた免税店で買わなければならないし、ホテルに帰ってからの飲み食いも指定のコンビニで買わなければならないし、行く先々でパックツアー客を撮影するカメラマンまでついてくるわけである。

 つまり「衝動買い」したのは、ツアーの行く先々での「不要なお土産品」ではなくて、格安パックツアーそのものだったというオチ。

 とまあ、衝動買いについてはネタには困らない鹿島先生なのだが、そんなものは鹿島先生じゃなくっても、誰でもやるもの。で、普通は「衝動買いをする夫と、それを呆れて眺める妻」という構図が多い筈なんだけれども、実は我が家では「健康グッズを衝動買いする妻や家族と、それをバカにする夫」という構図になっている。

「ビリーズ・ブートキャンプ」「スレンダートーン」「レッグマジック」「オムロン・マッサージャー」「シンプルステッパー」「アブゴーイング・マシーン」とか知っていますか? 多分、以上に上げたモノのすべてを知っている人はよっぽどの健康オタクだろう。まあ知りたい人はググッてください。

 それらを全てが「貴方の健康の為よ」と言って通販で購入するんだが、そんなもので健康になれないことを熟知している私は、最初はちょっとだけお付き合いで使うが、結局は面倒なのでほっぽりだしてしまう。それを脇で見ていた子供たちが面白がって使うが、それもやがて飽きてしまい、我が家の倉庫の肥しになってしまうのだ。

 まあ、私も衝動買いではそんなに人のことを言えた義理ではないので、妻の健康グッズ衝動買いにも別に怒りはしないが、結局人がものを買うのは基本的に「衝動買い」しかないのだという良い見本のような家族の姿であった。

 本当に健康になりたいのだったら、酒もタバコもとっくに止めてるワイ。

『衝動買い日記』(鹿島茂著/中公文庫/2004年8月17日刊・Kindle版は320円オトク)

2013年5月17日 (金)

『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった』わけないじゃん

 さすがは多賀敏行氏は元外交官だけはある。マッカーサーの「日本人は十二歳」発言や、パキスタンのブット氏の「日本人はエコノミック・アニマルだ」発言、EC報告書の「日本人はウサギ小屋に住んでる」という表現は、誤解に基づく解釈だといって、日本人はそんなに外国から蔑まれている訳ではない、というのだが。

20130511_2246『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった 誤解と誤訳の近現代史』(多賀敏行著/新潮新書/2004年9月刊)

 しかし、そんな多賀氏の本を読んでも、やっぱりそれらの言葉は日本及び日本人を蔑んでいるとしか思えないのだ。まあ、これは別に私が国粋主義者というわけでも右翼でもないけれども、やはりそれはそれで、それらの時点で諸外国は日本の「よく見えない姿」にたいして怖れと蔑みで対処するというのは、ごく普通にあることなのではないだろうか。

『「日本人はドイツ人と異なり封建体制下でしか生きたことがなく、世界のことも十分知らずに暮らしてきた。そして欧米の自由とか革命とかが何のことか知らずに暮らしてきた。欧米の社会の発展の度合いで見ると子供のようなものである。しかし子供であるからこそ、教育が可能だ。壮年期に確信犯として悪事を働いたドイツとは違う」ということを強調したかったのだろう。日本をいわば慈父の立場から弁護せんとする発言であったといえよう』

 という表現そのものに、やはり日本人に対する憐れみが感じられるのではないだろうか。

 エコノミック・アニマルという表現にしてもブット氏の『新聞記者ふぜいの知ったことではない。日本人などは金に飢えた動物で、政治のわかる動物ではない』という暴言から来た言葉であり、つまりそれは「The Japanese is not a political animal」という文脈のなかで「The Japanese is an economic animal」と発言したのであれば、それはやはり蔑みの意図があるのではないだろうか。

 それは「『ド・ゴール大統領が池田勇人首相を「トランジスタのセールスマン」と揶揄した』 のと同じ文脈の中での蔑みなのではないか。

 もっとも今やトップセールスの名の下に、大統領や首相が自らの国の主要生産物を外国に売り込むことは当たり前になってしまい、それこそ「トランジスタのセールスマン」発言は褒め言葉になってしまうという点で、昔の政治家の感覚に「古き良き時代」を感じてしまうのであるけれどもね。

「日本人はウサギ小屋に住んでいる」という発言についても、たしかにフランス語で「cage a lapins……画一的な狭いアパルトマンの多くから成る建物」という言葉があるにしても、だからといって「ウサギ小屋」に日本人を褒める表現はないのである。

 つまり『日本経済の猛烈な拡大は、過密で、競争の激しい島国の人々の勤勉さ、訓練、社会への忠誠心、管理能力によってもたらされた。この国は西洋人からみると、ウサギ小屋とさして変わらない住宅環境の下に生息している働き気違いの国だ』というEC対日秘密文書の表現は、まさしく「秘密文書」であるがゆえに、全く日本及び日本人に対する考慮は一考だにさえれていないという点においても、まさしく日本人を蔑んで、しかし、今後とも日本の経済的優勢は続くであろうという一種の諦めにも似た響きがある。

 多賀氏は、子ブッシュの2002年9月12日の国連演説について『「我々は必要な決議が採択されるよう国連安保理と一緒に働く」(We will work with the U.N. Security Council for the necessary resolutions.)』の最後の部分「the necessary resolutions」という複数形で表現した部分に注目する。つまりそれはチェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官という強硬派に対する、パウエル国務長官とブレア・イギリス首相の勝利だという。つまり「必要な決議」を複数形にすることによって、フランスに対するアメリカの譲歩を引き出したというのだ。

 これは「超過去完了時制……The Ex-Pluperfect Past Tense」という本来ありえない時制を持ち出してイギリスのインタビュアーを煙に巻いたパパ・ブッシュとの違いが見えて面白い。

 結局、子ブッシュの方はパウエルが書いた原稿を何も考えずに読んだだけなのに対し、パパ・ブッシュのトンでも文法は自分で考えたそうである。やはり、海軍のパイロットとして活躍、その後ちゃんとエール大学に入学し卒業したパパ・ブッシュと、エール大学に(大量の寄付金と引き換えに)裏口入学し、ベトナム戦争には兵役逃れをした元ジャンキーの子ブッシュの違いなのかな。

 まあ、いずれにせよ「他国から蔑まれた表現で批判を受ける」というのは、結局そういう形でしか新興国を批判できない先進国(つまり、これからは落ちていくだけの国)の焦りでしかないわけで、第二次世界大戦でほとんど経済的には立ちいかなくなってしまった日本が、その後、驚異の復活を見せた姿に欧米先進国が恐れおののいて、不思議な日本及び日本人を評したという風に考えれば、別に蔑まされることの理不尽さを考える必要もないほどである。

 言ってみれば、それは今我々が韓国や中国に対して持っている感覚のようなものであろう。。

 結局、マトモに向き合っても勝てそうにもないから、なんか相手を蔑む部分を探して、そこをいかにも的な感じで攻め立てる。しかし、そんなことで攻め立てても何にもならないで、結局はその国や国民に負けるのである。

 ちょうどいま、我々日本人は勢いのよい韓国や中国に追い立てられて、昔のヨーロッパ人のように慄いているのだろうな。で、嫌韓だとか嫌中だとか言っている連中と同じなのだ。

 ああ、残念。

『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった 誤解と誤訳の近現代史』(多賀敏行著/新潮新書/2004年9月刊/電子版は2012年7月27日刊)紙版は「品切れ重版未定」みたいで、電子版だけが生きているようだ。これが電子版のいいところである。ようは「品切れなし」ってところがね。

2013年5月16日 (木)

『マダガスカルへ写真を撮りに行く』のは何故か?

「四月と十月文庫」というシリーズ名に思わず手を出してしまった。で、購入してから気がついた。それを言うなら「二月と十月」でしょ、ってね。

 まあ、タイトルが魅力的だから許してあげよう。

2013_05_05_29322『マダガスカルへ写真を撮りに行く』(堀内孝著/港の人・四月と十月文庫/2013年3月3日刊)

『ぼくがマダガスカル行きを決めたのは、神保町の古本屋で見つけた『ナショナル・ジオグラフック』がきっかけだった。何気なくバックナンバーを見ていた時、偶然、1987年2月号のマダガスカル特集に巡り会ったのである』

『そんなとき、ぼくのマダガスカル行きを決定づけたのが、1988年2月に出た『ブルータス』のマダガスカル特集だった』

 写真家が、彼の一生をかけて追い求める撮影対象に初めて出会う一瞬なんてものはそんなものかもしれない。ホンの小さなきっかけ。それが一生を決める。なんか男と女の出会いみたいなものである。

『それにしても二十七歳とは不思議な年齢である。会社に勤めて数年が経ち、少しづつ将来が見えてくるようになる。すると本当にこのままでいいのかと漠然と考えるようになる。そして次第に現状に満足できなくなり、外に飛び出したくなる。そんな不安定なときに、ふとマダガスカルが入り込んできたのだと思う』

 持って行ったカメラはニコンFEに35ミリF2レンズのみ。フィルムはコダクローム64プロである。プロフェッショナルとしての標準的なカラーリバーサル・フィルムと古い一眼レフにレンズは1本のみという。この装備に私は潔さと心意気を見るのである。

 これがアサインメントの写真だと、1990年当時ならニコンF3かF4に、レンズは超広角から望遠までフルサイズで揃えて何十キロという装備で撮影行に臨むのであるが、アサインメントじゃない時の写真家は自分が一番信頼しているカメラとレンズだけを持って撮影に行くのである。

 このどちらが意気込みがあるかというと、当然それは装備の軽いほうである。重い大きなカメラとフル装備のレンズなんてものは、単にスポンサーを騙すためのテクニックに過ぎない。背景をトバしたければ35mmだって絞りを開放にすれば被写界深度はかなり浅くなるし、被写体を大きく写したければ近寄ればいいし、近寄れば近寄るほどいい写真が撮れるのだ。

 こうした潔さに出会えるのは、堀内氏がPPS通信社というストックフォトエージェンシーに在籍していたこととは無関係ではないだろう。つまり、写真を撮ることよりも、写真を見て「いい写真とは何か」を知ることが一番の会社にいたこと、これが大事なことなのだろう。

 それにしても、何故、マダガスカルだったんだろう。

 それは堀内氏自身にも説明はできないことだろう。アフリカの一部ではある。しかし、アフリカ、中東、インド、中国他の東南アジアなどの様々な国から来た人たちで構成される国民性とその文化性。旧宗主国フランスの結構いい加減なインフラ整備と、しかし食だけは文化を残した態度。バオバブの木。秘境ツィンギー。霊媒師トゥンバ。改葬儀礼ファマディハナ。絹布ランバメーナ。森の民ザフィマニリ族。マダガスカルの音楽=ヒーラ・ガシ。割礼祭サンバチャ、などなど。

 すべてが魅力的に思える。マラリアだけはご免だけどね。

 マダガスカルかぁ。

 私も、行ってみたいな。

 ただし、私の場合は単なる観光客で終わるんだろうな。

 残念ながら。

 ところで「港の人」という出版社は鎌倉市由比ヶ浜にある人文書専門の小さな出版社のようだ。詩人の北村太郎という人との関係で1997年に立ち上げた出版社で、やはり詩集の出版に力を入れているようだ。

 こうした小さな出版社が自らの出版物を電子化するのはかなりハードルは高そうにみえるが、しかし、小さな出版社こそ書籍の電子化に取り組んでほしい。実は、それが出版社として長生きできる要素なのであるから。

 あ、そんなに長生きするつもりもないのかな……。

『マダガスカルへ写真を撮りに行く』(堀内孝著/港の人・四月と十月文庫/2013年3月3日刊)

2013年5月15日 (水)

『ネット歴12年のぼくがブロガー⇒ライターになったワケ』というけど、それ以上に面白いこと

『ぼくは「カフェオレ・ライター」というブログを運営しているマルコという者です。
 数ある電子書籍の中から本書に興味を持っていただきありがとうございます。
 むろ文子先生による、たいへんかわいらしい表紙イラストに惹かれたのでしょうか。
 それともタイトルが気になられたのでしょうか。
 いずれにしても、今ぼくは「作戦成功!」と帆くそ笑んでいるところです。』

 って、釣りか……。確かに、電子書籍でここまで表紙には拘らないものな……。

20130508_1856カフェオレライターの ネット歴12年のぼくがブロガー⇒ライターになったワケ』(マルコ著/エンターブレイン・ケータイ新書/2013年4月25日刊)

「カフェオレ・ライター」は2001年にマルコ氏が始めたサイトの名前である。2001年というとまだISPなどのブログサービスはスタートしていないから、自分でサーバーを探し、自らHTMLを書いて、いわゆるホームページを立ち上げてそこでブログを書くというようなやり方をやっていた時代だ。私も大学のゼミOB会のホームページを作るために「ホームページビルダー」なんかを購入して、niftyに登録してわけのわからないHTMLを書いたりしていたものだ。

 なんでniftyなのかといえば、多分パソコン通信がきっかけだったんだろうな。

 で、niftyがココログという名前のブログサービスを始めたのが2003年、その他、アメブロやFC2、はてブ、ライブドアブログなどメジャーなブログサービスが始まったのが2004年なので、多分このころが日本のブログ元年ともいうべき年なのだろう。実はこの頃からブログサービスでブログを始めた人や、マルコ氏のようにwordで(!)、あるいはwordpressをちゃんと使ってブログを始めた人たちの中から、いわゆる「アルファブロガー」というブログ界(そんなものがあるのか?)での有名人になり、(紙の)本を出版したりしてブログ界じゃないところでも有名人になり、Chikirinさんみたいに、マスコミデビューした人なんかもいるのである。

 そうか、私もゼミOB会のホームページをniftyに作った時に、一緒にブログを始めてれば今頃は私もアルファブロガーの仲間入りしていたかもしれない(?)。でも、その頃は仕事も忙しかったし、仕事がらみの方でもネット上でコラムなんかも書いていたから、あまりブログを書こうという気にはならなかったなぁ。

 やっぱり仕事がちょっと暇になった頃からブログを書き始めたのだなあ。

 総務省の2006年の調査資料によれば2006年段階でブログ登録者の数が868万人だそうなので、私がブログを始めたのが2009年の秋段階では多分1000万人位がブログを書いているのじゃないだろうか。その後、TwitterやFacebookが日本でサービスを始めたのが2008年なので、多分、2008年からはあまりブロガーの数は増えていないだろうが、それでも今でも1000万から2000万人位の利用者数(ブログ登録者数との違いは何なのだろう)はいるということである。

 まあ、そんな中で今からアルファブロガーが出現する可能性はとてつもなく低くなっているとは思うのだが、じゃあブログを辞めるのかと言われれば、やっぱり続けるでしょうね。やっぱり毎日700人から1000人の読者がいるというのが励みになっているんだろうか。

 言ってみれば、ブログっていうのはウンコみたいなものだから、食事をすれば嫌でもウンコが出てくるように、本を読んだり、いろいろなものを見てくれば、必然的にそれをもとにしたウンコは出てくるわけで、ちょうどウンコを出した時の気持ちよさみたいなものがブログにもあって、うまく文章が書けた時は結構気持ちがいいんです。

 で、済みません。ウンコをする人がいれば、ウンコを読んでいる人たち(言いかえればウンコを食べている人たち)がいるわけで、そんな人たちは「何だ俺たちが読んでいる(食べている)のはtsunokenのウンコかよ」とお怒りの方々もいるかもしれません。

 しかし、そんな「ウンコをする」「ウンコを食べる」という関係も、今生きていると思うから腹が立つんであって、例えば我々が今日々お世話になている化石燃料だって、所詮数億年前の動植物プランクトンのウンコや死骸のなれの果てなわけです。つまり、tsunokenのウンコも、もしかすると化石燃料とまでは行かないかもしれないけれど、風呂の焚き付けくらいにはなるかもしれない。って、あれ? 今は風呂の焚き付けなんてものはないのか。そうかキッチンでチョンとボタンを押せば「オ風呂ガ沸キマシタ」って機械が答える時代だもんなぁ。

 というか、紙でできたブログでもないのに「風呂の焚き付け」はないだろう、という突っ込みが入りそうですね。

 で、マルコ氏は風呂の焚き付けにもなる「紙の書籍のライター」になったわけです。それが『サイバー戦争』というなにやら真面目な本。普段、BL(ボーイズラブ)コミックのことを超ナンパに書いていたり、イギリスに留学している妹と「パンツ談義」 をしていたり、ということをブログに書いているマルコ氏とは思えない、ちょっと真面目な本なのであった。

 そう、結構真面目な一面は「あとがき」にも現れていて;

『ぼくが好きなとある映画に「第三の場所」という言葉が出てきます。
 第一の場所が家、第二の場所が仕事場や学校としたとき、この二つを行き来するだけの生活では心が疲れてしまう。
 人間はもうひとつ、家とも職場とも関係のない第三の場所をどこかに持つことで心が安定るのだ、という考え方です。
 第三の場所は喫茶店でも習い事でも酒場でもなんでもいいのですが、ぼくにとっては12年間、ブログが第三の場所になっていたのかなと思います』

 と締めて;

『本書を読んでブログっていいなと思ったら、ぜひ気軽に始めてみてください』

 と勧める。

 まあ、何人ぐらいがブログを始めるだろうか。

『ネット歴12年のぼくがブロガー⇒ライターになったワケ』(マルコ著/エンターブレイン・ケータイ新書/2013年4月25日刊)

2013年5月14日 (火)

『日本写真の1968』にどんな意味があるのだろうか。ちょっと考えてみよう

 東京都写真美術館で5月11日から始まったのが『日本写真の1968 1966~1974 沸騰する写真の群れ』という収蔵展である。

2013_05_12_36753RICHO GRDⅢ @Yebisu, Shibuya (c)tsunoken

 収蔵展であるから、基本的には東京都写真美術館が持っている写真からキュレーターが選んで、これはこういうテーマでまとめました、と提示するわけである。つまり、それはキューレータの勝負するところなのである。

 で、今回の展示のキュレーターは写真評論家にして写真集コレクター、一昨日の『これも写真集? あれも写真集?』で紹介した金子隆一氏なのである。勿論、金子氏は東京都写真美術館の学芸員でもある。

 1948年生まれの団塊の世代でもある金子氏ならではの1968年へのこだわりなのだろうか、あるいは小熊英二氏の『1968』への金子氏なりの返答なのか、結局1968年の表層のみをかき回して終わってしまった小熊氏に対する1968年の内実を生きてきた金子氏からの回答のようにその展示は見える。

 勿論、1968年という年がそれだけで存立するわけではなく、この展示も1968年の日本写真家協会による『写真100年――日本人による写真表現の歴史展』から始まって、あまりにも有名で、しかし今や誰もそれを見たことのない『PROVOKE――思想のための挑発的資料』を経て、『カメラ毎日』が特集した「コンポラ写真」、そして全日本学生写真連盟による1968年から1971年までの撮影行動へと結実する。

 つまりその一つの思想的な流れとしては、日本写真史の初期段階での田本研造らによる「北海道の系譜」における「現代につながるドキュメンタリーの誕生」から始まる、写真撮影の匿名性・無名性への試みなのである。『PROVOKE』の「アレ・ブレ・ボケ」もそうだし、コンポラ写真の「日常性」もまた、写真の持つ本来的な「匿名性・無名性」を、何かしら「意味のあるもの」として捉えようとする試みである。

 ところが、今ではそうした「アレ・ブレ・ボケ」表現も、デジタルカメラの撮影モードのひとつとなって「定着」してしまい、コンポラ写真の「日常性」ももはやケータイを持つ若者にとっては三食の食事を記録し、ブログやフェイスブックに掲載する「データ」にすぎないものとして、完全に「定着」してしまっている。

 写真というものはジャン=ウジェーヌ・アッジェの『パリ』から、その当時夥しい数で作られた「肖像写真」にもある通り、基本的に「匿名性・無名性」の「メディア」なのである。その辺は、よく似ているけれども人の手によって描かれた絵画とは全く異なる存在であり、まさに「著作権」の有りようがよくわからない存在なのである。便宜的にそれを「メディア」であると言い換えている訳であるけれども、まさしく「メディウム=中間的な存在、あるいは中立性」であるところの「写真」が、その写真をして何かを語らしうるものにはなりえないというのが、本来の写真性というものなのである。

 まさに「植物図鑑」としての写真がそこにはあるのであるけれども、そんな「物言わぬ写真」が、ある一定の量でもって集積すると「何かを語っている」ように感じてしまうのは、多分それを受けた人間のある種の思い込みなのだろうか。全日本学生写真連盟の夥しい数の学生叛乱の記録に見る思想性とは何なのだろうか。また、5月9日のブログ「『綾瀬はるか「戦争」を聞く』を読む」にも掲載されていた、山端庸介という陸軍写真部所属の従軍カメラマンが「対敵宣伝に役立つ、悲惨な状況を撮影せよ」という命に従って赴いた原爆投下直後の長崎における写真が語る惨状とはいったい何なのか。

 それは『PROVOKE』の作家たちが一生懸命「無意味性」の方向でもって写真を作っても、結局それが『PROVOKE』という容れ物に入ってしまったことでもって、まさしく「思想のための挑発的資料」になってしまった皮肉のようだ。

 つまり『日本写真の1968』とは何かと言えば、それは単なる1968年という時制のことでしかなく、例えば「金子隆一にとっての1968年」とは何かを問うている作業なのである。そう「私にとっての1968年」「貴方にとっての1968年」という具合に、人それぞれによってそれぞれの「1968年」というものがあるはずだし、それでいいのである。

 で、結局「金子隆一氏による日本写真の1968年」とは何なのか、と言えば、まだ立正大学の写真部に属する金子氏が、まさしくその渦の中にいた全日本学生写真連盟の活動の記録を社会に訴えるためのものではなかったのだろうか。つまりいまや存在していないような全日本学生写真連盟である。

 各大学には写真部は存在するようなのではあるが、それを全国で動かしていこうというエネルギーはもはや存在しないようだ。

 金子氏にとってはそれはある種の懐古なのかもしれないし、回顧なのでもあろう。また、「今の学生」に対する挑発でもあるのかもしれない。この金子氏の挑発に乗る学生はいるのだろうか。

 いて欲しいとも思うのだが、多分いないだろうなという諦めの方が強いかな、残念!

『日本写真の1968 1966~1974 沸騰する写真の群れ』は2013年7月15日まで。公式サイトはコチラ→ http://syabi.com/contents/exhibition/index-1870.html

2013_05_12_37722展覧会図録『日本写真の1968 1966~1974 沸騰する写真の群れ』(東京写真美術館)は東京都写真美術館のみの販売

2013年5月13日 (月)

『お金は銀行に預けるな 2013年度版』は勝間和代版マーケティング

 なんか聞いたことがあるタイトルだなぁ、って思ったら同じタイトルの本が光文社新書で出ていた。つまり、このキンドル版を読んで「なるほど納得」と思ったら、光文社新書版も読んでねっていう、いわば導入本なのであった。

 つまりこれ、勝間和代流マーケティングなのであります。

20130508_1857『お金は銀行に預けるな 2013年度版』(勝間和代著/デジタルブックストレージ・1コインキンドル文庫/2013年4月20日刊)

 一週間かけてお金を銀行に預けずに、低リスクで、しかし多少なりともリターンを望める方法を教授しようというのだが、20分もあれば読み終えてしまう分量。そこで何かが掴める訳もなく、もしこの部分を読んで「なるほど」と思ったら、本来の『お金は銀行に預けるな』を読んでねということなのだ。

 で、その一週間の教授内容は;

【月曜日】リスクとリターンの関係を理解する
【火曜日】ドルコスト平均法の本質
【水曜日】ドルコスト平均法に向く人、向かない
【木曜日】何を買えばいいのか
【金曜日】いつ売ればいいか
【土曜日】それでもアクティブ投資をしたい人へ
【日曜日】「市場は予測できない」という前提をもう一度理解する

 というもの。

「市場は予測できない」というのは投資の基本であり、当たり前のことなんだけれども、皆投資をするときは自分が買った株や投資信託は上がると思ってしまうんだなあ。そこでドルコスト平均法なのである。

 ドルコスト平均法とは「金融商品を購入する場合に、一度に購入せず、資金を分割して均等額ずつ定期的に継続して投資する方法」。例えば「予定資金を12分割して、月末ごとに資金の1/12を投入して一年かけて全量を買う」というような方法である。

 つまり数量を等分するのではなく、金額を等分する方法であり、そうすると価格が高い時は購入数量が少なく、安い時には購入数量が多くなるために、単純な数量分割購入に比べると平均値では有利になるという考え方である。

 勿論、こうした投資方法はリスク抑制にはなるが、上げ相場で行うと平均購入単価が高くなり、収益を減少させてしまうという欠点がある。タイミングを精密に測れないために、値動きの早い商品でハイリターンを目指す投資には向かない方法ではある。

 しかし、どうせ投資の素人である我々が、長期投資として行うためには低リスクで、取り敢えずお金を少しづつは増やせる方法としては最適な方法なのである。

 つまり素人投資家が陥りやすい「上がり始めたときに買わずに、かなり上がってきたときから買い始めて、勝った頃が最高値であって、あとは落ちるだけになってババをつかむ」という短期投資の悪循環を絶つために、「上がり下がりを予想しない」ドルコスト平均法で長期投資をしましょう、ということなのだ。

 問題はこの「長期投資」でじっくりリターンを狙うか、「短期投資」でスマッシュヒットを狙うかの問題なのだ。例えばデイトレーダーなんかはこの「短期投資家」の典型例なのだけれども、じゃあデイトレーダーがどれほど儲けているかといえば、短期的には儲かるときもあるけれども、結局長期的には皆損しているのである。運よく儲けたデイトレーダーは、「どこかで儲かった瞬間に投資を辞めた人」なのである。

 例えばジョージ・ソロス氏やウォーレン・バフェット氏のような有名投資家は、実は皆長期投資で稼いでいるのであるし、その投資額は我々の小金とは全く違う世界なのである。つまり投資額が大きいからほんの少しの上げ幅でも莫大な利益になるわけで、同じように我々が稼ごうと思ったって無理なのである。

 で、結局一時的な下げ基調の時はあっても、結局長期的には経済は上げ基調なのだから、下手をしたらそれだけ長く20年でも30年でも株を売らずに持っていれば、基本的には儲けになる、という単純な話。

 どんな投資だってリスクはある。しかし、そのリスクを低減する方法はある。ということでドルコスト平均法なのである。勿論、大儲けはできない。こうしたドルコスト平均法に向いている人は「リスクが嫌いな人」「コツコツ忍耐強いタイプ」「数学・統計学が好きな人」「大儲けできなくても満足できるひと」であり、「将来の利得よりも現在の利得が好きな人」「お金が減ることがあることが嫌な人」ようは「ギャンブル好きな人」には向いていない投資方法である。

 ま、これは理解できるな。

 で、このドルコスト平均法に興味を持ったら、『お金は銀行に預けるな』光文社新書版をどうぞ。

『お金は銀行に預けるな 2013年度版』(勝間和代著/デジタルブックストレージ・1コインキンドル文庫/2013年4月20日刊)

こちらもどうぞ、こちらもKindle版あります。

2013年5月12日 (日)

これも写真集? あれも写真集?

 5月10日は日経アカデミア アート特別講座『これも写真集? あれも写真集? 写真集の魅力』という講座に行ってきた。

 海の向こうとこちら側での写真流通の仕組みがだいぶ違うという点が面白かった。

2013_05_10_36463講師のアイヴァン・ヴァルタニアン氏(Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105mm @Nikkei Space NIO (c)tsunoken)

 講師のアイヴァン・ヴァルタニアン氏はアメリカ・アパチャー社の後に15年ほど前に京都に来て、光琳社出版にて写真集編集者を務めたのち、光琳社出版が倒産してからは、ゴリーガブックスを設立して独立。写真のエディションのプリデュース、写真集の企画、出版、写真展のプロデュースなどを手がけてきた人。最近では、金子隆一氏の写真集コレクションを元に『日本写真集史 1956-1968』という本を出版している。

 最近では日本でも写真がファインアートとして流通し始め、それを目的としたギャラリーなんかも増えてきているが、これまで日本では写真は印刷媒体とともにあり、基本的には写真は写真集として流通してきた。そのために日本の写真集は欧米とは異なる発展をしてきた。その一番の特徴は写真が「断ち切り」で収録されている点だ。

 欧米では写真集というのは、言ってみればファインアートとしての写真のカタログみたいなもので、そんな訳なので写真を隅々まで掲載するというのが当たり前なのであり、写真を断ち切りで収録するということは考えられないそうだ。そんな欧米人に対して日本の写真集を見せると信じられないという受け取り方をされるようである。

 パリやロンドンで日本の写真集の展示会「Conpemporary Japanese Photobooks」を開催した時も、「写真集そのものが作品である」という日本の写真集に対する考え方が欧米人には珍しく、「写真集展」そのものが話題となったそうだ。

 なるほどな、写真がファンアートとして以前から流通していた欧米では、写真そのものを売るのが写真家の仕事であり、生活であるわけだ。そんな欧米では日本のように写真家が自費出版で写真集を出したり、写真集を作るために出版社を立ち上げるなんてことはあまり考えられないそうだ。つまり写真を流通させる、つまり写真家の生活を守るのは出版社じゃなくてギャラリーの仕事だということになるわけなのだ。

 う~む、洋の東西で同じ写真に対しても考え方の違いがあるようで、日本では元々写真というものの美術的価値はあまり高く評価されないので、写真集という本の形にして流通させてきた経緯が、写真集そのものを異常発展させてきたわけで、それは写真及び写真家にとっては生きにくい社会だったのだろうが、代わりに写真集というジャンルを強くしてきたわけなのだろう。

 どちらがいいのかは分からないが、最近では日本でも写真そのものを「売り買い」することが増えてきており、その意味では写真家も少しは生きやすくなってきたのかもしれないが、一方で写真集がカタログ化するかもしれないという、写真集の危機が訪れるのかもしれない。

 それはそれで残念だ。

アイヴァン・ヴァルタニアン氏がプロデュースしてゴリーガブックスが出版する金子隆一コレクション『日本写真集史 1958-1986』(赤々舎刊)

2013年5月11日 (土)

『携帯ツール百科』はみんなやりすぎ

 結構、こういうの好きなんだなあ。ヒトのカバンの中を見たり、書斎を覗いてみたりっていうのは。

 何故なんだろう。

2013_05_08_35442『携帯ツール百科 あなたのデジタルデバイス見せてください』(エイムック/2013年2月25日)

 結局それは「自分が持っているガジェットや書斎の品揃え」と「他人が持っているガジェットや書斎の品揃え」がどう違うのか、同じなのか、その違う理由は何なのか、他人と自分の仕事の内容の違いは何なのか、などなど、ヒトは自分と他人の違いについて、とても気になる生き物なのかもしれない。

 で、この本の基本は「カバンの中身、見せて下さい。」な訳で、基本的にはオフィスワーカーじゃなくて、どちらかと言えば社外で仕事をすることが多い人について、そのノマド的な仕事をしているエンターテイナー、メーカー、プロフェッショナル、ジャーナリスト・ライター・エディターなど42人について、彼らが持つ「デジタル・ガジェット(おもちゃとも言うが)」にどんなものが多いのかを調べたものだ。

 で、例えばパソコンについてはその持ち物分布は以下のとおり。

Mac Book Air 11in. 8人
Mac Book Air 13jn. 4人
Mac Book Pro 13in. 4人
Mac Book Pro 15in. Retina 7人
Mac Book Pro 17in. 2人
Mac Book 不明 1人
Mac mini (!) 1人         
Mac合計 27人

Sony Vaio Duo 11+ 3人
Sony Vaio Type P VGN-P7OH 1人
Panasonic Let's Note CF-J10 1人
Toshiba dynabook R730 1人
Windows合計 6人

 合計で42人にならなかったのは、iPadなどのタブレットや、タブレットにBluetoothキーボードを組み合わせて使う人が増えてきたということ。タブレットを持っている人は多いが、タブレットとPCを両方持っている人は、プレゼンやネット検索にはタブレット、データや原稿を打ち込むにはPCという使い分けをしている人が多い。

 いやあすごいですね。まさにMacBook Airでカフェでノマドですか。はぁ?

 オフィスワーカーではないので、基本的にWindowsよりはMacの方が多くなるのは、別にMacが優れているからではなくて「カッコイイ」から? まあ、私も会社がWindowsになってしまったのでやむなく個人PCもWindowsになってしまったわけだが、そうじゃなければ今でもMacを使っていただろうな。

 Mac Book AirやProの11インチや13インチまでは分かるが、15インチや17インチになると訳が分からなくなる。Mac Book Air 11in.は、まあ言ってみればネットブック的な使い方だろうし、13インチまではバッテリーの持ち時間などの関係で、ちょっと大きいけれども外で使っているという人は多いようだ。

 でも、15インチとか17インチってどうよ……、って多分この人たちは、それが外出用のPCではなく、それがメインマシンなんだろうな。メインマシンをそのまま外に持ち出して使うってのは不安はないだろうか。クラウドに上げちまえばいいのか? 私なんかはやはりメインマシンはデスクトップを家(オフィス)において、持ち歩きようは出来るだけ小さい(軽い)マシンにしたいものだ。17インチのメインマシンを持ち歩くってのは、やはりビンボー(?)なんて考えたりして。あ、すいません、そんな理由じゃなかったんですよね。

 でも、元マイクロソフトの慶應大学大学院教授の古川亨氏はやりすぎ。だいたいMac Book Pro 15in.とMac Book Pro 17in.の2台持ちってどうよ。iPad Retinaディスプレイモデルはいいとして、Kindleファイアー、KindleファイアーHD、Kindle Paperwihteなんてダブり過ぎだ。デジカメはLeica M9 TitaniumとLeica M9 ハンマートーン、Nikon D4、シグマDP2、デジタルビデオカムもCONTOURのスポーツカムにJVCの ADIXXIONとGV-LS2、SONY 3D CAMって、とんでもなくやりすぎでしょ。おまけにそれらの周辺機器すべてを持ち歩いて、当然それはとてつもなく大きな荷物になってしまうから、バカでっかいスーツケースにビジネスバッグを載せてゴロゴロやっている訳である。

 まあ、こういう人は基本的に「クルマで移動」なんだろうから、別に構わないが、こんな荷物を持って電車になんか乗られたらメイワクでかなわん。で、いるんだよなあ。バカでっかいスーツケースをゴロゴロ言わせて自分の後ろに引っ張っているから自分では気がつかなくて、後ろの人に迷惑をかけているオヤジがね。古川氏がそんな迷惑オヤジじゃないことを切に願う。

2013_05_09_35582これが私のデジタルガジェットお出かけセット。PCはLenove ThinkPad X121e。WiMAXルーター内蔵パソコンでは一番軽かったんだけれども、でも重い。今にして思えばMacBook Air 11in.にすればよかったと考えている。Android端末はSHARP IS03。Kindle Paperwhite 3G、だがあまり3Gのありがたみは感じることはない。カメラはNikon D7000、RICHO GRDⅢ、EPSON RD1sと修理に出して写っていないがFujifilm X10の四台を場合によって使い分けている。ただし、普段使いは今では一番小さいRICHO GRDⅢになってしまったな。でも一番いいいのはLeica M6だったりして、エヘン。

 まあ、これでブログ書きには十分なスペックだ。iPadは電子書籍を読もうと思って買ったが、今ではKindle Paperwhiteで十分なので息子に譲ってしまった(ちょっと後悔、iPad mini買おうかな)。

『携帯ツール百科 あなたのデジタルデバイス見せてください』(エイムック/2013年2月25日)

2013年5月10日 (金)

同潤会上野下アパートの解体は時代の要請

 同潤会アパートで最後まで残っていた上野下アパートが5月11日から取り壊されるという話を聞き、早速見てきた。

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 同潤会上野下アパートは台東区東上野5-4、台東区役所や上野消防署がある狭い裏道と清洲橋通りの交差点にあるアパートだ。清洲橋通りに面した部分には1階が店舗になっている。

 同潤会は関東大震災(大正12年/1923年)の復興支援のために設立された団体で、同潤会アパートは鉄筋コンクリート作りで建設された、当時としては先進的な設計や装備がされたアパートだった。

 同潤会上野下アパートは1929年に完成。40平米弱のファミリータイプと3畳一間の単身者向けタイプが混在する、当時としては珍しいタイプのアパートだった。特に2棟あるうちの大通りに面しない奥の2号館は前面道路からセットバックして前庭を確保した設計になっていたりして、集合住宅を都市にオープンな存在にしようとした、当時の同潤会設計スタッフの意気込みも感じられる企画になっている。

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 同潤会アパートは全部で16棟作られ、有名なところでは代官山アパートとか青山アパートがあり、青山アパートは表参道ヒルズとして生まれ変わったわけだけれども、その東端に昔の同潤会アパートが一部復元されているのは有名な話。

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 で、この上野下アパートは建設から84年も過ぎてさすがに耐用年数も終わってしまっており、三菱地所レジデンスが建替え組合の「参加組合員」として参加し、地上14階、地下1階という構造の近代的なマンションに生まれ変わるようだ。やはり、清洲橋通りという大通りに面しているところがメリットになって14階が可能になったんだろうな。

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 皮肉にも取り壊しが始まる5月11日は、この地域の神様(すぐそばにある)下谷神社の例大祭の日なのだが、それもまた解体・建設工事の無事を祈るためにはいい日なのかもしれない。

 ところが、こうした前向きの解体・建設工事に対して「その歴史的重要性を鑑みると解体を回避できないものかと思わずにいられません。<中略>JR上野駅から徒歩圏内という立地条件を考えると、きちんとリノベーションを施せば経済的に存続できる可能性はあると思います」なんていう、当事者では考えられない後ろ向きで無茶苦茶な論理を振り回す輩がここにもいるのである。

 住んでいる人間が反対するのならまだわかるが、住んでもいないのに(あるいは「住んでもいないからこそ言える」?)勝手なことを言うなよ、というのが上野下アパートマンション建替組合の立場でもあろう。

 都市というものは、そうやって古いものを壊し、新しいものを建てることでもって生き延びてきたんじゃないか。そうした、都市の新陳代謝というものを考えずに「古いものを残せ」と勝手なことを言う人たちは、いったいそこに住んでいる人たちの立場になって考えたことはないのだろうか。まったく夜郎自大な思い込みでしかない。

 まったく迷惑千万である。

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RICHO GRDⅢ @Ueno, Taito (c)tsunoken

2013年5月 9日 (木)

『綾瀬はるか「戦争」を聞く』を読む

「なじょして、いかんのです?」
「ならぬものはならぬ」

 と思わず会津弁が出てしまう綾瀬はるかなのであった。

 めんごいねぇ。

2013_05_05_29312『綾瀬はるか「戦争」を聞く』(TBSテレビ『NEWS23』取材班編/岩波ジュニア新書/2013年4月19日刊)

 さほど「美人顔」というものでもないし、ちょっと「泣き顔」風の綾瀬はるかなのであるが、何故か応援したくなる女優である。

 本書は2005年に放送された戦後60年特別企画「ヒロシマ」と、2010年から2012年まで放送されたTBSテレビ『NEWS23クロス』のシリーズ『綾瀬はるか「戦争」を聞く』を書籍化したもの。そうかつまり『仁―JIN』の頃なのだなということが分かる。

 なじょして視聴率が上がらない『八重の桜』だが、今は京都が舞台のストーリー進行なのでどちらかというと松平容保に認められた山本覚馬が主人公、戊辰戦争の会津戦役になって初めて山本(川崎)八重のスペンサー銃を持って「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる大活躍する姿が表に出るので、綾瀬ファンはもちょっとの辛抱だ。明治になってからも八重が新島襄と出会うのは、覚馬を頼って京都に出てきてからのことなので、当時の女性の立場なんてものはその程度のものだったのだな、ということが分かる。

「日本のナイチンゲール」なんて呼ばれたのはもっと先、新島襄が亡くなってからの話なのであります。

 って、何の話をしているのかな。『綾瀬はるか「戦争」を聞く』なんて話とは何の関係もない話であった。

 正確には『綾瀬はるか「戦争」(の体験談)を聞く』なんだけれども、そこにあるのは第二次世界大戦以降の現代戦では「前線」も「銃後」もないということ。現代戦では銃後の一般大衆も一緒に戦争の犠牲者になる可能性があるということだ。

 綾瀬が「戦争」の話を聞くために訪れた場所は、「広島」「長崎」「沖縄」「ハワイ」「東北(岩手陸前高田と福島大熊町から秋田県にかほ市)」。その多くは女性である。つまり戦争に行った男たちに対して、銃後に残った女性たちなのだが、しかし、であるがゆえに広島や長崎では原爆の被害に遭ってしまった。

綾瀬「やっぱり耐子さんが、いろんな経験のお話を、今まであまりされていらっしゃらないっていうのは?……」
耐子「したくない」
綾瀬「そうでうよね、思い出したくない」
耐子「表に出ない嫌なことを、いっぱい受けてきたからね」
綾瀬「原爆に遭われた人は、口で何か言われたりとか?」
耐子「原爆はすごい差別だったんですよ。もう産むのか産まないのか悩んで、どうしようと思って……」
綾瀬「戦後も、本当にいろんな語りきれないほど、嫌な思いとか本当にあったんですよね、きっと」
耐子「ものすごい差別があって」
龍 「そういうことがあったから、私も息子たちにあまり原爆のことを……」
耐子「言いませんね。私も話さないし。子供に背負わせてしまうものが多すぎる。私の中にあるものだから、私と一緒に死んでくれる」
綾瀬「……」
耐子「……頑張って生きていかなきゃ」
龍 「そうですね。生きてさえいれば、いつかはですね、またお会いすることも。こんなにしてから、お会いすることができるんですね。本当に夢のようね感じ」

 こうした言葉の一つ一つは実に重い。

中野「本当に戦死した当時は、誰を恨んでいいのかわからないほど、みなを恨みました。けども、こうしていろいろな好意が芽生えておりまして、感謝していますけど、やっぱりしてはいけないのは戦争ですね。泣くのは味方だけじゃない。敵、味方もいまだに泣いておるんですから。こういう悲惨なことは絶対しちゃいけない。戦争だけは絶対ダメです。いかなる理由があろうともです」

 1941年12月8日の真珠湾奇襲攻撃の大勝利に湧く日本の片隅で、しかし、55人の飛行兵が散っていったのである。

 許嫁をその戦闘で亡くした中野みこまさんの言葉である。

 もう一度言う。第二次世界大戦以降の現代戦では「前線」も「銃後」もない。現代戦では銃後の一般大衆も一緒に戦争の犠牲者になるのだということだ。

 それだけは心得ておかなければならない。

『綾瀬はるか「戦争」を聞く』(TBSテレビ『NEWS23』取材班編/岩波ジュニア新書/2013年4月19日刊)

2013年5月 8日 (水)

『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』にちょっと足したいこと

『日本の雇用システムは、終身雇用(長期雇用)、年功賃金、企業別組合によって特徴付けられ、これらを称して「三種の神器」とも言う』というところまでは分かる。しかし、既に三種の神器の上二つ、「終身雇用」と「年功賃金」は崩壊しつつあるというのに、「企業別組合」だけは生き残って、多分、今後ともかなりの年数は生き残るだろうと予想されるのは何故か、という部分に応えないと、本来はこの本の設定『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』には答えたことにならないのだがなあ。

2013_04_29_20752『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』(今野晴貴著/星海社新書/2013年4月25日刊)

 今野氏の論はまともだ。しかし、この「企業別組合」というものが、日本の労働市場を他の先進国から著しく遠ざけて、おかしな形のものにしてしまい、「過労死」という他の国の労働者からは信じられない状況を招いていることの原因なのだ。ということは書いてあるのだけれども、ではなぜそんな変な形の労働組合のあり方が日本で生まれたのか、ということには答えていない。それが残念。

 日本における労働組合は、アメリカ帰りの高野房太郎や片山潜らによって1897年に結成された労働組合期成会が最初であるとされる。この労働組合期成会は鉄工組合、日本鉄道矯正会、活版工組合などの「職能別組合」だった。しかし、1900年に治安警察法が施行され、次第に弾圧を受けて解散してしまい、日本の労働者は企業ごとに分離され管理されてしまったのである。

 それが第二次世界大戦後、日本国憲法第28条で労働者の「団結権」「団体交渉権」「団体行動権(争議権)」が認められ、一方共産党の指導の下「産業別組合」が結成されたりして、大きな争議の元になると考えた官僚の手によって、むしろ日本政府は企業に対して労働組合の結成を積極的に促すように働いて、ここに「企業別組合」が結成されるようになり、再び日本の労働者は企業ごとに分離され管理されるようになってしまったのである。同時に「終身雇用」「年功賃金」というものも、戦後の官僚の指導の下に、「護送船団方式」という経営方法と一緒に形作られてきたのである。

 つまり「護送船団方式」「終身雇用」「年功賃金」「企業別組合」といったものは、戦後の日本の高度経済成長を支えた「基本的な思想」だったのである。

 しかし、それが崩壊してしまい、もはや護送船団方式は新自由主義の下に放棄され、「終身雇用」「年功賃金」も一緒に放棄されてしまっている。ただ一つ残ったのが「企業別組合」なわけだけれども、こちらもユニオンショップ制の組合だけはまだ生き残っているが(実際には「尻抜けユニオンが多いが)、しかしそうではない企業では労働組合への加入率はどんどん低下している。

 そんな時代だからこそ、今野氏はこうした企業別労働組合に代わって「個人加盟ユニオン」を提案するのである。

 本来は産業別労働組合によって産業別最低賃金を、あるいは職能別労働組合でもって職能別最低賃金を設定しべきなんだろうけれども、そのためには産業別、あるいは職能別でもってその労働者たち自らが立ち上がって組合結成をしなければならないという、かなり高いハードルを超えなければならない。

 そこでもうちょっとハードルの低い「個人加盟ユニオン」を提案するのであるが、しかしこうした組合は既に「全国一般労働組合」などもあり、決して今野氏の提案が新しいものではない。また既に合同労組の中にはフリーター全般労働組合のようなものもあるのだ。ところが問題なのは、そうしたフリーターたちやブラック企業に勤務している人たちの意識の低さなのである。

 彼らは「権利」というものがどこかに既に存在していて、誰かから与えられるものだろう、と考えている。しかし、権利は自ら勝ち取るものだけがそれを得られて、使えるものなのだという基本的なことを理解しなければならない。

 まさに今野氏が言う通り;

『黒人は黒人団体を結成してはじめて政府に黒人の権利の要求ができる。
 女性は女性団体を通じた働きかけを行う。
 ブラック企業の社員は、労働NPOやユニオンを通じて、これを行うのである。
 こうした具体的な「関係の回路」があるからこそ、民主主義が成り立つ。
  <中略>

 けっして権利は「上から」与えられるものではない。
 ひと言でいって、「あなた自身が権利や政治をつくっているのだ」と言いたいのである。
 関係しだいで、「労働」のあり方は変えることができる』

 ということなのだ。

 人は自ら立ち上がる人だけを助けるのである。

『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』(今野晴貴著/星海社新書/2013年4月25日刊)

2013年5月 7日 (火)

大山参りではないけれど

「お婆ちゃんの原宿」という通り名が普通になってしまった、巣鴨のとげぬき地蔵通り商店街が昔の中山道だったというのは知っている人は多いだろう。

 その旧中山道をずっと北上すると、JR埼京線板橋駅があって、そのちょっと先で現在の中山道(国道17号線)と交わって、板橋仲宿(商店街)の入口に至る。

 その入口が実は旧川越街道と旧中山道の分かれ道(追分)だったというのは、実は私もその場所に行って始めて知った。

 江戸を背にして左に分かれるのが旧川越街道であり、最初は何の変哲もない普通の道なんだが、東武東上線大山駅の近辺に来るとだいぶ様子が変わってきて、大山駅を挟んで「遊座大山商店街]と「ハッピーロード大山商店街」が広がっている。

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 で、これがハッピーロード大山商店街の(新)川越街道側の入口。ここからずっと、上の大山駅まで商店街が続いているのだ。なかなか大きい商店街で、現在もシャッター通りなんかにはなっていない、元気な商店街である。

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 下町の商店街の例に漏れず、ここハッピーロード大山商店街もお総菜屋さんが多い。しかし、この商店街ではお総菜屋さん以上に着物屋さん、履物屋さんが目立つ。

 まあ、各商店街でそれぞれ個性があるんだなあ。

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 で、こちらが遊座大山商店街を踏切を通る東上線を見ながら撮った写真。つまり、撮影者の背中側方面が旧中山道板橋宿である。

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 大山商店街が何故「大山」なのかは諸説あるようだが、ここから石神井、田無、府中を経て、神奈川県の伊勢原にある大山街道に通じていたということで、旧川越街道は大山街道の一部だったのだな、ということが理解できる。で、この地が「大山」となったようだ。

 大山道は富士山にも通じているので、近辺には「富士・大山道標」というのも残されているようで、なかなかに興味深い。確かに、石神井、田無を通る道には今でも「富士街道」というのがあるしな。

 これは更に追究したくなるテーマではないか。

RICHO GRDⅢ @Oyama, Itabashi (c)tsunoken

 

 

2013年5月 6日 (月)

「憲法第九十六条改正」には大反対を唱える

2013_05_05_29432なんか随分右に傾いている国会なのであった RICHO GRDⅢ @Kasumigaseki, Chiyoda (c)tsunoken

『第九章 改正

 

第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員数の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする』

 というのが愁眉の「憲法96条改正案」の的になっているものであり、その「三分の二」を「過半数」にしようというのが安倍総理と自民党・維新の会・みんなの党などの了解事項となっている。

 そうかそう来たかというのも、本来の安倍氏の目的は憲法第九条のはずである;

『第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
   二 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』

 しかし、この9条改正をはじめから言ってしまうと論議が難しくなってしまう。自民党の中にも「憲法9条改正反対派」がいるからであるし、国民の中には強い「戦争アレルギー」があるからである。で、取り敢えずその手続きを簡便にしてしまう改正案をまず通して、本丸の改憲はその後に行おうというのが安倍氏の目論見だろう。

 まさしく「手続き民主主義」の手法大全開である。

 ポイントは1947年の日本国憲法制定から66年間、一度も改正されていない日本国憲法は最早世界最古の憲法に属するわけで、「憲法とは状況に応じ、改正を重ねながら国民と国家を守る統治のルールなんだから、不都合があれば当たり前に変えるべきで、少なくとも世界はそう考えている」という考え方からもってきた発想法である。その発想自体はもっともである。

 しかし、「世論調査では憲法改正を支持する国民は半数を超えているのに、国会の一院で三分の一を超える反対があれば頓挫し門前払いになってしまう」という考え方である。だから、「三分の二」を「過半数」にして、少なくとも「憲法改正の発議」だけはもっとやり易くしようというのは、いささか暴論なのではないか。

 確かに、日本国憲法は一度も改正されていない中で、例えばアメリカ合衆国憲法は1987年の制定から1992年までに18回改正、ベルギーは1996年から2008年までに24回、ルクセンブルグは2009年までに34回、ドイツは2009年までに57回、フランスも2008年までに24回という具合に改正されている。

 では、日本が民主主義の先生としているアメリカの場合、改正の発議はどうなっているかといえば『上下各院の三分の二以上の賛成と、州議会の四分の三の承認が必要』という具合に現状の日本よりもっと厳しい条件がついており、その他の先進国の場合も大半が「国会議員の三分の二以上の賛成」が憲法改正の発議の条件になっている。

 ということは、別に国会議員の三分の二以上の賛成が必要というのは、ことさら厳しい条件という訳ではなくて、それだけ憲法改正というのは重い判断なのだということを前提としている訳である。

 それを「国会議員の過半数」で発議ができてしまうとどういうことになるか。

 まず、例えば憲法第九条改正案が国会で通りやすくなるだろう。

 で、国民投票になる訳であるけれども、そこで日本国民の思考様式・行動様式を考えてみよう。

 つまり、明治維新は結局は武士と公家だけの間での革命であり、一般国民(庶民)にとっては、それまで武士が治めていた国の運営を官僚と政治家が治めるだけ、それまでは武士の腹三寸で行われてきた政治が、元武士と官僚が作った憲法と法律によって行うようにに変わったということだけなのだ。また、第二次世界大戦後にも市民革命がおこったわけではなく、米軍の統治下で官僚が新たな憲法と法律を定め、結局庶民はそれに従うだけという歴史なのである。

 結局、庶民(日本国民)は、自ら階級闘争の結果革命を勝ち取った訳でもないし、独立戦争を戦って国民の手によって独立を勝ち取った訳でもない。

 なので、日本国民にとって憲法とか法律(ルール)ってものは、自分たちで自己統治をするために他の人々と作ったお互いを律するルールではなくて、誰か上の人、政治家とか官僚が定めて、国民はそれを守るだけが憲法であり、法律であると考えるものなのだ。

 まさに5月1日に「『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか』って当たり前でしょ。ルールは自分に有利なために作るのだ。」で書いた通り、ルールを守ることには一生懸命だが、ルールを作ることには考えが及ばない、悲しい国民性をもった日本人の姿がある。市民革命や独立戦争を戦ってきた欧米人にとって、憲法や法律は自分たちの現在の立場を守るために、自分たち自身で作るものだと考えている。ところが日本国民は誰かが決めた憲法や法律を守るのが当たり前だ、という風に考えているのだ。

 こんな国で「憲法改正の発議」が国会から降りてきたら、確実に国民投票では過半数を取ってしまうだろう。だって、お上が決めた憲法改正案なのであるから、国民はそれに従うべきだと考える国民が大半のお国柄なのだからね。

 国民投票の段になって、そこで徹底的に話し合いになることはまずないだろう。面倒だから、面倒なことは国会議員と官僚にまかせて、早いとこ投票して遊びに行こう、というのが残念ながら大半の日本国民のビヘイビュアである。

 まあ、そんなことを読み込み済みの安倍晋三氏なんだろうけれどもね。

 しかしこんな国だからこそ、憲法改正の発議だけは慎重に、より慎重にしなければならない。

 まあ、確かに、ちょっと残念な国民性だけれどもね。でも、それが真実。

 なので、私は憲法改正の中身がどんな内容なのかは明らかにされていない以上は賛成でも反対でもないが、憲法第九十六条の改正にだけは大反対する。

2013年5月 5日 (日)

小千谷 牛の角突き 雑感

 昨日に引き続き小千谷牛の角突きを見てきての雑感集である。

1、村祭りとしての牛の角突き~牛持ちと勢子が一番楽しい

 いまでこそ国から「重要無形民俗文化財」に指定されている「越後二十村郷・牛の角突き」であり、遠くからも観戦者を集めている越後の闘牛であるが、もともとは昔の農家がそれぞれの家で農耕用に飼育している牛の力比べをして遊んでいたものなのだろう。

 滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」の挿絵を見てみると、今のような立派な闘牛場じゃなくて簡単な仕切りだけでやっていた江戸時代の牛の角突きの様子がわかるが、しかしこれとて既に「興行」として行われていたわけで、もっと素朴な時代の資料はない。

 でも、今見ていてもなんか一番楽しそうなのは牛持ちと勢子たちなのである。つまり興行として行われているのだが、それ以上に実は祭りの中心人物たちが一番楽しい「村祭り」の延長線上にあるのが現在の牛の角突きなのだ。

 こんな祭りが年間18戦あるわけで、男たちは祭りの準備で酒を飲んで、祭りの最中も酒をのんで、祭りの打ち上げでまた酒を飲むわけである。結局、男って「酒」なんですね。

2013_05_03_2796togyu

2、大学教授と牛の関係

 牛持ちの中に異色の存在がいる。

 一人は東京大学東洋文化研究所教授(民俗学)の菅豊氏であり、もう一人は駒澤大学教授(経済学)の荒木勝啓氏である。

 菅氏は「人間と動物の関係史」という研究課題を持っていて、多分その研究課題から牛の角突きに近づいてきて、その内牛持ちになったしまったのだろう。「天神」という横綱牛の牛持ちなんだからたいしたものである。

 荒木氏の経緯の方が面白い。

 荒木氏が牛持ちになったきっかけは、実はお嬢さんのNHKアナウンサー荒木美和さんなのだ。まず最初に美和さんがNHK新潟に配属されたことから、取材で知った牛の角突きに興味を持ち、「虎王」という牛を持つに至る。ところが闘牛場は女人禁制のため自らの牛を引いて土俵に上がることができないため、お父さんの勝啓氏が娘の名代として虎王を引いていた。

 その内、自分でも牛が欲しくなった勝啓氏は、いまや「雷電」という牛の持ち主になったというわけなのだ。ということで、娘がきっかけで親子二代の牛持ちというわけ。

2013_05_03_2794suga菅豊氏と天神(実は、1の写真も菅氏。礼儀として対戦相手の清号の鼻を取ろうとして「先生、危ない!」と言われているところなのである)

3 日本で唯一の牛持ち小学校

 小千谷闘牛場の前にある小千谷市立東山小学校は全校生徒20人位の小さな小学校なのだが、全国でも唯一の「闘牛の牛を持っている小学校」なのだ。って、当たり前だよなあ。でも、鶏や兎を飼育している小学校は沢山あるけれども、牛を飼育している小学校はまずないだろう。小動物だけではなくて大きな動物を飼うっていうのも、なかなかに刺激的であまり経験を持てないだろうから、それはいいことかも知れない。牛の名前は「牛太郎」。

 普段牛太郎が出場するときは、小学校の男の子たちが綱を引くのだけれども、この日は「初代牛太郎」が引退して「二代牛太郎」に引き継ぐ日だったので出場はなし。その代わりに中入りに東山小学校の上級生の子供たちによる『闘牛の歌』の披露があった。

2013_05_03_2682higashiyama

2013_05_03_2877sake「初代牛太郎」の雄姿はもう見られないが、地元の高の井酒造が作る「新潟清酒 雪の越後寒仕込み」のラベルに面綱(大相撲の化粧まわしのようなもの)をつけた牛太郎の姿がのっている)

高の井酒造のサイトはコチラ

4 「世界遺産」もいいけれど

 中入りに谷井靖夫小千谷市長、宮崎悦男新潟県議(小千谷市選出)、久保田久栄小千谷市議会議長の挨拶があったのだが、富士山の世界遺産登録が6月に行われる見通しになったことを受けて、三者ともども「牛の角突きを世界文化遺産に!」なんて息巻いていた。

 しかし、世界文化遺産となると、途中の道路整備やら街の整備やら、外国からのお客さんへの対応など、インフラその他の整備・準備が大変なことになる。まあ、「国指定重要無形民俗文化財」でのんびり行こうじゃないですか。富士山を見に来た外国人を如何に小千谷、山古志に誘うかっていうね。

 世界文化遺産なんかになっちゃったら、酒なんか飲んじゃいけないなんてことになるかもしれませんよ。

 シャカリキになるよりはのんびりの方が、この地域の文化には貢献しそうだなあ。

2013_05_03_2854ishi闘牛場脇にある「みまもり岩」。ちょうど闘牛場を見守る場所にあって面綱をつけた姿はうずくまる牛のようなイメージ。対照的な子どもたちの表情がいい。

Nikon D7000 55-300mm, Gicho GRDⅢ @Odiya, (c)tsunoken

2013年5月 4日 (土)

平成二十五年 牛の角突き初場所 ヨシターッ!

 5月3日ゴールデンウィーク後半最初の日、小千谷市で今年最初の牛の角突きが開催された。いよいよ今年も牛の角突きシーズン開始。これから11月4日まで小千谷闘牛場、山古志闘牛場で18場所が開催される。

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 現在は小千谷市と長岡市に分かれてはいるけれども、小千谷闘牛場と山古志闘牛場なんかはほんの山の向こう側とこちら側の違いでしかない。元々、長岡市太田地区、山古志地区、小千谷市東山地区、川口町北部地区は「二十村郷」という一体の地域として共通の文化を育んできた地域である。

 この闘牛=牛の角突きも同様で、会場こそ小千谷、山古志に分かれているが一体の牛の角突きとして考えるべき存在なのだ。

 で、その初場所が昨日小千谷で開かれ、次の5月3・4日には山古志で開催され、今年も闘牛の季節がスタートしたのである。

 小千谷は午前中は雨が降ったようだが、闘牛開催の時刻には雨も上がり、良く晴れた空の下、様々な熱戦が繰り広げられた。

 闘牛への考察やその他細かいお話は明日にということにして、取り敢えずは初場所のご報告を。

NIKON D7000 AF-S NIKKOR 55-300mm, RICHO GRDⅢ @Odiya, (c)tsunoken

2013年5月 3日 (金)

『戦争の常識』は最適の「軍隊」入門書だ

 軍事ジャーナリストとしてはかなりリベラルな人なのだろう。近現代における『戦争の常識』を解説する本書においてもそのリベラルさは発揮されていて、妙な政治的立場が出ていないだけ読みやすい。

Dscf7402『戦争の常識』(鍛冶俊樹著/文春文庫/2005年2月20日刊)

 鍛冶氏によれば『世界各国の歴史をひもとけば明らかなように、大体どこの国でも軍隊は祖国統一時の戦争で誕生する。軍隊が登場して、しかる後に国家が確立するのである。従って国家が確立した時点において軍隊は、戦争遂行に必要な権限を全て手中に収めている』、しかし『自衛隊は戦後の混乱期に生まれた。自ら祖国統一戦争を遂行したわけでもなく、しかも誕生時には主要官庁や地方自治体は確立しており、後発の行政組織として出発したから権限はいわばゼロである。自衛隊は非常事態用の組織なのだが、そのための権限を先輩格の各官庁から分けて頂かなければならない。平和な時代に非常事態を想像するのは難しい。また強いリーダーシップがなければ役所は変わらないのが常であるから、有事法制でも各官庁が気前よく持ち前の権限を手放すわけはない。各国で有事法制が特に問題にもならないのに、日本だけ問題になるのはこうした背景がある』という、自衛隊が「軍隊」としては如何に中途半端な存在であるかを説く。

 ということで「日本の自衛隊は防衛政策以外には何ら関与できないお飾りの機関になっていることを指摘し、ハコモノに過ぎない防衛省は解体して、陸上自衛隊は警察庁・総務省、海上自衛隊は海上保安庁・水産庁、航空自衛隊は国土交通省と一体化し、自衛隊が日常的に民政にも参加できるような自衛隊本位の行政改革が不可欠である」と説くことになるのだが、それは既得権益を固守したい官僚の激しい抵抗どころか、他省庁との摩擦を避ける防衛省・自衛隊幹部からも疎んじまれることになり、1994年に一等空尉で航空自衛隊を退職することになるのだ。

 が、しかしそんな鍛冶氏の立場から来る発言はその部分だけ。あとはひたすら「戦争の」「軍隊の」「兵隊の」常識をリベラルに語るだけである。

 そんな内容を目次から;

Ⅰ 国防の常識
 1 地政学とは何か?
 2 防衛、国防、安全保障
Ⅱ 軍隊の常識
 1 軍隊とは何か?
 2 軍隊と法
 3 軍事と政治
Ⅲ 兵隊の常識
 1 軍政と軍令
 2 軍隊と階級
 3 軍隊と社会
Ⅳ 陸軍の常識
 1 歩兵が基本
 2 戦車とは何か?
Ⅴ 海軍の常識
 1 軍艦とは何か?
 2 艦隊決戦の行方
 3 通商破壊戦
 4 上陸作戦
Ⅵ 空軍の常識
 1 空軍とは何か?
 2 戦闘機とは?
 3 その他の軍用機
 4 空軍の編成
Ⅶ 現代戦の常識
 1 弾道ミサイル
 2 核戦争の可能性
 3 宇宙戦争
 4 情報戦争
Ⅷ 自衛隊の常識
 1 自衛隊は軍隊か
 2 陸上自衛隊
 3 海上自衛隊
 4 航空自衛隊
 5 情報本部

 というラインナップ。つまり、ひたすら「解説」に邁進しているのである。政治的な立場からくる発言は上記の部分だけ。

 というか、軍隊や軍事について書かれた本は大体なんらかの政治的立場から書かれいるので、読む我々も色眼鏡で読むことになってしまう。特に潮書房光人社あたりから出版されている本なんかはその代表なのであるが、さすがに文藝春秋社としてはそういった方向には行かずに、『戦争の常識』を説く「解説本」に徹しているのである。

 元自衛官である鍛冶氏の書く戦争の常識である。自衛官ということは自ら戦争に赴いたことはない人なわけであるが、しかし、戦争については我々のはるか上の知識を持っている筈だ。

 そんな人が政治的立場をなげうって書いた解説本はそれなりに「誰でも読める」解説本になっている。

「自衛隊って何だ」「自衛隊は軍隊か」「国が軍隊を持つってことはどういうことか」などに興味のある方が読むための入門書としては最適なのではないだろうか。

『戦争の常識』(鍛冶俊樹著/文春文庫/2005年2月20日刊)

2013年5月 2日 (木)

『ビッグデータの覇者たち』は壮大な「ゴミ集め」

 ビッグデータ、ビッグデータと言ったって、それはネット上にあふれた個人の細かなデータ、メール、ライフログなどなど、行ってみれば「壮大なゴミの集積」なのだが。

2013_04_30_24252『ビッグデータの覇者たち』(海部美知著/講談社現代新書/2013年4月20日刊)

 しかし、貝塚が古代人のゴミ捨て場であったものが、現代人にとっては古代人の秘密を解く重要なカギになったり、石油だって数百万円前の生物の死骸だったりということを考えると、そんな「ビッグデータ」が新たな時代の石油にはならないとしても、貝塚くらいにはなるのかもしれない。

 で、今そんな「ゴミ収集」に明け暮れているのがグーグル、アップル、アマゾン、フェイスブックというところだが、多分マイクロソフトやIBM、ヒューレット・パッカードあたりに代表されるシリコンバレー企業も同じようなゴミ収集をやっているのだろう。グーグルが考える『データというものは、量をたくさん集めていけば、どこかの時点で質に変わる』のがどのタイミングかはいまではまだ確実には分かっていないけれでも、いつかは確実にやってくるのだろう。

 では、そんな「ゴミ収集」がアメリカ企業だけがやっているのだろうかというと、実は日本でもやっていたんですね。それがホンダのインターナビだったのである。つまり、ホンダ車に搭載されたインターナビの走行データをグーグル・マップとマッシュアップして、3.11東日本大震災の際に通行可能な道路情報を一般公開したのである。ホンダ・インターナビ・プレミアムクラブでは会員の車に搭載されたナビの「フローティングカーデータ」は会員の車に搭載されたGPSや各種センサーからの走行データを集めていて、普段は渋滞情報や駐車場状況などを会員向けにサービスしていたのだが、そのデータを一般公開すれば、地震の後の混乱する情報の中で、通行可能な道路情報を提供することができるわけだ。

 自分がどこにいるかというGPS位置情報は基本的にはプライバシー問題を起こす原因にもなるが、一方でそんな有効な使い方もできるという一例だ。さすがに、1980年代からテレメータ・システムでF1の走行データをレース中に埼玉の研究所で受けて、それを次のレースで使うエンジンの改良に生かしてきたホンダならではの情報の使い方だ。まあ、その結果、勝ちすぎてホンダ・バッシングが起きてしまったことは、昨日のブログに書いた通りなんだけれどもね。

 で、その大震災の後を受けて、地震の最大の後遺症である原発事故から日本の電力供給事情はクライシスを迎える。そんな時に言われ始めたのが「スマードグリッド」という考え方だ。つまり、各家庭や事業所で使われる電力を如何にして一日の中で平準化して、昼間の電力使用と夜間の電力使用を同じようにして、一日の電力使用を抑えるかというテーマ。まさしく、各家庭や事業所の細かい使用データを明らかにして、それをどう使うかという問題。そんなの、勝手にすればいいじゃんというのがそれまでの考え方だったのだが、それをみんなで協力して電力使用を抑えましょうという考え方。その「各家庭の細かい使用データ」こそがさおれを集積することによってビッグデータ化するということ。

 なるほど、そうやって考えるとビッグデータもわかりやすい。

 というわかりやすいものでビッグデータを考えてみると、まずそれは行政に生かす必要があるのじゃないか。

 まず現在の「縦割り行政」をやめて内情をビッグデータ化することによって、行政の内容を「見える化」し無駄を省く。そうすれば今の公務員の数も相当減らすことが可能となって、まさしく行政のスリム化ができる。

 次が失業保険や生活保護行政をすべて「見える化」することによって、不正受給や誤支給をなくすことができる。

 そして最大の問題は医療への適用かな。その為にはまずカルテの電子化がまず第一に必要だし、その電子化されたカルテを如何に各医療機関で共有するかということ。

 で、結局どうなるかというと、問題はプライバシーと公共の福祉とのバランスの問題になる、というか実はそれが一番の問題。

 政府の前に丸裸で放り出された私たちは、それでもより良い福祉を求めてそれを甘受するのか、あるいはそれは勘弁ということで、自分で何とかするから政府(行政機関)の世話にはならない道を歩むのか。

 ビッグデータに関するプライバシー問題の実害を海部氏は以下のように見る。

・軽度の実害
①スパム問題。メールアドレスを取られ、売り込みの迷惑メールやウィルス入りメールなどが送られてくる。
②隠しておきたい事実が表に出て、知り合いの間で噂になる。

・重度の実害
③ストーカーやネットいじめの被害に遭ったり、詐欺や盗難などの犯罪のターゲットになったりする。
④隠しておきたい事実、家族や健康上の問題などが表に出て、就職や結婚、保険加入やローン審査などの障害になる。
⑤政府や権力を持つ団体が個人の行動を監視し、プロファイリングで「危険人物」と見なされるなど、抑圧を受ける。

 というもの。

 まあ、なんといっても一番の問題は⑤ですね。

 とは言うものの、もはや主要道路には監視カメラで我々の行動はすべて権力の前に晒されているわけで、いまさら言ってももう遅いか。

 まあ、なんとも生きにくい(逆に言えば「生きやすい」)世の中ではありますな。

『ビッグデータの覇者たち』(海部美知著/講談社現代新書/2013年4月20日刊)これもKindle版が出ていた、まったくなあ。脊髄反射で298円損しちゃった。

2013年5月 1日 (水)

『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか』って、当たり前でしょ。ルールは自分に有利なために作るのだ。

 まず基本的なことを言ってしまうと、それは民族の形成過程の問題なのだろう。

2013_04_30_24222『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか ルールメイキング論入門』(青木高夫著/ディスカバー携書/2013年3月15日刊)

 内田樹氏ではないが、アフリカで生まれた人類も、北のヨーロッパに行った人たちや、アジアでも大陸にとどまった人たちは、常に他の民族との摩擦を経験しながら民族を作ってきた。しかし、他民族との摩擦を避け、摩擦を避け、結局、辺境の島国にまで逃げ延びてきた我が大和民族は、他民族との摩擦がない分、多民族の中でのルール作りといったものを経験しないまま今日まで来てしまったために、積極的にルール作りができない民族になってしまったのだ。

 ところが、そんな日本人が国際柔道で勝ちまくったり、スキージャンプで勝ちまくったり、更には1988年のホンダF1みたいに全16戦で15勝もしてしまったりすると、欧州勢からは「じゃあルールを変えよう」という提案が出てくるわけである。

『スポーツで特定のチームばかりが勝っていると、ゲームの面白さが消えていきます』

 ということ。そりゃ柔道で日本が勝ちすぎるというのは、元々日本で生まれたスポーツなんだから日本が強いことは欧州勢も認めてはいるのだが、しかし、世界スポーツとしての国際柔道の世界ではそれは通用しない。で、日本ばかりが強いルールを変えようということになるわけだ。そんな時に日本人が「ずるい!」と感じるのは何故だろうか。

 青木氏は三つの理由を上げる。

理由1 日本文化の中に存在する行動や闘いに関する美学
理由2 欧米とのルールに関する考え方の違い
理由3 ルールとプリンシプルの混同

「理由1」は、多分日本人は試合の勝ち負けという結果よりも、如何に戦うかというプロセスを重んじる考え方があるというもの。確かに、我々の多くはビジネスでも「成果主義」的というよりも、プロセスの方を重んじているようなところはあるな。まあ、結果として成果が伴わない時にであるが。

「理由2」がこの場合一番重要。つまり我々日本人は「ルールはお上だったり官だったりの誰かが作るもので」大事なのはそのルールに則って最善の努力をするものである、と考えるのに比較して、「欧米人にとってルールはあくまでも”決め事”である」にすぎなく、それが現状に合わなければ、あるいは自分にとって都合が悪ければ「変えればいい」と考えているものなのだ、ということ。結局、これも成果主義かプロセス主義かという違いだとも言えるかもしれない。

「理由3」は「ルール=お互いの決め事」と「プリンシプル=個々人の行動の原則、個人の信条・哲学」の混同である。まあ『プリンシプルのない日本』(白洲次郎)である以上、それはあ仕方のないことなのかも知れないが。

 ただし、青木氏はホンダに勤務する人なので、あまりこの辺は声高に言わずに、スポーツのルール変更と同じような捉え方をしているが、スポーツのルール変更とビジネス上の「ジャパン・バッシング」とは全く違うのではないだろうか。

 なぜならスポーツにおけるルール変更は、そのスポーツに参加する選手全体、日本人も欧米人も同様に当てはめるルール変更であるのに対して、ビジネス上の「ルール変更」は、例えば本書に書かれているアメリカによる『特別措置として4.4%だった大型二輪車の輸入関税を45%引き上げて49.4%とし』というのは日米双方に関わるルール変更ではなくて、日本だけが片務的に負わなければならないルールなのである。非関税障壁に対する批判などもまさに一方的な批判であり、そうしたことに係わるルール変更も片務的なものであり、スポーツのような双務的なルール変更とは異なるはずだ。

 勿論、経済的に負けていると感じる国(企業)が、ルール変更を申し出てそれを認めさせることはありうることであり、別にそれを言い出したからと言ってそれは「ずるい!」と言われる筋合いのものではない。だからこそ;

『ルールはお上の作るものではなく、私たちは守るだけの下々ではありません、。ルール作りには、ゲームに参加するプレーヤーが参画しなければならない』

 と、積極的に日本人も国際ルール作りに参加することを勧めるわけなのである。

 欧米列強がなぜ自らルールを作りたがるのか? 当然、それはそのルールを自らの有利なものにしたいからなのである。自らの国、自らの企業など自分に属するものに有利なように世界のルールを作る。実はそれが国際摩擦なのであり、国際紛争なのだ。欧州の歴史はまさしく国際紛争の歴史なのであり、そうした国際紛争慣れしている欧州であるからこそ、そしてその欧州から認められたアメリカであるからこそ、世界に君臨することを許されるのである。

 日本もそこに参加することによって、始めて世界の仲間入りすることができる。ルール作りする仲間に入ることによって世界に認められるのである。これまで日本はそんなルール作りする方に入らないで、せっせせっせと輸出し、世界から富を国内に導いてきた。それが更なる欧米によるルール変更となって、ジャパン・バッシングをも導いてきたのであろう。であるならば、日本も世界の中心プレイヤーになるべくルール作りをする側に積極的に回るべきだ。

 勿論、そのための責任も果たさなければならない、というお約束付きでね。

『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか ルールメイキング論入門』(青木高夫著/ディスカバー携書/2013年3月15日刊)Kindle版もあったのか。本屋さんの店頭で見つけて脊髄反射的に買ってしまって250円損した。

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