フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『中の人』が何を言おうが事件は現場で起こっているのである | トップページ | 区境には何がある? いやいや何もないのだ。というところから問題は飛躍するのだ »

2012年10月 6日 (土)

『日本で知った「幸せ」の値段』以上に深刻な日本の問題

「にしゃんたさん」っていうタレントがいたのなんて知らなかったなあ。

 大河ドラマとニュース以外にもテレビを見なければいけないのかなあ。

『日本で知った「幸せ」の値段 無一文の留学生が大学准教授になるまで』(にしゃんた著/講談社/2012年9月13日刊)

 それではその値段を目次に沿ってみていくと;

日本名の値段 10万7000円
日本に来たときの所持金 7万円
初めてのアルバイト 時給500円
目標にした外国人タレントの古本 300円
大学時代に貯めた貯金 300万円
空手の稽古代 0円
バーの用心棒 時給1000円
初出演のテレビのギャラ 3万円
京都府名誉友好大使 の一ヵ月の報酬 約15万円
株式会社の投資金 100万円
行きつけの店のコーヒー 200円
県立大学准教授の年収 約800万円
学生たちと食べた定食 600円
結婚式で使ったお金 3000円
京町屋の家賃 15万円
社会人落語日本一決定戦準優勝の賞金 20万円
高速フェリーのお酒 500円

 という、それぞれの値段はその時、その時のにしゃんたさんの「幸せの値段」だ。その時、その時ににしゃんたさんが感じた幸せってなんなのだろう。つまり、それは日本という国でにしゃんたさんが認められていく過程なのである。

 日本という国は外国人を排斥するっていうことはないのだけれども、実は外国人を微妙に排除する方法論をとっている。「国籍条項」というものがそうだし、京都の人が外国人と学生に優しいという話にあるように「いずれ出ていってくれるんや」という発想があるのと同じように、日本人全体が外国人に対しては「いずれいなくなる人」という感覚なのだ。基本的に「日本は日本人が住む場所。外国人がいてもそれは一時的なもので、いずれ自分の国に帰っていくものだ」という考え方がある。これは、実は海外にいる日本人にも共通の感覚があるようで、今外国にいてもいずれは日本に帰ってくる日本人というものが当たり前という発想なので、海外に行ってその国の事業に骨を埋めるという発想がないのが日本人であるという考え方。

 しかし、こんな考え方を日本人が持っている以上は「世界に開かれた国・日本」というものにはならないだろう。

 いまや企業が国境を越えてグローバル化している時代である。そんな時代に何で日本人だけがそんなローカルな発想でいるんだろう、という気になるのであるが、結局それは同じ言葉を喋る人間が1億人いるという僥倖に支えられた考え方なのかも知れない、と最近考えるようになった。

 たとえばこの「にしゃんたさん」はスリランカの人だが、最初から英語を喋っている。まあ、多分にスリランカ訛りの英語だったんだろうけれども。結局、それはスリランカ語というものがマイナー言語だったからなのだろう。

 世界中で自国の言語だけで普通に生活できるのは、アメリカ(米語)、中国(簡体中国語)、インド(ヒンズー語)、日本(日本標準語)くらいのものだろう。その中でインドは一時イギリスの植民地だった経験から英語が第二標準語的に扱われ、インテリ層では英語(とは言ってもインド式英語だが)が普通に普及している。中国は、日本の10倍以上の中国語人口を抱えているものの、そんな大半の中国人相手にしては市場が成立しない、商売ができないので、やむなく英語を話すようになった。実際、中国人が英語を話すようになったのはここ10数年位のものだろう。

 まあ、最近は中国語だけでも市場が成立するようになって、それが反日の運動にも繋がっているような気がしないでもない。

 そこへ行くと、日本という国は朝鮮戦争などのお陰もあって、高度成長経済のお陰で中間層が育ち、そんな日本人だけを市場として考えても経済が成り立つようになってしまった。結果、日本人は日本語しか話せなくても・理解できなくても、普通に生活ができるという、まさしく小型アメリカの様相を呈してきてしまったのである。

 アメリカが世界の中で「大きな田舎」と呼ばれているのと同様な言われ方で、日本も世界の中の「田舎」になっているのではないか。田舎の人は外の世界に出て行こうとしない。外の世界の人がコミュニティに入ってきたら、とにかくウェルカムするが、それはいずれその人が外の世界に戻ることが前提になっているから……。でも、その人がそのまま日本に、我がコミュニティに居続けようとすると、それこそ「国籍条項」やらなんやら持ち出して「排除」しようとする。

「にしゃんたさん」が日本人の女性と結婚しようとしたときに、彼女の父親が言った「三つの結婚を許せない理由」がまさにそうである。まず一つ目は「黒い孫は困る」、二つ目は「長男やのに、日本なんかでうろちょろしているやつは、人間として信じられん」、三つ目は「自分の国を捨てるような人間は、妻や子も捨てる可能性がある」という三つの理由のすべては、結局、日本人的な価値観だけでよその国の人間を判断しようという傲慢さである。なぜ傲慢か? それはその考え方が傲慢ではないという日本人の共通する考え方の中でしか通用しない考え方であるということに本人が気がついていないからなのである。

 ところが、いまや日本には韓国・朝鮮人、中国人ばかりでなく、ブラジルなどの中南米からの人たちや、その他アジアからも沢山の人が来ており、彼らは基本的に「日本が気に入って」永住しようという人たちばかりなのだ。

 こうした人たちを受け容れて、日本では少なくなりつつある若年・青年労働者として永住してもらうというのは、日本の将来像を考えると実はとても大切なことなのである。

 その意味では「にしゃんたさん」みたいな人(実はとても多いような気がする)たちがどんどん出てきて欲しいし、日本の将来はそういう有為の外国人の手にかかっているような気もするのだ。

 でないんだったら、やはり鎖国をして次第に滅びていく日本を愛するという方法しかないんじゃないか。

 さあ、どちらがいいんだろう。

2012_10_05_027_2
EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @Shimoigusa (c)tsunoken

« 『中の人』が何を言おうが事件は現場で起こっているのである | トップページ | 区境には何がある? いやいや何もないのだ。というところから問題は飛躍するのだ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

外人が 多くなってますね  神戸市垂水区でも かなりいます
白人の場合 不思議なのは^^ 奥さんを連れている場合 あるいは 恋人でもいいのですが
たいてい 日本人から 見れば ブス^^
ジョンレノンの 奥さんも 日本標準から 見れば ブスだったし^^
ぼくの おくさんも ブスです(^___^)::
ブスは 三日たてば 見慣れるってことで??

芦屋市でも アフリカ系のおんなの子が 高校生の服を来て 日本人のおんなの子と 仲良く話しているのを 多く見る

日本の 平和を 愛して  なかよく 暮らしてくれるひとなら
だれでも 歓迎しますよね!!

日本の政府が 若者を 使う手段を もたないのが 不安

日教組のせいでしょうか??

日本へ 犯罪目的で 来る人も おおいのが 困るのみ

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/55819376

この記事へのトラックバック一覧です: 『日本で知った「幸せ」の値段』以上に深刻な日本の問題:

« 『中の人』が何を言おうが事件は現場で起こっているのである | トップページ | 区境には何がある? いやいや何もないのだ。というところから問題は飛躍するのだ »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?