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2013年2月

2013年2月28日 (木)

ヤマザキマリの次回作はスティーブ・ジョブズの伝記

 ヤマザキマリの『テルマエ・ロマエ』に次ぐ作品はスティーブ・ジョブズの伝記であるというニュースが『コミックナタリー』に掲載されている。題して『ヤマザキマリの次回作はスティーブ・ジョブズの伝記』。

『テルマエ・ロマエ』は3月12日に発売される『月刊コミック・ビーム』(エンターブレイン)4月号で終了し、スティーブ・ジョブズの伝記は、3月25日に発売される『Kiss』(講談社)5月号からスタートの予定だという。これまで隔月刊だった『Kiss』の月刊化第1号の作品になったのだから、力も入っているんだろう。まあ、公式伝記の翻訳版は講談社が出版しているから、講談社の雑誌に連載されるというのもよくわかるが、しかし、何で女性コミック誌なんだろう。これで「男も読む」なんて考えているんだろうか。

 なんか面白そうな展開になってきた。漫画が原作のお茶目な伝記映画なんかができたりしたら面白いな。そう、お茶目なスティーブ・ジョブズって、実際にはありそうじゃないですか。『テルマエ・ロマエ』映画も続編があるそうだし……。

 以上、[N]ネタフルからの孫引きでした。

 ありがとう。コグレマサトさん。

残念! 紙版(上)もKindle版(下)も値段は同じだ。講談社、強気だな。

世田谷文学館『帰ってきた寺山修司』展はちょっと不便

 一昨日、世田谷美術館に行ったので、その足で同じ日に世田谷文学館に行った。

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 ところが、この美術館から文学館までが結構面倒くさいんですね。

 世田谷美術館前から東急バスに乗ると、それは小田急の千歳船橋までしか行かない。で、千歳船橋から京王バスの千歳烏山行きに乗り換えて、終点の二つ前、芦花恒春園で降りてちょっと歩く、ということになるのだ。世田谷美術館も東急新玉川線用賀で降りて1km以上歩かなければならないので、この二つの美術館・文学館を歩くと結構沢山歩くことになる。こういうのは何とかならないか……といっても何ともならないだろう。何せ、利用者が少なすぎる。まあ、私にとってはいいことなんだけれどもね。

 私と世田谷文学館という、ちょっと地味な存在との関係と言えば、以前、講談社で『東京裁判』というドキュメンタリーを作った小林正樹氏が、たまたま世田谷区の梅ヶ丘に住んでいたという関係から、その映画を作った時の資料を世田谷文学館に寄贈した(私がじゃなくて講談社が)関係から続いているというわけなのだ。

 で、世田谷文学館で開催中なのがこの『帰ってきた寺山修司』なのであった。

 え? 寺山修司って言ったら、天井桟敷のあった渋谷でしょ、公演をやっていた新宿文化(現・角川シネマ新宿)でしょ、と思ったのだが……。

 実は、寺山修司も世田谷文化人の一人だったんですね。

 つまり、九條今日子さんと結婚した後、移り住んだ場所が世田谷下馬であり、そこで始めたのが「天井桟敷」だったということ。私は天井桟敷といのは渋谷で初めて、新宿に進出して、唐十郎の状況劇場との戦いが起きたのだと勘違いしていたのだが、そうではなくてもともと下馬で始まったのが天井桟敷だったのである。成程な。

 私にとっての寺山修司は、基本的に青森弁のなまりを前面に押し立てながら、一方そんな青森なまりに対する鬱屈を持って前に進む、妙な男だったということだろう。なんか、方言を気にしていたんだろうか、どもっていたこともあったようだ。

 基本的に、この「なまり」ということに最後までこだわったのが寺山修司じゃないんだろうか。その後の文学者・役者・音楽家などなどは、もはや「なまり」なんてものは乗り越えてしまい、「別になまりがあるのは当然でしょ」という言葉を吐きながら創作活動を行いつつ、しかし、一般人の中ではいまだに「なまりは恥ずかしい」という二極化が進んでいる。

 これはどうしたもんだろう。

 一方で「お国訛りは言葉の関所」というネガティブな考え方があり、一方で「なまってもいいんじゃね」という、方言擁護派の考え方がある。私は基本的には方言擁護派に賛成なのだけれども、実際には方言ばかりで喋られると何を言っているのかわからなくて困ってしまうというのも事実である。

 まあ、そんな寺山修司も今や歴史上の人物になってしまったのか、というのが同時代の人物だとばっかり考えてきた私の感慨である。

 そう、私ももう死期が近いのかな。

世田谷文学館『帰ってきたて寺山修司』のサイトはこちら

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 私が一番好きな寺山の短歌である。

『マッチ擦る つかのま海に 霧深し 身捨つるほどの 祖国はありや』(「祖国喪失 壱」より)

『寺山修司全歌集』(寺山修司著/講談社学術文庫/2011年9月12日刊)

Fujifilm X10 @Koujiya, Setagaya (c)tsunoken

2013年2月27日 (水)

Cloud Days Tokyo 2013 Spring・写真入り

 Cloud Days 2013 Tokyo Springが開催中である。と言っても、今日と明日だけの2日間だけの開催なので、行きたい人は、下のリンクから即登録して行かなければ……である。

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 クラウド、クラウドと昨今喧しいが、要は大きなサーバーにアプリケーションとデータを預けて、自分のところには何も置かずにサクサク仕事をしましょう、って話。

 これは一緒にやっているBig Data Expo Tokyo 2013 SpringとSmartphone & Tablet 2013 Sptringとも密接に関連していて、当然さまざまなクライアントからデータを預かるクラウド側はビッグなデータになるわけだし、スマホやタブレットは自分の機械側にはアプリケーションもデータも置かないわけだから、ということ。つまり、今のコンピュータの最前線の考え方というわけだ。

 実は今書いているNiftyのココログやNiftyメールも同じ考え方で、データはNiftyのサーバーにあり、私の側のパソコンにはまったくデータが残っていないのである。だからこそ、家のメインマシンからも、今書いているノートパソコンからもアクセスでき、こうしてブログの更新もできるという訳。

 ということは、クラウド側のサーバーは巨大なものになる訳で、「グーグルのデータセンターがすごくカッコイイ」とか、「Google、ストリートビューで自社データセンター内を公開」とかいうニュースは読んだことがあるが、まあクラウド・サーバーっていうのはそんなもんなんだろうな。

 問題はセキュリティとデータの保護ということになる。今のところ、私はNiftyココログとNiftyメール以外のデータをクラウドには上げていないが、写真データなんかがかなりの量になってきているので、バックアップのためにも、いずれクラウドに上げて保存なんてことも考えなければいけなくなるのだろう。

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 ということで、今日行ってきたのである。

 ご興味のある方は、急げ!

 事前登録(入場料3,000円が無料になる)はコチラから

Dscf6331_0453neko単にホテル・ニューオータニの庭にいた猫です

Fujifilm X10 @Akasaka, Minato (c)tsunoken

Fitbit weekly stats from Feb.18 to Feb.24

 スクリーンショットを簡単にできるソフトウェア"Jing"を手に入れたので、再びこんな格好で報告できます。

 見づらい人は、クリックして拡大して見てください。

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日曜日の東京マラソン観戦(18,978歩)が効いている。

"Jing"を提供しているTechSmithのサイトはコチラ(ただし、英語のみ)

世田谷美術館『エドワード・スタイケン写真展』

『エドワード・スタイケン写真展』を観るために砧公園内にある世田谷美術館に行った。

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 エドワード・スタイケンはルクセンブルグ生まれである。ということは「Edward Steichen」という綴りから見ると、多分ドイツ系だろう。であるならば「エドワード・スタイケン」という何語かわからない発音ではなく、「エドヴァルド・シュタイヒェン」が言語に近い発音なのかもしれない。

 つまり、そんな非英語国民だったスタイケンが、新大陸(当時はまだそんな感じだったんだろう)に行って、自らの才能で勝負するための方法論が「写真」だったわけだな。これは、アンドレ・フリードマン=ロバート・キャパの人生と(ちょっと階層は違うが)似たようなものだ。

 しかし、当時はまだニュー・テクノロジーだった写真の位置は低い。ということで「ピクトリアリズム=絵画的写真」の方向に行かざるを得なかったというのはよくわかる。要は「絵画の添加物的な写真」という発想だろう・

 しかし、この写真展で掲載されている『ヴォーグ』や『ヴァニティ・フェア』あたりで掲載されている写真は、ピクトリアリズムというよりはよりリアル・フォトの方向に向かっている。そうだろう、ファッション写真の分野では基本的にリアル・フォトでなければならない。絵画的にイメージを歪曲した写真ではファッション写真・モード写真にはならないからな。

 それでも、1920年代のスタイケンの写真と1930年代の写真では、明確にその撮り方、被写体も変わってきている。

 そう、よりリアルな方向へ、できるだけ演出を廃した方向へ、という変化である。もっとも、これはファッション誌『ヴォーグ』と総合誌『ヴァニティ・フェア』の違いもあるのかもしれない。とは言うものの、やはり何となくその撮影している写真は異なってきているのだ。

 特に違うのは、マリオン・モアハウスを撮影したいくつかの写真。マリオン・モアハウス自身もその顔の整い方、完璧なスタイルをもって最高のモデルに違いないが、同時に彼女自身はあまりファッションに関心はなく、どちらかとりうと写真家志望で、のちに彼女自身も写真家になったという事実だ。

 そう、美しい写真を撮られた人は、美しい写真の撮り方もわかるだろう、という典型である。

 スタイケンはその後、ニューヨーク近代美術館(MOMA)のキューレーターとして『Family of Man』の企画を成功させた。つまり、そのリアル・フォトの集大成である『Family of Man』こそはスタイケンの写真観を明らかにさせたものだろう。

 写真はリアルなものであり、写真は事実を撮影したものであり、写真はそこに変更を加えても意味がないものなのだ。変更を加えたものは「美術」であり、写真ではない。

 写真がジャーナリズムと一緒に論じられている社会では、ピクトリアリズムはそれは単なる芸術家の仕事でしかないと考えられる。

 そう、写真は事実の断片なのである。

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世田谷美術館『エドワード・スタイケン写真展』のサイトはこちら

Dscf6297_0419razou世田谷美術館の男性像は、アソコもちゃんと作っている

Fujifilm X10 @Kinuta, Setagaya (c)tsunoken

2013年2月26日 (火)

角川歴彦氏のインタビューを読んで思うこと

 出版界唯一の専門紙を謳う『新文化』2013年2月21日号の1面と8面の大半を使って角川歴彦・角川GHD会長へのインタビューを載せている。

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 基本的にはAmazonとの闘い(「交渉」とも言う)を通じて電子書籍の市場を作ってきた角川GHDの考え方を述べたものだ。

 面白いのは『世界でも最大の激戦国である日本にアマゾンが参入してきている。私はアマゾンが来る方がいい、と前から言ってきていました。それはフグのようなもので、食べれば美味しいが毒は怖い。しかし、そこから学ぶことも多い。アマゾンだけがこれからの時代のクラウドプロバイダーじゃないし、受け入れながら闘っていく僕の姿勢を分かってもらえたらと思います』と、フグの毒を恐れて食べようとしない、書籍の電子化や電子書籍へ後ろ向きの、多くの書店や出版社を批判する角川氏の姿勢である。

 結局、電子書籍の出現というものは単なるデバイスの多様化という問題であり、それは本来マーケットの拡大を意味するものであり、別に電子が紙の本の市場を食うなんてことはない筈のものなのである。

 確かに、出版不況と呼ばれる時代背景の中でのAmazonとKindleの登場は、まるで電子書籍が紙の書籍の市場を奪ってしまうというようなものの見方をされてしまっている。しかし、「出版不況」と「電子書籍」は全く違う次元の問題なのだ。たまたま、それが同じ時期に起きてしまった、というだけのこと。

 出版不況は、一つは少子化とか本を読まなくなった若者層などの外的な要因もあるが、一方、出版社自身が招いた不況でもあるのだ。つまり、本を読まなくなった若者に対して、そんな若者たちが読みたくなるような本を作らずに、目先の対策として「新書」「文庫」などの「廉価本」ばかりを作って、なおかつ返品対策として大量の新刊を出してきたという、出版社側の自転車操業自体が不況を作り出してきたのだ。

「本が売れない→それは本が高いから(という大間違い)→じゃあ安い本を作ればいい(というこれまた大間違い)→安くなってしまったので大量に新刊を出さなければならない→大量の新刊を出すので、大量の返品が出てくる→その返品際策として、これまた大量の新刊を出す」という不況スパイラルに落ちいているのが、現在の出版業界である。まあ、2,000社あるという出版社の3分の2位が倒産・廃業するまでは、この不況スパイラルは続くだろう。1980年代から1990年代にかけてのバブル経済のままに、厳しい時代対策を怠ってきたツケが、今やってきたというだけのことである。

 一方、電子書籍は、例えば今から20年ほど前に実用化が見えてきた「Eインク」のテクノロジーが、やっと商用化されてきたのがつい10年ほど前。同じ時期に、ネットの時代が「2.0」と言われて時代を支配するようになってきた訳だ。この「ネット2.0」と「Eインク」の技術を繋ぎ合せたのがAmazonのKindleなわけである。私がMITで20年ほど前に見てきた「Eインク」のテクノロジーは、当時は新聞に合った技術であると考えられてきた。毎日毎日新しい紙に印刷されて読まれる新聞を、「Eインク」は変えてしまうと考えられていたのだった。しかし、新聞は生きながらえてきており(と言っても無くなってしまった新聞も多いが)、それが出版の分野で生かされてきているということなのだ。

 新聞では多少遅れてやってきており、今現実のものとなってきている。多分、新聞の場合は紙面の電子化の前に、パソコンで読まれる新聞という時期があったために、多少タブレット化が遅れたのかもしれない。しかし、新聞も今や紙で読まれる時代は終わっている。

「情報」というものが、それが出た時に既に「陳腐化」が始まっている「モノ」である以上、本よりは新聞などの「情報性」の高いメディアの方が電子化、タブレット化には適しているモノであることは確かだ。

 書籍の電子化に関しては、まったく恐れるものではなく、まさしくデバイスの多様化と受け止めて、まさにそのための企画化を考えていくべきだろう。当然、紙の書籍でなくてはあり得ない企画もある筈だ。出版社はそのように前向きに考えていくべきだし、出版社の社員で電子書籍に後ろ向きの社員なんかがいたら、即刻退職を命じるべきである。

 同じことは書店にも言えるわけで、電子書籍に後ろ向きの書店はもはや生き残ることはないだろう。それは単なる「勝者必衰」の法則に他ならない。いつまでも同じ業態で生き残れるほど甘いこの社会の商業ではない。常に業態を変えて生き残るのが商業の常である。ならば、電子書籍に後ろ向きにならずに、堂々と電子書籍と付き合う道を、書店も考えなければならない。

 時代の変化に後ろ向きになった瞬間、その人はその生きる世界から退場すべき存在となってしまう。

 常に前向きの努力を続けられる者だけが、その世界での勝ち残りとなるのだ。

 で、一体いつ頃から『新文化』は電子化するのだろうか?

 同じ号に載っていたランス・アームストロングのドーピングに関する現在執筆中のノンフィクション『Cycle of Lie』のことも気になるが、それはまたいずれ。

 

2013年2月25日 (月)

埼玉新都市交通・ニューシャトル 内宿駅は寂しくて

 昨日は丸一日東京マラソンと付き合ってしまい、ブログの書き込みはできなかった。あ、勿論出走したわけではなくて、知り合いがでていたというだけのこと。

 で、今日のブログは先週金曜日に現地に行ったことで書いているわけである。

 では、始まり始まり。

 埼玉県北足立郡というのはあるが南足立郡はない。実は南足立郡は明治4年の廃藩置県で東京府へ編入となり、その後足立区になったわけだ。

 で、その埼玉県北足立郡伊奈町を走る、埼玉新都市交通・ニューシャトルで終点の内宿駅まで行った。

 何でニューシャトルに? ということなのだが、これまで上越・長野新幹線や東北新幹線には何度も乗っているが、大宮から先に脇を走っているニューシャトルには一度乗ってみたいと思っているだけで、一度も乗ったことがなかったのだった。で、乗った。というだけのことだったのだが……。

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 もともと、上越・長野新幹線や東北新幹線ができると町が三つに分断されてしまうという理由で、新幹線建設反対運動が起こった伊奈町住民のために、埼玉県とJR東日本、東武鉄道などで作った第三セクターが埼玉新交通株式会社であり、そこが運営しているのがこのニューシャトル伊奈線なのであった。何事も主張してみる価値はあるな。

 ゆりかもめや日暮里・舎人ライナーなどの無人鉄道と同じ「案内軌条式鉄道」なので、ここも無人運転なのかと思ったら、ちゃんと運転士さんがいるのである。

 なるほど大宮駅を出て丸山駅までは新幹線の両側を走っているのだが、丸山駅から先は上越・長野新幹線の下り線側だけの単線運転になってしまうので、それを考慮しているのだろうか。

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 で、終点の内宿駅を降りてみると、駅周辺こそは分譲住宅がたくさん建っているが、そこを過ぎると完全な田園風景が広がっている。

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 で、電車の中でみた「伊奈町立郷土資料館」に行ってみた。内宿駅から1kmあまり。周囲は桶川市と伊奈町をつなぐ県道311号線が走っている。この県道311号線はこの近辺のメインロードのようで、交通量はなかなか多いのだが、道幅は狭く歩いていてもちょっと危険な目にあいそうな感じ。

 伊奈町立郷土資料館には「齋藤」という表札が掲げられていて、いかにも名主の齋藤さんからの寄贈でできた資料館という感じである。ところが残念、木・金曜日はお休みということで資料館の中には入れず、庭を散策しただけだった。

 それでも高札場などがあって、いかにも名主の屋敷跡であることだけはわかった。

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 まあ、電車の中で見つけた資料館なので仕方がなかったが、面白そうなので今度は木曜・金曜以外の日に来よう。

Fujifilm X10 @Ina, Saitama (c)tsunoken

2013年2月24日 (日)

『必ず結果が出るブログ運営テクニック100』はそれなりのブロガーには意味がある

 ブログ「ネタフル」のコグレマサト氏と「和洋風◎」のするぷ氏の本である。要は二人とも「プロ・ブロガー」なんですね。「プロ・ブロガー」とは何か。ブログを書くことだけで生活している人が「プロ・ブロガー」なのだそうだが、コグレ氏なんかはブログを書くことだけで月収40万円くらいになるという。それならさすがに「プロ・ブロガー」を名乗ってもいいんだろう。

『必ず結果が出るブログ運営テクニック100 プロ・ブロガーが教える“俺メディア”の極意』(コグレマサト、するぷ著/インプレスジャパン/2012年3月23日・Kindle版2012年8月23日)Kindle版の方が約750円安い!

 しかしながら、問題は「書き続ける」ということ。そこが大事なんだよなあ。

 毎日、毎日、何かテーマを見つけてブログを書き続けることが、「プロ・ブロガー」になるためのまず第一歩ということなのである。確かにそれはどんなジャンルであっても「プロ」になるための基本である。「毎日続けること」こそがスポーツであれ、文筆であれ、絵画であれ、写真であれ、すべてのジャンルにおいて「プロ」になるための第一歩であることは同じであるが、同時にそれをやったからと言って「プロ」になれるのは、その中で才能を見せた一握りの人だけであるという事実も同時に、実際の姿であるのだ。つまり、毎日ブログを更新していても、皆が皆「プロ」になれるわけではないということ。

 そうか、私もサラリーマン引退後、サラリーマンの時からと同じペースで毎日毎日ブログを更新し、たまには午後にはもう一度更新したりして、つまりは一日に二度更新したりしているが、そうあまりページビューは増えていないのだ。いや、実は増えている。昨年末あたりまでは毎日500ページビューだったのが、今年に入ってからは毎日700ページビュー位になって、増えてはいるんだが、期待していた毎日1000ページビューには、たまに行くのだが毎日というわけではない、という贅沢な悩みを抱えている。

 とまあ、毎日毎日ブログを更新するのは楽しい。

 とにかく、毎日何かネタを探してブログを更新するのである。基本は当ブログは「本と映画と写真」がテーマなので、まず本を読むこと、これは最近はKindle本がかなり多くなっているが、映画と写真(展)は、とりあえず見に行かなければならないというところが、実は楽しい機会。特に、今はどちらかというとシネコンなんかでやっている「商業映画」もあるが、それ以外のドキュメンタリー(ポレポレ東中野なんかでやっている)を見る楽しみが増えている。ドキュメンタリーは今やビデオ撮影・編集・上映が当たり前になってきており、そうなると製作経費を考えなくてもできるため、いろいろなドキュメンタリー映画が出てきている。

 映画の基本はドキュメンタリーだと考えている私は、そんな状況にも嬉しくなってくるのである。そんなドキュメンタリーなら「もしかすると私にも作れるかも知れない」ということで。まあ、どんなテーマに出会うかという一番大きな問題があるんですがね。

 と、まあそんな感じでブログを更新し続けている私なのであるが、それを少しでもマネタイズに近づけたいと思って購入した本なのであるが、いろいろ書かれてあることは腑に落ちる。とは言うものの、この人たちはWordPressなんかのソフトを使って、レンタル・サーバーでブログを作っている人なので、私のようにNiftyのココログに頼っている人間には使えないソフトが多い。しかし、アフィリエイト収入だけで月間40万円ねえ。私なんかいまだに2か月で5000円位のもんだよ。小遣い稼ぎのつもりだったんだけど、そこにも至らないねえ。

 そうなんだよな。基本的にはやはりココログみたいに、おまかせでできるブログではなくて自分で自由に使えるブログの方が絶対いいのはわかっているのだが、まあ、ラクにできるブログをどうしても使ってしまうのだな。私も以前はホームページを作っていたことがあって、HTMLなんかも書いていた時期はあったのだが、もう面倒くさいね。

 とは言うものの、面白そうなのでGoogle Adsenseを使ってみようかと思ってアクセスしたと思いねぇ。

 ところがGoogle様から来た返事は以下の通りだぜぇ;

「成人向けコンテンツ: 現在のところ、AdSense プログラムでは一般向けとして分類された Google 広告のみが表示されます。お客様のサイトのコンテンツは、成人向けにあたると判断されました。成人向けコンテンツには、性的、わいせつ、挑発的な内容のテキストや画像、18 歳未満は利用できないサイトや職場での閲覧に適さないサイトが含まれます。このため、お客様のサイトには関連する広告を表示することができません。許可されないサイト コンテンツの詳細については、AdSense のポリシー(https://support.google.com/adsense/bin/answer.py?answer=1348688#Adult_content)をご覧ください」

 なんか私のブログはGoogle様から「成人向け」という認定をされてしまった。まあ、確かに「お子様向け」の内容でないことは確かだが、「成人向け」ねえ。そんなに過激だったかしら、わいせつだったかしら。とは言うものの「泣く子とGoogle様には勝てない」のがウェブ上のルールなので、それには従う他はない。

 まあ、Amazonウィジェットでシコシコ稼ぐしかないのだろうな。

 ということで、ちょっとブログ・ページのデザインを変えてみました。

 どうなんでしょうね。

2013年2月23日 (土)

ガトー・バルビエリとカルロス・サンタナのコラボってすげえ

 ガトー・バルビエリとカルロス・サンタナってジャズとロックの人なんだけど、ともに「ラテン」というくくりがある。そのふたりのコラボレーションがすごいことになっていることがつい最近まで知らなかった。

http://www.youtube.com/watch?v=fUoYZXZOtrg&playnext=1&list=PLVeBm8he8BNarOyWaW3tVnJwMRAYjcYjZ&feature=results_main&ytsession=XOKMnV2xdPMuTS3Ug3f1vNVXAorRN7TjycaQ4lgGciNgHrS7S8wUFD18YzFAeCmCrjcZyVOgvw42ET8oFywgCwUAIM3Us2OSaKTHg2JsB_ctFxtTSxRNWCU1ShwJxSwmqon7_ndXEV_iw9A9ld9c6NhfxGsK5u2oL35vslGYmWXb3537f2muGazwe_80iXtMKNMBfGHNgLuHghvKLgw7LpYT7wPTsR6sG7Qos16eAI8

 1947年生まれのカルロス・サンタナと1932年生まれのガトー・バルビエリではあまり接点はないのかと思っていたら、そうかお互い「ラテン・アメリカ」という繋がりがあったんだな。要はラテン・ジャズとラテン・ロックの繋がりか。

 まあ、「Eupoa」のアドリブは最終8小節だけってのは知ってたのだが、それがこれだけ豊かない表現になるのかってのは、ミュージシャンだけの世界だな。

 取り敢えず、この演奏はイイ。

『40歳からの仕事術』はうまくいったんだろうか

 この本が出版されたのが2004年でその年に45歳というから、生まれは1959年。現在は54歳になっているわけで、だとしたら60歳定年まで数年、65歳でも10年余りという年齢になっているわけだ。という人たちが45歳であった頃に直面していた問題に答えようというのがこの本なのだが、そうだよな、その数年後にリーマンショックなんてものが起こるなんてことを、誰も予想しなかった頃の話なのだった。

 大体、1981年頃に就職したこの世代の人たちって、結局は我々と同じくバブルを享受した世代だものなあ。

『40歳からの仕事術』(山本真司著/新潮新書/2004年3月刊・Kindle版2012年5月4日)

 本書は2004年に45歳を迎えた大手電気機器メーカー東部電機株式会社のサラリーマン朝倉光男と、彼と同期の東部電機入社組だが入社5年目に休職して自費留学でMBAを獲得し、外資のコンサルタント会社にいる岩下敬三、同じく同期入社組だが40歳を迎えた頃に実務経験を買われて外資系大手メーカーに転職した阿部正和の三人を主人公に、同じ会社でずっと勤めている朝倉光男がそんな「ぬるま湯」から脱出する手がかりを岩下、阿部が与え、朝倉をサラリーマンとして甦らせるというストーリーを使って、サラリーマンが40代(半ば)頃から身に着けるべき思考法を提案する本なのだ。

 しかしながら、岩下は1980年代に第1次ブームが来たMBAについては否定的だ。つまり『実はMBA教育なんて、日本の大学でいえば学部レベルだ。教材とコース構成さえしっかりしていれば、自学自習できるかもしれないという実態が共有されれば、ベールがはがれてくる』と。多くの日本人MBAが言っているのは、勉強した内容ではなく、むしろ世界からくるMBA志望者たちとのコミュニケーションと有名教授と直接知り合いになれる機会だということなのだ。むしろ、経営学の本、昔ならドラッカーなわけだが、をいくつか読めばMBAと同じ程度の知識は身につくということ。むしろMBAというレッテルが大事だということなのだが、しかし、それも今や昔、もういくらでもMBAがいる時代になってしまえば、もはやMBAのレッテルなんて通用しない時代になってしまっているのだ。

 英語学習についても、『ビジネスウィーク』と『ニューズウィーク』を読めばよいという。今なら『ニューヨーク・タイムズ』だって『ウォールストリート・ジャーナル』だってネットで読める時代であるし、CATVかCSが見られればCNNをはじめとする英語放送がいくらでもある。まあ、英語漬けになろうと思えばいくらでもそのインフラはあるわけだ。

『1~2年間、英語の文章を読んでいると、語彙が猛烈に増える。力強い語彙をやさしい構文に当てはめるだけで、けっこう迫力のあるしゃべりはできる』

 というわけだ。

『我々の世代の問題は、今まで学んだことを統合して実力を世に問おうという時期に、いきなりまた多くのことを学ばなくてはならなくたってしまったところにある。30代以下の層では、人生はまだ学習モードにある。新しい価値観を難なく受け入れながら、自助努力で新しい時代への変革モードに突入している。この「変革過程層」を象徴するのがMBAブームだ。50代以上の層は、これから得られるであろう生涯キャッシュフローの極大化のため、既得権の維持に躍起になっている「変革拒絶層」だ。
 我々40代も、変革を余儀なくされていることは頭では感づいている。さりとて「変革過程層」の人間ほど、自己変革に投資する余裕はない。「変革拒絶層」におもねることで得るところもあるかもしれないが、変革を拒絶すればこれからの人生を捨てることになる。生涯キャッシュフローは「変革拒絶」では保証されない。よく「静かな40代」なんて言い方で揶揄されるが、こちら立てればあちらが立たずという厳しいトレードオフの中でもがき苦しんでいる我々は「変革真空層」ではないか』

『10年後、年金は上の層にすべて食いつくされ、新しく創出される富は変革過程を経た新しい層に独占される』

『最近はわが国でも、思い切ってCEOの若返りをはかる動きがちらほら現れてきた。ときには60歳から45歳といった15年抜きが平気で行われる。こういった世代大交代がもっと広く行われるようになると、5年後にCEOのポジションに就くのは、40歳を迎えた、いま30代の「変革過程層」かもしれない。我々は真空地帯のままビジネス人生の終末を迎えてしまうのか』

 ということで、当時の40代半ば(現在の50代半ば)も「変わらなくちゃ」って勉強を始めたりするわけなのであるけれど、一度バブルで「ラクな思い」を経験していると、なかなか地味な勉強はできるものではない。

 しかし、変わることの基本は、新しい知識の問題ではなく、新しい思考方法の問題なのだ。それに気付けば問題はそんなに深刻ではない。とにかく、新し物好きになればいいのだ。

 山本氏によって「変革拒絶層」とされてしまっている私だって、とにかく新しいものを受け入れる用意だけはしている。

 英語の雑誌や新聞も読んでいるんだが……、どうだろう。

2013年2月22日 (金)

神田「藪蕎麦」哀

 火事で焼失したという神田「藪蕎麦」の現場を見に行った。

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 焼失と言っても表の塀や看板、庭木なんかは残っていて、出火場所は店の奥の方であるようで、店の裏手のビルに煙の跡があったり、屋根瓦が落ちていたりしている。全焼というよりは半焼という感じである。

 これなら店独特の「かえし」は大丈夫? と思ったのだが、それは無くなってしまったそうだ。まあ、沢山ある暖簾分けした店から少しずつ返してもらって、新たに「かえし」を作ることはできそうだ。

「藪蕎麦」と言えば、昔子供が小学生の頃のことを思い出す。子供が蕎麦好きであったので、それこそ今日は藪蕎麦、明日は更科という感じで、さまざまな東京の蕎麦の名店を巡っていた時期がある。蕎麦なら多少沢山食べてもそんなにお金はかからないし、という思惑もあった。

 ところがこの神田「藪蕎麦」に行った際に、この「藪蕎麦」のざるそばの盛りが小さいので、子供がどんどんおかわりをするのに閉口した。要は神田「藪蕎麦」の考え方は、板わさや焼き海苔なんかでお酒をいただいて、その上がりに蕎麦でもたぐっていこうか、という感じでいるのでざるそばの盛りは小さいのだ。ところが子供はそんなことは知らずに、うまい蕎麦なので平気でおかわりをする。ざるそば1枚900円位だったと思うのだが、家族で食べて1万円以上払ったように記憶している。

 まあ、うまいものを食べさせたんだからしょうがないか、と考えることにした。確かに家のそばのそば屋に行った時にはざるそば1枚もやっと食べているんだから、相当うまかったんだろうな。

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 まつやは普通に営業をしているので、これから「藪蕎麦」が再開するまでは、まつやが神田を代表するそば屋になるのであろう。ざるそばの盛りも普通だしね。

Nikon D7000 10-24mm @Kanda Awajicho, Chiyoda (c)tsunoken




沢木耕太郎は『キャパの十字架』で何を証明したというのであろうか

「あの写真」についての「真贋論争」というものは昔からあった訳で、なんで今更そんなことが気になるのだろうか。それが分からない。

『キャパの十字架』(沢木耕太郎著/文藝春秋/2013年2月15日刊)

 ロバート・キャパが撮影した、写真史上最も有名な写真、スペイン内戦におけるある兵士の死を写した「崩れ落ちる兵士」である。

201009100317223a4(c)Robert Capa この写真である

 沢木氏のロバート・キャパに対する関心は、キャパの自伝『ちょっとピンボケ』を学生時代に読んだことに端を発している。

 というか、リチャード・ウィーランが書いて、沢木耕太郎氏が翻訳した『キャパ その青春』『キャパ その死』が出るまでは、キャパに関するまとまった著書は実は『ちょっとピンボケ』しかなかったのだ。私も何度も『ちょっとピンボケ』は読んだし、もはやかなりの部分は覚えている。

 勿論、その本はキャパ自身によって書かれた本であり、映画化を前提にして書かれた本なのである。映画化はされなかったが、結局それは自己演出たっぷりの自画自賛本であることは事前の了解事なのである訳で、その本に書かれていることが実際のキャパ自身と乖離していても、言わばそれは当然の事なのである。それを前提条件にして、その本は読まれなければならない。つまりリチャード・ウィーランによって書かれた伝記と、キャパ自身によって書かれた自伝とは、自ずから異なって当然なのである。

 で、問題はウィーランが「崩れ落ちる兵士」について、その真贋論争は以前からあったものの『しかし、結局は、議論に議論を重ね、推測に推測を繰り返したあとでも、キャパの「崩れ落ちる兵士」の写真が偉大で力強い映像であり、戦争で死んでいった共和国軍兵士と、勇敢に前進し打倒されてしまった共和国スペインそのものの、忘れがたい象徴であるという事実は変わらない』と、突然「真贋論争」を打ち切ってしまった事に対する、沢木氏の不満に端を発する。

『かりに「真」だとしても、あのように見事に撃たれた瞬間を撮れるものだろうか。同時に、もし「贋」だとするなら、あのように見事に倒れることができるだろうか』

 という疑問である。

 この疑問は当然である。実際、戦場写真というものはその後も大量に撮影されているが、キャパの「崩れ落ちる兵士」のように、「死の瞬間」を、それも「撃たれた兵士の前方から」撮影された戦場写真は一切ない。当たり前である。「撃たれた兵士の前方から」撮影するためには、敵に背中を向けて撮影、つまり兵士の前方にカメラマンは位置しなければならないわけで、そんな撮影をカメラマンを保護するという建前からも、戦場における作戦上からも、許されることではない。つまり「崩れ落ちる兵士」は「ヤラセ」である、という理由はいくらでもあるわけだ。

 大部を費やして得た沢木氏なりの結論はこうである。

①「崩れ落ちる兵士」の写真はセロ・ムリアーノでなはなくエスペポで撮られたものである。
②「崩れ落ちる兵士」は銃弾によって倒れたのではない。
③しかし、「崩れ落ちる兵士」はポーズを取ったわけではなく、偶然の出来事によって倒れたと思われる。
④そのことは「崩れ落ちる兵士」の写真とほぼ同じタイミングで、異なる地点から撮られた「突撃する兵士」の写真によって確認できる。
⑤その場には、二台のカメラがあり、二人のカメラマンがいた。
⑥「突撃する兵士」は丘の窪地のような低いところから撮られている。
⑦「崩れ落ちる兵士」は丘の斜面上で撮られている。
⑧低いところから、目の前を走りぬける人物を撮ろうとするカメラにふさわしいのはライカである。
⑨「突撃する兵士」はライカでキャパが撮った可能性が高い。
⑩とすれば、「崩れ落ちる兵士」はローライフレックスでゲルダが撮ったということになる。

 しかし、この結論は実に貧しいものではないだろうか。これでは何の問題解決にはなっていないのである。

「崩れ落ちる兵士」がどこで撮られたか、というのは大きな問題ではない。勿論、それが戦中に撮られたものか、演習中に撮られたものなのか、という問題も実は何の解決にもなっていないのだ。つまり、「この写真がスペイン内戦の最中に撮られた」という事実は動かしがたい事実なのである。更に、この写真が撮られた頃の「ロバート・キャパ」というクレジットはロバート・キャパ(アンドレ・フリードマン)とゲルダ・タロー(ゲルダ・ポホリレ)の共同クレジットだった訳で、この写真が「ロバート・キャパ」という名義でクレジットされることの問題は何もない。「誰が撮ったのか」なんてことは、誰も気にしていないのだ。要は「ロバート・キャパ」と名付けられた人物が撮った、ということだけである。

 沢木氏はキャパに対して『ひとつは共和国の勝利に貢献できる写真を撮りたいということであり、もうひとつは素晴らしい戦争写真を撮って金と名声を得たいということである』として、その撮影姿勢に対して厳しく、またゲルダに対しても『公正なジャーナリストであるより、共和国の勝利に結びつく写真を撮ることを望んだ』と、そのジャーナリストとしての姿勢を批判する。

 沢木氏はあとがきに言い訳として『これを読んでくれた方には理解してもらえるように思えるが、私のしようとしたこと、したかったことは、キャパの虚像を剥ぐというようなことではなかった』としているが、そんな「虚像」などというものは、沢木氏が想像するまでもなく、実は始めからないのだ。写真愛好家であるならば、始めから分かっていることなのであり、それが「真」であるか「贋」であるかは、誰も気にしていないことなのである。

 つまり、リチャード・ウィーランが書くように、問題は「真贋論争」とはかけ離れたところで、『戦争で死んでいった共和国軍兵士と、勇敢に前進し打倒されてしまった共和国スペインそのものの、忘れがたい象徴であるという事実は変わらない』という事実なのである。その写真を撮った目的が「共和国の勝利」であるか「富と名声」であるかは関係ない。その写真を撮った理由が「ジャーナリストの良心」であるか「政治的目的にある」のかは関係ない。

 そのようなものと関係なく、事実として「崩れ落ちる兵士」はあるし、今後も「共和国の象徴」として存在し続ける、ということなのである。

 結局「ジャーナリズムは優れてプロパガンダである」という事実がすべてを物語っているのである。

 そのような事を知らない筈のない沢木耕太郎である筈なのに……。

 

2013年2月21日 (木)

『第35回 世界の中古カメラ市』で、ああ残念!

 毎年恒例となっている『世界の中古カメラ市』に来ている。銀座松屋8回イベントスクエアにて2月25日まで開催中。

 ただし、今年はこれまでと違ってウィークデイに来ているのだ。まあ、これがリタイヤ組のメリットだな、空いているし。で、そんな私と同じような境遇の「世界の中古カメラ・オタクオヤジ」がいっぱいいる「世界の中古カメラ市」なわけである。

 最近のオヤジはデジイチ専門なのかとも思ったのだが、まだまだアナログカメラ健在という状況もうかがえる訳だ。中にはこりゃ完全にライカ・ウィルスに罹っているライカ・オタクもいるようで、これは「○○につける薬はない」という言葉通り、とにかくウィルスに罹ったままにしておくしかない訳である。ちなみに、私はライカはM3とM6(過去にはM5も)を持っているが「ライカ・オタク」ではない、絶対に!

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 で、私のお目当ては何かと言えば、以前にも書いたことがあるが「セコニック・スタジオデラックスの皮ケース」なのである。昔は皮ケース付きで売っていたセコニック・スタジオデラックスなのであるが、いつの間にかビニールケースみたいなものになってしまい、残念ながら今はセコニックも皮ケースを作っていないようだ。私が買ったのもビニールケース付きのものだ。でも、それじゃあクラシックな雰囲気が出ないのだなあ。こうした外部露出計自体が今やクラシックな存在なのだから、やはり雰囲気もクラシックにしたいのだ。

 で、こうした中古カメラの展示会なんかがあると、いつもセコニックの皮ケースを探し回るのが楽しみになっている。

 で、秀光さんのショーケースの中に皮ケース発見! と思ったのだが、これはセコニックでもちょっと違うタイプの露出計のケース。確かに大きさがちょっと違う。

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 ということで、さらに探索は続く……、とダイヤモンドカメラさんのショーケースに、スタジオデラックスと皮ケース発見!

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 ということで、お店の人に質問「これって、ケースだけ販売ってことは出来ないんすかねえ」という無理筋の質問。これに対して当然ながらのお答は「残念ながら、それは出来かねます」。

 そうなんだよなあ。このセコニック・スタジオデラックスはとにかく電源を使わない仕様で、機械部分が殆どないので「壊れない」。つまり、皮ケースの方が本体より先に逝ってしまうというケースが普通なのだ。

 しかし、皮ケース代として5,250円はちょっと高いなあ。更に、同じ壊れない露出計を2台もいらないしなあ。と、少し考えて、諦めることに。

 今後もセコニック・スタジオデラックスの皮ケースを求めた旅は続くのであった。

 って、セコニックさん、皮ケースを復活させてよ……というのが、今の思いである。

 世界の中古カメラ市のサイトはコチラ

Nikon D7000 10-24mm @Ginza (c)tsunoken

浅草過去景

 パソコンの中の写真を整理していたら、私が撮影している場所なのだが銀座と浅草がやたら多いのに気付いた。

 育った場所が東武伊勢崎線・東京メトロ日比谷線沿線だったせいか、ちょっと出かけるというとやはり銀座・浅草になってしまったのである。少なくとも新宿や渋谷ではなかった。やはり幼少期から青年期まで過ごした場所というのは、その後の人生にも大きな影響を与えるもののようである。西新井駅から浅草までが15分位、銀座が20分位なので実に近い場所にあった盛り場なのであった。

 いずれにせよ、今ではちょっと盛り場の「旬」を過ぎて、浅草は観光の街、銀座はブランドの街になっているわけで、「昔景」を撮っておけばよかったという気分。これはちょっと残念。

 で、何度も浅草の写真を撮っていると、へそ曲がりになるのだろうか、だんだん裏通りの方ばっかり撮るようになる、というのが今日の写真。2009年12月12日の撮影である。

 コンタックスT2という「高級コンパクトカメラ」(という呼び方があったのだ)で撮ったので、森山大道風にちょっとコントラストを強めて。まあ、大道氏はリコーGR21と28なので大分画画角は違うが。

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 木馬亭と根岸吉太郎氏の関係は皆さんご存知ですよね。

 最後はその日の東京スカイツリーである。奥の方に見えるが、まだここまでしかできていない。

CONTAX T2 Carl Zeiss Sonnar 38mm/F2.8 Tri-X @Asakusa, Daito  (c)tsunoken

2013年2月20日 (水)

Fitbit weekly stats from Feb.11 to Feb.17

以降、エクセルの表で報告します。その先、どうするかは今後のメール画面貼り付けがうまくいくかどうかですね。

Fitbit Weekly Stats

2/11/2013 to 2/17/2013
WEEK'S MOST WEEK'S LEAST
ACTIVE DAY ACTIVE DAY
Wed, Feb 17 Tue, Feb 12
DAILY AVERAGE
TOTAL STEPS 7,910 steps
55,373 steps BEST DAY
10,553 steps
DAILY AVERAGE
TOTAL   DISTANCE 5.68 km
39.76 km BEST DAY
7.58 km
DAILY AVERAGE
TOTAL FLOORS 18 floors
CLIMBED BEST DAY
127 floors 30 floors
DAILY AVERAGE
TPTAL CALS 2,438 cals
BURNED BEST DAY
16,435 cals 2,467 cals
LIGHTEST
WEIGHT   CHANGE 91.7 kg
0 kg HEAVIEST
93.1 kg
AVG SLEEP   DURATION
7 hrs 19

min

「雑色」と書いて「ゾウシキ」と読む

 目指す「雑色駅」は京浜急行鈍行で品川から11個目の駅であり、隣は六郷土手でもうすぐに多摩川であり、神奈川県川崎市が控えているという、東京の南の果てみたいな場所にある。

 元々はその地名にちなんで雑色という名前の駅にしたのだが、町の方が大田区仲六郷になってしまって、いま雑色という地名が残ってるのは、駅と「雑色商店街(アーケード)」に名を残すだけである。

 本来「雑色」というのは「①律令制で、諸司の品部および使部。②蔵人所に属する下級職員。本員数八人。代々蔵人に転ずる。③院司・東宮・摂関家などで雑役・走使いに任じた無位の職。一般に、雑役に従う召使にもいう。④鎌倉・室町幕府の雑事に当たった下級役人。⑤江戸時代、京都所司代の下で要人の警護、布告の伝達などに当たった町役人。」(「広辞苑」第6版より)ということなので、侍・役人というよりはその下働きをした「奴さん」みたいな存在だったのだろうか。いずれにせよ、そんな呼び方だったのなら避けなくてもよいようなのだが、一方、「古くは公民の最下部に属して賤民に近い品部・雑戸を指す階級身分の語と解する説が行われた」(「世界大百科事典」第2版)という説もあるようなので、多分、こちらの説が「雑色」という地名を消し去った理由なのかもしれない。

Dscf6196_0109zoushiki京浜急行雑色駅。京浜急行は毎年箱根駅伝で話題になる京急蒲田駅をはじめとする、立体交差工事が進行中で、雑色駅もまだこれから大分変りそうだ。

Dscf6193_0106arcade_2第二京浜国道(国道15号線)側の雑色商店街入り口。

 で、雑色商店街なのだが、この京浜急行雑色駅をスタートに西に向かって東海道線(京浜東北線)の踏切までの直線約300mと、それと交差するバス通り約200m位のそれほど大きな商店街。お隣の品川区にいくと戸越銀座商店街とか武蔵小山パルム商店街とか、とにかく馬鹿でかい商店街があるので、ちょっと地味だが、それでも大田区では一番大きい商店街だそうだ。

 で、こうした下町商店街といえば、「お総菜屋さん」だろう。つまり、こうした下町の特徴は町工場。町工場ではおかみさんも労働力ひとつである。そんなおかみさんが仕事を手伝いながら、小僧さんの分も含めた夕食の支度をするわけであるが、結局、仕事を手伝いながらなのでご飯を炊くくらいしかできない。ということで、手っ取り早くお総菜屋さんでおかずを仕入れて夕食の膳にする、ということなのだ。

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Dscf6178_0091marumiあまり大きな商店街ではなくても、やはり一番充実しているのは肉屋・焼き鳥屋兼お総菜屋さんの存在感である。


Dscf6163_0076tokaido京急と反対側の終結点。東海道線踏切である。

 下町の工場地帯と一緒になったのが下町商店街のお総菜屋さんなのである。

Fujifilm X10 @Nakarokugo, Ota (c)tsunoken

2013年2月19日 (火)

『Kindle新読書術』という新しい読書体験

 まさに「こんな本を待っていた」とでも言うべきKindle本である。

『Kindle新読書術』(武井一巳著/翔泳社/2013年1月24日刊/Kindle版のみ……って当たり前か)

 結局、『キンドルは「アマゾンという壮大なプラットフォームを利用するための、いくつもある手段や機能のひとつでしかない」ともいえる。キンドルを単なる電子書籍リーダーだと捉えると、壮大なアマゾンの全貌が見えなくなり、やがてユーザーはアマゾンのスッポリと全身を取り込まれてしまうことになるだろう』と武井氏が書く通り、Kindleは「本を読む」という行為を、一人一人の読者が切り離された状態で存在するのでなく、まさしくソーシャルな行為として「本を読む」ということを行うためのシステムなのである。

 実は、この「システムとしての読書体験」という点が、他の電子書籍リーダーとKindleが違う点なのである。他の電子書籍リーダーは単に「紙を電子に置き換えた」だけのガジェットでしかない。しかし、Kindleは「システム」なのである。

 Kindleのソーシャル読書のための機能としては「カスタマーレビュー」「SNS共有機能」「アマゾン・キンドル」の三つがある。このうちカスタマーレビューは通常のアマゾンのホームページでも読めるが、もっと大事なのがSNS共有機能とアマゾン・キンドルであろう。

 SNS共有機能は、Kindleを読んでいるときにつけたハイライト(一種の傍線)やメモを、ツイッターやフェイスブックにシェアできる機能である。また、アマゾン・キンドルは自分を含めた他のユーザーがつけたハイライトやメモを、読んでいる本の上に表示させることが可能な機能、つまりポピュラー・ハイライト機能である。まだ日本語の書籍ではこのポピュラー・ハイライトはうまく機能していないのだが、すでにアメリカやヨーロッパでは通用している機能なので、近々には日本語でも可能になるだろう。

 こうした機能を使うことによって『これまでは個人的な体験だった「読書」が、「ソーシャル」なものへと大きく変わっていくことになるはず』だということが、これまでの我々の読書習慣を根本から変えてしまうことになるのである。ここでは「紙の本を読むのか、電子ブックを読むのか」という二項対立はなく、それぞれがまったく異なる読書体験なのだということなのだ。

 つまり、いまこうして書いている「読書ブログ」みたいなものを、本を読む人すべてが体験できる、共有できるということなのである。「やっぱり本は紙だね」なんて言っている人は、こうした「ソーシャルな読書体験」というものをまったく理解していない人たちであり、理解できない人たちなのである。それは「紙か電子か」というガジェットの問題ではなく、読書というもののシステムの問題なのだから……。

 ところで、武井氏はこんなKindleのメリットとデメリットを挙げている。

●便利な点
・何百冊もの本を手軽に持ち歩ける
・読みかけの部分を記録しているため、別の本にどんどん「浮気」できる
・自宅や通勤途中など、どこにいても欲しい本を買って読むことができる
・気になる言葉などを辞書で簡単に検索することができる
・気になる文節などにマーカーを付け、別のユーザーと共有できる
●不便な点
・欲しい本をいつでも気軽に買えるため、本にかかる出費が増える
・電子書籍化が遅れているため、本当に欲しい本がまだ少ない
・何冊も同時に開いて参照する、といった使い方には向かない
・バッテリーがなくなると本も読めなくなる
・装丁や本、紙の手触りや匂いがない
・友人との本の貸し借りが難しい

 という諸点なのだが、「不便な点」の最後の二つは、まあ本フェテシズムでしかないから無視し、バッテリーの問題も夜寝るときに充電しておけば大体問題はないし、「出費」の問題は確かにクレジットで買ってしまうのでこれはちょっと不便かなだし、「電子書籍化が遅れている」という問題は出版社の努力を待ちながら紙の本を読めばいい。問題は「何冊も同時に開いて参照」という問題は確かに、論文なんかを書くときには不便だ。でも、それくらいのものである。取り敢えず、ブログを書くときには全然問題はない。

 武井氏はKindleを購入して蔵書を2万冊処分したそうである。そういえば、私も幸い今の家には結構大きな地下倉庫があるので何とかなっているが、数年先にはマンションに引っ越すことになっているので、それまでにはまさしく私も2万冊以上の本を処分しなければならない。少なくとも、こうした悩みとはオサラバできるのが電子書籍である。

 私も、iPad、SONY READERと読み続けてやっと巡り会えたKindleである。

 まさしくこのKindleによって迎えることができた新しい読書体験を十分楽しむためには、ますますこのブログにも力が入るし、ブログでも電子書籍を推していくつもりである。

 というか、最近はほとんどがKindle読書になってきてしまっている。書店で面白そうな新刊を見つけた時も、まずKindleで出ているか調べて、出ていなかったら書店で紙の本を買うというような状態だ。

 というような状況なので、実は紙の未読の本がまた溜まってきてしまっている。ああ、早く読まなくては……。

2013年2月18日 (月)

TEDが家にやってきた!

 TEDが家にやってきたのである。

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 カミサンが映画を見たときに面白がって抽選に応募したのが当たったわけである。

 来たのはTED人形の一番小さいバージョン。顔は微妙。

 左腕を掴むと、子供の可愛い声で「I love you」と言う以外は、監督兼脚本兼プロデューサー兼(声の)主演のセス・マクファーレンのダミ声が聞こえてくる。何か汚らしい言葉を吐いているのだが、何を言っているのかよくわからない。

 販売元はアメリカのCommomwealth Toy & Noveltyという会社で、当然製造は中国の深圳である。注意書きのタブが付いていて「This item contains language that is not suitable for childern (この製品にはお子様に相応しくない言葉が含まれています)」と書かれた「For Adalts (成人向け)」オモチャなのである。

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映画「TED」の公式サイトはコチラ→ http://ted-movie.jp/

第7回 神宮外苑大学クリテリウム詳報なのであるが……

 昨日(2月17日)に行われた学生ロードレース・シリーズ最終戦『第7回 神宮外苑大学クリテリウム」の詳報をお届けする。

 と言ってもちょっと問題ありなんだけれどもね。ま、それは後述します。

 いかにも大学対抗戦という雰囲気の神宮外苑絵画館前です。神宮球場から出てきた各校応援団の前を選手たちは走る。これまでの行田とかの田舎でやってきたレースと異なり、今回は東京のど真ん中の神宮外苑である。観客もそれまでのほとんど「関係者か選手の友だちしかいない」状態から数千人という状態になり、まさに最終戦ならではの盛り上がりも見せている。

 ところで、この大学対抗クリテリウムはタイムレースではなく、ポイントレースであることが特徴だ。つまり、周回数の何週目ごとに(神宮外苑では偶数周回ごと)に上位3位までの選手にポイントが与えられ、最終ゴールでもそれぞれの順位10位までにポイントが与えられ、その獲得ポイント数が多い選手が優勝というスタイルになっている。勿論、最終ゴールのポイントが他の周回ポイントよりずっと多くなっていて、基本的には最終ゴールで勝った選手が一番有利なんだけれども、それだけではない要素があるのが面白い。

 つまり、最終ゴールだけの1位を狙って位置取りするのを避けるために、何周回ごとにスプリントをしなければならないというために、レースが途中でも活性化する面白さがある。

 いずれにせよ日本全国から38大学、232名の選手に、特別招待のアムステルダム大学の3選手が日本の首都のど真ん中で繰り広げたレースである。

Dsc_0185ouenいかにも大学対抗レースという雰囲気の応援団の前を通過する選手たち

Dsc_0325goalグループ1のゴール! 鹿屋体育大学の黒枝士揮のゴールシーンだ

Dsc_0345joshi女子の表彰式。優勝の鹿屋体育大学の塚越さくら

Dsc_0352danshi男子グループ1の個人賞。1位は鹿屋体育大学の黒枝士揮。2位は明治大学の西沢倭義、3位アムステルダム大学のラス・ヴァン・デ・ヴェイル。

Dsc_0361dantai大学対抗団体戦の1位はやはり鹿屋体育大学。

 というところで各クラスの優勝者。グループ3A組は法政大学の平井匠、グループ3B組は朝日大学の松本諒太、グループ2A組は日本大学の和田力、グループ2B組は日本大学の板橋儀浩、女子は鹿屋体育大学の塚越さくら、グループ1の1位は鹿屋体育大学の黒枝士揮、2位は明治大学の西沢倭義、3位はアムステルダム大学のラス・ヴァン・デ・ヴェイル、大学対抗戦では鹿屋体育大学、年間チャンピオンは明治大学の西沢倭義が2年連続の学生チャンピオンとなって、チャンピオン・ジャージを着ることになった。

Dsc_0373chanp学生チャンピオン・ジャージに腕を通す明治大学の西沢倭義

 ということで、無事終了した第7回神宮外苑大学クリテリウムなのであるが、どうもこの取材時点での順位と、のちに学生車連のコミュニケとでは大分結果が違う。まあ、現地での表彰は基本的には「暫定順位」で行われるので、多少の違いが出るのはわからないでもないが、ちょっと多すぎる順位の変更なのである。

 気になる方は学生自転車競技連盟(JICF)のサイト をご覧になってください。

 私としては、今年第7回目を迎えるこの大会が、明治神宮外苑の冬の風物詩となって、自転車競技が多少はメジャーになって欲しいな、ということだけである。

 しかし、そのためには当日会場の順位とコミュニケの順位が違ってしまうという不始末はなくすことが大事ではないかな。

 開催コースはコチラ↓絵画館前がスタート&フィニッシュ。銀杏並木の途中でUターンするコース。

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Nikon D7000 AF-S Nikkor 55-300mm @Jingu Gaien (c)tsunoken

2013年2月17日 (日)

第7回 明治神宮外苑大学クリテリウム開催

 大学ロードレース・カップ・シリーズ最終戦の「第7回 明治神宮外苑大学クリテリウム」が現在開催中だ。

 オープニングは「オープン&ウォームアップ・ライド」では、毎回参加していた橋本聖子参議院議員は今年は不参加。この橋本議員、全日本女子柔道の園田隆二監督を匿名で告発した15選手の名前を公表しろと言った「困ったちゃん」になったことを反省したのか、しかし、一方日本自転車競技連盟会長なんだから、本大会でも名誉会長。なんだかなあ。

 その後「小・中学生タイムトライアル(TT)」「マスターズ・タイムトライアル(TT)」「男子大学生グループ3 A組」「B組」「マスターズ・クリテリウム」が行われ、現在は昼休み。まあ、学生のレース以外はエキシビジョンなわけである。

Dsc_0021_2小・中学生タイムトライアルの野村彩花選手(なるしまフレンド)は小学生とはいえ本格的

Dsc_0028_2_2マスターズ・クラスになるとディスクホイールのTTバイクに流線型ヘルメット、TTウェアとスゴい装備。この選手はマスターズTT優勝のポウル・ソルズバリー選手

Dsc_0033_2_2男子大学生グループ3 A組がスタートして学生レースがいよいよスタート

Dsc_0041_2学生第1レースに1着でゴールの法政大学の選手

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 午後には「男子大学生グループ2 A組」「B組」「女子」のレースが行われ、メイン・レースの「男子大学生グループ1 大学対抗レース」が行われる。その様子はまた明日。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 55-300mm @Jingu Gaien (c)tsunoken

『金沢「絵葉書」紀行』の疑問を明かそう

 まだまだ続く金沢ネタです。

 2月7日のブログ『金沢「絵葉書」紀行』で「で、兼六園で撮った写真はなんか「絵葉書風」でしょ。なんでこんな写真ばっかり撮っているのか? という疑問はいずれ明かされます」と書いた実験の回答が本日のブログなのである。

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 以上。

 なんだか分かりましたね。つまり2月7日の写真はデジタルカメラ、Fujifilm X10で35mm換算28mmでISO400の設定で撮った写真。今日のLeica M6 Elmarit 28mm/F2.8、フィルムはFujifilm NEOPAN 400 PRESTOで撮った写真なのである。両方の写真とも全く同ポジ(ション)であることは、両方の写真を比較して見てもらえばよくわかる通りである。

 で、どうなのか。同ポジで撮った写真でも、片方はデジタル・カラー、一方はアナログ・モノクロだとこんなに見え方が異なるという予想を見事に証明した写真になった。

 この比較は面白そうなので、今後も何度かやってみよう。

Leica M6 Elmarit 28mm/F2.8 Fuji Neopan 400 Presto @Kanazawa (c)tsunoken

2013年2月16日 (土)

『新 頑張りまっし 金沢ことば』って、いいのんねえ~ぇ。って変?

 先週の「金沢フォッサマグナ大周遊紀行」。つまり、行きは上越新幹線で大宮→越後湯沢→ほくほく線+北陸線で金沢、帰りは北陸線で金沢→米原→東海道新幹線で品川、という大紀行の際に、金沢のうつのみや本店で購入した本である。こうしたその地方だけの本を買うのも旅行の楽しみ。でもたいていはその地方の老舗新聞社が出版元になっていることが多い。  

 この本も金沢の北國新聞社が出版元。

 北陸三県では北陸中日新聞が結構幅を利かせているが、石川県では圧倒的に北国新聞。あとは富山県高岡市出身の正力松太郎のおかげで高岡に北陸本社がある讀賣新聞が富山・石川で多少の存在感を示しているが、石川県では北国新聞・北陸中日には負けている。その他では全国紙ではあるが、朝日新聞なんて影も形もないのだ。

『新 頑張りまっし 金沢ことば』(加藤和夫監修/北國新聞社/2005年11月1日刊)

 昭和26年、東京生まれの私としては基本的に「標準語コンプレックス」というのがある。つまり、「江戸ことば」「江戸弁」は話せず、人工語である「東京標準語」しか喋れないというコンプレックス。おまけに名古屋に住んでいた時や、金沢に出張した時に、多少は喋れるようになった方言を話すと、とたんに化けの皮が剥がれて、地元民から「我々をバカにしてるのか」と怒られてしまう。別に、バカにしたのではなく、やっと喋れるようになった方言を、うれしくなって喋っただけなのにもかかわらず、その標準語なまりの地方言葉がまるでその地方の人をバカにしたように聞かれてしまうとは……。というコンプレックス。

 東京標準語というのは、明治維新までは中央語だった京都弁に代わって、『明治政府が着手した第一の仕事は国家統一であり、それは言語の統一』とばかりに、「江戸ことば」をベースに、長州弁を若干混ぜた人工語として作られた言葉なのである。しかし、そんな東京標準語が出来る前の時代に諸国の侍が言葉が通じなかったのかといえば、そんなことはない。江戸幕府の参勤交代の際に言葉が通じなくて困ったという話は聞いたことがないし、勝海舟と西郷隆盛の江戸城無血開城を話し合った会議の際にも言葉が通じなくて困った、という話はない。つまり、別に標準語なんてものがなくても、人は相手を慮る気持ちさえあれば、言葉は通じるのである。

 言葉は文化であるという考え方からすれば、そんな自然発生した言葉を持たない我々東京人は、自然に発生した文化を持たない、人工の文化しか持たない、最低の文化人なのである。

 そんな最低文化人が昔金沢に行ったときに耳にした「金沢ことば」には、京都ことばに端を発した関西系の言葉に、「あんの~ぉ」「そして~ぇ」「そやけどお~ぉ」「だってえ~ぇ」「あのぉんねえ~ぇ」といった、専門家によれば「ゆすりイントネーション」「うねり」などと呼ばれる独特の話し方に、なんとなく気持ちが良くさせられるのである。

 そんな金沢ことばの横綱格が「ダラ」である。「そんなダラな~」と言う具合に使う「ダラ」とは「バカ」「アホ」のことである。東京で使われる「バカ」よりは柔らかい表現で使われる「ダラ」という言葉には、どことなく相手をやさしく慮ってくれる良さがある。ただし「ダラブチ」とか「だらま」という言い方は私は知らなかった。まあ、金沢ことばでも「ダラ」という言い方よりはもっと古い言い方であったようだ。

 結局、方言も時代とともに変化しているということなのだろう。そういえばこの本のタイトルの『頑張りまっし』という言い方も、『「頑張るまっし」と違うがけ?』という指摘があったそうだ。つまり「頑張るまっし」の方が古い言い方であって、そこに標準語の「頑張りなさい」という言い方が加わって「頑張りまっし」になったのではないか、というのがこの本の筆者の考え方のようだ。

 その他にも、時代の進化とともに変わっていく方言というものがあるようだが、当然それは標準語とされている言葉でも時代とともに変化しているわけで、言葉が時代の変化を受け入れるのは当然なのであろう。

 とは言うものの「おいね」「ほうや」「そうけ」「なーん」なんていう柔らかい金沢表現は今でもなくなっていないようで、それはそれで金沢ことばを特徴づける言葉なのであった。

 で、最後に面白い金沢ことば遊びを。

「しましまにしまっしま」「ねがねーがんねーがー」「ねじねーじー」って何を言ってるのかわかりますか?

「しましま(模様)にしなさいよ」「(写真の)ネガが、ないんじゃないの」「ネジがないよ」という意味。

 ま「チャウチャウチャウンチャウ」みたいな言葉遊びなのだが、そんな言葉遊びができるだけでも、方言の世界ってうらやましい。

2013年2月15日 (金)

『演技と演出』はスタニスラフスキー・システムへの怨嗟ではないのか

 結局、人間という存在そのものが、「演劇的である」ということなのだ。

『演技と演出』(平田オリザ著/講談社現代新書/2004年8月21日刊・Kindle版は2012年12月17日刊)

 平田オリザ氏はスタニスラフスキー・システムという「演出論」に対する否定者であると言われている。確かに、『演出家の登場は、「リアリズム」という考え方の登場と、ほぼ時を同じくします』という通りであり、その「リアリズム」という考え方の登場と同じくしアレクセイエフ・セルゲイビッチ・スタニスラフスキーという演出家がロシア(そしてソ連)に登場し、それがいわば「社会主義リアリズム」の演出・演技論として「公認」されたことによって「固定化」されてしまい、形骸化されてしまったことを、平田氏は批判しているのではないだろうか。

 実はスタニスラフスキー・システムは、アメリカに渡ってリー・ストラスバーグやエリア・カザンの設立したアクターズ・スタジオでの「メソッド演技」と呼ばれる、実に優れた俳優養成法となって生きてきたのである。同じシステムがその生まれた祖国で形骸化され、その祖国と最も対極する場所において活用されたというのも皮肉な話であるが、平田氏はそのことをもってスタニルラフスキー・システムを批判しているのではない。

 俳優の訓練法としてはスタニスラフスキー・システムは優れている方法であるとは認めているのだが、むしろ、演出論としてのスタニスラフスキー・システムを否定しているのである。そのことは『実際の演出をする時には、「内面を作る」という複雑な作業よりも、プロレスの雑誌一つ置くだけで、簡単に解決できる問題もあるのです』という言い方でもわかる通り、演出というものは演技の外形を作るものであって、俳優の内面を作る作業ではないということなのだ。

『私は、演劇における「リアル」は、観客の脳の中で形成される一つのイメージ、幻想だと考えています。ですから、演技を、現実世界に近づけたからといって、それだけでリアルに見えるわけではありません。リアルに見える構成、演出がなくては、俳優がどれほど現実に近い演技をしても、観客はそれをリアルだとは感じません』

 ということなのである。

 しかし、演劇における「リアリズム」とは何なのだろう。

 映画と違って、もともと観客と同じ空間で演じられるお芝居が「嘘っぱち」であることは、演劇の前提なのではないだろうか。俳優は観客に見られることを前提に演技を行っているわけだし、観客は俳優が「嘘の生」を生きていることを前提に観劇しているのである。そんな演劇の世界で、別にリアリズムだけが観客を感動させる要素ではないはずだ。事実、ブレヒトはそんな観客の劇に対する感情移入をシャットダウンさせる芝居を多く書き、演出してきた。それでもそれを楽しむ観客がいるのである。

『スタニスラフスキー・システムが、俳優教育の方法としてはすぐれていても、現代演劇の演出法としてはそぐわない部分が出てきているのは、演劇の世界における役割、舞台と観客との関係自体が変わってきていることにも原因があると思います。
 作家の主題を明確に観客に伝えることを第一義とした近代演劇に対して、世界の混沌(カオス)を、混沌のまま描こうとする現代演劇では、観客の想像力に多くの部分が委ねられます。また、その想像の結果は多岐にわたり、観客が一様に、同じ感想を抱くとも限りません』

 と平田氏は書く。

 平田氏の演出論では

『私の方法論は、曖昧な世界(カオス)を曖昧なままで表現するものです。そして、その解釈、判断は観客に委ねられます』

 ということになる。

 しかし『スタニスラフスキー・システムが、スターリニズムの嵐の中、社会主義リアリズムという名称を与えられて、形骸化、教条化し、演劇的な輝きを失っていく中で、ブレヒトの新しい思想は、魅力的であり、なおかつ左翼陣営を満足させるものでした』と単純化されも困るのである。ブレヒトも劇作では自らの演出論的でない作品も書いているのである。演劇に興味の薄い左翼はまあ単純に満足しただろうが、そうでない左翼はいろいろ試行錯誤しながら、自らの演劇を作り上げてきているのも事実なのである。必ずしも「ブレヒト的でない芝居」も数多くあるのである。

 まあ、そんなことは平田氏も承知で、わざと単純化しているのだろう。

『演出家も自己を演じているし、俳優は自己を演出しているのです』

 という通り、結局人間はすべてが演出であり、すべてが演技である、ということなのだろう。つまり、人間という存在そのものが、「演劇的である」ということなのだ。

 という円環で終わってしまった。

 まだまだ修業が足りんな。

2013年2月14日 (木)

まさにアルマジロのようになっていたい映画『アルマジロ』

 戦争ドキュメンタリー映画でアルマジロというタイトルなので、タリバンに攻撃されたらアルマジロみたいに丸まって防御しようという映画なのかと思ったら、そうじゃなくてアフガニスタンの南の方にあるヘルマンド地方のFoward Operating Base ArmadilloというNATO軍の基地があって、フランス軍とデンマー軍が270人ほどいる場所があったのだ。

Photo線で囲われた部分がヘルマンド地方

『アルマジロ(ARMADILLO)』(ヤヌス・メッツ〈Yanus Mets〉監督
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 この映画は、国連のPeace Support Operatition(国際平和活動)という名目でアフガニスタンでタリバンと戦うInternational Security Assistance Force(国際治安支援部隊)のデンマーク兵士のドキュメンタリーである。

 主人公たちは、メス、ダニエル、キム、ラスムスと小隊長のラスムスの5人。主人公と言ってもドラマではないから、彼らが何かの活躍をするわけではない。ただ、淡々と彼らと彼らが属する小隊の戦いを撮影したフィルムであるにすぎない。

 そこのに描かれているのはまさしくミニマムな戦争である「戦闘」である。戦闘であるから、民間人(タリバンでない)のアフガニスタン人の家を壊したり、家具を壊したりすれば、その保障をする。その場でアフガニスタン・ドル札を渡す。

 ドキュメンタリーであるから、カメラワークは激しく揺れる、水平だって保てない。更に、兵士のヘルメットに取り付けられているカメラで撮影した映像もあるから、基本的な映画撮影の方法論からはまったく外れたカメラワークである。そんなカメラワークが荒々しい戦場を、まさにその通りの戦場として捉えている。まるでロバート・キャパがムービーを持って、オマハビーチで撮ったらこんな映像になるのかな、と想像させる。

 ドラマの「お上品な」カメラワークにはない荒々しさでもって描かれる戦場は、実に迫力に満ちている。まるで、自分がその戦場にいるようだ。まるで、RPGの戦闘ゲームのようである。更に、本物のタリバン兵の死体、撃たれ傷ついた仲間の姿、爆弾で瀕死の重傷を負った小隊長。すべてが実物であるという迫力が私たちを捉えて放さない。

 しかし、それは戦争ではない。あくまでもミニマムな戦争である戦闘であり、そこにあるのは戦場でしかない。そんな戦場では兵士たちが、自らの身を守りながら、一方、「敵」であるはずのタリバンを殺し続ける。

 戦争は政治である。しかし、戦闘は自らのギリギリの生き残りを賭けた戦いなのである。政治的な高邁さはそこには必要がない。むしろ、重要なのは仲間と何とか生き残って基地に帰ることであるにすぎない。そんな、兵士の仲間意識を使って政治家は戦争を行う。

 兵士にとっての戦争は、そんな仲間との意識の共有であったり、生き残って基地に帰った時の、高揚した幸せな気分なのだろう。で、それが忘れられなくなって、結局彼らは再び戦場に還ってくる。

 イラクを舞台にアメリカ軍爆弾処理班を描いた映画『ハートロッカー』の冒頭の台詞「戦争は麻薬である」ではないけれども、結局、一度「戦場という麻薬」に手を染めた兵士たちは、再び戦場に還ってくるのだ。

 上記の主人公たちの中で、戦場に戻る道を選ばなかったのはダニエルだけ。それ以外のラスムス小隊長とメスは再び戦場に戻ってきて、更にキムとラスムスは戦場に戻ることを希望しているそうだ。

 ベトナム戦争の戦争後遺症を描いた『ディア・ハンター』や『タクシー・ドライバー』で描かれている世界が、このドキュメンタリーでも描かれているのだ。

 政治家にとっての戦争は、戦争が終結した時点で終了する。あとは延々たる戦後処理が待っているだけである。そんな戦後処理でもって、政治家はまた自らの利権を得たりする。

 その裏で、戦争という麻薬に手を染めてしまった兵士たちは、再び戦争に手をつけたり、PTSDに病まれて自分の人生を放棄したりする。

 結局、兵士はいつも政治家の勝手な思惑のための捨て駒にすぎないということなのか。

 なにしろ、徴兵制のあるデンマークの若者が、何故、自分と何の関係もない、タリバンとアメリカの戦争に加担しなければならないのか。

 それに答えるのは、この映画の主題ではないけれども、見ながら、そんな疑問も抱かずに戦場に赴く若者たちを眺めている私たちは、とてもじゃないがいたたまれない気持ちになるのだった。

 驚異と脅威のドキュメンタリー『アルマジロ』は渋谷アップリンク、新宿K's cinema、銀座シネパトス 他、全国で順次上映。

 公式サイトはコチラ→ http://www.uplink.co.jp/armadillo/

 

 

2013年2月13日 (水)

『乗り遅れるなソーシャルおじさん増殖中』って、当たり前と言っては当たり前なんだけどね

「おじさん」って言っても生まれ年は1960年半ばから1970年代生まれ、っていうことはみんな40代なのだ。今や40代なんて若造という時代だ。本当の「「おじさん」は私のような1950年代生まれとか1945年生まれ位の「団塊の世代」ではないかと思っていたのだが……。パソコンだって使えない人たちが多いのがこの世代から前に生まれた人たちだ。今の40代なんてパソコン使えて当たり前でしょう。

 ということは1951年生まれでブログなんか書い、そのブログの宣伝用にFacebookやTwitterなんかにも手を出している私は、言ってみれば「ソーシャルじじい」なのか。まあ、世間的には「じじい」でもいいんだが。

『乗り遅れるな! ソーシャルおじさん増殖中! 普通のおじさんたちのソーシャルメディア成功物語』(徳本昌大・高木芳紀著/ソフトバンク新書/2012年12月18日刊・Kindle版2012年12月14日刊って微妙だな。紙版767円・Kindle版600円ってのも更に微妙)

 BLOGやTwitter、Facebookが出始めたのが2000年代。2010年代になってしまうとLINEみたいな昔でいえばチャットやmixiみたいなアプリケーションが出てしまい、個からNに発信するメディアがまたまたなくなってしまうわけで、結局「個→N」というメディアは2000年代の特徴的メディアなのかということになってしまうと、やはり2000年代はメディア2.0というか、情報を伝えることにまだまだ一生懸命な時代だったのだな、ということになってしまうのか。

 ということなので、この「ソーシャルおじさん」たちも、結局は2000年代の徒花なのかなという気もしてくるが、まだそれを生かして仕事をしているのだから、それはそれで学ばなければならないことも多い。

 とは言うものの『パソコンが苦手なおじさんは多い』とか『電化製品が苦手、パソコンが苦手という理由でソーシャルメディアを使わない人もいるが、できないと思いこんでしまうのではなく“とりあえずやってみる”ことが大事だと徳本氏氏は語る』というように、いまだにそんな40代がいるのかとびっくりする。今の40代は皆パソコン使ってバリバリ仕事をしているとばっかり考えていた私は、今更「パソコンが苦手」なんていう人は1950年代生れ以前のジジイだけの現象かと思って、私なんか自分が1951年生まれというのをちょっと恨んだりしていたんだが、実は年齢じゃなくて人のタイプなのかと再認識した。

 本書はそんな「ソーシャルおじさん」7人を紹介しつつ、彼らがどんな風にソーシャルメディアを使いこなしているのかについて語る本なのだ。そんなソーシャルおじさんが昨年11月の段階で19人になっているそうだ。今は既に20人を超しているのかもしれない。

 更に巻末にはソーシャルおじさんたちの情報入手先が書かれているのだが、それが「ITmedeiaオルタナティブブログ」とか「Mashable」「Techrunch Japan」「CNET Japan」、その他「フェイスブック」「ツィッター」「リンクトイン」「アマゾン」「ユーチューブ」等々、なんか普通なんだなあ。そんなの当たり前じゃん、とも考えていたのだが、そうかこの本はソーシャルおじさんじゃない人たちに向けての提案なので、こんなサイトやブログやサービスがありますよとネットに弱い人向けに紹介しているのかと再び納得。

 が、待てよ。本書を書店で手にする人はそんなネットに弱い人なんだろうか? いやいや、むしろネットに興味がある人が「ソーシャルおじさん」というネーミングに面白さを感じて手にするのであろう。ネットに弱い人、そもそもパソコンに興味を持っていない人は、始めから本書に興味すら抱かないはずである。つまり、ネットやソーシャルメディアに興味のある人が、「ああ、なるほどね」という具合に自分が触っているメディアを再確認するために、本書を手にするのである。ま、そんなものですね、本なんて。

 ということで、自らも「ソーシャルおじさん」になりたいと考えている人が本書の基本的な読者であり、ほとんど自ら「ソーシャルおじさん」一歩手前か、実は既に「ソーシャルおじさん」を実施しているのであろう。多分、そんな自称「ソーシャルおじさん」は沢山いる筈なのである。その内の一部のトガった人たちが「ソーシャルおじさんズ」なのである。

 今後こんな「ソーシャルおじさん」は益々増加していくだろうし、「ソーシャルおじさんズ」も益々大きくなっていくだろう。

『十数年前は、スマートフォンもメールもなかったが、現在では、インフラと呼べるほどの社会的な必需品になっている。このことを考えると、数年後にソーシャルメディアがインフラとして、ビジネス、プライベートの必需品になる可能性は高い』

 と言う通り、ソーシャルメディアが社会的インフラになる時代はもうすぐそこにまで来ている。そんな時代になって「俺はそんなソーシャルメディアなんて知らないよ」と言っている訳にはいかないのである。だったら、今からでも遅くはない。さっそく、FacebookでもTwitterでもいいから、手がけてみなければならない。

 なんてことを、この「ソーシャルじじい」は考えているのである。

 

2013年2月12日 (火)

Fitbit weekly stats from Feb.4 to Feb.10

今までメールで来るレポートをそのままコピー
してたのだが、うまく貼り付けができない
ので、エクセルの表にしてみた。
Fitbit   Weekly Stats
2/04/2013 to   2/10/2013
WEEK'S MOST WEEK'S LEAST
ACTIVE SAY ACTIVE DAY
Wed, Feb 6 Mon, Feb 4
DAILY AVERAGE
TOTAL STEPS 9,441 steps
66,090 BEST DAY
15,795 steps
DAILY AVERAGE
TOTAL   DISTANCE 6.78 km
47.45 km BEST DAY
11.34 km
DAILY AVERAGE
TOTAL FLOORS 24 floors
CLIMBED BEST DAY
171 51 floors
DAILY AVERAGE
TPTAL CALS 2,438 cals
BURNED BEST DAY
17,064 2,745 cals
LIGHTEST
WEIGHT   CHANGE 92.1 kg
0 kg HEAVIEST
92.1 kg
AVG   SLEEP 
DURATION
6 hrs 29 min

『ロバート・メイプルソープ Flowers 写真展』にあわてて行った

 西武百貨店池袋店別館2階にある西武ギャラリーで開催中の『ロバート・メイプルソープ Flowers 写真展』(2/14まで開催中)を観てきた。

 というかLIBROで写真集を買ったらチケットをくれたのを忘れていて、あわてて昨日行ってきたような具合なのだった。

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 ロバート・メイプルソープと言えば、女性ボディ・ビルダーのリサ・ライオンの写真集でその名を知った私としては、エロスの写真家というイメージがある。

 確かに女性・男性のヌード写真で有名なわけで、1994年に男性ヌードで性器が写されていた写真集が日本でも出版されていて、ところがそれを出版した人が1999年にそれを持ってアメリカに行き、そのまま持ち帰ったら税関で没収されてしまったという変な事件があった。ロバート・メイプルソープ事件として有名な事件なのだが、実はロバート・メイプルソープ自身は全く関与していない事件なのに、ロバート・メイプルソープ事件と呼ばれてしまっているという、ロバート・メイプルソープにとってはははだ迷惑な事件があった訳だ。まあ、メイプルソープ自身はそんな事件のことは知らないだろうが。

 で、今回の写真展はヌードではなく「花」がテーマという、まことに百貨店ならではの「お上品な」写真展なのではあった。

 しかし、ロバート・メプルソープと言えば「エロス」というイメージが染みついている私としては、そんな花ばっかりの写真展にもエロスを感じてしまうのであった。まあ、花が女性器に例えられることはよくあることなので、別に私が花の写真を見てエロスを感じたからといっても、別におかしいことではない。

 特に「Calla Lily 1984」なんて女性器そのものなのであり、「Tulip 1984」はまさしく男性器、それもかなり萎れた男性器なのであった。それからすると「Flower Arrengment」はストリップ・ショーなのか、なんてことを考えたりして。

 いずれにせよ、ロバート・メイプルソープがエロスの写真家であることだけは間違いないので、そのような見方をすることには何の問題もないのである。

 で、ロバート・メイプルソープと言えばモノクロ写真というイメージだったのだが、活躍していた時期に薄く色が載っている写真数葉と、晩年の写真だけはフルカラーである。この晩年の写真は何故フルカラーなのだろうか。それも、それまであったエロスを感じさせる写真ではない。むしろ死に赴く自分の姿を花に託しているような「死の写真」。

 晩年に撮影された写真という事前情報を私が持っているからなのか、それらの写真はエロスというより「タナトス」の方を感じさせてしまうのである。

 勿論、萎びた花を撮影しているからという訳ではない。むしろ「エロス」のすぐ裏側に存在するという「タナトス」を感じてしまうのである。エロスとタナトスとはフロイトによれば葛藤する概念だ。つまり、エロスのすぐ裏にはタナトスがあり、タナトスのすぐ裏にもエロスがある。この葛藤する概念のどちらかが一方的に表象に表れてしまうと、凶暴な概念となる。

 その凶暴さが表れたのが実は晩年のフルカラー写真なのではないだろうか。

 私も既に高齢者となり死を意識するように…………なんてなっていないけれども、なんとなく私自身の「老い」も感じてしまう写真展でもあった。

 帰りにメープルソープの写真集でも買って行こうかな。

 なんて言って、結局買ったのは『マグナム・シネマ』だった。同じロバートでも私はメイプルソープではなくキャパの方を選んでしまうのだった。

2013年2月11日 (月)

パソコンふっかーつ!

 2月9日のブログに書いた通り、一時的にダウンしてしまったインターネット環境であるが、いろいろ設定をいじくったり、ルーターを初期化したりしているうちになんとか回復した。まあ、NIFTYのサポートデスクのおかげもあるんだけれど。

 で、この機会なのでメインマシンを新しくすることにした。

 新しいマシンはHewlett Packerd Pavilion p6-2470jpというHewlett Packerdの個人ユーザー用ではハイエンド・マシン。Windows 8をプリ・インストール。まあ、今まで使っていたのもHewlett Packerd Pavilion m9380jpというちょっと前のハイスペック・マシンだったんで、基本的な環境はあまり変わっていないという。CPUはインテル®Core™i7-3770という、4コア/8スレッドの並列処理で、動作周波数3.90GHzの複数作業をラクラクこなす圧倒的な処理能力と、優れた省電力性が売り物のインテル®ご自慢の最高クラスのCPUだ。勿論、64bitマシンである。

 メモリーは大容量16GB DDR3メモリー搭載し、複数アプリケーションを立ち上げてもストレル・フリーな操作環境を実現。HDDは1TBで相当動画や写真なんかを入れても余裕の対応だ。

 しかし、別にデザイナーでもないし、動画編集をそんなにやるわけでもないのに、なんでそんなハイスペック・マシンにするのかね。単なる「見栄(?)」。

 ノートパソコンと同じ元々はIBMでそのままIBMの開発者が移行したLenovoにしようかとも思ったのだが、ビックカメラで「2月8日発売!」という掲示を見て、即座に世界一のパソコン・メーカーのHewlett Packerdの購入を決定、って結局は単なる新し物好きのミーハーだけだったりして。

1_12ということで、早速Windows 8の特徴的な画面です

 ということで、一昨日と昨日は、前のマシンからデータを移動したり、アプリケーションを再インストールしたりと大忙しでありました。ブログを書く暇もない。

 しかし、PhotoshopがWimdows 8には対応していないバージョンだったり、じゃあMicrosoft Officeも新しいバージョンにアップするかとか、結局ハードばかりじゃなくてソフトウェアもバージョンアップしたりしたので、いろいろ物入りでたまりません。

 しかし、釣られて買ったWindows 8なのだが、やはりタブレット用に開発されたOSなので、キーボードとマウスでの作業はかえってやりづらい。おまけに、なんかこれまでのWindowsに比べて「のっぺり」した感じのあるWindows 8のデスクトップである。これならWundows 7のままにしておけば良かったとか、Windows 7は持っているので、そちらをインストールしようかとも考えたのだが、やはり新しいOSに慣れていたほうがよいので、結局、Windows 8のまま、デスクトップをWindows 7風に作ってみたのが下の写真。

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 本当はアプリケーションは画面下にある「コマンド領域」に置くのがWindows 8風なのだが、ここはこれまでのパソコンと同じくデスクトップにショートカットを置くという方法で作業をしている。WordもExcelもPowerpointもPhotoshopもすべてデスクトップである。なんか、Windows 7とWindows 8の「あいの子」みたいになってしまった。

 でも私はこれで満足。引き続きこのWindows 7風windows 8マシンで明日からブログを書き続けるので、ご購読のほどよろしくお願いします。

Fujifilm X10 @Kamishakujii, Nerima (c)tsunoken

2013年2月10日 (日)

金沢「絵葉書」紀行2

 という訳で(「えっ? 何?」という方は二昨日のブログを読んでください)やっと金沢旅行の記事がまた書けるようになった。

 パソコンがどうなったかは、今日か明日のブログで……。とりあえず最強のヤツに。

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 これらの写真は全部、浅野川と犀川に挟まれた旧金沢市街の中心部である。金沢駅から武蔵ヶ辻、香林坊、片町、広阪と兼六園や金沢城まわりは昔(35年ほど前)とあまり変わっていない金沢の街であるが、周辺地域は大いに変わってしまっていた。

(1)道が広くなった

 金沢の街は狭い道が更にクネクネと「枡形」に曲がっているのが特徴だった。要は外敵に備えての街づくりだったわけだけれども、中心部の旧市街はいまだにそんな感じなのだが、周辺部分はまったく街づくりが変わってしまって、往復4車線の大きな道が沢山出来ている。クルマにのっているととてもラクチンではある。しかし、昔の記憶でもって運転していると、まったく今自分がどこにいるのか分からなくなってしまう。

 まあ、それがいいのだけれどもね。

(2)県庁が(大学も)なくなってしまった

 昔は石川県庁は金沢城のすぐ脇にあったし、金沢大学は金沢城内にあったわけだ。それが金沢大学はすぐ近所の場所に移って、石川県庁は金沢市郊外に移ってしまった。その移った県庁のそばに出店したのが、前に書いた明文堂というところがいかにも今の時代を映し出している。昔ならうつのみやか北国書林だったわけだが。

 それが時代の変遷というやつなんだろうな。

(3)金沢の人は駐車場に入るのに何であんなにスピードを出すんだろう?

 ということでびっくりしたのが、駐車場に入ってくる車のスピードなのだった。普通は駐車場に入ってくる場合は「徐行運転」が当たり前でしょ。それが、金沢の人は道路上ではそんなに飛ばさないのだが、駐車場に入ってくるとなぜか徐行はしない。う~ん、昔はどうだったんだろうな。

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 で、金沢の老舗料理旅館「金城楼」で昼食をいただいて帰ってきたわけなのである。昔(またまた昔話だなあ)うつのみやの先代社長と私がいた会社の常務が毎年会食をするんだが、それが「金城楼」と「金茶寮」という金沢の二大老舗料亭を交互に使っていた。勿論、金沢芸妓も一緒である。美しかったかどうかは、「微妙」と答えるのが、まあ無難だな。私はそのお相伴に過ぎなかったんだけれども、次に金沢に行く時には「金茶寮」の方かな、なんてね、

 で、その後、金沢駅に赴くと、何と越後湯沢まで行くはくたか号が途中の強風のため金沢まで来ないという。つまり金沢→越後湯沢は運休ということになって、こりゃいかんなということで、急遽米原回りの東海道新幹線で帰ってくるルートに変更。予定より1時間遅くなって帰宅をした、というような具合でした。

 ま、行き(大宮→越後湯沢→金沢)と帰り(金沢→米原→品川)で別ルートというのも却っていいかもしれない。ちょっとお金はかかるけど。

Fujifilm X10 @Kanazawa (c)tsunoken

2013年2月 9日 (土)

『素人の顧客の意見は聞くな』+ヒマネタについて

 いやあ、困った困ったという問題。

 何かと言えば、「DNSサーバーが見当たりません」という表示で全くインターネットとの接続が出来なくなってしまった。それも、金沢から予定と全然違う方法で帰ってこらざるを得なかった翌日早朝からの問題なのだ。

 私は家のパソコンとは別に、もうひとつ別にこのブログを書いているUQ WIMAXのパソコンを持っているので問題はないが、家のパソコンからWiFiで繋いでいる連中(要は家族)は大パニック。

 このままどうなるかは今のところも分からないけれども、まあ、何とかなるだろう。

 ということで、実はこのブログ、数日も前に書いた分です。実は私のブログはそんな感じで書いているんで。まあ、書評なんて完璧な「ヒマネタ」だしね。

 ということで、ここからが「本日のエントリー」です。

 昨年12月28日のブログ「『セルフパブリッシンブ狂時代』に狂ってみますか」でブログと電子書籍の親和性について書いたわけなのだが、やっぱり出てしまったぜ「ブログ本」なんである。おやおや、ブログの日付まで入っているぞ。

 ただし、さすがにブログのまんまだと買った人に怒られそうなので、各記事の最後に<Blog後記>を申し訳につけている。そりゃそうだよな。もとリクルートの編集者の永江氏なんだから、その位のマナーはわきまえている。

 でタイトルの『素人の顧客の意見は聞くな』というタイトル通りの記事は「1.ジョブズもいってた、日本メーカーがAppleに負けっ放しの理由」「2.ソニーは社員に「鉄腕アトム」を読ませるべき。当然経営陣は必読で!」「3.自動車はできるのに、家電はなぜできないか?」の三つだけ。それ以外は殆どがソーシャル関連(特にFacebookとmixi)の記事ばっかりというのも、完璧にブログのタイトルと同じ発想だ。つまり、読者が興味を惹くキャッチーなタイトルでもって買わせて、買っちまえばこっちのもんとばかり、好き勝手書くという方法。まあ、値段も99円と超安いし「嘘つき! 金返せ!」なんていう読者もいないだろうから、まあそれもよし、ってなもんですか。

『素人の顧客の意見は聞くな 永江一石のITマーケティング日記』(永江一石著/プチ・レトル/2012年12月17日刊/Kindle版のみ)

 というわけなので、私も気にせずタイトル『素人の顧客の意見は聞くな』に関連するところだけにベンチマークして書く。勿論、全部読んでますよ。でもソーシャルなんて私には関係ない。別にソーシャルで稼ぐ気もないし、セルフブランディングなんてことも考えていないからね。

 で、『素人の顧客の意見は聞くな』の部分は1月29日のブログ「『もう終わっている会社』にならないために心がけなければならないことは、遊ぶことだ」 の時には私はあまり書かなかった「顧客志向をやめろ」というのとほぼ同じ意見。つまり『できたものにはあれこれ言えるが、存在してないモノに対しては意見を期待しても意味がない』『本当の商品企画というものは、独善的に「ユーザーに思いつかなような斬新なコンセプト」が閃いてくるようあ人しかできないということです』ということなのだ。

 つまりこれはスティーブ・ジョブズのことを言っているわけだ。それは確かにその通りかも知れないが、じゃあそんなこと言ったら創業者しかイノベーションは起こせないのかということになってしまう。なんか、Appleもジョブズ亡き後、ちょっとダメダメなジョブズ復活前の状態になっているしな。

 で、日本の自動車業界と家電業界の話になる。

『自動車メーカーに勤務する人で、自動車に興味の無い人はほとんどいない。かつて自動車メーカーといえば、大学の工学部を卒業したときの一番人気だった。20年前までは男の子の夢は「二十歳になったら免許を取って車に乗る」であり、趣味欄に「車、ドライブ」と書くのが普通だった』

 一方、家電メーカーに就職した人たちは;

『友人にもけっこう大手家電メーカー勤務がいるが、洗濯機やテレビが好きだったから、という理由でその企業を受けた人を見たことがない。大半は「面白くないけど大企業で安定している(と思っていたから)」みたいな感じ』

 確かに、『家電が大好きでたまらない、家電を買いたくてたまらない人間』なんて見たことないもんな。

 で;

『自分が欲しくも無い商品を「顧客目線で考えろ」といっても無意味。だからこそスマホ連動の洗濯機なんかを作ってしまうんじゃないか。顧客の気持ちが分からないので変なキーワードやデータに頼り切る。Apple製品が素晴らしかったのは、ジョブズが「自分が欲しい」ものを作ったからだ』

 ということになる訳だ。

 うん、確かにその通り。出版社にくる人はやはりどこかで本が好き、本を読むのが好きな人だろうし、新聞社に行く人はやはりジャーナリスト志向だろう。映画会社は当然映画が好きな人しか行かないし、ゲーム会社はゲーム好きってね。

 ところがテレビに行く人は、一部はジャーナリスト志向はあるが、大半は単なる芸能人好きの上っ面のミーハーな人か、高収入が目的ってわけだ。ウーム、なるほどテレビがオワコン化するのはそんなところにあるのかな。

 ま、やはり「好きこそものの上手なれ」って言うだけあって、自分が仕事をしようという時に、自分の好きなジャンルの仕事だったら、人がなんと言おうと、「自分はこれが欲しい。これが見たい。これがやりたい」っていう具合に「顧客志向」じゃない方向でものを考えられる。

 やっぱり、顧客志向ってダメな考え方なのね。

『顧客視点を持つというのは顧客の先を行くということであって、同じレベルではダメダメなのです』

 という通りなのであった。

 

2013年2月 8日 (金)

『限界集落(ギリギリ)温泉』はちょっとオタクを外しちゃったかな

 若者がどんどんいなくなり、住んでいるのは年寄りばかり。おまけにそんなヤル気のない年寄りや若年寄ばかりなので、新しいものは導入せずに昔からの客しか受け付けないから、客もどんどん少なくなる。で、それが遂に限界まできてしまった「限界集落(ギリギリ)温泉」を、オタク・パワーで生き返らせる。というお話なんだが、そんなにうまくいく訳はないよな、というのが読んでみて最初の感想。そりゃそうでしょ、オタクの力なんてそんなにあるわけはないし、オタク・パワーがそんなに持続するものではないのである。所詮、オタク・パワーなんて一時の気休めなんでしょう。

 なんでもモデルは伊豆下田市蓮台寺温泉にある、今でも立派に営業をしている金谷旅館だそうである。日本一の総檜大浴場「千人風呂」は、まんま漫画でも使っている。

『限界集落(ギリギリ)温泉』(鈴木みそ著/BEAM COMIX/2010年2月25日刊/Kindle版は鈴木みそ氏の個人出版で2013年1月5日刊)Kindle版は100円で買える!

 で、下田市の観光客人口を調べてみると1967年がピークで500万人。それが2004年には332万人だというのだから、確かに税収を観光客からの収入に頼っている下田市としては大変な問題だよな。

 で、そんな下田の田舎旅館に行き詰まったちょんまげことゲーム・クリエイター溝田と、死にたがりのネット・アイドル「あゆ」が「限界集落旅館・山里館」にやってくることからお話は始まる。当然、死にたがりのネット・アイドルは自殺をネットで予告してからやってくるから、話はオタク連中の知るところとなり、オタク連中は「あゆ」を探しに、山里館に集合ってことで、既にツブれている山里館はオタクたちの宿舎兼集会所になって、連日ワイワイガヤガヤが始まる。ってところまでは普通に読めるんだが、その後、このオタクたちが能動的に動き出すあたりからお話は「ウソでしょ」になってくるんである。

 だってそうでしょ。オタク連中ってのは基本的には「基本情報に対しては受動的」で、その基本情報が発信されれば、それに対して反応して二次情報は自ら発信する方に回るっていうのが彼らのビヘイビュアではないのだろうか。能動的情報発信ではなく受動的情報発信とも言うべき姿、それがオタクの基本的な行動様式である。勿論、そんな受動的なオタクの中から、それを突き破って漫画家やアニメーター、デザイナー、フィギュア原型師になったりする人はいるが。基本はそんな立場になる人は少なくて、コンビニ・バイトなんかをやりながら受動的オタクを続ける人が大半だ。

 そんな連中が、市長選まで戦いの前線を広げるんだろうか。確かに、溝田のアジテーターとしての手腕はすごいのだろう。なんせ、口先一本でゲーム業界を歩いてきた男なんだからね。だからといって、オタクの人たちの基本スタンス=自分たちは基本情報発信側には行かない、という姿は変わらないはずだから、とてもじゃないが「政治という一番オタクから遠い世界」には行かないのだ。

 その辺が麻生太郎が間違ったところじゃないのだろうか。麻生はバカだから秋葉原で演説すればオタク層に届くと考えて、そこで「オタクの皆様」なんてアホな演説をやって見事に負けたわけである。「自民党なるもの」と「オタクなるもの」の乖離的な相違を感じない致命的な勘違いをしていた訳である。というか、多分、それは選挙参謀や選挙対策会社の大いなる勘違いなのだろうけれども。それに気づかない政治家もバカですね。

 ということなので、第1巻から第3巻までは、まあ普通に読めるんだけれども、第4巻になってしまうと、市長選の話になってしまって、ちょっと残念ながらついていけなくなるんだよな。こんな話は実際には絶対ありません。

 とまあクサす訳であるけれども、そこまでの話は読める。特に、漫画家のロバート氏やフィギュア原型師の話とかは、そうかなるほどなという部分ではある。まあ、なにしろ書いているのが漫画家だからというのがあるのは当たり前か。

 ということで、こうしたオタクが主人公になった漫画は結構あるが、これもその一つに数えていいだろう。ただし、オタクに対してちょっと期待しすぎじゃない? というコメント付きでね。

 4巻まですべてKindleで読めます。ただし、2巻以降は紙版もKindle版も同じ値段。つまり、これは一種のフリーミアムなんだなあ……ね、クリス・アンダーソンさん。

2013年2月 7日 (木)

Futbitから「熱気球」バッジが来た!

Excellent! You've earned the Hot Air Balloon badge!
You've climbed as high as a hot air balloon travels, and that's 2,000 floors! You'll have to double it for your next badge.
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金沢「絵葉書」紀行

 金沢に来ている。

 何で金沢なのかと言えば、雪を見に来たのだ。

 そう、日本人は冬は雪を見に北国へ行き、夏は海を見に南へ行き、春は桜、秋は紅葉という風に、季節季節に応じて旅をするのだ。それが正しい日本人のあり方、ではないかな。

 ということなので、金沢に来たのだが、昨日は東京が大雪で、金沢に近づいてくればくるほど雪がなくなってくるという状態で、なんか思惑が変わってしまった。

 で、金沢と言えば兼六園だろうということで行ったのだが、まあこんな状況。

 雪の兼六園を期待したのだがそれはちょっと期待外れに終わってしまったのだった。

 しかし、金沢の街も私がよく仕事で来ていた30年ほど前とは随分違っていて、街の作りというか、道路の造作は変わっていないのだけれども、拡幅されていて、そこに立っている建物なんかはまったく変わってしまっている。それは当たり前の話で、30年間で変わっていない街があったら、それのほうがおかしい。

 北国書林はなくなってしまっているし、うつのみやも卸業はやめて小売書店だけになっているしな。今や、金沢で一番存在感のある書店というのは、昔、富山の「泊」という一番外れの町で書店をやっていた明文堂という本屋さんなんだけど、なんかなあ。昔の明文堂を知っているだけになあ……。

 言ってみれば「隔世の感」ってやつ。
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 で、兼六園で撮った写真はなんか「絵葉書風」でしょ。

 なんでこんな写真ばっかり撮っているのか? という疑問はいずれ明かされます。

 ちょっとした実験をやってみたかったので……。

Fujifim X10 @Kanazawa (c)tsunoken

2013年2月 6日 (水)

『女ノマド、一人砂漠に生きる』ったって女フリーターの話じゃないよ

「女ノマド」といったって、別にコワーキング・スペースやノマド・カフェで企業からのお下がり仕事を必死になってこなそうとしているフリーター女子、ということではない。「ノマド=遊牧民」という言葉の原義通り、砂漠に暮らし、財産は身の回りの物だけを持ち、今日はコチラ、明日はアチラという具合に移りながら生活しているオバサンのことなのだ。

 なんだ、女ホームレスじゃないかと言うなかれ、ホームレスは家のない人、ノマドは地球すべてが家であると考える人という、大いなる違いがあるのだ。

 さらに遊牧といったって、別にどこにでも行ってしまうというのではなく、時期によって行く場所は決まっているのである。行く先が何ヶ所かあって、そこを巡ってという感じ。モンゴル遊牧民が遊牧といったって、夏と冬(しかないモンゴルには)で行く場所が決まっているのと同じ。

『女ノマド、一人砂漠に生きる』(常見藤代著/集英社文庫/2012年12月19日刊)

 で、この砂漠に生きている女ノマドだが、主人公の名はサイーダ。56歳。ラクダ7頭をつれ、一人で砂漠を点々と移動しながら暮らしている。家族がいないわけではない。夫も子供もいる。ただし、子供も既に成人しているので、手がかかるわけではないので、定住する夫と離れ一人で遊牧しているのだ。何故か。彼女が遊牧民の子として生まれたから。それ以外に理由はない。

 そんな話を書いている常見藤代さんはノンフィクション写真作家。45歳、独身。彼女の書いているところでは、いわゆる「箱入り娘」。ひどく内気でおとなしい子供時代を送り、大学に入るまで友人はなく、電車の切符も自分では買えないほど行動力に欠けていた。

 そんなかけ離れた二人が何故出会ったんだろう。

 大学を休学して一人、インドネシアに旅する。それまでの勉強一筋の「お嬢さん育ち」を克服したいと思って旅をする。そこで異国を歩く魅力に取りつかれ、大学卒業後勤めた会社を3年で辞め、世界一周をするつもりでタイから陸路で西へ向かったのが、なぜかエジプトに行きついたところで旅は終わってしまった。

 エジプトの遊牧民、ホシュマン族について書かれた本があった。思わずその著者のウェブサイトに載っていたメールアドレスに連絡して、ホシュマン族の族長を紹介してもらう。族長に会った彼女は『今でも砂漠で遊牧している人に会いたい。できれば、いっしょに暮らしてみたい』と頼んだ。

 そこで紹介されたのが、サイーダだった。

『昼食の残りのパンと紅茶で夕食をすませると、サイーダはじかに砂の上に横になった。
「砂漠の砂はきれいさ。自然はすべてアッラー(神)がつくった物だから」
 以前はテントを使っていたが、移動に不便なため、やめてしまったそうだ。「寝る時、星が見えないのがイヤ」だという』

 当然、電気もない生活は、夕食を済ませればやることは寝ることしかない。夜明けとともに目ざめ、夕日が沈めば寝てしまう。そうだ、そんな生活があるんだ。テレビもネットもない生活があるんだ。そんなところでも人間は生きていけるんだ、という瞬間である。

 つまり、それは原始の生活を体験すること。人間も動物のひとつなんだということに気がつく瞬間である。そこにあるのは「世間」なんてものには関係のない、人間本来の生き方なのかもしれない。

 まあ、それはほとんど雨が降らない砂漠の地だということもあるんだろうけれども……。

 勿論、サイーダにも「世間」がないわけではない。ラクダを売ってお金を手に入れたり、たまに夫が会いに来たり、子供が食料を持ってきたり、親戚の結婚式に参加したり。もっとも、結婚式といっても、家の前の路地で一週間にわたって飲んだり歌ったり踊ったりし続けるというもののようだが。

 でも、その程度。

 こりゃあ世間まみれで、群れることがとっても好きな東京の「偽ノマド」とは大いに違うなあ。

 常見氏は最後にサイーダに聞く。

『返ってくる答えは知りながら、私はあえて聞いてみる。
 ――サイーダはいつまで砂漠にいるの?
「それは私がきめることことじゃない。神様だけが知っていることさ」』

 まさに「生きるだけ」の生活がそこにある。そしてその「生きるだけ」の素晴らしさがひしひし感じさせられる最後のひとことなのである。

 別にイスラム教徒じゃなくてもね。

 

 

2013年2月 5日 (火)

Fitbit weekly progress report from Jan.28 to Feb.3.

Hi mxl01056, here are your weekly stats.
1/28/2013 to 2/03/2013
WEEK'S MOST ACTIVE DAY
Thu, Jan 31
WEEK'S LEAST ACTIVE DAY
Wed, Jan 30
TOTAL STEPS
70,518
DAILY AVERAGE
10,074 steps
BEST DAY
14,340 steps
TOTAL DISTANCE
50.63 km
DAILY AVERAGE
7.23 km
BEST DAY
10.30 km
TOTAL FLOORS CLIMBED
126
DAILY AVERAGE
18 floors
BEST DAY
27 floors
TOTAL CALS BURNED
17,332
DAILY AVERAGE
2,476 cals
BEST DAY
2,674 cals
WEIGHT CHANGE
0.0 kg
LIGHTEST
92.1 kg
HEAVIEST
92.1 kg
AVG SLEEP DURATION
6 hrs 54 min
AVG TIMES AWAKENED
2
AVG TIME TO FALL ASLEEP
0hrs 5min

Last week's step winners

1 mxl01056
70,518 steps
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久々の週70,000歩達成も、体重変化せず。残念!

ロバート・キャパ/ゲルダ・タローはスペイン内戦だけじゃない

 昨日のスーパーボウルは後半思わず手に汗握る展開になってしまい、面白かったです ね。さすがに世界一のエンターテインメントだ。

 で、それとは何の関係もなく『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家』という写真展が横浜美術館で開催中だ(3月24日まで)。

 CP+のチケットを持っていると安く入れるので行ってきた。

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2013_02_02_050_2

 ロバート・キャパとゲルダ・タローと言えばスペイン内戦だろうと思っていたら、そうではなく写真展は「Part 1 Gerda Taro Retrospective」と「Part 2 Robert Capa Centenial」という二つの写真展が一緒になったものなのだった。

 一つ目の「Gerda Taro Retrospective」は、彼女の死後ゲルダ・タロー作品であると認められた83点の展示会が2007年にニューヨークで開催され、その後ロンドンなどで巡回された展示会「Gerda Taro Retrospective」の横浜版。二つ目の「Robert Capa Centenial」はロバート・キャパ生誕100周年を記念して横浜美術館で収蔵している、コーネル・キャパから寄贈されたロバート・キャパ作品193点の展示会。という二つの写真展の同時開催の形をとっているのである。

 だいたい「ロバート・キャパ」という名前自体がキャパ(アンドレ・フリードマン)とタロー(ゲルタ・ポホレリ)の二人で撮った写真の共同フォト・ネームであったわけで、一時期はどちらが撮ったのかがわからない写真もあったようだ。最初、タローはローライフレックス、キャパはコンタックスやライカで撮っていたので、ネガのサイズでどちらが撮ったのかがわかったようだが、後年、タローもライカを使うようになっており、そうなると彼ら自身が「これはキャパ、これはタロー」と言わなければどれがどちらの写真なのかはわからなくなってしまう。まあ、二人が恋人同士であった時はそれでもよかったのかもしれないが、別れたあとはキチンと恋人時代の写真を分けたのだろうか。

 いずれにせよ、キャパの出世作「レオン・トロツキー」から『ちょっとピンボケ』でお馴染みの「オマハ・ビーチ」や、例の沢木耕太郎氏がいろいろ問題にしているけど、どうでもいいじゃないかという「崩れ落ちる兵士」や、キャパ最後の写真「ディエン・ビエン・フー」までの写真はなかなか圧巻である。

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Nikon D7000 AF-S Nikkor 10-24mm @Yokohama (c)tsunoken

2013年2月 4日 (月)

Wikimedia Conference Japan 2013に行ってきたよ

 東大工学部2号館で行われたウィキメデア・カンファレンス・ジャパン2013に行ってきた。というか、今年のウィキメディア・カンファレンスは東京大学知の構造化センター・シンポジウム2013の一環として開催されたわけで、そのシンポジウムに参加してきたという訳なのだ。

 東京大学知の構造化センターは、大量に存在する学術情報や医療情報、実世界データやウェブ上のデータを収集し、さまざまな構造化手法を用いて構造化することで、社会的な価値につなげていくことを目的とする研究センターである。中にはフィルム・センターのフィルムを如何にデジタル・データにするかなんてこともやっているようだ。ただし、問題は人手。ここも予算の壁があるんだな。

 つまり、巨大な集合知であるウィキペディアなどもひとつの「知の構造化」な訳で、それを如何に有効なものにして、どうやって世の中の価値につなげていくかを考える機会なのである。

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2013_02_03_002_2_3ウィキメディア財団のシニア・ディレクターで広報部長のジェイ・ウォルシュ氏による基調講演がまず最初に行われた。現在ウィキペディアが置かれている状況、これからの課題について語られた。「理想的な百科事典とは、ラディカルであるべきだ。安泰を保ってはならない」という言い方が刺激的だ。毎月ウィキペディアを閲覧する人数は4億8千3百万人だとのこと。私なんかは1日何回も閲覧していることから考えると、意外と少ない人数である。

2013_02_03_007_2東大工学部2号館213講義室で行われた基調講演の様子。

2013_02_03_008_2もうひとつの基調講演は東京大学知の構造化センター副センター長で東京大学大学院情報学環教授の吉見俊哉氏が行った。吉見氏の講演は「エンサイクロペディアは書物ではない。運動としてのエンサイクロペディアを考えよう」というもの。「哲学」という言葉を発明した西周が日本で最初にエンサイクロペディアを「百学連環」と翻訳し、その意味は「児童を学問の輪の中に入れて教育する」とした際のエンサイクロペディアは言ってみれば「教養」というような意味で使っていたとする話が面白かった。

2013_02_03_020_2工学部の庭にあったペットボトルを使ったオブジェ。工学部の1階ではロボットを動かしていたり、東大って面白いことをやっている学校なんだな。

Nikon D7000 18-105mm @Hongo, Bunkyo (c)tsunoken

2013年2月 3日 (日)

デジタルでスチールとムービーの違いがなくなった

 スチールカメラの総合展示会である「CP+」がパシフィコ横浜で開催中だ(2月3日まで)。

2013_02_02_003_2

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 もはやカメラの世界はデジタル・オンリーと言っても良いくらいになってしまっているが。そんなカメラのデジタル化による最大の変化はスチールカメラとムービーカメラの境目がなくなってしまったことだろう。

 ニコン・ブースは「D-MOVIE」だし、キャノンは「EOS CINEMA SYSTEM」と、日本カメラ界の両巨頭はそろってムービー・システムの提案と展示をしているし、REDというデジタル・シネカメラまでブースを出しているくらいだ。

 初期のハイビジョン映像はシャドウ部分がツブれてしまって、やはりテレビ技術ではこの程度のものなのかとガッカリさせられたものだが、最近の4K映像なんかはそのシャドウ部もくっきり見えるし、もはや銀塩フィルムとの差はほとんどなくなったと言ってよいのではないか。

 キャノンはEOS CINEMA SYSTEMと合わせて業務用の大型4Kモニターも展示していたが、まさにそんなハイコントラストの映像で、しかもシャドウ部もきちんと描かれているのである。

 まあ、もともと35mmのシネフィルムを使ってスチール写真を撮れるようにしたのがライカ・システムなんだから、言ってみればスチールカメラの先祖返りみたいなものか。

2013_02_02_035_2ライカ型のiPhoneケース。ウル・ライカまであって笑っちゃいますね。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 10-24mm @Yokohama (c)tsunoken

2013年2月 2日 (土)

新宿区市谷加賀町二丁目の現場

 今年に入ってアクセス数がかなり増えてきたので、ちょっとやってみようと思って1日2回更新をしばらく続けていたけれど、ちょっと疲れたので更新は基本1日一回にもどします。ただしあくまでも「基本」なので、調子の良い時は2回3回更新なんて日もありますぞ。

 1月30日のブログで駒込のビル工事での埋蔵文化財調査の事を書いたばっかりの1月31日の『朝日新聞』朝刊を見てびっくりした。

『都心の住宅地に縄文の人骨11体』という見出しに続いて、『東京都新宿区の住宅地で縄文時代の複数の人骨と土器、竪穴住居の跡が見つかった。関東平野で、貝塚以外から縄文時代の人骨が見つかるのは初めてという。
 新宿区が30日に発表した。発掘現場は防衛省近くの「市谷加賀町2丁目遺跡」。住宅工事に伴って昨年10月に調査を始め、11月に人の足の骨を発見。その後、人骨計11本と縄文土器約30点、竪穴住居跡25点も見つかった』

 という記事。『朝日新聞デジタル』には新宿区が提供した発掘写真も載っている。なんかこちらも埋蔵文化財の調査を行ったばかりで生々しい。早速、現場を見に行くことにした。

 牛込柳町で地下鉄を降りて、御苑東通りを南進し市谷薬王寺町で左折をすればすぐに市谷加賀町である。市谷加賀町二丁目をふた回りもすると簡単に現場は見つかった。

 防衛省というよりは大日本印刷村のそばといったほうがよい、住宅街の一角にその現場はあった。

2013_01_31_018_2ここが、多分その現場。市谷加賀町二丁目でここ以外には、更地になって、なおかつ工事が止まっている場所はない。

 近所には裏千家今日庵東京出張所や、現場のすぐ隣は中国銀行市谷寮である。三菱地所レジデンスが地上5階地下1階の共同住宅を作ろうとしている現場である。

2013_01_31_019_2正面が中国銀行市谷寮で奥に防衛省の電波塔が見える。奥の盛土をした部分が、発掘現場であろうと思える。

 はてさて、これでどれだけ工期がズレるのであろうか。三菱地所レジデンスさん、ご愁傷様です。

Fujifilm X10 @Ichigaya Kagachou, Shinjuku (c)tsunoken

2013_01_31_004_2場所はココ。ただし、行っても何もないよ。

(c)Google

2013年2月 1日 (金)

『文庫はなぜ読まれるのか』なんてことに気づかないと、電子書籍に完璧にやられちゃうよ

『新文化』の1月31日号のカバーストーリーは、実業之日本社の第二出版部長兼文芸出版部長兼ライツ・編集総務部長という何か大変な仕事人間である岩野裕一による『文庫の行く末が「紙」の未来決める』という記事である。

 岩野氏は昨年11月に『文庫はなぜ読まれるのか 文庫の歴史と現在そして近未来』(出版メディアパル)という本を上梓した。内容は、実業之日本文庫という新しい文庫レーベルの立ち上げと、もうひとつライツ管理という業務を兼務する中での考え方をまとめたもの。

 つまり「文庫」という、言ってみれば「二次メディア」での仕事と、その為の契約管理・交渉という仕事の中から「コンテンツ」とは何か、という部分に触れ、そして考えたことを出版したわけなのであるが、今更なんでこんなことを言わなければならないほど、出版業界は遅れていたんだということを再認識させられた気分である。

『つまり、「作品」というコンテンツが、最初にそれが世に出た「版面」から離れてひとり歩きすることで、経済的なトラブルが出版社にもたらされかねないことは、半世紀以上も前からすでにわかっていたはずなのである』と、永井荷風の『墨東奇譚』事件のことを例証するのであり、1980年代に起きた出版権を巡る裁判の例を語るわけなのであるが、それらは単に出版社と著者が契約書でもって出版権の確認をすることを怠っていたためにおきた事件にすぎないのであって、そんなものは出版社の怠慢でしかない。

 ところが、今更ながらにそのような昔の事件を持ち出さなければいけないというのは、それだけ出版業界が世の中の変化に目をつぶって「いやなことは見なかったことにする。見なかったことはないことにする」という、まさに畑村洋太郎氏の『失敗学』のままの世界がここにもあるわけなのであるな。

 岩野氏は『そもそも文庫本をフォーマットとして考えてみた場合、単行本より廉価で、携帯性に優れて移動先での読書に適しており、保存にも場所をとらないというメリットがある。これは電子書籍の特長と酷似していることに、私たちは改めて注意を払うべきだろう』という。

 まさに、文庫というユーティリティなコンテンツ・ソフトに出会ったがゆえに分かった事なのかもしれないが、今更こんなことが警鐘になるような出版業界がアマゾンに食われてしまうのは、最早明明白白である。

 岩野氏の指摘はまさにその通りなのであるが、それに気づく業界人ははたして何人いるのだろうか。

 怪しいものである。

澁澤建氏の話を聞いて、日本の破綻を期待する自分がいた

 1月30日には講談社で「現代ビジネス クオンタム流経営塾 グローバル資本主義の時代に生かす 渋沢栄一の『論語と算盤』の教え」というタイトルのトークライブが行われた。

 で、トークライブの主は、日本初の銀行など、およそ500の会社と600の教育福祉事業の設立に関与した、まさしく「日本資本主義の父」こと渋沢栄一の5代目の子孫にして、渋沢栄一記念財団理事(って当たり前か)、シブサワ・アンド・カンパニー代表取締役CEO、コモンズ投信会長の渋澤健氏であった。

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2013_01_31_001_2Fujifilm X10 @Otowa, Bunkyo (c)tsunoken

 渋沢家の家訓「政治と株はやるな=投機の業、または道徳上賤しむべき業に従事すべからず」に逆らって、投資顧問、投資アドバイザーなんてことをやっている渋澤健氏であるが、まあコモンズ投信では社会起業家支援なんてこともやっているので、その辺は故渋沢翁も許してくれるのかしら。

 現在のみずほコーポレート銀行につながる日本最初の株式会社、第一国立銀行を興し、初代の頭取になった渋沢栄一の設立の主旨は、対グローバル資本なのであった。つまり、当時の日本にあった個人会社だけでは外国資本にたちまち飲みこまれてしまうために、資本を出し合って大きな株式会社として外国資本に立ち向かおう、というのがその考え方なのである。対グローバル資本という考え方は最近の考え方ではなく、明治の昔からあった考え方であった。第二次大戦後、護送船団方式でもって内需ばかりを見ている内に「内向き」になってしまった日本企業が、今更のように「グローバル資本に対抗するには」なんてことを言い出すのは、それこそ笑止千万というべきことなのであって、明治初期こそが外国資本の前に裸で曝け出されてしまっている日本の企業、というか日本という国そのものが外国に飲み込まれてしまう危険に満ち溢れていた時代だったのである。

 例えば、中国あたりはそうした構えが出来ていなかったために、清国はイギリスなどの外国に侵害されてしまい、1911年の辛亥革命まで独立をまたなければならなかった。もっともその後には、昔は後進国だった日本にまで侵略されてしまい、最終的には1949年の中華人民共和国の成立まで100年以上にわたる外国の支配を受けなければならなかったのである。つまり、対グローバル資本との戦いというのはそれだけ重要と言うことであって、一時期それを忘れてしまった日本企業の責任はやはり大きいと言わなければならないのだろう。

 リベラルな渋澤氏はアベノミクスを「ツケを後世に先延ばしする、成長の先食い」であると批判するのであるが、一方、2020年代から起こるパラダイムシフトに期待する。つまり、国民の富の60%以上を保有する団塊の世代以上の富裕層がいなくなり、団塊ジュニアが中心になる時代には、富裕層の資産がその孫に移り、新しい世代感が生れてきて、日本という国そのものが変わって来るだろう、というのである。その萌芽が今の30代、40代の人たちの中にあらわれていると言う。

 渋澤氏のコモンズ投信の顧客の中心世代は30代40代だそうで、確かにその通りなら現在の投信や銀行の中心顧客が60代以上というのとは大いに異なっているわけだ。

 そのキモは「規制緩和と海外からの成長を取り込む」ことによる日本経済自体の成長である、という。

 確かに、そのように後世に期待する気分は私にもある……が、その前に一度日本経済、というか日本政治、というか日本という国自身が、一度破綻した方が良いような気もするのである。

 日本はそうやって、明治維新、第二次世界大戦の敗戦という二度のガラガラポンから立ち直って繁栄してきた。

 ということは、そろそろ三度目のガラガラポンがあるのじゃないか?

 なんかそんなものに期待してみたりして……。

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自転車フォトグラファー 砂田弓弦

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まだ東京で消耗してるの?