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2013年1月17日 (木)

『NEDIA MAKERS』って要はブログの推奨なわけだ(と勝手に思う)

 NTTデータを皮切りに、リクルート、ライブドア、NHN Japanという、メディア特にデジタルメディアの先端を歩き続け、現在も歩き続けている田端氏ならではのメディア論である。おまけにKindle版だと780円も安い! Kindle版をオススメします。

『MEDIA MAKERS 社会が動く「影響力」の正体』(田端信太郎著/宣伝会議/2012年11月12日刊/12月19日Kindle版)

 現在のデジタルメディアの行く末に田端氏が夢想するのは『あらゆるものの境界線が消滅した「ノーボーダー」の世界が出現すると考えます。広告主とメディア企業の境界線の消滅、広告と販促。ECと店頭など既存の広告マーケティングビジネスの境界線の消滅、さらには個人メディアと組織メディアの境界線も消滅していく時代になる』ということなのだ。

 この「ボーダーレス」という感覚は、私のようなブログ書きも感じている。つまり、私が書いているブログは編集者や校閲者という第三者の目を全く通さず、これを書いている「私」と読者たる「あなた」がダイレクトに繋がっているメディアである。日々更新しているブログのまず第一の読者は「私」だし「あなた」であるのだ。

 更にメディアの「参加性」と「権威性」というメディア区分の軸について考えてみると、そこには『「ミシュラン」(=「権威性」の代表)と「食べログ」(=「参加性」の代表)』という二つの代表がある。『編集する「意思」をもって、成果物をできうる限り、コントロールし、その成果物を、受け手がやみくもに信頼してしまうところに、権威性メディアの特徴があります。これは社会において影響力を持つことこそがメディアの存在意義という意味で、メディアにとっては非常に意味のあることです。そして、権威性メディアの対極にある参加型メディアには、そのオープンさや集合知的な部分に、大きな可能性が存在します。しかし、その全体としての「意思」や「責任」が誰に帰属されるべきなのか? を巡っては、まだ全く答えが出ておらず、現在進行形の問題であり、2010年代のメディアのあり方を巡る興味深い論点だと、私は思っています』という通り、全ては現在進行形の中でこれからのメディアのあり方を探っていく問題なのだろう。

『コンテンツはアーキテクチャから受ける影響に無関係ではいられません。ですからメディアに関わる人たちは、常に時代の変化に対応しながら、自分たちの使命を果たし続けなければ、連綿と続くメディアの継続性を担保することはできません。<中略>「パブリックにすること」=パブリッシュならば、誰もが読めるブログ上に記事を書くことも、本来的な意味でのパブリッシュと言えるし、ユーストリームでしゃべることも、ツイッターでつぶやくことも、パブリッシャーにとっては、邪道ではなく、本来的な意味で、「パブリッシュ」の本流とすら言えるわけです。ここまで、本源的な上位レイヤーにおいて初めて「パブリッシュ」はテクノロジーから「中立」たり得るのです。「社会に広く公開される」状態がもたされればパブリッシュなのですから』という通り、まさしく誰もが皆「パブリックにすること」=パブリッシュが可能な時代になって、これから皆がどうすればよいのか。

『自動車という技術が、郊外型のベッドタウンやショッピングモールというものを産み出したように、IT技術やソーシャルメディア、スマートフォンの普及が、都市の骨格を変え、ひいては不動産価格や街の景観、ライフスタイルや働き方、企業の組織構造にもゆっくりではあるものの確実に影響を与えていくでしょう』という具合に、今私たちはそんな変化の中に晒されている。これから、どんな風に都市の景観やライフスタイルが変わっていくのかを見ることは、こんなに楽しいことはない。

 そんな時に『新規サービスに対して、「こんなの本物の○○ではない。オモチャだ」と言いたくなったら、自分の脳味噌が陳腐化しており、自分自身が「抵抗勢力」の「守旧派」になっていることを疑いましょう』ということだ。

 さて田端氏は有料メルマガについて面白い発言をしている。

『定期購読かつPUSHモデルであり、読者は主体的に「止める」ことを選択しないと、ずっと課金が継続する』と、つまりこれは最近話題になった「有料メルマガを読んでいるんだけれど、最近1ヶ月ほど更新がないのは何故だ?」という問題を予言していたのであった。『この「放っておけば課金が続く」という状態を作り出すことで、せっかく押させた「購読ボタン」1クリックの価値を極大化する戦術は、「怠惰」という人間本来の性質に裏打ちされている意味で、私は極めて有効なビジネスモデル基盤だと思っています』

『コンテンツに課金するうえで、決定的に重要なカギとなるのはコンテンツの「品質」それ自体ではなく、コンテンツ制作者が個人として持っている「信頼」と「影響力」だからです。(岡田斗司夫氏は、この「信頼」と「影響力」を合わせて「評価資本」と称しました)』

『本書を読み、新規メディアの立ち上げ人になろうという皆さんにおかれては、自分はメディア人として、ビジネスパーソンとして、ある分野において信頼され影響力を持っている「個人型メディア」とどのように関わるか? そこで披露される知見と自分たちをどのように差別化するのか? あるいは個人型メディアを運営しているようなパワフルな有力者をサポートする側に回るのか? いっそのこと自らが「個人的メディア」を起こしてしまううのか? こういう問いについても、真剣に考えることをオススメします』

 ということで、このブログを立ち上げたんだが……、はたしてそれはうまくいっているのか?

 

 

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