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2012年11月 9日 (金)

『百年前の日本語』は漱石の「立ち位置」の基本が分っていないんじゃないか

 筆者の今野真二氏は1958年生まれであるから、現在54歳。つまり学者としては一番いい年齢なのだろうけれども、こうやってミクロの世界に入り込んでしまうと(実はそれは楽しいんだけれどもね)「現代の全体像」ってものが見えなくなるんだろうな。

『百年前の日本語――書きことばが揺れた時代』(今野真二著/岩波新書/2012年9月20日刊)

 基本的に書きことばの分析から入るわけであるけれども、やはりその場合は夏目漱石からなんだな。

『夏目漱石の『それから』も第一回は(一の一)は、明治四二年(1909)年九月二七日に、『東京朝日新聞』及び『大阪朝日新聞』に同日掲載され、同年一〇月十四日に、一一〇回(一七の三)が掲載されて連載を終える。 <中略> その原稿の四行目に「思つてゐる所へ折りよく先方から遣つて来た」という行りがある。その「所」の字に注目してみると、まず「一」と書いてから、その下の左側に片仮名の「ツ」のようなかたちを書き、その右に片仮名の「ケ」のようなかたちを書いた字形であることがわかる。この字形を見て、「所」であるとわかる人は現在は少なくなっているのではないだろうか。原稿の五行目、九行目にも「所」字があるが、いずれも、右で述べたような字形をしている。この「所」の字形については、拙著『消された漱石』(2008年、笠間書院刊)第二章においても採り上げたが、伝統的な楷書体につながる、いわば由緒正しい字形である。漱石はそのような字を書いていた。
 ところが、この字形につながる字は、五万字を載せている『大漢和辞典』にも載せられていない。明朝体活字の漢字字形を概観するには、文化庁文化部国語課『明朝体活字字形一覧―一八二〇年~一九四六年―』(1999年刊)が便利であるが、これを見ても右の「所」字と同じような字形の明朝体漢字はみあたらない。先に述べたように、しらずしらずのうちに、「明朝体」という書体に基づいて「字体」概念を形成している現代人には、漱石の書く伝統的な楷書体の「所」が奇異なものに映ってしまう』と書くのだが、別にそんなことはないはずだ。

 こういうミクロな分析にばっかり行っちゃうから、学者の分析は間違うんだよな。

 漱石は明治40年(1907)に朝日新聞に入社したわけだが、それは別に新聞記者になるために入社したわけではない。つまり、当時は今のように「外部の作家に小説を書くために発注する」という考え方も、更に現在のような著作権に対する考え方もなかった時代、作家を自らの会社に留めて、なおかつ印税を払うという現在の考え方の代わりに給料を払うという形で作家に報いるためには「作家を社員にする」というのは、ごく普通に行われていたことなのである。

 漱石が朝日新聞に入社するまでのフリー時代に書いていた作品は『我輩は猫である』『坊ちゃん』『野分』の三作だけである。その三作で作家として認められた漱石は、朝日新聞の「座付き作家」になって、以後、朝日新聞の為に小説を書き続けたわけである。

 ということなので、当時1行19字詰めであった朝日新聞に合わせて自ら19字詰めの原稿用紙を作った漱石である。当然、その時期の漱石の小説原稿は朝日新聞の担当編集者と担当校閲者が目を通すことを前提として書かれているわけである。ということは、漱石はそういうことを前提として直筆原稿を書いていたわけであって、つまり、たとえどんな「略字」を書いていようとも、そこは朝日新聞の校閲基準でもって判断される表現方法に改められることを承知で書いていたのではないか、という考え方をするのが普通じゃないか?

 それをもってして、漱石の自筆原稿をそんなに「意味」のある原稿とする意味が分らない。何故、そんなに意味があると考えるのだろうか。

 というところから、私としては近代文学の研究者に対する不信が出てくるのだ。

 何故かこの辺の近代文学研究者って「自筆原稿」にこだわるのだ。しかし、明治以降の「活版時代」になってから現代に至るまで、「自筆原稿」を見ても意味はないのではないか。結局、自筆原稿なんてものは活版時代以降は単なる組版担当者に対する「記号」でしかないのである。まさしく、夏目漱石の原稿用紙がそうであったように。

 だいたい「原稿用紙」そのものが、「活版印刷」のための「文字数数え」のための参考用紙なのだ。適当な字詰めを見せて行数を見せることで、おおまかな全体字数を見せるというものなのである。でなかったら、全然原稿用紙なんてものは必要はないはずだ。昔、本を印刷しなかった時代には、書き手は勝手に自分の書きたい用紙に書くわけだし、それを筆写する人間はそれはそれで勝手に筆写していたわけだ。それがキリスト教聖書の歴史。

 つまり、漱石が「原稿用紙」を使ったことを基本的に採り上げるべきだと思うのだが、そうではない方向に今野氏は行ってしまう。

 その結果としての「統一される仮名字体」という言い方でもって、明治期の「漢語」「和語」「外来語」などの諸言葉による「揺らぎ」が、昭和を経て平成になって、そんな「揺らぎ」が統一されることを残念に思う筆者の姿が見えるのであるが、実は全然そんなことはなくて、相変わらず日本語は「揺らぎ」つづけているんだな。

 確かに、今野氏の判断の依拠している文科省の文書とか、神田神保町で作られる辞書では、最近の日本語表現は明治期に比べて「揺らぎ」がなくなっているようには見えているのだろう。ところが、事実はそんなところでは動いていないのだ。

 例えば「外来語」というのは今野氏にとっては「英語」をベースとするところのヨーロッパ言語だろうけれども、今の我々の「外来語」というのはアジア語ベースの韓国語(朝鮮語)や現代中国語(漢語ではない)なのである。

 そんな「外来語」の中で相変わらず「日本語は揺れ続いて」いるのだし、もっと大事なのは、やはり世界中の言語もまた「揺れ続いて」いるということだ。

「絶対的な英語」もないし「絶対的な日本語」もないのである。

『揺れ動いていない』言語なんかはない。常に『揺れ』ているのが『言語』なのである。

 その辺が『学者』には見えないんだろうな。

 ということで、通算1000番目のエントリーではありました。

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