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2012年9月 6日 (木)

『オリンパスOM-Dワークショップ』がワークショップになっていないことについて

 写真家じゃなくて写真機家の田中長徳氏の本となると、こうした「一種のマニュアル本」であっても買ってしまうんだよな。

『オリンパスOM-Dワークショップ』(田中長徳著/エイムック2439/2012年8月20日刊)

 ただし、この本は決してオリンパスOM-Dのマニュアル本ではない。というかデジタルカメラにおけるマニュアル本ってなんだろうということを考えてみたい。

 アナログカメラの場合、フィルムの装填の仕方から、露出の決定の仕方、フォーカスの合わせ方なんてものが付属マニュアル本には書いてあったわけだ。そんなの知ってるよとばかり、我々はほとんどそんなマニュアル本を無視して写真をとっていた訳だ。つまり、カメラというものがそれだけコモディティ化した機材になって、どのカメラを使っても基本動作は皆同じということになっていたという訳なのだ。まあ、フィルムを装填して、露出を決めて、フォーカスを合わせれば、誰でも写真は撮れるわけで、その方法だってカメラ機材によってそれほど違うわけではない。距離計合わせの回転方向くらいの違い。なので、基本的に新しいカメラ(中古品を買っても同じ)を手に入れたフォトグラファー(要は写真を撮る人です。別に仕事で撮るわけじゃない)は、基本的にはカメラに付属していた操作マニュアルなんかは一切読まずに、即、撮影をしていたわけだ。しかしながら、アマチュアと呼ばれる(あるいは自称する)フォトグラファーは、何とこの操作マニュアルを読むんですね。で、それでは足らずに写真機材会社じゃない出版社から出る「作例写真」付きの、マニュアル本を一生懸命読んだりするわけだ。って、バカですね。だって、そんなマニュアル本を読む時間があるなら、自ら写真を撮っていたほうが絶対いいはずなのである。

 ということで、ということをよく知っている田中長徳氏のマニュアル本は決して写真機のマニュアル本ではないのだ。だって、『変換アダプターで様々なレンズを交換して遊ぶことを目的にしてはいけない』なんて言いながら、その一方で『長年交換レンズ選びで人生を無駄にしてきたあたしなども、やはり純正以外のとくに古いレンスなどをOM-Dで楽しんでみたいと思うのは道理である。変換アダプターで森羅万象、古今東西のレンズを交換して、その風情を楽しむことは、例えて言えば、「南方録」で千利休が毎回、台子飾りの内容を季節と時間と茶会の目的に応じて変化させた、その記録と相通じるものがある…と書くとあまりにも大げさだが、茶道は「単に茶を喫すること」であるらしいから、写真道は「単に画像を写すこと」にあるとするなら、そういうレンズの遊びもまた可能なのであろう』って言っちゃったら、もはや、もはやオリンパスOM-Dは単なる「レンズを通して写すための箱」でしかない、と言っているのと同じなのだ。

 写真は結局、「レンズでしかない」というのは事実である。その意味ではカメラ機材というものは、単なる「レンズを通して写すための箱」でしかない、という発想で作られたわけだ。それは、ライカだろうがハッセルブラッドだろうがニコンだろうがキャノンだろうが、皆同じである。とは言うものの、そのカメラ機材(機械)に対する偏愛というのもあって、その偏愛の行く先は結局35mmカメラの始祖、ライカに行き着くというわけだ。

 田中長徳氏も結局ライカに収斂される、そんなカメラ機材信仰の中にいるわけである。レンズグルメというか、やたらいろいろなレンズを使いたがるというのは、まさにいろいろなレンズを使えるようにした世界で一番最初のシステムカメラとでも言うべきライカから発祥しているのだ。

 結局、ニコンだろうが、キャノンだろうが、オリンパスであろうが、それらはライカをコピーしようとしてできずに、自らのオリジナルな方向を目指して一眼レフカメラを改良し、確立させたわけなのである。まあ、ライカM3がいわば距離計連動カメラとしては完成の形になって、今のデジタルライカでもまったく同じような方法論をとっていることと対照的に、日本でのカメラ発展の礎になったわけで、それはそれで正しい歴史発展の法則なんだろう。

 まあ、オリンパスOM-Dというカメラが優れたカメラであるというのはよく分かっている。しかし、そこで採用している<マイクロフォーサーズ>というフォーマットはどうなんだろう。今でも、35mmフォーマットとニコンやエプソンで採用している(ちょっと違うんだけれども)APS-Cサイズ・フォーマットにも何か違和感を感じている私である。まだ、ニコンのフル35mmフォーマットのデジ一眼やライカM9は買ってません(買うのかな?)。

 35mmフォーマットでは50mmがマイクロフォーサーズでは100mmでしょ。ということは、35mmフォーマットの標準の50mmと同じ画角は、マイクロフォーサーズでは25mmっていうこと。この焦点距離は35mmフォーマットでは(超)広角レンズである。ということでこの辺の焦点距離になってしまうと、アイリスを搾れば前景から後景まですべてのポイントで焦点が合ってしまって、標準レンズ的なボケ味は楽しめなくなってしまう。自分が食ったものの商品写真なんかはそれでいいし、実際私もそのような撮り方をあるホームページ写真でもやってきたけれども、なんかその写真は「のっぺり」していて面白い写真にはならないんだよなあ。

 一方、35mmフォーマットですら小さいと考えているフォトグラファーがいることに、今気づいた。そう、8×10とか4×5のでかいフォーマットで撮影するのが当たり前だと考えている人たちだ。つまり、彼らは150mm程度でもそれが「標準レンズ」や「広角レンズ」なんですね。

 そうか、そんな風に考えれば、どんな焦点距離をもって標準とするのかということ自体が、無理になってしまうわけだ。

 ということであれば、各フォーマットの標準レンズにおける「ボケ味」比較とか言うのも、まさに「マニュアル本」であれば見せて欲しいものだ。

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