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« 『10分あれば書店に行きなさい』というのはその通りなんだけれども | トップページ | 『間抜けの構造』って程には“間”じゃないことを語っているビートたけしがいるのであった »

2012年11月17日 (土)

国府津逍遥

 ふと思うところがあって東海道線は国府津駅まで行ってきた。というか、国府津駅では乗り換えをしたことがあったが、降りたことはなかったのだった。

 東海道線国府津駅は1887年に横浜駅(現在の桜木町駅)から延伸して開業し、その2年後1889年に御殿場駅・沼津駅を経て静岡駅まで開通した。今の御殿場線を通るルートが昔の東海道線だったのである。

 ただし、国府津から御殿場までは勾配がきつくて列車を後押しする機関車(当然蒸気機関車である)を連結しなければならなく、国府津駅がそのための機関車の基地駅として重要な役割を果たすことになった。

 特急列車であっても機関車連結のため国府津駅で停車をしなければならなかったわけで、そんな意味では国府津駅は東海道線の要衝だったのである。

2012_11_13_010_2国府津駅の駅舎が大きいのは、やはり昔の東海道線の歴史の賜物なのかも知れない

2012_11_13_012_2ただし、国府津の町は宿場町ではなく(宿場は大磯と小田原)駅前も別に町が発達はしていないで、ただ国道1号線(東海道)が走るだけである。

2012_11_13_099_22012_11_13_001_2親鸞上人が7年ほど過ごしたお寺があるそうでそこが「親鸞聖人御庵室」として碑が立っているが、そこと天神様くらいが国府津の名所だそうな。

 しかし、御殿場経由のルートでは速度向上のネックとなり、小田原―沼津を直結するルートを作る必要が出てきた。

 その後、トンネル掘削技術の向上などもあり、東海道線全通から45年後の1934年に丹那トンネルが開通した。その結果、熱海―三島が直結してしまうと御殿場ルートはいらなくなってしまい、御殿場ルートは御殿場線として東海道線から切り離されて一ローカル線になったわけである。ついでに言ってしまうと、1943年には戦時中の金属供出のために東海道線という大幹線では当然の複線から単線になってしまった。

2012_11_13_120_2御殿場線の始発駅である国府津駅に止まる御殿場線はJR東海の路線。その為にJR東日本のカラーであるオレンジと緑の「湘南電車」カラーではなく、白にオレンジ・バーのJR東海カラーになっている。

2012_11_13_126_2


3面5線式の駅の東京行き上り5番線の右にあるのが、東海道貨物線の2線、そのまた右の2線が待避線なのだが、これが後押し用の機関車の待避線の名残なのだろうか。当日は成田エキスプレスの多分大船駅始発列車の待避線として使われていた。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 10-24mm @Koudu (c)tsunoken

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