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2013年1月

2013年1月31日 (木)

Fitbit weekly progress report from Jan.21 to Jan.27

Hi mxl01056, here are your weekly stats.
1/21/2013 to 1/27/2013
WEEK'S MOST ACTIVE DAY
Mon, Jan 21
WEEK'S LEAST ACTIVE DAY
Wed, Jan 23
TOTAL STEPS
43,551
DAILY AVERAGE
6,222 steps
BEST DAY
9,311 steps
TOTAL DISTANCE
31.27 km
DAILY AVERAGE
4.47 km
BEST DAY
6.69 km
TOTAL FLOORS CLIMBED
83
DAILY AVERAGE
12 floors
BEST DAY
16 floors
TOTAL CALS BURNED
16,161
DAILY AVERAGE
2,309 cals
BEST DAY
2,460 cals
WEIGHT CHANGE
0.1 kg
LIGHTEST
92.0 kg
HEAVIEST
92.2 kg
AVG SLEEP DURATION
6 hrs 51 min
AVG TIMES AWAKENED
3
AVG TIME TO FALL ASLEEP
0hrs 7min

Last week's step winners

1 mxl01056
43,551 steps
See current leaderboard

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『バカに民主主義は無理なのか?』って、当たり前じゃないか

 無理なのである。とくに我が国では……。

 であるから我々は次善の策を探さなければならないのである。

『バカに民主主義は無理なのか?』(長山靖生著/光文社新書/2013年1月20日刊)

 この日本における民主主義はほとんど瀕死状態である。

『近年、日本の政治も経済も、何度か「大きな曲がり角」を迎えている。――そう言われ続けていて、たしかに何度も曲がり角を曲がって、いつまで経っても大通りに出られずにいる。堂々巡りどころか、ぐるぐる回る「きりもみ状態」で墜落しているようなものである。
 現代の政治不信は、特定の政治家や政党、あるいは政策を手直しすればよくなるというレベルを超えて、現行の政治システム自体への不信感にまで達しつつある。
 それは、「私たちの政治」だと思われていた「民主主義」体制そのものへの失望が広がっているということだ。
「今までがダメだったから、別の政党、別のタイプの候補者に……」という動きはあるが、どの候補もどの政党も似たり寄ったりで、たいした違いがないことも、ほぼわかってしまった。
 ポピュリズムは危険だし、エリート主義は鼻持ちならない。世襲は非民主的だというし、成り上がり志向の自信家・野心家は論外――とメディアはいう。しかし現実問題として、それ以外に、どういう人間が政治家になっているのだろうか。
 けっきょくのところ、民主主義はもうダメなのか』

 というのが長山氏が本書を書いた理由なのだが、その結論としては;

『民主主義にいいところがあるとしたら、それはこの制度が、「われわれが生きている世の中は理想的ではない」ことがわかりやすいところだと思う。
 民主国家を運営しているのは、哲人王のような完璧な存在ではなく、われわれ程度にバカな人間だ。「バカが選挙権を持っていいのか」という課題以上に深刻なのは、「バカが政治家をしていいのか」であろう。有権者に資格試験がないように、政治家にも、資格試験はないのである』

 ということ。

 つまり民主主義自体が完璧なものではなく、欠陥が沢山ある制度なのである。

 そんな欠陥が沢山ある制度だからこそ、我々は大事にしなければいけない。常に関心を持ち監視を怠らず、常に検証を怠らず、自らのアタマで考えて次善の策を練らなければならない。決して、政治家に任せておけば大丈夫なんてことは一切考えずに、あっちの政党が駄目だから今度はこっちの政党に投票するなんてバカなことをせずに、政治家が何を考え何をしようとしているのかを見ながら、おかしかればそれを追求し、変えさせなければならない。それをしないと、いつもいつも「あの政党に騙された」「あの政治家に騙された」と常に投票する政党を変えるおバカな有権者であるにとどまるだろう。2009年の民主党への投票者が2012年の自民党への投票者になってしまう、って一体あなたは何を考えてるんですか。

 更に例えば「手続き民主主義」の問題。

「民主主義は多数決である」ということはみんな知っている。じゃあ、始めから「課題を提出、即、多数決」でいいのかというと、そうではない。一つの課題を提出したら、その後、熟議を重ねて課題に対する修正を重ねて、その結果をすべての人間が受け入れる、というのが民主主義のあるべき姿であるだろう。ところが、政治家は自らの政党の議員を増やすことばかりを考え、提出した課題に対して熟議を重ねるどころか、ほとんど議せずして多数決。なので、ねじれ参議院で反対の結論が出てしまうと、衆議院は30日置けばいいとばかりに放置し、なんら議せずして法案を通してしまう。

 それこそ「手続き民主主義」であって、そんな民主主義ならば別に民主主義的にことを進めなくてもいいのである。はじめから多数決でやりゃあいいじゃないか。でも、それではあまりにも見え透いたやり方なので、なんか熟議をしたように振る舞うだけの劣化した政治家。しかし、彼を選んだのは私でありあなたであるのだ。

 こんなことを続けていては、我が国の民主主義というものは劣化するばかり。

 民主主義は完璧な政治制度ではない。というか、我々自身が完璧な存在でない以上、そんな我々が作っている政治制度が完璧であるはずもないわけである。思考停止した有権者が選ぶ思考停止した政治家、という構図こそが嫌われるべきであり、唾棄しなければならないことなのだ。

「見えないことは、ないことにして、いつの間にかそれを忘れ、失敗を繰り返す」というのが『失敗学』の畑村洋太郎氏のテーゼである。

 そんな失敗を繰り返しちゃいけないのである。

2013年1月30日 (水)

埋蔵文化財発掘調査に立ち会った

 現在、駒込にあるビルの建替えに立ち会っている。

 駒込と言えば六義園。六義園と言えば柳沢吉保ということで有名だが、その六義園の真ん前にあるビルだったのだが、そのビルを建替えているのである。

 建替えの前の解体は既に最終段階にきていて、あとはビルの土台になっていた地下杭を引き抜く作業を進めている状態。

2013_01_29_031_2こんな重機を使って、1本1本地下杭を引き抜いている。

 で、問題なのは解体に伴って、隣地を引き込んで新しいビルを作ろうとしていること。つまり、ビルそのものはもはやそんな地下杭を入れているので問題は起こりようもない。

 ところが隣地は一戸建ての木造家屋があった場所なので、もしかするとそこには遺構や出土品が出るかも、ということで埋蔵文化財の調査をしなければならなくなってしまった。

2013_01_28_035_2最初は30cm~50cmを掘って、まず明治時代の地層調査である。

2013_01_28_046_2その後、1m位掘って明治中期から江戸末期ころの状態を調べる。

2013_01_29_025_2で、最終的には2mまで掘って、関東ローム層が出てくるまで掘ると、江戸中期(元禄時代)あたりまでの状態がわかるということなんですね。

 掘った部分の真ん中辺、地面が黒くなっているところが人が歩いていた部分だそうです。ちょっと上の人がうずくまっている部分が、溝があったところ。

 要は、六義園は庭園、でその前の部分が柳沢邸があった部分で、この場所は殿様の居宅であった可能性が高い場所なのである。

2013_01_29_020_2で、出土品の一部がこれ。つまり柳沢吉保が使っていた(かも知れない)茶碗かお猪口か……ってところですね。

 う~む、柳沢吉保と言えば、五代将軍徳川綱吉に取り入って寵愛を受け、大老格まで上り詰めた人であり、一方、「江戸城松の廊下事件」では赤穂・浅野家のみのお家断絶という(片落ち)処分で「忠臣蔵事件」のきっかけになった人物である。これには裏があって、当時、税収難に陥っていた徳川幕府に対して、お取り潰しをした播州赤穂を将軍に献上したという話もある。

 まあ、そこまでして将軍に取り入りたかったのかね、という感じで江戸庶民の間で話は広がり、結局、「四十七士の忠義」という形での当時の江戸幕府に対する反乱の元になったという、言ってみれば「ゴマすり大老&政治家としてはトンデモ失格」の代表格なのだが、そんな柳沢家の屋敷のそばにというか真上にビルを(一部ですが)持っていたんだな、と思うことしきり。

 う~む、感慨。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 10-24 @Komagome (c)tsunoken

『ウェブを炎上させるイタい人たち』って結局はロスジェネ世代の恨み節ってことなのね

 ちょっとKindle版ばっかりの読書になってしまったら、紙の本がたまってしまったので、久々に「紙の本」(って面白い呼び方ですね)について書く。

 で、何でこんな前の本なのかということばのだが、実はイケダ・ハヤト氏のブログ「ihayato.書店」に『「炎上する技術」という本を企画したい』というエントリーがあって、その中でこの『ウェブを炎上させるイタい人たち』に言及する部分があって、興味を持ったという次第。

 中川淳一郎氏と言えば『ウェブはバカと暇人のもの』という好著があって、それは私がブログを始める前の本であって、ブログを始めた後に出た『今ウェブは退化中ですが、何か?』という本については書いたことがある。そのブログの中で『ウェブはバカ~』についても言及したのだが、その『ウェブはバカ~』と『今ウェブは~』の間に書いたのが、この『ウェブを炎上させるイタい人たち』だったわけだ。

 で、読んでみたら、中川淳一郎氏自身が属する、いわゆる「ロスジェネ」世代からの上下の世代に対する「恨み節」ってだけのことだたのである。

『ウェブを炎上させるイタい人たち――面妖なネット原理主義者の「いなし方」』(中川淳一郎著/宝島社新書/2010年2月24日刊)

 結局、ネット上で情報発信する本質とは何か、と言えば『すでにイケてる人が、その知名度と財力でさらに宣伝でき、ますます儲ける手段を手に入れた』というだけのことでしかないわけだ。そう有名人のためのメディアであるということね。

 だからこそ、中川氏は書く;

『だから、ネット上に自分のことを晒してメリットがある人は以下の人だけである。
①著名人 ※ただし超大物は除く
②ITに詳しいと思われたい人々
③自分のブログのアクセス数を伸ばしたい人
④ネット関連サービス従事者でネットをもっともっと使ってもらいたい人
⑤とにかく宣伝をしたい人
⑥現実世界で特に失うものもない人
⑦とにかく目立ちたい、自己顕示欲の強い人
⑧自己表現(笑)をとにかくしたい人
⑨誰かに見出してもらうべく、宝くじ並みに低い確率の博打に乗る覚悟がある人
⑩アフィリエイトや商品モニターでお小遣い稼ぎをしたい人(コンビニバイトよりはワリは良くないことを良しとする人
⑪とにかく寂しい人
⑫自分が一流だと信じたい一流になるきれない人
⑬とにかく暇な人』

 とね。

 で、ネットを炎上させるテクニックとしては;

『①上からものを言う、主張が見える
②頑張っている人をおちょくる、特定個人をバカにする
③既存マスコミが過熱報道していることに便乗する
④書き手の「顔」が見える
⑤反日的な発言をする
⑥誰かの手間をかけることをやる
⑦社会的コンセンサスなしに叩く
⑧強い調子の言葉を使う
⑨誰かが好きなものを批判・酷評する
⑩部外者が勝手に何かを言う
⑪強い立場にいる人が、あたかも弱者に擦り寄ったかのような発言をする
⑫自慢する
⑬ネットに対してネガティブな発言をする『』

 というものがあるそうだ。

 しかし、イケダ・ハヤト氏に言わせれば「炎上」なんて言ったって、それは実はごく一部の人たちが勝手に騒いでいるだけなんだから、「無視」すればそれで終わりってことなのである。

 つまり、中川淳一郎氏がことさら「炎上」に対し、センシティブなのは、多分中川氏自身が属するところの「ロスジェネ」世代が、「オヤジ」世代から与えられたネット環境というものに自ら振り回されている姿を見るからなのだ。

 結局、「オヤジ」世代から与えられた暇つぶしの道具に振り回されている「ロスジェネ」世代なのであった。オイオイ、そんなことしている間に、世の中はどんどん君たちに不利なように動いているんだぞ。ということで……。

 こちらも好著。

2013年1月29日 (火)

『限りなく透明に近いブルー』をモノクロで

『飛行機の音ではなかった。耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音だった。蠅よりも小さな虫は、目の前をしばらく旋回して暗い部屋の隅へと見えなくなった』

Img107_2

『レイ子は口を尖らせてオキナワを睨み皮紐で僕の左腕をきつく絞り上げた。左拳を握りしめると太い血管が浮き出る。アルコールで二、三度擦るとオキナワは濡れている針先を血管目がけて皮膚に沈めた。握りしめていた拳を開くとシリンダー内に黒っぽい僕の血が逆流してくる。ほらほらほら、と言いながらイキナワはスポイトを静かに押し、血と混じり合ったヘロインを一気に僕の中に入れた』

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『ボブの巨大なペニスをケイは喉の奥までくわえ込んだ』

Img121_2

『ニコマートのレンズに暗い空と太陽が小さく映っている。顔を映してみようと後に下がっていると、やって来たケイにぶつかった』


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『この写真を憶えているかい? “ナイアガラ”で最初に会った時、撮ったやつだよ。あの時俺達はアブサンを何杯飲めるか競争しただろう? 俺が3杯目の途中で店にいたオランダ人のヒッピーのライカを借りて写したんだ。リリーはこの写真の後、9杯目で倒れてしまったから憶えていないかも知れないなあ』

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『こんな小説を書いたからって、俺が変わっちゃってるだろうと思わないでくれ。俺はあの頃と変わってないから』

 今や福生に「米軍ハウス」なんてものは残っていない。はるか遠い昔の物語。

Leica M6 Elmarit 28mm/F2.8 Tri-X, Neopan 400 PRESTO @Fussa & Haijima (c)tsunoken

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『もう終わっている会社』にならないために心がけなければならないことは、遊ぶことだ

 まあ、一種の極論でもって鬼面人を驚かせて、自らの論を広めるという。なにしろ「もう終わっている会社に見られる現象」として、次の5つを挙げるのだ。

・コア事業にすべての経営資源を集中投下している会社
・中期経営計画(いわゆる中計)をしっかりつくる会社
・お客さまの声を聞け! と必死の会社
・新規事業など新しいプロジェクトを常に真面目に検討する会社
・あいまいさを許さない内部統制とコンプライアンスに一所懸命の会社

 って言うんだから、こりゃ殆どの日本企業にあてはまる? っていうか、要はもう日本企業は終わっているということか。

 だって「選択と集中の戦略」「中期経営計画の信奉」「顧客至上主義」がすべて間違っているっていうんだから、そらあんた、ムチャクチャでござりまするがな。って花菱アチャコかっての。なんて古いね私も。

 もうトシでござりまするがな。

『もう終わっている会社 本気の会社改革のすすめ』(古我知史著/ディスカバー・トゥエンティワン/2012年12月25日刊Kindle版も同時刊行)紙版・電子版同時刊行って偉い! ディスカバー・トゥエンティワン。

『誠に不謹慎で叱責を受けることを承知で言えば、東北は新たなパラダイムの挑戦地とすべきだ。
 都道府県を廃止し、州のような新たなひとつの行政区とし、24時間稼動の電子地方政府とする。
 高齢者のパソコンリテラシーを助ける若者による民間ベンチャーを支援する。
 アウトバーンの道路と鉄道の大動脈を再整備し、沿線にハブとなるポロス(都市国家のような人口密集地)を十ヵ所ほど創設する。
 海外からの移民を受け入れ、所得税や法人税は香港並みに下げる。
 元の所有地はすべてこのポリスの土地と交換、第一次産業の漁場や農場、そして第二次産業の研究や製造設備へは、ハブのスコープ(傘をイメージしていただきたい。傘を開いた真ん中がハブ、放射状に広がる傘の骨がスコープ)状に広がる交通網で通勤する。
 第三次産業は、ポリス内で生活者を大いに楽しませることで繁栄する』

 って、別に東北地方だけじゃなくて、全国的にも展開していただきたいプランである。まあ、そのための実験地としての東北ということなんだろうけれども。

 ニューヨークを中心とする金融資本主義を中心としたアングロサクソンの経営論は三つの原理主義に彩られていたと古我氏は分析する。

『ひとつ目、IT革命による標準経営主義(つまり、ITを使ってどこの会社も同じような効率的な事業運営をしようってこと)。

 ふたつ目、規制撤廃による市場原理主義(つまり、市場に会社の行動の良し悪しや会社の価値を自由に決めてもらおうってこと。

 そして最後に、ファイナンス偏重の利益最大主義化(つまり、会社や事業の定量的な評価を、たたき出す利益の額や伸張率で測り、その額や伸び率がさらに高くなるように事業だけではなく財務技術も動員して必死で生み出そうってこと』

 こうしたアングロサクソン的な考え方を日本はやめるべきだ、つまり『福沢諭吉の教示では、西洋の文物を導入する際には文明の外形ではなく文明の精神を摂取する必要があるということだったが、今回はアングロサクソンの外形でも精神でもなく、経験を摂取して、私たちなりに威風堂々とガラパゴス化しよう』という考え方である。

 そして、社員全員が同じ方向を向いて仕事をする日本のやり方を否定し、『たとえば、ゴアテックス素材で有名になったW.L.ゴアの10パーセントルール、世界的電気素材メーカーである3Mの15パーセントルール、グーグルの20パーセントルールが参考になる』として、社員がその勤務時間のそのパーセンテージの時間を現在の仕事以外のことをやっても良いというルールを設けたらという提案をする。

 要は、日本の総合商社が現在では全然オカネにならない事業を平気でやっていることによって、却ってその結果その事業がいつの間にかキャッシュ・カウになったりするように、一見無駄なように見える事・物こそが将来大きく変貌するかもしれないので、そんな事業を切ったり、無駄なことをする人を切ったりする「選択と集中」は意味がないということなのだろう。

 それからすると出版社の仕事なんて、そんなグーグルの20パーセントルールどころじゃないユルさである。でも、そんなユルさが新しい企画の元になったりするわけだから、これも無視できないということなのだ。

 ところが、最近そんな余裕もなくなってきたのか、某・講談社あたりはなんか夢中になって目前の仕事をやっている人が増えてきているようだ。

 実は、それが低迷の原因なのにね。

2013年1月28日 (月)

新宿有景

 昨日書いた池袋に比較して、新宿は私の好きな街である。

 大学がお茶の水にあり麹町でアルバイトをしていた私は新宿にちょくちょく通った。

 特に好きなのは紀伊國屋書店裏の昔のピットインがあった場所や、大島渚や若松孝二の映画をよくみた新宿文化と蠍座(現在の角川シネマ新宿)あたりか。

 その後、サラリーマンになってからは新宿末広亭近辺や2丁目あたりのバーなどによく行くようになる。

Img063_2ご存知、紀伊國屋書店

Img031_2_2摸索舎も場所は変わったけれども健在

Img056_2打ち合わせでよく行った池林坊

Img051_2こちらのバーburaは若松孝二氏がよく若い人を連れて飲んでいた

Img021_2

 新宿の好きなところは、街の持つ「政治性」なのである。

 そこが池袋とは大いに異なる部分なのである。

Leica M6 Elmarit 28mm/F2.8 Tri X @Shinjuku (c)tsunoken

『ted』を楽しむためには、いろいろ勉強しなきゃね

 まあ、実にお下品な映画であるが、しかし、それなりに1980年代の映画に関する知識が必要なんだよな。何せ、タイトルバックから『E.T.』ですからね。

 ということで、ネタバレ多々です。気になる方は以下を読まないように。

『TED』(監督:セス・マクファーレン/脚本:セス・マクファーレン、アレック・サルキン、ウェルズリー・ワイルド/製作:スコット・ステューバー、セス・マクファーレン、ジョン・ジェイコブス、ジェイソン・クラーク/ヴィジュアル・エフェクト・スーパーバイザー:ブライアー・クラーク/製作:ユニバーサル)

1(c)2012 Universal Studio

 しかし、何で主人公のジョンとクマのぬいぐるみテッドのお気に入りが『フラッシュ・ゴードン』なんだ、あんなクソ映画。本当に「テディ・ファッキン・ベアー」だよ。

 というか、監督のセス・マクファーレンは元々アニメ・クリエイターなわけだが、何故アニメーターが作った映画って、何でこんなにオタク臭に溢れているんだろうか。オタクだからアニメを作ったのか、アニメだからオタクになったのか?

 しかし、吹替え版だったらそれでもいいが、字幕版で「くまモン」「ガチャピン」「星一徹」はないだろう。そんな台詞をテッドは喋っていないのである。本来は「くまモン」は「Teddy Ruxpin」だし、「ガチャピン」は「T.J.HOOKER」だし、「星一徹」は「Joan Crawford」なのである。そんなんじゃ分からない、ということでそんな字幕を作ったんだろうが、しかし、それでは「ちゃんとした字幕」とは言えないんじゃないか? まあ、吹替え版ならその程度の観客相手なのでどんな翻訳をしてもよいが、字幕版の基本は英語で話しているのをそのまま聞くことが前提なのである。そんな英語で話している・聞いている映画の字幕に原語とまったく異なる言葉が書かれている画面を見ると、何故か違和感を覚えるのである。「Susan Boyle」は「デブ」とかに翻訳しないで、ちゃんと「スーザン・ボイル」という字幕をつけているんだから、その辺は原語に忠実な字幕を望む。

 その他はとにかく1980年代テイストに溢れている作品なのだが、しかしそれもどちらかというとB級テイストだ。特に面白いのはかの超オタク監督クェンティン・タランティーノが愛してやまない超B級俳優ジョン・トラボルタが主演の超B級映画『サタディ・ナイト・フィーバー』と、リチャード・ギア主演のこれまた超B級青春映画『愛と青春の旅立ち』からのダンス・シーンのパクりだろう。ジョン(マーク・ウォールバーグ)とロリー(ミラ・クニス)のそれぞれの妄想と回想のシーンなのだが、その他、『トゥナイト・ショー』『トップガン』『007/オクトパシー』『きみに読む物語』『ナイトライダー』『チアーズ』『ブリジット・ジョーンズの日記』『エイリアン』などの映画やテレビ番組の引用やパクりに溢れていて、ついにはセス・マクファーレン自身のテレビ・アニメ『ファミリー・ガイ』まで使っている。

 更に昔は「しゃべるテディ・ベア」としてテレビ番組などに引っ張りだこだったテッドもすぐに視聴者から忘れされられることになったことについてはコリー・フェルドマン、フランキー・ムニッツ、ジャスティン・ビーバー、アーノルド坊や、などの「一発屋」を引用して語っている。まあ、その辺もアメリカには一杯あるネタですね。日本でも最近の芸人なんかには増えているが。

 しかし、このうだつの上がらないレンタカー屋の受付をやっている、踊りも下手だし超音痴でオタクの中年男(ジョン)に、なんでロリーみたいなイイ女が惚れるんだろう。まあ、だからこそ映画になるんだろうけれども、結局、一時は真っ二つに引き裂かれてしまうテッドもロリーの必死の手術(って言うんだろうか、あるいは裁縫?)によって蘇ってしまうのである。もっとも、これからも生き返ったテッドとジョンは以前と同じような生活をするんだろうし、だとするとその度にロリーは怒り心頭に達して、またまたジョンは家を追い出されてしまうんだろう。ま、そんな進歩しない関係が男女なんですね。

 しかし、私的に一番笑えたのはロリーが勤める広告会社のオーナー社長レックスがジョンに紹介する自慢のコレクションの数々。3000本安打のボッグスのバットに始まり、ジョー・ルイスのグローブ、ジョン・レノンの眼鏡ときて最後が「ランス・アームストロングのキン○○」というシーンだ。多分、映画製作時にはまだランスのドーピング告白はなかった筈だから、まだまだ相当な金額を支払ったのだろう。ドーピング告白をした後の現在なら幾らぐらいなのだろう? という興味が湧いてくる。

 という具合に、いろいろお楽しみがある『ted』なのであった。

2013年1月27日 (日)

池袋残像

 幼い頃、要町の近所に住んでいたことがあるし、長じて勤務した会社が有楽町線の護国寺駅前にあったことから池袋にはよく通ったものだが、何故かあまり池袋という街はあまり好きになれない街なのである。

2013_01_21_006_2

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 何故なのだろうか、池袋という街の政治性のなさなのか、それでいてやたら大きくなってしまった故なのだろうか。とにかく人が多く、おまけにそれが縦横に歩き回っていて、歩きにくい街No.1なのである。

 それが理由なのか?

Fujifilm X10 @Ikebukuro (c)tsunoken

『コンビニの戦士達』はここで終わっちゃダメなんだ

 幻夜軌跡氏の作品は他にも3作ほどあるようで、しかも皆Kindle版だけの出版だ。こういう新しく出てくる人たちの中から、新たなメディアの推進者が現れるのだろう。

『コンビニの戦士達』(幻夜軌跡著/のぎのぎ出版/2013年1月14日刊Kindle版のみ)

 作品自体は出てくるキャラクターが分かりやすくて、面白く読めるものである。

 登場するキャラクターは

若き店長:本部社員。研修のために直営店で店長をやる。24歳
マネージャー:本部社員。研修のために直営店でマネージャーをやる女性。23歳

<朝勤務 6時~9時>
普通:大学生
アニメオタク:大学生。アニメヒロインへ注ぐ愛情がハンパない男
パチプロ:フリーター。パチスロで生計を立てる
孤独:パート。子供達の家族と別居している独り身の女性。52歳

<昼から午後勤務 9時~13時、13時~17時>
パートリーダー:主婦。お店の精神的支柱。プロ意識が高い人
静寂:パート。主婦
サポーター:パート。独身女性。サッカー日本代表のサポーター。35歳

<夕方勤務 17時~22時>
アイドル:女子高生。お店のアイドル。心がとてもきれい。
巨乳:女子高生。声を出さない、体も動かさない、でも巨乳。
天下取り:フリーター。高卒2年目。お店で天下を狙う男。
人間嫌い:大学生。人と接するのが大嫌いな男。

<準夜勤務 22時~翌日の1時>
お坊ちゃん:大学生。甘やかされて育った。
男喰い:女子大生。何股もかけられるスキルを持つ。
バイトリーダー:大学生。人に優しく自分に甘い。男喰いに夢中な男。
バックレ:後輩。一生懸命まじめに仕事をやる男だったのに。

<深夜勤務 零時~6時>
守護神:大学生。お店の守護神。人がいない時はいつでもかけつける男。
不死鳥:お店の不死鳥。どれだけバックレても、クビにならずに戻ってくる男。
留年:大学生。留年間近な男。
ドスケベ:健全なエロ道を貫く男。悪い事はしない。

そして「俺」:大学3年生。

 多分人が良さそうな「俺」はバックレがバックレたので、その代わりにバックレのシフトに入ることから、このコンビニチェーン「ヘルマート」の全容を知ることになるのだった。

 コンビニチェーン本部はどうやって儲けているのか、金がたいしてないのにコンビニを始めるオーナー店長は如何に本部から不利な条件で出店し、決して儲かりはしないの店長をやめるわけにはいかないのか、地主とか個人経営で儲かっている会社の税金対策で出店する店は如何に儲けることができるのか、などのコンビニチェーン本部の儲ける仕組みはよくわかった。

 若き店長が威張りくさっても、バイトをしながら企業のインターンのスケジュールを気にする「俺」が、若き店長より「いい会社」に内定でもしてしまったら、この若き店長は途端に卑屈になる奴なんだろうな、と考えたり。何せ『一流企業で勤めている事も、俺が店長であることも、本部社員である事も女を釣るいい餌なんだよ。分かるか? うちのコンビニチェーンで働いている社員は、同じ女性社員やうちのコンビニのスタッフに手を出すのだけが楽しみなんだよ』なんてことを言う最低の男なんだもんな、この若き店長はね。

「ゴミ箱に頭を突っ込んで吠える男」とか「店内でおしっこをしてしまうパジャマおばさん」とか「うんこブリーフ男」とか、変な客も意外と実際にはあったりする東京という街なんだろうな、とか、いろいろ楽しんで読んでいるのだが。

 お話は『ガテン系の格好をした男性がATMの機械を仕事道具だろうレンチで殴りつけている』というところでお話は突然;

『コンビニを襲う百鬼夜行。
迎え撃つは一騎当千の兵達。
されど、密閉されれば蠱毒壺の運命。
ただ違うのは、絶えず壺に補充され続けるということ。
コンビニは永久不滅。
店内に出ると、守護神がこちらを向いた。
俺は苦笑いを浮かべる。
さて、誰が生き残るんだろうか。
これからまた新しい一週間が始まる』

 と終わってしまう。

 えっ? ここまではすべて設定話。ストーリーはこれから始まるんじゃないの? という残された疑問のみ。

 されども、「続く」とか「予告」もなし。

 絶対後がある話なんだけれどもなあ。

 どうしちゃうんだろう?

2013年1月26日 (土)

偽ルポルタージュ『1997③ソフィアの冬』

『ソフィアの冬』と言っても、これは1997年4月の撮影であるから冬ではない、日本的に言えば、春である。

 とは言うものの、東京なんかに比べたら春でもかなり寒いのは標高が高いから。つまり、下の写真、ヴィトシャ山の麓にあるのがソフィアの街なのである。標高約600メートル、八王子位の高さなかな。ソフィアの4月の最低気温は-10.4度、平均最低気温は4.9度、日平均気温は10.4度だから、東京の2月頃の気温と同じなのだ。

 つまり、ソフィアはまだこの時期は冬なのである。春がなくて夏になる、秋がなくて冬になるという典型的な大陸性気候の街なんだな。

Img300_2ブルガリア国立放送(BNT)の前庭から見たブルガリアの象徴、ヴィトシャ山の残雪

Img040_2カジノの前にはまだ雪が残っている

Img044_2ここにも残雪がある

Img086_2まだまだ寒いですね

Img024_2ソフィア国際空港出発ロビー(旧ターマイナル)この程度の行き先表示版で済んだんだから、まだまだ解放は進んでいなかった1997年当時だったのだろう

 ソ連支配時代の象徴であるキリル文字と英語アルファベットが混在する1997年のソフィアから脱出したのは、同年4月19日であった。

 別に『寒い国からきたスパイ』を演じたり、任じたりした訳ではないけれどもね。

Nikon F4, Nikon New FM2 Ai nikkor 35-70 Fuji RDPII @Sofia, Bulgaria (c)tsunoken

『もりぞお世界一周 01.日本&インドネシア旅立編』は実にKindleな本だ

 Kindle版のみ99円という安さで思わず飛びついてしまったのである。

『ビジネスクラスのバックパッカー もりぞお世界一周 01.日本&インドネシア旅立編』(森山たつを/Kindle版/2013年1月16日刊)

 著者の「もりぞお」(森口たつを)氏は日本で唯一の「海外就職研究家」であるそうな。

 早稲田大学を卒業後、日本オラクルに7年、日産自動車に2年勤務した後、突如会社を辞めてビジネスクラスで2008年8月から2009年7月まで、1年間世界一周バックパック旅行をしたという経歴の持ち主。

 もりぞお氏の『ビジネスクラスのバックパッカー もりぞお世界一周』シリーズは、現在『01.日本、インドネシア旅立編』の他、『05.キューバ驚愕編』『10.ブラジル胸騒ぎ編』『13.チベット郷愁編』がKindle版で出ていて、多分この後にも何編も出てくるのだろう。その他、もりぞお名義で『はじめてのアジア海外就職』という本がさんこう社というところから出ていて、森口たつを名義で『アジア就職読本』というのが翔泳社の紙版とKindle版で出ている。まあ、どちらかというとKindle時代が生み出した著者の一人と言っていいだろう。

 で、もりぞお氏の世界一周とは数字で言うと「270泊273日/行った国の数28ヶ国/滞在した都市92都市/移動手段は飛行機54(うちビジネスクラス14)/バス48/船9/電車8/かかった金額は世界一周航空券ビジネスクラス約80万円(エコノミーなら約40万円)を含めて300万円から400万円の間」ということなのである。1年間の金額といえば随分安い。

 ちょっとびっくりしたのは意外と安い「世界一周航空券」なのである。勿論、後戻りできないとか、ダブって乗ることはできないなどの制約があることはあるのだが、そこは別に払ってもいい訳だから、基本とする運賃としてはかなり安いのだ。

 昔、カンヌに出張に行った際に、グランクフルトから日本に帰国する予定が、突然ニューヨークに行き先変更になり、今はなきパンアメリカンの001便という、サンフランシスコから西回りでフランクフルト~ロンドン~ニューヨーク行きの世界一周便に乗った事を思い出してしまった。ニューヨークから先は成田行きの直行便に乗ったわけだから、これも言わば世界一周と言えるのであるが、あの時はいくらかかっただろうか。多分、航空券だけでも100万円以上かかったのではないか。宿泊費や食事代なんかも含めると2週間位で200万位はかかった筈である。

 それから比べると、300万円から400万円で世界一周というのは、多分、途中の宿泊費はかなり安いところで済ませたんだろうけれども、でもネット環境のあるホテルが多かったようだし、いろいろ遊んでもいるわけで、航空券を含めた1年間の生活費と考えてもメチャクチャ安い金額である。

 ここにも、「レールを外れた生き方」があるのである。

『「勉強して、いい大学に入って、大企業の正社員になって働く」日本の社会には、そんな人生の「レール」が存在しています。この「レール」が格差の大きな要因となっていると思います。レールの上と下での賃金格差は広がるばかり。また、レールの上の人が、下の人に支払う賃金をおさえるために作られた制度なんてものが、いくつもいくつも思い浮かびます。
 とはいえ、「レール」の上の人が幸せかというと、そうでもない。「レール」から落ないために、会社に言われるがままに過剰労働し、心や身体を壊し、時に死に至ることもあります。
「レール」の下には、格差に置いて行かれるリスクが、「レール」の上には、振り落とされないために、命を削るリスクが。
 せっかく世界屈指のリッチで治安がいい国なのに、幸せそうじゃない人が多い理由はこんなところから来ているのではないでしょうか。こんな、日本人の生活を、自ら「レール」から下りた上で、別の国の生活と比べながら、幸せなのかなんなのか、ゆっくり考えてみたいのです』

 というのが旅に出る理由なのだ。

 もりぞお氏はインドネシアという国について書く。

『人口あり(しかも若い)、国土広い、資源ありという状況なので、この周りの国が活況という条件下では当然のごとく経済成長著しく、2008年以外は年に4~6%の高い伸びを示しています』

 当然そんな国の青年たちは今は貧しいが、彼らには可能性という大きな夢がある。日本の戦後すぐの頃のようなものなのだろうか、そんな夢をもったアジアの国々の可能性を信じて旅する人たちは羨ましい。

 私も今まではアメリカやヨーロッパばかり見てきて旅してきたが、これからはアジアだな。物価も安いし、最近は英語も通じるようだし。

 じゃあ、もりぞお氏の世界一周紀行の他のアジア編も、読んでみようかな。

2013年1月25日 (金)

偽ルポルタージュ『1997②ソフィアの秋』

『ソフィアの秋』という五木寛之の小説は1969年に発表されたもので、『さらばモスクワ愚連隊』などと同じような、旧共産圏の話である。

 つまり基本的には「暗い話」なのである。

Img238_2ソフィアの地下協会

Img053_2ある建物の半地下にあった墓標群

 東京の私立大学でロシア文学を学んでいる学生(早稲田大学露文科中退の五木寛之氏自身がモデル)が、毎日屯している喫茶店で、友人から聞いたブルガリアの「イコン」(聖像)の話。ロシアやブルガリアにはそんなイコンがごろごろあって、それを持って帰れば高い金で売れ大金持ちになれるという話を聞き、喫茶店の主人から金を借りた主人公はソフィアに赴く。イコンを手に入れた主人公だが、ブルガリアから出国しようという時に、山越えで雪にあってしまい、寒さのあまりイコンを燃やしてしまうというお話しである。

 なぜか、私はそんな話を読みながら、話のバックグラウンドは暗い旧共産圏の話なのであるが、なんか妙に明るい話のように読んだ記憶がある。
Img199_2「イコン」ではないが、アレクサンドル・ネフスキー聖堂の中の聖像

 五木寛之氏からこの『ソフィアの秋』の映画化権を、取り敢えず口約束で得たある映画プロデューサーは、主人公をアメリカの大学生の話にして映画化できないかという話を私にした。

 しかし、もはや民主化したブルガリアである。五木寛之氏の小説では「ちょっと行けない場所」という設定でソフィアという日本人からはちょっと神秘的で素敵な街というイメージで捉えていたのであるが、最早、西側に対する鎖国を解いてしまった国で、どれだけ「神秘的で素敵な街」を表現できるだろうか、というのが映画化のネックでもあった。

 もうモスクワ経由でなくても、フランクフルトでもパリでも(私はカンヌ→チューリッヒ経由でソフィアに入った)、どこからでも行けてしまうのである。山越えなんかしなくてもブルガリアから出られるのである。
Img394_2ソフィアの下町風景

Img333_2なにか旧共産圏時代を思わせるスミノフ・ウォッカの看板である

 1997年のソフィアはまだまだ旧共産圏の匂いが残っていた街だったが、今はどうなっているのだろう。

 久しぶりに行きたくなった。

Nikon F4, Nikon New FM2 Ai Nikkor 35-70 Fuji RDPII @Sofia, Bulgaria (c)tsunoken

『検察崩壊』は平成日本の象徴のような事件かもしれない

 まあ、要は「権力は腐敗する」というまさにそのとおりのことが検察に起きた、ということなのだ。

『検察崩壊 失われた正義』’郷原信郎著/毎日新聞社/2012年8月 日刊/Kindle版2012年12月30日刊)Kindle版だと661円安い! 毎日新聞、偉い!

 多分「小沢一郎事件」なるものは、検察による有能な政治家を抹殺しようというクーデターなのである。

 1936年(昭和11年)の「2.26事件」は国家社会主義者・北一輝の『日本改造法案大綱』の影響を受けた陸軍青年将校が、政治家と財閥の癒着による政治腐敗や大恐慌からくる深刻な不況を打破しようと、「昭和維新」「尊皇討奸」を訴えた政治目的にクーデターであった。ところが「小沢一郎事件」は、2009年(平成21年)に民主党が衆院選で自民党・公明党連合に対し圧倒的な勝利を収め政権交代を実現し、その後、鳩山由紀夫首相が普天間基地移転問題で中途半端な姿勢を見せて、鳩山の次の首相レースで小沢一郎が有力視された時期に「市民団体の政治資金規制法違反容疑で告発」したことによって、にわかに巻き起こった事件なのである。

 こうなると1月10日に書いたブログの『アメリカに潰された政治家たち』 を思い起こさせるのであるが、まさしく裏でCIAでも動いていたんじゃないかという事を想像させるタイミングである。

 しかし、恩師・田中角栄の忠実な部下であった小沢一郎がそんな「金がらみ」の問題で尻尾を掴まれるような政治家ではないことは当たり前であって、政治資金規制法であれ、闇献金の問題であれ、小沢自身が起訴されることは始めから無理筋であることは分っていた。小沢一郎が「一種の金権政治家」であることは、皆認識していたが、だからと言ってそんな「金まみれ」の尻尾を掴まれるような政治家でもないことも皆知っていたはずなのである。多分それは検察自身も分っていたのだろう。そこで、検察は自ら起訴することはせずに検察審議会なる素人集団に起訴相当・不起訴不当の訴えを起こさせることにしたのだろう。まさに「検察の対面」だけの政治活動なのである。

『鈴木宗男さんみたいに徹底的にやってると、こっちもやってやれないことはないからね、なんでも事件にできちゃう』という田代検事の発言など、完璧に事件を政治化することに対する開き直りのような姿勢を感じるのである。

 ところが、こんな検察の動きに対し、メディア側が完璧にスクラムを組んで応援することになった。多分、メディアで検察の動きを批判していたのは『日刊ゲンダイ』だけであり、その他のメディアはすべて小沢批判に回った。そんなに小沢の動き、小沢の政治が怖かったのであろうか。

 小沢一郎の「対米追随批判」、「国連主義」「アジア主義」は有名だし、実は元の親分がそれを元手に権勢を振るった「電波法」を、子分の小沢が見直して地方局の既得権益や新聞などのメディアが持つ既得権益に手をつけようとした問題。あるいは、本当に小沢一郎なら師匠と同じく官僚政治を打破してしまうかもしれないという、公務員側からの反発。もしかしたら、本当に「沖縄からの米軍基地撤退」が実現してしまうかも知れない、という政治家たちの恐怖。などなど、小沢追い落としの理由はいくらでもあった訳だ。

 そんな検察・メディアスクラムの中にあったからこそ、小川敏夫元法政大臣の小沢事件担当検察に対する「指揮権発動」を恐れた野田佳彦首相による法相罷免という問題があったのだろう。そんな意味では、野田も検察幹部と同罪である。

 結局、小沢一郎は予想通り無罪になってしまうわけであるが、それでも小沢一郎がこれまでの政治家人生の中で、唯一首相になる可能性のあった時期に、政治活動をできなくさせてしまった検察・野田の思惑通りにはなったわけである。ところが、その結果「決められない政治」という問題に陥ってしまった野田政権は昨年末の総選挙で負けることになったしまい、自民・公明連合に再び政権を譲ることになってしまった。まあ、いわば自業自得であったわけで、同時に日本は数少ない戦後政治のアメリカ離れの機会を失ってしまったのである。

 しかし「小沢一郎事件」はまだ終わっているわけではない。

 八木啓代代表が率いる「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」による、笠間検事総長以下、最高検・東京高検・東京地検の6幹部による(田代検事の)犯人隠避の刑事告発は昨年7月17日に不起訴の処分がなされたが、その後も今度は検察審議会への告発ということで継続している。

 今やウィキリークスではないが「隠している情報はかならず公開される」というのがネット時代の常識である。それでも、公開された情報をあたかもまだ公開されていなように振る舞い、公開を拒否する検察に対して、八木氏は『砂嵐を避けるのに、砂に頭を突っ込んだ駝鳥みたいですね』と笑い飛ばすのだが、そんな「現実を見ない」公務員やビジネスマンが沢山いる我が国である。

 もう一度、敗戦後のような状態になって出直すしかないのかも知れない。

 

 

2013年1月24日 (木)

偽ルポルタージュ『1997①ソフィアの春』

 1997年4月18日、私はある密命を帯びて、ブルガリアはソフィア国際空港に降り立ったのである。

Img215_2多分、ソフィアで一番有名な建造物アレクサンドル・ネフスキー大聖堂

 なーんて事を書くとまるで私がCIAかMI6のエージェントであるかのようだが、別にそんなことは全然なくて、ある映画プロデューサーの話を聞いて、そうか『ソフィアの秋』というわけで、カンヌで開催された映像の見本市MIP-tvに出張の後に、ソフィアに立ち寄ったというわけなのである。
Img421_2旧共産党本部である。もはやブルガリア共産党はないので、赤旗はない

Img169_2ミリタリー・クラブ

 ブルガリアと言えば、旧共産圏である、ワルシャワ条約機構である、元鉄のカーテンである。旧共産圏では割と穏健にソ連に従っていた国であるはず。確かに1990年にはブルガリア人民共和国はなくなり、ブルガリア共和国となってはいたものの、社会主義時代に遅れに遅れた経済はまさに予想したとおりで、ソフィア「国際空港」と言っても、滑走路や空港自体はものすごく広く、まさに共産党一党支配におけるある種の軍事施設という感じはすこぶる付きなのであるが、空港ターミナルはまるで日本の田舎の駅という感じで小さな駅舎があるだけの有様であったし、国際空港から街にタクシーで入ると、公害対策も出来ていない街はまるでスモッグだらけで、目が痛くなるほどだった。

 そう言えば、空港ターミナルでたかだか300ドル位を両替したら、ものすごい量の札束(レフ、レヴァというブルガリア通貨)を渡されてアタフタした思い出がある。つまり、民主化したことでとんでもないインフレーションに陥っていたのである。その後デノミネーションを実施したそうなので、今やそんなインフレ状態ではないだろうが。

 そんなソフィアの街をカメラを持ってブラブラ歩き、旧共産党本部やらミリタリー・クラブなんかを写し回っていた私は、突然、武装警官から誰何される。すわっ秘密警察か、まだまだソ連時代の伝統は残っていたのか、シベリア送りか、とも考えたのだが、しかし、こんなトンマな顔をしたスパイもいないだろうしおかしいな。いやいや、本物のスパイは私のようなトンマ面をしていなければならない筈だ。何故なら、本当のスパイ面をしたスパイなんかがいたら、正しく顔に「私はスパイです」って書いてあるようなもんじゃないか。ということで私のトンマ面を見て、この秘密警察官は私こそ優秀なスパイだと睨んで職務質問をした訳なのだろう。

 と思ったら、パスポート提示を求められて、「ハイ、ドーゾ。行ってください」だって。

 なんだ、肩透かし食わせやがって。

 とちょっと怒り気味に、ブルガリア独特のチーズを載せたラキアを飲みに行くのであった。

Img259_2何でこんなに警官が屯しているんだ怪しからん
Img121_2街を走っているクルマの大半はトランバントやフィアットなのだが、何故か、パトカーはベンツ(190クラスだけどね)

Nikon F4 Ai Nikkor 35-70 Fuji RDPII @Sofia, Bulgaria 1997 (c)tsunoken

 

『勝ち続ける意志力』のスゴさはどの世界でも共通することなのだ

 プロ・ゲーマーというのが本当に存在するということは不勉強にして知らなかった。プロ・ゲーマーというと、押井守の実写映画『アヴァロン』の主人公アッシュ位しか知らなかった私は、現実にそんな人がいるということを教えてくれた本でもある。

 で、著者・梅原大吾氏が言っていることは『ただ一度勝つことと、勝ち続けることの差は大きい』ということ。

『「99.9%の人間は勝ち続けられない」
 自分の言葉ながら大袈裟だとは思うが、勝ち続けるのはそれくらい難しい』というのだからね。

『勝ち続ける意志力 世界一プロゲーマーの「仕事術」』(梅原大吾著/小学館101新書/20120年4月2日刊/Kindle版2012年10月26日刊)ちょっとこの紙版とKindle版の間がなあ……。何で半年も?

 しかし;

『ビジネスの世界で言えば、改良品を生み出し続けるエネルギーとか、今まで商品化されていなかったが、確実にニーズがあるものを形にし続けるアイデア力とか、誰も気づかなかい隙間を突くようなマーケティング方法を開発し続ける力の方が、過去に一度だけ生み出した商品・戦略そのものよりも価値があるのではないだろうか』

 とか

『僕にとっての正しい努力は。それはズバリ、変化することだ。
 昨日と同じ自分でいない――。
 そんな意識が自分を成長させてくれる。
 ゲームの世界においては、変化なくしては成長はない』

『とにかく、大事なのは変わり続けることだ。
 良くなるか悪くなるか、そこまでは誰にもわからない。しかし経験から言うと、ただ変え続けるだけで、最終的にいまより必ず高みに登ることができる』

『築き上げたものに固執する人は結局、自分を成長させるということに対する優先順位が低いのだと思う。新しいことに挑戦する意欲も薄ければ、何かを生み出す創造性も逞しくないのだろう』

『常に激しい競争に身を晒していなければ、勝ち続ける力は摩耗し、劣化してしまうだろう』

『新しいものを否定しないこと。そして、新しいものから素直に学ぶ姿勢を忘れないこと。
 年齢を重ね、経験を積み、ある程度のポジションを手にすると、実際にそのふたつを心掛けるのがいかに難しいかが分かる。年齢や経験を重ねるほど、どうしても自分の都合で物事を考えようとしてしまう。以前はこうだった、これが常識だ、そんなことはあり得ない、などといった既成概念に縛られ、偏見や固定観念を捨てられない』

 などと言っているのを読むと、なんかそれはゲームの世界じゃなくても、クリエイティブな世界でも、ビジネスの世界でも同じなのではないだろうか、という気になってくる。

 つまり、常に「変化」を追い、自ら「変化」していく勇気を持つこと、これまでに築き上げてきたものを捨て去る勇気を持つこと、新しいものから学ぼうという勇気を持つことだ。一時でも立ち止まってはいけない。立ち止まった時に成長はなくなり、陳腐化が始まる。一度、陳腐化してしまうと、もはやその人物は単なる昔語りのつまらない大人になってしまうし、その企業は伸びることはないだろうし、そんな社会は下降していくだけだ。まるで1990年以降、勝負の世界に負け続けている、日本と日本企業と日本人みたいに。

 しかし、これは辛いよなあ。

『一番の人間は逃げられない、絶対に逃げてはいけないと思った。頂点に立っていない2番、3番、4番の人間はうまく立ち回ってもいい。しかし、頂点を極めた人間は高みで構えて、挑戦者を受け止めなければいけない。いつ何時でも正々堂々と勝負に応じる。そうでなければ一番になる資格はないと思った』

 って、これは相撲の横綱の考え方ですね。とにかく下位力士からの挑戦はすべて受けなければならない。負けた時は引退しか残された道はない。というまさに不退転の考え方。

 でも、一方それだけゲームが好きなんだろうなあ。

 

 

 

2013年1月23日 (水)

Weekly progress report from Fitbit, from Jan.14 to Jan.20.

Hi mxl01056, here are your weekly stats.
1/14/2013 to 1/20/2013
WEEK'S MOST ACTIVE DAY
Sun, Jan 20
WEEK'S LEAST ACTIVE DAY
Sat, Jan 19
TOTAL STEPS
58,842
DAILY AVERAGE
8,406 steps
BEST DAY
12,705 steps
TOTAL DISTANCE
42.25 km
DAILY AVERAGE
6.04 km
BEST DAY
9.12 km
TOTAL FLOORS CLIMBED
113
DAILY AVERAGE
16 floors
BEST DAY
26 floors
TOTAL CALS BURNED
17,176
DAILY AVERAGE
2,454 cals
BEST DAY
2,711 cals
WEIGHT CHANGE
1.1 kg
LIGHTEST
92.0 kg
HEAVIEST
93.3 kg
AVG SLEEP DURATION
7 hrs 22 min
AVG TIMES AWAKENED
1
AVG TIME TO FALL ASLEEP
0hrs 8min

Last week's step winners

1 mxl01056
58,842 steps
See current leaderboard

Last week's badges

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『学問のすすめ』は慶應義塾の宣伝パンフなのであった

 なにしろ岩波文庫版にある『合本学問之勧序』の書き出しがスゴい。

『本編は余が読書の余暇随時に記すところにして、明治五年二月第一編を初として、同九年十一月第十七編をもって終わり、発兌の全数、今日に至るまで凡そ七十万冊にして、そのうち初編は二十万冊に下らず、これに加うるに、前年は版権の法厳ならずして偽版の流行盛んなりしことなれば、その数もまた十数万なるべし。仮に初編の真偽版本を合して二十二万冊とすれば、これを日本の人口三千五百万に比例して、国民百六十名のうち一名は必ずこの本を読みたる者なり』

 というこの本がいかにベストセラーであるかを自慢する筆致たるや、凡そ他の例をしらない。まさに超自慢話から始まるのであった。

『学問のすすめ』(福沢諭吉著/岩波文庫/1942年12月21日刊/Kindle版/2008年1月14日刊)Kindle版は青空文庫なのでタダである。ただし『合本学問之勧序』は岩波文庫版じゃないと読めません。

 勿論;

『「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生まれながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第はなはだ明かなり。『実語教』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い心配する仕事はむつかしくて、手足を用いる力役はやすし。ゆえに、医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。
 身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々の者より見れば及ぶべからずようなれども、その本を尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺にいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勧めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり』

 という有名な初篇の書き出しはよく知っている。しかし、五編;

『わが輩今日慶應義塾にありて明治七年一月一日に逢えり。この年号はわが国独立の年号なり。この塾はわが社中独立の塾なり。独立の塾に居て独立の新年に逢うを得るはまた悦ばしからずや。けだしこれを得て悦ぶべきものは、これを失えば悲しみとなるべし。ゆえに今日悦ぶの時において他日悲しむの時あるのを忘るべからず』

『ひとりわが慶應義塾の社中はわずかにこの災難を免れて、数年独立の名を失わず、独立の塾にいて独立の気を養い、その期するところは全国の独立を維持するの一事にあり』

 などというものを読んでいると、なんだこれは慶應義塾の宣伝なのかと思ってしまう。

 ただし、慶應義塾自体は福沢諭吉の理想とも言うべき、国からも独立した私塾を目指したわけであるから、如何にも福沢諭吉の個人の発想からした理想が、慶應義塾の宣伝になってしまうのもやむを得ないか。

『商売勤めざるべからず、法律議せざるべからず、工業起こさざるべからず、農業勧めざるべからず、著書・訳術・新聞の出版、およそ文明の事件はことごとく取りてわが私有となし、国民の先をなして政府と相助け、官の力と私の力と互いに平均して一国全体の力を増し、かの薄弱なる独立を移して動かすべからざるの基礎に置き、外国と鋒を争いて毫も譲ることなく、今より数十の新年を経て、顧みて今月今日の有様を回想し、今日の独立を悦ばずしてかえってこれを憫笑するの勢いに至るは、豈一大快事ならずや』

 という部分にも私有の学校としての姿勢が感じられる。

 まあ、そんな学校の宣伝パンフレットがベストセラーになってしまうんだから、明治初期の日本の教養主義というか、文化レベルの高さを感じさせる。

 明治の人たちは偉かったんだな。

 

2013年1月22日 (火)

『ウェブでの<伝わる>文章の書き方』はあくまでも初心者向けの文書読本

 文章というものは「もの」や「こと」を人に伝えるために存在しているんだから、ウェブじゃなくてもウェブでも、「<伝わる>文章の書き方」というのは同じだと考えていたんだが……。

『ウェブでの<伝わる>文章の書き方』(岡本真著/講談社現代新書/2012年12月20日刊)

 というか、岡本氏の論点は、私が今書いているような「ブログ」などの文章ではなくて、もっと実用的な業務におけるウェブの文章について書いているようだ。だとしたら、それなりに「伝わりやすい」文章の書き方があるというのはよく分かる。

 ポイントとして岡本氏が上げるのは以下の6点である。

1.短文で書く
2.改行を入れる
3.箇条書きにする
4.リンクを用いる
5.画像を差し込む
6.変化を明示する

 確かに、この6点は別にウェブではなくても、仕事の報告書などを書く際にも言えるものであって、別に『ウェブでの<伝わる>文章の書き方』というだけではなくて、ごく普通の「業務で文章を書く際の基本」である。

 ところが、このブログなんかになると違うんだなあ。

 というか、私なんかはわざと分り難い表現をしたり、一文を長くしたり、箇条書きで書けば分かりやすいのに長々と文章で表したりする。つまり、それが「お知らせ文」と「表現としての文章」の違いなのである。

 岡本氏は株式会社教育開発研究所というところで教職員向けの雑誌の編集をして後、ヤフーに転職し、YAHOO!知恵袋などの企画を担当し、アカデミック・リソース・ガイド株式会社を設立している。アカデミック・リソース・ガイド社の業務は;

1.インターネットサービスの企画、開発、運用
2.インターネット活用の研修、コンサルティング
3.ウェブ技術に関わる産官学連携のコンサルティング、仲介
4.地域社会の活用化に関わるコンサルティング
5.前各号に附帯する執筆、出版、講演、講義
6.前各号に附帯する一切の事業

 というもので、主に学術研究のインターネット活用に関する研究が本職のようだ。つまり、岡本氏のいう「ウェブ」というのは、あくまでもネットの実用的な運用であって、私のブログのような実に「非実用的」な文章は問題外の外なのであった。うん、確かに岡本氏のようなネットの活用が本来のネットの活用であって、私のような文章はインターネットの世界のゴミみたいなものであるからな。

 とは言うものの;

 編集や校正の知識を身につけ、用字用語の統一や言葉の使い方の誤りを減らしましょう。

 という指摘はまったく当たっている。私の文章なんて「表記ゆれ」なんて当たり前に沢山あるし、書いている途中で内容が変化してしまうことなんかもいっぱいある。まあ、「表記ゆれ」なんてあまりいいもんじゃない。せめて用字用語の統一ぐらいは気をつけよう。

 しかし;

『そもそも、新聞や雑誌、本という媒体の場合、手にとったら読んでくれるだろうということが前提になっていましたし、写真やグラフが用いられることはあっても、あくまで情報の主体は文章だったからです。
 これに対し、ウェブの場合は、文章に目をとめてもらえないことがありますし、目にとめてもらっても読んでもらえるとは限りません。
 なぜなら、さまざまな要素のひとつとして文章があるというのが、ウェブにおける文章の位置づけです。図表はもとより、画像や映像がしばしば使われます。そして、ページでの色使いも多彩です』

 というのはあまり当たっていない。実際にはこのような紙媒体とウェブの違いというものはそんなにあるわけではなく、人に読んでもらうという意味では紙媒体もウェブもそんなに違いはないのだ。

 ということで、この本の立ち位置としてはあくまでも今まで文章を発表したことのない人に向けた、「よく伝わる文章」読本なのであった。

 まあ、確かにエッセイや小説の書き方なんて本で、本当に役に立つ本なんてないものな。

2013年1月21日 (月)

鶴巻温泉への旅

『鶴巻温泉への旅』と言ったって、新宿から小田急線の急行で1時間ちょっとで着いてしまう。小旅行というほどでもない極々小さな旅である。

2013_01_17_078_2小田急線の鶴巻温泉駅前も今やマンションが沢山建ってしまい、昔の何にもない小さな駅前ではない。いまや東京のベッドタウンである。しかし、日中はほとんど人通りもない、寂しい町という感じがする。

 私も30年くらい前に一度来たことがあって、その頃は「東京の奥座敷」とか「東京から一番近い温泉街」とか言われていた。まあ、今は東京にも地下1000mも掘れば温泉が出ることから、昔ほどには重宝されなくなってきたようだ。
2013_01_17_036_2住宅街の奥で今も営業中の「元湯・陣屋旅館」である。将棋の試合によく使われている。やはり東京から一番近い温泉という意味で、使いやすかったのだろう。将棋士からも愛されていた旅館である。「陣屋の名勝負」というのがいくつも語り草として残っているようだ。
2013_01_17_038_2場所柄だろう日帰り温泉も出来て、昔来たのは労働組合か何かの研修会で、やはり日帰りで温泉に入り宴会をやったことぐらいしか覚えていないが。
2013_01_17_033_2こちらは陣屋のそばに出来た公営の「弘法の元湯」というこちらは日帰り専門の温泉。近所の人や、丹沢登山帰りの人たちが利用することが多いようだ。

2013_01_17_059_2鶴巻温泉駅から南に登っていくと、その道の頂上付近にある「延命地蔵」である。高さが3.2mもある大きなお地蔵さんで、昔、江戸の商人が作ったそうである。それ以外の由来はない。

 まあ、昔は山と温泉しかなかった街なのであったが、ちょっと前に小田急線のロマンスカーで前を通った時に、昔とは随分変わった雰囲気の街になったようなので、気になって今回行ってみた、というわけなのであった。

 別にそれ以上の理由はない。

2013_01_17_085_2Nikon D7000 AF-S Nikkor 10-24mm @Tsurumaki Onsen (c)tsunoken

2013年1月20日 (日)

小津安次郎へのオマージュのつもりが駄作に終わってしまった『東京家族』について

 ネタバレおおいにあり、なので読みたくない人はスルー。

 結局、小津安次郎の名作『東京物語』へのオマージュの筈が、その原作のままの脚本を作ってしまったために、駄作に終わってしまったという典型例だな。これは。

  だったら『東京物語』を見ればいいのだ。借り物の造形やキャラクターではいい物はできないという話。

『東京家族』(監督:山田洋次/脚本:山田洋次・平松恵美子/音楽:久石譲/製作・配給:松竹)

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 失敗の原因は、『東京物語』とほとんど同じ物語構造や設定を受け付けてしまったためである

 確かに『東京物語』の作られた60年前であったら、まだ新幹線も走っておらず、尾道から東京へ出てくるだけでも一生一代の大旅行であったし、当時の周吉(笠智衆/橋爪功)72歳、ととみ(東山千栄子/とみこ:吉行和子)68歳の夫婦も、今以上に年老いた老夫婦ということになるのだろう。しかしながら尾道では今の時代では東京に出てくるのには便利すぎるという理由で瀬戸内の島という設定に変えても、今や東京に出てくるのにはそんなに時間はかからないし、今の時代には今の72歳と68歳の夫婦なんて日本に掃いて捨てるほどいる元気な老夫婦というものにすぎない。というか山田洋次自身が既に82歳の後期高齢者じゃないか。

 1953年当時の作品であるならば、その作品は「今日の核家族化と高齢化社会の、問題を先取り」していたという評価は出来るが、現代の作品としてはいまさら核家族ではないだろうし、高齢化社会だって今は既に当たり前の社会問題である。そんなものに「問題がある」といったところで何かを言ったことになりはしないのに、なぜいまさら「核家族化と高齢化社会」なんだろう。

 さらに言ってしまえば、長男の幸一(山村聰/西村雅彦)や長女の志げ(杉村春子/滋子:中嶋朋子)の職業が、個人医院経営と美容院経営という原作のままの設定であることも首肯できない。1953年当時の町医者や美容院ならば地方から出てきた人間の成功例として描けたものを、現代では決して別にそれらの職業が成功例ではない。『東京物語』では一種の先端職業として描けたものを、現代であっては単に「忙しいだけ」の職業でしかない。もっと別の職業に設定した方がよかったのではないだろうか。例えば幸一はIT起業家とか、滋子はフレンチレストラン経営者とか。そうなればまた別の物語の方向が見えてきたはずである。

 唯一、原作の設定と異なるのが、三男・敬三(大坂志郎/二男・昌次:妻夫木聡)と、二男の妻で戦争未亡人の紀子(原節子/昌次のフィアンセ紀子:蒼井優)であって、この作品の中で唯一「生きている」キャラクターである。昌次は高卒で島を飛び出し、舞台美術の仕事をフリーター的にやっており、紀子は書店員で、二人が出会ったのが福島県の南相馬市での震災ボランティアという設定である。

 ということなので、原作『東京物語』では敬三は「刺身のツマ」のようなキャラクターであったものが、昌次と紀子は物語の後半部分を形作るキャラクターになっている。

 当然、紀子の「戦争未亡人」という設定は現代では無理であるので、山田洋次が作り上げた設定であろう。更に昌次の今の時代によくいる「夢見がちな」若者という設定も、今の時代に生きている設定である。兄や姉のようには地に足は着いていないが、一方、先の見えない現代、どんな職業についてもその職業の未来は見えない。企業に就職したって、突然M&Aでリストラされたり、企業が倒産したりという現代である。だったら「夢を見ながら」貧乏生活するという選択肢もあるだろうし、書店員という更に不安定な職業に就いている紀子も、それでも小さな子供たちに楽しんでもらえる職業ということで、その職業を選んだのだろう。双方とも、決して高収入を期待できる職業ではない。

 とは言うものの、そんな昌次がフィアット500なんて手のかかるクルマを持っているというのは、山田洋次が現代を見据えていないところだ。大体、今のフリーターみたいな若者がクルマを持てるところが現実的じゃないし、別にクルマを出さなくても品川駅と東京駅を取っ違えるなんて技はいくらでも出来る筈だ。事実、クルマが出てくるのはこのシークェンスだけである。

 で、最後に周吉が紀子にとみこの形見の腕時計を与えるシーンはまったく同じ。しかし、その際の紀子の側の思いは全く別である。『東京物語』では戦争未亡人として亡き夫につくす立場と、今後とも独身を貫き通すことへの不安との間で苦悩する、自らのやむにやまれぬ姿に涙を流すのであるが、『東京家族』ではうれしさのあまり涙を流すのである。

 どちらの涙が尊いかは別として、どちらの涙の方に人は感動するかと言えば、言わなくても分かるはずである。

『東京物語』も『東京家族』も俳優陣はなかなか良い演技をしている。特に、父・周吉からあまり可愛がられていなかった妻夫木聡と、そのフィアンセ蒼井優は良くやったと思う。何しろ、この映画で唯一「先例」のない役柄であるからね。

 ところが、演出家としての最大の失敗はその「先例」にあるのだ。山田洋次が何故小津安次郎と同じ映画を作ろうとしたのか、山田洋次にだって糸の切れた風船のような兄と、地に足をしっかり着けた妹という、典型的な家族像があるじゃないか。

 何故、山田洋次が自家薬籠中のものとした家族像で作らずに、人から借りた家族像に寄りかかった作品を作ったのかはよく分からないが、その結果、松竹の大先輩の作品を傷つけたのであれば、それは酷いことである。

 やっぱり、原作は原作のままで楽しんだ方が良いね。『小津安次郎 大全集』なら『東京物語』から『麦秋』『晩春』など9作品収録されて1,957円というお買い得価格である。

 ノベライズは脚本家の白石まみが書いている。Kindle版もあり。ただし、講談社文庫版もKindle版も同じ価格なのはちょっと解せないが。

2013年1月19日 (土)

一日20本のブログを書いて『年収150万円で僕らは自由に生きていく』わけだな

 今、一番電子化したい本なのであるが、多少は安くなるし、なんでこういった本を電子化しないんだろうか。これは講談社のサボりだな。

『年収150万円で僕らは自由に生きていく』(イケダハヤト著/星海社新書/2012年11月21日刊)

 イケダ氏は「プロブロガー」を自称している。確かに、ブログを書いて月20万円の収入があるということは、まさに「プロ」ですがね。

 そんなイケダ氏のブログはしばしば「炎上」するそうだ。まあ、多分こういう書き方が「炎上」する理由になったんだろうな。

『僕は自分のブログ運営、書籍や連載の執筆、講演・研修、企業へのマーケティングコンサルティングで年間500~600万円の売上を計上していますが、これ以上働いて年収を上げたとは思っていません』

 これは森永卓郎氏が『年収300万円時代を生き抜く経済学』を発表した際の読者の反応と同じだ。つまり「僻み」ってやつね。年収150万円も300万円も稼げないニートみたいな連中が、著者が提言する生活費以上の高収入を得ている(500~600万円が高収入かどうかは別だが、森永氏は執筆当時3000万円位の収入はあったわけで、その意味では高収入)ことを、殊更あげて批判をするという構図。なんかそんな批判をする前に、お前らもその位の収入を上げてその300万円か150万円の生活を実行してみればいいのだ。そうすれば著者が言っていることの真偽はすぐに分かるのに。

 そんな池田氏である。既にそんな150万円生活を実行しているのだ。

『シェアハウスに住む、もしくは郊外の安い物件に住むことを考えれば、家賃・光熱費5万円、食費2万円、通信費1万円、交通費1万円、雑費1万円……。さらに、外食を抑えて自炊する、移動に自転車を使う、通信費を節約する、外で飲まずに家で飲む、などなどの工夫をすれば単身150万円暮らしは決して無理ではないのではないでしょうか。実家暮らしをしている方は、もっと少なくしてもいけるはずです。僕自身も独身時代、日本橋に住んでいましたが、150万円もあれば十分でした』

 多分、これはかなり「最低」の部類に属する生活だ。しかし、問題は生活レベルの話ではなくて、そんな最低レベルの生活でもって「心の平安」を保つ方法であるし、そんな生活を「楽しめるのか」という問題なのである。つまり、そこで考え方を変えて『積極的に人とつながり、誰かを助けることができる人は、お金を支払わなくても様々なメリットを享受できる』という考え方をするわけだ、『人とつながるのが嫌なら、今まで通り、お金を払いましょう。お金を払いたくないのなら、自分を「オープン化」し、人と積極的につながりましょう』という、新たな「ムラ社会」を提案するのだ。

 勿論、その「ムラ社会」とは、過去のムラ社会とは違い、生まれた場所に制限されない、入ることも出ることも自由な、まさしクインターネットを介在させたネットによるムラ社会。イケダ氏はそんなムラ社会を「ムラ社会2.0」と呼んで、過去のムラ社会と峻別する。さらに、この「ムラ社会2.0」では、人は『複数のコミュニティに所属することも容易になります。ムラ社会2.0では、地域、年齢、趣味・関心、学校、職場、職種などなど、様々な軸で人とつながることができます』といことで、そのコミュニティとの付き合いの深度も自由に設定できるというのだ。当然、そんなムラ社会2.0にはムラ社会2.0なりの付き合い方がある。つまり『誰がどういう生き方をしていようと、「自分は自分」という態度を持つことが、「ムラ社会2.0」では求められます。これからは自分の「強度」が試されるのです。自分の根っこが定まっていない人は、周囲に振り回され、常に空気を読み続け、生きづらくなっていくのかもしれません』。つまり、『誰かの幸せを目にする度に「こいつらの幸せが憎い!」なんてことを思っていたら、すぐに心がダメになってしまうでしょう』ということなのだ。最初に引用したイケダ氏の文章に「炎上」で応えるような人は、結局はこうしたムラ社会2.0の世界では生きていけない人なのだろう。

『インターネットという巨大な「中抜き」排除システム』がある以上、今後ともこうした世の中はそちらの方向に進んで行くだろう。『今、需要と供給を何らかの壁で塞いでいるような業種、たとえば不動産仲介業などは、早晩インターネットの波に飲まれると思います』と言う通りなのだが、そこに立ちはだかるのが「免許」という「規制」である。例示された「不動産仲介業」には「宅地建物取引責任者」というライセンス・ホルダーが必要になってくるなどの、参入障壁が必ず出てくるのだ。

 勿論、こうした参入障壁や規制は今後は次第に緩和されてくるだろうが、その結果起きるトラブルも全ては自己責任で解決しなければならない、という問題も出てくる。実はそのへんの覚悟も必要にはなってくるだろう。

 とは言うものの、既に「人口は減少し、成長に裏付けられた経済から成長しない経済」へという資本主義経済のパラダイム・シフトは起こっている。そんな社会の中で、取り敢えず生きる知恵としての「ネットを介在させたムラ社会2.0」というのはなかなかに首肯できる提案である。

 しかし、それにしても『プロブロガーを志した当初は、せいぜい書けて一日5本程度でしたが、鍛錬を積んだ今では一日15本、文字数にして最大2万字はテキストコンテンツを生産することができます』ってすごいなあ。

 私も一日1~2本じゃなくて、少なくとも一日5本を目指そうかしら。

 しかし、その前に11台のアナログカメラと8台のデジタルカメラ(ただし、そのほとんどが現役として使用可)をどう「断捨離」するかだ、ああもう……。

2013年1月18日 (金)

『銀塩カメラ辞典』はシロウト時代の幕開けに対する反抗なのであろうな。もう遅いけど。

「辞典」というのは一種の「実用書」である。ところが「銀塩カメラ」なんて今や実用性ゼロみたいなもんだ、それが「辞典」って言ってもねえ。

 こういうのを「笑止千万(お笑い種、臍で茶を沸かす、It would make a horse laugh.)」って言うんだよな。こんなタイトルの本がKindle版で出るわけないよね。あはは……。

『銀塩カメラ辞典』(赤城耕一著/平凡社/2012年9月12日刊)

  

 いやいや書いている赤城氏は充分マジメなんですが、しかし、今更「銀塩カメラ」についておおいに語ってもねえ、なんか最早寂しいなんてものじゃない心境ではある。

 しかし、面白いのは「あとがき」に書かれている若い写真家の話である。

『若い写真家の一部には銀塩カメラ、フィルムを使って制作を続けている人も少なからず存在するからだ。その理由をたずねてみると「面白いから」という漠然とした答えが返ってくる。デジタルよりも銀塩写真のほうが諧調がよいとか、粒状性がどうとか、色がどうとかいう具体的な回答ではないところがいい。何が面白いのかは人それぞれの価値観によって違うだろうが、私はこの「面白い」という言葉を大事にしたい』

 彼が(あるいは彼女が)銀塩カメラの何が面白いと思ったのかは単純である。つまり、現像してみなければ「ちゃんと写っているかどうか」「狙い通りの写真になっているかどうか」が分からないからなのだ。この「何が写っているかわからない」ドキドキ感が写真の面白いところであり、同時に世の中に「写真家」という職業を成り立たせてきた理由なのである。

 その意味では、今や世の中に「写真家」というものは存在しなくなってきている。写真家が撮影した映像は瞬時にパソコンのモニター上に現わされて、そこでもって編集者やアートディレクターが判断して「採用・非採用」を決めるという、それこそ1月6日のブログでドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド』を紹介した際に引用したジョージ・ルーカスの言葉「デジタル技術が制作(製造)を民主化する」という、まさにそのようなメディアの製作方法が普通になってきている時代への、写真家のある種の反乱なのである。「どんな写真が写っているかは写真家しか知らない」、というか実は「写真家も分からない」という写真家の特権性を、いまやデジタル技術が排除してしまった。それに対するささやかな反抗というものが、銀塩写真なのだろう。

 しかし、その「若い写真家」であってもアサインメントの仕事(注文仕事)はすべてデジタルになっている。多分、それに対する反抗なのかな。まあ、それをおこなっても世の中は進む方にしか進まないですがね。で、アサインされなかった自分の意志でやる「芸術写真」だけは銀塩でやろうというのが、自分でしかその出来栄えを評価できない写真の世界なのだろう。つまりは、現代の仕事のやり方に対する反抗ですかね。それも、誰からも評価されない、「芸術」という世界なのである。まあ、「ゲイジツ」なんてものはそんなものかもしれない。

 問題は「モードラ」と「ワインダー」である。つまり「フィルム電動巻き上げ連続撮影装置」のこと。モータードライバーとワインダーの違いは、単に「1秒に何枚撮れるか」という違いだけで、要はモードラの方が沢山撮れるからエラい、というだけのこと。でも、これがモデル撮影だとモノゴトはどんどんいい方に行って、そのジーシャキ・ジーシャキというリズムに乗って、モデルがどんどん脱いでいってしまうという効果もあるそうな。私は経験したことないが。今週末にはニコンMD12を買おうかな。FM2用のモードラであります。

 つまり、アナログ写真時代はこうしたモードラも含めた「カメラマン偉いだろう」的なギミックに満ち溢れていた時代なのだ。それがいまのデジタル社会になって、そんなフォトグラファー専有のギミックの秘密がすべて明らかにされてしまい、それこそiPhoneで撮ってもそこそこの写真が撮れてしまうという時代になって、下手をするとフォトグラファーが撮った写真よりも編集者がコンデジ(か何かの安いカメラ)で撮った写真が雑誌に採用されてしまう時代なのだ。

 そう、もうフォトグラファー受難の時代なのであります。なんで写真学校になんていかなければいけないんだ? こうした「専門職」受難の時代は既に始まっており、もはや世界に「専門職」はいらなくなっている時代が始まっているわけだ。つまり、大学に代わる専門学校の意味がなくなってきてしまう時代。まあ、だからこそ、それが専門学校が大学に変身する理由なんだろうけれども

 ブログだって、別にもともとライターじゃない人がどんどん書いている。

 私もライターじゃないけど、そこにかなり近い世界にはいたし、その前は「映画評論家」(笑)であった時代もあった訳だ。

 こうなると、ほとんど世の中は「専門家」を必要なくなってくる時代になるのではないか。

 もう、みんな「シロウト」でOKな時代が来そうだ。

同じ赤城氏の本でこんなのもありますが、言っておくけど、赤城氏だって、仕事カメラはデジタルなんである。

2013年1月17日 (木)

『NEDIA MAKERS』って要はブログの推奨なわけだ(と勝手に思う)

 NTTデータを皮切りに、リクルート、ライブドア、NHN Japanという、メディア特にデジタルメディアの先端を歩き続け、現在も歩き続けている田端氏ならではのメディア論である。おまけにKindle版だと780円も安い! Kindle版をオススメします。

『MEDIA MAKERS 社会が動く「影響力」の正体』(田端信太郎著/宣伝会議/2012年11月12日刊/12月19日Kindle版)

 現在のデジタルメディアの行く末に田端氏が夢想するのは『あらゆるものの境界線が消滅した「ノーボーダー」の世界が出現すると考えます。広告主とメディア企業の境界線の消滅、広告と販促。ECと店頭など既存の広告マーケティングビジネスの境界線の消滅、さらには個人メディアと組織メディアの境界線も消滅していく時代になる』ということなのだ。

 この「ボーダーレス」という感覚は、私のようなブログ書きも感じている。つまり、私が書いているブログは編集者や校閲者という第三者の目を全く通さず、これを書いている「私」と読者たる「あなた」がダイレクトに繋がっているメディアである。日々更新しているブログのまず第一の読者は「私」だし「あなた」であるのだ。

 更にメディアの「参加性」と「権威性」というメディア区分の軸について考えてみると、そこには『「ミシュラン」(=「権威性」の代表)と「食べログ」(=「参加性」の代表)』という二つの代表がある。『編集する「意思」をもって、成果物をできうる限り、コントロールし、その成果物を、受け手がやみくもに信頼してしまうところに、権威性メディアの特徴があります。これは社会において影響力を持つことこそがメディアの存在意義という意味で、メディアにとっては非常に意味のあることです。そして、権威性メディアの対極にある参加型メディアには、そのオープンさや集合知的な部分に、大きな可能性が存在します。しかし、その全体としての「意思」や「責任」が誰に帰属されるべきなのか? を巡っては、まだ全く答えが出ておらず、現在進行形の問題であり、2010年代のメディアのあり方を巡る興味深い論点だと、私は思っています』という通り、全ては現在進行形の中でこれからのメディアのあり方を探っていく問題なのだろう。

『コンテンツはアーキテクチャから受ける影響に無関係ではいられません。ですからメディアに関わる人たちは、常に時代の変化に対応しながら、自分たちの使命を果たし続けなければ、連綿と続くメディアの継続性を担保することはできません。<中略>「パブリックにすること」=パブリッシュならば、誰もが読めるブログ上に記事を書くことも、本来的な意味でのパブリッシュと言えるし、ユーストリームでしゃべることも、ツイッターでつぶやくことも、パブリッシャーにとっては、邪道ではなく、本来的な意味で、「パブリッシュ」の本流とすら言えるわけです。ここまで、本源的な上位レイヤーにおいて初めて「パブリッシュ」はテクノロジーから「中立」たり得るのです。「社会に広く公開される」状態がもたされればパブリッシュなのですから』という通り、まさしく誰もが皆「パブリックにすること」=パブリッシュが可能な時代になって、これから皆がどうすればよいのか。

『自動車という技術が、郊外型のベッドタウンやショッピングモールというものを産み出したように、IT技術やソーシャルメディア、スマートフォンの普及が、都市の骨格を変え、ひいては不動産価格や街の景観、ライフスタイルや働き方、企業の組織構造にもゆっくりではあるものの確実に影響を与えていくでしょう』という具合に、今私たちはそんな変化の中に晒されている。これから、どんな風に都市の景観やライフスタイルが変わっていくのかを見ることは、こんなに楽しいことはない。

 そんな時に『新規サービスに対して、「こんなの本物の○○ではない。オモチャだ」と言いたくなったら、自分の脳味噌が陳腐化しており、自分自身が「抵抗勢力」の「守旧派」になっていることを疑いましょう』ということだ。

 さて田端氏は有料メルマガについて面白い発言をしている。

『定期購読かつPUSHモデルであり、読者は主体的に「止める」ことを選択しないと、ずっと課金が継続する』と、つまりこれは最近話題になった「有料メルマガを読んでいるんだけれど、最近1ヶ月ほど更新がないのは何故だ?」という問題を予言していたのであった。『この「放っておけば課金が続く」という状態を作り出すことで、せっかく押させた「購読ボタン」1クリックの価値を極大化する戦術は、「怠惰」という人間本来の性質に裏打ちされている意味で、私は極めて有効なビジネスモデル基盤だと思っています』

『コンテンツに課金するうえで、決定的に重要なカギとなるのはコンテンツの「品質」それ自体ではなく、コンテンツ制作者が個人として持っている「信頼」と「影響力」だからです。(岡田斗司夫氏は、この「信頼」と「影響力」を合わせて「評価資本」と称しました)』

『本書を読み、新規メディアの立ち上げ人になろうという皆さんにおかれては、自分はメディア人として、ビジネスパーソンとして、ある分野において信頼され影響力を持っている「個人型メディア」とどのように関わるか? そこで披露される知見と自分たちをどのように差別化するのか? あるいは個人型メディアを運営しているようなパワフルな有力者をサポートする側に回るのか? いっそのこと自らが「個人的メディア」を起こしてしまううのか? こういう問いについても、真剣に考えることをオススメします』

 ということで、このブログを立ち上げたんだが……、はたしてそれはうまくいっているのか?

 

 

2013年1月16日 (水)

『ノマドと社畜』というのは実は対立する概念ではないのだ

 今、本当に「ノマド」が「ブーム」なのかという基本的な疑問がある。本田直之氏やクリス・ギレボー氏などの「本当のノマド」というのは確かにいることは知っているが、そんなスーパーなノマドは本当に一握りに過ぎないわけだし、大半の人は単に企業にとって都合のよい、単なる「安いギャラで使えるフリーランス労働者」であるに過ぎない。つまり、一時の「フリーター」とそんなに変わらないわけだ。

『ノマドと社畜 ポスト3.11の働き方を真剣に考える』(谷本真由美著/朝日出版社/2013年1月11日刊/Kindle版のみ)

 ということで『要するにノマドブームは、世間知らずの学生さんや若者の中で、就職できない人や、就職することを不安に思っている人たちに、さまざまなモノやサービスを売る「自己啓発商法」の一種なんでしょう』なんて言われたりする訳なんだな。この「就職できない人」というのが問題で、実はそんな人こそ「ノマド」なんかにはなってはいけない人なのだ。

 結局、ノマドワーキングで食っていける人というのは、他の誰にもできないプロフェッショナルな仕事が出来る人、他の誰も真似のできない専門的な仕事が出来る人のことなのだ。だったら、それはノマドじゃなくても生きていける人と言うことになる。つまり、会社人であってもノマド的な仕事をしている人はいるわけで、そんな社畜ノマド以上の仕事が出来ることを自ら証明できればノマドワーキングはOKなわけである。しかし、そんな仕事が出来る人が実際のノマドワーカーの中にいるのかと言えば、実際にはそんなにいないわけだ。

『ノマドになるためには「自分にしかできない」ことを常に意識して、知識やノウハウを磨くことが大事です。
 これは誰かに雇われる場合でも同じです。「自分にしかできないこと」が提供できれば、雇用主に喜ばれますし、クビになることもありません。さらに、それを下地にノマドになることも可能なのです。
「自分にしかできないこと」を売りにするには、「自分がやった仕事」に対して責任を持つことも大事です。仕事をどのように計画し、どのように実行し、どんな結果が出たか、それらすべてに対して自分で責任を持つ、ということです』

 ということになってしまえば、それは人に雇われていても、そうではなくても同じである。つまり『ノマドセミナーに行ってしまうような人は、会社員としても公務員としても仕事がイマイチでしょう。学生なら、勉強ができないでしょう。なぜなら、ノマドになれるような能力のある人は、すでに自分で何かを始めているからです。能力のある会社員であれば、そんな詐欺まがいのセミナーに行く代わりに、専門技能や知識の習得にお金をつかうはずです』というミもフタもないことになってしまうのだ。

 そんなノマドの世界と言うのは『スキルや専門性の高い人はどんどん稼げるようになり、そうでない人は低賃金で働かざるを得ない、という「激烈な格差社会」を意味する』のであって、誰もが皆高い収入を得るというイメージを持っていたら間違いということなのだ。だったら、そんな働き方というものが日本人にできるのだろうか? という疑問が湧いてくる。

『イギリスなどの国で、フリーランサーや個人事業者の雇用が多く、その人たちが比較的良い収入を得られるのには、実は理由があります。
 それは、これらの国が「契約社会」であるからです。フリーランサーや個人事業者が雇われる際には、仕事の発注元と事前に責任分界点(役割分担)、成果物、納期、仕事のやり方、守秘義務などを事細かに決めます。雇われる方は、事前に合意した以外の仕事はやりません。客先で他の人の仕事を無償で手伝ったり、サービス残業をするということもあり得ません。あくまで事前に合意した「取り決め」の下で仕事をするのです』

『イギリスや欧州北部で会社員のノマドワークに前向きなのは、これらの国ではもともと仕事でも勉強でも個人の裁量に任せて、他人はなるべく介入しない、という個人主義(individualism)を原則とする社会があるからです』

 という「契約社会」「個人主義」というものが前提になっている。しかし、それは逆に高いプロフェッショナリズムが同時に前提になっているわけで、その辺の「ぬるま湯社会」や「集団主義」であるわが国では、またそんな「ぬるま湯社会」や「集団主義」がことさら好きな中途半端な人たちにとっては、ちょっとあり得ない仕事のやり方なのであるな。

『「社畜」の利点は、営業しなくても仕事が降ってくること、毎月給料が支払われること、有給休暇や傷病休暇があること、国によって労働者の権利がある程度は守られていること、会社が仕事の経費を負担してくれること、交通費も年金も出る点です』

 ということで、

『すべてをこなせるオールマイティーな「スーパーワーカー」だけが、ノマドになって生き残っていけます。すべてひとりでやらなければならないからこそ、法律や契約書についての知識、会計、税務、商習慣、大企業の意思決定方法、社会人としての常識などを知っていることが重要になります』

 ということだが、こんな人がいたら、会社だって手放したくはないだろうから、それこそ高給をとれる人材になるのである。

『企業に「雇われずに働く」という意味のノマドに関しては、私はフリーランスや個人事業者として仕事を継続的に取ってきて食べていける「能力」のある人にしか勧めたくはありません』

 と言う通り、むしろ「社畜」として会社が手放したくなくなる人を、まずは目指すべきであって、そんな自分が実現してからノマドになるかどうかを決めればよいのである。多分、そうなったら「ノマド的に働く社畜」という落とし所が見えてくるような気がするのだが……。

 てなことをMac(あ、MacintoshじゃなくてMacdonaldoね)で書いている私はノマド? えっ? スタバじゃないとダメなの? って、結局は形から入っている私なのであった。

 

2013年1月15日 (火)

『マネジメント エッセンシャル版』は優れた教科書ではあるが

 暮れに買い溜めた紙の書籍を読んでいるうちにKindle版の書籍がだいぶ溜まってしまった。マズい! というわけでしばらくはKindle版で読んだ本(?)が続きます。

 で、最初に読んだのがピーター・F・ドラッカーの超有名本にして、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』の元ネタになった本である。なんだ、ドラッカーも読んでなかったのかよ、と言わないでください。私は経済学部で経営学部じゃないので、ドラッカーの名前は知っていたけれども、読んだことはなかったのである。『もしドラ』はSONY READERで読んだけどね。

『マネジメント エッセンシャル版 基本と原則』(ピーター・F・ドラッカー著/上田惇生訳/ダイヤモンド社/2001年12月14日刊/Kindle版2012年9月14日刊)

 とは言うものの、ドラッカーも元々は経済学者だったわけで、というか元々経営学なんてものはなくて、経済学からの派生学問として経営学があった訳だ。

 そんなドラッカーにとってマネジメントという言葉は、ナチズムに対する概念ということなのであった。

『マネジメントは、以前にも増して大きな成果をあげなければならない。しかも、あらゆる分野で成果をあげなければならない。個々の組織の存続や繁栄よりもあるかに多くのことが、その成果いかんにかかっている。組織に成果をあげさせられるマネジメントこそ、全体主義に代わる唯一の存在だからである』

 しかし、今や企業はグローバル化して国家を乗り越えてしまった。

『グローバル企業は、300年前に一緒になった政治主導と国家経済が離婚した結果生まれたものである。少なくとも両者が別居した結果生まれたものである。もはやアメリカのような最大最強の国においてさえ、国家経済を定義することはできなくなっている。しかるに、政治主権のほうはいまだに完全に国家的である。しかも、国家に代わるべきものが登場する兆候はない』

 とは言うものの企業の存立基盤は昔から変わらない。

『企業とは何かを決めるのは顧客である。なぜなら顧客だけが、財やサービスに対する支払いの意志を持ち、経済資源を富に、モノを財貨に変えるからである。しかも顧客が価値を認め購入するものは、財やサービスそのものではない。財やサービスが提供するもの、すなわち効用である。
 企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす』

『今日、先進国の大企業の所有権は、少数の金持ちではなく大衆の手にある。取締役会はもはや所有者を代表しない。誰も代表しない』

 そして日本の企業経営を評価するのだが。

『日本について見解の一致があるとすれば、それは合意(コンセンサス)によって意思決定を行っているという点であろう。
 欧米では、意思決定の力点は、問題に対する答えに置く。意思決定についての文献も、答えを得るためのアプローチに重点を置く。ところが日本では、意思決定で重要なことは問題を明らかにすることである。そもそも意思決定は必要か、そもそも何についての意思決定かを明らかにすることが重要とされる。この段階でのコンセンサスの形成に努力を惜しまない』

 として、高く評価している日本の企業のマネジメント手法なのであるが、今や日本企業のそのようなマネジメントは逆に「ダメなマネジメント」の代表とされてしまっている。むしろ、欧米式に「コンセンサスよりも答えを出す個人だ」つまり、個人のリーダーシップを評価するようになってきている。

 しかし、本当にそれが正しいのかは誰もわからない。

 むしろ、何故我々はマネジメントについての本を読むのだろうか、という点が気になる。マーケティングとイノベーションが大事だというのは、最早、すべてのビジネスマンが理解していることだろう。それをマネージすることが大事だということも。ならば、何故それを本で読むのか?

 つまり、それは皆、自分の考え方についての正しさを確認するためなのだ。本で読んで、自分の考え方が間違ってはいなかったと確認する。ピーター・F・ドラッカー先生が言っていたことと、自分の考え方が間違ってはいなかった、と。

 しかし、重要なことは「考え方が正しいかどうか」ではなく、自ら行っているマーケティングとイノベーションが正しい方向に向かっているかどうかなのである。それを検証するのは、企業活動の結果を見るしかないし、失敗すれば企業の存立に関わってしまう事態に陥る訳である。

 それには教科書はない。

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2013年1月14日 (月)

『工学部ヒラノ教授の敗戦』は要は日本の敗戦なのだ

 はて、コンピュータのハードウェアは工学部だろうが、ソフトウェアは工学部なんだろうか理学部なんだろうか、なんてことわからなくてもパソコンを使えちゃう現代である。

 が、まあ東大を頂点とする日本の学術世界というものが、結局は権力争いばっかりやっている権謀術数家とか権力指向族、完全な学者バカ、もしくは計算機オタクなどが学者の大半である、ということはよくわかった。

『工学部ヒラノ教授の敗戦 日本のソフトウェアはなぜ敗れたのか』(今野浩著/青土社/2012年12月25日刊)

 多分、著者の今野氏自身がこの「ヒラノ(助)教授」のモデルなんだろう。東京教育大学を解体してできた筑波大学の、成立に至る権力争いの話と、その結果日本が敗れ去ったソフトウェアの開発競争の話である。ただし、ソフトウェアの方は「結果」であるに過ぎない。問題の大半は「権力争い」の方なのだ。

 1973年に東京教育大学を解体して開学した筑波大学は『学生運動と教授会自治を退治すれば、思い通りの大学ができると考えた、文部省と大学執行部の短絡的な発想』がすべての問題の根底にある。『この単純な考え方が、“赤旗を振らなければ誰でも可”という福田副学長を生み、それを取り巻くタカ派の教員や事務官の跳梁は許すことになったのだ』。

『文部省が巨費を投じて筑波大学を作った理由の一つは、文部省の意向どおりに動く大学を設立し、これを足場に全国の大学への管理体制を強めることだった。この目的を達成するには、教授会の権限を弱めた上で、学生自治会を廃止するのが手っ取り早い。
 教授会自治の廃止は簡単である。学長や副学長を中心とする大学執行部に権限を集中させ、教授会決定を覆すことができるようにしておけばいいからである。実際この大学では、教員組織である学系が教員人事を行う際には、大学全体を統括する「人事委員会」の承認を受けることが必要とされていた。国立大学としては、前例がないルールである。
 教授会が行った人事が、人事委員会で否決されるケースは稀だが、実際に何人かの人が、(恐らくは思想的な理由で)拒否されている。
 また逆に、大学中枢の人事委員会で選定した人物を学系側が受けいれざるを得ないケースがもある。広報関係の仕事を行うために招聘された新聞記者や、山村教授のような役所の天下り、福田・中曽根人脈に繋がるタカ派評論家など、この大学ではあちこちに“特殊任務”を帯びた教授がうごめいていた』

 なんて、まさに魑魅魍魎が跋扈する特殊大学だったのだな、ということがよくわかる。さらに、『(福田副学長黙認の下に)反共思想を背景とする“原理運動”が勢力を学内で伸ばしていた』となってしまえば、そんな大学があるものかという気がしてくるが、そんなことに近いものが、実際の筑波大学であったことを想像するにかたくない。

 で、結局そんな大学にはロクな教員は来ないだろうし、ロクな教員のいない大学にはロクな学生も来ないということなのだろう。

『二流のビジネス・スクールは、二流の教員と二流の学生の集まりだということだった。年配の二流教授は、適当な“研究”でお茶を濁していた。一方、昇進を目指す助教授は必死に頑張っていた。ここで准教授に昇進できないと三流大学に転出するしかないからだ。
 三流大学の教員は、毎週六コマ以上の講義を担当させられるから、研究に割く時間はない。だから、ひとたびここに落ち込んだら、二度と一流に復帰することは出来ないのである』

『東大や京大という、東西両横綱大学からはみ出してきた、“オレがオレが”教授たちは、自らの権力を拡張せんものと、抗争を続けていた』のであるから、マトモな研究なんかはできなかったのだろう。さらに、そうした“オレがオレが”教授たちの権力の拡張は自分の子分をいかにして連れてくるかという競争だから、結局、当時新興の学問である計算機科学(ソフトウェア)よりは、それ以前からある電子工学(ハードウェア)の学者たちがどんどん増えてくるということになるのだろう。そんな既存の学問分野ばかりがのさばっていては、新規の学問分野は伸びないことはよく分かる道理なのだけれども、しかし、新規国立大学なんてものはそんなそれ以前からある国立大学の“ハミ出し”教員の行き場になってしまい、その結果、旧来からの研究分野ばかりが伸長してしまうという結果になるのだろう。

 かくして『ソフトウェア陣営の内部抗争と物理帝国の総攻撃によって、あえなく瓦解した、そして35年後の今、日本のソフトウェア科学とソフトウェア産業は、アメリカに大差をつけられてしまった』ということになるのである。

『筆者は1960年代初め、日本の計算機科学の揺籃期に、ソフトウェア教育を受けた世代に属する。この時代のわが国における計算機科学は、徹底したハードウェア重視だった。ハードウェア関係者は、ソフトウェア研究を二流の人がやること、計算機応用(アプリケーション)研究は三流の人がやることだと考えていた』

 ということだから、結局、日本のソフトウェアは世界からおおいに立ち遅れることになってしまい、今やその分野ではスタンフォード大学やカーネギー・メロン大学に大差をつけられてしまう状態なのだ。

 ソフトウェアがなければハードウェアは動かないってのにね。

 ハードウェア研究科ってそんなことすら分かっていない、バカなのか。

2013年1月13日 (日)

木更津はハマコー氏と證誠寺

 内房線に乗って姉ヶ崎駅を通り過ぎながら「そりゃあ二人娘がいれば姉が先だよな」なんてくだらないことを考えていると、列車は木更津駅に到着するのだった。

 千葉県の東京湾岸も袖ヶ浦までは工業地帯が延々と繋がっており、木更津になってやっと港町らしい港町になる。つまり、木更津からが千葉県の「田舎の始まり」なのである。

2013_01_08_104_2木更津駅前の風景、ちょっと寂しい

2013_01_08_032_2ご存知、木更津港。右手奥は陸上自衛隊木更津駐屯地。昔ハマコー氏が若い頃働いていた海軍航空廠である。

2013_01_08_086_2ハマコーさんではなく息子の浜田靖一さん。たしかこの辺にハマコー氏の事務所があったような

2013_01_08_074_2「しょしょしょじょじ、しょじょじのにわは、つんつんつきよだ、みんなでてこいこいこい。おいらのともだちゃ、ぽんぽこぽのぽん」(by野口雨情)でお馴染み、證誠寺です

2013_01_08_100_2で、タヌキで終わる木更津の旅

 木更津と言えば、ハマコーさんと證誠寺である、というのが私の認識だったのだが、ハマコーさんは昨年亡くなってしまった。

 昔、出張で木更津に行った時に、たまたまハマコーさんの事務所に行き着いてしまった。あの「政界の暴れん坊」という勇名を馳せ、稲川会との関係も云々されてハマコーさんの事務所だからもっとヤクザの事務所みたいなものを想像していたら、実際はもっともっと質素な事務所だったので、意外と地元ではおとなしくしていたのね、と妙に感心してしまった覚えがある。写真家・宮嶋茂樹氏によって上半身裸で大晦日に初詣する姿を『フライデー』されるずっと以前の話である。

 そんな木更津も昔はもっと賑やかな街だったのだが、いまやすっかり寂れてしまって、他の地方都市と同じような閑散とした駅前広場が広がっている。妙に広くなった駅前通りがかえってその寂しさを強調しているような感じがある。

 駅前の月夜の狸もなんか寂しそうである。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 10-24mm @Kisarazu (c)tsunoken

 

2013年1月12日 (土)

Weekly progress report from Fitbit.

 12月31日から1月6日だと、どうしても歩く距離は少なくなるなあ。

Hi mxl01056, here are your weekly stats.
12/31/2012 to 1/06/2013
WEEK'S MOST ACTIVE DAY
Sat, Jan 5
WEEK'S LEAST ACTIVE DAY
Sun, Jan 6
TOTAL STEPS
55,055
DAILY AVERAGE
7,865 steps
BEST DAY
15,401 steps
TOTAL DISTANCE
39.53 km
DAILY AVERAGE
5.65 km
BEST DAY
11.06 km
TOTAL FLOORS CLIMBED
112
DAILY AVERAGE
16 floors
BEST DAY
27 floors
TOTAL CALS BURNED
16,792
DAILY AVERAGE
2,399 cals
BEST DAY
2,690 cals
WEIGHT CHANGE
0.1 kg
LIGHTEST
93.6 kg
HEAVIEST
93.7 kg
AVG SLEEP DURATION
7 hrs 38 min
AVG TIMES AWAKENED
2
AVG TIME TO FALL ASLEEP
0hrs 6min

Last week's step winners

1 mxl01056
55,055 steps
See current leaderboard

Last week's badges

See all of my badges

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浅草で散歩カメラby Leica M3

 8日9日の狂乱のアクセスはなんだったのか、というくらい10日は898PVという、いつものアクセスに近い、普通の状態になった。

 ということで、今日もスーダラなブログを始めよう!

 昨年11月11日の『長岡で散歩カメラby Leica M6』に引き続き、今回はライカM3による浅草散歩カメラです。

 私のライカM3はシリアルNo.739857というライカM3で、1955年製なのでもう58歳のお年寄りなのであるが、メカはしっかりしている。1回撮影を終えるとシャッターレバーを2回巻き上げてチャージするという、なおかつシャッタースッピードも125分の1じゃなくて100分の1という、ごく初期のM3であります。M3は直角×直角の光経路なのでファインダーの見え方もいいし、シャッター音もごく低い、いわゆる「銘機」なのであります。エヘン。

 とは言っても、カメラはいくら良くても、撮り手がヘボだと写る写真もヘボという見本が下の写真である。

Img041_31月4日はまだ雷門も人でいっぱい

Img018_2以前『正月仲見世原色美女図鑑』というタイトルで紹介した団子屋さん。どこが「美女」なんだという失礼なツッコミは入れないように

Img025_2裏通りの太鼓おじさんである

Img012_21月5日に紹介した「粋れん」の巳年の置物もちゃんと撮ってます

Img049_2

 しかしまあ、本当に写真が上達しないなあ。というか、何を撮ろうとしているか漫然としている写真である。

 街歩きのスナップというのは、実はかえって難しくて、何かその日に撮るものを決めている写真とは違い、歩きながらちょっとした光景を撮り、それでいて傑作が撮れるというのは相当の達人、つまりアンリ=カルチェ・ブレッソンとか木村伊兵衛氏などの天才がなす技なのである。更に、この写真が50mmのレンズで撮っているというのも失敗の原因である。標準レンズというのは今やスナップ用ではなく、目的写真用のレンズなのだと確信した。

 田中長徳氏によれば、20代は21mmとか28mmのレンズ、30代は35mmレンズ、50代以上は50mmレンズがその人にとってのスナップ用標準レンズになると言うが、しかし、目的のない撮影の場合、50mmを標準にするのはやはり田中長徳氏などの達人でなければならない。私のようなヘボカメラマンはやはり28mmか35mmあたりがスナップ用標準レンズである。ということで、M3はしばらく封印して、M6+Elmarit 28mmあたりでスナップを続けようという気になったったのが、本日の一大成果なのであった。

 トホホ。

Leica M3 Summilux 50mm/F1.2 Tri-X @Asakusa (c)tsunoken

2013年1月11日 (金)

『依願退職』は腑に落ちる話ばかり

 何故か、それまで600位だったPVが一昨日突然3795というとんでもない数字になってしまった。その余波は昨日にまで及んで、昨日は2922。普段は1400位から1200位あたりをうろついていたココログの中のアクセス順位が突然137位ということになってしまい、ちょっとビックリ。

 とは言うものの、相変わらずスーダラな当ブログではあるのだけれども。ということで、今日もスーダラに始まります。

 本当はこちらが先で、1月9日の本は次に読むはずだったんだけれども。

 実は妻が阿川佐和子さんのベストセラー『聞く力』を妻が読んで、そこにこの高任和夫氏の『依願退職』(阿川さんの本には原題『転職』で紹介されていた)のことが書いてあり、それをアマゾンのマーケットプレイスで購入したところ、アマゾンからのリコメンドで『敗者復活戦』があったのでそれを読んでみたら面白かったので、再び『依願退職』を妻から借りて、という実に回りくどいことで、読むことになったのである。

 しかし、こうした面白い本を何で講談社は電子書籍にもせずに「品切れ重版未定」のままにしておくのだろう。そうした「品切れ重版未定」本を積極的に電子化することによってマーケティングが出来て、うまくすれば重版がかけられるのにね。

『依願退職 愉しい自立のすすめ』(高任和夫著/講談社文庫/2002年2月15日刊)

 で『敗者復活戦』の中の『彦坂は腑に落ちるものがあった』という言葉通り、この本には「腑に落ちる表現」が沢山ある。

『どのような専門性を身につけようと、ビジネスの世界で仕事というものは、人のネットワークの中でおこなうしかない』
『再就職に関しては、子会社によっては親会社より売れ行きがいい』
『(幸福な転職は)自分の好きな、得意な仕事をすること』
『夫というものは、家に入るに際して、自分の家を他人の家だと思って、静かに様子を見ることから始めたらいいわね』
『職場をもっともっと女性に開放しなかったのは、男たちの一大失敗ではなかったろうかと私は思っている』
『年をとり地位が上がれば上がるほど、省事を旨としたい。たんなる自己満足で仕事をやらない。熱闘苦悶型はやめる(中年でこれをやると、本人は気分はいいが、他人には見苦しいだけだ)。つとめて残業はしない。仕事の付き合いで酒は飲まない。たった二十日くらいの有給休暇は全部とる』
『サラリーマンの肩書きなんて、だれも気にしないのである』
『そもそも、まともな神経を持った人が、四十歳、五十歳を過ぎて、なお会社のために一生懸命働けるものだろうか』
『十五、六年も勤めていれば、会社の全貌や自分の将来性が、はっきりとみえてくる。大きな組織ほど立ちはだかる壁は厚く、無力感も強い』
『事業を起こすことを通じて、リスクをとる生き方を教えるのです』
『起業家たちは、サラリーマンのときに学んだものを、起業の基盤にしていた』

 などなど。

 さすがに三井物産を50歳で辞めて作家生活にはいった人ではある。ある意味で、サラリーマンとしての頂点を極めているのである。ただし、サラリーマンではあるが内務官僚的なサラリーマンではなくて、どちらかというと職人芸的なサラリーマンであったようだ。そうであるからこそ、物書きという特殊芸があったことも含めて、サラリーマンを辞めても生きていけたのであろう。

 そんな高任氏の言い方を借りれば、現代は『職業多段階の時代』であるということである。つまり、今の若者が自らの職業を多段階に捉えていて、終身雇用の幻想にとらわれて一生一社にすがりつかなくなっているというのである。今や、こんなことは当たり前の話であるが、この本が書かれた1998年の頃には新しく出てきた生き方なのだろう。そんな時代のサラリーマンは、やはり内務官僚的なサラリーマンよりは職人芸的なサラリーマンを目指すだろうし、目を会社の中ではなくて、常に会社の外に向けて生きていくだろう。当然、そんな生き方は社内権力とは遠いところにいるが、逆に会社が無くなってしまったときや、会社を辞めた時には逆に強みになるものなのだ。

 最後に一番腑に落ちた書き方はこれだ。

『私は学生時代に短い小説らしきものを一つだけ書いたが、人に誇るほどのものではないので、自分でもあまり重要なこととは位置づけてはいなかった。しかし、あれはいまの私の原点かもしれないと思い直したのだ。
 人は長じれば生計や子育てのために、働かなければならない。しかし長い年月がすぎ、それらの義務から解放されるようになると、若いころに志したなにごとかをやろうとする傾向があるのではないか』

 と、つまりこれは今私が書いているこのブログという便利なメディアのことではないのか。要は、私も学生時代に書いていた映画評論を、今このメディアで再び実行しているのではないのか。

 学生のころの映画評論もお金にはならなかったが、今のブログもお金にはならないことでは同じだ。相変わらず、金にならない文章を書き続けているのである。

 まあ、人間はあまり進歩しないという実例である。

 ところで広辞苑によれば「腑に落ちる」という表現は無いようで、「腑に落ちない」という表現を本来はしなければならない。「腑に落ちない」の逆の表現で「腑に落ちる」という言い方をしているのであるが、これは本来的には間違った表現のようだ。ったって、今やそんな表現もあり、という時代なんだけれどもね。

2013年1月10日 (木)

『アメリカに潰された政治家たち』は分かるが、気になるのは今の政権だ

 田中角栄、鳩山由紀夫や小沢一郎が対米独立派で、その為にアメリカによって政治生命を失ってしまった、ということは以前から了解していた事実だが、岸信介、佐藤栄作兄弟が対米独立派だったというのは俄かに信じがたいことなのである。しかし、本書の孫崎氏の説にもなかなか頷けるものがあるわけで、では、岸の孫、佐藤の大甥である安倍晋三はどうなのだろうか、というのが最大の興味。対米独立派なのかポチなのか。

『アメリカに潰された政治家たち』(孫崎享著/小学館/2012年9月29日刊)

 鳩山由紀夫が失脚したのは普天間基地の「最低でも県外」発言だったように言われているけれども、実はその発言ではなく、むしろ「米軍の有事駐留」という発言だった。つまり、小沢一郎が「米軍のアジアにおけるプレゼンスは第七艦隊だけで十分」という発言や、アメリカの言うことを聞くのではなく「国連主義」でいくと言ったのと同じ主旨のものであり、つまり、アメリカに追随するのではなく、日本は日本としての防衛策を持つべきだという考え方なのである。

 何故ならば、アメリカにとって沖縄に米軍基地があることが重要なのではなく、日本に米軍基地があることが大事なのである。別にアメリカは沖縄にこだわっているわけではなく、米軍にとっては、「思いやり予算」を提供してくれる日本という国の存在が大きいのであって、別に基地が沖縄にあろうが静岡にあろうが関係ない。沖縄にこだわっているのはむしろ日本側なのである。というよりも、日本本土に(というか「自分の地盤に」)米軍基地を持ってくることでもって支持者を失ってしまう危険性を持っている代議士こそが、沖縄にこだわっているのである。そこで、人口で1%、面積で3%の沖縄だけが基地問題を抱えていればいいと切り捨てているわけである。

 更に、田中角栄、鳩山、小沢に共通する考え方は「アジア主義」とでも言うべき、対中国への姿勢の問題だ。アメリカにとっては、米軍基地問題よりはこちらのほうが大きいだろう。対中国カードはアメリカが持っていたい。ところが、アメリカに先立って日中国交正常化を果たした平和主義者、田中角栄はロッキード事件という陰謀によって消されてしまい、アメリカ抜きの日本・中国・韓国を中心とした「東アジア共同体構想」でもって鳩山由紀夫はマスコミの大叩きでもって失脚し、小沢一郎は検察の異常な情熱によって、今やほとんど姿を消されようとしている。ということは、日本は対アジア行政もアメリカのご都合を伺わなければならないということなのか。

 しかし、何でアジアにいる日本がアメリカのご都合を伺いながら外交をやらなければいけないのか。

 実はそのところに西ヨーロッパの昔からの体制があるわけですね。

 えっつ、何でアジア政策に西ヨーロッパ? となるのもわかるが。実は物事は単純だ。

 要するに、第二次世界大戦後の世界分割支配構造がある。というか、第一次世界大戦までは世界分割支配は単純だった。要は、西ヨーロッパを支配するのはフランスとハプスブルグ家。東ヨーロッパを支配するのはロシア皇帝とハプスブルグ家。という世界の先進地域の分割は終わっていたわけである。アジア、アフリカはそんな西ヨーロッパの国々の植民地であった。という具合に世界は単純な支配・被支配構造の中で収斂していた。

 問題は、第二次世界大戦でアメリカが直接参戦したことだろう。それまでは、西ヨーロッパの国々に遠慮して直接参戦してこなかったアメリカが、第二次世界大戦では直接参戦してきた。おまけに、対独・対伊に直接参戦してきたのが大きい。それまでの英仏だけの力では防ぎきれなかったドイツ・イタリアの力に、アメリカが参戦してきた事実は大きい。

 ところが、流石に狡猾ですね、永年紛争を経てきた西ヨーロッパ諸国は。要は、ヨーロッパ、アフリカはヨーロッパ諸国にまかせよ、お前はアジア担当だ、というばかりにアメリカからヨーロッパ、アフリカへの権益を剥ぎ取ってしまったのだ。

 で、アメリカはアジアに注力するしかない。

 ということで、アメリカはアジアへの一番大事な橋頭堡として、昔開国を迫った日本にその地を定めたというわけ。グァム、サイパンは既に手に入れているから東南アジアは大丈夫、で、東アジアの橋頭堡として「思いやり予算を出させた」日本を選んだのであるな、中国に対する。

 問題は、そんな地政学的にも最も適した場所にある日本自身が、そんなことに気づいていないということなのだ。このままアメリカの言うことを聞いていないでも、中国・アメリカ双方が「日本」という地域を重要に考えているんだから、もっとそれをわきまえて日本が対処すればいいものを、アメリカの意向を聞き、中国の恫喝に怯え、というスタイルはまるで江戸末期の日本の姿と代わりがないじゃないか。

 まったく、明治維新から進歩していない我が国だなあ。

 日本を挟んでいる両国は、たかだか建国200年ちょっとのアメリカと3000年の中国である。その間で、一番地政学的に有利な場所にいるこの建国2000年の日本である。ここは、アメリカからも独立、中国からも独立して、普通の国・日本になればいいのじゃないのか。憲法を改正したいなら、それからでも遅くはない。要は、アメリカの軍隊をこの日本から追い出してからのことである。

 第二次安倍政権も、そんな方向に行ってくればとも思うのだが、どうだろうか。

 安倍も「ポチ」かな……多分。

 

 

2013年1月 9日 (水)

Fitbitから昨年のActivityのレポートが来た

 Fitbitから昨年のActivity Reportが届いた。

 と言っても、昨年秋からなのであまり数字はよくない。まあ、これからですね。

Fitbit

Fitbit 365
In 2012, you traveled
575 km
That's more than the length of the
Lambert Glacier!
 
Lambert Glacier, World's largest glacier, 402 km
Your 2012 Fitbit Insights
  Oct   Fri   Dec 07  
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Happy stepping in 2013!
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『敗者復活戦』の主人公は実は「街」なんですよ

 三人の「アラ還」世代の男が主人公だ。と思ったら、実は本当の主人公は「虹が丘団地」という、古びた団地が主人公なのであった。何故なら、三人の男は別にそんな団地にありふれた住民であるに過ぎないからだ。

『敗者復活戦』(高任和夫著/講談社文庫/2010年10月15日刊)

 彦坂祐介は58歳。早稲田大学を出て商社に勤務。現在は監査部部長補佐というアガリの役職で、妻は子育てを終えてから外資系のホテルに勤めてほとんど家には帰らない生活。彦坂は失踪した同期の栗田を行方を追うことを常務の黒川から命じられる。

 雨宮英夫は61歳。東京大学を出て銀行に勤めていたが、一年ほど前に定年退職。定年後の無聊をかこって酒浸りの毎日を送り、妻は隣街で働いている。自らアルコール依存症であるという自覚がある雨宮は、そんな患者の専門病院に入院する。

 河合健太は63歳。高卒で食品問屋に長年勤め、定年後は二年ほど特別養護老人ホームで運転手の仕事をした後、現在は無職。囲碁、登山、スケッチ、テニスなど多彩な趣味を楽しんでいたが、一人で百日間世界一周の船旅に出る。

 三人の接点は、虹が丘ローンテニスクラブという同好会であり、それを立ち上げた先輩・永井信夫の葬式から物語が始まる。ストーリーは三者三様のままそれぞれが絡み合わずに、単線的に進んでいく。当然である。それぞれの接点は「いまや言いだしっぺのいないテニスクラブ」であり、虹が丘団地そばの居酒屋「まちかど」ぐらいなのである。それ以外の接点はない。

 作者の高任和夫氏は東北大学卒業後、三井物産に勤務し、最後の役職は国内審査管理室長を勤めていたそうだ。そして50歳で作家専業に踏み切るために退社。まあ、言ってみれば、彦坂は高任氏のそんな三井物産最後のサラリーマン生活、雨宮は辞めてからの「なりたくない」一側面だし、河合は別の「理想の」側面なんだろう。そんなリアリティがあるキャラクターである。

 で、最大の主人公「虹が丘団地」は、最初は多摩ニュータウンあたりがモデルかと思ったのだけれども、つくばエクスプレスがちょくちょく話題にでてくるところを見ると、茨城県の守谷市あたりなのだろうか。『むかし道路にあふれていた子供たちは、いつの間にか潮が引くように消えていった。いうまでもなく大学進学とか就職のために家を出ていったのだ。ここに住みついた親たちが、かつて似たような理由で郷里を捨てたのと同じ現象が、新興住宅街といわれた団地にも起きている』と書かれるように、そこに住む住民と同じように、街もやはり年老いていくのである。かつての輝きは失われ、かつてあったパン屋、肉屋、魚屋、八百屋、雑貨屋、床屋、書店など多くの店が無くなり、しかし無くなってもそこに次のオーナーが見つかるわけではなく、年老いた街は次々にシャッターの下りた街になってしまうのだ。

 そんな街に住んでいるのは、年寄ばかり。子ども達の笑い声が聞こえるわけではなく、女子中高生の話し声が聞こえるわけではなく、静まり返った街。もはや、廃れることを受け容れるだけの街なのである。まるで、年寄が自らの生涯を終えることだけを目処に生活しているような。

 そんな「廃れるだけの街」で河合が提案した、虹が丘小学校の絵画用教室を変えたデイサービス施設の話。

『河合は表情を引き締めた。
「ぼくは会社が嫌いだった。でも、会社を離れて気づいた。人は独りでは生きられない。虹が丘ロンテニスクラブは、たしかに孤独をいやしてくれていた。でも、それは遊びだ。一緒に仕事をできれば、まったく違う世界に入り込めるんじゃないだろうか」
「……なるほど」
 と雨宮がつぶやいた。
「あの陰険な医者は、世のため人のためになることをやれといった。でも、難しいなと感じたのは、一人でやるとばかり思っていたからか……。三人で組織をつくれば、乗り越えられるかもしれんな」
「そのとおり」
 河合は厳かな顔をつくった。
「好き嫌いはともかく、われわれはサラリーマンだ。一人ひとりは弱い。だが悪いことばかりじゃないぜ。連帯すれば何ごとも為しうると知っている」
「……そういうことですか」
 彦坂は腑に落ちるものがあった。
「わかりました。やってみますか」』

 なんか勇気づけられる結論だなあ。お年寄りの世話というのが、ちょっと私には難しそうだが。

 もうひとつ、気にいった台詞をひとつ。

『西洋の諺に、ロバは旅に出ても馬にはならないってのがあるらしいね』

 そう、旅に出るだけじゃ「ロバはロバ」。馬になるためには、いろいろ「経験」と「勉強」をし、自分の頭で考えることをしなければならない。まあ、普通の観光旅行じゃ馬にはなれないということなんだなあ。

 

2013年1月 8日 (火)

『「やりたい仕事」病』なんてほとんど無意味なキャリアデザイン

 何か久しぶりのような気のする本についてのお話です。では、スタート!

 キャリアデザイン?

「キャリアデザインとは自身のキャリアという自身の人生において仕事に費やす部分を構想する事。
 現在の日本では終身雇用制と呼ばれていた制度の衰退やリストラなどによる失業の可能性が高まっている事からキャリアデザインの重要度が高まっている。
 若い段階から行うためにキャリアデザイン学科などキャリアデザインに重点を置いたカリキュラムを構成する教育機関が増えている。専修大学にはキャリアデザインセンターという施設が置かれている」(Wikipedia)って、よくわからない。

『「やりたい仕事」病』(榎本博明著/日経プレミアシリーズ/2012年11月16日刊)

 そんなキャリアデザインなんてことを考えているから、「何故、若者は3年で辞めるのか」になってしまうのだ。特に何かの職種に対する希望を持っていないのなら、取り敢えず今の目前の仕事をしっかりやるようにすれば、何かが見えてくるかもしれないじゃないか。

 映画が好きで、映画評論なんかを書いていた…映像作りに興味があったのでテレビ局でアルバイト…映画業界は観客減で人は取らない、テレビ局もオイルショックの関係で民放は新人採用しない…角川書店の動向を見て、これからは出版社が映画を作るようになると見て…で、出版社に潜り込んで…数年して、自分がいる会社も映画を作るようになって、私もその部署に異動になる…ただし、作っているのはアニメ…という私の人生は幸せだったのか…今でもそれは分からない…人生なんてそんなもんさ。

『製造業の会社に勤める20代半ばの男性は、仕事についてこのように言う。
「今の会社はべつに希望して入ったわけじゃないから。正直言って仕事が楽しいとも思わないし、やりがいも感じません。でも、30代で起業するのが目標だから、将来の役に立ちそうなことは、しっかり見ておきたいし、学んでおこうと思ってます」
 小売業の会社に勤める、同じく20代半ばの男性も、
「この会社にずっといるつもりはないので、上司や周囲の人たちから仕事ぶりを評価されたいという思いもないし、無理せず適当にこなしながら、将来の構想を練ったり、情報収集に努めたりしています」
 と言う。
 よく話を聞いてみると、どちらの人も、「将来こんなことをするつもりだ」という具体的なビジョンをもっているわけではない。ただ、「今の会社にずっといるつもりはない」ということだけははっきりしている。そのために、今の仕事への取り組みが非常に中途半端になっているというのは本人たちも自覚している。
 あれこれ将来のことに思いをめぐらすばかりで、目の前の仕事に集中できない。何に対しても傍観者的、評論家的立ち位置をとり、目の前の仕事に没頭するということがない。こんな中途半端な姿勢でビジネスライフを流している人が、なぜか最近目立つように思う。
 プロローグで指摘したように、これはキャリアデザインを重視する風潮の弊害なのではないかと私は思う』

 私もそう思う。

 ガンダムの富野由悠季が『「アニメを仕事にしたい」と言いながら、とくに何もしていない人』に対し、『この業界に入ってくる人は、10代半ばに衝動に突き動かされ、気がつけば絵を描きシナリオを書いているもの。普通の人は普通の生活を考えた方がよい』と言うように、何かをやりたいと考えている人は、その時点で既にその「何か」を既に始めているのである。そうでもないのに、あれこれ想像だけで自らの未来を予想することなんてできるはずもない。

 普通の学生の経験なんて、せいぜい自らの将来の仕事と関係ないアルバイト位のもの。コンビニや居酒屋でバイトしたって、その程度の経験で本来はキャリアデザインなんてできるはずではないのに、むりやりキャリアデザインをさせようなんていうのは、何故なんだろう。

 結局、エントリーシートに「やりたい仕事」を書かせる企業の側の問題があり、企業に尋ねられたら何でも答えなければいけないと考える就活生の問題があり、そんな就活生に何かを指導しなければならないと(出来もしないのに)考える大学側の問題があるのであろう。ましてや自分の10年後、20年後の姿を予想したって、世の中は変わってくわけだし、会社だって変わっていくか下手をすれば会社自身が無くなってしまっている、なんてことだってあるかも知れない。そんな状況下でキャリアデザインなんてことをする意味はまったくない。

『キャリアのカオスセオリーを提唱している心理学者ブライトたちの大学生を対象とした大規模な調査によれば、70%の人々が自分のキャリアは予想外の出来事に重大な影響を受けたと答えている』

 というのであれば、ますますキャリアデザインの無意味性が見えてくる。

 大体、大学が学生の就職にそんなに気をかける必要があるのか、という疑問すらわいてくる。大学は就職のための予備校なのではないのだから、もっと大学本来の仕事をして欲しいと考えるし、そうした大学本来のことをちゃんとやってれば、企業もそれを評価して就職率だって上がるはずだ。

 まあ、そんな大学本来のことを行っていない「誰でも入れる大学」だけが、無駄なキャリアデザインをやってればいいのじゃないか。

 なんか、浮世離れした大学の姿がここにもあるようだ。

 

2013年1月 7日 (月)

行田:クリテリウム(自転車レース)の街、城の街、古墳の街

 1月6日には行田クリテリウムが行われた。

 昨年11月19日のブログに書いたのと同じ行田で行われるクリテリウムであるが、それと場所は近いもののちょっと別の場所、行田市立星宮小学校周辺に作られた約3kmのコースで行われた市民レースである。もともと、毎年冬に行われる埼玉クリテリウム・シリーズは、以前は菖蒲町周辺で行われていたのが、今年から行田市で行われるようになったようだ。別に『のぼうの城』で行田市が有名になったから、という訳ではないだろうが、今後は行田市総合体育館(行田グリーンアリーナ)および行田総合公園周辺の場所で行われるようだ。つまり「浮城のまち 行田クリテリウム」というわけだ。

 しかし、今回は市民レースなので、知っている人はいないし学校もないので、見ている方は退屈。

 ということなので、今回は行田観光です。

2013_01_06_135_2

 行田市というのはかなり古い街のようで、「埼玉県」が埼玉になったのも、もともと行田近辺が昔「埼玉郷」と呼ばれたことが始まりのようである。現在も「行田市大字埼玉(さきたま)」という地名が残っているそうだ。街並みもそんな歴史を感じさせる。

2013_01_06_050_2で、なんといっても昨年行田市を有名にしたのは「成田長親=のぼう様」と彼を主人公にした小説『のぼうの城』ですね。で、これが成田家の居城、忍城の御三階櫓である。勿論、再建されたもの。で、この忍城のあるところの地名が「行田市本丸」ってすごすぎない? まんま、ですもん。で、この忍城の前には諏訪神社・東照宮なんてのもあって、まあ、それは徳川時代のことだろうけれども、とにかく古くからある町であることは確か。

2013_01_06_010_2_2忍城から市役所を通り過ぎて、行田市駅前を右折し、その名も「古墳通り」をまっすぐに行って町はずれにあるのが「さきたま古墳公園」で、古墳群が10あまりもある広大な公園である。「さきたま」というのは「さいたま」の昔の呼び方であるそうな。で、その中でも一番高い「丸墓山古墳」の頂上から見た行田市中心部。小さく忍城が見える。奥の山は浅間山。

 この丸墓山古墳が石田三成の忍城攻略の際に陣を張った場所だというから、三成と私は同じ場所から忍城を見ていることになる。違いは、三成の時は水攻めなのでここから忍城まではすべて湖みたいになっていたはず、ということ。

 しかし、この「さきたま古墳公園」のすぐそばにあるのが「行田市斎場」って、出来すぎ。

2013_01_06_007_2_2丸墓山に行く途中の道が、三成が忍城攻略のために水攻めをした際の「石田堤」の名残り。正面が丸墓山古墳である。

2013_01_06_022_2武蔵国最大の「二子山古墳」。仁徳天皇陵ほどではないが、周囲に堀を張りめぐらしたかなり大きな前方後円墳である。

 さすがに埼玉もここまで来るとちょっとした旅気分である。私は車で来たが、電車で行くとなると、上越新幹線か高崎線で熊谷まで来て、秩父鉄道に乗り換えることになるので、さすがに本当の「旅」である。ただし、泊まるところはラブホテルくらいしかないかもしれないが。

 さあ、次は2月の神宮外苑学生クリテリウムだ。

『のぼうの城』もどうぞ。Kindle版もあります。

2013年1月 6日 (日)

『サイド・バイ・サイド』というけれども、映画は既にデジタルの方へ進んでいる

 映画というものがテクノロジーによって生み出された芸術形式である以上、その作品様式や製作方法、表現技術などがテクノロジーの進展からは免れないものなのである。旧守派はただ消え去るのみなのである。

 当然、この『マトリックス』キアヌ・リーブスが企画・製作したドキュメンタリー映画もデジタル製作されている。

『サイド・バイ・サイド――フィルムからデジタルシネマへ』(脚本・監督:クリス・ケニー/製作:キアヌ・リーブス、ジャスティン・スラザ/2012年作品)

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 数多くの監督、撮影監督、編集者、エンジニア、機材メーカーたちがインタビュイーとして登場するが、やはり一番説得力を持っているのがジョージ・ルーカスである。つまりデジタル技術によって「映画製作は民主化される」というのがルーカスの考え方である。何故か。ルーカスにとって制作現場での一番の悩みは、監督ですらカメラのルーペを覗くことを許されない、アメリカの映画制作現場の「しきたり」というか「撮影監督(Director of Photography:DP)」の尊大さなのだ。ギルドに守られたDPは、自ら画角を決め、照明を決め、映画のルックを決めているのだが、それは監督には立ち入ることのできない領域なのである。監督は、単に俳優に演技指導をするだけの立場である。気が小さいルーカスでは、それ以上の立場を取れず『スターウォーズ』第1作の時はそんなことで、神経衰弱を起こしたほどなのである。

 もし、映画製作のすべてに携わりたいなら、プロデューサーになるしかない、というのがアメリカの映画制作現場の実態なのだから。以後、ルーカスは監督兼プロデューサーの道を歩むことになるのである。

「デジタル技術が制作(製造)を民主化する」という言い方は『MAKERS』のクリス・アンダーソンと同じじゃないか。そう、デジタル技術のおかげで、カメラの中身は特権的な専門家だけの「秘密の箱」ではなくなった。それは映画の産業革命と言ってもいいのじゃないか。

 更に、デジタル技術によって低廉化された製作費は、「誰でも映画作家になれる」道を開いた。まさに、この作品で脚本家レナ・ダナムが言うように『デジタルビデオがなければ映画は作らなかった。私は脚本家としてスタートしたから、機械の知識もないし、撮影は無理だと思っていた』し、リチャード・リンクレイターの言うとおり『フィルムの時代には、映画製作なんて途方もないことに思えた。仲間たちとよく喫茶店で、もし誰かチャンスをくれたら、すごい映画を作ってみせるなどと夢を話したものだった」訳である。

 今や、日本のインディペンデントの劇映画はそのほとんどがデジタルシネマであるし、ポレポレ東中野あたりでやっているドキュメンタリーは100%デジタルである。2012年にはイーストマン・コダックが破産法の適用を申請し、フジフィルムは映画撮影用のフィルムの生産中止を決めてしまった。そう、もはや「デジタルシネマ」なんて言葉自体が死語になってもおかしくない状況である。「Eメール」なんて言葉を最早誰も使わなくなって、単に「メール」と言っているのと同じである。

 そんなデジタルシネマの現状に切り込んだリーブスもいいところに目をつけたというべきだろう。当然、撮影現場でデジタル化の状況をよく見ているリーブスが、もし製作者志向を持っているならば(というか『フェイク・クライム』や本作でプロデューサーをつとめ、2013年に公開される予定の米中合作のカンフー映画『Man of Tai Chi』では初監督を経験している)当然そこではデジタルシネマが行われている現場でもあるわけで、現状を考えると、デジタル技術抜きで映画を語ることはできないのだ。

 元々、映画は1909年にパリで両側に4っつずつのパーフォレーションを持った35mmフィルムの規格が出来て以来、モノクロからカラーへ、サイレントからトーキーへと技術が進展してきた。その進展の都度に消え去る演出家・技術者・俳優がいて、その新しい技術に対応する演出家・技術者・俳優が生まれてきたのだ。つまり、アナログからデジタルへの変化の途上にも同じく、消え去る人たち、そして新しく生まれる人たちがいるのだろう。

『映像の質が劣る手段が、フィルムを脅かしている現状を残念に思う。油彩画を捨ててクレヨンを使うようなものだ。僕は一番最後までフィルムを使う撮影監督になるよ』という撮影監督のウォーリー・フォスターや、『フィルムは独特の質感と粒状構造が魅力ね。個人的には、温かみがあるフィルムの味わいに、とても心を癒される。5年後10年後にもフィルムが残ってほしいわ』というリード・モラーノ、『フィルム撮影には100年の歴史があり、今も健在だ。ルーカスは20年前にフィルムは死んだと言ったが、今もフィルムを好む人がいる。映像が美しいからだ』というヴィルモス・ジグモンドたちには、今すぐ立ち去ってもらおう。と言わなくても、デジタルの軍門に下るか、自らデジタル化した撮影現場から去るであろうが。

 最後に、この作品では撮影監督をDirector of Photographyと呼ばずに、Cinematographerと呼んでいる。Director of Photography:DPという言い方が全米撮影監督協会(American Society of Cibematographers, 略称:ASC)が決めた特権的な呼称だからだろう。技術者としての特権性に委ねるのでなく、芸術家としての普遍性の方へとCinematographerという呼称を用いているのならば、それは大賛成だ。

 

 

2013年1月 5日 (土)

浅草『粋れん』の粋な飾り物

 毎年、三が日明けは浅草に行く。

 どうも下町の育ちだと、お正月は観音様という感じで、練馬に来てからも何故か観音様を見ないと正月気分になれないというところがある。ただし、三が日はあまりにも混雑するので4日に行くことが多いのだが、それでも大変な人手ではある。

 で、数年前から浅草に行く楽しみになっているのが、仲見世を雷門から入って最初の路地を左に曲がった雷門柳小路にある、和風小物の店「粋れん(すいれん)」なのである。

 2010年に行った時に発見した粋れんは、ちょうどその年の干支「寅」の置物を、マネキンが犬みたいに連れて歩いている雰囲気の飾り付けであった。では今年は今年の干支の置物か? ということで毎年浅草に行く楽しみが一つ増えたわけである。

Img014_2平成22年寅 Leica M6 Summicron 35mm/F2 Tri-X
Img001_2平成23年兎 Webより
Epsn0340_2平成24年辰 Epson RD1s Sumicron 35mm/F2
2013_01_04_003_2平成25年巳 Fujifilm X10

 何故か、2011年の写真が見当たらないのでWebから頂いてきてしまったが、多分未整理のネガの中にあるのだろうかな。

 ということで、今年も行ってきました。当然、今年は巳年なので蛇の置物なわけですね。ということで、当然来年は「午」になるのであろう。当然、来年も行くわけである。再来年も、再々来年も、ということで毎年行くのである。

 こんな、正月の楽しみ方もあるんだな。

『粋れん』の公式サイトはコチラ→ http://www.you-bi.com/suiren/

2013年1月 4日 (金)

東伏見はあるけど西伏見はない

 御免なさい、今日のネタは田無近辺にお住まいの方にしか興味がない(いやいや田無の人だって興味はないかも)話であります。

2013_01_02_029_2西東京市東伏見の住居表示

 西東京市には東伏見という地名はあるが、西伏見という地名はありません。西武新宿線にも東伏見駅はありますが、西伏見駅はありません。

 普通「上○○」という地名があれば、大体「下○○」という地名があるし、「東○○」という地名があれば「西○○」という地名がある。ところが西東京市には東伏見はあるが西伏見はないのだ。何故だろう?


2013_01_02_033_2西武新宿線東伏見駅前の鳥居

2013_01_02_017_2東伏見稲荷神社であります

 って、もうバレバレでしたね。そう東伏見という地名は、昭和4年に京都の伏見稲荷神社の分霊を勧請して創建された、京都の東にある伏見稲荷神社だから東伏見稲荷神社という名前のお稲荷さんが作られたのがもともとのきっかけ。東伏見稲荷神社がある場所だから東伏見という地名になったというわけなのである。だから、東伏見はあるけれども西伏見はない、というかもしそのようにして町名をつけると「東東伏見」「西東伏見」になってしまうわけなのだ。って、くだらねえ。

 西武新宿線の駅もそれまでは「上保谷駅」と言っていたのを「東伏見」に変更されたわけである。

 そういう意味では、町の名前が付いたことではかなり新しい部類に属する西東京市(元は保谷市)東伏見なのであった。

 今、東伏見稲荷神社のすぐ右側に広い道路を作っていて、一部は東伏見稲荷神社の下をトンネルで結んでいる。多分、これで東伏見駅から西武池袋線保谷駅方向へまでつなぎ、そのまま埼玉の新座方面までつなぐ道が出来るのかもしれない。

 まあ、そうやって次々に開発される東京区部西部なわけだけれども、そこまで開発しても意味があるのだろうか、もはや人口減少、なおかつ人口都市集中を避ける政策をとっている我が国でね。

 と言っても、どうせかなり以前に計画された道路は、もはや止めることのできない行政工事なのである。ということで、今日も目的がよくわからない道路工事が行われているのであります。

2013年1月 3日 (木)

Weekly progress report from Fitbit.

 先週はあまり動いてないなあ。

Hi mxl01056, here are your weekly stats.
12/24/2012 to 12/30/2012
WEEK'S MOST ACTIVE DAY
Sat, Dec 29
WEEK'S LEAST ACTIVE DAY
Sun, Dec 30
TOTAL STEPS
46,410
DAILY AVERAGE
6,630 steps
BEST DAY
11,334 steps
TOTAL DISTANCE
33.32 km
DAILY AVERAGE
4.76 km
BEST DAY
8.14 km
TOTAL FLOORS CLIMBED
89
DAILY AVERAGE
13 floors
BEST DAY
18 floors
TOTAL CALS BURNED
16,507
DAILY AVERAGE
2,358 cals
BEST DAY
2,686 cals
WEIGHT CHANGE
0.7 kg
LIGHTEST
92.9 kg
HEAVIEST
93.6 kg
AVG SLEEP DURATION
8 hrs 51 min
AVG TIMES AWAKENED
10
AVG TIME TO FALL ASLEEP
0hrs 8min

Last week's step winners

1 mxl01056
46,410 steps
See current leaderboard

Last week's badges

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『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか』

「ダメ出し社会」ってなんだ。と思って読んでみたら、要は、現状を批判するばかりで建設的なことを考えない社会ということなのか。

『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想』(荻上チキ著/幻冬舎新書/2012年11月30日刊)

 現在、日本経済は停滞の時期を迎えている。ところが、政治も一緒に停滞しているというのが、実はもっと深刻な問題なのだ。経済は停滞していても、もっと活発に停滞を打ち破る方法にトライする政治があれば、実は健全な社会と言えるわけである。

 ということで荻上氏は言うのである。

『僕らは、停滞している議論を前進させなければならない。そのためには、“新しい政治への参加方法”が必要です。
 ただ悲しいかな、僕らにとっての「政治参加」とは、多くの場合、イコール「選挙に参加する」になってしまっている。また、「どうせ選挙で世の中は変わらない」というシニシズム(社会の風潮を冷笑・無視する態度)があふれる一方で、他の選択肢を採用しようという動きは、まだまだ緩慢です』

 とは言っても、反原発デモなどの直接行動は実際行われているし、それはまだ結果を伴っていないけれども、今までは見られなかった行動である。また、被災地へのボランティア活動なんかも盛んに行われていて、こうした動きも間接的に政治を動かすことには繋がるだろう。

 ただし、こうした活動はどうしても参加者自身に積極的な参加が必要になってくる。そこで、荻上氏は「熟議・参加を重んじ、市民個人の能力を最大化するストロング・デモクラシー」に対置して、「大衆の集合の能力を最大化するスマート・デモクラシー」を提唱する。

 そうしたスマート・デモクラシーは、言わばデジタル・デモクラシーとも言え、つまり『ワンクリックで募金ができたり、数分でパブリックコメントを送れたり、特定サイトにあえて負荷をかける閲覧行為をするなどがしやすくなったことで、「民意」の可視化が容易になったり、「圧力」をかけるアクションへの参加が楽になったり』するというのだ。

 更に;

『2011年には「新寄付税制」と「NPO法の改正」が実現したため、認定NPO法人に寄付をした個人が、所得税に対して寄付控除を受けられるようになりました。
 この動きは、「信頼できない国に税金を納めて無駄に使われるぐらいなら、信頼できる組織に解決してもらいましょう」という、政府に対する一種のボイコットとして使えるのがミソ』

 だったり;

『安定成長下での市民運動のイメージといえば、中央に対して異議申し立てをするというものでした。しかしこれからは、端的にいえば、「国はノロノロしか変わらない。ならば自分たちでモデルを作って実行し、結果が出たら国にもそれをやらせる」という発想が需要になってくるようです』

 などの考え方をしてNPOや社会起業家がこれからは動きやすくなっている状況を捉えて;

『従来のロビイストのイメージともまた遠い、「自分でやり、後ろ姿を見せ、そして、その後ろを政治家についてこさせる」くらいのスタンスのものだと思います。いうなれば、「クレクレ型」ではなく「コレヤレ型」、自らロールモデルを創造していく活動だといえそうです。「予算には限界がある」「できる法整備にも限界がある」「期限もついている」ということを前提とした上で、いかにプラグマティックに意味のある形で、理想へと一歩でも歩みを進めていくかが重要です』

 という提案をする。

 これは『ウェブに一方的な期待をかけるだけでは政治は動かない。ウェブは双方向性が命である。最新の情報技術によってもたらされた豊かなコミュニケーション環境を、政治家や官僚との対話に生かさなければ世のなかは変わらないし、いつまでも「お上」に任せている場合ではない。ウェブを利用して政治家に語りかけ、政治を自らの手で「動かす」という当事者意識が、今われわれに求められている』という、12月4日に書いた津田大介氏の主張と似た発想である。

 つまり、政治家に使われているんじゃダメだ、むしろ政治家を我々自身が使い倒すんだという発想で物事を動かしていけばいいんだ、という主張。

 そう、批判ばかりじゃなくて、「そんな批判をするならば自分でやっちゃえば」という逆転の発想。

 それが荻上氏の言う「ポジ出し」の思想なんですね。

2013年1月 2日 (水)

"NEWSWEEK" #LAST PRINT ISSUE

"NEWSWEEK"の2012年12月31日版(アジア版では1月7日号)が"#LAST PRINT ISSUE"と名付けられて発行された。

 つまり最後の印刷版ということで、2013年1月からはデジタル版になってiPadやKindle、スマートフォンでどうぞということなのだ。

 編集長のティナ・ブラウンの巻頭言のタイトルは" A NEW CHAPTER : Sometime, change isn't just good, it's necessary"というもの。巻頭言の最後のセンテンスは"This is not a conventional magazine, or a hidebound place."で始まる。つまり「ニュースウィークは伝統を墨守するだけの雑誌ではないし、偏屈でもない」ということ。更に、"It is in that spirit that we're making our latest, momentous change, embracing a digital medium that all our competitors will one day need to embrace with the same fervor."「我々の競争相手たちが取り巻かれているのと同じ熱情に囲まれた、私たちの重大にして最新の変化である」と続く。つまりニューズウィークもメディアの変化の波には乗り遅れるわけには行かないということなのだ。ただし、"One thing, however, will not change, and that is our commitment to journalism of the very highest quality. We would not be Newsweek if it were otherwise."「しかしながらただ一つ、我々の最高のクォリティにおけるジャーナリズムへのコミットメントは変わらないだろう。ニューズウィークは他の何物でもなかったし、これからも変わらない」と高らかに宣言する。

 巻頭言の最後は、"So as we say sayonara to print, we thank our 1.5 million loyal readers, and ask you to wish us luck and join us next year in our all-digital future."「私たちはプリント・メディアにサヨナラを言うにあたって、150万人の忠誠な読者にはありがとうと言いたいし、次の年からのフル・デジタル版でも幸せな出会いがあることをお祈りしたいと考えます」と締めている。

 既にご存知のとおり、印刷版は80年の歴史を閉じて、来年からはデジタル版だけになるということなのだが、まあ、最近はどんどん印刷版の広告収入も落ちていたし、読者もかなりデジタル版に移行していたようなのだから、それも仕方のないことである。「ニュースウィークは伝統を墨守するだけの雑誌ではないし、偏屈でもない」という言い方には多少の居直りもあるようだ。特に一時はアメリカ国内版だけで300万部以上の発行部数を誇っていた同誌も、最後は150万部になっていたというのはちょっとショックでもある。

 ただし、ティナ・ブラウン編集長が「最高のクォリティにおけるジャーナリズムへのコミットメントは変わらない」と宣言するとおり、ニューズウィークのリベラルな報道姿勢は、以前の親会社ワシントン・ポストと並んで、どちらかというと保守的なアメリカのジャーナリズムでは高く評価されるだろう。

 この「#LAST PRINT ISSUE」は表2見開きのロレックスの"FROM THE FIRST EDITION TO THE LAST, THANK YOU"という、その創刊号の分を載せた広告に始まって、"The Battle of Brand X"というニューズウィークの元編集長エヴァン・トーマスとタイムの編集長ジム・ケリーの対談の他、ジェーン・フォンダの『バーバレラ』のヌード(! って背中だけですが)、ニューズウィークの歴史や、アメリカの人種問題の歴史やジェンダーの歴史、ベトナム戦争や9.11のこと、昔の特集記事の紹介などが満載されていて、ちょっとした「保存版」とでもいう感じ。

 取り敢えず、買っておいて無駄ではない内容だ。

438pxnewsweek_feb_17_1933_vol1_issuこちらは創刊号

2013年1月 1日 (火)

『300万円で大家になって地方でブラブラ暮らす法』はまさに田舎ではの方法論だが

 12月29日のブログで「紙の書籍も買ってはいるんだが、読まないまま積読状態。正月休み(って、いつも「休み」ですが)に読みますか」なんて書いているくせに、その舌の根も乾かないうちからKindleで読んだ本なのであります。

 もっとも「紙の書籍」の方も出ています。というかさすがに『もし高校野球の女子マネージャがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』のダイヤモンド社である。ほとんど同時に電子版と紙版を出している。多分、今後はこうしたやり方がベストセラーの方法論になっていくんだろうな。

『300万円で大家になって地方でブラブラ暮らす法』(加藤ひろゆき著/ダイヤモンド社/2012年12月13日刊/Kindle版2012年12月17日刊)

 で、本書の内容なのだが、どうも「北海道限定版」のような内容なのである。

 例えば「田舎暮らしで役立つツール」という項目。『ゼンリンの住宅地図』や『パソコンと携帯電話』、『ケルヒャー(高圧洗浄機)』や『ペンキとハケと如意棒』『インパクトドライバー』という(初級編)まではまあ理解できるが、(上級編)になって『チェーンソー(安全のため、ヘルメット、革手袋、安全靴、作業着、ゴーグルを着用)』『刈払機』『除雪機』となってしまうと、完全にいまだに原始林が残り、冬は雪深い北海道ならではの装備なのだろう。おまけに、手に入れた不動産物件は読んでみるとその殆どが500万円以下。とてもじゃないが、首都圏や三大都市圏では手に入れられない物件ばかりなのである。

 従って『300万円で大家になって地方でブラブラ暮らす法』という表題は、『地方で』という部分を『とてつもなく田舎で』という風に読み替えなければならないだろう。ましてや『100万円あればボロ物件が買える!』『貸家を3戸持てばリタイア出来る!!』というのも、本当に北海道地域限定版として読む必要がある。

 ただし、それは考え方の問題で『東京で1億円の戸建を買う必要はあるのか?』という問いかけは重要だ。確かに35年ローンで1億円の家を買ったとは言っても、勤めている会社が35年間も持ちこたえられるかどうか、いや会社がもっても自分が勤められるかどうかなんて、今の時代には分からないし、『1億円を使って東京で住宅を購入する代わりに、2000万円で地方に理想の環境と住宅を手に入れれば、残りの8000万円で生活費が捻出できる。田舎で生活費が8000万円あれば、ほぼ一生、生活できる』というのも、北海道のド田舎なら真実だろう。

 実は私も数年間であるが「サラリーマン大家さん」をやっていた時期がある。まあ、間に管理会社を通していたし、管理費や修繕費なんかの出費もあるから、不動産収入はたいしたことはなかったが、「サラリーマン大家さん」をやってみて分かったことは、不動産というのは「不労所得」であり、不労所得があるというのは実に気持ちの良いことであるということだった。特に「サラリーマン大家さん」の場合、実に心豊かになるということだった。まさしく「ブルジョア」気分である。そう、私は「エセ共産主義者」なのであります。エヘン。

 そんな観点から加藤ひろゆき氏の投資術を見てみると、なかなかに納得がいく。

 とにかく「働いてお金を貯める」「実家や安アパートに引っ越す」などして、とにかく『不動産を購入する前に、まず貯金を増やそう』ということである。『初期の頃は、低予算で参入できる物件を探し、地方の高利回り物件を購入』し、とにかく『借金なしで毎月のキャッシュフローを得ながら、資本の蓄積に励む』というのは、不動産に限らず、起業する際の鉄則である。

 ベンチャーキャピタルが多いアメリカならちょっと事情は違うと思うかも知れないけれども、日本ではそんなにベンチャーキャピタルなんかはいないし、ましてや不動産業に投資するベンチャーキャピタルなんて、多分、皆無だろう。

 更に、不動産投資の世界では億を超える物件をフルローンやオーバローンで購入するのが基本的なスタイルのようだが、実はそれは単に銀行の意図を受けただけの「オススメ」であるだけなのだ。銀行にしてみれば「担保付きのローン」というのは実に魅力的なビジネスであり、結局ローンというのは銀行だけが得するビジネスモデルであるにほかならない。あなたのオフィスによくかかってくる電話「アパート経営をしませんか。資産用にマンションを買いませんか。いえいえ、お金はローンで税金対策もできます。」という話にはくれぐれも乗らないことだ。

 逆に無借金であれば、いつでも物件を手放すこともできるし、「それ+家賃収入」でもって、もっと高い物件を購入することもできるのだ。

 ただし、そのためには「少ない金額で不動産を買える場所」に移り住む必要がある、ということで北海道なんだろう。結局、不動産の基本は土地代だから、それは仕方がない。

 しかし、例えば妻が都会の人間で、とにかく田舎に住むのは嫌だと言ったらどうするのだろうか(何か、私のことのようだが)。もう、そうなったらこの東京で安い物件を探す(探せば結構あったりもするのだ)しかないな。当然、安い物件は少ない収入しか上げられないが、まあ、それもやむを得ない。

 それでも、不動産所得ってのは「不労所得」だから、あるのはいいですよ。ないよりはね。

 

新年 明けましておめでとうございます

2012_12_29_003_2Nikon D7000 AF-S Nikkor 10-24mm @Kamishakujii (c)tsunoken

 新年 明けましておめでとうございます。

 巳年なので「蛇を遣う」という言葉を広辞苑でみつけました。「のらくら過ごす」という意味だそうです。まさしく今の私の生活です。これまであこがれていた「理想の暮らし」です。まさに、のらくらのらくら暮らしたいもんです。

 っても、お約束の通り、これを書いているのは旧年中なんだけれどもね。

 ということで、昨年の当ブログの総括。

 昨年のエントリー数380、ブログ開始からの通算エントリー数1,057、通算アクセス数325,097、ということなので1日の平均アクセス数は307になります。昨年、当ブログでご紹介した本の数は233、映画18、写真展18、その他のタイトル120でした。

 今年はそれに加えて「旅」というジャンルも加わるかもしれません。

 本年も当ブログ、宜しくご愛読のほど、お願い申し上げます。

 今年も、トバします。

 暮らしは「のらくら」ですが、ブログはトバすかもね。エッヘッヘ。

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