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« 『アメリカに潰された政治家たち』は分かるが、気になるのは今の政権だ | トップページ | 浅草で散歩カメラby Leica M3 »

2013年1月11日 (金)

『依願退職』は腑に落ちる話ばかり

 何故か、それまで600位だったPVが一昨日突然3795というとんでもない数字になってしまった。その余波は昨日にまで及んで、昨日は2922。普段は1400位から1200位あたりをうろついていたココログの中のアクセス順位が突然137位ということになってしまい、ちょっとビックリ。

 とは言うものの、相変わらずスーダラな当ブログではあるのだけれども。ということで、今日もスーダラに始まります。

 本当はこちらが先で、1月9日の本は次に読むはずだったんだけれども。

 実は妻が阿川佐和子さんのベストセラー『聞く力』を妻が読んで、そこにこの高任和夫氏の『依願退職』(阿川さんの本には原題『転職』で紹介されていた)のことが書いてあり、それをアマゾンのマーケットプレイスで購入したところ、アマゾンからのリコメンドで『敗者復活戦』があったのでそれを読んでみたら面白かったので、再び『依願退職』を妻から借りて、という実に回りくどいことで、読むことになったのである。

 しかし、こうした面白い本を何で講談社は電子書籍にもせずに「品切れ重版未定」のままにしておくのだろう。そうした「品切れ重版未定」本を積極的に電子化することによってマーケティングが出来て、うまくすれば重版がかけられるのにね。

『依願退職 愉しい自立のすすめ』(高任和夫著/講談社文庫/2002年2月15日刊)

 で『敗者復活戦』の中の『彦坂は腑に落ちるものがあった』という言葉通り、この本には「腑に落ちる表現」が沢山ある。

『どのような専門性を身につけようと、ビジネスの世界で仕事というものは、人のネットワークの中でおこなうしかない』
『再就職に関しては、子会社によっては親会社より売れ行きがいい』
『(幸福な転職は)自分の好きな、得意な仕事をすること』
『夫というものは、家に入るに際して、自分の家を他人の家だと思って、静かに様子を見ることから始めたらいいわね』
『職場をもっともっと女性に開放しなかったのは、男たちの一大失敗ではなかったろうかと私は思っている』
『年をとり地位が上がれば上がるほど、省事を旨としたい。たんなる自己満足で仕事をやらない。熱闘苦悶型はやめる(中年でこれをやると、本人は気分はいいが、他人には見苦しいだけだ)。つとめて残業はしない。仕事の付き合いで酒は飲まない。たった二十日くらいの有給休暇は全部とる』
『サラリーマンの肩書きなんて、だれも気にしないのである』
『そもそも、まともな神経を持った人が、四十歳、五十歳を過ぎて、なお会社のために一生懸命働けるものだろうか』
『十五、六年も勤めていれば、会社の全貌や自分の将来性が、はっきりとみえてくる。大きな組織ほど立ちはだかる壁は厚く、無力感も強い』
『事業を起こすことを通じて、リスクをとる生き方を教えるのです』
『起業家たちは、サラリーマンのときに学んだものを、起業の基盤にしていた』

 などなど。

 さすがに三井物産を50歳で辞めて作家生活にはいった人ではある。ある意味で、サラリーマンとしての頂点を極めているのである。ただし、サラリーマンではあるが内務官僚的なサラリーマンではなくて、どちらかというと職人芸的なサラリーマンであったようだ。そうであるからこそ、物書きという特殊芸があったことも含めて、サラリーマンを辞めても生きていけたのであろう。

 そんな高任氏の言い方を借りれば、現代は『職業多段階の時代』であるということである。つまり、今の若者が自らの職業を多段階に捉えていて、終身雇用の幻想にとらわれて一生一社にすがりつかなくなっているというのである。今や、こんなことは当たり前の話であるが、この本が書かれた1998年の頃には新しく出てきた生き方なのだろう。そんな時代のサラリーマンは、やはり内務官僚的なサラリーマンよりは職人芸的なサラリーマンを目指すだろうし、目を会社の中ではなくて、常に会社の外に向けて生きていくだろう。当然、そんな生き方は社内権力とは遠いところにいるが、逆に会社が無くなってしまったときや、会社を辞めた時には逆に強みになるものなのだ。

 最後に一番腑に落ちた書き方はこれだ。

『私は学生時代に短い小説らしきものを一つだけ書いたが、人に誇るほどのものではないので、自分でもあまり重要なこととは位置づけてはいなかった。しかし、あれはいまの私の原点かもしれないと思い直したのだ。
 人は長じれば生計や子育てのために、働かなければならない。しかし長い年月がすぎ、それらの義務から解放されるようになると、若いころに志したなにごとかをやろうとする傾向があるのではないか』

 と、つまりこれは今私が書いているこのブログという便利なメディアのことではないのか。要は、私も学生時代に書いていた映画評論を、今このメディアで再び実行しているのではないのか。

 学生のころの映画評論もお金にはならなかったが、今のブログもお金にはならないことでは同じだ。相変わらず、金にならない文章を書き続けているのである。

 まあ、人間はあまり進歩しないという実例である。

 ところで広辞苑によれば「腑に落ちる」という表現は無いようで、「腑に落ちない」という表現を本来はしなければならない。「腑に落ちない」の逆の表現で「腑に落ちる」という言い方をしているのであるが、これは本来的には間違った表現のようだ。ったって、今やそんな表現もあり、という時代なんだけれどもね。

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