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2013年1月25日 (金)

『検察崩壊』は平成日本の象徴のような事件かもしれない

 まあ、要は「権力は腐敗する」というまさにそのとおりのことが検察に起きた、ということなのだ。

『検察崩壊 失われた正義』’郷原信郎著/毎日新聞社/2012年8月 日刊/Kindle版2012年12月30日刊)Kindle版だと661円安い! 毎日新聞、偉い!

 多分「小沢一郎事件」なるものは、検察による有能な政治家を抹殺しようというクーデターなのである。

 1936年(昭和11年)の「2.26事件」は国家社会主義者・北一輝の『日本改造法案大綱』の影響を受けた陸軍青年将校が、政治家と財閥の癒着による政治腐敗や大恐慌からくる深刻な不況を打破しようと、「昭和維新」「尊皇討奸」を訴えた政治目的にクーデターであった。ところが「小沢一郎事件」は、2009年(平成21年)に民主党が衆院選で自民党・公明党連合に対し圧倒的な勝利を収め政権交代を実現し、その後、鳩山由紀夫首相が普天間基地移転問題で中途半端な姿勢を見せて、鳩山の次の首相レースで小沢一郎が有力視された時期に「市民団体の政治資金規制法違反容疑で告発」したことによって、にわかに巻き起こった事件なのである。

 こうなると1月10日に書いたブログの『アメリカに潰された政治家たち』 を思い起こさせるのであるが、まさしく裏でCIAでも動いていたんじゃないかという事を想像させるタイミングである。

 しかし、恩師・田中角栄の忠実な部下であった小沢一郎がそんな「金がらみ」の問題で尻尾を掴まれるような政治家ではないことは当たり前であって、政治資金規制法であれ、闇献金の問題であれ、小沢自身が起訴されることは始めから無理筋であることは分っていた。小沢一郎が「一種の金権政治家」であることは、皆認識していたが、だからと言ってそんな「金まみれ」の尻尾を掴まれるような政治家でもないことも皆知っていたはずなのである。多分それは検察自身も分っていたのだろう。そこで、検察は自ら起訴することはせずに検察審議会なる素人集団に起訴相当・不起訴不当の訴えを起こさせることにしたのだろう。まさに「検察の対面」だけの政治活動なのである。

『鈴木宗男さんみたいに徹底的にやってると、こっちもやってやれないことはないからね、なんでも事件にできちゃう』という田代検事の発言など、完璧に事件を政治化することに対する開き直りのような姿勢を感じるのである。

 ところが、こんな検察の動きに対し、メディア側が完璧にスクラムを組んで応援することになった。多分、メディアで検察の動きを批判していたのは『日刊ゲンダイ』だけであり、その他のメディアはすべて小沢批判に回った。そんなに小沢の動き、小沢の政治が怖かったのであろうか。

 小沢一郎の「対米追随批判」、「国連主義」「アジア主義」は有名だし、実は元の親分がそれを元手に権勢を振るった「電波法」を、子分の小沢が見直して地方局の既得権益や新聞などのメディアが持つ既得権益に手をつけようとした問題。あるいは、本当に小沢一郎なら師匠と同じく官僚政治を打破してしまうかもしれないという、公務員側からの反発。もしかしたら、本当に「沖縄からの米軍基地撤退」が実現してしまうかも知れない、という政治家たちの恐怖。などなど、小沢追い落としの理由はいくらでもあった訳だ。

 そんな検察・メディアスクラムの中にあったからこそ、小川敏夫元法政大臣の小沢事件担当検察に対する「指揮権発動」を恐れた野田佳彦首相による法相罷免という問題があったのだろう。そんな意味では、野田も検察幹部と同罪である。

 結局、小沢一郎は予想通り無罪になってしまうわけであるが、それでも小沢一郎がこれまでの政治家人生の中で、唯一首相になる可能性のあった時期に、政治活動をできなくさせてしまった検察・野田の思惑通りにはなったわけである。ところが、その結果「決められない政治」という問題に陥ってしまった野田政権は昨年末の総選挙で負けることになったしまい、自民・公明連合に再び政権を譲ることになってしまった。まあ、いわば自業自得であったわけで、同時に日本は数少ない戦後政治のアメリカ離れの機会を失ってしまったのである。

 しかし「小沢一郎事件」はまだ終わっているわけではない。

 八木啓代代表が率いる「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」による、笠間検事総長以下、最高検・東京高検・東京地検の6幹部による(田代検事の)犯人隠避の刑事告発は昨年7月17日に不起訴の処分がなされたが、その後も今度は検察審議会への告発ということで継続している。

 今やウィキリークスではないが「隠している情報はかならず公開される」というのがネット時代の常識である。それでも、公開された情報をあたかもまだ公開されていなように振る舞い、公開を拒否する検察に対して、八木氏は『砂嵐を避けるのに、砂に頭を突っ込んだ駝鳥みたいですね』と笑い飛ばすのだが、そんな「現実を見ない」公務員やビジネスマンが沢山いる我が国である。

 もう一度、敗戦後のような状態になって出直すしかないのかも知れない。

 

 

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