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2013年4月 9日 (火)

『テレビが政治をダメにした』のではない、テレビに出たがる政治家が政治をダメにしたのである

『テレビが政治をダメにした』のではない、「テレビを自分のメイン・メディアであるというような劣化した政治家が政治をダメにした」のである。

Dscf7401『テレビが政治をダメにした』(鈴木寛著/双葉新書/2013年4月7日刊)

『視聴率至上主義――テレビメディアの問題としてこれまでも指摘されてきたことです。視聴率が取れれば、高い広告収入を得られる。視聴率を上げるためにはヤラセ、煽りも辞さない……テレビメディアの問題の多くは「視聴率をいかに上げるかがすべて」という、視聴率至上主義が生み出したものです』

 というけれども、そんなものはテレビが民間放送がベースで運営されている以上は当たり前のことである。新聞も出版社もみんな民間企業である。そうした民間企業が運営しているメディアである以上は、運営が売り上げ至上主義・視聴率至上主義になるのは当然であり、売れ行きをまず最初に考えて企画を作るのは当然であろう。

 それを嘆いても始まらない。それを如何に自らの主張を伝えるメディアとして関係を作り上げるのかということが重要なのだ。

 それを、自らの主張することがそのまま伝えてくれるなら「いいメディア」であって、そうでなければ「ダメなメディア」であるという言い方は、それこそメディアとの付き合い方を知らない田舎者的発想でしかないのだ。

 更に違和感のある物言いとしては『たとえば、私が重要なテーマに関して政策レベルでどのように対応しているかといったことを話しているのに、平気でカットしてしまいます。私はそのテーマを多くの視聴者に伝えたいがために、スタジオに行って議論をし、多くの話をしましたが、編集でカットされてしまいました。テレビではまったく意見をいっていないように放送されてしまうのです』という言い方がある。

 しかし、そんなことは当たり前であり、撮影した映像の著作権はテレビ側にあるのであって、鈴木氏の側にはないのだ。著作権を持つものがそれをどのように使おうが自由である。著作権を持たないものが何を言おうが、それは著作権を持つものに伝わるものではない。それが嫌ならテレビに出なければいいのである。

 テレビに出演しなくても立派な政治をおこなっている政治家はたくさんいる。テレビに出るということは、他のタレントといっしょくたにされてテレビ制作者の都合のよいように使われるということを了承したものと見做されるわけである。それを承知していながら、いざ自分の立場が思った通りにならない時だけ文句を言うというのは、あまりにもメディアリテラシーが低すぎるのではないか。

 アメリカのジャーナリスト、ウォルター・リップマンの言葉を引用して『ジャーナリズムは、ステレオタイプを是正するのが本来の役割なのに、商業メディアはそのステレオタイプをむしろ利用してしまう。新聞は発行部数を増やそうとする。テレビは視聴率を上げようとする。そうすると、事実とは違うスタレオタイプがどんどん商業メディアによってまき散らされて、民主主義が壊れる方向に向かってしまうのです』というが、商業メディアである新聞やテレビが発行部数を増やそうとしたり視聴率を上げようとすることのどこがいけないのか。

『また、彼らにとっては政治も一つの記号にすぎません。健康にいい納豆、あるいはしょうが紅茶の話題と、政治が一緒のレベルで語られるわけです。また、巨人軍の監督が誰になるかと日本国政府の総理が誰になるかが同値です。単なる消費、フランスの哲学者・ボードリヤールのいう記号消費をしているような状態なのです』『これでは視聴率至上主義のテレビが政治家を殺すといっても過言ではありません』

 というけれども、結局、そんなテレビに殺されるような政治家はその程度の政治家にすぎないわけで、そんな政治家なんて替えがいくらでもあるような政治家なんだから、どんどん殺されればいいのである。

 むしろ、小泉純一郎ではないがワンフレーズ・ポリティクスとか何とか言われようが、そんなテレビの特性を全面的に利用して政治を行えばいいのである。私自身は小泉テレビ政治は大嫌いだが、小泉ほどテレビの特性を利用した政治家はいないだろう。まさしく、午後のぶら下がり取材時のワンフレーズ・ポリティクスほどテレビの特性を利用した政治はない。

 結果、小泉は「B層」に食い込んで郵政選挙に見事勝利を収めたわけである。

 ところが、いまや選挙民ばかりでなく政治家までもが「B層」になってしまったわけだ。そんな「B層」政治家の代表のような鈴木寛氏である。

 そんな「B層」政治家がテレビに文句をつけるわけであるが、結局テレビに利用されて捨てられてしまう訳なのであるな。テレビの世界で言われているのは、「テレビに出る奴はバカ、テレビを見ている奴はもっとバカ、テレビを作っている奴だけがエラい」という考え方なのだ。

 だからこそテレビばっかり見ている「B層」はバカにされるわけなのである。そんな「B層」に見られることで満足しているような「B層タレント」こそがもしかしたら一番バカにされているのかもしれない。

 解決策は簡単。嫌ならテレビに出なきゃいいのである。

『テレビが政治をダメにした』(鈴木寛著/双葉新書/2013年4月7日刊)

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