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2013年1月20日 (日)

小津安次郎へのオマージュのつもりが駄作に終わってしまった『東京家族』について

 ネタバレおおいにあり、なので読みたくない人はスルー。

 結局、小津安次郎の名作『東京物語』へのオマージュの筈が、その原作のままの脚本を作ってしまったために、駄作に終わってしまったという典型例だな。これは。

  だったら『東京物語』を見ればいいのだ。借り物の造形やキャラクターではいい物はできないという話。

『東京家族』(監督:山田洋次/脚本:山田洋次・平松恵美子/音楽:久石譲/製作・配給:松竹)

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 失敗の原因は、『東京物語』とほとんど同じ物語構造や設定を受け付けてしまったためである

 確かに『東京物語』の作られた60年前であったら、まだ新幹線も走っておらず、尾道から東京へ出てくるだけでも一生一代の大旅行であったし、当時の周吉(笠智衆/橋爪功)72歳、ととみ(東山千栄子/とみこ:吉行和子)68歳の夫婦も、今以上に年老いた老夫婦ということになるのだろう。しかしながら尾道では今の時代では東京に出てくるのには便利すぎるという理由で瀬戸内の島という設定に変えても、今や東京に出てくるのにはそんなに時間はかからないし、今の時代には今の72歳と68歳の夫婦なんて日本に掃いて捨てるほどいる元気な老夫婦というものにすぎない。というか山田洋次自身が既に82歳の後期高齢者じゃないか。

 1953年当時の作品であるならば、その作品は「今日の核家族化と高齢化社会の、問題を先取り」していたという評価は出来るが、現代の作品としてはいまさら核家族ではないだろうし、高齢化社会だって今は既に当たり前の社会問題である。そんなものに「問題がある」といったところで何かを言ったことになりはしないのに、なぜいまさら「核家族化と高齢化社会」なんだろう。

 さらに言ってしまえば、長男の幸一(山村聰/西村雅彦)や長女の志げ(杉村春子/滋子:中嶋朋子)の職業が、個人医院経営と美容院経営という原作のままの設定であることも首肯できない。1953年当時の町医者や美容院ならば地方から出てきた人間の成功例として描けたものを、現代では決して別にそれらの職業が成功例ではない。『東京物語』では一種の先端職業として描けたものを、現代であっては単に「忙しいだけ」の職業でしかない。もっと別の職業に設定した方がよかったのではないだろうか。例えば幸一はIT起業家とか、滋子はフレンチレストラン経営者とか。そうなればまた別の物語の方向が見えてきたはずである。

 唯一、原作の設定と異なるのが、三男・敬三(大坂志郎/二男・昌次:妻夫木聡)と、二男の妻で戦争未亡人の紀子(原節子/昌次のフィアンセ紀子:蒼井優)であって、この作品の中で唯一「生きている」キャラクターである。昌次は高卒で島を飛び出し、舞台美術の仕事をフリーター的にやっており、紀子は書店員で、二人が出会ったのが福島県の南相馬市での震災ボランティアという設定である。

 ということなので、原作『東京物語』では敬三は「刺身のツマ」のようなキャラクターであったものが、昌次と紀子は物語の後半部分を形作るキャラクターになっている。

 当然、紀子の「戦争未亡人」という設定は現代では無理であるので、山田洋次が作り上げた設定であろう。更に昌次の今の時代によくいる「夢見がちな」若者という設定も、今の時代に生きている設定である。兄や姉のようには地に足は着いていないが、一方、先の見えない現代、どんな職業についてもその職業の未来は見えない。企業に就職したって、突然M&Aでリストラされたり、企業が倒産したりという現代である。だったら「夢を見ながら」貧乏生活するという選択肢もあるだろうし、書店員という更に不安定な職業に就いている紀子も、それでも小さな子供たちに楽しんでもらえる職業ということで、その職業を選んだのだろう。双方とも、決して高収入を期待できる職業ではない。

 とは言うものの、そんな昌次がフィアット500なんて手のかかるクルマを持っているというのは、山田洋次が現代を見据えていないところだ。大体、今のフリーターみたいな若者がクルマを持てるところが現実的じゃないし、別にクルマを出さなくても品川駅と東京駅を取っ違えるなんて技はいくらでも出来る筈だ。事実、クルマが出てくるのはこのシークェンスだけである。

 で、最後に周吉が紀子にとみこの形見の腕時計を与えるシーンはまったく同じ。しかし、その際の紀子の側の思いは全く別である。『東京物語』では戦争未亡人として亡き夫につくす立場と、今後とも独身を貫き通すことへの不安との間で苦悩する、自らのやむにやまれぬ姿に涙を流すのであるが、『東京家族』ではうれしさのあまり涙を流すのである。

 どちらの涙が尊いかは別として、どちらの涙の方に人は感動するかと言えば、言わなくても分かるはずである。

『東京物語』も『東京家族』も俳優陣はなかなか良い演技をしている。特に、父・周吉からあまり可愛がられていなかった妻夫木聡と、そのフィアンセ蒼井優は良くやったと思う。何しろ、この映画で唯一「先例」のない役柄であるからね。

 ところが、演出家としての最大の失敗はその「先例」にあるのだ。山田洋次が何故小津安次郎と同じ映画を作ろうとしたのか、山田洋次にだって糸の切れた風船のような兄と、地に足をしっかり着けた妹という、典型的な家族像があるじゃないか。

 何故、山田洋次が自家薬籠中のものとした家族像で作らずに、人から借りた家族像に寄りかかった作品を作ったのかはよく分からないが、その結果、松竹の大先輩の作品を傷つけたのであれば、それは酷いことである。

 やっぱり、原作は原作のままで楽しんだ方が良いね。『小津安次郎 大全集』なら『東京物語』から『麦秋』『晩春』など9作品収録されて1,957円というお買い得価格である。

 ノベライズは脚本家の白石まみが書いている。Kindle版もあり。ただし、講談社文庫版もKindle版も同じ価格なのはちょっと解せないが。

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コメント

TVで放送していたもので見てみたのですが、小津さんに失礼じゃないかと思ってしまうくらいの駄作ですね。
山田さんのキャリアからすれば「やらなきゃ良かったのに」ですね。
会話がわざとらしくて、時代の描き方も中途半端に現代的に見えてしまいました。

まったく同感です。ネット上で評価が高い人が多いので驚いています。日本人の映画鑑賞能力は劣化しているのでしょうか。「東京物語」を見ていない人が多いのかもしれませんが、「東京物語」のリメイクであることを抜きにしても、こんなにヘンテコな映画はないと思います。山田洋次の家族映画としては「息子」が、その時代を描いていて秀逸でしたね。山田洋次も老いてしまったのでしょうか。

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