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2013年4月 2日 (火)

『政府はこうして国民を騙す』のではなく、政府はこうしてメディアを騙すことでもって国民を騙すのだ

 近頃、オフレコ破りなんかで元気のいい『東京新聞』論説副主幹である長谷川幸洋氏による、Webメディア『現代ビジネス』連載記事をもとにした本なのである。

2952051『政府はこうして国民を騙す』(長谷川幸洋著/講談社現代ビジネスブック/2013年1月18日刊)

 テーマはまず東京電力問題。東日本大震災で原発事故を起こし、実質的に破綻することが見えている状態にもかかわらず東京電力を破たん処理せずにゾンビ企業としたうえで、結局、破綻=国有化した官僚たちの蠢き。そして原発再稼働問題で蠢いていたやはり官僚たちの責任。元民主党の小沢一郎を巡る検察庁と法務省の問題。そして最後に、安倍首相と日銀白川総裁との間の「バトル問題」である。

 要は、そのすべての問題の根幹は「記者クラブシステム」と大手メディア(新聞とテレビ)によるメディアの自殺行為である。

『記者クラブシステムの下で役所や権力の情報を垂れ流し、ポチの身分に甘んじてきたメディアは自分の頭で問題を考え整理し、分析、評価、報道する力を衰えさせてきた』

 という問題なのである。

 例えば「オフレコ」という問題。警察などが誘拐事件を捜査中に捜査の進展状況をブリーフィングした際に、それを報道規制するオフレコ要請を出すことはある。しかし、これは誘拐事件の解決を図るためのやむを得ざる処置であり、マスコミがこの要請を受け入れることは問題とされていない。

 むしろ問題なのは、経産省や財務省などの官僚が記者クラブの会見や個別取材で要請する「オフレコ」なのである。この場合の「オフレコ」は実はオフレコでも何でもない。要は世論を官僚が思い通りに動かしたいからの「オフレコ」なのである。つまり「オフレコ」という名のリークであるにすぎない。マスコミが官僚の都合のいいように話を解釈してメディアに載せることを期待しているのである。

 ところがしばしば、官僚の都合のいいように話を解釈しないで報道するジャーナリストがいるのである。それが今回は長谷川幸洋氏だったわけである。

 3.11の事故を受けて東京電力は実質的に破綻状態になっているにもかかわらず、破綻処理を行わずにゾンビ企業にしてしまった。これについて民主党の枝野官房長官が「銀行の債権放棄がなくても国民の理解が得られると思うか」という記者の質問に対し「得られることはないだろう」と答え、これについて細野資源エネルギー庁長官が「これはオフレコですが」と前置きして「いまさらそんなことを言うなら、これまでの私たちの苦労はいったい、なんだったのか」と批判したわけである。

 つまり資源エネルギー庁は「銀行や株主が損をしないで済むように、さんざん苦労して今回のスキームを練り上げたのに、いまさら官房長官が銀行に『債権放棄しろ』などと言うなら、なんのためのスキームなのか」と言いたいわけである。つまり、本来であれば破綻状態になった会社であれば、まず役員と従業員、株主、金融機関が損をかぶって負担するのが「資本主義社会のルール」である。日本航空の場合はちゃんとこの通りのことを行って、私なんかは前原誠司氏が「JALは潰さない」という発言をしたのを真に受けて10万円を紙屑にしたりしたわけである。それについて前原には文句はあるが、資本主義の論理には文句はない。

 で、長谷川氏はこの「オフレコ話」を東京新聞に書いちゃったわけである。

 すると経産省の成田達治大臣官房広報室長が、まず長谷川氏の上司に電話で恫喝をかけてきて、その後に長谷川氏がまったく懲りていないのを見ると今度は東京新聞の経産省記者クラブ詰の記者に対して、事務次官との懇談に出席するのを禁止したのである。

 では実際に「オフレコ」というものは「書いてはいけない」ものなのか。

 例えば、上記の警察なんかの誘拐報道に関するものは、誘拐被害者の命に係わることであるし、確かに「書いてはいけない」ものなのだろうが、ほとんどの官僚の言う「オフレコ」は書かれることを前提に喋っているものなのだ。

 問題は「官僚の都合のいいように話を解釈してメディアに載せる」のであれば勝手に書いていい。しかし、官僚の都合の悪い書き方をするなら「オフレコ」という考え方なのである。

 ところが、多くのメディア関係者は「官僚の都合のいいように話を解釈してメディアに載せる」ことしかしないし、ジャーナリストとして自分の頭で考えて、もしおかしいと考えたならそのまま「おかしい」と書くことはしないのだ。

 つまり、多くの新聞記者・テレビ記者は官僚の言うことをただ単にそのまま口移しで伝えるだけの「大本営発表」記事しか書けない、情けない人間なのだ。記者だってサラリーマンだというのはよくわかる。しかし、おかしいことをおかしいと書かなければそれは記者ではない。単なる社畜サラリーマンでしかないのだ。だとしたら最早、記者というものを職業にするのはやめるべきなのだ。

 結局、『政府はこうして国民を騙す』のではなく、『政府はこうしてメディアをうまく使って、国民を騙す』のである。つまりメディアも国民を騙す政府と同じ立場で国民を騙している同罪なのである。

 そんな、メディアに私たちはいつまで騙されている訳にはいかないし、最早、メディアには最後通牒を叩き付ける状況にあるということだけは確認しておきたい。

『政府はこうして国民を騙す』(長谷川幸洋著/講談社現代ビジネスブック/2013年1月18日刊/Kindle版あり160円安い)

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