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2013年4月 7日 (日)

『DJANGO』の荒唐無稽さはタランティーノならでは

"Speling is D-J-A-N-G-O, D is silent"って、ああ『続・荒野の用心棒』のジャンゴ(モーリス・ロネ)のことなのね。オープニングタイトルもまんまじゃん。

 ただし、オリジナルの『ジャンゴ』はバウンティ・ハンターじゃないけどね。

20130405_1709『ジャンゴ 繋がれざる者』(クェンティン・タランティーノ脚本・監督)

 クェンティン・タランティーノはスタイルから入る形の作家である。

 で、この度は「マカロニ・ウェスタン」である。しかし、マカロニ・ウェスタンという呼び方は日本で淀川長治氏が名付けた言い方であって、欧米ではスパゲティ・ウェスタンと呼ばれていたそうだ。それをマカロニ・ウェスタンという言い方をするところがいかにもタランティーノらしい。

 1960年代から70年代にかけて、ハリウッド製のウェスタンがリアリズムにこだわったために、派手なアクションもないし、画面で屁理屈こいてばかりいるお話になってしまったのに対し、イタリア製のウェスタンが派手なアクションやバイオレンス、荒唐無稽な設定で娯楽に徹底して人々の支持を受けて大量に製作されたのであった。

 つまりこの「荒唐無稽な設定」というところで、タランティーノは「黒人のガンマン」で「バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)」という、まさしく荒唐無稽な設定を主人公(ジャンゴ/ジェイミー・フォックス)に持ってくる訳だ。

 なにしろ南北戦争が始まる2年前の話である(オリジナルの『ジャンゴ』は南北戦争の後)。西部(というより南部)では黒人奴隷は当たり前の世界であり、黒人が出世するにはこの映画にも出てくるスティーブン(サミュエル・L・ジャクソン)のように奴隷頭となって、自らNiggerという呼び方を仲間の黒人に使い、同時に主人である白人の子供の教育係になって、結果として裏側から主人を支配するというような、ひねくれた出世方法しかなかったわけである。

 それを「白人を殺すバウンティ・ハンター」になるという。当時は当然、馬に乗ったり銃を持ったりしたのは(南部では)白人にしか許されていなかったから、銃を使った重大犯罪を起こすのは白人しかいなかったわけで、必然的に「バウンティ・ハンター」は白人だけを殺すのである。勿論、殺さなくってもいいのだが「WANTED DEAD or ALIVE」(お尋ね者 生死を問わず)となってしまっていれば、生きたまま捕まえる難しさを考えれば、皆、殺してしまうのだ。

 う~む、これはすごいな。当時の手配書ったって写真が使われているわけではなく、良くて「似顔絵」だけでしかないわけで、それだけで重罪犯だと思われて殺されてしまうわけだな。ただ、黒人が白人のお尋ね者を殺して保安官に申し出ても信じてもらえないだろうし、むしろ黒人のクセに銃を持つなんて、ということで逆に逮捕されてしまうだろうから、その意味では、最初の元歯科医のバウンティ・ハンター、キング・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)の求めた最初のミッション「ブリトル3兄弟を知っているか」を果たした後も、シュルツと一緒に行動したジャンゴの判断は正しかったわけだ。

 ただしもう、映画の登場人物すべてが死んでしまった(というかジャンゴがほとんど殺してしまった)後に、どこに行ったんだろう、というのが気になる。シュルツはもう死んでしまっていて、ジャンゴの庇護者はもういない。

 とすると、最早ジャンゴの行先は奴隷制のない「北部」ということになる。

 南北戦争の対立軸は;

・奴隷制を否定する北部 vs. 奴隷制を肯定する南部

 ということになるのだが、結局それは「工業化を果たした北部は黒人を工場労働者として使いたいのに対し、プランテーションで安い労働力として引き続き黒人を使いたい南部」という、経済戦争だったわけだ。農業国としてイギリスから独立して100年が経ち、工業経済化を進める北部と、原料供給地としての農業経済を継続したい南部という二つの立場が一つの国としてまとまることが難しくなって起きた戦争なのである。

 結局、それは双方とも「安い労働力として黒人を使いたい」というだけの問題であって、ヒューマニズムの観点からみた奴隷解放ではなかった、ということはその後も黒人に対する人種差別は、つい最近までアメリカの恥部として残されていたという事実が物語る。

 で、そんな北部に逃れたジャンゴは最初は工場労働者として働くんだが、多分、南北戦争が始まったら北軍の黒人部隊に参加するんだろうな。取り敢えず「奴隷制に反対する」という北軍のタテマエがあるから。

 で、北軍は勝利するわけだけれども、結局「奴隷制」は黒人への人種差別として生き残り、それにイラついたジャンゴは『パルプ・フィクション』のジュールス・ウィンフィールドとなって蘇るのだ。

 というのは私の勝手な想像だけどね。

 で、この映画でやたら出てくる"Nigger"という台詞(137回だそうだ)。本来なら「黒んぼ」という訳が当てられるはずだけれども、何故か「ニガー」と英語の発音のままスーパーインポーズされる。

 字幕翻訳者の松浦美奈さんは何を気にしているんだろう。ここはやっぱりタランティーノの意思を尊重するなら、差別用語である「黒んぼ」を堂々と使って欲しかった。

 ところで、南北戦争の中古銃火器が戊辰戦争で使われたということは知っていますか?

 

 

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コメント

確かに、モーリス・ロネじゃなくてフランコ・ネロでしたね。
ジュールス・ウィンフィールドに繋げるのは私の勝手な妄想です。
ただし、作家って一連の作品を見ていると、なんかそんなキャラの繋がりってものが見えてくるのが面白いですね。
特に、タランティーノは、もともとオタクの監督ですから、そんなのが見えやすいっていうのが……。

すいません通りすがりです。考察楽しく拝見させていただきました。ジュールス・ウィンフィードにまで繋がるとはとは慧眼です。
ところで続・荒野の用心棒のジャンゴはモーリスではなくてフランコ・ネロですね、ロネと紛らわしいので、勘違いと思いますが、気づいてしまったので…すいません。

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