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2012年11月 2日 (金)

『定年後の勉強法』は私には向かない。私が向かうのは「知の賢人」ならぬ「痴の小賢しい人」だからね

 要は「前頭葉」なのだな大事なのは。昔、「前頭葉が大事なんじゃ」と言いながら額をペシャペシャ叩き続ける老人の話を、何かの本で読んだことがあるが、あれなんだな。

『定年後の勉強法』(和田秀樹著/ちくま新書/2012年9月10日刊)

 って、何を言い出すんだこの男は、というところでしょうけれども、つまりこういうこと;

『脳の前方にある前頭葉の機能には未知の部分が多いのですが、意欲や創造性を担っていると考えられています。この部位を事故などで損傷したり、ここに脳腫瘍や脳梗塞が発生したりすると、意欲が失われたり、驚き、怒り、悲しみ、喜びといった感情や思考の切り替えができなくなったりします。
 この前頭葉と呼ばれる部分の萎縮(老化)は早ければ男性更年期にあたる四十代から始まります。前頭葉が老化すると、意欲を持って物事に取り組んだり、自分で考えをまとめたりすることが苦手になるなどの変化が現れます。意図的に前頭葉を使う習慣をつけないと、クリエティビティも意欲も下がっていってしまいます。
 すなわち、人間の老化は身体機能や知力以前にまず、感情からはじまるのです。刺激を受けることに対して億劫になって、身体を動かさなくなるし、頭も使わなくなります。思考のパターンが決まって、感情が動かなくなると、ますます前頭葉の萎縮も進むという悪循環に陥ってしまうのです』

 初等・中等教育というのは基本的に側頭葉(文系脳)と頭頂葉(理系脳)を鍛える教育であったのに対して、日本の高等教育ではあまり前頭葉を鍛える教育がなされていない。つまり、「正解は一つ」という発想から、大人の考え方である「正解はいくつもある」という発想に切り替える考え方が弱いのであるけれども、そんな前頭葉的な発想法に考え方を変えていこうというのが「大人の勉強法」であるというのである。

 そのための勉強法とはインプット型の勉強法からアウトプット型の勉強法に変えなければならないということ。日本人の大好きな「詰め込み方の学習法」から、ちょっと苦手な「自分の頭で考える学習法」に変えるということなのだ。いろいろなアウトプットの方法論があるわけで、例えば大学院に行って研究発表の場を作ったり、カルチャースクールや大学に行って若者と知り合える機会を作っていろいろ刺激しあうという方法もあるが、実は一番簡単なことは仕事でも使っていたパソコンを使う方法なのである。

『実際にパソコンができるようになればどいったことが可能になるのでしょうか。ホームページを持つことで自分の趣味の写真や音楽、旅の記録、小説などを全世界に公開できるようになります。ブログを持つことで日々の自分の思考を世の中に訴えることもできます。最近はfacebookやtwitterというSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)で世界中の人々と情報の交換さえもできてしまうのです。また、映画の編集作業すらも自分のパソコン上でできます』

 と、最後の「映画の編集」というのは和田氏の趣味の世界だが、そうパソコンとネットのおかげで自分の考え方を世の中に広められることが可能になったわけで、それを利用しない手はない。ということで、私がブログを書くのは「老化の防止」? ってことでもないが、それにも繋がるのかも知れない。たまに「異論・暴論」も吐くが、それすらも大事らしい。

『刺激的・魅力的な発言をするためには、準備も必要です。自分の頭の中をとにかく聞いたことのない説とか、異論暴論、多様な説で埋めて、考え方のレンジを広げる試みをする必要があります。
 本を読んで、情報を与えられた時に、考える習慣をつけなければなりません。安易に納得するためではなく、そこからどんなことが考えられるのかを知るために読書をすべきなのです。これは「思考力」を刺激することにもなり、批判的な読書ともいえるでしょう。「批判的」とは、自分の経験をもとに、実際はこうではないかとツッコミを言えるようになることです』

 ということ。そうか「暴論」も必要な頭の体操なんだなあ。

 ということで和田氏がすすめる「知の賢人」とは『「話が役に立つ」「人徳がある」といった、他人が「魅力的だ」「知的だ」と評価してくれる人物のことです』として「知の賢人」を4パターンに分けて考えているようだ。つまり

・コンサルタント系賢人

・「心の健康、身体の健康」の専門家系賢人

・文化を再評価する宗教・歴史系賢人

・アーティスト(映画監督、小説家)系賢人

 という4パターンだ。

 これからすると私は、いろいろアウトプットはしているけれども、やっぱり「知の賢人」にはなれないのだろうな。

 なにしろ「話は役には立たない」し「人徳」なんて耳滓ほどもない。ましてや、他人が「魅力的だ」「知的だ」なんて全然思わないだろう。

 あ、そうか「知的」ではないにしても「痴的」くらいには考えてくれるかも知れない。だとしたら、私が目指すものは「知の賢人」ではなく「痴の小賢しい人」なのね。

 というところで納得した。

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