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« 『メモワール 写真家・古屋誠一との二十年』の重い文章について | トップページ | 待乳山聖天・登攀記 »

2013年3月17日 (日)

古屋誠一『メモワール』って、結局はダメな写真家へのオマージュなのか

 パソコンの調子が悪く、windows8のリカバリーをしなければならなくなった。当然、ファイルはバックアップを取っていればよかったのだが、そろそろバックアップ用の外付けHDDを買わなければと思っていた矢先のトラブルである。

 前に使っていたパソコンにデータが残っていたので「全損」は免れたが、「写真」ファイルは全損である。一番データ量の多かった写真ファイルが全損してしまったのは残念だが、しかし、やはり残すべきものはアナログであるなあ。はかなきデジタル・ファイルは全損だが、アナログのネガはすべて生き残っているので、それだけが救いである。

 ということで、これからますますアナログ・カメラの重要さが増すというものだ。やはりデジタルの怖さはここにある。何しろ「一瞬」ですべてのデータがなくなってしまうのである。

 というところで、話を本の話にもどす。まさしく古屋の写真はアナログ写真の典型である。

 一昨日の小林紀晴の本に触発されて古屋誠一の本を早速Amazonに注文した。

 ただし、古屋の妻の自殺直後の写真が収録されているオリジナル版『Memoires』は既に絶版になっているのだろうか、手に入らず。取り敢えず入手できたのは以下の2点。

『メモワール 1983/Christine Furuya-Gossler 1983|Seiichi Furuya 2006』(古屋誠一著/赤々舎/2006年10月1日刊)と『メモワール. 1984-1987/Seiichi Furuya Memoires. 1984-1987』(古屋誠一著/IZU PHOTO MUSEUM/2010年5月10日刊)

「Memoires. 1984-1987」の腰巻には「古屋誠一 最後のメモワール」と書かれていて、タイトルの「Memoires」の後にはピリオドが打たれている。まさに、古屋誠一の「常に後ろ向きの写真集」はこれが最後だという宣言にもとれる。

 まず『Memoires 1983』の方から観ていこう。表紙は1983年7月、グラーツで撮影された妻クリスティーネが馬に乗った写真が使われている。そう、この写真集は1983年のクリスティーネを時系列で並べたものだ。

 1985年、自ら命を絶った妻、古屋が撮影したクリスティーネと息子の未明(コボシー)、クリスティーネの母親らしき人物の写真が多く、もうひとつ小林が問題にしたクリスティーネの手記が散見できる。

 詳しくクリスティーネの手記を読むつもりはない。取り敢えず収録されて写真を次々に眺める。初めから最後まで、何度も何度も。

 既にこのころは精神病院への入院を何度かしているクリスティーネだが、少なくとも未明(コボシー)と一緒にいるときの写真は、多少は幼子といる安心感なのか、心の平安を取り戻しているように穏やかな顔つきの写真が多い。勿論、疲れ果てたかのような顔つきも、そのなかに散見できるのだが……。

 ちょっとショッキングなのが、8月にグラーツで撮った写真と、シュトゥレイドルフで撮った写真だ。この月、古屋はシュトゥレイドルフの屠場を撮影しているのだが、その内1点、見開きで左ページにクリスティーネの微睡むような雰囲気の写真があって、それを対応する右ページに、これから殺されるのであろうか目隠しをされた牛の写真が並んでいるのだ。「何かを予感させる?」のであろうか、それとも既にクリスティーネの運命を知っている我々が勝手に持ってしまった妄想なのか。

 この時期、まだクリスティーネは自らの死を予感していなかったのだろう。

 一方、『Memoires. 1984-1987』はクリスティーネの死を挟んで5年間の写真を集めたものだ。

「Potsudam, October 6, 1985-Falkenberger Chaussee 13/502, Berlin-Ost, October 7, 1985」と題された37カットのカラー・コンタクトプリントが掲載されている。これが小林が書いていた『廊下のような場所に、靴が揃えて脱いであるカットがある。次のカットは地面にうつぶせに倒れた、ピンク色のシャツを着た妻の姿だ。駆け寄ったとみられる数人の姿もある。次の写真は地上で、深緑色の厚手の布が遺体らしきものの上にかけられている。なかはまったく見えない。続く二つのカットにも、同じ布が写されている。どちらも警察官らしき男が、こちらを向いてその脇に立っている』と書いた、古屋の自ら命を絶った妻の写真なのだ。

 当然、写真集だから製版の際の粗さがある写真なわけだけれども、ルーペで覗いてみた。

 1枚目は確かに靴が揃えて置いてあるカットで、次が地面にうつぶせになったピンクのシャツと白のスラックスの女性が写っている。周囲に3人ほどの人影が見えるのであるから、実は自殺をしてから多少は時間が過ぎている写真なのだろう。

 それは確認できた。

 だからと言って、我々は何を言えるのでろうか。

 しかし、問題はそのあとの写真群であろうか。その後の写真が、どこか誰を写しているんだかよくわからない写真が多くなっている。「人」を写しているんだか、「街」を写しているんだか、わからない。

 それが、妻を撮り続けた古屋のスタンスとは違ってきたのかもしれないが、何か「写すもの」を見いだせない写真家の姿をそこに見出してしまうのだ。

 というところで、今日は中途半端だけれどもおしまい。

 まあ、パソコン故障についてのご理解を。

 いつか、この続きを書くことになるだろう。

 

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古屋の息子は「未明」でなく「光明」です

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