フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『北井一夫、いつか見た風景』 | トップページ | 『セルフパブリッシング狂時代』に狂ってみますか? »

2012年12月27日 (木)

結局読んでしまった『3Dプリンタの社会的影響を考える』

 12月29日の当ブログで読まないだろうと書いた『3Dプリンタの社会的影響を考える』を何故読んだのか? それはあるブログで「3Dプリンタによる銃器の製造が法律で禁止されそう」 という記事を読んで、それについての記述がこの本に書かれている、ということを読んだからなのだ。

『3Dプリンタの社会的影響を考える――英国の政策レポートをもとに』(小林啓倫著/Kindle/2012年11月15日刊)

 それを見る前に「Wiki Weapon」を検索すると出てくるこのサイトを見て欲しい。つまり、CADソフトと3Dプリンタのおかげでできたプラスティック製のライフルで実弾が発射できるということであり、その実弾発射シーンである。多分これはM4カービンのデッドコピー機であるようだ。しかし、プラスティック製のため、6発撃ったところで銃は壊れてしまったそうであるが、素材の改良が出来れば十分実銃として使える銃器ができることが分かった(その後のYou Tubeではその様子が見て取れる)。あるいはCNC旋盤を使えば金属製の銃器の製造も不可能じゃないわけで、そうなればもうちょっと性能の良い銃器もできる筈なのだ。

 そのことをこの『3Dプリンタの社会的影響を考える』では以下のように述べている;

『「個人で何でも作れる」ことが3Dプリンタのメリットのひとつなわけだが、それは逆に、社会にとって最大のデメリットになり得る。言うまでもなく、武器などの危険な物品が製造されてしまうリスクである。
 テキサス大学法学部に通う学生であるコーディ・ウィルソンは、「ディフェンス・ディストリビューテッド(Defense Distributed、直訳すれば「分散型の防衛」)という奇妙なグループを設立し、さらに奇妙な名前のプロジェクト「ウィキ・ウェポン(Wiki Weapon)」をスタートさせた。その目的は「3Dプリンタで製造可能な銃の設計図をつくり、それをネット上で公開する」というもの。プロジェクトは2万ドルの資金調達にも成功していたが、それを報じる記事がガーディアン紙のウェブサイトに掲載されたことから論争を呼び、同グループが製造に使用していた3Dプリンタのメーカー(米ストラタシス社)が作業場に押し入り、機材を差し押さえるという結末を迎えることとなった。その後ウィルソンらは別のパトロンを見つけ、新たな機材と弾道検査まで可能な作業場を得てプロジェクトを続行していると報じられている』

 と。

 で、その続行されたプロジェクトの結果出来てきたのが、先のプラスティック製の銃器というわけなのだ。一度破綻した「3Dプリンタで銃器を製造する」プロジェクトであるけれども、すぐさま別のパトロンが現れて、取り敢えず一度は銃器の製造に成功するというのが、いかにも「銃社会」アメリカの姿ではある。

 銃規制派は「銃はアメリカ社会の自由と民主主義の破壊者だ」といい、全米ライフル協会などは「銃はアメリカ社会の自由と民主主義の守護者だ」という。銃規制派は「アメリカ人は銃を持たなくても安心して生きられる社会にするためには大きな政府で国民の安全を守るべきだ」といい、銃規制反対派は「アメリカ人は銃を持つことによって自らの安全を自ら守り、小さな政府を作るべきだ」という。

 どちらが正しいのかは別にして、イギリスの圧政から自らを解放し、自由と民主主義を作り上げたのは「銃の力」によるものだという歴史を持っているアメリカでは、なかなか銃規制というのは通りにくい論理なのだろう。オバマ大統領も今回の銃乱射事件を受けて、銃規制の強化を再び考えているようだが、まあ、またしても反対派の抵抗によって銃規制の強化は無理だろう。

 アメリカでは犯罪歴やドラッグ歴などの調査をして銃器販売の際には使っているようだが、そんなものはいくらでも抜け道がある。一方に「銃を売りたい」ひとがいて、もう一方に「銃を手に入れたい」ひとがいる限りは、そんな程度の規制では銃器販売に足枷をはめる事はできないはずである。

 問題は「銃そのもの」ではなく、「銃を持つ人」なんだけれども、「銃を持つ」ということは「力の源泉を手に入れる」ということである。自動車を持つ人が「スピードの源泉を手に入れる」というのと同じく、問題はその「力の源泉」「スピードの源泉」を如何に自らの理性のもとにコントロールするかということだろう。問題は「機械」ではないということなのだろうが、しかし「銃を持った人は自ら力を持った」と錯覚し、「自動車を持った人は自らスピードを持った」と錯覚する。そうすると、銃も自動車も、それを利用して人を殺傷することが起こってしまうわけなのである。

 コーディ・ウィルソンらがそんな事をする人たちではないことは分かっているが、でも「そんな事をする人たち」は必ず出てくるわけで、「3Dプリンタによる銃器の製造が法律で禁止」されるようになってしまうわけである。

 テクノロジーというものは当然そこには表裏があって、今回はその裏面が顕になってしまった訳であるが、こうした危険性は常にある。

 便利さを受けれるだけではなくて、その裏面にはこんな危険なこともあるのだ、ということを知らされた一件ではあった。

2012_12_26_005_2Fujifilm X10 @Akihabara (c)tsunoken

« 『北井一夫、いつか見た風景』 | トップページ | 『セルフパブリッシング狂時代』に狂ってみますか? »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/56375373

この記事へのトラックバック一覧です: 結局読んでしまった『3Dプリンタの社会的影響を考える』:

« 『北井一夫、いつか見た風景』 | トップページ | 『セルフパブリッシング狂時代』に狂ってみますか? »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?