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2013年3月25日 (月)

「ホンダF1復帰」のニュースを耳にして思うこと

 3月19日のFacebookでホンダF1復帰のニュースに「エンジン供給だけの参加はクールな判断だ」と書いたので、その関連を。

 ホンダがF1参戦を発表したのは1962年のこと。当時はロータスにエンジンを供給する形での参戦を予定していた。ところが参戦直前になってロータスがコベントリー・クライマックスからエンジン供給を受けることにしたということになって、ホンダとしてはイギリス人コリン・チャップマンの交渉にノせられたことを知る。つまり、コリン・チャップマンとしてはホンダとコベントリー・クライマックスを天秤にかけていい方を取ったという訳なのである。

 当時の日本人の世界知らずの典型例なのであるが、それ以前から2輪車で世界GP進出をしていたホンダですら、こうしたイギリス人の交渉の巧みさには全くの素人同然だった訳である。

 で、やむなくホンダは当時エンジン開発のためのテスト・ベッドとして購入していたブラバムをコピーしたフレームを作って、ホンダRA270として開発し、その改良型、RA271をF1デビューさせたわけだ。

800px2006_sag__f1_honda_ra271_1964_1964年に初めてホンダがF1に参戦した時のRA271。当時は1500ccフォーミュラの時代。

 V型12気筒・横置きエンジン、常時噛み合わせトランスミッションという、オートバイからそのまま持ってきたメカニズムのホンダRA271はなかなか勝つことはできず、やっと1500ccフォーミュラ最終戦のメキシコGPで1勝を挙げることができた。

798pxmclaren_mp45破竹の大連勝を遂げたマクラーレンMP4/5 ホンダ。やっぱりホンダはエンジン供給だけの方が良かったんじゃないか。

 一度F1から退いたホンダはF2時代につきあっていたスピリッツ(いかにも日本人が好みそうな名前ですね)を切ってマクラーレンと組んだ。シャーシー開発はマクラーレン、エンジンはホンダ、ドライバーはアイルトン・セナというコンビネーションは最強で、1988年には16戦15勝という前人未到の記録を作ったりした。

 セナとアラン・プロストのジョイントNo.1契約という微妙な契約関係から1989年の鈴鹿サーキットで行われた日本GPでの接触問題なんかが、今でも記憶に蘇る。

 つまり、この時期のホンダF1が(ヨーロッパ的にはマクラーレンF1なのだが)、たぶん歴史上最強のホンダF1だったのだろう。

800pxjenson_button_2008_malaysia_3ホンダ最後のF1、RA108。あまり芳しい活躍はなかった。

 第3期のホンダF1は当初ブリティッシュ・アメリカン・レーシング(BAR)へのエンジン供給という形でスタートしたのだが、途中でBARが倒産してしまい、再びホンダは自らシャーシーも開発するという形での参戦になった。

 しかし、やはり「エンジン+シャーシー」両開発というのは自動車メーカーにとっては難しく、あまり芳しい成績を残せずに終了してしまった。

 ということが、私が「クールな判断」と書いた理由である。

 F1が「走る実験室」と言われ、その通りだったのは1950年代までで、その後は世界中に広まるモータリゼーションの波とともに、F1は「普通の自動車」とはどんどんかけ離れていったものになってしまったのである。

「普通の、どんな人でも」運転できる市販車と、「特別な才能に溢れた人じゃないと」運転できないフォーミュラ1モーターレーシング・マシンは、同じ自動車であってもまったく異なった乗り物なのである。

 ところが、そのまったく異なった乗り物ではあっても、市販車に応用可能なのがエンジンなのである。

 シャーシーは、開発手法から開発姿勢、開発スタイルすべてが異なる、特別な自動車なのである。だって、シャーシー下面の空気流なんて普通の時速200km位までの自動車なんて関係ないでしょ。ところが今のF1はこの「シャーシー下面の空気流」が一番の問題なのだ。

 エンジンの基本は「同じ燃料の量から如何にして高いエネルギーを得るか」という基本線からまったく離れていない。これはF1でも普通の自動車でもまったく同じなのだ。

 ここが私がメーカーが「エンジンの供給」だけでF1に参加する意味があると考え、メーカーが「シャーシーの開発までやる」のは無意味と考える理由なのだ。市販車とまったくことなる車を作ることにメーカーが地道を上げるのは意味がない。特にF1の場合はシーズン最初期と最後期ではまったくことなった車になっているような、トンでもない世界なのだ。つまり、毎レース毎レースで改良を加えているシャーシー&ボディはそれだけ毎レースごとに仕様が異なっているのだ。レースの世界はそれでいい。しかし、市販車ではそれはできない相談だろう。製造ロットごとに仕様の違う車を作ったら、それは製造コスト面でも、サービスの面でも、できない相談だ。

 しかし、一方エンジニアにとってはF1という世界最高峰のレースに挑戦しているというモチベーションは非常に意味のあることだ。毎レースごとに現場から上がってくる改良要請に応えることも、エンジニアとしては意味がある。

 そして一番大事なことは、ホンダ経営者としては「本田壮一郎DNA」をいかにして繋げていくかという命題がある。

 ホンダとしてはマン島TTレースというものの存在を知り、参加を決めたのもすべて本田壮一郎なのである。つまり、市販車改造車レース(GTやツーリングカーレース)ではない、純粋なレース専用車でレースを戦うというのが本田壮一郎DNAなのである。

 私は今回の伊東孝神社長によるホンダのF1復帰会見は、やはり生き残っていたホンダの本田壮一郎DNAの継承宣言であると受け止めたいのである。

 問題は今交渉しているらしいマクラーレンが昔のロータスみたいに「交渉を弄する」ことがないかどうか。まあ、昔の本田壮一郎に比べればもっと交渉術に長けているだろう現在のホンダ幹部である。まさかのドタキャンはできないような交渉はしているということに期待しよう。

 な~んてことを、ヨーロッパ車ばっかり乗って、ホンダ車を所有したことのないtsunokenが言っても説得力はないか。

 気分は「ホンダファン」なのだが、今は乗りたいホンダ車がないというのがその理由なのだが。だって、セダンはみんなFFばっかりだしなあ……。

画像はすべてWikipediaより

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