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2012年12月 5日 (水)

『「アラブの春」の正体』と同じ根っ子をもった運動は?

 チュニジアで始まった「アラブの春」「ジャスミン革命」ではあるけれども、それがFaceBookで拡散して成し遂げられたという話が入ってくるだけで、その実相は我々にはよく分からない。そんな不満に応えてくれる本なのであった。

『「アラブの春」の正体 欧米とメディアに踊らされた民主化革命』(重信メイ著/角川oneテーマ21/2012年10月10日刊)

 重信メイさんっていうと、私なんかの世代だとどうしても重信房子氏が前景に見えてきてしまうのである。しかし、メイさんのほうもいまやこうやってアラブ関連のジャーナリストとして活動してるんだな。

 ということで本書なのだが、基本的にはチュニジア、エジプト、リビアで起きた「アラブの春」が、実はバーレーンやイエメン、サウジアラビア、カタール、オマーンなどでもデモがあったりしていて、実は「アラブの春」とは無縁ではなかったし、アメリカがゴチャゴチャにしてしまったイラクや、相変わらず内戦が続くシリアなどの問題もあり、相変わらず世界の火種ともいうべくアラブの世界がそこにはある。

 しかし、チュニジアやエジプトに関していってしまうと;

『革命後の選挙がイスラム系の政党に有利だったのは、革命の原動力になったリベラル、左派のグループから有力なリーダーが出てこなかったからという理由もあります。
 ではなぜ、有力なリーダーなしに革命が成就したのでしょうか。人々の間に不満があるときには、行動を起こすためにリーダーは必要ではありません。政府を倒すまでは民衆蜂起でできるのです。リーダーが必要になるのは、政権を倒し、新しい政権を作るときです。
 政権を倒すまでは、不満や要求という共通の思いが人々の心を一つにします。しかし、政権を倒した後、不満を解消し、要求を実現していくかというプロセスでは議論が分かれます。そのときに、大まかな方向性を示し、人々をまとめていくリーダーシップが必要になるわけです』

 という状況で、結局革命を起こした主体は政権打倒後には政治の主体になれずに、既存の政治家や軍隊などが再建の主体になってしまったのである。それは言ってみれば反革命であり、革命を起こした民衆を裏切る行為でしかない。つまり、いわゆる「アラブの春」が本当の意味での革命ではなかったというのがその実態。もっとも、その原因は絶対王政やそれまでの支配者が超長期政権で、彼らに対する反対者の存在を許さず、また育っていなかったという理由もあるのだけれども、結局はそんな烏合の衆のような民衆運動でしか、革命運動がなかったということなのである。残念ながら。

 しかし、それは「始まりの始まり」にすぎないだろう。つまり、それまで虐げられていようとも、ただ黙っているだけでしかなかった民衆が、自らを虐げている権力者を倒すことが出来る、と学んだ大事な経験なのである。次には、もうちょっと気のきいたリーダーがちゃんと現れ、彼の領導する「本当の革命」が起きるかもしれないし、また何度か同じような「革命・反革命」を繰り返しながら、更に学んでいくのかも知れない。いずれにせよ、支配者は民衆が「モノを学ぶ民」であることに気づかないうちに、民衆は「モノを学ぶ」のである。いずれ何年先か分らないが、革命が実現する日がくるだろう。

 それが歴史の必然である。

『イスラム社会は歴史的に封建主義的な時代の規範を滞びて成長してきました。領主がいて富と権力がそこに集中する仕組みがまずあり、領主が集まってきたお金や仕事を配下たちに配っていく。コネが有効な社会になっているのです。
 このシステムは、かつてのイスラム社会では良い面もありました。イスラム教に、収入から一定の「ザガート(喜捨)」をせよ、という教えがあるように、強い者、富める者が、貧しい人たちに手をさしのべるような側面がうまく機能していた時代があったのだと思います』

 というイスラム社会の前近代性は、近代社会では国家による扶助となって変わってきているわけで、いずれイスラム社会もそのような変化を受けいれなければならなくなってくるのだろう。問題は宗教性ではなく、歴史の発展の正当さである。かつては宗教がそのような相互扶助の元になって来ていたものが、近代社会では国家が宗教に代わってそのような行いをし、宗教は「心の問題」だけを担当するようになってきた。そうして初めて「宗教の自由」という近代社会の存立の前提が明確になる。

 そうした意味ではアラブ社会で一番進んでいるのはパレスチナだということになるのだろうか。パレスチナにはイスラム教徒ばかりでなくキリスト教徒も生活をしていて、PLOなんかもそんな宗教にわけへだてなく、住民を寓していた。

『イスラエルはたしかにユダヤ教徒がつくった国ですが、彼らに土地を奪われたパレスチナ人はイスラム教徒だけではありません。キリスト教徒も無宗教の人たちもいます。そういう人たちがみんなでかつて自分たちやその親が住んでいた土地を取り戻すためにイスラエルの占領政策に抵抗しています。
 弾圧、差別、自由がない……だから抵抗しているのです。宗教のためではなく、生活のために戦わざるをえない』

 つまり「アラブの春」も宗教が原因ではなく、人間的な問題なのだろう。それは、イスラム教であれユダヤ教であれ、問題の根っ子は同じところにある。

 つまり「富の偏在」である。そういう点で言えば「オキュパイ・ウォールストリート」も同じ根っ子を持った運動なのかも知れない。更に言ってしまえば、中国の反日デモなんかも同じ根っ子かもしれない。

 すべての運動が同じ根っ子を持つものであれば、それらが連帯して活動できる日が、いずれは来るはずだ。

 それが楽しみである。

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