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2012年12月 4日 (火)

『ウェブで政治を動かす!』ことがまず第一。直接民主制までは、ちょっとね

『われわれはいつから「政治」に興味がなくなってしまったのだろうか。
 テレビで政治のニュースなんか始まったら。即チャンネルを切り替えるし、新聞や雑誌の政治記事なんてしっかり読んだこともない。選挙だって、いつ行ったかも覚えていない。そもそも行く意味がわからない――』なんて書き出しを読むと「?」となってしまうのは、私が「若者」でないから?

『ウェブで政治を動かす!』(津田大介著/朝日新書/2012年11月13日刊)

 まあ、確かに「政治」と「政局」を取り違えているマスメディアの責任もあるのだろうけれども、それでは「政局」でない「政治」の一側面――「政策」にフォーカスを置き、『インターネットのような新しい情報技術を政策決定過程の透明化や、決定過程にどれだけ関与させることができるのかを考察』するのが本書の狙いなのである。

 たとえば、我々が最も政治を近く感じる瞬間というのは当然「選挙」ということになるわけであるけれども、その選挙に関しても公職選挙法でもってネットは使いづらいツールとなってしまっている。つまり公示期間における政治家個人・政党のサイトの更新はできないし、多分、TwitterやFacebookによる選挙運動は禁止されている。

 それではそんな状況下でどうやって政治にネットを使っていくかというと、まずその双方向性を考えて、政治家の側からの使い方、有権者の側からの使い方を考える。

 政治家の側からの使い方として、今一番使われているのがTwitterであろう。ところがこの議員発のTwitterで「放射能汚染地域に住む人の血ってほしいですか?」と2012年5月25日に桐生市役所前の献血者の画像とともにツィートした桐生市の庭山由紀前市議や、2011年2月に宮崎県・新燃岳の噴火をめぐり「宮崎の火山が噴火し続けている。牛や鳥を大量に殺処分して、命を粗末にしていることに宮崎の大地の神様が怒り猛っているように感じる」とツィートした民主党の河上満栄前衆議院議員、その他、田村耕太郎前参議院議員、三宅雪子衆議院議員、梶川ゆきこ前広島県議などなど、まったくこの人たちのメディア・リテラシーってどうなってんの? と疑いたくなるような、SNSの使い方だ。

 とはいうものの、別に政治家がメディアリテラシーが高いわけではないし、その辺はごく普通の一般市民と変わりはない。とは言うものの、それはメディアリテラシーの問題ではなく、ごく一般的な「その場で言っていいこと・悪いこと」の問題でしかない。つまり、その程度の問題意識の低い政治家を我々は我々の代表として選んでしまったということなのだ。

 一方、有権者の側からのネットの使い方としては、まず一つ考えられるのは「政治家のメディア化」ということである。

『インターネットを「街」と見立てれば、立場の違うさまざまな人々の貴重な声を集めることができる。不特定多数に自分の意見が伝わり、それがきっかけとなって対話の機会が生じるといった意味で、ソーシャルメディアで政治家が発言するのは、人の多い駅前などで街頭演説をするようなものだ。かつて、街頭演説やタウンミーティングは、政治家が「メディア」としてふるまう上で需要な「仕事」の一つだった。それがソーシャルメディア上にまで拡大し、不特定多数の有権者にフォローされ、ツィートが閲覧されるようになったことで、近年政治家のメディア性は急速に高まっているとも言える』

 というように、これからは政治家自身が「編集力」をもって、Twitterなどのソーシャルメディアを扱わなければならないということのようだ。長文のブログやサイトで語る政治・政策ではなくて、140字のTwitterなどでキチンと自分の政策を語れないようでは「今北産業」のようなアホな連中を相手に政治を語れないということなのだそうだ。

 私なんかは粗忽なもんだから、ネットの普及を見て「これは直接民主主義の武器なんじゃね?」なんて欣喜雀躍したものだが、どうもそこにまで行くにはまだまだ道が遠いようだ。「政治家という職業」にNOを突きつける直接民主主義というのは私の理想なんだけれども、しかし、それを実現するためには有権者たる我々自身の政治的・社会的・文化的リテラシーがキチンと出来上がっていないといけない。というか、現状での我々はそれらのリテラシーがあまりにも低すぎる。自分が不利になる政策にはすぐ反対し、自分の有利になる政策ばっかりを追いかける。それでは当然、他の立場の人とはぶつかるわけで、それを調停する術を持たない。そんなことでは、直接民主主義は成立しない。

 ということで、とりあえずは間接民主制のなかでのネットの使い方ということなのだろう。

『インターネットが政治にもたらした最大のもの――それは「政治を日常化する」ことによる可能性だ。そして、その可能性を考える際には、政治を取り巻く情報技術のドラスティックな変化が、わずかここ数年の間に起きた現象であるということを踏まえておかなければならない』

『ウェブに一方的な期待をかけるだけでは政治は動かない。ウェブは双方向性が命である。最新の情報技術によってもたらされた豊かなコミュニケーション環境を、政治家や官僚との対話に生かさなければ世のなかは変わらないし、いつまでも「お上」に任せている場合ではない。ウェブを利用して政治家に語りかけ、政治を自らの手で「動かす」という当事者意識が、今われわれに求められている』

 という、当面は間接民主制の中でのネットの使い方の適正化と言う事なのかもしれない。

 ちょっと残念。しかし、ちょっと頑張ろう。

2012_12_02_059_2Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105mm @Harajuku (c)tsunoken

 

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