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2013年2月22日 (金)

沢木耕太郎は『キャパの十字架』で何を証明したというのであろうか

「あの写真」についての「真贋論争」というものは昔からあった訳で、なんで今更そんなことが気になるのだろうか。それが分からない。

『キャパの十字架』(沢木耕太郎著/文藝春秋/2013年2月15日刊)

 ロバート・キャパが撮影した、写真史上最も有名な写真、スペイン内戦におけるある兵士の死を写した「崩れ落ちる兵士」である。

201009100317223a4(c)Robert Capa この写真である

 沢木氏のロバート・キャパに対する関心は、キャパの自伝『ちょっとピンボケ』を学生時代に読んだことに端を発している。

 というか、リチャード・ウィーランが書いて、沢木耕太郎氏が翻訳した『キャパ その青春』『キャパ その死』が出るまでは、キャパに関するまとまった著書は実は『ちょっとピンボケ』しかなかったのだ。私も何度も『ちょっとピンボケ』は読んだし、もはやかなりの部分は覚えている。

 勿論、その本はキャパ自身によって書かれた本であり、映画化を前提にして書かれた本なのである。映画化はされなかったが、結局それは自己演出たっぷりの自画自賛本であることは事前の了解事なのである訳で、その本に書かれていることが実際のキャパ自身と乖離していても、言わばそれは当然の事なのである。それを前提条件にして、その本は読まれなければならない。つまりリチャード・ウィーランによって書かれた伝記と、キャパ自身によって書かれた自伝とは、自ずから異なって当然なのである。

 で、問題はウィーランが「崩れ落ちる兵士」について、その真贋論争は以前からあったものの『しかし、結局は、議論に議論を重ね、推測に推測を繰り返したあとでも、キャパの「崩れ落ちる兵士」の写真が偉大で力強い映像であり、戦争で死んでいった共和国軍兵士と、勇敢に前進し打倒されてしまった共和国スペインそのものの、忘れがたい象徴であるという事実は変わらない』と、突然「真贋論争」を打ち切ってしまった事に対する、沢木氏の不満に端を発する。

『かりに「真」だとしても、あのように見事に撃たれた瞬間を撮れるものだろうか。同時に、もし「贋」だとするなら、あのように見事に倒れることができるだろうか』

 という疑問である。

 この疑問は当然である。実際、戦場写真というものはその後も大量に撮影されているが、キャパの「崩れ落ちる兵士」のように、「死の瞬間」を、それも「撃たれた兵士の前方から」撮影された戦場写真は一切ない。当たり前である。「撃たれた兵士の前方から」撮影するためには、敵に背中を向けて撮影、つまり兵士の前方にカメラマンは位置しなければならないわけで、そんな撮影をカメラマンを保護するという建前からも、戦場における作戦上からも、許されることではない。つまり「崩れ落ちる兵士」は「ヤラセ」である、という理由はいくらでもあるわけだ。

 大部を費やして得た沢木氏なりの結論はこうである。

①「崩れ落ちる兵士」の写真はセロ・ムリアーノでなはなくエスペポで撮られたものである。
②「崩れ落ちる兵士」は銃弾によって倒れたのではない。
③しかし、「崩れ落ちる兵士」はポーズを取ったわけではなく、偶然の出来事によって倒れたと思われる。
④そのことは「崩れ落ちる兵士」の写真とほぼ同じタイミングで、異なる地点から撮られた「突撃する兵士」の写真によって確認できる。
⑤その場には、二台のカメラがあり、二人のカメラマンがいた。
⑥「突撃する兵士」は丘の窪地のような低いところから撮られている。
⑦「崩れ落ちる兵士」は丘の斜面上で撮られている。
⑧低いところから、目の前を走りぬける人物を撮ろうとするカメラにふさわしいのはライカである。
⑨「突撃する兵士」はライカでキャパが撮った可能性が高い。
⑩とすれば、「崩れ落ちる兵士」はローライフレックスでゲルダが撮ったということになる。

 しかし、この結論は実に貧しいものではないだろうか。これでは何の問題解決にはなっていないのである。

「崩れ落ちる兵士」がどこで撮られたか、というのは大きな問題ではない。勿論、それが戦中に撮られたものか、演習中に撮られたものなのか、という問題も実は何の解決にもなっていないのだ。つまり、「この写真がスペイン内戦の最中に撮られた」という事実は動かしがたい事実なのである。更に、この写真が撮られた頃の「ロバート・キャパ」というクレジットはロバート・キャパ(アンドレ・フリードマン)とゲルダ・タロー(ゲルダ・ポホリレ)の共同クレジットだった訳で、この写真が「ロバート・キャパ」という名義でクレジットされることの問題は何もない。「誰が撮ったのか」なんてことは、誰も気にしていないのだ。要は「ロバート・キャパ」と名付けられた人物が撮った、ということだけである。

 沢木氏はキャパに対して『ひとつは共和国の勝利に貢献できる写真を撮りたいということであり、もうひとつは素晴らしい戦争写真を撮って金と名声を得たいということである』として、その撮影姿勢に対して厳しく、またゲルダに対しても『公正なジャーナリストであるより、共和国の勝利に結びつく写真を撮ることを望んだ』と、そのジャーナリストとしての姿勢を批判する。

 沢木氏はあとがきに言い訳として『これを読んでくれた方には理解してもらえるように思えるが、私のしようとしたこと、したかったことは、キャパの虚像を剥ぐというようなことではなかった』としているが、そんな「虚像」などというものは、沢木氏が想像するまでもなく、実は始めからないのだ。写真愛好家であるならば、始めから分かっていることなのであり、それが「真」であるか「贋」であるかは、誰も気にしていないことなのである。

 つまり、リチャード・ウィーランが書くように、問題は「真贋論争」とはかけ離れたところで、『戦争で死んでいった共和国軍兵士と、勇敢に前進し打倒されてしまった共和国スペインそのものの、忘れがたい象徴であるという事実は変わらない』という事実なのである。その写真を撮った目的が「共和国の勝利」であるか「富と名声」であるかは関係ない。その写真を撮った理由が「ジャーナリストの良心」であるか「政治的目的にある」のかは関係ない。

 そのようなものと関係なく、事実として「崩れ落ちる兵士」はあるし、今後も「共和国の象徴」として存在し続ける、ということなのである。

 結局「ジャーナリズムは優れてプロパガンダである」という事実がすべてを物語っているのである。

 そのような事を知らない筈のない沢木耕太郎である筈なのに……。

 

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コメント

出版社出身の人間としては、やっぱり本は本屋さんで買って読んでください、といいたくなります。
まあ、それは良いとして、2015年6月4日のブログで、沢木氏の「キャパへの追走」について書き、なぜ沢木氏が「崩れ落ちる兵士」の真贋についてこだわったのかについて考えています。
あわせてこちらもお読みいただければ…と。

沢木耕太郎の「キャパの十字架」は興味はあっても買うほどではない本である。図書館で借りれば十分な内容だと思います。

キャパの残した文章には「法螺」や「大げさ」があるのは確かだけど 他の人物が残した文章は全て100%真実なのか検証していない。キャパはライカ ゲルタはローライを使ったとしつこいくらい述べているけど ローライを首にかけたキャパの写真がかなりあることから必ずしもライカだけ使っていたとは断言できない。 本人にこだわりは無かったと思います。
 
当時は現地で現像プリントが出来る環境になく 未現像のフイルムを空輸で出版社に送るシステムでした。なので 撮影した本人はうまく写っていたのかわからないまま スクープだと勘違いした編集者によって公開されてしまいました。 

もしキャパが現地で現像したものを見て
出版社にスクープ写真だと言って送ったら「やらせ」になりますが、本人が知らない間に「すごい写真」に仕立てあげられてしまったので困惑したのだと思います。

沢木耕太郎の文章は理屈っぽく つまらなくて肩が凝ります。それに十分な検証もせずに拘った考え方が散見されます。
例えば キャパはすごい写真の感性を持っていると述べる一方 ゲルタの写真は未熟だとしつこい位書いています。
田中長徳氏から借りたライカの使い方すらマスターしていない人が何を言っているのかと思いました。

私はこの人の文章は嫌いです。

おっしゃる通りです。

しかし、それでも、普遍を支えた個人のあり方は、私の胸を打ちます。
二十世紀において、思想をめぐる戦いはスペイン内戦に始まり、カンボジア内戦によって終結した、と私は思っています。
その過程において、それに関わった人間たちの個人のあり方は、やはり問われて良いのではないでしょうか?

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