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« 『演技と演出』はスタニスラフスキー・システムへの怨嗟ではないのか | トップページ | 『金沢「絵葉書」紀行』の疑問を明かそう »

2013年2月16日 (土)

『新 頑張りまっし 金沢ことば』って、いいのんねえ~ぇ。って変?

 先週の「金沢フォッサマグナ大周遊紀行」。つまり、行きは上越新幹線で大宮→越後湯沢→ほくほく線+北陸線で金沢、帰りは北陸線で金沢→米原→東海道新幹線で品川、という大紀行の際に、金沢のうつのみや本店で購入した本である。こうしたその地方だけの本を買うのも旅行の楽しみ。でもたいていはその地方の老舗新聞社が出版元になっていることが多い。  

 この本も金沢の北國新聞社が出版元。

 北陸三県では北陸中日新聞が結構幅を利かせているが、石川県では圧倒的に北国新聞。あとは富山県高岡市出身の正力松太郎のおかげで高岡に北陸本社がある讀賣新聞が富山・石川で多少の存在感を示しているが、石川県では北国新聞・北陸中日には負けている。その他では全国紙ではあるが、朝日新聞なんて影も形もないのだ。

『新 頑張りまっし 金沢ことば』(加藤和夫監修/北國新聞社/2005年11月1日刊)

 昭和26年、東京生まれの私としては基本的に「標準語コンプレックス」というのがある。つまり、「江戸ことば」「江戸弁」は話せず、人工語である「東京標準語」しか喋れないというコンプレックス。おまけに名古屋に住んでいた時や、金沢に出張した時に、多少は喋れるようになった方言を話すと、とたんに化けの皮が剥がれて、地元民から「我々をバカにしてるのか」と怒られてしまう。別に、バカにしたのではなく、やっと喋れるようになった方言を、うれしくなって喋っただけなのにもかかわらず、その標準語なまりの地方言葉がまるでその地方の人をバカにしたように聞かれてしまうとは……。というコンプレックス。

 東京標準語というのは、明治維新までは中央語だった京都弁に代わって、『明治政府が着手した第一の仕事は国家統一であり、それは言語の統一』とばかりに、「江戸ことば」をベースに、長州弁を若干混ぜた人工語として作られた言葉なのである。しかし、そんな東京標準語が出来る前の時代に諸国の侍が言葉が通じなかったのかといえば、そんなことはない。江戸幕府の参勤交代の際に言葉が通じなくて困ったという話は聞いたことがないし、勝海舟と西郷隆盛の江戸城無血開城を話し合った会議の際にも言葉が通じなくて困った、という話はない。つまり、別に標準語なんてものがなくても、人は相手を慮る気持ちさえあれば、言葉は通じるのである。

 言葉は文化であるという考え方からすれば、そんな自然発生した言葉を持たない我々東京人は、自然に発生した文化を持たない、人工の文化しか持たない、最低の文化人なのである。

 そんな最低文化人が昔金沢に行ったときに耳にした「金沢ことば」には、京都ことばに端を発した関西系の言葉に、「あんの~ぉ」「そして~ぇ」「そやけどお~ぉ」「だってえ~ぇ」「あのぉんねえ~ぇ」といった、専門家によれば「ゆすりイントネーション」「うねり」などと呼ばれる独特の話し方に、なんとなく気持ちが良くさせられるのである。

 そんな金沢ことばの横綱格が「ダラ」である。「そんなダラな~」と言う具合に使う「ダラ」とは「バカ」「アホ」のことである。東京で使われる「バカ」よりは柔らかい表現で使われる「ダラ」という言葉には、どことなく相手をやさしく慮ってくれる良さがある。ただし「ダラブチ」とか「だらま」という言い方は私は知らなかった。まあ、金沢ことばでも「ダラ」という言い方よりはもっと古い言い方であったようだ。

 結局、方言も時代とともに変化しているということなのだろう。そういえばこの本のタイトルの『頑張りまっし』という言い方も、『「頑張るまっし」と違うがけ?』という指摘があったそうだ。つまり「頑張るまっし」の方が古い言い方であって、そこに標準語の「頑張りなさい」という言い方が加わって「頑張りまっし」になったのではないか、というのがこの本の筆者の考え方のようだ。

 その他にも、時代の進化とともに変わっていく方言というものがあるようだが、当然それは標準語とされている言葉でも時代とともに変化しているわけで、言葉が時代の変化を受け入れるのは当然なのであろう。

 とは言うものの「おいね」「ほうや」「そうけ」「なーん」なんていう柔らかい金沢表現は今でもなくなっていないようで、それはそれで金沢ことばを特徴づける言葉なのであった。

 で、最後に面白い金沢ことば遊びを。

「しましまにしまっしま」「ねがねーがんねーがー」「ねじねーじー」って何を言ってるのかわかりますか?

「しましま(模様)にしなさいよ」「(写真の)ネガが、ないんじゃないの」「ネジがないよ」という意味。

 ま「チャウチャウチャウンチャウ」みたいな言葉遊びなのだが、そんな言葉遊びができるだけでも、方言の世界ってうらやましい。

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